説明

絶縁電線および信号用トランスまたは車載用トランス

【課題】高温の鉛フリー用のリフロー炉に通しても絶縁皮膜にダメージがなく、樹脂コストが安価で高速製造が可能であり、トランス製造時のピンにはんだ付けする際、皮膜剥離が不要なはんだ付け性と優れた絶縁性を持った絶縁電線、および中間層絶縁テープやバリアテープを必要とせず、小型で高効率の信号用トランス、車載用トランスを提供する。
【解決手段】樹脂皮膜の剥離なしにはんだ付け可能な樹脂を導体にエナメル焼付けにより絶縁被覆した絶縁素線上に、絶縁樹脂層としてポリフェニレンサルファイドを少なくとも1層押出し被覆した絶縁電線、およびその絶縁電線を巻線として有する信号用トランスまたは車載用トランス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電子・電気機器等に使用される耐熱絶縁電線において、はんだ付けが可能であり、耐リフロー性と耐薬品性に優れ、かつ長寿命の絶縁電線、およびそれを巻線とした信号用トランス、車載用トランスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、信号用トランス、車載用トランスに用いられ、IEC(国際電気標準会議)規格60950に規定される基礎絶縁、付加絶縁の機能を持った押出し絶縁巻線(電線)については、その絶縁樹脂としてフッ素樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂等が用いられてきた。
前記絶縁樹脂の内、ポリエステル樹脂やポリアミド樹脂被覆電線については皮膜剥離なしにはんだ付けが可能で、トランスのピンに巻付け直接はんだ付けすることができるのでトランス製造コストも大きく下げることが可能となっている。
【0003】
そして、それら押出し巻線が巻かれた信号用トランスや車載用トランスは、リフロー炉により基板に実装される工程をとる。このリフロー炉は、はんだ温度の関係で250℃前後が主流であった。
しかし近年、環境問題の影響で鉛フリーはんだが使用されるようになってきている。この鉛フリーはんだは融点が従来のはんだより約20℃高いため、ポリエステル樹脂やポリアミド樹脂として採用されるポリエチレンテレフタレートや6,6ナイロンなどのように融点が約260℃の樹脂を使用した従来の押出し巻線では、最近の基板実装時のリフローはんだ付け加工で絶縁被膜が溶融してしまい絶縁機能が低下する等の問題が生じるようになった。
また、260℃を超える融点を持つ樹脂で電線特性上、適している結晶性樹脂としてフッ素樹脂を使用したものがあるが、電線製造において製造速度が上げられない、樹脂コストが高いといった欠点がある。そのうえトランス製造時におけるトランスのピンにはんだ付けする際、皮膜剥離が必要となりトータルコストが大幅に上昇するといった問題があった。
【0004】
また、インバータ制御回路等に使用される絶縁電線としては、従来エナメル線が広く用いられているが、エナメル線は比較的絶縁皮膜の膜厚が薄く、耐電圧特性を確保するためには絶縁テープ等で別途補強するなど必要とする場合があり、製造工数や材料コストが上昇するという問題があった。この問題を解決するために上記通信用トランス等に関する従来例で言及したポリエステル樹脂やポリアミド樹脂を用いた絶縁電線を用いることも考えられるが、インバータ制御回路などが設置される環境は一般的に上記の信号用トランス等の設置環境よりも高温高湿の環境下におかれることが多く、その際には上記信号用トランスにおいて耐リフロー性で述べたのと同様に熱により絶縁皮膜が融解し、絶縁特性が低下するなどの問題が生じ、信頼性が低下するという問題がある。
【0005】
そこで本発明者らは、汎用のスーパーエンジニアリングプラスチックとして主流であり樹脂コストもそれほど高くはないポリフェニレンサルファイド樹脂を絶縁皮膜の材料とした絶縁電線について検討を行った。
ポリフェニレンサルファイドは絶縁電線製造上では問題はないものの、やはり絶縁電線とトランスのピンへの接合に関し皮膜剥離が必要であり、特に信号用トランスや車載トランス等に多く使われる線径の細いサイズにおいては皮膜剥離作業中に断線しやすく剥離そのものが困難となっていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述のような絶縁電線の問題点を解消し、鉛フリー用の高温のリフロー炉に通しても絶縁皮膜にダメージがなく、樹脂コストが安価で高速製造が可能であり、トランス製造時のピンにはんだ付けする際、皮膜剥離が不要なはんだ付け性と電線特性上優れた絶縁性をもつ絶縁電線、さらに高温高湿条件でも長寿命、高信頼性を実現でき、巻線時にクラック等が発生し耐加工性が劣化しない絶縁電線、および中間層絶縁テープやバリアテープを必要とせず、小型で高効率の信号用トランスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は上記課題を解決するために、導線上に剥離なしにはんだ付けできる樹脂を被覆した絶縁素線に、さらにポリフェニレンサルファイドの樹脂層を被覆することを見出した。
すなわち本発明は、
(1)樹脂皮膜の剥離なしにはんだ付け可能な樹脂を導体にエナメル焼付けにより絶縁被覆した絶縁素線上に、絶縁樹脂層としてポリフェニレンサルファイドを少なくとも1層押出し被覆したことを特徴とする絶縁電線、
(2)前記絶縁樹脂層は、ポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加したものであることを特徴とする(1)に記載の絶縁電線、
(3)前記絶縁樹脂層は、伸び率が20%以上であることを特徴とする(1)または(2)記載の絶縁電線、
(4)前記絶縁樹脂層は、2層の絶縁樹脂層からなり、外側の絶縁樹脂層はポリフェニレンサルファイド、またはポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加したものを押出被覆したものであることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項記載の絶縁電線、
(5)前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の絶縁電線を巻線として有する信号用トランス、および、
(6)前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の絶縁電線を巻線として有する車載用トランス、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の絶縁電線は、鉛フリーのリフロー炉に通しても絶縁皮膜にダメージがなく、絶縁樹脂コストが安価でかつ押出し加工性がよく、高速製造が可能で、電線製造コストが下げられる。また、結晶性のポリフェニレンサルファイド樹脂を絶縁樹脂として用いたので、電線特性上優れた絶縁性を有すると共に、耐熱性が向上し、従来のポリエステル樹脂やポリアミド樹脂を用いた絶縁電線において問題となっていた耐リフロー性や高温高湿条件下における長寿命、高信頼性を実現することができる。
さらに、絶縁電線を巻線として使用する場合、可とう性が重要な因子であり、可とう性の悪い樹脂を皮膜に用いた電線を巻線した場合、巻線時にクラック等が発生するなど耐加工性が劣化し、信頼性が低下する懸念があるが、本発明の絶縁電線は、そのような欠点はない。
そして、本発明の信号用トランスや車載用トランスは、トランス製造時は、絶縁皮膜の剥離をすることなくはんだ付けが可能で、トランス製造コストが下げられる。中間絶縁テープやバリアテープを挿入する必要がないので、小型で高効率のものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の絶縁電電線は、制御用インバータ等、パソコンや携帯電話などのインターフェイス周辺機器、情報機器に内蔵されるマイクロトランスの電磁巻線(コイル)として用いられ、特に通信・伝送用、高周波用、オーディオ用、計測用などの信号用トランスおよび車載用トランスの巻線として好適に用いることができる。
導体としては、金属製の銅線等があるが、この金属線の表面にすずメッキ等のコーティングしたものも含み、導体の直径は0.05mm〜1.0mmが好ましい。
【0010】
この導体上に被覆する剥離無しにはんだ付け可能な樹脂としては、ポリウレタン、ポリエステルイミドウレタン等があるが、ポリオールをイソシアネートで架橋反応させたポリウレタン樹脂が好ましい。このような皮膜の剥離不要な樹脂を焼付け被覆した絶縁素線は、ポリウレタンを主体とした絶縁ワニスを焼き付けたポリウレタン線が好ましい。
本発明は、この絶縁素線の上に、さらに絶縁樹脂を均一に押出し被覆した絶縁電線であって、絶縁樹脂としてポリフェニレンサルファイドを用いるものであるが、ポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加したものも好ましい。
この絶縁樹脂層は伸び率が20%以上のものが好ましい。このポリフェニレンサルファイド、またはポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加した樹脂層は、絶縁電線被膜のうち少なくとも1層あれば良い。ポリフェニレンサルファイド樹脂層を外層とし、絶縁素線との間にポリエチレンテレフタレート樹脂層やポリアミド樹脂層を設けてもよく、また、ポリフェニレンサルファイド樹脂層の外側にフッ素樹脂層等を被覆し、多層とすることもできる。
なお、絶縁素線は一般に単線が好ましいが、適宜に撚線(リッツ線)としても良い。
【0011】
本発明に用いるポリフェニレンサルファイドは、パラジクロルベンゼンと二硫化ナトリウムとを極性溶媒下で反応させ、次いで溶媒を除去して得られるポリマーが好ましい。
ポリフェニレンサルファイドは、融点が約280℃の樹脂で、被覆押出し温度は約320〜330℃で押出し加工性がよく、高速製造が可能である。また、耐熱性がこれまで使用されている絶縁材料よりも優れており、湿気に対して加水分解しない特性を有し、樹脂コストも安価である。
絶縁樹脂層とするポリフェニレンサルファイド、またはポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加した樹脂層の皮膜厚さは、0.1mm以下、さらには0.030mm以下となるのが好ましく、本発明ではきわめて細い絶縁電線を得ることができる。絶縁樹脂層を多層とする場合は、ポリフェニレンサルファイド、またはポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加した樹脂層の皮膜厚さは、この仕上げ外径の範囲内で適宜設定できるが、絶縁樹脂層全体の厚さの1/3以上が好ましい。
【0012】
先に記載したようにポリフェニレンサルファイドは、融点が約280℃の樹脂で、鉛フリー対応のリフロー温度260〜270℃の高温の鉛フリー用のリフロー炉に対しても絶縁被膜が溶融してしまうことはなく、絶縁皮膜にダメージがない。
しかしながら、導体上にポリフェニレンサルファイド、またはポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加した樹脂を直接押出し被覆した絶縁電線は皮膜剥離なしではんだ付け(はんだ温度420℃)しても、ポリフェニレンサルファイドはほとんどが溶融すると同時に架橋反応も起こってしまい、導体上に残ってしまうため導体にはんだが乗ることは困難である。
【0013】
それに対し、導体にポリウレタン等のエナメル焼付けをした絶縁素線を用いて、その上にポリフェニレンサルファイド、またはポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加した樹脂を押出し被覆すると、はんだ付け(はんだ温度420℃)時にまずウレタンエナメル等の皮膜が分解し、導体(銅線)とポリフェニレンサルファイド押出し皮膜間に隙間が出来てそこにはんだが侵入、そして内側からポリフェニレンサルファイド樹脂を押しのけてはんだが乗るものである。したがって、はんだ付けをきわめて良好に行うことができる。
【0014】
さらに、本発明は上述した絶縁電線を巻線とした信号用トランスまたは車載用トランスでもある。
本発明の絶縁電線は細線化が可能であり、絶縁機能にすぐれているので、特に通信・伝送用、高周波用、オーディオ用、計測用などの信号用トランスまたは車載用トランスの巻線として好適である。IEC60950の規定では一次巻線と二次巻線の間には中間絶縁テープを、あるいはボビンとの間にはバリアテープを省くことができない。しかし、本発明の信号用トランスまたは車載用トランスでは中間絶縁テープやバリアテープを挿入する必要がなく、沿面距離が限定されず、ターミナルピンと巻線の間の距離を指定する場合、バリアが不要である。
したがって、信号用トランスまたは車載用トランスは体積・重量とも小さくでき、小型で高効率のものである。
【実施例】
【0015】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれに制限されるものではない。
【0016】
(実施例1)
導体サイズ0.11mmの3種ポリウレタンエナメル銅線(ポリウレタン皮膜厚0.004mm)上に、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂(商品名:「FZ−2200−A5」、大日本インキ化学工業製)を320℃の温度で、0.030mmの皮膜厚で押出し被覆した絶縁電線を製造した。
(実施例2)
導体サイズ0.11mmの3種ポリウレタンエナメル銅線(ポリウレタン皮膜厚0.004mm)上にポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂(商品名:「TR−8550」、ウインテックポリマー製)を280℃の温度で、0.030mmの皮膜厚で押出し被覆し、さらにその上にPPS樹脂(商品名:「FZ−2200−A5」、大日本インキ化学工業製)を320℃の温度で、0.030mmの皮膜厚で押出し被覆した絶縁電線を製造した。
【0017】
(比較例1)
導体サイズ0.11mmの3種ポリウレタンエナメル銅線(ポリウレタン皮膜厚0.004mm)上にPET樹脂(商品名:「TR−8550」、ウインテックポリマー製)を
280℃の温度で、0.030mmの皮膜厚で押出し被覆した絶縁電線を製造した。
(比較例2)
導体サイズ0.11mmの裸銅線上にPPS樹脂(商品名:「FZ−2200−A5」、大日本インキ化学工業製)を320℃の温度で、0.030mmの皮膜厚で押出し被覆した絶縁電線を製造した。
【0018】
実施例および比較例のそれぞれで得られた絶縁電線について、はんだ付け性および耐リフロー性を確認したものを表1にまとめて記載した。
はんだ付け性は、JIS C 3003 16に規定された試験方法で、420℃、5秒間のはんだ付け条件ではんだ付けを行った。40mmをはんだ付けしたときに、30mm以上はんだが乗る場合は、「○」と評価し、同条件ではんだの乗りが30mm未満の場合は、「×」とした。
耐リフロー性は、トランスボビンに上記の各絶縁電線を密に巻付け、得られた各トランスボビンを通常の鉛フリーリフロー炉をシミュレートした図1に示す温度プロファイルのリフロー炉を通過させた後、その外観状態、絶縁被膜の溶融の有無を調べた。
耐リフロー性の「○」は、絶縁皮膜の外観に溶融が無いことを意味し、「×」は溶融が有るものである。
【0019】
【表1】

【0020】
ポリウレタン銅線にポリフェニレンサルファイドの絶縁樹脂層を少なくとも1層有する実施例1、2の絶縁電線は、はんだ付け性および耐リフロー性とも良好である。
しかし、ポリフェニレンサルファイド樹脂層を持たない比較例1は、耐リフロー性に劣り、また、裸銅線に直接ポリフェニレンサルファイド絶縁樹脂層を被覆した比較例2は、はんだ付けが巧くできない。
【0021】
(実施例3)
ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂(商品名:「FZ-2200−A5」、大日本インキ化学工業製)で0.2mm厚さのIEC−S型ダンベルシートを作製し、JIS K7113に準拠した引張り速度50m/分で評価し伸び率が20%以上であることを確認した。
また、実施例1で製造した絶縁電線を外径の20倍の円形の治具に巻付け電線表面状態を観察したところ、クレージング等の発生がなく十分な可とう性が得られ、かつ耐リフロー性および高温高湿条件下での信頼性に問題がないことを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】グラフは、鉛フリーリフロー炉をシミュレートした温度プロファイルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂皮膜の剥離なしにはんだ付け可能な樹脂を導体にエナメル焼付けにより絶縁被覆した絶縁素線上に、絶縁樹脂層としてポリフェニレンサルファイドを少なくとも1層押出し被覆したことを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記絶縁樹脂層は、ポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加したものであることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記絶縁樹脂層は、伸び率が20%以上であることを特徴とする請求項1または2記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記絶縁樹脂層は、2層の絶縁樹脂層からなり、外側の絶縁樹脂層はポリフェニレンサルファイド又は、ポリフェニレンサルファイドにポリオレフィン系のエラストマーを添加したものを押出被覆したものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記請求項1〜4のいずれか1項に記載の絶縁電線を巻線として有する信号用トランス。
【請求項6】
前記請求項1〜4のいずれか1項に記載の絶縁電線を巻線として有する車載用トランス。

【図1】
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