説明

絶縁電線

【課題】耐熱性、耐加水分解性及び機械的強度が良好で、ハロゲン化物を実質的に含有しない芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を用いて導体上に絶縁皮膜を形成した密着性、可とう性、耐摩耗性及び耐軟化性に優れる絶縁電線を提供する。
【解決手段】導体と、該導体上に、芳香族ジイソシアネートを主成分として含有するイソシアネート成分、及び分子鎖中にハロゲン元素を含まない芳香族ジカルボン酸を主成分として含有する酸成分からなる芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼付して形成される絶縁皮膜と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁電線に係り、特に芳香族ジイソシアネートと芳香族ジカルボン酸をそれぞれイソシアネート成分と酸成分の主成分とし、それらを塩基性溶剤中で合成した芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁皮膜を有する絶縁電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エステル基やアミド基を含有するポリマーは、金属面との密着性がそれらを含有していないポリマーに比べて高いため、ポリエステル樹脂やポリエステルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂等の樹脂が様々な分野で使用されている。
【0003】
特に、モータや発電機等の電気機器のコイルを形成するための材料として使用されるエナメル線の分野においては、導体と絶縁皮膜との密着性、あるいは可とう性、耐摩耗性、耐熱性等の諸特性を得るために、ポリエステルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂からなる絶縁塗料を導体上に塗布し焼付けして絶縁皮膜が形成された絶縁電線(エナメル線)とすることが一般的に行われている。近年、エナメル線の分野においては、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料等からなる絶縁皮膜を有する従来の絶縁電線よりも更に高い密着性や耐摩耗性を有する絶縁電線が要求されている。
【0004】
他方、エナメル線以外の分野では、芳香族ジアミンと芳香族ジカルボン酸クロライドとを溶液中で重縮合することにより合成される芳香族ポリアミド樹脂も、工業的に使用されている(例えば、特許文献1)。
【0005】
しかし、芳香族ポリアミド樹脂は、工業的に使用できる芳香族カルボン酸クロライドの数が少なく、合成できる芳香族ポリアミド樹脂が限定されていることや、芳香族ジアミンと芳香族カルボン酸ジクロライドとを重合する際に、塩化水素等のハロゲン化物が発生するなどが懸念されている。塩化水素等のハロゲン化物の発生を抑制する方法としては、中和剤等を添加すること等が提案されている(例えば、特許文献2)。この中和剤によってハロゲン化物は芳香族ポリアミド樹脂の分子中から除去されるものの、芳香族ポリアミド樹脂が溶解している溶液中にはどうしても微量の塩素イオン等が残留してしまう。そのため、導体上に絶縁塗料を塗布し、焼付けして絶縁皮膜を形成するエナメル線の分野において、上記の方法で作製した芳香族ポリアミド樹脂を絶縁塗料に用いた場合、絶縁塗料を塗装した後の焼付け炉で溶液中のハロゲン化物が揮発して、炉壁の侵食や排気ガス等が問題となることが懸念されている。
【0006】
また、芳香族ジアミンと芳香族ジカルボン酸から芳香族ポリアミドを直接合成する方法が、例えば、特許文献3と特許文献4に開示されている。しかし、これらの方法で合成する芳香族ポリアミドは、分子主鎖中に長い脂肪族基を有するものであり、エナメル線に適用するための耐熱性や剛性、耐加水分解性等が十分とは言えなかった。さらに、減圧等の複雑な操作を行うことがあり、工業化に困難が伴う方法であった。また、この方法では溶液中で合成することが出来ないため、絶縁塗料を塗布し、焼付けして絶縁皮膜を形成するエナメル線の分野に適用することは実用上不可能であった。
【0007】
一方、芳香族ジイソシアネートと芳香族ジカルボン酸から芳香族ポリアミドを直接合成する方法については、エナメル線用の絶縁塗料に使用するものではないが、特許文献5と特許文献6に開示されている。これらの方法による芳香族ポリアミドは、射出成形ができるように溶融流動性を付与するため、芳香族ジカルボン酸1モルに対して、芳香族ジイソシアネートを0.5〜0.75モル、脂肪族ジイソシアネートを0.5〜0.25モルの範囲とするか、又は芳香族ジイソシアネート1モルに対して、芳香族ジカルボン酸を0.65〜0.85モル、脂肪族ジカルボン酸を0.35〜0.15モルの範囲とするとされている。また、前記の特許文献5と6には、テレフタル酸とトリレンー2,4−ジイソシアネートから合成される芳香族ポリアミドが比較例として記載されている。しかし、そのような構造を有するポリイミド樹脂がエナメル線用の絶縁塗料として適用できるか否かについては全く認識されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−91735号公報
【特許文献2】特開2004−137407号公報
【特許文献3】特開平11−228690号公報
【特許文献4】特開2000−95835号公報
【特許文献5】特開平6−136117号公報
【特許文献6】特開平6−107786号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、上記のような従来技術における問題点を解決しようとするものであって、従来と同等以上の耐熱性、耐摩耗性を有し、かつ、従来よりも導体との密着性が高い絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の目的を達成するために、次の構成を有するものである。
[1]導体と、前記導体上に、芳香族ジイソシアネートを主成分として含有するイソシアネート成分、及び分子鎖中にハロゲン元素を含まない芳香族ジカルボン酸を主成分として含有する酸成分からなる芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼付けして形成される絶縁皮膜と、を有することを特徴とする絶縁電線。
[2]前記イソシアネート成分において前記芳香族ジイソシアネートが占める割合は60〜100モル%であり、前記酸成分において前記芳香族ジカルボン酸の占める割合は70〜100モル%であることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線。
[3]前記芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料の末端基であるイソシアネート基がウレタン結合で封止されている請求項1に記載の絶縁電線。
[4]前記芳香族ジイソシアネートは、トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネートのいずれかを主成分とする請求項1に記載の絶縁電線。
[5]前記芳香族ジイソシアネートは、トリレンジイソシアネート、2,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートのいずれかを主成分とする請求項4に記載の絶縁電線。
[6]前記芳香族ポリカルボン酸は、イソフタル酸、テレフタル酸のいずれかを主成分とする請求項1に記載の絶縁電線。
[7]前記イソシアネート基を封止する封止剤がアルコール類、フェノール類及びオキシム類のうちのいずれかからなる請求項3に記載の絶縁電線。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、塗料中にハロゲン化物を実質的に含有せず、かつ、複雑な操作を行うことなく容易に得られた高分子量の芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を導体上に塗布、焼付して絶縁皮膜を形成することによって、従来と同等以上の耐熱性、耐摩耗性を有し、かつ、従来よりも導体との密着性が高く、可とう性に優れる絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る絶縁電線の一実施例を示す断面図である。
【図2】本発明に係る絶縁電線の他の実施例を示す断面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
〈絶縁電線〉
図1に本発明に係る絶縁電線の構造例を示す。この絶縁電線は、導体上に芳香族ポリアミド樹脂絶縁皮膜2を形成したものであり、導体1の周囲に以下の実施の形態で説明する芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼付けすることにより得られる。
【0014】
また、図2に本発明に係る絶縁電線の他の構造例を示す。この絶縁電線は、導体1の表面に芳香族ポリアミド樹脂絶縁皮膜2を形成し、該芳香族ポリアミド樹脂絶縁皮膜2上にポリイミド樹脂絶縁塗料、ポリエステル樹脂絶縁塗料、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料、H種ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料等からなる絶縁皮膜3を形成したものである。ここで、絶縁皮膜3は、部分放電開始電圧の高い耐部分放電性絶縁塗料からなる耐部分放電性絶縁皮膜であってもよい。
【0015】
図1及び図2に示す絶縁電線においては、導体1の断面形状が円形状のものとしたが、本発明はこれに限定されるものではなく、平角等の矩形状の断面を有するものであってもよい。また、導体1の材料としては、銅やアルミ等を用いることができ、更には低酸素銅や無酸素銅等でもよい。さらに、図1及び図2に示す絶縁電線において、ポリアミドイミド樹脂絶縁皮膜の外周に、カルナバロウ等の潤滑剤をベース樹脂に添加してなる樹脂塗料を塗布して潤滑性の高い絶縁皮膜を形成してもよい。
【0016】
〈芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料〉
本発明の絶縁電線において、絶縁皮膜を形成するために用いられる芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料は、イソシアネートと酸成分がすべて芳香族ジイソシアネートと芳香族ジカルボン酸とからなる成分から合成される全芳香族ポリアミドだけではなく、前記の芳香族ジイソシアネートと芳香族ジカルボン酸をそれぞれ主成分として含むイソシアネート成分と酸成分から合成されるポリイミドをも含む。
【0017】
芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料は、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等を主成分とする塩基性反応溶媒中で、芳香族ポリアミド樹脂を構成するイソシアネート成分と酸成分とをほぼ等モルにて、窒素ガス気流下で脱炭酸、縮合反応させて得られる。このような芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料は、アミド結合間にある分子構造単位が比較的規則的に並んで形成され、水素結合やπ−π相互作用等でわずかながら結晶性を有する。
【0018】
上記の芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料は、そのままで導体上に塗布し、焼付けして絶縁皮膜を形成できるが、主にポリアミド樹脂の末端基であるイソシアネート基をOH基含有の化合物と反応させることによってウレタン結合を形成して封止(マスキング)することが、塗料のポットライフを良好できるために望ましい。また、ポリアミド樹脂絶縁塗料は、導体上への絶縁皮膜形成時における製造効率の向上、製造コストの低下等の観点から、樹脂分濃度(不揮発分)は30質量%以上とし、塗布粘度の観点から90質量%以下とすることが望ましい。
【0019】
〈イソシアネート成分〉
本発明の芳香族ポリアミド樹脂を構成するイソシアネート成分としては、200℃以上の耐熱性や高い機械的強度を実現するために、芳香族ジイソシアネートを主成分として使用する。ここで、主成分とはイソシアネートの全成分に対して50モル%以上の構造単位を有する成分のことを意味する。芳香族イソシアネートとしては、例えば、フェニレンー1,3−ジイソシアネート、フェニレンー1,4−ジイソシアネート、トリレンー2,6−ジイソシアネート、トリレン−2,4−ジイソシアネート、1−メトキシベンゼンー2,4−ジイソシアネート、1−メトキシベンゼン−2,4−ジイソシアネート、1−クロロフェニレンジイソシアネート、テトラクロロフェニレンジイソシアネート、ジフェニルメタンー4,4’−ジイソシアネート、ジフェニルメタンー2,4’−ジイソシアネート、ジフェニルスルフィド−4,4−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4’−ジイソシアネート、ジフェニルエーテルー4,4’−ジイソシアネート、ジフェニルエーテルー3,4’−ジイソシアネート、ジフェニルケトンー4,4’−ジイソシアネート、ナフタレン−2,6−ジイソシアネート、ナフタレン−1,4−ジイソシアネート、ナフタレン−1,5−ジイソシアネート、2,4’−ビフェニルジイソシアネート、4,4’−ビフェニルジイソシアネート、3,3’−メトキシ−4,4’−ビフェニルジイソシアネート、アントラキノン−2,6−ジイソシアネート、トリフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート、アゾベンゼン−4,4’−ジイソシアネート等が挙げられるが、工業的に入手が容易で、ポリアミド樹脂の溶媒に対する溶解性を向上させる意味で、ジフェニルメタンジイソシアネート又はトリレンジイソシアネートが好適である。本発明では、特にジフェニルメタンー4,4’−ジイソシアネート、ジフェニルメタンー2,4’−ジイソシアネート、トリレンー2,6−ジイソシアネート、トリレン−2,4−ジイソシアネート、又はトリレンー2,6−ジイソシアネートとトリレン−2,4−ジイソシアネートとの混合物であるm−トリレン−ジイソシアネートがより好適である。
【0020】
本発明は、上記の芳香族イソシアネートに加えて、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジシクロヘキシルジイソシアネート,メタ又はパラのキシリレンジイソシアネート、水添キシリレンジイソシアネート等の脂肪族ジイソシアネート、脂環式のジイソシアネート又は側鎖に置換基を有する芳香族ジイソシアネートから選ばれるジイソシアネート成分のいずれかを添加することが可能である。また、トリフェニルメタントリイソシアネート等の多官能イソシアネートやポリメリットイソシアネート等の多量体でも良い。これらのイソシアネートは、イソシアネートの全成分において、50モル%未満、より好ましくは40モル%未満の割合で添加する。これらのイソシアネートは、ポリアミド樹脂の可とう性付与、溶剤への溶解性向上又は一層の高耐熱化等の目的で添加される場合があるが、その配合割合が50モル%以上であると、ポリイミド樹脂の耐熱性の低下及び加水分解性が顕著になったり、樹脂が極端に脆くなる場合があり、耐熱電線用の絶縁塗料として使用することはできない。特に、より高い耐熱性と耐摩耗性の絶縁電線を得るためには、芳香族ジイソシアネート以外のイソシアネート成分の配合割合は、さらに40モル%未満にすること、すなわち芳香族ジイソシアネートの配合割合は60モル%以上にすることがより望ましい。
【0021】
〈酸成分〉
本発明の芳香族ポリアミド樹脂を構成する酸成分としては、イソフタル酸、テレフタル酸、1,4−ナフタレンジカルボン酸、1,6−ナフタレンジカルボン酸、1,7−ナフタレンジカルボン酸、2,5−ナフタレンジカルボン酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、2,7−ナフタレンジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸を主成分として使用することができる。これらの芳香族ジカルボン酸は、耐熱性を向上できるだけではなく、ポリアミド樹脂の溶剤に対する溶解性を向上させる点で好適である。これらの芳香族ジカルボン酸の中で、特に、イソフタル酸及びテレフタル酸が密着性の点で好ましい。
【0022】
本発明では、上記の芳香族ジカルボン酸以外にも、トリメリット酸(TMA)、トリメリット酸の誘導体の三塩基酸、トリス(2−カルボキシエチル)イソシアヌレート(CIC)等のトリカルボン酸類、トリメチン酸、脂肪族ジカルボン酸(アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸)等を上記の芳香族ジカルボン酸と併用して一部添加することができる。本発明の芳香族ポリアミド樹脂を構成する酸成分において、上記の芳香族ジカルボン酸の配合割合は、耐熱性、機械的強度及び加水分解性の点から、少なくとも50モル%以上、好ましくは70モル%以上である。上記の芳香族ジカルボン酸の配合割合が50モル%未満では、ポリアミド樹脂の耐熱性の低下及び加水分解性が顕著になったり樹脂が極端に脆くなる場合があり、耐熱電線用の絶縁塗料として使用することはできない。特に、より高い耐熱性と耐摩耗性の絶縁電線を得るためには、上記の芳香族ジカルボン酸の配合割合は70モル%以上にすること、すなわち、上記の芳香族ジカルボン酸以外のカルボン成分の配合割合を30モル%未満にすることがより望ましい。
【0023】
本発明は、イソシアネート成分と酸成分として上記に示すような構造を有する化合物を使用するが、合成されるポリイミド樹脂の溶剤に対する溶解性を向上するためには、ポリアミド樹脂の構成成分として芳香族ジイソシアネート又は芳香族ジカルボン酸の少なくともどちらかには樹脂の屈曲した構造を形成するための成分を使用するのが好ましい。そのために、芳香族ジイソシアネート成分としてジフェニルメタンー2,4’−ジイソシアネート、トリレンー2,6−ジイソシアネート、トリレン−2,4−ジイソシアネートを、また、芳香族ジカルボン酸としてイソフタル酸を使用するのがよい。これらの成分は、ポリイミド樹脂の耐熱性に応じて、直鎖状の樹脂構造を形成する成分であるジフェニルメタンー4,4’−ジイソシアネート又はテレフタル酸と併用することができる。
【0024】
〈封止剤〉
ポリアミド樹脂絶縁塗料に含有され、ポリアミド樹脂の末端基であるイソシアネート基をウレタン結合で封止する封止材としては、アルコール類、フェノール類及びオキシム類のいずれかの化合物を使用するのが有効である。本実施の形態に用いるアルコール類としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ベンジルアルコールが挙げられる。フェノール類としては、例えば、フェノール、クレゾール、キシレノール等が挙げられる。オキシム類としては、例えば、メチルエチルケトオキシム、シクロヘキシルオキシム、ベンゾフェノンオキシム等が挙げられる。これらは単独又は2種類以上を混合して使用することによって、塗料の増粘を抑制することができるため、ポットライフに優れ、使い勝手の良好な塗料とすることができる。他の封止剤、例えば、安息香酸等の1価のカルボン酸等は、本発明で合成される芳香族ポリアミド樹脂において、塗料の増粘を抑制する効果が小さい。
【0025】
また、芳香族ポリアミドの合成条件によっては塗料の増粘速度が遅くなって、ポットライフが安定して場合があり、その場合には、上記の封止剤を用いなくても良い。
【0026】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0027】
[絶縁電線の製造方法]
下記の実施例及び比較例の絶縁電線を以下のようにして製造した。
【0028】
まず、撹拌機、環流冷却管、窒素流入管、温度計を備えたフラスコに、下記実施例及び比較例に示すイソシアネート成分と酸成分のモル比を1.02:1.0又は1.0:1.0としたそれぞれの量、及び溶剤として490gのN−メチル−2−ピロリドン(NMP)を投入し、窒素雰囲気中で撹拌しながら約1時間で140℃まで加熱した。平均分子量が約22000のポリアミド樹脂溶液が得られるように、この温度で2〜5時間の範囲で所定時間反応させて合成を行った後、下記実施例及び比較例に示す封止剤の所定量を芳香族ポリアミド溶液に混合して混合することにより、イソシアネート成分の末端基を封止して合成反応を停止させた。放冷後に210gのNMPで希釈し、樹脂分濃度(不揮発分)が約30〜32重量%の芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0029】
このようにして得られた芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を0.80mmの銅導体上に塗布、焼付けし、皮膜厚30μmの芳香族ポリアミド樹脂絶縁皮膜を形成して、図1に示す構造を有する絶縁電線を得た。得られた絶縁電線について、その密着性、可とう性、耐摩耗性及び耐軟化性について下記の方法で評価した。各評価結果については合格又は不合格を判定するために、これまで実用化された絶縁電線の実績値を参考にして目標値を設定した。
【0030】
[評価法]
(1)密着性
密着性試験(ピール)は、「JISC 3003「8.1b」ねじり法」に準拠して測定を行った。このとき、絶縁皮膜が導体から浮いたときの回転回数(回数:360°を1回とする。)が130回以上であるものを合格(○)とし、130回未満であるものを不合格(×)として評価した。
【0031】
また、密着性試験(劣化後のピール)は、得られた絶縁電線を160℃の恒温槽中に24時間放置した後、「JISC 3003「8.1b」ねじり法」に準拠して測定を行った。このとき、絶縁皮膜が導体から浮いたときの回転回数が85回以上であるものを合格(○)とし、85回未満であるものを不合格(×)として評価した。
【0032】
(2)可とう性
可とう性試験(無伸長)は、伸長していない絶縁電線を、当該絶縁電線の導体径の1〜10倍の直径を有する巻き付け棒へ「JISC 3003「7.1.1a」巻付け」に準拠した方法で巻き付け、光学顕微鏡を用いて絶縁皮膜に亀裂の発生が見られない最少巻き付け倍径(d)を測定した。このとき、絶縁皮膜に亀裂の発生がみられない最少巻き付け倍径(d)が1d以下であるものを合格(○)とし、2d以上であるものを不合格(×)とした。
【0033】
また、可とう性試験(30%伸長)は、「JISC 3003「7.1.1a」巻付け」に準拠した方法で30%伸長した後、可とう性試験(無伸長)を同等の方法で測定した。このとき、絶縁皮膜に亀裂の発生が見られない最小巻き付け倍径(d)が2d以下であるものを合格(○)とし、3d以上であるものを不合格(×)とした。
【0034】
(3)耐摩耗性
耐摩耗性の試験はJISC 3003に準拠し、往復摩擦をかけたときの皮膜が摩耗して導体が露出するまでの回数を測定した。このとき、導体が露出するまでの回数が200回以上であるものを合格(○)とし、200回未満であるものを不合格(×)として評価した。
【0035】
(4)耐軟化性
耐軟化性は、「JISC 3003「11.2」B法」に準じて、短絡したときの温度(短絡温度)を測定した。このとき、短絡温度が350℃以上のものを合格(○)とし、350℃未満のものを不合格(×)として評価した。
【0036】
[実施例1]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)162.4g(0.9322モル)、酸成分としてイソフタル酸151.8g(0.9135モル)、及び封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリイミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0037】
[実施例2]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)121.8g(0.6992モル)とヘキサメチレン−1,6−ジイソシアネート(HDI)39.2g(0.2330モル)、酸成分としてイソフタル酸129.0g(0.7765モル)とアジピン酸20.0g(0.1370モル)、及び封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0038】
[実施例3]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)97.4g(0.5593モル)とヘキサメチレン−1,6−ジイソシアネート(HDI)62.7g(0.3729モル)、酸成分としてイソフタル酸74.3g(0.6395モル)とアジピン酸40.0g(0.2741モル)、及び封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0039】
[実施例4]
イソシアネート成分として4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(4,4’−MDI)188.7g(0.7540モル)、酸成分としてイソフタル酸を122.8g(0.7390モル)、封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0040】
[実施例5]
イソシアネート成分として4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(4,4’−MDI)151.0g(0.6032モル)とヘキサメチレン−1,6−ジイソシアネート(HDI)25.4g(0.1508モル)、酸成分としてイソフタル酸を122.8g(0.7390モル)、及び封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0041】
[実施例6]
イソシアネート成分として2,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(2,4’−MDI)188.7g(0.7540モル)、酸成分としてテレフタル酸122.8g(0.7390モル)、及び封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0042】
[実施例7]
イソシアネート成分として2,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(2,4’−MDI)188.7g(0.7540モル)、酸成分としてテレフタル酸110.5g(0.6651モル)とアゼライン酸13.9g(0.0739モル)、及び封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0043】
[実施例8]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)162.4g(0.9322モル)、酸成分としてテレフタル酸151.8g(0.9135モル)、封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0044】
[実施例9]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)146.1g(0.8390モル)とmーキシリレンジイソシアネート(XDI)17.5g(0.0932モル)、酸成分としてテレフタル酸139.3g(0.8384モル)とアジピン酸13.6g(0,0932モル)、封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0045】
[実施例10]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)89.3g(0.5127モル)とmーキシリレンジイソシアネート(XDI)79.0g(0.4195モル)、酸成分としてテレフタル酸139.3g(0.8384モル)とアジピン酸13.6g(0,0932モル)、封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0046】
[実施例11]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)162.4g(0.9322モル)、酸成分としてイソフタル酸154、9g(0.9322モル)を用いて、実施例1と同じ方法で合成を行った後、放冷してNMPで希釈して、樹脂分濃度(不揮発分)が約31重量%の芳香族ポリイミド樹脂絶縁塗料を得た。本実施例では、イソシアネート成分と酸成分の比を1.0:1.0とし、封止剤によるイソシアネート成分の末端基の封止は行わなかった。
【0047】
[実施例12]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)162.4g(0.9322モル)、酸成分としてイソフタル酸151、8g(0.9135モル)、及び封止剤としてフェノール8.7gを用いて、芳香族ポリイミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0048】
[実施例13]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)162.4g(0.9322モル)、酸成分としてイソフタル酸151、8g(0.9135モル)、及び封止剤としてメチルエチルケトオキシム(MEケトオキシム)8.1gを用いて、芳香族ポリイミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0049】
[比較例1]
市販の高密着ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料(日立化成工業社製AJ4−26)を使用した。
【0050】
[比較例2]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシアネート(TDI:トリレンー2,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)73.1g(0.4195モル)とヘキサメチレン−1,6−ジイソシアネート86.2g(0.5127モル)、酸成分としてイソフタル酸136.6g(0.8222モル)とアジピン酸13.3g(0.0913モル)、及び封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0051】
[比較例3]
イソシアネート成分としてトリレンジイソシナネート(TDI:トリレンー1,4−ジイソシアネートとトリレンー2,6−ジイソシアネートとの混合物)73.1g(0.4195モル)とmーキシリレンジイソシアネート(XDI)96.5g(0.5127モル)、酸成分としてテレフタル酸68.3g(0.4111モル)とアジピン酸73.4g(0、5024モル)、封止剤としてベンジルアルコール10gを用いて、芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0052】
表1及び表2に、実施例1〜13、比較例2、3の芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料、及び比較例1の高密着ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の組成を示す。また、表3及び表4に、実施例1〜13、比較例2、3のポリアミド樹脂絶縁塗料、及び比較例1の高密着ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を用いて絶縁体被膜を形成した絶縁電線(エナメル線)の諸特性(密着性、可とう性、耐摩耗性、耐軟化性)を示す。表3及び表4には、各評価項目における目標値を合わせて示した。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【0056】
【表4】

【0057】
表3及び表4に示すように、実施例1〜13に示す芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼付けしてなるエナメル線は、密着性と可とう性が良好で、耐磨耗性と耐軟化性に優れることが分かる。
【0058】
実施例1〜13では、芳香族ポリアミドを合成する際、TDI、2,4’−MDI、イソフタル酸等のように屈曲した構造を有するイソシアネートや酸を用いるために、樹脂の溶剤に対する溶解性が向上し、析出物により白濁しない外観の良好な芳香族ポリアイミド樹脂絶縁塗料を得ることができる。それによって、導体上に芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼付けしてなるエナメル線は、密着性や可とう性等の特性が良好となり、加えて、4,4’−MDIやテレフタル酸等の直鎖状の構造のイソシアネートや酸を併用することで摩耗性や耐軟化性が向上した芳香族ポリアミド樹脂絶縁皮膜を有する絶縁電線を得ることができる。
【0059】
なお、樹脂中の分子鎖が直鎖状構造だけでは、樹脂の結晶性が高くなりすぎるため、溶剤に対する溶解性が低下し、樹脂が析出して塗料が白濁する傾向にある。その場合は、樹脂分濃度(不揮発分)を低くした塗料を用いることによって、本発明の効果を奏する絶縁電線を得ることが可能である。
【0060】
本発明において、芳香族ジイソシアネート及び芳香族ジカルボン酸のイソシアネート成分及び酸成分に対するモル比はそれぞれ50モル%以上であれば、本発明の効果を奏する絶縁電線を得ることができることが判った。さらに表3及び表4には具体的な測定値を示していないが、それぞれのモル比を60〜100モル%及び70〜100モル%と設定することによって特性の一層の向上を図ることができることが判った。なお、実施例10は密着性、耐摩耗性及び耐軟化性において評価結果が目標値を僅かに上回るだけで、他の実施例と比べるとやや劣る結果であった。そのため、本発明では、イソシアネート成分において香族ジイソシアネートが占める割合を60〜100モル%の範囲とし、かつ酸成分において芳香族ジカルボン酸が占める割合を70〜100モル%の範囲にするのがより好ましい。
【0061】
実施例1〜10、12〜13のポリアミド樹脂組成物は、室温1週間放置後において塗料の増粘がほとんど見られず、ポリアミド樹脂の末端基であるイソシアネート基が封止剤で封止されていない実施例11のポリアミド樹脂組成物に比べてポットライフが安定していた。また、実施例12〜13は封止材の種類が実施例1と異なるものであるが、エナメル線の特性には大きな差異がみられなかった。
【0062】
それに対して、比較例1は、導体上に市販の高密着ポリアミドイミド樹脂接縁塗料を用いて絶縁皮膜を形成したエナメル線であるが、実施例の芳香族ポリアミド樹脂絶縁皮膜と比べ、密着性と可とう性が低く、特に、160℃で24時間劣化後のピール値の低下が大きかった。
【0063】
また、比較例2、3は、芳香族ジイソシアネート及び芳香族ジカルボン酸の少なくともどちらかのモル比が、イソシアネート成分及び酸成分に対してそれぞれ50モル%未満であるため、可とう性だけではなく、耐摩耗性と耐軟化性が大幅に低下した。
【0064】
このように、本発明によれば、芳香族ジイソシアネートと芳香族ジカルボン酸とから塩基性溶剤中での溶液重合工程を経て芳香族ポリアミド樹脂を製造する際に、モノマーの分解や副反応を防ぎ、高重合度かつハロゲンイオンを実質的に含有しない工業上有用な芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を容易に得ることができる。さらに、当該芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を導体上に塗布、焼付けして絶縁皮膜を形成することによって、従来と同等以上の耐熱性、耐摩耗性を有し、かつ、従来よりも導体との密着性が高く、可とう性に優れる絶縁電線を提供することができる。
【符号の説明】
【0065】
1・・・導体、2・・・芳香族ポリアミド樹脂絶縁皮膜、3・・・絶縁皮膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体上に、芳香族ジイソシアネートを主成分として含有するイソシアネート成分、及び分子鎖中にハロゲン元素を含まない芳香族ジカルボン酸を主成分として含有する酸成分からなる芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料を塗布、焼付けして形成される絶縁皮膜と、
を有することを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記イソシアネート成分において前記芳香族ジイソシアネートが占める割合は60〜100モル%であり、前記酸成分において前記芳香族ジカルボン酸の占める割合は70〜100モル%であることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記芳香族ポリアミド樹脂絶縁塗料の末端基であるイソシアネート基がウレタン結合で封止されている請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記芳香族ジイソシアネートは、トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネートのいずれかを主成分とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記芳香族ジイソシアネートは、トリレンジイソシアネート、2.4’−ジフェニルメタンジイソシアネートのいずれかを主成分とする請求項4に記載の絶縁電線。
【請求項6】
前記芳香族ポリカルボン酸は、イソフタル酸、テレフタル酸のいずれかを主成分とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項7】
前記イソシアネート基を封止する封止剤がアルコール類、フェノール類及びオキシム類のうちのいずれかからなる請求項3に記載の絶縁電線。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−185907(P2012−185907A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−46137(P2011−46137)
【出願日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【出願人】(591039997)日立マグネットワイヤ株式会社 (63)
【Fターム(参考)】