説明

絶縁電線

【課題】複数層からなる絶縁被膜が導体上に形成された絶縁電線において、導体と絶縁被膜との密着性に優れるとともに、接着層等の追加の層を介在させることなく絶縁被膜における層間の密着性にも優れ、かつ高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】本発明に係る絶縁電線は、複数層からなる絶縁被膜が導体上に形成されている絶縁電線であって、前記絶縁被膜は、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体に対してグラフト性化合物がグラフト重合されてなる第1の樹脂組成物が前記導体の直上に形成された第1の被膜層と、ポリフェニレンスルファイド樹脂とポリアミド樹脂とからなるポリマーアロイまたはポリエーテルエーテルケトン樹脂とポリアミド樹脂とからなるポリマーアロイである第2の樹脂組成物が前記第1の被膜層の直上に形成された第2の被膜層とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導体表面に絶縁被膜塗料で形成した絶縁被膜を有する絶縁電線に関し、特にモータなどの電気機器のコイル巻線として用いられる絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、モータやトランスなどの電気機器のコイルに用いられる絶縁電線は、コイルの用途・形状に合致した断面形状(例えば、丸形状や矩形状)に成形された導体上に、絶縁被膜塗料を塗布・焼付した単層または複数層の絶縁被膜が形成された構造をしている。近年、電気機器に対する小型化・高性能化・省エネ化などの要求から、モータやトランスなどの電気機器でインバータ制御が急速に普及してきている。そして、その要求を満たすため、インバータ制御において高電圧・大電流化(大電力化)が進展している。
【0003】
インバータ制御では急峻な過電圧(インバータサージ電圧)が発生することがあり、高電圧化の進展とインバータサージ電圧とによって電気機器中のコイルの絶縁システムに悪影響を及ぼすことが懸念される。具体的には、コイルを構成する絶縁電線間の微小な空隙部分に電界集中が起こり、隣接する絶縁電線間(被膜−被膜間)あるいは対地間(被膜−コア間)で部分放電が発生する可能性がある。部分放電は絶縁被膜の侵食劣化(部分放電劣化)を引き起こし、部分放電劣化が進行するとコイルの絶縁破壊に至る恐れがある。
【0004】
部分放電劣化を防ぐためには、絶縁被膜間での部分放電の発生を抑制すること、すなわち絶縁被膜における部分放電開始電圧が高くなるようにすることが望ましい。そのための方法としては、例えば、絶縁被膜の膜厚を厚くする方法や、絶縁被膜に比誘電率の低い樹脂を用いる方法などが挙げられる。一般的に、絶縁電線における部分放電開始電圧は、絶縁被膜の厚さに比例し絶縁被膜の比誘電率に反比例する。
【0005】
しかしながら、絶縁被膜の膜厚を厚くする方法は、通常一度の塗布・焼付工程で形成できる被膜厚さが数μm程度と薄いことから該工程の繰り返し回数を増やす必要があり、製造コストが増大するという問題がある。一方、比誘電率を低下させるべく単純にフッ素系ポリイミド樹脂を用いて絶縁被膜を形成した場合、該絶縁被膜と導体との密着性が低いことから剥離が生じやすく、その結果、絶縁破壊が発生してしまう問題がある。
【0006】
そこで、絶縁被膜と導体との密着性の向上と絶縁被膜の低誘電率化を両立させる方法が種々提案されている。例えば、特許文献1では、導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼き付け層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、該エナメル焼き付け層と該押出被覆樹脂層の厚さの合計が60μm以上であり、前記エナメル焼き付け層の厚さが50μm以下であり、前記押出被覆樹脂層が、25℃における引張弾性率が1000 MPa以上であり、かつ250℃における引張弾性率が10 MPa以上である樹脂材料(ポリエーテルエーテルケトンを除く)からなる耐インバータサージ絶縁ワイヤが開示されている。特許文献1によると、導体と絶縁被膜の接着強度を下げることなく、高い部分放電開始電圧(900 V程度)を有する絶縁ワイヤを提供することができるとされている。
【0007】
特許文献2では、導体上に樹脂ワニスを塗布・焼付した厚さ50μm以下のエナメル層が形成され、このエナメル層上に比誘電率4.5以下の熱可塑性樹脂を押出被覆した押出被覆樹脂層が形成され、該押出被覆樹脂層の最外層に突起が設けられている絶縁電線が開示されている。特許文献2に記載の絶縁電線は、絶縁電線が挿入されるモータのスロットおよび/または隣接する絶縁電線間のコロナ特性が向上し、絶縁被膜を薄肉化できるとされている。また、モータのスロットに挿入した際に、絶縁被膜の表面に傷が付きにくいとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第4177295号公報
【特許文献2】特開2008−288106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述したように、電気機器の更なる高効率化・高出力化に伴い、絶縁電線に対しても部分放電開始電圧の更なる向上(例えば、1500 V以上の部分放電開始電圧)が要求されている。ここで、特許文献1,2に記載されているようなエナメル層と押出被覆樹脂層とを有する従来の絶縁電線は、押出被覆樹脂層の厚さを厚くすることによって絶縁被膜を厚肉化し部分放電開始電圧を高くすることができると考えられる。
【0010】
しかしながら、従来のエナメル層の樹脂組成物と押出被覆樹脂層の樹脂組成物とは樹脂の性質が大きく異なることから層間の密着性が不十分になりやすく、過酷な加工条件(例えば、小さな半径に曲げ加工される場合など)において絶縁被膜に層間剥離やシワが発生することがあり、部分放電開始電圧を低下させる要因になる。この問題に対し、特許文献1,2に記載されている従来の絶縁電線は、その好ましい態様としてエナメル層と押出被覆樹脂層との間に接着層を介在させ、エナメル層と押出被覆樹脂層との接着力を強化している。ただし、それらの層間に接着層を介在させる場合、製造コストが更に増大する問題がある。
【0011】
従って、本発明の目的は、上記課題を解決し、複数層からなる絶縁被膜が導体上に形成された絶縁電線において、導体と絶縁被膜との密着性に優れるとともに、接着層等の追加の層を介在させることなく絶縁被膜における層間の密着性にも優れ、かつ高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記目的を達成するため、複数層からなる絶縁被膜が導体上に形成されている絶縁電線であって、前記絶縁被膜は、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体に対してグラフト性化合物がグラフト重合されてなる第1の樹脂組成物が前記導体の直上に形成された第1の被膜層と、ポリフェニレンスルファイド樹脂とポリアミド樹脂とからなるポリマーアロイである第2の樹脂組成物が前記第1の被膜層の直上に形成された第2の被膜層とを有することを特徴とする絶縁電線を提供する。
【0013】
また、本発明は、上記目的を達成するため、複数層からなる絶縁被膜が導体上に形成されている絶縁電線であって、前記絶縁被膜は、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体に対してグラフト性化合物がグラフト重合されてなる第1の樹脂組成物が前記導体の直上に形成された第1の被膜層と、ポリエーテルエーテルケトン樹脂とポリアミド樹脂とからなるポリマーアロイである第2の樹脂組成物が前記第1の被膜層の直上に形成された第2の被膜層とを有することを特徴とする絶縁電線を提供する。
【0014】
さらに、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る絶縁被膜塗料において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記グラフト性化合物は、グラフト重合するための結合性基としてα,β−不飽和二重結合を末端に有する有機基またはパーオキシ基を有し、かつ接着性を付与する官能基としてカルボキシル基、カルボン酸無水物残基、エポキシ基および加水分解性シリル基からなる群から選ばれる少なくとも1種を有する。
(2)前記第2の樹脂組成物は、20℃での貯蔵弾性率が1 GPa以上でかつ200℃での貯蔵弾性率が10 MPa以上である。
(3)前記第1の被膜層の厚さが30μm以上300μm以下であり、前記第2の被膜層の厚さが20μm以上300μm以下である。
【発明の効果】
【0015】
本発明よれば、複数層からなる絶縁被膜が導体上に形成された絶縁電線において、導体と絶縁被膜との密着性に優れるとともに、接着層等の追加の層を介在させることなく絶縁被膜における層間の密着性にも優れ、かつ高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る絶縁電線の実施形態の1例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る実施の形態について詳細に説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施の形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0018】
本発明者らは、前記目的を達成すべく第1の被覆層に用いる樹脂組成物(第1の樹脂組成物)および第2の被覆層に用いる樹脂組成物(第2の樹脂組成物)を鋭意検討した。その結果、第1の樹脂組成物としては、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体に対してグラフト性化合物がグラフト重合されてなる接着性エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(以下、接着性ETFEと称す)が、低い比誘電率を有し、かつ導体や第2の被覆層と良好な密着性を有することを見出した。また、第2の被覆層としては、ポリアミド樹脂がアロイ化されたポリフェニレンスルファイド(PPS)樹脂やポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂が好ましいことを見出した。本発明は、それらの知見に基づいて完成されたものである。
【0019】
図1は、本発明に係る絶縁電線の実施形態の1例を示す断面模式図である。図1に示したように、本発明に係る絶縁電線10は、複数層からなる絶縁被膜4が導体1上に形成されており、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)に対してグラフト性化合物がグラフト重合されてなる第1の樹脂組成物が導体1の直上に形成された第1の被膜層2と、ポリアミド樹脂がアロイ化されたPPS樹脂またはPEEK樹脂からなる第2の樹脂組成物が第1の被覆層2の直上に形成された第2の被覆層3とを有することを特徴とする。このような多層絶縁被膜構造とすることにより、導体1と第1の被覆層2との密着性、および第1の被覆層2と第2の被覆層3との密着性を向上させ、絶縁被膜全体の部分放電開始電圧・耐摩耗性・耐熱性などを向上させることができる。
【0020】
より詳細には、接着性ETFEは、グラフト重合するための結合性基としてα,β−不飽和二重結合を末端に有する有機基またはパーオキシ基を有し、かつ接着性を付与する官能基としてカルボキシル基、カルボン酸無水物残基、エポキシ基および加水分解性シリル基からなる群から選ばれる少なくとも1種を有するグラフト性化合物がエチレン−テトラフルオロエチレン共重合体に対してグラフト重合されたものである。グラフト重合する方法としては、例えば、ETFEとグラフト性化合物とをラジカル発生剤の存在下で反応させる方法などがある。
【0021】
第1の被覆層2は、部分放電開始電圧を高める役割を主に分担し、その厚さは30μm以上300μm以下が望ましい。30μmより薄いと部分放電開始電圧を高める効果が薄れ、300μmより厚いと絶縁電線の可撓性が低下しコイル成型時の巻線工程での加工性が低下する。また、接着性ETFEと導体とが良好に密着する理由としては、接着性ETFEのグラフト重合された結合性基が導体表面と強固に結合するためと考えられる。
【0022】
第1の被覆層2の直上に形成される第2の被覆層3は、コイル成型時の巻線工程で曲げや擦れ等の加工ストレスを受けるため耐外傷性(耐摩耗性)に優れること、およびモータ使用時におけるモータの発熱にも耐えること(耐熱性)等が必要である。それらの要求を満たすため、20℃での貯蔵弾性率が1 GPa以上でかつ200℃での貯蔵弾性率が10 MPa以上である第2の樹脂組成物を押出被覆して形成することが好ましい。
【0023】
20℃での貯蔵弾性率が1 GPaより小さいと、コイル成型時の巻線工程で絶縁被膜の表面に傷や割れが発生する場合があり、絶縁性能が低下するという問題が生じる。また、200℃での貯蔵弾性率が10 MPaより小さいと、モータの使用時に絶縁被膜が圧縮などのストレスを受けた場合に絶縁破壊を起こすなどの問題が生じる。
【0024】
第2の被覆層3に対する要求を満たすためには、第2の樹脂組成物として、ポリフェニレンスルファイド(PPS)樹脂にポリアミド樹脂をアロイ化した樹脂組成物、またはポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂にポリアミド樹脂をアロイ化した樹脂組成物を用いることが望ましい。また、接着性ETFEとポリアミド樹脂がアロイ化されたPPS樹脂やPEEK樹脂とが良好に密着する理由としては、接着性ETFEのグラフト重合された官能基がポリアミドのアミド基と強固に結合するためと考えられる。これにより、接着層等の追加の層を介在させることなく第2の被覆層3と第1の被覆層2との密着性を向上させることができる。
【0025】
第2の被覆層3の厚さは、耐摩耗性や耐熱性の機能を損なわない範囲で薄い方が好ましく、20μm以上300μm以下が望ましい。20μmより薄いとコイル成型時の巻線工程時に微小クラック等(被膜割れ)が入り絶縁性能を低下させる。300μmより厚いと絶縁電線の可撓性が低下しコイル成型時の巻線工程での加工性が低下する。
【0026】
本発明において、アロイ化に用いるポリアミド樹脂は150℃以上の融点と優れた機械的強度を有していることが望ましい。具体的な例としては、ポリカプロアミド(ポリアミド6)、ポリヘキサメチレンアジパミド(ポリアミド66)、ポリペンタメチレンアジパミド(ポリアミド56)、ポリテトラメチレンアジパミド(ポリアミド46)、ポリヘキサメチレンセバカミド(ポリアミド610)、ポリヘキサメチレンドデカミド(ポリアミド612)、ポリウンデカンアミド(ポリアミド11)、ポリドデカンアミド(ポリアミド12)、ポリカプロアミド/ポリヘキサメチレンアジパミドコポリマ(ポリアミド6/66)、ポリカプロアミド/ポリヘキサメチレンテレフタルアミドコポリマ(ポリアミド6/6T)、ポリヘキサメチレンアジパミド/ポリヘキサメチレンイソフタルアミドコポリマ(ポリアミド66/6I)、ポリヘキサメチレンテレフタルアミド/ポリヘキサメチレンイソフタルアミドコポリマ(ポリアミド6T/6I)、ポリヘキサメチレンテレフタルアミド/ポリドデカンアミドコポリマ(ポリアミド6T/12)、ポリヘキサメチレンアジパミド/ポリヘキサメチレンテレフタルアミド/ポリヘキサメチレンイソフタルアミドコポリマ(ポリアミド66/6T/6I)、ポリキシリレンアジパミド(ポリアミドXD6)、ポリヘキサメチレンテレフタルアミド/ポリ-2-メチルペンタメチレンテレフタルアミドコポリマ(ポリアミド6T/M5T)、およびポリメチレンテレフタルアミドフタルアミド単位を有する共重合体を挙げることができる。
【0027】
なお、導体1の材料に特段の限定は無く、エナメル被覆絶縁電線で常用される材料(例えば、無酸素銅や低酸素銅など)を用いることができる。また、シランカップリング剤などの接着性向上剤で表面処理した銅線を導体として用いてもよい(本発明においては、表面処理を施した状態も導体に含めるものとする)。接着性向上剤で表面処理することにより、第1の被覆層2である接着性ETFEとの密着性をより高めることができる。
【0028】
シランカップリング剤としては、特に限定されるものではなく、メルカプト系シラン化合物、アミノ系シラン化合物、アゾール系シラン化合物などを用いることができる。また、メラニン系化合物、カルボジイミド系化合物、テトラゾール化合物、トリアジンチオール系化合物、アミノチアゾール系化合物などの化合物を用いることもできる。なお、これら接着性向上剤は、表面処理層が厚く形成されると脆弱な界面になりやすくかえって接着力が低下してしまうことがあるので、表面処理層が薄くなるように形成することが好ましい。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)
導体として直径2 mmの銅線を用い、該銅線の直上に押出被覆により厚さ100μmの第1の被覆層を形成した。第1の被覆層の樹脂組成物としては、接着性ETFE(旭硝子株式会社製、LM-ETFE AH2000、融点240℃)を用いた。第2の被覆層の樹脂組成物として、PPS樹脂(東レ株式会社製、トレリナ A900)に対して66ナイロン(デュポン株式会社製、ザイテル 42A)を10質量%ブレンドしてアロイ化した樹脂組成物(以下、PPS-PAアロイと称す)を用意した。次に、第1の被覆層の直上にPPS-PAアロイを押出被覆して厚さ20μmの第2の被覆層を形成し、実施例1の絶縁電線を製造した。
【0031】
(実施例2)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ100μmの接着性ETFEを第1の被覆層として形成した。第2の被覆層の樹脂組成物として、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(ビクトレックス・エムシー株式会社、PEEK 450G)に対して66ナイロン(デュポン株式会社製、ザイテル 42A)を10質量%ブレンドしてアロイ化した樹脂組成物(以下、PEEK-PAアロイと称す)を用意した。次に、第1の被覆層の直上にPEEK-PAアロイを押出被覆して厚さ120μmの第2の被覆層を形成し、実施例3の絶縁電線を製造した。
【0032】
(実施例3)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ30μmの接着性ETFEを第1の被覆層として形成した。次に、第1の被覆層の直上にPPS-PAアロイを押出被覆して厚さ120μmの第2の被覆層を形成し、実施例3の絶縁電線を製造した。
【0033】
(実施例4)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ300μmの接着性ETFEを第1の被覆層として形成した。次に、第1の被覆層の直上にPPS-PAアロイを押出被覆して厚さ300μmの第2の被覆層を形成し、実施例4の絶縁電線を製造した。
【0034】
(比較例1)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ100μmの第1の被覆層を形成した。第1の被覆層の樹脂組成物としては、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(ダイキン工業株式会社製、ネオフロン NP20、以下FEPと称す)を用いた。次に、第1の被覆層の直上にPPS-PAアロイを押出被覆して厚さ30μmの第2の被覆層を形成し、比較例1の絶縁電線を製造した。
【0035】
(比較例2)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ130μmの接着性ETFEを第1の被覆層として形成し、該被覆層のみ(単層)の絶縁電線を比較例2として製造した。
【0036】
(比較例3)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ100μmの接着性ETFEを第1の被覆層として形成した。第2の被覆層の樹脂組成物として、FEPに対して66ナイロン(デュポン株式会社製、ザイテル 42A)を10質量%ブレンドしてアロイ化した樹脂組成物(以下、FEP-PAアロイと称す)を用意した。次に、第1の被覆層の直上にFEP-PAアロイを押出被覆して厚さ30μmの第2の被覆層を形成し、比較例3の絶縁電線を製造した。
【0037】
(比較例4)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ100μmの第1の被覆層を形成した。第1の被覆層の樹脂組成物としては、通常のエチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(旭硝子株式会社製、C55AP、融点260℃、以下ETFEと称す)を用いた。次に、第1の被覆層の直上にPPS-PAアロイを押出被覆して厚さ30μmの第2の被覆層を形成し、比較例4の絶縁電線を製造した。
【0038】
(比較例5)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ100μmのETFEを第1の被覆層として形成した。次に、第1の被覆層の直上にPPS樹脂を押出被覆して厚さ30μmの第2の被覆層を形成し、比較例5の絶縁電線を製造した。
【0039】
(比較例6)
実施例1と同様の手順により、直径2 mmの銅線の直上に厚さ100μmの第1の被覆層を形成した。第1の被覆層の樹脂組成物としては、ポリ4メチルペンテン-1樹脂(三井化学株式会社、TPX RT-18、以下PMPと称す)を用いた。次に、第1の被覆層の直上にPPS-PAアロイを押出被覆して厚さ30μmの第2の被覆層を形成し、比較例6の絶縁電線を製造した。
【0040】
上記のように作製した実施例1〜4および比較例1〜6に対して、次のような測定および試験を行った。
【0041】
(1)貯蔵弾性率測定
樹脂組成物の貯蔵弾性率の測定は次のように行った。各樹脂組成物を用いて0.1 mm(厚さ)×5 mm×20 mmの短冊状の評価用フィルムを別途作製した。動的粘弾性測定装置(アイティー計測制御株式会社、DVA-200)を用いて歪み量0.1%で引っ張りながらかつ室温から400℃までを5℃/minで昇温しながら評価用フィルムの貯蔵弾性率を測定した。
【0042】
(2)部分放電開始電圧測定
部分放電開始電圧の測定は次のような手順で行った。絶縁電線を500 mmの長さで2本切り出し、14.7 N(1.5 kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120 mmの範囲に9回の撚り部を有するツイストペアの試料を作製した。試料端部10 mmの絶縁被覆をアビソフィックス装置で剥離した。その後、絶縁被覆の乾燥のため、120℃の恒温槽中に30分間保持し、デシケータ中で室温になるまで18時間放置した。部分放電開始電圧は、部分放電自動試験システム(総研電気株式会社製、DAC-6024)を用いて測定した。測定条件は、25℃で相対湿度50%の雰囲気とし、1 kHzの正弦波電圧を10〜30 V/sで昇圧しながらツイストペア試料に荷電した。ツイストペア試料に10 pCの放電が50回発生した電圧を部分放電開始電圧とした。
【0043】
(3)耐摩耗性試験
耐摩耗性試験は次のような手順で行った。絶縁電線を120 mmの長さに切り出し、片側末端の絶縁被覆をアビソフィックス装置で剥離して評価試料とした。テーバー型の摩耗試験機(東英工業株式会社製、TS-4)に評価試料を取り付けた後、剥離した末端部に電極を取り付け、絶縁被覆の表面に垂直方向から5.9 N(0.6 kgf)の荷重を掛けながら触針の往復摩耗(振幅20 mm)を行い、電気が導通したときの往復摩耗回数を測定した。
【0044】
(4)密着性試験
密着性試験は次のような手順で行った。導体径と同じ径を有する丸棒(巻き付け棒)に各絶縁電線を巻き付け(自己径巻き付け)、光学顕微鏡を用いて絶縁被膜での異常(亀裂、ひび、しわ、剥離など)の有無を調査した。本発明では、絶縁電線を5巻き/コイルとして5コイル分巻き付け、50倍の光学顕微鏡を用いて観察した。
【0045】
(5)耐熱性試験
耐熱性試験は次のような手順で行った。前述の密着性試験と同様に自己径巻き付けを行った後、老化試験機(東洋精機株式会社製、ギヤー・オーブンSTD60P)において200℃で1時間の加熱を行った。その後、光学顕微鏡を用いて絶縁被膜での異常(亀裂、ひび、しわ、剥離など)の有無を調査した。
【0046】
樹脂組成物の貯蔵弾性率の測定結果は次のようであった。接着性ETFEは、20℃の貯蔵弾性率が0.77 GPaであり、200℃の貯蔵弾性率が30 MPaであった。通常のETFEは、20℃の貯蔵弾性率が0.80 GPaであり、200℃の貯蔵弾性率が40 MPaであった。FEPは、20℃の貯蔵弾性率が0.57 GPaであり、200℃の貯蔵弾性率が30 MPaであった。PMPは、20℃の貯蔵弾性率が1.6 GPaであり、200℃の貯蔵弾性率が60 MPaであった。PPS-PAアロイは、20℃の貯蔵弾性率が3.0 GPaであり、200℃の貯蔵弾性率が500 MPaであった。PEEK-PAアロイは、20℃の貯蔵弾性率が3.5 GPaであり、200℃の貯蔵弾性率が500 MPaであった。FEP-PAアロイは、20℃の貯蔵弾性率が0.60 GPaであり、200℃の貯蔵弾性率が31 MPaであった。PPSは、20℃の貯蔵弾性率が3.37 GPaであり、200℃の貯蔵弾性率が356 MPaであった。
【0047】
実施例1〜4の諸元と測定試験結果を表1に示し、比較例1〜6の諸元と測定試験結果を表2に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
表1、表2に示したように、本発明に係る実施例1〜4の絶縁電線は、本発明の規定から外れる比較例1〜6の絶縁電線と比較して良好な耐摩耗性・密着性・耐熱性を有していることが確認された。一方、部分放電開始電圧に関しては十分に高い特性(1500 V以上)が得られた。このことから、本発明に係る絶縁電線は、導体と絶縁被膜との密着性に優れるとともに、接着層等の追加の層を介在させることなく絶縁被膜における層間の密着性にも優れ、かつ高い部分放電開始電圧を有することが実証された。
【符号の説明】
【0051】
10…絶縁電線、1…導体、2…第1の被覆層、3…第2の被覆層、4…絶縁被膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数層からなる絶縁被膜が導体上に形成されている絶縁電線であって、
前記複数層からなる絶縁被膜は、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体に対してグラフト性化合物がグラフト重合されてなる第1の樹脂組成物が前記導体の直上に形成された第1の被膜層と、
ポリフェニレンスルファイド樹脂とポリアミド樹脂とからなるポリマーアロイである第2の樹脂組成物が前記第1の被膜層の直上に形成された第2の被膜層とを有することを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
複数層からなる絶縁被膜が導体上に形成されている絶縁電線であって、
前記複数層からなる絶縁被膜は、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体に対してグラフト性化合物がグラフト重合されてなる第1の樹脂組成物が前記導体の直上に形成された第1の被膜層と、
ポリエーテルエーテルケトン樹脂とポリアミド樹脂とからなるポリマーアロイである第2の樹脂組成物が前記第1の被膜層の直上に形成された第2の被膜層とを有することを特徴とする絶縁電線。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の絶縁電線において、
前記グラフト性化合物は、グラフト重合するための結合性基としてα,β−不飽和二重結合を末端に有する有機基またはパーオキシ基を有し、かつ接着性を付与する官能基としてカルボキシル基、カルボン酸無水物残基、エポキシ基および加水分解性シリル基からなる群から選ばれる少なくとも1種を有することを特徴とする絶縁電線。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の絶縁電線において、
前記第2の樹脂組成物は、20℃での貯蔵弾性率が1 GPa以上でかつ200℃での貯蔵弾性率が10 MPa以上であることを特徴とする絶縁電線。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の絶縁電線において、
前記第1の被膜層の厚さが30μm以上300μm以下であり、前記第2の被膜層の厚さが20μm以上300μm以下であることを特徴とする絶縁電線。

【図1】
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【公開番号】特開2011−165485(P2011−165485A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−27204(P2010−27204)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【出願人】(591039997)日立マグネットワイヤ株式会社 (63)
【Fターム(参考)】