説明

絹ポリマーに基づくアデノシン放出:てんかんに対する潜在的治療能力

本発明は、てんかんの治療および/またはてんかん発生の予防のための治療的レベルでのアデノシンの持続性局所放出を提供する、絹フィブロインバイオポリマーおよびアデノシンを含む徐放性製剤に関する。ある態様は、発作を軽減するか、またはてんかん発生を予防する、絹ベースのアデノシン放出埋め込み剤を提供する。別の態様は、徐放性の絹ベースのアデノシン送達系においてアデノシンを局所的に投与する段階を含む、てんかんを治療するか、またはてんかん発生を予防する方法を提供する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、国立神経疾患・脳卒中研究所(National Institute of Neurological Disorders and Stroke)によって授与された助成金番号R01NS058780のもと、米国政府の支援を受けて行った。米国政府は、本発明において一定の権利を有する。
【0002】
関連する特許出願
本出願は、本明細書に組み入れられる2008年5月15日に出願された米国特許仮出願第61/053,413号の恩典に関連し、それを享受する。
【0003】
発明の分野
本発明は、徐放性製剤に関する。より具体的には、本発明は、てんかんの治療および/またはてんかん発生(epileptogenesis)の予防のための治療的レベルでのアデノシンの持続性局所(focal)放出を提供する、絹フィブロインバイオポリマーおよびアデノシンを含む製剤に関する。
【背景技術】
【0004】
背景
てんかんは、非誘発性(unprovoked)発作の反復発生と定義される。最も一般的な神経学的障害の1つであるてんかんは、あらゆる年齢およびバックグラウンドのアメリカ人約250万人に発症し、世界では6000万人超に発症する。最も控えめな概算に基づくと、てんかんと診断された個体の少なくとも3分の1が、薬物抵抗性(pharmacoresistance)および耐え難い副作用に苦しんでいる。さらに、現在の抗てんかん薬は、てんかんの発生(すなわち、てんかん発生)を予防することはほとんどせず、てんかんの進行を変更することもほとんどしない。したがって、治療代替案が緊急に必要とされている。
【0005】
全身的薬物送達とは対照的に、脳への局所的薬物送達は、一般に全身的副作用が無く、局所に由来することが多いてんかんの治療法となる見込みがある。発作発生の主要原因として局所的なアデノシン欠乏が最近特定されたことにより、局所的アデノシン増強療法(AAT)に神経化学的な理論的根拠が与えられている。局所的AATは、アデノシンを放出する器具(device)または細胞をてんかん発生焦点の近傍に埋め込むことによって遂行することができる。AATには全身的副作用および鎮静副作用が無く、アデノシン応答を増強することにより、さもなければ標準的抗てんかん薬に対して抵抗性である実験的発作を抑制することができる。したがって、AATは、難治性局所的てんかんの治療法となる見込みがある。しかしながら、動物細胞を使用すること、または一部のアプローチにおいて治療的効果の持続期間が短いことが原因で、実験的AATは臨床開発には適していない。AATの臨床開発をさらに進めるには、安全かつ生体適合性である脳埋め込み剤からアデノシンを緩徐かつ持続的に放出することが必要である。
【発明の概要】
【0006】
概要
本発明の態様は、徐放性のアデノシン送達絹バイオポリマー埋め込み剤を提供して、てんかんの治療のための局所的療法を施す。本発明の態様の絹フィブロインベースのアデノシン送達製剤は、強力な抗発作(anti-ictogenic)効果および少なくともいくらかの(partial)抗てんかん効果を発揮する。
【0007】
アデノシン増強療法(AAT)は、アデノシンに基づいた脳の発作制御系を合理的に利用するものであり、難治性てんかんの治療法となる見込みがある。臨床応用に適合性のあるAATを提供するために、本発明の態様は、絹タンパク質に基づいた新規なアデノシン放出系を使用する。いくつかの局面において、ナノフィルムでコーティングされた絹フィブロインスキャフォルド中にアデノシン含有微粒子をはめ込むことによって、目標放出用量がアデノシン0ng/日、40ng/日、200ng/日、および1,000ng/日であるアデノシン放出脳埋め込み剤を調製した。インビトロにおいて、各ポリマーは0ng/日、33.4ng/日、170.5ng/日、および819.0ng/日のアデノシンを14日間に渡って放出した。特定の態様において、絹フィブロイン埋め込み剤は、10日間のタイムスパンの間に約1000ng/日のアデノシンを放出するように設計された。この埋め込み剤は、発作を抑制するための安全かつ効率的な治療法であることが判明した。
【0008】
また、これらの埋め込み剤の潜在的治療能力は、キンドリングてんかん発生ラットモデルにおける用量-応答研究でも確認された。例えば、キンドリング開始の4〜8日前に、海馬下の(infrahippocampal)裂溝(cleft)にアデノシン放出ポリマーを埋め込み、30回の刺激を行う間、キンドリングによる発作の漸進的獲得をモニターした。本発明の製剤により、発作獲得が用量依存的に遅延した。約819ng/日のアデノシンを放出するポリマーのレシピエントでは、1週間超、キンドリングてんかん発生が遅延した。脳試料の組織学的解析により、埋め込み剤の正確な位置が確認された。さらに、アデノシンA1受容体の遮断により、保護された動物において発作が悪化しなかった。
【0009】
本発明の別の態様は、絹フィブロインベースのアデノシン放出組成物を対象の脳に直接埋め込むことによって、ヒト対象を含む対象におけるてんかんの予防または治療を提供する。埋め込み剤のアデノシン用量は、対象の海馬の大きさ、てんかん焦点の大きさ、および埋め込部位に応じて、約50ng/日以上、約50mg/日以下でよい。例えば、埋め込み剤がてんかん焦点に直接配置される場合には、低用量が必要とされる場合があり;埋め込み剤がてんかん焦点の近傍の脳室系に配置される場合には、高用量が必要とされる場合がある。
【0010】
アデノシンが送達されるのにかかる時間の長さは、約1ヶ月以上、1年超以下の長さまであり得る。例えば、短期間送達、例えば、外傷性脳損傷のようなてんかん発生の引き金となる事象後に1ヶ月送達することにより、てんかん発生を予防することができる。てんかんは典型的には永続性疾患であるため、治療的埋め込み剤の系は、対象の生涯を通じて発作制御を提供するために使用され得る。したがって、本発明の態様は、絹フィブロインアデノシン埋め込み剤によって約1年間アデノシンを送達し、その後、任意の期限切れスキャフォルドを除去し、新しい埋め込み剤に交換する埋め込み剤の系であって、永続的に埋め込まれたカテーテルを介して実現され得る系を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】個々の絹ベース薬物送達構成要素を示す、埋め込み剤製造(fabrication)の概略図を示す:(1)アデノシンを封入した微粒子を調製する;(2)微粒子を絹溶液と混合し、次いで、微粒子をはめ込んだ多孔性スキャフォルドを作製する;(3)スキャフォルドを絹+アデノシン溶液に浸し、小孔を充填し、マクロスケールの薬物添加(loaded)フィルムで埋め込み剤をコーティングし;(4)交互にナノフィルムを付着させることにより(alternating nanofilm deposition)、追加のアデノシンを添加する。
【図2】絹ベースポリマー(0ng、40ng、200ng、および1,000ngを目標とする埋め込み剤)からのインビトロでのアデノシン放出を2つの異なるスケールで示す(A、B)。標準偏差は、バックグラウンドとしてだけ現れると思われるため、グラフ上では省略している(標準偏差のデータに関しては本文および表2を参照されたい)。
【図3】絹ベースポリマーからのアデノシンの日々の放出を示したデータを表す。パネル(A):記載したそれぞれの日のインビトロでのアデノシン放出を測定した。ポリマー3個(N=3)の平均値に基づく。4日目〜10日目までのアデノシン約1000ng/日という安定な放出速度が、予め設計した目標放出速度に対応することに留意されたい。誤差は±SDとして与えている。パネル(B):Silver et al., 29 Ann. Neurol. 356-63 (1991)によるラットキンドリングモデルにおける抗てんかん発生の評価。キンドリングは薬物送達中に開始し、薬物の休薬期間がそれに続く;その後、薬物の非存在下でキンドリングを再開する。てんかん発生の完全な抑制の判定基準は、キンドリング曲線の右へのシフトであることに留意されたい;個々の発作ステージを誘発するために必要とされる薬物無しキンドリング刺激の回数は、対照動物の場合と同じはずである。黒色:発作抑制無し、抗てんかん発生無し;濃い灰色:未処置の対照動物;灰色:発作抑制およびいくらかの抗てんかん発生;薄い灰色:完全な抗てんかん発生;最も薄い灰色:発作抑制、抗てんかん発生無し。
【図4】アデノシン放出ポリマーの海馬下埋め込み後のキンドリング遅延を示す。アデノシンの1日の目標放出速度が0ng(N=5、一番上の線、円、各セットの一番左の棒)、40ng(N=5、上から2番目の線、濃い色の四角、各セットの右から2番目の線棒)、200ng(N=6、三角、各セットの左から2番目の棒)、または1000ng(N=6、一番下の線、菱形、各セットの一番左の棒)である絹ベースポリマーを海馬下に埋め込んでから4日後に、刺激6回/日(=セッション)の速度でキンドリング刺激を送達した。セッション1〜8は、埋め込み後4日目、6日目、8日目、11日目、13日目、15日目、18日目、および20日目に対応する。パネル(A):個々の各刺激に対する各群の動物の平均発作ステージ。アデノシンの用量を増加させるにつれ、キンドリング曲線は右にシフトする。アデノシン1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントは、最初の23回の刺激の間、任意の発作から完全に保護されたことに留意されたい。パネル(B):パネル(A)に示したのと同じ動物のセッション(6回の刺激)1回当たりの平均発作応答。セッション8における用量応答関係に留意されたい。誤差は±SDとして与えている。ANOVAによってデータを解析した。*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001。処置群を対照(0ng)と比較した。
【図5】ステージ1またはステージ2の部分発作を誘発するために必要とされるキンドリング刺激の回数を示す。データは、図4の動物から得た発作スコアの表の値を平均した。誤差は±SDとして与えている。
【図6】埋め込み剤に由来するアデノシンによる、完全にキンドリングされた発作の抑制を示す。完全にキンドリングされたラット(判定基準:ステージ5の発作が少なくとも3回連続)に、アデノシンの1日の目標放出速度が0ng(N=4、四角)または1000ng(N=5、菱形)である絹ベースポリマーからなる海馬下埋め込み剤を与えた。個々の試験刺激は、4日目、6日目、10日目、14日目、18日目、および21日目に送達した。各群の動物の発作ステージの平均を全刺激について示す。アデノシン1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントは、その期間中のアデノシンの持続放出に対応する、埋め込み後10日間の間、任意の発作から完全に保護されることに留意されたい。誤差は±SDとして与えている。二元配置ANOVA、続いてボンフェローニ検定によってデータを解析した;群間の相互作用の有意性はF=2.390と決定された;P<0.05;個々の試験の有意レベルを次のように示している:*P<0.05、**P<0.01。
【図7】キンドリングを獲得する間のEEG記録における後発射の平均持続期間を示す。パネル(A)は、個別のEEG記録を解析することによって各キンドリング刺激後に決定された後発射持続期間(ADD)を示す。各セッション(6回の刺激)および治療タイプ(放出目標用量がアデノシン0ng/日(各セットの一番右の棒、N=5)、40ng/日(各セットの右から2番目の棒、N=5)、200ng/日(各セットの左から2番目の棒、N=6)、または1000ng/日(各セットの一番左の棒、N=6)である埋め込み剤)についてADDを平均した:。誤差は±SDとして与えている。ANOVAによってデータを解析した:*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001、アデノシン放出ポリマー埋め込み剤対対照(アデノシン0ng)。パネル(B)は、対照埋め込み剤を与えた動物の第5セッション時点での代表的なEEG記録である。パネル(C)は、アデノシン1,000ng/日の目標放出用量を与えた動物の第5セッション時点での代表的なEEG記録を示す。
【図8A】アデノシン放出ポリマーがてんかん発生に与える影響を示す。図8A:アデノシンの1日の目標放出速度が0ng(N=5、菱形)または1000ng(N=8、四角)である絹ベースポリマーを海馬下に埋め込んでから4日後に、キンドリング刺激を刺激6回/日の速度で、埋め込み後4日目、6日目、8日目、および11日目に送達した。合計24回のキンドリング刺激を送達した。12日目に、刺激の30分前にDPCPX(1mg/kg、腹腔内)を注射した。13日目(DPCPX無し)に各動物を再び試験した。個々の各刺激について各群の動物の発作ステージを平均した。アデノシン1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントは、キンドリング発生からの顕著な保護を示し、DPCPXによって発作スコアは上昇しなかったことに留意されたい。誤差は±SDとして与えている。二元配置ANOVA、続いてボンフェローニ検定によってデータを解析した;群間の相互作用の有意性はF=6.704、P<0.0001と決定された;個々の試験の有意レベルを次のように示している:*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001。
【図8B】アデノシンの1日の目標放出速度が0ng(N=7、菱形)または1000ng(N=5、四角)である絹ベースポリマーを海馬下に埋め込んでから4日後に、キンドリング刺激を刺激6回/日の速度で、埋め込み後4日目、5日目、6日目、7日目、および8日目に送達した。合計30回のキンドリング刺激を送達した。図8Aと比べてキンドリング頻度が多いことに留意されたい。30回目のキンドリング刺激後、キンドリングを9日間中断した。18日目にキンドリング刺激を再開した。個々の各刺激に対して各群の動物の発作ステージを平均した。アデノシン1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントは、8日目にキンドリングを中断した時点のレベルで18日目にキンドリングを再開したことに留意されたい。ステージ5の発作が7回連続した後、動物愛護を考慮して、対照動物においてキンドリングを中断した。誤差は±SDとして与えている。二元配置ANOVA、続いてボンフェローニ検定によってデータを解析した;群間の相互作用の有意性はF=19.36、P<0.0001と決定された;個々の試験の有意レベルを次のように示している:**P<0.01、***P<0.001。
【図9】キンドリングを獲得する間の後発射を示す。キンドリングの1日目および5日目(ポリマー埋め込み後4日目および8日目に対応する)における、対照ポリマーレシピエント(0ng)およびアデノシン埋め込み剤レシピエント(1000ng)の代表的なEEG記録を示す。スケールバーは、10秒間の刺激間隔を表す。アデノシン埋め込み剤レシピエントにおいて電気記録的後発射が存在することに留意されたい。キンドリングの1日目および5日目の後発射持続期間(ADD)を、個別のEEG記録を解析することによって各キンドリング刺激後に決定した。各実施日(6回の刺激)および治療タイプ(放出目標用量がアデノシン0ng/日(N=7)または1000ng/日(N=5)である埋め込み剤)についてADDを平均した。誤差は±SDとして与えている。ANOVAによってデータを解析した;ADDは統計学的に異なっていた(P>0.05)。
【図10】移植後20日目のニッスル染色された代表的な脳冠状切片を示す顕微鏡写真である。絹バイオポリマーの海馬下の位置および刺激電極の埋め込み経路が同じ前後面に位置することに留意されたい。
【図11】埋め込み前後の埋め込み剤の特徴付けを可能にする顕微鏡写真である。パネル(A)および(B)は、Image J分解(degradation)解析の例を示す(埋め込み前の試料1番、表1)。総表面積(単位:ピクセル)を測定し(パネルA)、次いで、全小孔の表面積の合計を測定する(パネルB)。埋め込み剤総面積に対する小孔表面積の比率を求めることによって、空隙率(%)を算出する。画像AおよびBのスケールバーは300μmに等しい。パネル(C):埋め込み後4週目の代表的なラット脳矢状切片のクレシルバイオレット染色。ポリマー埋め込み剤は濃青色であり、矢印で示している。スケールバー=3mm。パネル(D):4週間後の、海馬下の代表的な水溶液由来アデノシン添加絹フィブロイン埋め込み剤の形態を示すヘマトキシリンおよびエオシン染色。スケールバー=300μm。ベタ塗りの矢印=残存するスキャフォルド。
【発明を実施するための形態】
【0012】
詳細な説明
本発明は、本明細書において説明する特定の方法論、プロトコール、および試薬などに限定されず、したがって様々であり得ることを理解すべきである。本明細書において使用される専門用語は、特定の態様を説明する目的のためにすぎず、本発明の範囲を限定することは意図しない。
【0013】
本明細書および特許請求の範囲で使用される場合、単数形の「1つの(a)」、「1つの(an)」、および「その(the)」は、文脈において特に指示が無い限り、複数形への言及を含む。実施される例以外で、または特に指示が無い場合、本明細書において使用される成分の量または反応条件を表す数字はすべて、あらゆる場合において「約」という用語で修飾されると理解されるべきである。
【0014】
特定されるすべての特許および他の刊行物は、例えば、本発明に関連して使用しされ得る、そのような刊行物において記載されている方法論を説明および開示する目的のために、参照により本明細書に明確に組み入れられる。これらの刊行物は、本出願の出願日より前にそれらの開示があったことを示すためだけに提供される。この点に関するいかなる事も、本発明者らが、以前の発明のせいで、または他のなんらかの理由のために、そのような開示に先行する権利がないことの自認として解釈されるべきではない。日付に関する記載またはこれらの文献の内容に関する表現はすべて、出願者が入手可能な情報に基づいており、かつ、これらの文献の日付または内容の正確さに関するいかなる自認も構成しない。
【0015】
他に規定されない限り、本明細書で使用される技術用語および科学用語はすべて、本発明が属する技術分野の当業者によって一般に理解されるのと同じ意味を有する。任意の公知の方法、装置、および材料を本発明の実施または試験において使用してよいが、これに関する方法、装置、および材料は本明細書において説明する。
【0016】
薬物抵抗性てんかんは、依然として大きな健康問題であり続けている。抗てんかん薬という医療用品が利用可能であるにもかかわらず、てんかんの全症例の約30%は、薬物抵抗性および容認し得ない副作用を含む様々な理由から、全身的薬物療法で治療することはできない(Vajda, 14(9) J. Clin. Neurosci. 813-23 (2007))。さらに、現在の抗てんかん薬は、てんかんの発生(すなわち、てんかん発生)を予防することはほとんどせず、疾患の進行を変更することもほとんどしない(Loscher et al., 23 Trends Pharmacol. Sci. 113-18 (2002))。
【0017】
全身的送達と対照的に、脳への局所的薬物送達は一般に全身的副作用が無く、局所に由来することが多いてんかんの治療法となる見込みが大きい(NilsenおよびCock, 44(2-3) Brain Res. Rev. 141-53 (2004); Pitkanen et al., 48(S2) Epilepsia 13-20 (2007); Kohling, 37(4) Klinische Neurophysiologie 216-24 (2006); Duncan et al., 367(9516) Lancet 1087-100 (2006))。したがって、難治てんかんの治療のために、様々な細胞療法および遺伝子療法が現在開発中である(Losher et al., 31(2) Trends Neurosci 62-73 (2008); ShettyおよびHattiangady, 25(10) Stem Cells, 2396-407 (2007); Raedt et al., 16(7) Seizure-Eur. J. Epilepsy 565-78 (2007); Noe et al., 28(2) Peptides, 377-83 (2007); Boison, 5(2) Current Neuropharmacol. 115-25 (2007))。
【0018】
発作発生の主要原因として局所的なアデノシン欠乏が最近特定されたことにより(Li et al., 118(2) J. Clin. Inv. 571-82 (2008); Boison, 84 Prog. Neurobiol. 249-62 (2008))、局所的アデノシン増強療法(AAT)に神経化学的な理論的根拠が与えられている。局所的AATは、アデノシンを放出する器具または細胞をてんかん発生焦点の近傍に埋め込むことによって遂行することができる(Boison, 4(1) Neurodegener. Dis. 28-33 (2007a))。AATの治療的有効性に関する原理証明は、誘導された発作または自然発生的発作の動物モデルにおいて確立されている(Li et al., 2008; Li et al., 130(5) Brain 1276-88 (2007b); Huber et al., 98(13) P.N.A.S. USA 7611-16 (2001); Boison et al., 160(1) Exp. Neurol. 164-74 (1999))。これらの研究によって、局所的AATによって発作を抑制でき(Huber et al., 2001; Boison, et al., 1999)、また、てんかん発生の進行を遅延させるかまたは防ぐこともでき得る(Li et al., 2008; Li et al., 2007)ことが実証されている。さらに、局所的AATには全身的副作用および鎮静副作用が無く(Guttinger et al., 193 Exp. Neurol. 53-64 (2005))、アデノシン応答を増強することは、標準的抗てんかん薬に対して抵抗性であった実験的発作を抑制する上で有効である(Gouder et al., 44(7) Epilepsia 877-85 (2003))。
【0019】
アデノシンの抗けいれん特性は、アデノシンの保護機能の大半を媒介するアデノシンA1受容体(A1R)の活性化によって主にもたらされる(Fredholm et al., 63 Int. Rev. Neurobiol. 191-270 (2005a); Fredholm et al., 45 Ann. Rev. Phramacol. Toxicol. 385-412 (2005b))。最も重要なことには、A1Rは発作の伝播および全般化を予防し、発作または損傷によって誘導される細胞死を制限する(Fedele et al. 200 Exp. Neurol. 184-90 (2006); Kochanek et al., 26 J. Cereb. Blood Flow Metab. 565-75 (2006))。したがって、A1Rは、抗てんかん治療法のための重要な標的となる;実際、A1Rの活性化により、従来の抗てんかん薬に抵抗性である動物モデルにおいて発作が予防された(Gouder et al., 2003)。
【0020】
さらに、てんかんにおけるアデノシンに基づくメカニズムの機能障害、特に、星状細胞に基づくアデノシン除去酵素であるアデノシンキナーゼ(ADK)の上方調節に起因する局所的アデノシン欠乏は、発作原性(ictogenesis)の誘発要因として特定されている(Boison, 84 Prog. Neurobiol. 249-62 (2008b); Li et al., 3 Neuton Glia Bio. 353-66 (2007a); Li et al., 2008)。したがって、星状細胞特異的な酵素ADKは、てんかんにおけるアストログリオーシス―てんかん性の脳の病理学的特徴―と神経機能障害の分子的連結物(link)として特定されている(Boison, 3 Future Neurobio. 221-24 (2008a))。したがって、AATは、アデノシン作動(adenosinergic)の平衡を回復させることによって発作を予防するための合理的な治療アプローチとなる。細胞移植研究により、AATでは抗発作特性を抗てんかん特性と組み合わせ得ることが示唆されているが(Li et al., 2007b; Li et al., 2008)、細胞ベースの治療アプローチの場合、細胞ベースのアデノシンの抗発作原性が抗てんかん発生を隠していた可能性があるため、部分的に重複するアデノシンの抗てんかん効果を抗発作効果から切り離すことはできなかった。
【0021】
AATは有望ではあるが、このアプローチを患者集団に導入することには問題が残っている。例えば、A1Rの全身的活性化は、重度の心血管副作用および鎮静副作用があるため、治療的関心は限られている(DunwiddieおよびMasino, 24 Ann. Rev. Neurosci. 184-90 (2001))。また、AATは難治性の局所的てんかんの治療法となる見込みが大きいが、以前に使用された実験的AATは、動物細胞を使用するため(Boison et al., 2007a)、または一部のアプローチにおいて治療効果の持続期間が非常に短いため(Guttinger et al., 2005; Guttinger et al., 46(8) Epilepsia, 1-8 (2005))、臨床開発には適していない。AATの臨床開発をさらに進めるには、安全かつ生体適合性である脳埋め込み剤からアデノシンを緩徐かつ持続的に放出することが必要である。てんかんに対する細胞療法および遺伝子療法は将来検討される可能性があるが、AATを発達させるための最も直接的かつ安全な経路は、アデノシンの持続的送達のための生体適合性ポリマーベースの脳埋め込み剤を含み得る。
【0022】
本明細書において提示する態様は、細胞ベースの脳埋め込み剤によって引き起こされ得る混乱は全く起こさずに、局所的AATの抗発作効果および抗てんかん効果を研究するために、新規な絹ベースの時限式アデノシン送達系(Wilz et al., 29 Biomats. 3609-16 (2008))を利用する。絹フィブロインは、生体適合性があり(Altman et al., 24(3) Biomats. 401-16 (2003))、生分解が比較的遅く制御可能であるため(Horan et al., 26(17) Biomats. 3385-93 (2005); Wang et al., 29 Biomats. 3415-28 (2008))、低分子薬物送達に特に好適である新規な生物由来タンパク質ポリマーである。また、絹を水系条件および周囲条件下で加工して(JinおよびKaplan, 424 Nature 1057-61 (2003); Li et al., 27(16) Biomats. 3115-24 (2006))、様々な範囲の材料形態にすることができる(Hofmann et al., J. Control Release, 219-27 (2006); Sofia et al., J. Biomed. Mater. Res. 139-48 (2001); Wang et al., 21 Langmuir 11335-41 (2005); Wang et al., 28 Biomats. 4161-69 (2007a))。本明細書において使用される場合、「絹フィブロイン」という用語は、カイコフィブロインおよび昆虫またはクモの絹タンパク質を含む(Lucas et al., 13 Adv. Protein Chem 107-242 (1958))。フィブロインは、溶解させたカイコ絹またはクモ絹を含む溶液から得ることができる。カイコ絹タンパク質は、例えば、カイコ(Bombyx mori)から得られ、クモ絹はネフィラ・クラビペス(Nephila clavipes)から得られる。あるいは、適切な絹タンパク質は、細菌、酵母、哺乳動物細胞、トランスジェニック動物、またはトランスジェニック植物において発現されたものなど遺伝的に操作された絹でもよい。例えば、WO/2008/118133;WO 97/08315;米国特許第5,245,012号を参照されたい。
【0023】
様々な範囲の材料形態を絹フィブロインから作製して、絹タンパク質マトリックス系を用いて低分子を送達するためのいくつかの選択肢を提示することができる。絹バイオマテリアルからの薬物放出のさらなる制御は、βシート含有量の調節(Hofmann et al., 2006)および1つの埋め込み剤への複数の担体形態の統合(Wilz et al., 2008)によって実現することができる。絹は、薬物を閉じ込めるフィルムの形態での薬物送達用運搬体(vehicle)として(Hofmann et al., 111(1-2) J. Control Release 219-27 (2006))、薬物を封入する微粒子として、ならびに絹および薬物のナノフィルム付着またはコーティングを介して(via)(Wang et al., 2007a; Wang et al., 21(24) Langmuir 11335-41 (2005))、調査されている。また、ペプチドおよびタンパク質は以前にカルボジイミド化学反応によって絹フィブロインに化学的に結合された(Sofia et al., 54(1) J. Biomed. Mater Res. 139-48 (2001); Karageorgiou et al., 71(3) J. Biomed. Mater. Res. A 528-37 (2004))。さらに、脳および神経組織において絹縫合糸が頻繁に使用されることから、脳中への絹バイオマテリアルの埋め込みが実行可能であることが裏付けられる。例えば、動静脈奇形(AVM)および術前血管内塞栓形成に対する絹縫合糸のある程度の安全性および有効性が実証されている(Dehdashti et al., 11(5) Neurosurg Focus e6 (2001); Schmutz et al., 18(7) AJNR Am. J. Neuroradiol. 1233-37 (1997))。様々なポリマー埋め込み時点と様々なキンドリングパラダイム(paradigm)を組み合わせることにより、絹に基づくアデノシン送達による抗発作効果および抗てんかん効果の調査が可能になった。
【0024】
上記のように、絹タンパク質の構造および形態の操作に融通が利くことから、アデノシン送達に潜在的に適用可能である新規な送達選択肢があることが示唆される。各形態の絹は、加工条件によって調整できるそれ自身の放出プロファイルを有するため、低分子薬物放出の制御レベルは、極薄コーティング剤、微粒子、およびマクロスケールの絹フィルムの組合せのように、複数の担体形式を1つの器具または系に統合することによって、向上させることができる。目下の系は、アデノシン送達の制御を調整するための、スケール変更可能な(scaled)階層的に構成されたタンパク質材料送達アプローチに関するいくつかの戦略を提供する。これらの新規なAAT器具の潜在的治療能力はラットキンドリングモデルにおいて確認した。このモデルでは、漸進的な発作発生を研究し、様々なアデノシン放出速度の関数として定量した。
【0025】
薬物抵抗性てんかんに罹患している患者のための代替治療法を捜し求めるなかで、いくつかの新規なアプローチが開発され試験されてきた。これらには、電気的刺激および磁気刺激(Wyckhuys et al., 48(8) Epilepsia 1543-50 (2007); Sun et al., 5(1). Neurotherapeutics, 68-74 (2008); Milby et al., 5(1) Neurotherapeutics 75-85 (2008); Liebetanz et al., 47(7) Epilepsia 1216-24(2006));病巣冷却(Yang et al., 23(3) Neurobiol. Dis. 637-43 (2006));細胞療法(Loscher et al., 2008; ShettyおよびHattiangady, 2007; Thompson, 133(4) Neurosci. 1029-37 (2005); Carpentino et al., 86(3) J. Neurosci. Res. 512-24 (2008));遺伝子療法(Vezzani A. 7(12) Expert Rev. Neurother. 1685-92 (2007); Foti et al., 14(21) Gene Ther. 1534-36 (2007); McCown, 14(1). Mol Ther. 63-68 (2006); Raol et al., 26(44) J. Neurosci. 11342-46 (2006));ならびにケトン食療法(MasinoおよびGeiger, Trends Neurosci. 2008 印刷中; Stainman et al., 16(7) Seizure, 615-19 (2007))が含まれる。したがって、本発明の態様は、さもなければ薬物抵抗性であるてんかんを含むてんかんを治療する方法を含む。
【0026】
局所的AATの神経化学的な理論的根拠が議論されており、代替え治療アプローチの一部はアデノシン増強に基づいている:アデノシンは、脳深部刺激の結果として遊離し(Bekar et al., 14(1) Nature Med. 75-80 (2008))、ケトン食療法の治療効果に関与している可能性がある(MasinoおよびGeiger, 2008)。したがって、局所的AATは、薬物抵抗性の部分てんかんの治療となる見込みが大きい。上記に概説した治療の理論的根拠が動機となって、将来の臨床応用に適合性のある新規なAATの開発が促された。本明細書において提示するアプローチでは、アデノシンを局所送達するための生体適合性脳埋め込み剤を開発するために、FDAによって認可された2種類の材料、すなわち絹およびアデノシンを組み合わせる。
【0027】
本明細書において提示するインビトロの結果から、組み合わされ階層的に設計された絹タンパク質器具を作製して、制御可能なアデノシン送達速度を実現できることが示唆される。埋め込み剤はどれも、目標放出速度に近い平均放出速度で、少なくとも14日間アデノシンを放出し続けた。平均放出速度は目標速度よりわずかに遅かった。おそらくは、埋め込み剤が14日間の内に放出した量が添加薬物の総量より少なかった結果である。埋め込み剤はどれも、初期の放出速度は早かったが、これらの速度は14日間に渡って減速した。これは、多くの送達系の特徴である初期の「バースト」放出の結果であり得るが、バーストを遅らせ放出を延長し、ほぼゼロ次の速度式を実現するためにいくつかの有望な戦略がある。
【0028】
研究では、絹微粒子(Wang et al., 2007a)のコーティング;および絹への化学カップリング(Trayer et al., 139(3) Biochem. J. 609-23 (1974))が、プロセスをさらに制御するための戦略として調査されている。放出実験により、絹キャッピング(capping)層の数、絹の結晶化度を増大させること、およびナノフィルムの厚さを増すことにより、薬物放出速度を減速できることが示唆される。材料特徴間の基本的関係(例えば、加工条件、結晶化度、層の厚さ)と放出速度論の相互関係を明らかにする研究を行うことにより、予測モデルの質が上がり、薬物放出速度をさらに制御できるようになる。
【0029】
本明細書において提示するインビボの結果から、絹ベースポリマーからの局所的アデノシン放出が、キンドリングてんかん発生を用量依存的に遅延させる上で有効であることが実証される。この独特なアプローチでは、14日間という限定された期間の間、指定された目標用量(0ng/日、40ng/日、200ng/日、および1,000ng/日のアデノシン)を放出するように設計されたポリマーを、ポリマー埋め込み後20日目まで延長されたキンドリングてんかん発生パラダイムと組み合わせて、活性ポリマーの消尽(expiration)後のキンドリング進行を記録する。特に、アデノシン放出の漸進的減少とキンドリング発生の漸進的増大の相互関係から、用量-応答関係の描写が可能になった。
【0030】
この独特なアデノシン送達アプローチにより、以前のAATから得た結果を超える次の結論が得られた:
(i)有効用量の評価:キンドリング発生の最初の徴候(例えば、行動的(behavioral)発作スコア)は典型的には、刺激6回からなる1回のセッションの遅延と共に現れる。したがって、対照埋め込み剤のレシピエントは、セッション2の間にキンドリングの最初の徴候を示す(図4);このことにより、キンドリングてんかん発生が、キンドリングの最初の徴候に先行して、そのセッション中に(すなわち、その時点で放出されたアデノシンの該当用量において)開始することが暗示される。その結果として、キンドリングの最初の徴候は、対照群ではほぼ1回のセッション(刺激回数6)、40ng群では2回のセッション(刺激回数10)、200ng群では3回のセッション(刺激回数16)、および1000ng群では4回のセッション(刺激回数24)の用量依存的遅延と共に現れる(図4A)。
【0031】
この強い(close)用量依存性はまた、最初のステージ1発作またはステージ2発作を誘発するために必要とされる刺激の平均回数にも反映され(図4)、線形の用量-応答関係が示唆される。ポリマーからのアデノシン放出の停止後にキンドリングを引き延ばすように実験を設計したため、並行して行った(parallel)インビトロでのアデノシン放出データ(表3)から、キンドリング開始を遅延させるのに必要な最小有効量を決定することができた。これは、アデノシン1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントにおいて最も明白となる。これらの動物は、最初の23回の刺激の間(すなわち、セッション1〜4の間)、任意の発作活動から保護され続けた(図4)。最初の発作はセッション5の間に起こった;行動的発作は1セッション遅れて検出されることを考慮すれば、キンドリングてんかん発生は、ポリマー埋め込み後11日目に対応するセッション4の間に始まることが示された。この時点で、ポリマーは、約200ng/日のアデノシンを放出した(表3)。
【0032】
アデノシン40ng/日および200ng/日の目標用量を与えられたレシピエントにおいて実施した同様の計算からは、アデノシンの1日の放出速度がアデノシン50ng〜100ngより少なくなるとすぐに、キンドリングてんかん発生が始まることが示された(図4、表3)。これらの計算により、最小有効量がアデノシン50ng/日〜200ng/日の範囲であると推定することができる。これらのデータは、細胞105個からアデノシン約20ng〜40ngが放出されるアデノシン放出速度が、キンドリングによる発作を抑制するのに十分であった以前の細胞移植実験と合致している(Huber et al., 2001; Gutinger et al., 2005)。高用量のアデノシン(アデノシン>2000ng/日)は、十分に許容されるらしく、肉眼で見える動物の行動変化は全くなかったことに注目されたい。
【0033】
(ii)存在し得る抗てんかん効果:キンドリング獲得は、用量依存的遅延を伴うが、同じキンドリング速度(すなわち、発作重症度の進行)で起こる。この観察結果から、埋め込み剤に由来するアデノシンによって、てんかん発生を予防し得ることが示唆される。本明細書において提示する独特な実験設計では、アデノシン放出を14日(セッション1〜5に対応する)に限定するが、キンドリングを20日まで引き延ばす(セッション8に対応する)ことにより、ポリマーの消尽後にキンドリングを再開させた。キンドリングの初期段階の間にアデノシン放出埋め込み剤のレシピエントにおいて、発作ステージの低下(図4)と存在するが持続期間の短縮されたADD(図7)とが認められたことには、2つの選択的な説明があり得る:発作は抑制されるが、発作抑制によって、進行中のてんかん発生が隠され得る;または、てんかん発生の予防。1つ目の場合では、移植物に由来するアデノシンによって発作が抑制されるだけで、てんかん発生が発作抑制によって隠されるならば、ポリマーからのアデノシン放出の停止は、発作重症度の突然かつ急速な上昇を意味するはずである。しかしながら、図4に示すように、これは明らかに事実と異なる。それどころか、キンドリング獲得の速度は、アデノシン放出ポリマーのレシピエントにおいて不変であった。したがって、1,000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントにおけるキンドリング発生は、対照動物におけるキンドリング発生と同じ速度で進行したが(図4)、キンドリング開始は遅れた。これらのデータから、ポリマーに基づいたアデノシン局所送達によって、てんかん発生を予防し得ることが示唆される。「てんかん誘発」刺激とみなされている後発射は、埋め込み剤に由来するアデノシンによって抑制されないことに注目することが重要である。これらのデータの解釈は、抗てんかん効果の原因を増加した脳アデノシンとすることと一致している。
【0034】
本発明の態様は、規定された一定のアデノシン用量を限られた期間だけ放出する絹ベースポリマーを埋め込んだ後に、キンドリングされたラット脳における局所的アデノシン増強の抗発作特性および抗てんかん特性を慎重に評価するように設計された。本明細書において説明する用量応答研究(Wilz et al., 2008も参照されたい)に基づいて、アデノシン1000ng/日の目標用量を放出するポリマーをさらに解析するために選択した。局所的アデノシン増強療法(AAT)は、アデノシン系の機能障害が、てんかんの神経病理学的特徴であり、発作発生を引き起こす因子であるという神経化学的理論的根拠に基づいている(Boison, 3 Future Neurol. 221-24 (2008a); Boison, 84 Prog. Neurobiol. 249-62 (2008b); Dulla et al., 48 Neuron. 1011-23 (2005); Li et al., 118 J. Clin. Invest. 571-82 (2008); Rebola et al., 18 Eur. J. Neurosci.820-28 (2003))。
【0035】
驚くべきことに、AATは、カルバマゼピン、バルプロアート、およびフェニトインなどの標準的抗てんかん薬に対して抵抗性であるマウスにおいて発作を抑制する上で有効であった(Gouder et al., 44 Epilepsia 877-85 (2003))。阻害性Gタンパク質に結合されており、シナプス前部からのグルタミン酸放出を減少させ、シナプス後膜電位を安定させ、アデニリルシクラーゼを阻害する、シナプス前部およびシナプス後部のアデノシンA1受容体の活性化に主に基づいて、アデノシンは、その抗てんかんを発揮する(Fredholm et al., 63 Int’l Rev. Neurobiol. 191-270 (2005a); Fredholm et al., 45 Ann. Rev. Pharma. Toxicol. 385-412 (2005b))。A1受容体の活性化によって、発作が効果的に抑制されるだけでなく(JacobsonおよびGao, 5 Nat. Rev. Drug Discov. 247-64 (2006))、てんかん発生焦点が局所に本質的に留められる(Fedele et al., 200 Exp. Neurol. 184-90 (2006))。これらの観察結果に基づくと、A1受容体の活性化は、抗発作効果を抗てんかん効果と組み合わせ得る。全身的なA1受容体活性化には末梢副作用があるため(Guttinger et al., 193 Exp. Neurol. 53-64 (2005))、局所的AATが必要となる。
【0036】
てんかん療法のための局所的アプローチは一般に許容性が高く、過度の副作用はなく(NilsenおよびCock, 44 Brain Res. Rev. 141-53 (2004))、細胞療法(Boison, 5 Curr. Neuropharmacol. 115-25 (2007b); Loscher et al., 31 Trends. Neurosci. 62-73 (2008); Raedt et al., Seizure-Eur. J. Epilepsy 565-78 (2007); ShettyおよびHattiangady, 25 Stem Cells 2396-407 (2007))および遺伝子療法(Foti et al., 14 Gene Ther. 1534-36 (2007); McCown, 4 Expert Op. Biologic. Ther. 1171-76 (2004); Raol et al., 26 J. Neurosci. 11342-46 (2006); Vezzani, 7 Expert Rev. Neurother. 1685-92 (2007))が含まれる。本発明の態様は、抗発作原性および抗てんかん発生という複合的目標を有する局所的AATを実現するための臨床的に実行可能な治療代替手段としての、アデノシンを放出するように操作された絹ベースポリマーの治療的使用を提供する。
【0037】
本発明の態様は、絹バイオポリマーを介して送達されるアデノシンの潜在的抗発作能力を提供する。アデノシンの抗発作特性は十分に確立されている(Boison, 2007a)。すなわち、アデノシンの直接的な局所注射により、ラットの発作が予防され(Anschel et al., 190 Exp. Neurol. 544-47 (2004))、封入されたアデノシンを放出する細胞の脳室内埋め込み剤により、キンドリングされたラットにおいて発作が強く抑制された(Boison, 2007a)。げっ歯動物細胞に基づいた細胞療法アプローチは、異種移植を伴うため、将来の治療アプローチの基準には合わない。さらに、細胞に基づいたアプローチは、詳細な用量応答研究を妨げる可能性がある。将来の臨床応用に適合性のある新規なAATを開発するための第1ステップとして、2種類のFDA認可化合物、すなわち絹およびアデノシンを組み合わせて、1つの生体適合性で生分解性のアデノシン局所送達系にした。この新規なタイプのポリマーを用いて、用量応答研究が実施され、ラットにおけるキンドリング発生が用量依存的に(目標放出速度がアデノシン0ng/日、40ng/日、200ng/日、および1000ng/日)遅延することが実証された(Wilz et al., 2008)。
【0038】
本発明の特定の例は、アデノシン放出埋め込み剤が、完全にキンドリングされた発作を抑制し、抗発作性であり、かつ抗てんかん効果を区別できる(differentiate)、製剤を提供する:検出不可能なアデノシンレベルまで徐々に減少する前に、4日目〜10日目まで、アデノシン約1000ng/日の一定用量を放出した絹ベースポリマー(図3)。これらのポリマーは、アデノシン放出の満了後の発作応答を特異的に評価するために、限られた期間だけアデノシンを放出するように設計された。下記の実施例から、ポリマーを埋め込んでから最初の10日間の間、完全にキンドリングされた発作が完全に抑制され(図6)、これらのポリマーの特異的放出プロファイルに合致している(図3)ことが実証される。重要なことには、発作は、ポリマーからのアデノシン放出が満了している間に再発し始める(14日目〜21日目)。この知見は、2つの理由から重要である:(i)ポリマーからのアデノシン放出の満了後に発作が再発することから、発作抑制が、埋め込み剤由来のアデノシンに依存することが示される;(ii)ポリマーの治療的有効性と放出特性が厳密に一致することは、本明細書において提供する抗てんかん発生研究の前提条件である。
【0039】
最近のいくつかの研究により、局所的AATの新規な抗てんかん役割が示唆された:(i)海馬中のアデノシンを増強するように設計された、幹細胞由来(Li et al., 2007b)ならびに絹ポリマーベース(Wilz et al., 2008)(本明細書において説明する)の海馬下埋め込み剤の両方とも、ラットにおけるキンドリングてんかん発生の進行を遅らせた。(ii)てんかん発生の病理学的特徴としてアストログリオーシスおよびADKの上方調節を含むCA3選択的てんかん発生のマウスモデルにおいて、海馬下幹細胞由来のアデノシン放出埋め込み剤は、アストログリオーシスを軽減し、ADKの上方調節および自然発生的発作の発生を妨げた;特に、これらの細胞ベースの埋め込み剤の抗アストログリオーシス効果は抗てんかん効果と解釈することができる。
【0040】
したがって、特定の態様は、埋め込み剤由来アデノシンの持ち得る抗てんかん効果を試験するために設計された。この目的を達成するために、人工的に作り出された絹ベースポリマーは、限られた時間枠の間、一定(stable)量のアデノシンを放出するように(最長で10日目まで、アデノシン1000ng/日)作製された。これらの埋め込み剤による抗てんかん発生を実証するために、2つの独立したアプローチが設計された;両方のアプローチにおいて、これらのポリマーは、キンドリング開始前に埋め込まれた。1つの例では、埋め込み剤レシピエントは、4日目〜11日目まで1日おきにキンドリングされた(合計24回の刺激に相当する)。対照埋め込み剤レシピエントと比べて、アデノシン放出埋め込み剤レシピエントは、キンドリングによる発作の発現が著しく遅延するという特徴を示した(図6A)。この時点で、DPCPXによってはアデノシン放出埋め込み剤レシピエントの発作スコアは上昇しなかったことから、高い発作スコアが無い原因はアデノシンに基づく発作抑制ではないことが示された。これらの知見から、アデノシン放出脳埋め込み剤の抗てんかん効果が実証される。別のアプローチは、多量のアデノシンを一定して放出する段階の間(4日目〜8日目、1000ng/日)にキンドリングを開始し(図3)、かつ、ポリマーからのアデノシン放出が満了している時間枠である9日間の遅延期間の後にキンドリングを再開するように設計された。この実験パラダイムは、抗てんかん発生の程度を定量するのに適している(Silver et al., 1991)。
【0041】
いかなる抗けいれん効果も有さない薬物(例えば、カルバマゼピン、Silver et al., 1991)は、薬物投与期(drug phase)の間および後の両方とも、対照群と治療群とが一致するキンドリング曲線をもたらす;すなわち、カルバマゼピンは、薬物投与期の間、キンドリング発生に影響を及ぼさなかった。抗てんかん効果をいくらか有する薬物(例えば、フェノバルビタール、Silver et al., 1991)は、薬物投与期の間にキンドリング発生の抑制を示し、キンドリングを中断したのと同じ段階でキンドリング発生を再開する。しかしながら、フェノバルビタール(phenbarbital)の場合、対照群に対応する発作ステージを誘発するのに必要とされる薬物無し後発射の回数は減少したことから、いくらかの抗てんかん発生が示唆された。全面的な抗てんかん効果を発揮する薬物(例えば、バルプロアート、Silver et al., 1991)は、薬物投与期の間にキンドリング発生の抑制を示し、薬物を中断した後、薬物を中断する前と同じ段階でキンドリングを再開するが、薬物治療を受けた動物および対照動物において対応する発作を誘発するための薬物無し後発射の回数は同じである。
【0042】
これらの考察によれば、データ(図8B)から、アデノシン放出埋め込み剤のレシピエントにおいて、最初の24回のキンドリング刺激の間にキンドリング発生がほぼ完全に抑制されたことが実証される。8日に送達された30回目の刺激の後でも、アデノシン放出埋め込み剤のレシピエントは依然としてしっかりと保護され、発作スコアは約1であった。同じ時点で、対照埋め込み剤のレシピエントは完全にキンドリングされていた。18日目にキンドリングが再開された際、アデノシン放出埋め込み剤レシピエントは依然として保護されており、埋め込み剤由来のアデノシンが無くなると、キンドリング発作を徐々に起こした。これらの動物における発作発生の進行は対照動物におけるキンドリング発生と並行して起こっていた。しかしながら、対照動物の発作ステージに対応する発作ステージを誘発するのに必要とされる薬物無し後発射の回数は減少した。McNamaraの考察によれば、本発明者らの知見から、最初のキンドリングセッション(4日目〜8日目)の間の一時的なアデノシン放出により、てんかん発生はいくらか予防されたことが実証される。その期間中に発作が無いのが、アデノシンに基づいた発作抑制の寄与によるとすれば(てんかん発生を隠す)、動物は、18日目に対照動物のようにステージ5の発作で反応したはずである。行動的発作が無いにもかかわらず、アデノシン放出埋め込み剤のレシピエントにおいてさえ、電気記録的な後発射が常に誘発され(図9)、てんかん発生に関連した誘発要因を送達すると予想される閾値上刺激で、動物がキンドリングされたことが示唆されることに注目されたい。
【0043】
本発明書において説明する埋め込み剤によって実現されるように、脳アデノシンの長期的増強が、てんかん発生の予防に少なくともいくらか寄与し得る有益なメカニズムは、アストログリオーシスの引き金となると考えられている損傷に対する応答として(Boison, 2008b)、アデノシンがマイクロモルレベルに急に増加するメカニズム(Fredholm et al., 2005a)とは区別することが必要である。埋め込み剤に基づくアデノシンの長期的増加と脳損傷の間のアデノシンの急激な高レベルの増加という相反する下流効果の機構的差異は、解明中である。
【0044】
いくつかのメカニズムが関与している可能性がある:(a)脳埋め込み剤によって実現されるアデノシンレベルの穏やかな増加は、星状細胞において受容体発現変化を誘発するには不十分である可能性があり、星状細胞のA1受容体を優先的に活性化し、それによって、星状細胞の調整を介して抗てんかん効果を促進し得る;(b)一方、アデノシンが急激に高レベルとなると、アデノシンキナーゼが阻害され(Mimouni et al., 269 J. Biol. Chem. 17820-25 (1994))、したがって、急性損傷後の高レベルのアデノシンは、てんかん発生に関係している代償メカニズムとしてのアデノシンキナーゼ上方調節を引き起こし得る(Li et al., 2008);および(c)アデノシンがマイクロモルレベルに急に増加する(すなわち、損傷後、または長期のてんかん重積状態の間に起こるように)と、星状細胞のアデノシン受容体に変化がもたらされ得、一番目立つものとしては、星状細胞増殖の調節に関与しているA1受容体の下方調節がもたらされ得る;次いで、星状細胞アデノシン受容体の変化により、てんかん誘発カスケードの一環としてアストログリオーシスが誘発され得る。
【0045】
生分解性アデノシン放出ポリマーの潜在的治療能力が、本明細書において実証される。本明細書において実証するスキャフォルドの分解により(図11;表4)、ラット脳中に絹分解プロテアーゼが存在することが示唆される。例えば、キモトリプシンは、絹を分解することが示されており(Li et al., 2003)、いくつかのキモトリプシン様プロテアーゼがラット脳中で同定されている。カルデクリン(キモトリプシン様プロテアーゼ)は、成体ラット脳の海馬内で発現されることが実証された(Tomomura et al., 317 Neurosci. Lett. 17-20 (2002))。このタイプの埋め込み剤の分解寿命を調節するプロセスおよび様式に関与している具体的なプロテアーゼをさらに特徴付けることができる。本明細書において実証される絹ベースポリマー埋め込み剤の生分解性は、このタイプの脳埋め込み剤を予防用に使用する場合、大きな利点となる。本明細書において提供されるアデノシン放出絹スキャフォルドにはいくらかの抗てんかん効果があるため、例えば、外傷性脳損傷後のてんかんを発症するリスクが高い患者においてこのような埋め込み剤を予防用に使用することが可能となる。したがって、外傷を負った脳領域に、絹ベースアデノシン放出スキャフォルドを損傷直後に埋め込んで、アデノシンの神経保護特性(Cunha, 1 Purinergic Signaling 111-34 (2005))、抗発作特性、および存在し得る抗てんかん特性を相乗的に使用することができる。アデノシンの持続的送達により、これらの患者の治療による転帰は改善する場合があり、最終的にポリマーは完全に分解され再吸収されて、残留物を全く残さないと思われる。
【0046】
本発明の態様のいくつかは、限られた時間帯を通じてのアデノシン放出を提供する。埋め込み剤をこのように特殊に設計することにより、アデノシンの持ち得る抗てんかん効果を評価し、完全にキンドリングされたラットにおける発作抑制を実証することが可能になった。本発明のデータだけでなく、他の研究に由来するデータ(Li et al., 2007a; Li et al., 2007b; Li et al., 2008; Wilz et al., 2008)からも、局所的AATが少なくともいくらか抗てんかん効果を有することが示唆されている。用量応答研究および様々なてんかん発生モデルの使用を含む、その他の研究では、アデノシンの抗てんかん効果をさらに検討する。
【0047】
本態様は、長期に発作を抑制する埋め込み剤の設計を裏付ける。長期に発作を抑制するために、埋め込み剤の設計は、アデノシンの持続的長期送達を可能にするように改変することができる。加工様式に応じて数週間〜1年またはそれ以上に渡って、インビボで機能するように、3D多孔質マトリックスを加工することができる(Wang et al., 117 J. Control Release, 360-70 (2007b))。例えば、閉じ込め能力が優れているため、MeOHベースの絹微粒子は、長期の薬物送達を提供する(WO/2008/118133)。さらに、アデノシン放出は、3Dマトリックスだけでなく、マトリックスを囲む絹の層中にアデノシンを閉じ込めることによって制御することもできる。これは、βシートへの変化を誘導し(例えば、メタノール、剪断、塩、電気的、脱水ガスフロー)、この上に層を加えて、各層が次の用量分のアデノシンを閉じ込めることによる。この層重ね(layer-by-layer)アプローチにより、個別の(selective)添加量を各層中に有するタマネギ様構造物が生じる。さらに、各層のβシート誘導の程度を操作して、バースト放出および持続放出をもたらすこともできる。さらに、添加アデノシンを含まない1つまたは複数の層(バリア層)を、アデノシンを含む層の上に付着させて、放出を制御および/または初期バーストを制限することもできる。付着させる各層の厚さは、絹フィブロイン溶液中のフィブロイン濃度または層を形成させるために使用するフィブリン溶液のpHを制御することによって変化させる(affected)ことができる。層は厚さ1nm〜数μmでよく、作製されてよい。したがって、層の数、層の厚さ、および層におけるβシート構造の誘導、ならびに各層中のアデノシンの濃度は、所望の放出プロファイルを得るように設計することができる(WO 2005/123114; WO 2007/016524)。
【0048】
本発明の別の態様は、絹フィブロインベースのアデノシン放出組成物を対象の脳に直接埋め込むことによって、ヒト対象を含む対象におけるてんかんの予防または治療を提供する。対象の治療に最も適切な治療の投薬および治療計画(regiment)は、当然、治療しようとする疾患または病態によって変わり、対象の海馬の大きさおよび他のパラメーターに従って変わる。埋め込み剤のアデノシン用量は、対象の海馬の大きさ、てんかん焦点の大きさ、および埋め込部位に応じて、アデノシン約50ng/日以上、アデノシン約50mg/日以下、例えば、アデノシン25ng/日またはアデノシン250ng/日でよい。例えば、埋め込み剤がてんかん焦点に直接配置される場合には、低用量が必要とされる場合があり;埋め込み剤がてんかん焦点の近傍の脳室系に配置される場合には、高用量が必要とされる場合がある。
【0049】
アデノシンが送達されるのにかかる時間の長さは、約1ヶ月以上、1年超以下の長さまであり得る。例えば、短期間送達、例えば、外傷性脳損傷のようなてんかん発生の引き金となる事象後に1ヶ月送達することにより、てんかん発生を予防することができる。てんかんは典型的には永続性疾患であるため、治療的埋め込み剤の系は、対象の生涯を通じて発作制御を提供するために使用され得る。したがって、本発明の態様は、絹フィブロインアデノシン埋め込み剤によって約1年間アデノシンを送達し、その後、任意の期限切れスキャフォルドを除去し、新しい埋め込み剤に交換する埋め込み剤の系であって、永続的に埋め込まれたカテーテルを介して実現され得る系を提供する。
【0050】
したがって、例えば、成人男性の外傷性脳損傷(TBI)の場合、TBIの直接的結果として、死滅組織のくぼみまたはコアがあると考えられ、これらは現在の画像診断技術によって診断され得る。このコアおよびその近傍部分(vicinity)は最終的に傷跡を残し(約2週間以内)、発作活動の中心になる。脳室系ではなく、この損傷コアが、論理上の埋め込み部位である。埋め込み剤は、だいたい球形で、直径が約0.5cmであり、約1ヶ月のタイムスパンの間、約1mg/日〜約10mg/日の間のアデノシンを放出するものでよい。
【0051】
長期ATTの場合、1つの外科的アプローチは、患部海馬に接触する脳室中に埋め込み剤を配置することでああろう。この態様では、サイズが約1×3×5mmの埋め込み剤がこの空間にフィットすると思われる;その形態が若干凹型であり得る場合、その結果、それは、海馬に触れるアデノシン放出埋め込み剤「層」を形成して、約200ng/日〜約5mg/日のアデノシンを放出する。したがって、アデノシン徐放性製剤は、対象に埋め込まれて、てんかんに関連する症状を軽減または寛解させる。てんかん治療の治療的エンドポイントには、発作頻度、発作重症度、およびEEG異常などの疾患パラメーターの低減が含まれる。
【0052】
本発明の別の態様において、アデノシン、絹ベーススキャフォルドをヒト間葉系幹細胞(hMSC)と組み合わせて、アデノシンを放出するように操作することができる(米国特許第6,110,902号; WO 2007/016524)。例えば、治療的にアデノシンを放出するようにhMSCを操作するための、RNAiに基づいたレンチウイルス方法が実証されている(Ren et al., 208 Exp. Neurol. 26-37 (2007))。これらの細胞の海馬下埋め込み剤は、カイニン酸によって誘導される急激な脳損傷および発作を低減させた(同書)。さらに、患者から採取されアデノシンを放出するように操作されたhMSCは、本発明の生分解性絹ベーススキャフォルドと組み合わせて自己由来脳埋め込み剤として使用することもできる。このようなMSCを添加した絹スキャフォルドは、永続的なアデノシン治療活性を提供する。
【0053】
結論として、本明細書において説明する態様は、さらなる臨床応用のために非常に重要である次の要件を満たす、新規な絹ベースアデノシン送達系を提供する:(i)生体適合性、(ii)所定の量のアデノシンの送達、(iii)安全性、(iv)インビボでの緩徐な分解による持続的機能、および(v)薬物開発において高い価値が予測される、広く使用されている前臨床モデル(ラットキンドリングモデル)における治療的有効性。さらに、本発明は、最小有効量がアデノシン50ng/日〜200ng/日の範囲であることを初めて明確にし、かつ、アデノシンの局所送達が、定着した発作の抑制に対してだけでなく、てんかん発生の予防にも治療的価値を有し得ることを示唆する。
【0054】
以下に、非限定的な実施例によって本発明をさらに説明する。
【実施例】
【0055】
実施例1 埋め込み剤設計
目標用量(0ng/日、40ng/日、200ng/日、および1,000ng/日)を送達するように設計された埋め込み剤を、薬物添加量を決定する予備実験に基づいて設計した。また、研究において統合するために選択した3つの系、すなわち微粒子、マクロスケールのフィルム、およびナノフィルムにほぼ均等に目標薬物添加量を分けるように埋め込み剤を設計した。アデノシンの最終用量に強い影響を与えるために使用した3つの変動要素は次のものであった:(1)水ベースの多孔性スキャフォルドに形成される、絹溶液中の微粒子の濃度、(2)多孔性スキャフォルドをコーティングしてマクロスケールの絹フィルムを形成させるために用いる、アデノシンおよび絹の溶液中のアデノシン濃度、ならびに(3)系に付着させるナノフィルム層の数。埋め込み剤の組成および各技術によって添加されるアデノシンの理論上の量を表1に挙げる。
【0056】
(表1)埋め込み剤の組成およびアデノシン添加量
ナノフィルムの数は、絹ナノフィルムとその次のアデノシンナノフィルムの両方を含む。Ado=アデノシン。

【0057】
実施例2 埋め込み剤製造
埋め込み剤の製造プロセスを図1に表す。研究用の絹は、以前に説明されているようにして(Sofia et al., 2001)、カイコ繭から調製した。以前に説明されているMeOHに基づくプロトコールに従って(Wang et al., 2007)、アデノシンを含む微粒子を調製した。手短に言えば、10mg/mLのアデノシン原液200μLを8%(w/v)絹水溶液1mLと混合した。次いで、クロロホルム1mLに溶解し、次いで、N2下で乾燥して、ガラス試験管の内側にフィルムを形成させておいた1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DOPC)リン脂質200mgにこれを添加した。この溶液を希釈し、次いで、凍結解凍を繰り返し、次いで凍結乾燥する。その後、微粒子をメタノール(MeOH)で処理して脂質を除去し、絹βシートの物理的架橋結合を誘導して微粒子構造を安定させる。本明細書において説明する製造においては、メタノールの代わりにエタノールまたは塩化ナトリウムを使用してよく、これらの作用物質もまた、βシート構造を誘導する。WO 2008/118133を参照されたい。さらに、βシート構造の誘導および絹フィブロイン微粒子(またはフィルム、後述)のアニーリングは、水蒸気曝露によっても遂行することができる。WO 2008/127402を参照されたい。
【0058】
以前に説明されているようにして(Kim et al., 26(15) Biomats. 2775-85 (2005))、最終的な多孔性スキャフォルド中に微粒子を埋め込むために微粒子と絹溶液の混合物を用いて、水ベースの多孔性スキャフォルドを調製した。手短に言えば、プラスチック容器中で微粒子と混合した6%(w/v)絹溶液2mLに500μm〜600μmの粒状NaCl 4gを添加し、24時間超、室温でインキュベートした。次いで、スキャフォルドを24時間洗浄して、塩化ナトリウムを浸出させた。所望の埋め込み剤形状寸法(直径0.6mm〜0.7mm、長さ3mm)を得るために、1mmのMiltex生検パンチを用いてスキャフォルドを打ち抜き、次いで、かみそりで両端(either end)を切り落とした。次に、多孔性スキャフォルドを、以前に説明されているフィルム(Hofmann et al., 111 J. Control Release 219-227 (2006))に似ているマクロスケールの薬物添加絹フィルムでコーティングした。絹および薬物の混合溶液中に埋め込み剤を2分間浸し、次いで、15分〜20分間、60℃でインキュベートし、次いで、90% MeOH溶液中で洗浄した。
【0059】
最後に、以前に説明されているプロトコール(Wang et al., 21(24) Langmuir, 11335-41 (2005))を3次元(3D)多孔性スキャフォルドのコーティングに適応するように改良して用いて、ナノフィルムコーティングを適用した。最初に、2mg/mL絹フィブロイン溶液に2分間、スキャフォルドを浸け、次いで、90:10(v/v)のMeOH/水溶液中で1分間洗浄した。メタノール洗浄後、スキャフォルドを60℃で15分間乾燥させた。次いで、乾燥させたスキャフォルドを1mg/mLアデノシン溶液に2分間浸し、60℃でさらに15分間乾燥させた。所望の数の層に達するまで、これらの工程を繰り返し、絹の層で終了した。薬物添加後、埋め込み剤はすべて、3つのキャッピング層(その後3回、絹に浸す)でコーティングしてバーストを遅らせた。
【0060】
絹アデノシン送達埋め込み剤を設計および製造するためのその他の手段および方法は、本明細書および例えば、米国特許出願公開第20080085272号;WO 2007/016524;WO/2008/118133を参照して作り出すことができる。
【0061】
実施例3 インビトロの放出研究
各目標用量(40ng、200ng、および1,000ng)に対して、3つの埋め込み剤のインビトロでの放出速度論を特徴付けた(N=3)。放出プロファイルを評価するために、埋め込み剤を37℃のダルベッコのリン酸緩衝液1mL、pH7.2(PBS)中に浸けた。予め設定した時点(1日目、2日目、3日目、4日目、6日目、10日目、および14日目)にPBSを除去し、交換した。
【0062】
系から除去したPBS試料中のアデノシン含有量を、以前に説明されている改良された蛍光アッセイ法によって(WojcikおよびNeff 39 J. Neurochem. 280-82 (1982))、測定した。採取したPBS試料を1.5mLエッペンドルフチューブに移し、最終濃度が220μMクロロアセトアルデヒドとなるようにクロロアセトアルデヒドを添加した。これらのチューブにふたをし、20分間煮沸した。混合したアデノシンおよびクロロアセトアルデヒドを煮沸すると、蛍光性誘導体である1,N6-エテノアデノシンが生じる。プレートリーダー(励起=310nm、発光=410nm)を用いて、試料の蛍光を測定した(RosenfeldおよびTaylor, 259(19) J. Biol. Chem. 11920-29 (1984))。各時点の各器具(device)に対して、蛍光測定値を3回記録し、平均した。
【0063】
実施例4 動物および外科手術
動物処置はすべて、研究機関の動物管理使用委員会(Institutional Animal Care and Use Committee)によって認可されたプロトコールおよび実験動物の管理と使用に関するNIH指針(NIH Guide for the Care and Use of Laboratory Animals)において概説されている原則に従って、実験動物管理認定協会(Association for Assessment and Accreditation of Laboratory Animal Care)によって正式認可された施設において実施した。体重280g〜300gの雄の成体スプラーグドーリーラットを使用した。ラットはすべて、実験で使用する前に1週間、順化させた。これらのラットを12時間の明/暗サイクル(午前8時から光)下で収容し、食物および水は適宜与えた。
【0064】
3%イソフルラン、67%N2O、30%O2を用いて麻酔を導入し、1.5%イソフルラン、68.5%N2O、30%O2を用いて維持しつつ、ラット(N=22)をKopf定位固定フレーム中に配置した。最初に、目標放出速度がアデノシン0ng/日、40ng/日、200ng/日、および1000ng/日(用量当たりN=5〜6)であるポリマーを、説明されているようして(Boison 43(8) Epilepsia, 788-96 (2002))定位埋め込み器具(内径0.7mm、外径1mm)を用いて埋め込んだ。ブレグマから2mm吻側、正中線から1.6mm側方にドリルで空けた左半球上の穴を利用して、ポリマーを添加した器具を定位的に挿入した。このドリル穴を用いて、垂直方向から45°の角度および正中線から45°の角度で、添加された器具を脳中に挿入した。このようにして、ブレグマから5.5mm尾側、正中線から5.5mm右側、および硬膜の下7.5mmの座標をねらう斜めの注入路を作り出した。標的部位に到達するとすぐに、器具の外側のチューブをゆっくりと引き出すことによって、長さ3mmのポリマーを解き放ち、海馬下の裂溝内に沈着させた。最後に、以前に説明されているようにして(同書)、器具を完全に引き抜いた。このようにして、右側の海馬下裂溝内にあり電極埋め込み部位に隣接している、形成された長さ3mmのくぼみの内部に、埋め込まれたポリマーを沈着させた。
【0065】
本明細書および以前に探究されている(Li et al., 2007; Li et al., 2008)斜めに埋め込むアプローチは、いくつかの重要な利点を特徴とする:(i)海馬下の裂溝の中に埋め込み剤を配置することによって、海馬の3mmの背腹側区域をカバーすること;(ii)同側の海馬への損傷を最小限に抑えること;(iii)電極を含みヘッドセットを付けた動物(electrode-containing head-set of the animals)と適合性があること。次に、コーティングされたステンレス鋼双極電極(直径0.20mm、Plastics One, Roanoke, VA)を右海馬中に埋め込み、歯科用アクリラート製のヘッドセットを用いて固定した。海馬の電極の座標は、(歯棒(tooth bar)が0の位置):ブレグマから5.5mm尾側、正中線から5.5mm側方、および硬膜の下方(ventral)7.5mmであった。
【0066】
実施例5 キンドリング
外科手術後4日目に、Grass S-88刺激装置を用いて、動物の片側を1日おきまたは2日おきに6回刺激した(周波数50Hzで5Vの1ms方形波パルスを10秒間;刺激の間隔は30分)。Racine (3(2) Neurosurg. 234-52 (1978))の尺度に従って行動的発作を採点した。各動物に合計48回の刺激を与えた。これは、ポリマー埋め込み後4日目〜20日目の間に行われた8日間の試験日に等しかった。各刺激パルスの適用前の1分間および適用後の5分間の期間、Nervus EEGモニタリングシステムを用いて脳波(EEG)を記録した。
【0067】
実施例6 組織像
実験完了後、リン酸緩衝液(0.15M、pH7.4)に溶かした4%パラホルムアルデヒドをラットに経心的に灌流した。次いで、同じ固定液中で6時間、脳を後固定し、PBS中10%DMSO(v/v)中で凍結保護した後、合計72個の冠状切片(厚さ40μm)に切断した。これらの切片は、海馬側方(lateral hippocampus)の全区域(ブレグマから3.5mm〜6.5mm尾側)をカバーする。特に埋め込み領域の脳の肉眼的解剖学を特徴付けるために、および、キンドリング電極の正確な位置を確認するために、クレシルバイオレット染色を切片5つおきに実施した。
【0068】
実施例7 統計
インビトロの研究において、用量1つ当たり3つの反復試料(repetition)に関して、標準偏差を算出した。同じ用量を添加した埋め込み剤反復試料3つのそれぞれに対する値は、埋め込み剤1つ当たり3回の蛍光測定値を平均することによって得た。標準偏差を表2に記載する。
【0069】
(表2)アデノシンの平均放出量(Ado=アデノシン、値の単位はすべてng)

【0070】
インビボの発作データは、対照ポリマー(アデノシン0ng)のレシピエントおよびアデノシン40ng/日のポリマーのレシピエントはラット5匹(N=5)、ならびにアデノシン200ng/日のポリマーおよびアデノシン1,000ng/日のポリマーのレシピエントはラット6匹(N=6)に基づいている。各実験群において、8つの各試験日について、個々の発作スコアおよび後発射持続期間を集め、平均した。誤差は±SDとして与え、スチューデント-ニューマン-クールスの検定と共に一元配置ANOVAを用いて解析した。*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001。
【0071】
実施例8 インビトロでのアデノシン放出速度論
各時点における埋め込み剤からのアデノシンの平均放出量および14日間を通しての累積放出量を上記の表2に要約する。14日間を通して、目標8ngの埋め込み剤は合計100.9ngを放出し(平均放出速度=7.2ng/日)、目標40ngの埋め込み剤は467.4ngを放出し(平均放出速度=33.4ng/日)、目標200ngの埋め込み剤は2387.3ngを放出し(平均放出速度=170.5ng/日)、目標1,000ngの埋め込み剤は11,465.3ngを放出した(平均放出速度=819ng/日)。各時点での放出速度を表3に要約する。累積的な放出曲線を図2にグラフとして示す。
【0072】
(表3)埋め込み剤からのアデノシンの放出速度(ng/日)

【0073】
実施例8 海馬下アデノシン放出埋め込み剤によるキンドリングてんかん発生の用量依存的抑制
アデノシンの目標放出速度が異なり、アデノシン40ng/日〜1000ng/日の範囲である絹ベースポリマーを海馬下に埋め込むと、キンドリングてんかん発生は用量依存的に抑制されるはずである。この仮説を検証するために、4群のラットに、目標放出速度がアデノシン0ng/日(対照、N=5)、40ng/日(N=5)、200ng/日(N=6)、および1000ng/日(N=6)である海馬下埋め込み剤を与えた。これらの目標用量は、有効用量が放出アデノシン200ng/日の範囲であることを示唆した以前の用量評価(Huber et al., 2001; Boison et al., 1999)に基づいた。ポリマー埋め込み後4日目に、1日おきまたは2日おきに合計8回のキンドリングセッション(各セッションは、30分毎に送達される刺激6回からなった)を各ラットに与えることによって、海馬のキンドリングを開始した。したがって、刺激後4日目〜20日目の範囲のタイムスパンの間に、各ラットは合計48回の刺激を受けた(図4A)。
【0074】
Racine (1978)の尺度に従って、各刺激後の発作スコアを決定した。ステージ1〜3は、強度が進行する部分発作に対応するのに対し、ステージ4およびステージ5は、強直性要素(component)および間代性要素を有する全身発作を表す。対照(アデノシン0ng)と比べて、目標用量40ng、200ng、および1000ngを与えられたレシピエントにおけるキンドリング発生は、最初の24セッションの間、またはポリマー埋め込み後11日間に対応するセッション4の終了時まで、初めは用量依存的関係で遅延した。特に顕著なのは、この期間の間、目標用量1000ng/日を放出するポリマーを与えられたレシピエントは、任意の発作活動から完全に保護された(図4A、4B)。この用量依存性の治療的効果はまた、最初の部分発作(ステージ1またはステージ2)を誘発するために必要とされる刺激の回数にも反映された(図5)。対照埋め込み剤のレシピエントにおいて、部分発作はセッション2の間(すなわち、約10回目の刺激)に最初に発生したが、部分発作の最初の出現は、放出アデノシンの用量が増加すると共に著しく遅れ、アデノシン1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントは、対照群と同じキンドリング状態に達するのに2.5倍の刺激回数を必要とした(図5)。
【0075】
25回目の刺激以降(すなわち、埋め込み後13日目のセッション5)、埋め込み剤の治療的効果は低下し(図4)、これは、ポリマーからのアデノシン放出速度の減速と一致している(表3)。対照埋め込み剤のレシピエントは、セッション5以降、キンドリング判定基準(全身性のステージ4/5の発作)に達したが、アデノシン放出ポリマーのレシピエントは、全身発作応答の獲得が遅れた(図4)。興味深いことに、キンドリング速度(すなわち、発作ステージの経時的な漸進的上昇)は、アデノシン0ng/日、200ng/日、および1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントにおいて類似しており、キンドリング開始は用量依存的に遅延したことから、ポリマーに基づくアデノシン放出によってキンドリングが抑制されたことが示された。最も重要なことには、アデノシン1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントは、ほぼ3回のセッションまたは1週間のキンドリング獲得遅延を示したことから、アデノシン約400ng/日の用量(表3)がキンドリングを抑制するのに十分であることが示唆された。
【0076】
実施例9 海馬下アデノシン放出埋め込み剤により、EEG記録物における後発射持続期間が短くなる
キンドリング獲得期の間に各試験刺激によって誘発される脳波後発射(ADD)の持続期間を測定することによって、アデノシン放出海馬下埋め込み剤の治療的効果をさらに定量した(図7)。
【0077】
セッションの回数(それぞれ6回の刺激)および治療目標用量(アデノシン0ng/日、40ng/日、200ng/日、および1000ng/日)別にADDを平均した。最初の3回のセッションの間、ADDの用量依存的短縮が明らかになった。セッション4以降、アデノシン40ng/日および200ng/日の目標用量を与えられたレシピエントのADDは、偽対照(アデノシン0ng/日)のADDと同様であり、これらのポリマーから放出されるアデノシンの経時的な減少と一致していた(表3)。驚くべきことに、後発射は、アデノシン1000ng/日の目標用量を放出するポリマーのレシピエントにおける実験全体を通して、有意に低減したままであった。この時点で、アデノシン0ng/日、40ng/日、および200ng/日の目標用量を与えられたレシピエントのADDは、平均値が120秒を超え、頭打ちに達していたのに対し、アデノシン1000ng/日の目標用量を与えられたレシピエントのADDは、100秒未満の値に減少したままであった。したがって、それぞれのEEGにおける後発射の持続期間は、図4で観察されるような行動的発作応答によく対応していた。また、これらの結果から、アデノシン放出速度が経時的に低下する場合でも、アデノシン1,000ng/日の目標用量は、持続的に発作抑制する潜在能力を有することが示される。発作のモニタリングを完了した後、ポリマー埋め込み後20日目に動物をすべて屠殺し、肉眼での組織学的解析に供した。脳冠状切片中で、本発明者らは、海馬下の裂溝の内部に沈着したポリマーに起因するくぼみを検出し、電極挿入の跡は正確な位置で見出された(図10)。明らかな炎症も出血も発見されなかった。
【0078】
実施例10 埋め込み剤の設計および製造
目標用量アデノシン0ng/日(=対照)または1,000ng/日を送達するように設計された埋め込み剤を、以前に説明されているようにして(Wilz et al., 2008)設計し製造した。手短に言えば、微粒子およびマクロスケールのフィルムにほぼ均等に目標薬物添加量を分けるように埋め込み剤を設計した。これらの微粒子およびマクロスケールのフィルムを統合して単一の埋め込み剤とし、絹フィルムでキャッピングした。以前に説明されているMeOHに基づくプロトコールに従って(Wang et al., 2007a)、アデノシンを含む微粒子を調製した。以前に説明されているようにして(Kim et al., 2005)、最終的な多孔性スキャフォルド中に微粒子を埋め込むために微粒子と絹溶液の混合物を用いて、水ベースの多孔性スキャフォルドを調製した。所望の埋め込み剤形状寸法(直径0.6mm〜0.7mm、長さ3mm)を得るために、1mmのMiltex生検パンチを用いてスキャフォルドを打ち抜き、次いで、かみそりで両端を切り落とした。次に、多孔性スキャフォルドを、以前に説明されているフィルム(Hofmann et al., 2006)に似ている複数のマクロスケールのアデノシン添加絹フィルムでコーティングした。薬物添加後、埋め込み剤はすべて、複数の絹ベースのキャッピング層でコーティングしてアデノシンのバースト放出を遅らせた。
【0079】
実施例11 インビトロのアデノシン放出研究
目標放出用量がアデノシン1,000ngである3つの埋め込み剤のインビトロでの放出速度論を特徴付けた。放出プロファイルを評価するために、埋め込み剤を37℃のダルベッコのリン酸緩衝液1ml、pH7.2(PBS)中に浸けた。24時間毎(または2週間後は48時間毎)にPBSを除去し交換した。系から除去したPBS試料中のアデノシン含有量を、以前に説明されている改良された蛍光アッセイ法によって(WojcikおよびNeff, 1982)、測定した。採取したPBS試料を1.5mlエッペンドルフチューブに移し、最終濃度が220μMクロロアセトアルデヒドとなるようにクロロアセトアルデヒドを添加した。混合したアデノシンおよびクロロアセトアルデヒドを20分間煮沸すると、蛍光性誘導体である1,N6-エテノアデノシンが生じた。プレートリーダー(励起=310nm、発光=410nm)を用いて、試料の蛍光を測定した(RosenfeldおよびTaylor, 1984)。各時点の各器具に対して、蛍光測定値を3回記録し、平均した。
【0080】
実施例12 キンドリング
コーティングされたステンレス鋼双極電極(直径0.20 mm、Plastics One, Roanoke, VA)を右海馬中に埋め込み、歯科用アクリラート製のヘッドセットを用いて固定した。海馬の電極の座標は、(歯棒が0の位置):ブレグマから5.0mm尾側、正中線から5.0mm側方、および硬膜の下方7.5mmであった。
【0081】
実験1:外科手術後4日目に、Grass S-88刺激装置を用いて、動物の片側を1日おきまたは2日おきに6回刺激した(周波数50Hzで5Vの1ms方形波パルスを10秒間;刺激の間隔は30分;これらの刺激は、約350μAに相当し、一方、キンドリング前の後発射閾値は、115μAの範囲であった。)
【0082】
Racine (Racine, 1978)の尺度に従って行動的発作を採点した。各刺激パルスの適用前の1分間および適用後の5分間の期間、Nervus EEGモニタリングシステムを用いて脳波(EEG)を記録した。それぞれの日の刺激は、その日にステージ5の発作に達した場合は常に、中止した。最終的に、動物はどれも、1日の最初の(したがって唯一の)刺激の時点で、ステージ5の発作で反応した。連続してキンドリングを実施した3日間、最初の刺激によってステージ5の発作を3回起こした後、動物は完全にキンドリングされた(すなわち、刺激後のステージ5の発作活動に再現性がある)とみなした。次に、(2-クロロ-N(6)-シクロペンチルアデノシン)(CCPA;アデノシン受容体サブタイプA1選択的アゴニスト)の注射によって、アデノシンA1R活性化に対する応答性を試験した。翌日、試験刺激の30分前に、CCPAの注射(3mg/kg 腹腔内、20%DMSOを含む生理食塩水中に溶解)を行うと、完全に発作が抑制された。24時間後、これらの動物を再び刺激して、刺激後のステージ5の発作活動の一貫性および維持を実証した。これらのストリンジェントなキンドリング判定基準を満たした動物のみを、後続の実験のために使用した。
【0083】
これらの完全にキンドリングされた動物に、ポリマーを埋め込んだ。埋め込み剤レシピエントに、ポリマー埋め込み後4日目、6日目、10日目、14日目、18日目、および21日目にそれぞれ1回の試験刺激を与え、次いで、組織学的解析に供した。
【0084】
実験2:ポリマー埋め込み(下記を参照されたい)を、同じ外科手術において電極埋め込み(上記を参照されたい)と組み合わせた。実験2a:ポリマー埋め込み後4日目にキンドリングを開始した。動物は、埋め込み後4日目、6日目、8日目、および11日目にそれぞれ6回のキンドリング刺激(周波数50Hzで5Vの1ms方形波パルスを10秒間;刺激の間隔は30分)を受けた;これは、合計24回の刺激という量になった。24回目の刺激の送達後1日目に、刺激より30分前に、8-シクロペンチル-1,3-ジプロピルキサンチン(DPCPX、アデノシン受容体サブタイプA1選択的アゴニスト)(1mg/kg、腹腔内、DMSO中に溶解)で動物すべてを処理した。この薬物試験後24時間目に、組織学的解析のために屠殺する前に、動物すべてをもう一度刺激した。実験2b(図3):ポリマー埋め込み後4日目にキンドリングを開始した。動物は、埋め込み後4日目、5日目、6日目、7日目、および8日目にそれぞれ6回のキンドリング刺激を受けた;これは、合計30回の刺激という量になった。これらの不完全にキンドリングされたアデノシン埋め込み剤レシピエントにおいて、ポリマーからのアデノシン放出が満了するまで(18日目以降)、それ以上の刺激は見合わせた。埋め込み後18日目、19日目、20日目、21日目、および22日目にキンドリング刺激を再開した(刺激6回/日;合計30回の追加刺激)。その後、組織学的解析のためにこれらの動物を屠殺した。
【0085】
実施例13 ポリマー埋め込み
目標放出速度がアデノシン1000ng/日であるポリマーまたは各対照ポリマー(アデノシン0ng)を、説明されているようして(Boison et al., 2002)定位埋め込み器具(内径0.7mm、外径1mm)を用いて埋め込んだ。これらのポリマーは、キンドリングの完了後(実験1)またはキンドリングの開始前(実験2)のいずれかに埋め込んだ。ブレグマから2mm吻側、正中線から1.6mm側方にドリルで空けた左半球上の穴を利用して、ポリマーを添加した器具を定位的に挿入した。このドリル穴を用いて、垂直方向から47°の角度および正中線から47°の角度で、添加された器具を脳中に挿入した。このようにして、ブレグマから5.0mm尾側、正中線から5.0mm右側、および硬膜の下7.5mmの座標をねらう斜めの注入路を作り出した。標的部位に到達するとすぐに、器具の外側のチューブをゆっくりと引き出すことによって、長さ3mmのポリマーを解き放ち、海馬下の裂溝内に沈着させた。最後に、以前に説明されているようにして(Boison et al., 2002)、器具を完全に引き抜いた。このようにして、右側の海馬下裂溝内にあり電極埋め込み部位に隣接している、形成された長さ3mmのくぼみの内部に、埋め込まれたポリマーを沈着させた。本明細書および以前に探究されている(Li et al., 2007b; Li et al., 2008; Wilz et al., 2008)斜めに埋め込むアプローチは、いくつかの重要な利点を特徴とする:(i)海馬下の裂溝の中に埋め込み剤を配置することによって、海馬の3mmの背腹側区域をカバーすること;(ii)同側の海馬への損傷を最小限に抑えること;(iii)電極を含みヘッドセットを付けた動物と適合性があること。
【0086】
実施例14 組織像および試料分解
リン酸緩衝液(0.15M、pH7.4)に溶かした4%パラホルムアルデヒドをラットに経心的に灌流した。埋め込み部位における脳の肉眼的解剖学を特徴付けるため、および埋め込み位置を確認するために、前頭面または矢状面のいずれかでラット脳全体を薄片に切り(10μm〜40μm)、クレシルバイオレットまたはヘマトキシリンおよびエオシンのいずれかで染色した。ピンセットを用いて脳から回収することによって、埋め込み後のスキャフォルド形態を判定し、薄片に切るか、または脳組織中に依然として埋め込まれている間に、スキャフォルドを薄片に切った。埋め込み前のスキャフォルドおよび埋め込み後に回収した試料をPBS中で洗浄し、組織学的解析に先だって10%中性緩衝ホルマリン中で固定した。一連の段階的な濃度のアルコールを通過させて試料を脱水し、パラフィン中に包埋し、厚さ5μmの薄片に切った。切片をヘマトキシリンおよびエオシン(H&E)またはクレシルバイオレット(メチルバイオレット10B)のいずれかで染色した。
【0087】
埋め込み前および後の埋め込み剤試料を分解に関して比較した。Sony Exwave HAD 3CCDカラービデオカメラを備えたZeiss Axiovert S100 光学顕微鏡によって切片を検査した。小孔の総表面積(単位:ピクセル)と埋め込み剤の総表面積(単位:ピクセル)の比を、Image J画像処理ソフトウェアを用いて評価した。この様式では、Image J解析によって試料の空隙率を決定し、これは、小孔の総表面積と埋め込み剤の総表面積の比を反映している。表4に提示するデータは、ラット脳への移植前または移植4週間後の6つの代表的なアデノシン添加ポリマーに由来する。データは2標本t検定によって解析した:t=5.08、df=10、p<0.001。
【0088】
(表4)埋め込み前および後の試料の空隙率

【0089】
実施例15 統計
インビトロの研究において、埋め込み剤1つ当たり3回の蛍光測定値を平均することによって、1群当たり3つの反復試料に関して標準偏差を算出した。インビボの発作データは、実験計画および実験群によって、5〜8匹のラットに基づいた。各実験群において、各刺激に対する個々の発作スコアを集め、平均した。誤差は±SDとして与え、ランクに基づく二元配置ANOVA、続いてボンフェローニ検定を用いてデータを解析した。
【0090】
実施例16 アデノシン放出プロファイル
1,N6-エテノアデノシンへの誘導体化後のアデノシンの蛍光解析によって、アデノシン添加ポリマー(ADO-ポリマー)から放出されるアデノシンの1日量を測定した。最初の3日間のインキュベーションの間に起こるアデノシン放出の初期バースト(>2000ng/日)の後、これらのポリマーは、4日目〜10日目の間、約1000ng/日(1019±197)という安定な放出速度を特徴とした(図3A)。この安定な放出期間の後、アデノシンの1日の放出速度は、11日目にアデノシン414±59ng、12日目に256±45ngへと急減少した。ポリマーは、21日間のインキュベーションという時間枠内で、アデノシンを放出しなくなった。一方、培養された対照ポリマーに由来する上清中ではアデノシンを検出することができなかった。高速かつ安定な初期の放出速度(1000ng/日)とそれに続くアデノシン放出の漸進的な満了というこの独特な放出プロファイルから、埋め込み剤を介した治療的効果がアデノシンに依存することが確認できた。
【0091】
実験1では、完全にキンドリングされたラットにポリマーを埋め込んだ後に、ポリマーに基づいたアデノシン放出の抗発作効果を研究した。ADOポリマーからの初期の高いアデノシン放出速度を考慮すれば、初期は発作から完全に保護され、続いて、治療的アデノシン放出の減少と並行して発作活動が徐々に再発することが予想された。
【0092】
実験2(図3Bに模式図的に示す)では、アデノシンの独特な放出プロファイル、ならびにポリマーに基づいたアデノシン放出の抗発作効果および抗てんかん効果の評価を研究した。この場合、ポリマーは、キンドリング開始の4日前に埋め込んだ。予想は、ADOポリマーで処置したラット群においてキンドリング発生が減少するというものであった。キンドリング発生の抑制は、てんかん発生の真の抑制または「単なる」発作の抑制のいずれかに起因し得る。後者の場合、アデノシンを介した発作抑制は、任意の抗てんかん効果を「隠す」と思われる。これらの2つの可能性を区別するために、McNamara (Silver et al., 29 Ann.Neurol. 356-63 (1991))によって最初に説明された実験パラダイムを採用した:ADOポリマーのレシピエントおよび対照ポリマーのレシピエントを、ADO群がキンドリングの最初の徴候を示すまでのみ、キンドリングした(図3B);この同じ時間枠の間に、対照群の動物は、完全にキンドリングされていると予想される;ADO群で一定のアデノシンが放出される期間(ポリマー埋め込み後4日目〜8日目の間、アデノシン1000ng/日)中のこの初期キンドリング期間に続いて、キンドリングを9日間中断した。このキンドリング中断期間中に、ポリマーは顕著な量のアデノシンを放出しなくなった。次いで、両方の群でキンドリングを再開した。もし、ADOポリマー群においてアデノシンが発作を抑制するだけでてんかん発生を抑制しなかったならば、発作発現の「急上昇(jump)」が予想される。すなわち、発作ステージは、対照群で観察されるものと類似しているはずである(図3B)。一方、ポリマーに基づいたアデノシン放出がてんかん発生を抑制していた場合には、キンドリング発生が再開する(それまで中断されていた場合)ことが予想される。すなわち、ADOポリマー群の第2のキンドリング期における発作ステージ曲線は、対照群の最初のキンドリング期における発作ステージ曲線に類似しているはずである。このパラダイムを用いると、特定のキンドリング段階に達するための薬物無し後発射の回数は、完全な抗てんかん発生の場合と同じであるはずである(図3B);薬物処置群における薬物無し後発射の回数が対照群での回数より少ない場合(図3B)、薬物投与中にいくらかのてんかん発生が起こっていた(Silver et al., 1991)。
【0093】
実験1:ポリマーに基づくアデノシン放出による、キンドリングによる発作の抑制。絹ポリマーに基づくアデノシン放出の潜在的抗発作能力を証明するために、アデノシン放出ポリマー(図3A)(n=5)またはアデノシンを添加されていない対応する対照ポリマー(n=4)のいずれかを、完全にキンドリングされたラットの海馬下の裂溝の中に埋め込んだ。ポリマー埋め込みの前、どのラットも、刺激後にステージ4またはステージ5の発作で再現可能に反応し、したがって、本発明者らのストリンジェントなキンドリング判定基準を満たしていた。動物は、ポリマー埋め込み後4日目、6日目、10日目、14日目、18日目、および21日目にそれぞれ1回の試験刺激を受けた。対照ポリマーのレシピエントは、実験過程の間、けいれん発作(平均発作ステージは3.9±1.6)の発現を維持したが、アデノシン1000ng/日を放出する埋め込み剤のレシピエントは、最初は、任意の発作からほぼ完全に保護された(埋め込み後10日目まで、平均発作ステージは0.2±0.5)(図6)。この期間中、ラット5匹中4匹はまったく発作を発現しなかった(ステージ0)のに対し、残りのラットはステージ1の非けいれん発作を発現した。10日目以降にポリマーから放出されるアデノシンレベルが低下するに従って(図3A)、アデノシン群における発作活動が徐々に再開した(図6)ことから、発作抑制が、埋め込み剤に依存するアデノシン放出に起因することが示された。埋め込み剤に由来するアデノシンに発作抑制が起因することをさらに裏付けるために、ADOポリマーで処置したラットに対して、アデノシンA1RアンタゴニストDPCPX(1mg/kg、腹腔内)の腹腔内注射を3日目に実施した。DPCPXの前または後である2日目および4日目に試験した際、ラットは発作から保護されていた(ステージ0)。しかしながら、3日目のDPCPX注射後30分目に、ステージ5の発作が誘発されたことから、アデノシン依存性の発作抑制が示された。まとめると、これらの結果から、局所埋め込み剤に由来する1000ng/日の範囲のアデノシン放出の強力な抗発作活性が示唆される。
【0094】
実験2:ポリマーに基づくアデノシン放出による、てんかん発生の抑制。区別するために、ポリマーに基づくアデノシン放出による抗てんかん効果の可能性を調査するために実験を実施した。実験2aでは、キンドリング電極およびポリマー(アデノシン1000ng/日の目標放出速度、n=8;および対照ポリマー、n=6)を0日目に成体雄SDラットに埋め込んだ。動物は、ポリマー埋め込み後4日目、6日目、8日目、および11日目に送達された4×6回のキンドリング刺激を受けた;アデノシン放出データによると(図3)、最初の18回の刺激は、アデノシン1000ng/日がほぼ一定して放出される時間枠の間に与えられたのに対し、11日目(19回目〜24回目の刺激)のアデノシン放出は、アデノシン約400ng/日に落ち込んでいた。12日目に、各アデノシン埋め込み剤レシピエントにA1RアンタゴニストDPCPX(1mg/kg、腹腔内)を1回注射し、続いて、30分後に試験刺激を1回与えた。13日目に、DPCPXの不在下でこれらの各動物を再び試験した。これらの結果(図8A)から、アデノシン群においては、後発射および激しい震えは定期的に存在するものの、最初の13回の刺激の間、試験刺激によって誘発されるキンドリング発生が完全に抑制されることが実証される。
【0095】
対照埋め込み剤レシピエントと比べると、アデノシン埋め込み剤レシピエントは、この実験過程の間、キンドリングてんかん発生の顕著な抑制を示し続けた。埋め込み剤に由来するアデノシン放出の急減少に対応する11日目にのみ、ADO群においてキンドリング発生が進行し始めた。24回目の刺激時に、アデノシン埋め込み剤レシピエントの平均発作応答(ステージ1.25±0.7)は、対照群で観察された発作応答(ステージ3.3±1.2)より有意に(P<0.001)弱かった。発作抑制が発作原性の抑制によるのか(A1Rを活性化する埋め込み剤由来アデノシンによる)、またはてんかん発生の抑制によるのかを判定するために、DPCPXの存在下で25回目の刺激を与えた。結果として生じる発作応答(ステージ1.8±1.0)は、直前の24回目での発作応答(ステージ1.25±0.7; P=0.05)とごくわずかだけ異なっており、1日後に誘発した後続の26回目での発作応答(ステージ1.6±1.1;P=0.3)とは異なっていなかった。DPCPXは、キンドリング刺激とペアになって、完全にキンドリングされたラット(さもなければアデノシン放出脳埋め込み剤によって保護される)においてステージ5の発作を容易に誘発させるが (Boison et al., 43 Epilepsia 788-96 (2002); Guttinger et al., 193 Exp. Neurol. 53-64 (2005); Huber et al., 98 P.N.A.S. USA 7611-16 (2001))、本研究においては、DPCPXの存在下での試験刺激によって対照群に似た発作を誘発させることはできなかった。これらの結果から、アデノシン放出埋め込み剤レシピエントにおける発作スコアの減少は、アデノシン放出脳埋め込み剤の抗てんかん効果に関係している可能性があることが示される。
【0096】
アデノシンが有し得る抗てんかん効果をさらに研究するために、実験2b(図3B)では、キンドリング刺激とポリマーの個々のアデノシン放出プロファイルを組にした。電極を埋め込む日に、アデノシン放出ポリマー(n=5)または対照ポリマー(n=7)を2つのラット群に埋め込んだ。ポリマーがアデノシン1000ng/日の安定な放出速度を与える時間枠の間(4日目〜8日目、刺激6回/日)、1回目のセットとしてキンドリング刺激30回を送達した。これらの予めキンドリングされたラットにおいて、動物すべてが完全にキンドリングされるまでポリマーの消尽期の間(18日目〜21日目)に追加刺激を送達するために、9日間の中断後、キンドリングを再開した。実験2aからの知見と一致して、アデノシン放出埋め込み剤のレシピエントは、最初の5日間の刺激の間に、キンドリング発生の強い抑制を示した(図8B)。30回の刺激の後でさえ、これらの動物は、けいれん発作から保護され続け、ポリマー埋め込み後8日目に、平均発作スコア1.3±0.5で反応した。一方、同じようにキンドリングされた対照埋め込み剤レシピエントは、その時点で、ステージ4またはステージ5の発作で再現可能に反応した(ポリマー埋め込み後8日目、刺激30回の時点で平均発作スコア4.9±0.4)。この初期の発作評価の後、続く9日間は、動物をいかなる追加刺激にも供さなかった。対照動物のすべてがステージ4およびステージ5の発作を示し続けた18日目に、キンドリングを再開した。一方、アデノシン放出ポリマーレシピエントにおけるキンドリングは、キンドリングを中断した際の発作スコアに似たレベルであるステージ0〜ステージ1のスコア(平均スコアは0.5±0.6)で再開した(図8B)。
【0097】
続いて、これらの動物は、ポリマー埋め込み後20日目および21日目にステージ4〜5のスコアに達するまで、発作重症度を徐々に上昇させながら応答した。このキンドリング曲線は、右にシフトしているものの、対照埋め込み剤のレシピエントのキンドリング曲線に類似していた。ADO処置ラットにおいて、対照動物のものに匹敵する発作ステージを誘発するための薬物無し後発射の回数は、それらの対照ラットよりも少なかったが、アデノシン送達期の間にいくらかてんかん発生が起こっていたことが示された(Silver et al., 1991)。まとめると、実験2Aおよび実験2Bから、局所的アデノシン送達が抗てんかん効果をいくらか発揮することが示唆される。
【0098】
実施例17 アデノシンの局所放出は、後発射の発現に影響を及ぼさない
アデノシン埋め込み剤レシピエントに送達される刺激は、この阻害性調整物質の存在下でてんかん発生を誘発するには不十分であるという可能性を除外するために、アデノシン放出埋め込み剤レシピエントまたは対照埋め込み剤レシピエントにおける電気記録的後発射を、キンドリング開始時および5日目のキンドリング(すなわち、ポリマー埋め込み後8日目)の間に定量した。これは、対照動物がほぼ完全にキンドリングされたのに対し、アデノシン埋め込み剤レシピエントはステージ1より先の発作に進行しなかった時点である。データ(図9)から、1日目のキンドリング(=ポリマー埋め込み後4日目)の間、両方の動物群の後発射持続期間は最初はほぼ同一であったことが実証される(対照動物での71±16秒に対し、ADOポリマーレシピエントでは73±20秒; P>0.05)。これらのデータから、これらのポリマーからのアデノシン放出は、てんかん誘発性後発射の発現に影響を及ぼさなかったことが示される。ADOポリマーレシピエントにおける後発射持続期間は、最初の5日間のキンドリングの間、かなり一定のままであった。5日目のキンドリングの間の後発射持続期間の平均は、AOD群では73±14秒(図9)になったのに対し、対照群の後発射持続期間は、84±17秒に伸びていた。
【0099】
実施例18 インビボにおける4週間後の絹ベース脳埋め込み剤の分解
前述のアデノシン放出速度論および本研究で使用した埋め込み剤の時間的に制限された治療的有効性から、速くて一定なアデノシンの初期放出速度が、経時的な埋め込み剤の分解に関連していること示唆された。したがって、アデノシン放出絹ベースポリマーを、起こり得る分解プロセスを評価するための厳密解析に供した。移植前のアデノシン添加ポリマーまたはインビボで4週間経過後に回収したアデノシン添加ポリマーの切片(5μm)(それぞれN=6)をImage J解析に供して、小孔の総表面積(単位:ピクセル)と埋め込み剤の総表面積(単位:ピクセル)の比を算出した(図11A、11B)。埋め込み前、表面積解析に基づく絹埋め込み剤の平均空隙率は41.1%であった。これは、埋め込み後50.9%まで上昇した(表4、実施例14、前記)。絹埋め込み剤は、インビボで4週間経過後、平均で9.8%多い小孔表面積を示したことから、これらのポリマーの分解がラット脳中で起こっていることが示された。インビボでの実験の完了後、すべてのラット脳を組織学的解析に供して、電極位置およびポリマー位置を確認した。埋め込み後4週目に、ある程度分解したポリマーは依然として、刺激された海馬の極めて近くに位置していた(図11C)。埋め込み剤をより細密に検査することにより(図11D)、スキャフォルドの構造完全性の喪失に基づいた分解徴候が明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絹フィブロインベースの送達系およびアデノシンを含む、脳中にアデノシンを局所投与するための組成物であって、発作を軽減するか、またはてんかん発生を予防する組成物。
【請求項2】
前記系が、約50ng/日〜約10mg/日のアデノシンを送達する、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
前記系が、約200ng/日以上、約5mg/日以下のアデノシンを送達する、請求項2記載の組成物。
【請求項4】
前記系が、約1mg/日以上、約10mg/日以下のアデノシンを送達する、請求項1記載の組成物。
【請求項5】
絹フィブロインおよびアデノシンを含む、脳中に配置するための生体適合性で生分解性の埋め込み剤であって、埋め込まれると、少なくとも8日間連続して、約1mg/日以上、約10mg/日以下のアデノシンを放出する、埋め込み剤。
【請求項6】
絹フィブロインおよびアデノシンを含む、脳中に配置するための生体適合性で生分解性の埋め込み剤であって、埋め込まれると、少なくとも8日間連続して、約800ng/日以上、約1100ng/日以下のアデノシンを放出する、埋め込み剤。
【請求項7】
絹フィブロインおよびアデノシンを含む、脳中に配置するための生体適合性で生分解性の埋め込み剤であって、埋め込まれると、少なくとも8日間連続して、約200ng/日以上、約5mg/日以下のアデノシンを放出する、埋め込み剤。
【請求項8】
徐放性の絹ベースのアデノシン送達系においてアデノシンを局所的に投与する段階を含む、てんかんを治療するか、またはてんかん発生を予防する方法。
【請求項9】
前記送達系が、約50ng/日以上、約50mg/日以下のアデノシンを放出する、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記送達系が、約200ng/日以上、約5mg/日以下のアデノシンを放出する、請求項9記載の方法。
【請求項12】
前記送達系が、少なくとも約1mg/日以上、約10mg/日以下のアデノシンを放出する、請求項9記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公表番号】特表2011−520912(P2011−520912A)
【公表日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−509734(P2011−509734)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【国際出願番号】PCT/US2009/044117
【国際公開番号】WO2009/140588
【国際公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【出願人】(510300430)トラスティーズ オブ タフツ カレッジ (12)
【Fターム(参考)】