説明

絶縁電線及びそれを用いた電機コイル、モータ

【課題】コロナ放電開始電圧を高くできるとともに、耐熱性、機械的強度等の要求特性を満たすことのできる絶縁電線を提供する。
【解決手段】芳香族ジイソシアネートを含むイソシアネート成分と、トリメリット酸無水物を含む酸成分と、ポリフェニレンエーテルとを反応して得られ、ポリアミドイミド分子鎖中にポリフェニレンエーテルが導入されている、ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミド、該ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドを塗布、焼付けして形成された絶縁層を有する絶縁電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコイル等に使用する絶縁電線に関し、より詳しくは、部分放電(コロナ放電)開始電圧の高い絶縁皮膜を有する絶縁電線、及びこの絶縁電線の絶縁層を形成する樹脂に関する。
【背景技術】
【0002】
適用電圧が高い電気機器、例えば高電圧で使用されるモータ等では、電気機器を構成する絶縁電線に高電圧が印加され、その絶縁皮膜表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。コロナ放電の発生により局部的な温度上昇やオゾンやイオンの発生が引き起こされやすくなり、その結果絶縁電線の絶縁被膜に劣化が生じることで早期に絶縁破壊を起こし、電気機器の寿命が短くなるという問題があった。
【0003】
モータ等のコイル用巻線として用いられる絶縁電線において、導体を被覆する絶縁層(絶縁皮膜)には、優れた絶縁性、導体に対する密着性、耐熱性、機械的強度等が求められているが、高電圧で使用される絶縁電線には上記の理由によりコロナ放電開始電圧の向上も求められている。
【0004】
絶縁層中やコイルの線間に微小な空隙があると、その部分に電界集中しコロナ放電が発生しやすくなる。コロナ放電を防ぐため、特許文献1には、導体上に形成された絶縁層の外側に熱融着樹脂を塗布、焼付けした絶縁電線を捲線してコイルを形成した後、加熱して熱融着樹脂を溶解して線間の空気層を埋める、コイルの形成方法が開示されている。
【0005】
コロナ放電の発生を防ぐための別の手法としては、導体上に形成された絶縁層の外側に、1kΩ〜1MΩの表面抵抗を有する導電層や半導電層を形成させた絶縁電線がある(特許文献2等)。絶縁層の外側にある導電層や半導電層によって、絶縁層表面に生じる静電位勾配が緩やかになりコロナ放電開始電圧を向上することができる。
【0006】
また絶縁層を低誘電率化することでコロナ放電開始電圧を向上できる。ポリイミド樹脂やフッ素樹脂は低誘電率であり、これらの材料を絶縁層とすることでコロナ放電開始電圧が向上する。また特許文献3には、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を絶縁層として使用した絶縁電線が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−261321号公報
【特許文献2】特開2004−254457号公報
【特許文献3】特開2009−277369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1のような熱融着樹脂を使用する方法では、コイル形成後に熱融着工程が必要で、製造コストが高くなる。また導電層や半導電層を使用する方法では、コロナ放電開始電圧は向上するものの、導電層、半導電層により絶縁電線の表面抵抗が小さくなることで交流通電時に電線の表面に流れる漏れ電流が大きくなり、絶縁電線の表面が発熱して劣化しやすくなる。また絶縁電線末端の導体露出部と導電層、半導電層とが短絡するおそれがあるため、絶縁電線末端では導電層、半導電層を剥離する工程が必要となる。
【0009】
絶縁層の低誘電率化による方法はコロナ放電開始電圧の向上に有効であるが、絶縁層には低誘電率であるだけではなく、絶縁性、導体に対する密着性、耐熱性、機械的強度等が求められており、また使用用途によって求められる特性が変わってくる。また材料のコストも材料選定において重要な要素である。ポリイミド樹脂は低誘電率であり耐熱性、機械的強度等に優れているが、コストが高くポリイミドを絶縁層として使用した場合には絶縁電線が高価格となる。またフッ素樹脂は低誘電率ではあるが、柔らかく耐熱性や機械的強度に劣り絶縁層として使用する場合には用途が限られてしまう。特許文献3に記載の絶縁材料は誘電率、耐熱性、機械的特性のバランスが取れたものであるが、用途によっては特性が不十分な場合もある。
【0010】
本発明は上記の問題に鑑みてなされたものであり、低誘電率であると共に、耐熱性、機械的強度、導体等の要求特性を満たすことのできる絶縁皮膜を形成可能な樹脂材料、及び該樹脂材料の製造方法を提供することを課題とする。
【0011】
また本発明は上記の樹脂材料を用いて形成された樹脂層を有し、コロナ放電開始電圧を高くできるとともに、耐熱性、機械的強度等の要求特性を満たすことのできる絶縁電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の発明は、芳香族ジイソシアネートを含むイソシアネート成分と、トリメリット酸無水物を含む酸成分と、ポリフェニレンエーテルとを反応して得られ、ポリアミドイミド分子鎖中にポリフェニレンエーテルが導入されている、ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドである(請求項1)。
【0013】
本発明者らは低誘電率材料であるポリフェニレンエーテルに着目した。ポリフェニレンエーテルは可撓性が低く脆い材料であり、絶縁性樹脂の塗布、焼付けによって絶縁層を形成する、いわゆるエナメル線の絶縁皮膜には一般に使用されていなかった。しかしポリフェニレンエーテルを機械的特性、耐熱性に優れるポリアミドイミドと組み合わせると共に、ポリアミドイミドの分子鎖中にポリフェニレンエーテルを導入することによって可撓性等の機械特性、耐熱性を向上でき、絶縁電線の絶縁層として使用可能であることを見出した。なおポリフェニレンエーテルはポリフェニレンオキサイドと呼ばれることもあるが、本明細書では統一してポリフェニレンエーテルと記載する。
【0014】
本発明のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドは、ポリフェニレンエーテルが分子鎖中に導入されているため、単にポリフェニレンエーテルとポリアミドとを混合した樹脂組成物に比べると可撓性、機械特性が優れている。従ってポリフェニレンエーテル成分の含有量を多くしても、伸びや引張強度といった機械特性の低下を抑えることができる。
【0015】
ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミド全体に対するポリフェニレンエーテル成分の含有量が5質量%以上60質量%以下であると、誘電率と機械特性、耐熱性のバランスを取ることができ好ましい(請求項2)。ポリフェニレンエーテル成分の含有量が5質量%よりも少ない場合には誘電率を十分に低くすることができない。またポリフェニレンエーテル成分の含有量が60質量%を超えると絶縁層が脆くなり、また耐熱性も悪くなる。ポリフェニレンエーテル成分含有量のさらに好ましい範囲は20質量%以上50質量%以下である。
【0016】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの製造方法であって、芳香族ジイソシアネートを含むイソシアネート成分と、トリメリット酸無水物を含む酸成分とを、ポリフェニレンエーテルの存在下で反応させると共に、前記酸成分と前記ポリフェニレンエーテルとの合計量とイソシアネート成分の合成量との比率(当量比)を0.95:1.05〜1.05:0.95とすることを特徴とする、ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの製造方法である。
【0017】
ポリアミドイミドは分子内にアミド結合とイミド結合を有する樹脂であり、芳香族ジイソシアネートを含むジイソシアネート成分と、トリメリット酸無水物を含む酸成分とを重合反応させて得られる。このポリアミドイミド合成反応の系中にポリフェニレンエーテルを存在させると、ポリフェニレンエーテルの反応性基がアミドイミドの反応材料と反応してポリアミドイミド分子鎖中にポリフェニレンエーテルが導入される。ポリフェニレンエーテルは下記一般式(1)で示され、分子の両末端に水酸基を有していると好ましい。
【0018】
【化1】

式中、R1〜R8はそれぞれ独立に水素原子又は置換基を有することもある全炭素数1〜20の炭化水素基を表す。
【0019】
ポリフェニレンエーテル分子の水酸基とイソシアネートとが反応し、ウレタン結合を介してポリアミドイミド骨格中にポリフェニレンエーテルが取り込まれる。従ってポリフェニレンエーテルと酸成分との合計量(当量)と、イソシアネート成分の合計量(当量)の比率を0.95:1.05〜1.05:0.95の範囲とし、(ポリフェニレンエーテル+酸成分)と(イソシアネート成分)の当量比をほぼ同じとすることで、良好に共重合反応を行え、分子鎖中にポリフェニレンエーテルを良好に導入することができる。ポリフェニレンエーテルの反応性が低いため、ポリフェニレンエーテルと酸成分の合計量がこの比率よりも多くなると酸成分とイソシアネートの反応が先に進行し、ポリフェニレンエーテルがポリアミドイミドの分子鎖に良好に取り込まれない。またイソシアネート成分の合計量がこの範囲よりも多くなるとゲル化が進んでワニスのポットライフが低下するため好ましくない。ポリフェニレンエーテルと酸成分との合計量(当量)と、イソシアネート成分の合計量(当量)のさらに好ましい比率は0.98:1.02〜1.02:0.98である。
【0020】
さらに、反応系にカプロラクタム化合物を存在させると、反応系中の固形分濃度を上げた場合でもイソシアネート成分の反応を制御することができ好ましい(請求項4)。反応系中の固形分濃度を上げるとイソシアネート成分の反応性が高くなりすぎることでポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの分子量が上がりすぎてゲル化する可能性がある。反応系にカプロラクタム化合物、ケトオキシム、マレイン酸ジエチル、フェノール誘導体等の反応制御剤(イソシアネートブロック剤)を存在させるとイソシアネート成分の反応を制御可能となる。反応制御剤としてはカプロラクタム化合物が好ましく、特にε−カプロラクタムが好ましく使用できる。
【0021】
請求項5に記載の発明は、導体及び該導体を被覆する単層又は多層の絶縁層を有する絶縁電線であって、前記絶縁層は、請求項1又は2に記載のポリフェニレン変性ポリアミドイミドを塗布、焼付けして形成された第1の樹脂層を有する絶縁電線である。低誘電率であると共に、機械的特性、耐熱性、導体との密着に優れるポリフェニレン変性ポリアミドイミドから形成された絶縁層を有するため、コロナ放電開始電圧が高く、耐熱性、機械的特性等に優れた絶縁電線が得られる。
【0022】
絶縁層は単層であっても多層であっても良い。絶縁層が単層である場合は、上記のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドを塗布、焼き付けして形成された第1の樹脂層のみが絶縁層となる。絶縁層が多層である場合は、前記第1の樹脂層以外に他の樹脂層を設ける。第2の樹脂層としてポリアミドイミドを主体とする樹脂を更に有すると耐熱性が向上して好ましい(請求項6)。第2の樹脂層は第1の樹脂層の下層にあっても上層にあっても良いが、密着性に優れたポリアミドイミドを用い、この高密着性ポリアミドイミド樹脂からなる層を導体と密着させた構成とすると、絶縁皮膜の導体との密着性が向上して好ましい。
【0023】
また、絶縁層を構成する他の樹脂層として、最外層に表面潤滑層を有すると好ましい(請求項7)。表面潤滑層は潤滑性を有する樹脂からなる層であり、カルナバワックス、ミツロウ、モンタンワックス、マイクロクリスタンワックス等の各種ワックス、ポリエチレン、フッ素樹脂、シリコーン樹脂等の潤滑剤をバインダー樹脂と混合した樹脂を塗布、焼き付けして形成できる。
【0024】
請求項8に記載の発明は、請求項5〜7のいずれか1項に記載の絶縁電線を捲線してなる電機コイルである。また請求項9に記載の発明は、請求項8に記載の電機コイルを有するモータである。これらの電機コイル、モータは高いコロナ放電開始電圧を有し、高電圧が印加された場合でも絶縁皮膜の劣化が起こりにくいので、寿命を長くすることが可能である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、低誘電率で耐熱性、機械強度に優れた絶縁電線用の樹脂及びその製造方法を提供することができる。また本発明の絶縁電線は、コロナ放電開始電圧を向上できるとともに、耐熱性、機械的強度等の要求特性を満たすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】誘電率の測定方法を説明する模式図である。
【図2】コロナ放電開始電圧測定用の試験サンプルを説明する模式図である。
【図3】本発明の一例を示す断面模式図である。
【図4】本発明のコイルの一例を示す模式図である。
【図5】本発明のモータの一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの材料として用いるポリフェニレンエーテルは、下記一般式(1)で示されるものである。
【0028】
【化2】

式中、R1〜R8はそれぞれ独立に水素原子又は置換基を有することもある全炭素数1〜20の炭化水素基を表す。
【0029】
ポリフェニレンエーテルは両末端に水酸基を有すると好ましい。また側鎖にイソシアネートと反応可能な官能基(水酸基、カルボキシル基、アミノ基、エポキシ基等)を有するものも好ましく使用できる。これらの官能基がイソシアネートと反応することで、ポリアミドイミドの分子鎖中にポリフェニレンエーテルが導入される。なお分子鎖中にポリフェニレンエーテルが導入された、とは、ポリアミドイミド分子骨格の中間部にポリフェニレンエーテルが導入された場合のみでなく、ポリアミドイミド分子の末端にポリフェニレンエーテルが導入された場合も含むものとする。
【0030】
ポリフェニレンエーテルとしては、SABICイノベーティブプラスチックス製のPPO(登録商標)樹脂等を使用できる。ポリフェニレンエーテルの分子量は100〜10,000程度のものを選択すると好ましい。ポリフェニレンエーテルの添加量は、ポリフェニレンエーテルと酸成分の合計量と、イソシアネート成分の合計量との比率(当量比)が0.9:1.1〜1.1:0.9となるようにする。またイソシアネート成分の合計量(当量)を1とした場合に、ポリフェニレンエーテルの添加量(当量)が0.05〜0.3の範囲とすると良好に反応を行うことができ、好ましい。
【0031】
ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの材料として用いる酸成分としては、トリメリット酸無水物(TMA)、1,2,5−トリメリット酸(1,2,5−ETM)、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、オキシジフタル酸二無水物(OPDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、4,4’−(2,2’−ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物等が使用できる。このうちトリメリット酸無水物は必須とする。それぞれの材料を単独で使用しても良いし2種以上を組み合わせても良い。
【0032】
ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの材料として用いるイソシアネート成分は芳香族ジイソシアネートを必須とする。イソシアネート成分としてはジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルメタン−3、3’−ジイソシアネート、ジフェニルメタン−3,4’−ジイソシアネート、ジフェニルエーテル−4,4’−ジイソシアネート、ベンゾフェノン−4、4’−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4’−ジイソシアネート、3,3’−ジメチルビフェニルー4,4’−ジイソシアネート、ナフタレンー1,5−ジイルジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネートが使用できる。それぞれの材料を単独で使用しても良いし2種以上を組み合わせても良い。また芳香族ジイソシアネート以外のジイソシアネートを併用しても良い。
【0033】
ポリフェニレンエーテル、酸成分、イソシアネート成分を混合して反応させる。ポリフェニレンエーテルと酸成分の合計量(当量)と、イソシアネート成分の合計量(当量)を約1:1とすると反応が良好に進行して好ましい。それぞれの材料を混合し、有機溶媒中で加熱して反応させる。またカプロラクタム化合物を反応系に加えても良い。
【0034】
有機溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、γ−ブチロラクタム等が使用できる。これらの有機溶媒は単独で用いても2種以上を組み合わせても良い。
【0035】
有機溶媒の量は、ポリフェニレンエーテル、酸成分、イソシアネート成分等を均一に分散させることができる量であれば良く、特に制限されないが、通常これらの成分の合計量100質量部あたり40質量部〜100質量部使用する。有機溶媒量を少なくすると、できあがったポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドワニスの固形分量が多くなり、コスト低減に有効である。
【0036】
ポリフェニレンエーテル、酸成分、イソシアネート成分の反応は、通常のポリアミドイミド合成反応と同様に行うことができる。例えば材料を混合した後有機溶媒を加え、80℃〜140℃程度の温度で数時間反応させる。窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気下で反応させることが好ましい。このような反応により、ポリフェニレンエーテル、酸成分、イソシアネート成分が重合してポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドが生成する。生成したポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの重量平均分子量は、酸成分およびイソシアネート成分の仕込み量、反応時間などを調整することによって制御することができる。ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの重量平均分子量を8,000〜50,000とすると特性のバランスが取れ、好ましい。ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの重量平均分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)で測定することができる。
【0037】
このようにして生成したポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドは、ポリアミドイミド分子鎖中にポリフェニレンエーテルが導入された構造となっている。ポリフェニレンエーテルが導入されていることは、例えばIR測定やNMR測定でウレタン結合の存在を分析することで確認可能である。
【0038】
このように得られたポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミド溶液は、そのまま、又は後述するようにイソシアネート末端封止処理やブロックイソシアネートと混合した後、樹脂ワニス(溶液)として使用する。樹脂ワニス中のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの濃度が20%以上であると、塗工性やコストの面で好ましい。
【0039】
イソシアネート末端封止処理は、合成反応終了後に残っているイソシアネート末端の反応を止めるために行う。末端封止処理をすることで、保存中の分子量増加による粘度上昇を抑えることができる。末端封止剤としてはメタノール、エタノール等のアルコール類が使用できる。例えば反応後のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミド溶液に末端封止剤を混合し、約70℃で2時間程度攪拌することでイソシアネート末端封止処理ができる。
【0040】
さらに、生成した反応物にブロックイソシアネートを混合すると、焼付け時のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの架橋度を上げて絶縁特性を向上できるため好ましい。ブロックイソシアネートとしては、トリレンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(MDI)、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、p−フェニレンジイソシアネート等のイソシアネートをブロック剤でブロックしたものが使用できる。
【0041】
ブロックイソシアネートはあらかじめ有機溶媒に溶解させておき、上記の反応生成物と混合する。ブロックイソシアネートの量は、酸成分1当量あたり0.1当量以上10当量以下、より好ましくは0.3当量以上5当量以下混合するのが好ましい。
【0042】
ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミド溶液(樹脂ワニス)には顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤等の各種添加剤や反応性低分子、相溶化剤等を添加しても良い。さらに、本発明の趣旨を損ねない範囲で他の樹脂を混合して使用することもできる。
【0043】
ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドを含有する樹脂ワニスを導体上に直接又は他の層を介して塗布、焼き付けして絶縁層を形成する。塗布、焼付けは、通常の絶縁電線の製造と同様に行うことができる。例えば、導体に樹脂ワニスを塗布した後、設定温度を350〜500℃とした炉内を1パス当たり5〜10秒間通過させて焼付ける作業を数回繰り返して絶縁層を形成する。絶縁層の厚みは10μm〜150μmとする。
【0044】
導体としては、銅や銅合金、アルミ等を使用できる。導体の径やその断面形状は特に限定されないが、導体径が100μm〜5mmのものが一般に使用される。
【0045】
絶縁層を多層にする場合は、ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドからなる第1の樹脂層の形成前又は形成後に他の樹脂層を形成する。ポリアミドイミドを主体とする第2の樹脂層をさらに有すると好ましい。またポリアミドイミドに密着性向上剤を添加した高密着性ポリアミドイミドからなる層を第2の樹脂層とし、導体上に直接形成すると、絶縁層全体の導体への密着力が向上して好ましい。
【0046】
第2の樹脂層としては、ポリアミドイミドの他に、ポリエステルイミド、ポリイミド、ポリウレタン等を使用することができる。
【0047】
さらに、絶縁層として、最外層に表面潤滑層を有すると加工性が向上して好ましい。また絶縁電線の外側に表面潤滑油を塗布しても良い。この場合はさらにインサート性や加工性が向上する。
【0048】
図3は本発明の絶縁電線の一例を示す断面模式図である。導体1の外側に多層の絶縁層があり、外絶縁層は導体側から第2の樹脂層2、第1の樹脂層3、表面潤滑層4となっている。第1の樹脂層はポリフェニレンエーテル変性ポリアミドを塗布、焼付けして形成される。なお本発明の絶縁電線はこの形状に限定されるものではなく、導体の外側に第1の樹脂層のみを有する単層の絶縁電線や、第1の樹脂層の外側に第2の樹脂層を有する絶縁電線であっても良い。
【0049】
図4(a)は本発明の電機コイルの一例を示す模式図であり、図4(b)は図4(a)のA−A’断面図である。磁性材料からなるコア13の外側に絶縁電線11を捲線して電機コイル12が形成される。コアと電機コイルからなる部材は、モータのロータやステータとして使用される。例えば、図5に示すように、コア13と電機コイル12とからなる分割ステータ14を複数組み合わせて環状に配置したステータ15を、モータの構成部材として使用する。
【実施例】
【0050】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。なお本発明の範囲はこの実施例のみに限定されるものではない。
【0051】
(実施例1〜4、比較例1〜3)
(ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの作製)
温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器、窒素吹き込み管を取り付けたフラスコ中に、前記窒素吹き込み管から毎分150mlの窒素ガスを流しながら、TMA(トリメリット酸無水物、三菱瓦斯化学(株)製)、ETM(トリメリット酸、松葉薬品(株)製)、MDI(メチレンジイソシアネート、三井武田ケミカル(株)製、商品名コスモネートPH)、ポリフェニレンエーテル(SABICイノベーティブプラスチックス製のPPO(登録商標)MX90(分子量1,700)を表1に示す当量比になるように投入した。次いで表1に示す溶媒を入れ、攪拌器で攪拌しながら80℃で3時間加熱した。さらに約3時間かけて反応系の温度を130℃まで昇温した後130℃で1時間加熱した。1時間経過した段階で加熱を止め、室温まで冷却してポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドを含有する樹脂ワニスを得た。
【0052】
(ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの評価)
得られたポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの重量平均分子量をゲルパーミエーションクロマトグラフィーで測定した。
【0053】
(ポリアミドイミドワニスの作製)
温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器、窒素吹き込み管を取り付けたフラスコ中に、前記窒素吹き込み管から毎分150mlの窒素ガスを流しながら、TMA(トリメリット酸無水物、三菱瓦斯化学(株)製)108.6g、MDI(メチレンジイソシアネート、三井武田ケミカル(株)製、商品名コスモネートPH)141.5gを投入した。次いでN−メチルピロリドン637gを入れ、攪拌器で攪拌しながら80℃で3時間加熱した。さらに約3時間かけて反応系の温度を140℃まで昇温した後140℃で1時間加熱した。1時間経過した段階で加熱を止め、放冷して不揮発分25%のポリアミドイミド樹脂ワニスとした。
【0054】
(ポリアミドイミド、ポリフェニレンエーテル混合ワニスの作成)
ポリフェニレンエーテル(SABICイノベーティブプラスチックス製のPPO(登録商標)MX90(分子量1,700)をN−メチルピロリドンに溶解し、上記のポリアミドイミド樹脂ワニスと混合して樹脂固形分全体に対するポリフェニレンエーテルの比率が30%、固形分27%の混合ワニスを作製した。
【0055】
(絶縁電線の作製)
ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドを含有する樹脂ワニスを導体径(直径)約1mmの導線の表面に常法によって塗布、焼付けして絶縁層を形成し、実施例1〜4、比較例1の絶縁電線を作製した。また比較例2としてポリアミドイミドワニスのみを用いた絶縁電線、比較例3として、ポリアミドイミド、ポリフェニレンエーテル混合ワニスを用いた絶縁電線を作製した。導体径、仕上径、皮膜厚みを表1に示す。
【0056】
(可撓性の評価)
得られた絶縁電線に10%、20%、30%の予備伸長を加えた後、JIS C3003 7.1に基づいて可撓性試験を行った。評価は、絶縁電線を1.0mmの丸棒に30ターン巻き付けて皮膜割れを生じたターン数を数えた。
【0057】
(耐摩耗性の評価)
JIS C3003の耐摩耗試験に準拠し、一方向摩耗試験を行った。連続的に増加する荷重を加えた針で絶縁電線をこすり、針と導体間で導通が生じたときの荷重を測定した。
【0058】
(機械特性の評価)
得られた絶縁電線から導体を取り除いてチューブ状の絶縁層とし、引張試験機を用いてチャック間距離20mm、10mm/minで引張試験を行い、破断伸び、破断強度、弾性率を測定した。
【0059】
(誘電率の測定)
得られた各絶縁電線について、絶縁層の誘電率を測定した。測定は図1に示すように、絶縁電線の表面3カ所に銀ペーストを塗布した(塗布幅は両端2カ所が10mm、中央部分が100mmである)。導体と銀ペースト間の静電容量をLCRメータで測定し、測定した静電容量の値と被膜の厚みから誘電率を算出した。測定結果を表1に併せて示す。
【0060】
(コロナ放電開始電圧の測定)
得られた各絶縁電線について、以下に示す方法でコロナ放電開始電圧を測定した。図2に示すように2本の絶縁電線を撚り合わせて2本の絶縁電線の両端に交流電圧を印加する。電圧を70V/secの早さで上昇し、放電量が100pCに達した時の電圧を測定し、交流電圧の最大値(ピーク値)を求めた。測定結果を表1に併せて示す。
【0061】
【表1】

【0062】
表1に示すように、ポリアミドイミド分子鎖中にポリフェニレンエーテルが導入されているワニスを用いた実施例1〜4の絶縁電線は、ポリアミドイミドを単独で用いた比較例2よりも誘電率が低く、コロナ放電開始電圧も高くなっている。またポリフェニレンエーテル変性率が多くなるほど誘電率が低く、コロナ放電開始電圧が高くなっている。
【0063】
実施例1〜4は、(イソシアネート成分):(酸成分+ポリフェニレンエーテル)の比率(当量比)を、1.002:0.998としている。これに対し、比較例1では合成時の(イソシアネート成分):(酸成分+ポリフェニレンエーテル)の比率(当量比)が0.94:1.06であり(酸成分+ポリフェニレンエーテル)が多い。そのためうまく合成反応が進まなかったと推測され、このワニスを用いた絶縁層は脆く、割れやすい状態となっており絶縁電線としての評価はできなかった。
【0064】
比較例3はポリアミドイミドとポリフェニレンエーテルとを混合したワニスを用いたものである。これも絶縁層が脆くなり、可撓性以外の評価はできなかった。また可撓性評価でも全てのターンで皮膜割れを生じ、実用には適さない。
【符号の説明】
【0065】
1 導体
2 第2の樹脂層
3 第1の樹脂層
4 表面潤滑層
11 絶縁電線
12 電機コイル
13 コア
14 分割ステータ
15 ステータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ジイソシアネートを含むイソシアネート成分と、トリメリット酸無水物を含む酸成分と、ポリフェニレンエーテルとを反応して得られ、ポリアミドイミド分子鎖中にポリフェニレンエーテルが導入されている、ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミド。
【請求項2】
ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミド全体に対する、ポリフェニレンエーテル成分の含有量が5質量%以上60質量%以下である、請求項1に記載のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの製造方法であって、芳香族ジイソシアネートを含むイソシアネート成分と、トリメリット酸無水物を含む酸成分とを、ポリフェニレンエーテルの存在下で反応させると共に、
前記酸成分と前記ポリフェニレンエーテルとの合計量とイソシアネート成分の合計量との比率(当量比)を0.95:1.05〜1.05:0.95とすることを特徴とする、ポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの製造方法。
【請求項4】
さらに、反応系にカプロラクタム化合物を存在させる、請求項3に記載のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドの製造方法。
【請求項5】
導体及び該導体を被覆する単層又は多層の絶縁層を有する絶縁電線であって、前記絶縁層は、請求項1又は2に記載のポリフェニレンエーテル変性ポリアミドイミドを塗布、焼付けして形成された第1の樹脂層を有する、絶縁電線。
【請求項6】
前記絶縁層が多層であり、ポリアミドイミドを主体とする第2の樹脂層をさらに有する、請求項5に記載の絶縁電線。
【請求項7】
前記絶縁層が多層であり、最外層に表面潤滑層を有する、請求項5又は6に記載の絶縁電線。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1項に記載の絶縁電線を捲線してなる電機コイル。
【請求項9】
請求項8に記載の電機コイルを有するモータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−178965(P2011−178965A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47211(P2010−47211)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】