説明

絶縁電線

【課題】従来の絶縁被覆と同等以上の耐熱性および密着性を有し、かつ従来と同等の絶縁被覆厚さで従来よりも高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】本発明に係る絶縁電線は、少なくとも1層の押出被覆層からなる絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線であって、前記少なくとも1層の押出被覆層は、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂(B)とを混合した樹脂組成物を押出被覆した層であり、前記オレフィン系共重合樹脂(B)が、ポリメチルペンテン、アイソタクチックポリプロピレンおよびシンジオタクチックポリプロピレンの内のいずれかを無水マレイン酸もしくはグリジシルメタクリレートで変性させた樹脂、またはエチレングリシジルメタクリレート共重合樹脂である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転電機や変圧器などの電気機器のコイルに用いられる絶縁電線に係り、特に、押出被覆層を含む絶縁被覆が形成された絶縁電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転電機や変圧器などの電気機器のコイルに用いられている絶縁電線(エナメル被覆絶縁電線)は、一般的に、コイルの用途・形状に合致した断面形状(例えば、丸形状や矩形状)に成形された導体の外層に単層または複数層の絶縁被覆が形成された構造をしている。該絶縁被覆を形成する方法には、樹脂を有機溶剤に溶解させた絶縁塗料を導体上に塗布・焼付けする方法と、予め調合した樹脂組成物を導体上に押出被覆する方法がある。
【0003】
近年、電気機器への小型化の要求により、コイル巻線工程において絶縁電線を高い張力下で小径のコアに高密度で巻くようになってきており、絶縁被覆には過酷な加工ストレスに耐えられる耐摩耗性が求められている。また、電気機器への高効率化・高出力化の要求からインバータ制御や高電圧化が進展している。その結果、コイルの運転温度が以前よりも上昇傾向にあり、絶縁被覆には高い耐熱性も求められている。それらに加えて、インバータサージ電圧などのより高い電圧が電気機器中のコイルに掛かることから、部分放電の発生によって絶縁被覆が劣化・損傷することがあるという問題が生じていた。
【0004】
部分放電による絶縁被覆の劣化・損傷を防ぐために、部分放電開始電圧の高い絶縁被覆の開発が進められている。絶縁被覆の部分放電開始電圧を高くする手段として、絶縁被覆に比誘電率の低い樹脂を用いる方法や、絶縁被覆の厚さを厚くする方法が挙げられる。
【0005】
例えば、特許文献1(特開2002-56720号公報)には、特定の構造を有するフッ素系ポリイミド樹脂を含む巻線の絶縁被覆材料が開示されている。特許文献1に記載の絶縁被覆材料は、比誘電率が2.3〜2.8であり、従来の絶縁塗料の比誘電率(3〜4程度)と比較して有意に低く、その結果、絶縁被覆の発熱量が抑えられて熱による劣化が抑えられるとされている。
【0006】
特許文献2(特許4177295号公報)では、導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼き付け層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、該エナメル焼き付け層と該押出被覆樹脂層の厚さの合計が60μm以上であり、前記エナメル焼き付け層の厚さが50μm以下であり、前記押出被覆樹脂層が、25℃における引張弾性率が1000 MPa以上であり、かつ250℃における引張弾性率が10 MPa以上である樹脂材料(ポリエーテルエーテルケトンを除く)からなることを特徴とする耐インバータサージ絶縁ワイヤが開示されている。特許文献2に記載の絶縁ワイヤは、導体と絶縁被覆層の接着強度を下げることなく、高い部分放電開始電圧(900 Vp程度)を有する絶縁ワイヤを提供することができるとされている。
【0007】
また、特許文献3(再公表2005-106898号公報)では、導体と前記導体を被覆する押出絶縁層を有してなる2層以上の多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最内層以外の少なくとも1層が、ポリフェニレンスルフィド樹脂(A)を連続層とし、オレフィン系共重合体成分(B)を分散相とする樹脂混和物で形成され、前記樹脂混和物からなる絶縁層が、ポリフェニレンスルフィド樹脂(A) 100質量部と、オレフィン系共重合体成分(B) 3〜40質量部とを含有することを特徴とする多層絶縁電線が開示されている。特許文献3に記載の絶縁電線は、耐熱性と耐薬品性に優れているとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−56720号公報
【特許文献2】特許第4177295号公報
【特許文献3】再公表2005−106898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載されているようなフッ素系ポリイミド樹脂からなる絶縁塗料を用いて絶縁被覆を形成した場合、絶縁被覆の比誘電率を低くすることはできるが、フッ素系ポリイミド樹脂から形成した絶縁被覆は導体への密着性が低いため、例えば、コイル巻線工程などにおける過酷な加工ストレスによって、絶縁被覆が導体から剥離する現象(被覆浮き)が発生してしまうことが懸念される。被覆浮きは、最悪の場合に絶縁破壊を起こす要因となる。
【0010】
また、前述したように、電気機器の更なる高効率化・高出力化に伴い、コイルに対して絶縁電線の占積率の向上が更に要求されるとともに、絶縁電線に対しても部分放電開始電圧の更なる向上(例えば、1500 Vp以上の部分放電開始電圧)が要求されている。ここで、特許文献2に記載されているような押出被覆樹脂層を有する従来の絶縁電線は、押出被覆樹脂層の厚さを厚くすることによって部分放電開始電圧を高くすることができると考えられるが、絶縁被覆全体の厚さも厚くなることになるため、絶縁電線の占積率を向上させることが困難になる弊害も生じる。
【0011】
従って、本発明の目的は、上記の課題を解決し、従来の絶縁被覆と同等以上の耐熱性および密着性を有し、かつ従来と同等の絶縁被覆厚さで従来よりも高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る絶縁電線の1つの態様は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
少なくとも1層の押出被覆層からなる絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線であって、前記少なくとも1層の押出被覆層は、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂(B)とを混合した樹脂組成物を押出被覆した層であり、
前記オレフィン系共重合樹脂(B)が、ポリメチルペンテン、アイソタクチックポリプロピレンおよびシンジオタクチックポリプロピレンの内のいずれかを無水マレイン酸もしくはグリジシルメタクリレートで変性させた樹脂、またはエチレングリシジルメタクリレート共重合樹脂である。なお、本発明は、樹脂組成物中に必要に応じて酸化防止剤や銅害防止剤、滑剤、着色剤などの添加剤・添加樹脂を添加することを妨げるものではない。
【0013】
さらに、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る絶縁電線において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記樹脂組成物は、前記樹脂(A)と前記樹脂(B)とが重量部比で「(B)/(A) = 5/95 〜 40/60」の範囲で混合されている。なお、「5/95 〜 40/60」とは、「5/95以上、40/60以下」を意味するものとする。
(2)前記絶縁被覆は、熱可塑性ポリアミドイミド、熱可塑性ポリイミド、ポリエーテルイミドおよびポリフェニレンサルファイドのいずれか1種の樹脂が前記導体上に形成された第1被覆層と、前記少なくとも1層の押出被覆層が前記第1被覆層の外層に形成された第2被覆層とを有する。
(3)前記絶縁被覆は、熱可塑性ポリアミドイミド、熱可塑性ポリイミド、ポリエーテルイミドおよびポリフェニレンサルファイドのいずれか1種の樹脂が前記第2押出被覆層の外層に形成された第3被覆層を更に有する。なお、前述と同様に本発明は、第1被覆層および第2被覆層を構成する樹脂中に必要に応じて酸化防止剤や銅害防止剤、滑剤、着色剤などの添加剤・添加樹脂を添加することを妨げるものではない。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来の絶縁被覆と同等以上の耐熱性および密着性を有し、かつ従来と同等の絶縁被覆厚さで従来よりも高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る絶縁電線の実施形態の1例を示す断面模式図である。
【図2】本発明に係る絶縁電線の実施形態の他の1例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、押出被覆層を有する絶縁被覆が導体上に形成された絶縁電線において、該押出被覆層を構成する樹脂組成物の組成と部分放電開始電圧との関係を鋭意検討した結果、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(A)と所定のオレフィン系共重合樹脂(B)とを混合した樹脂組成物からなる押出被覆層の形成が1500 Vp以上の高い部分放電開始電圧を達成するのに有効であり、かつ導体や他の被覆層との密着性にも優れることを見出したことに基づき、本発明を完成した。
【0017】
以下、本発明に係る実施形態を説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施の形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0018】
前述したように、本発明に係る絶縁電線は、少なくとも1層の押出被覆層からなる絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線であって、前記少なくとも1層の押出被覆層は、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(A)と所定のオレフィン系共重合樹脂(B)とを混合した樹脂組成物を押出被覆した層であることを特徴とする。前記シンジオタクチックポリスチレン樹脂(A)は、分子構造的に極性が小さいことから、部分放電開始電圧を向上させる効果があったものと考えられる。
【0019】
混合する所定のオレフィン系共重合樹脂(B)としては、ポリメチルペンテン、アイソタクチックポリプロピレンおよびシンジオタクチックポリプロピレンの内のいずれかを無水マレイン酸もしくはグリジシルメタクリレートで変性させた樹脂、またはエチレングリシジルメタクリレート共重合樹脂が好ましい。これにより、導体との密着性または絶縁被覆が複数層からなる場合に被覆層同士の密着性を向上させることが可能となり、機械的強度の低下や絶縁破壊の発生を抑えることができる。
【0020】
また、前記樹脂(B)を所定の範囲の重量部比で前記樹脂(A)に混合させることにより、部分放電開始電圧を向上させる効果に加えて被覆層同士の密着性をより向上させる効果がある。所定の範囲の重量部比としては、前記樹脂(A)と前記樹脂(B)とを「(B)/(A) = 5/95 〜 40/60」の範囲で混合することが好ましい。前記樹脂(A)と前記樹脂(B)とを混和する比率(重量部比)が「(B)/(A) < 5/95」になると、前記樹脂(B)が少な過ぎて、他の被覆層との密着性が不十分になる。一方、該重量部比が「(B)/(A) > 40/60」になると、前記樹脂(B)による極性基の影響が相対的に増大し前記樹脂(A)による低極性の影響が低下することから、部分放電開始電圧の向上が不十分となる。
【0021】
図1は、本発明に係る絶縁電線の実施形態の1例を示す断面模式図である。本発明に係る絶縁電線10は、熱可塑性ポリアミドイミド、熱可塑性ポリイミド、ポリエーテルイミドおよびポリフェニレンサルファイドのいずれか1種の樹脂を用いて導体1上に形成された第1被覆層2と、第1被覆層2の外層に前述の樹脂組成物を用いて押出被覆により形成された第2被覆層3とを有する。このような多層絶縁被覆構造とすることにより、導体1と第1被覆層2との密着性、および第1被覆層2と第2被覆層3との密着性を向上させ、絶縁被覆全体の耐熱性も向上させることができる。また、層間の密着性を更に向上させるための添加樹脂(例えば、エチレングリシジルメタクリレート共重合樹脂やポリアミド46など)を第1被覆層2を構成する樹脂に添加してもよい。
【0022】
なお、第1被覆層2の形成方法に特段の限定は無いが、第1被覆層2と第2被覆層3とを昇温させた状態で接触(接合)させることが好ましい。各層を構成する樹脂を互いに高い温度で接触させることにより、被覆層同士の密着性をより向上させることができ機械的強度を確保しやすくなる。また、第1被覆層2を押出被覆によって形成することがより好ましい。第1被覆層2と第2被覆層3とを同時に形成する方法(同時押出)、または同一製造装置上で第1被覆層2を押出形成した直後に第2被覆層3を続けて押出形成する方法(タンデム押出)によって製造することで、絶縁被覆の製造工程を簡素化(すなわち低コスト化)することができる。
【0023】
図2は、本発明に係る絶縁電線の実施形態の他の1例を示す断面模式図である。本発明に係る絶縁電線20は、上述の絶縁電線10における第2被覆層3の外層に、熱可塑性ポリアミドイミド、熱可塑性ポリイミド、ポリエーテルイミドおよびポリフェニレンサルファイドのいずれか1種の樹脂により形成された第3被覆層4を更に有する。第3被覆層4を形成することで、多層絶縁被覆の耐摩耗性をより向上させることが可能となる。耐摩耗性の向上は、例えば、コイル成形における巻線工程などにおいて、強い外力(張力)が掛かる場合でも絶縁被覆のクラック等(例えば、クラック、クレージング、しわ、被覆浮き)の発生を防ぐのに有効である。また、層間の密着性を更に向上させるための添加樹脂(例えば、エチレングリシジルメタクリレート共重合樹脂など)を第3被覆層4を構成する樹脂に添加してもよい。
【0024】
前述と同様に、第3被覆層4の形成方法に特段の限定は無いが、第2被覆層3と第3被覆層4とを昇温された状態で接触(接合)させることが好ましい。各層を構成する樹脂を互いに高い温度で接触させることにより、被覆層同士の密着性をより向上させることができ機械的強度を確保しやすくなる。また、第3被覆層4を押出被覆によって形成することがより好ましい。第1被覆層2から第3被覆層4を同時押出またはタンデム押出によって形成することで、絶縁被覆の製造工程を簡素化することができる。
【0025】
第1被覆層2、第2被覆層3、第3被覆層4の厚さは、それぞれ20μm以上であることが好ましい。一方、絶縁被覆全体の厚さは、70〜100μmであることが好ましい。また、各被覆層を構成する樹脂組成物中に、必要に応じて酸化防止剤や銅害防止剤、滑剤、着色剤などを添加してもよい。また、導体1の材料に特段の限定は無く、エナメル被覆絶縁電線で常用される材料(例えば、無酸素銅や低酸素銅など)を用いることができる。なお、図1および図2においては、導体1として丸形状の断面を有する例を示したが、それに限定されることはなく、矩形状の断面を有する導体であってもよい。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例1〜11および比較例1〜2の各被覆層を構成する樹脂組成物の組成を後述する表1に示した。
【0027】
(実施例1〜4,11および比較例1〜2の作製)
導体として外径1.25 mmの銅線を用い、該銅線の外層に押出機を用いて第2被覆層に相当する樹脂組成物のみ(表1参照)を押出被覆して、厚さが約100μmの単層の押出被覆層を有する絶縁電線を作製した。なお、樹脂(A)としては、異なる曲げ弾性率(2.5 GPaと3.0 GPa)を有する2種類のシンジオタクチックポリスチレン樹脂を用意した。
【0028】
(実施例5〜8の作製)
導体として外径1.25 mmの銅線を用い、該銅線の外層に押出機を用いて第1被覆層と第2被覆層に相当する樹脂組成物(表1参照)を押出被覆して、図1に示したような2層の被覆層を有する絶縁電線を作製した。このとき、実施例5〜7は、第1被覆層と第2被覆層とを同時押出により形成し、実施例8は、第1被覆層と第2被覆層とをタンデム押出により形成した。また、第1被覆層の厚さは約20μmとし、絶縁被覆の全体厚さが70〜80μmになるように第2被覆層をチューブ状に押出被覆した。
【0029】
(実施例9〜10の作製)
導体として外径1.25 mmの銅線を用い、該銅線の外層に押出機を用いて第1被覆層から第3被覆層に相当する樹脂組成物(表1参照)を押出被覆して、図2に示したような3層の被覆層を有する絶縁電線を作製した。このとき、実施例9は、第1被覆層から第3被覆層を同時押出により形成し、実施例10は、3台の押出機を用いて第1被覆層から第3被覆層を順次別々に形成した。また、第1被覆層および第3被覆層の厚さは約20μmとし、絶縁被覆の全体厚さが80μmになるように(すなわち、第2被覆層の厚さは約40μmとして)押出被覆した。
【0030】
【表1】

【0031】
上記のように作製した絶縁電線(実施例1〜11および比較例1〜2)に対して、次のような測定および試験を行った。
【0032】
(1)部分放電開始電圧測定
部分放電開始電圧の測定は次のような手順で行った。絶縁電線を500 mmの長さで2本切り出し、39 N(4 kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120 mmの範囲に6回の撚り部を有するツイストペアの試料を用意した。試料端部10 mmの絶縁被覆をアビソフィックス装置で剥離した。その後、絶縁被覆の乾燥のため、120℃の恒温槽中に30分間保持し、デシケータ中で室温になるまで18時間放置した。部分放電開始電圧は、部分放電自動試験システム(総研電気株式会社製、DAC-6024)を用いて測定した。測定条件は、25℃で相対湿度50%の雰囲気とし、50 Hzの電圧を10〜30 V/sで昇圧しながらツイストペア試料に課電した。ツイストペア試料に50 pCの放電が50回発生した電圧を部分放電開始電圧(Vp)とした。
【0033】
(2)耐熱性・密着性試験
耐熱性・密着性試験は次のような手順で行った。上述と同様に、作製した絶縁電線を500 mmの長さで2本切り出し、39 N(4 kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120 mmの範囲に6回の撚り部を有するツイストペアの試料を用意した。次に、老化試験機(東洋精機株式会社製、ギヤー・オーブンSTD60P)において150℃で2000時間保持して加熱老化させた。その後、導体径と同じ径を有する丸棒(巻き付け棒)にツイストペア試料を巻き付け、50倍の光学顕微鏡を用いて絶縁被覆でのクラック等(例えば、クラック、クレージング、しわ、被覆浮き)の有無を調査した。クラック等の発生がないものを「○:合格の意味」、クラック等の発生があるものを「×:不合格の意味」とした。
【0034】
実施例1〜11および比較例1〜2の絶縁被覆厚さ、押出被覆方式、および測定評価結果を表2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2に示したように、本発明に係る実施例1〜11の絶縁電線は、絶縁被覆の厚さが100μm以下でも1500 Vp以上の高い部分放電開始電圧を有していることが確認された。さらに、耐熱性・密着性試験に関しても、実施例1〜11の絶縁電線は必要十分な特性を有していることが確認された。
【0037】
前述したように、実施例10は、3台の押出機を用いて別工程で第1被覆層から第3被覆層を形成した絶縁電線であり、実施例5〜9は、同時押出またはタンデム押出によって各被覆層を形成した絶縁電線である。部分放電開始電圧の測定結果を詳細に見ていくと、実施例5〜9の方が実施例10よりも若干高い部分放電開始電圧を有していることが判る。この要因としては、同時押出またはタンデム押出の方が各層を構成する樹脂を互いに高い温度で接触させられることで、被覆層同士の密着性がより高いことなどが考えられた。
【0038】
また、実施例1〜4,11において、第2被覆層中で樹脂(A)の比率が高くなるほど部分放電開始電圧が高くなる傾向が見られた。これは、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(A)の分子構造的な極性の小ささが効果的に機能したものと考えられた。
【0039】
これらに対し、比較例1のように、第2被覆層における樹脂(A)と樹脂(B)との重量部比が「(B)/(A) = 0/100」と本発明の規定を外れると(樹脂(A)の比率が高くなると)、耐熱性・密着性試験結果が劣化した。また、比較例2のように、ポリフェニレンサルファイドのみを押出被覆した絶縁電線は、部分放電開始電圧が1300 Vpと低い値を示した。
【0040】
以上のことから、本発明に係る実施例1〜11の絶縁電線は、従来の絶縁被覆と同等以上の耐熱性および密着性を有し、かつ従来と同等の絶縁被覆厚さで従来よりも高い部分放電開始電圧を有していることが実証された。なお、第2被覆層における樹脂(B)として、アイソタクチックポリプロピレンやシンジオタクチックポリプロピレンを無水マレイン酸もしくはグリジシルメタクリレートで変性させた樹脂を用いた場合でも、上記実施例と同様に部分放電開始電圧の高い絶縁電線を得ることができることを別途確認した。
【符号の説明】
【0041】
1…導体、2…第1被覆層、3…第2被覆層、4…第3被覆層、10,20…絶縁電線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1層の押出被覆層からなる絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線であって、
前記少なくとも1層の押出被覆層は、シンジオタクチックポリスチレン樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂(B)とを混合した樹脂組成物を押出被覆した層であり、
前記オレフィン系共重合樹脂(B)が、ポリメチルペンテン、アイソタクチックポリプロピレンおよびシンジオタクチックポリプロピレンの内のいずれかを無水マレイン酸もしくはグリジシルメタクリレートで変性させた樹脂、またはエチレングリシジルメタクリレート共重合樹脂であることを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
請求項1に記載の絶縁電線において、
前記樹脂組成物は、前記樹脂(A)と前記樹脂(B)とが重量部比で「(B)/(A) = 5/95 〜 40/60」の範囲で混合されていることを特徴とする絶縁電線。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の絶縁電線において、
前記絶縁被覆は、熱可塑性ポリアミドイミド、熱可塑性ポリイミド、ポリエーテルイミドおよびポリフェニレンサルファイドのいずれか1種の樹脂が前記導体上に形成された第1被覆層と、前記少なくとも1層の押出被覆層が前記第1被覆層の外層に形成された第2被覆層とを有することを特徴とする絶縁電線。
【請求項4】
請求項3に記載の絶縁電線において、
前記絶縁被覆は、熱可塑性ポリアミドイミド、熱可塑性ポリイミド、ポリエーテルイミドおよびポリフェニレンサルファイドのいずれか1種の樹脂が前記第2押出被覆層の外層に形成された第3被覆層を更に有することを特徴とする絶縁電線。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−15038(P2012−15038A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−152673(P2010−152673)
【出願日】平成22年7月5日(2010.7.5)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】