説明

絹繊維品のプリーツ加工方法及び絹繊維品のプリーツ加工品

【課題】絹繊維品本来の特性を損なうことなく、プリーツの保持性が優れる絹繊維織物等の絹繊維品のプリーツ加工方法及びそのプリーツ加工品を提供することである。
【解決手段】絹繊維品に繊維加工用の薬剤として膨潤剤のみを付与した後、プリーツを形成し、その後、湿熱処理をしてプリーツを固定させることで、絹繊維品本来の特性を損なうことなく、プリーツの保持性にも優れるプリーツ加工品が提供可能となる。また、繊維加工用の薬剤として膨潤剤のみを付与し、湿熱処理によってプリーツ加工をすることで、加工工程が非常に簡単、容易になり、複雑な加工工程を経ることなく、簡素且つ容易に行え、安全性も高い。膨潤剤としては尿素、炭素原子数が2〜4の多価アルコール、ジメチルスルホキシドなどを使用すれば良い。尿素は固体であるため、水溶液として使用すれば絹繊維に浸透しやすくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絹繊維品にプリーツを形成してプリーツを固定するためのプリーツ加工方法及びプリーツが形成、固定された絹繊維品のプリーツ加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
編織物には、機能性やファッション性(デザイン性)を高めるために、防縮加工、形態安定(防しわ加工)、プリーツ加工(ヒダ、折り目をつける加工)などの種々の加工が施されている。
これらの加工のうち、プリーツ加工はスカートやブラウスなどの製品に多く施されており、人気も高く需要も大きい。
【0003】
一般的に、プリーツ加工は、以下のような方法で行われている。
熱可塑性を有するポリエステルなどの合成繊維織物やジスルフィド結合を有する毛織物の場合は、それぞれ加熱処理や化学薬品(還元処理)の利用によって繊維内部の結合破壊が起こり、変形後に冷却や酸化処理によって再び結合が生成することで、耐久性のあるプリーツ加工が可能である。
【0004】
一方、天然繊維織物のうち、絹繊維織物は他の繊維織物に比べて優れた風合いや光沢を持っているため、高級感があり、絹製のスカートやブラウスなどの人気は高い。したがって、従来から、絹繊維織物へのプリーツ加工の要望は高い。
【0005】
絹繊維は吸水すると膨潤するために、繊維内部の水素結合や疎水性結合などが切断して繊維の可塑性が増大する。したがって、絹繊維織物に湿熱処理を行うことで、織物の変形が可能となり、新たな位置で再び結合が生成されるためプリーツ加工が可能である。しかし、加工しても再び吸水、吸湿することで可塑性が増大し、折角付けたプリーツが簡単に消失してしまう。
【0006】
化学繊維の多くは上述のように熱可塑性を応用したり、毛や綿の場合はそれぞれ特殊な薬品によって加工が行われたりするが、絹繊維の場合は、有効な加工技術が開発されておらず、下記の樹脂加工又は撥水加工の利用によって、プリーツ加工が行われている。
【0007】
樹脂加工を利用する場合は、プリーツが折り込まれた状態の絹繊維織物を樹脂で固めることでプリーツを固定させる。具体的には、プリーツが折り込まれる前に樹脂液を付与し、プリーツを折り込んだ後、熱処理をする。そして、繊維内部での架橋生成や繊維表面を被覆することで、繊維の形態変化を抑制し、プリーツ保持効果が得られる。
【0008】
例えば、架橋薬剤を使用する薬剤加工の例として、下記特許文献1や特許文献2に記載の方法がある。
下記特許文献1に記載の方法は、天然繊維材料と親水性の置換基を有するジ−ハロゲノ−S−トリアジン系化合物とを高温で反応させる際に架橋補助剤を併用して加熱処理することで耐久性のあるプリーツ加工を施す方法である。繊維内部での架橋生成や繊維表面を被覆することで、繊維の形態変化を抑制している。
【0009】
また、下記特許文献2には、ジ−クロル−S−トリアジン系化合物と尿素と酸結合材を天然繊維材料に付与して予備乾燥後、蒸気加熱又は乾熱加熱することによってプリーツ加工を施す方法が開示されている。薬剤を付与する際に高濃度の尿素を使用することで、半乾燥の工程を経ずに予備乾燥を十分行うことを可能として布の取り扱いを容易にしている。
【0010】
また、撥水加工を利用する場合は、撥水加工を施した絹繊維織物にプリーツ加工することで、撥水剤や加工した絹繊維が水をはじくことから、吸水による可塑性の増大を防止してプリーツを保持している。例えば、下記特許文献3に記載の方法がある。
【0011】
この方法は、フッ素系樹脂液に浸漬して、撥水加工を施したシルク100パーセントの生地にプリーツを折り込み、窯に入れて95度から105度の蒸気を約40分間当てる方法であり、フッ素系樹脂による撥水加工を施した絹繊維織物にプリーツ加工をすることで、水によってもプリーツがとれにくくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2003−49363号公報
【特許文献2】特開2004−332184号公報
【特許文献3】特開2002−371460号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のように、絹繊維織物に湿熱処理を行う方法では、プリーツ加工後に絹繊維織物が水に濡れると、折角付けたプリーツが消失してしまうという問題がある。
また、樹脂加工を利用した場合では、絹繊維織物の硬化が問題となる。樹脂加工の場合は、加工することで、水や物理的作用による繊維の形態変化を抑制しているため、プリーツが保持される。しかし、絹繊維織物の繊維の形態変化を抑制していることから絹繊維品本来の風合いが阻害されてしまう。絹の特性の一つとして柔らかさが挙げられるが、樹脂加工によって絹繊維品本来の柔らかさが失われてしまうという問題がある。また、薬剤を使用することで、加工工程が複雑になることや使用する薬剤の安全性の問題も残る。
【0014】
そして、撥水加工を利用した場合では、湿熱処理の場合と比べると、ある程度は水に濡れてもプリーツが保持されやすい。しかし、撥水効果の持続性に問題があり、撥水効果がなくなれば、湿熱処理の場合と同様に、プリーツが消失してしまうという問題がある。また、撥水加工をした後、プリーツ加工をするという2段階の加工工程を経ることから、加工工程が複雑となる。
【0015】
そこで、本発明の課題は、上記問題点を解決することであり、絹繊維品本来の特性を損なうことなく、プリーツの保持性が優れる絹繊維織物等の絹繊維品のプリーツ加工方法及びそのプリーツ加工品を提供することである。
【0016】
また、本発明の課題は、複雑な加工工程を経ることなく、簡素且つ容易に行え、安全性の面でも優れる絹繊維品のプリーツ加工方法及びそのプリーツ加工品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、具体的には以下のような構成を採用することにより達成できる。
請求項1記載の発明は、絹繊維品に繊維加工用の薬剤として膨潤剤のみを付与した後、プリーツを形成し、その後、湿熱処理をしてプリーツを固定させる絹繊維品のプリーツ加工方法である。
請求項2記載の発明は、前記膨潤剤として、尿素、炭素原子数が2〜4の多価アルコール、ジメチルスルホキシドのうち少なくとも一種を使用する請求項1記載の絹繊維品のプリーツ加工方法である。
【0018】
請求項3記載の発明は、前記膨潤剤に尿素を使用する場合は、水溶液にして使用する請求項2記載の絹繊維品のプリーツ加工方法である。
請求項4記載の発明は、前記湿熱処理には、スチームプレス機、蒸気加熱機のうちいずれか一つの装置を使用する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の絹繊維品のプリーツ加工方法である。
【0019】
請求項5記載の発明は、絹繊維品に繊維加工用の薬剤として膨潤剤のみが付与された状態でプリーツが形成され、該プリーツが湿熱処理により固定された絹繊維品のプリーツ加工品である。
請求項6記載の発明は、前記膨潤剤は尿素、炭素原子数が2〜4の多価アルコール、ジメチルスルホキシドのうち少なくとも一種である請求項5記載の絹繊維品のプリーツ加工品である。
【0020】
請求項7記載の発明は、前記膨潤剤が尿素の場合は、尿素水溶液である請求項6に記載の絹繊維品のプリーツ加工品である。
請求項8記載の発明は、スチームプレス機、蒸気加熱機のうちいずれか一つの装置によって湿熱処理がされた請求項5から請求項7のいずれか1項に記載の絹繊維品のプリーツ加工品である。
【0021】
(作用)
上述のように、絹繊維は吸水すると膨潤するために、繊維内部の水素結合や疎水性結合などが切断して繊維の可塑性が増大する。したがって、絹繊維織物に湿熱処理を行うことで、織物の変形が可能となり、新たな位置で再び結合が生成されるためプリーツ加工が可能である。しかし、加工しても再び吸水、吸湿することで可塑性が増大し、折角付けたプリーツが簡単に消失してしまう。
【0022】
湿熱処理では、絹繊維織物を水に浸した後、脱水してプリーツを形成し、蒸気を当てながら、プリーツを固定するが、水の場合は蒸発しやすいため、湿熱処理の際に絹繊維の内部にとどまらず、可塑性が増大した状態を保持できない。したがって、湿熱処理による絹繊維内部の変形が小さいことが考えられる。そして、このように絹繊維内部の変形が小さいと、プリーツ加工をしてもしっかりと固定されず、加工後の吸水によってプリーツが簡単に消失してしまうものと思われる。
【0023】
そこで、本発明者らは、水よりも蒸発しにくく、絹繊維の内部にとどまるような物質(化合物等)を用いて、絹繊維の可塑性を増大させることができれば、プリーツ加工をしても、簡単にプリーツが消失しないのではないかと推測した。絹繊維の場合、羊毛繊維に比べて公定水分率は低いものの、湿度80%以上の高湿度条件下では、膨潤度は著しく増大する。
【0024】
本発明者らはこの点に着目し、鋭意研究の結果、膨潤剤を絹繊維織物などの絹繊維品に付与した後、プリーツを形成し、湿熱処理によってプリーツを固定すれば、プリーツの保持性が良好になることを見出し、本発明を完成させた。
【0025】
繊維の染色加工では、膨潤剤が染色剤の助剤として使用されているが、これは膨潤剤が繊維の内部にまで浸透することで染色剤の浸透を助ける働きをするからである。絹繊維は結晶、非結晶部分の領域の比率が1:1であり、非結晶部分の領域に薬剤が侵入し、作用する。非結晶部分の領域は絹繊維の表面から内部まで分布しており、それが薬剤を繊維内へ拡散する道となる。膨潤剤はこの非結晶部分の領域等の繊維の空間に入り込み、繊維を膨潤状態にする作用があるため、絹繊維の可塑性を増大させることができる。絹繊維を膨潤させることが目的であるため、他の繊維加工用の薬剤は必要ない。また、絹繊維の膨潤剤として用いられる薬剤は水と比較して沸点が高いため、湿熱処理中に比較的長く繊維にとどまることができる。
【0026】
なお、繊維加工用の薬剤とは、繊維成分以外の成分から構成される物質で、水は含まない。一般的に繊維の加工に使用される薬剤として、染料、顔料、還元剤、酸化剤、仕上げ加工剤(柔軟剤、帯電防止剤、撥水剤、防炎剤、染色堅ろう度向上剤)、機能性加工剤(形態安定加工剤、抗菌剤、防かび剤、紫外線カット加工剤、スキンケア加工剤)などがある。
【0027】
また、膨潤剤とは一般的に極性の強い薬剤を指す。そのため、種類は豊富にあるが、繊維加工用の薬剤から膨潤剤を選択すると、尿素、エチレングリコールやグリセリンなどの炭素原子数が2〜4の多価アルコールが挙げられる。
また、絹繊維を膨潤させる力が強い薬剤としてはジメチルスルホキシドがある。
【0028】
絹繊維は分子鎖同士が結合しており、膨潤剤が繊維内部に侵入することで、分子鎖の移動を可能とする。膨潤剤を使用することで、水のみを用いる湿熱処理に比べて、広い範囲の分子鎖の移動が可能となる。また、絹繊維の膨潤剤として使用する薬剤は吸湿作用を持つため、湿熱処理の際、絹繊維に通常より多くの水を包含させることができる。その状態で湿熱処理によりプリーツを折り込み、プリーツの固定後に水洗等によって膨潤剤を洗い流す。湿熱処理や水洗によって分子鎖が再結合することで、プリーツが強固に固定される。
【0029】
なお、水洗は必要な場合と必要でない場合がある。必要な場合は、膨潤剤の絹繊維への残留量が多い場合である。膨潤剤の残留量が多いと、繊維の可塑性が高いために折角付けたプリーツが消失するおそれがあるためである。したがって、膨潤剤の絹繊維への残留量が少なければ、特に水洗は必要でない。
【0030】
本発明による方法は、絹繊維に膨潤剤を付与せずに湿熱処理をするプリーツ加工方法と比べて、絹繊維の可塑性を増大させる効果が大きく、加工後に吸水してもプリーツは簡単に消失しない。
【0031】
樹脂加工を利用したプリーツ加工では絹繊維織物の硬化等の問題、撥水加工を利用したプリーツ加工ではプリーツ持続性等の問題などがあるが、請求項1又は請求項5記載の発明によれば、絹繊維が本来持っている結合を利用しているため、絹繊維品本来の特性を損なうことなく、プリーツの保持性にも優れる絹繊維品の提供が可能となる。また、繊維加工用の薬剤として膨潤剤のみを付与し、湿熱処理によってプリーツ加工をすることで、加工工程が非常に簡単、容易になり、複雑な加工工程を経ることなく、簡素且つ容易に行える。
【0032】
そして、使用する膨潤剤としては、入手しやすく、安全性の高いものが好ましい。
したがって、請求項2又は請求項6記載の発明によれば、上記請求項1又は請求項5に記載の発明の作用に加えて、尿素、炭素原子数が2〜4の多価アルコール、ジメチルスルホキシドなどを使用すれば、これらの化合物は水と比べて揮発しにくいため、繊維の内部に入り込み、可塑性が増大している状態を保ちやすい。
【0033】
膨潤剤を繊維に付与する際は、繊維内部に浸透させる必要がある。膨潤剤が液体の場合は、絹織物を膨潤剤に浸漬することで浸透させることができる。そして、上記化合物のうち、尿素は固体であるため、絹繊維の内部に侵入させることは難しいが、尿素水溶液として使用すれば絹繊維の内部に侵入させることができる。その水溶液濃度は高いほど優れたプリーツ保持性が得られる。尿素は他の化合物に比べて経済的であり、固体であるため扱いやすく、また安全性が高いので好適である。
【0034】
したがって、請求項3又は請求項7記載の発明によれば、上記請求項2又は請求項6に記載の発明の作用に加えて、尿素を水溶液として使用することで、絹繊維の内部に侵入させることができる。
なお、湿熱処理では、蒸気を当てながらプリーツの固定が行われるが、その工程には絹織物に蒸気を当てながら熱処理することが可能な繊維加工用の装置を用いる。具体的には、スチームプレス機や蒸気加熱機を使用することでプリーツが固定されやすい。
【0035】
したがって、請求項4又は請求項8記載の発明によれば、上記請求項1から3のいずれか1項、上記請求項5から7のいずれか1項に記載の発明の作用に加えて、プリーツの固定が強固にできる。
【発明の効果】
【0036】
本発明は、絹繊維品のプリーツ加工に非常に有効であり、絹繊維品本来の特性を損なうことなく、プリーツの保持性にも優れるという効果を有する。
請求項1又は請求項5記載の発明によれば、他の繊維加工用の薬剤を使用せず、膨潤剤のみを絹繊維品に付与し、湿熱処理をすることで、可塑性が増大した状態の絹織物に対し、湿熱処理によるプリーツ加工ができる。したがって、簡単、容易に絹繊維品本来の特性を損なうことなく、プリーツの保持性にも優れるプリーツ加工が可能となり、吸水、吸湿によるプリーツの消失を抑制することができる。
【0037】
請求項2又は請求項6記載の発明によれば、上記請求項1又は請求項5に記載の発明の効果に加えて、より膨潤効果が高い膨潤剤の使用によって、プリーツの保持性を高めることができる。
【0038】
請求項3又は請求項7記載の発明によれば、上記請求項2又は請求項6に記載の発明の効果に加えて、プリーツの保持性を高めるのみならず、特に経済性や安全性などの面でも優れる。
【0039】
請求項4又は請求項8記載の発明によれば、上記請求項1から3のいずれか1項、上記請求項5から7のいずれか1項に記載の発明の効果に加えて、プリーツの固定が強固になることで、プリーツの保持性も高まる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の実施形態による膨潤剤を使用した場合と他の方法(比較例)による場合のプリーツ性(級)と剛軟性(N)を示した表である。
【図2】湿熱処理の時間を変えた場合の各膨潤剤の付着率を示した図である。
【図3】尿素水溶液(膨潤剤)の濃度とプリーツ性との関係を示した図である。
【図4】セット温度とセット時間を変えた場合のプリーツ性を示した図である。
【図5】セット温度とセット時間を変えた場合の白色度指数を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明の実施形態を説明する。
加工用の原布として、絹羽二重14匁(糸の太さが縦糸2.3tex×3、横糸2.3tex×4、織密度が縦264本/5cm、横190本/5cmのもの)を用いて、以下の処理を施した。なお、本発明で使用する絹繊維品は、絹繊維を素材としたものであれば良く、織物、編み物、又は不織布でも良い。そして、製品のみならず、半製品や原材料でもかまわない。また、tex(テックス)とは、糸の太さを表す単位で、単位長さ1000m当たりの糸の重さが1gのものを1テックスと言う。
【0042】
加工用の原布を、尿素水溶液(固体を40質量%水溶液にしたもの、固体は関東化学(株)製、1級の試薬を使用、以下、%は質量%を示す)、エチレングリコール(関東化学(株)製、1級)、ジメチルスルホキシド(関東化学(株)製、1級)の3種類の液にそれぞれ5分間浸漬した。各液の温度は80度とした。
【0043】
なお、極性の強い薬剤は、絹繊維に膨潤剤として作用する。膨潤剤としては、これら尿素、エチレングリコール、ジメチルスルホキシドの他に、例えばグリセリン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドンなどを使用しても良い。
【0044】
プリーツ加工に利用可能な薬剤は、絹繊維を膨潤させることができ、かつプリーツの固定時に絹繊維(織物)に長く残留でき、酸やアルカリではなく、繊維内部に浸入する程度の分子量のものである。その条件として必要な性能は、極性の強さや沸点、分解温度、pH、分子量などが関連してくる。沸点や分解温度は膨潤剤が繊維の内部にとどまるように高いものが良く、pHは繊維を傷めないように中性が良く、分子量は大きいと繊維の内部に浸透しにくいためあまり大きくないものが良い。
【0045】
これらの中でも、尿素、エチレングリコール、ジメチルスルホキシドは、入手しやすく安全性も高いため、好適である。また、尿素は固体であるため、エチレングリコールやジメチルスルホキシドに混ぜて使用することで、二種以上の膨潤剤を絹繊維に付与することも可能である。更に、尿素水溶液とエチレングリコールとジメチルスルホキシドのうち二種以上を混合しても良い。
【0046】
そして、加工用の原布を各膨潤剤の液に浸漬後、遠心分離機(国産遠心機(株)製、小型脱水機 型式H120A)により3000rpmで5分間脱水した後、プリーツを折り込み、乾熱プレス機(アサヒ繊維機械(株)製、全自動型平プレス デジタル型 型式AF−126IIF型)で130度、30秒間の条件でプレスし、ホフマンプレス機((株)イツミ製作所製、型式NAP−406SP)により、130度、30分間の条件で蒸気を当てながら湿熱処理を行ってプリーツを固定(プリーツセットとも言う)した。
【0047】
なお、プリーツの形成方法は、型紙に布地を挟んでプリーツを折り込んでいき固定する方法もある。
また、湿熱処理で使用する装置としては、スチームプレス機や蒸気加熱機があり、ホフマンプレス機の他に、蒸し箱やスチームセッターを使用しても良い。
【0048】
蒸し箱とは、箱の中に蒸気を充満させることができる機械であり、繊維製品に蒸気を当てながら熱処理するものである。スチームセッターとは、密閉容器の中に蒸気を充満させることができる機械であり、耐圧型になっているため、真空状態にして温度を100度以上の高温に設定できる。スチームプレス機とは、ホフマンプレス機のように繊維製品に蒸気を当てながらプレスする機械である。スチームプレス機はプレスする圧力を一定にできるため、加工品の性能(プリーツ性)に誤差が出にくく、好適である。
【0049】
最後に、ノニオン系界面活性剤(第一工業製薬株式会社製 商品名 ノイゲン)を用いて洗浄し、試料に供した。洗浄の条件として、界面活性剤を1g/L溶かした40度の水浴を使用し、30分程度の振り洗いにより膨潤剤を洗い流した。
【0050】
一方、比較例として同じ原布に湿熱加工(プリーツを形成し、湿熱処理のみ行う加工)、樹脂加工、撥水加工を行った。
湿熱加工では、膨潤剤を付与した工程を除いて、上記と同様の方法、条件とした。
【0051】
樹脂加工では、原布を樹脂液(樹脂60%、触媒18%、水22%)に浸漬し、マングルを用いて絞り率が100%になるように絞った。樹脂はグリオキザール系加工剤(DIC社製 ベッカミン NS−210L)を、触媒は複合金属塩タイプ(DIC社製 キャタリスト X−60)を用いた。その後、送風乾燥機を用いて100度、1分間乾燥した。乾燥した絹織物にプリーツを折り込み、前記乾熱プレス機で150度、3分間の条件でプレスし、最後に前記ノニオン系界面活性剤を1g/L溶かした40度の水浴で洗浄し、試料に供した。
【0052】
撥水加工では、原布をフッ素系撥水剤(旭硝子(株)製 AG−E081)の撥水剤水溶液(5%)に浸漬し、マングルを用いて絞り率が100%になるように絞った。その後、送風乾燥機を用いて110度、1分30秒間乾燥した。乾燥した絹織物にプリーツを折り込み、前記乾熱プレス機で約170度、1分間の条件でプレスし、前記ホフマンプレス機により、130度、30分間の条件で蒸気を当てながら湿熱処理を行ってプリーツを固定した。最後に前記ノニオン系界面活性剤を1g/L溶かした40度の水浴で洗浄し、試料に供した。
【0053】
図1には、上記の加工方法による結果を示す。本実施形態による加工方法(各膨潤剤を使用した場合)と従来の加工方法(比較例)によるプリーツ性(級)と剛軟性(N)を表に示した。
プリーツ性はプリーツの保持性の指標となり、剛軟性は絹繊維品本来の特性である風合いや柔らかさの指標となる。プリーツ性の等級が大きいとプリーツの保持性が良く、プリーツ性の等級が小さいとプリーツの保持性が悪くなる。また、剛軟性が大きいと硬くなり、剛軟性が小さいと柔らかくなる。
【0054】
プリーツの保持性の評価となるプリーツ性試験は、JIS L1060:2006 7.3のC法(外観判定法)により行った。試料をJIS L0217:1995の付表1(106法)による方法で1回洗濯し、ろ紙で吸水後、スクリーンメッシュ上で乾燥した処理後の織物の表面変化をAATCC(American Association of Textile Chemists and Colorists)のCREASE APPEARANCE REPLICASで等級判定した。
プリーツ性は衣料品メーカの一般的な取引基準が3級であるため、この値を目標値とした。
【0055】
そして、風合いの評価となる剛軟性試験は、JIS L1096:2010 8.19.5のE法(ハンドルオメータ法)により行った。この方法は、織物を折り曲げる際の抵抗値を測定する方法であり、数値が小さいほど柔らかいと言える。未加工の原布が0.2Nであるため、この値を目標値とした。
【0056】
図1に示すように、樹脂加工の場合、プリーツ性は良いが、剛軟性が大きい。撥水加工や湿熱加工では、剛軟性は小さいが、プリーツ性が良くない。
【0057】
一方、尿素、エチレングリコール(以下、EGと略す)、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略す)等の膨潤剤を付与した場合は、剛軟性とプリーツ性が共に良く目標値を超えており、すなわち風合いや柔らかさとプリーツの保持性が共に良好であった。特に、尿素を使用した場合は、プリーツの保持性が樹脂加工と同程度に高く、好適である。また、図1には示していないが、尿素を使用した場合は、洗濯10回後でも3.8(級)と良好な結果であった。
【0058】
図2には、湿熱処理の時間を変えた場合の各膨潤剤の付着率を示す。
この図では、ホフマンプレス機によるセット時間が5、10、20、30分のときの各膨潤剤の付着率を示している。なお、セット温度は130度とした。また、膨潤剤の付着率は、(膨潤剤の質量×100)/(繊維の質量+膨潤剤の質量)から求めた。
【0059】
図2によれば、図1のプリーツの保持性の結果と同様に、尿素、EG、DMSOの順に高い付着率を示した。プリーツセット中の膨潤剤の付着率が高いほど絹繊維の可塑性が増大した状態を長く保ち、保持性のあるプリーツが形成されたと推測される。一方、膨潤剤の付着率は、セット後すぐに低下したことから、膨潤剤は、湿熱処理によるプリーツの固定の際に揮発して繊維から抜けたと考えられる。したがって、湿熱処理後の洗浄工程は特に必要ではないと言える。
【0060】
そして、これらの結果から効果の高かった尿素水溶液の濃度を検討した結果を図3に示す。
図3には、尿素水溶液濃度(5%、10%、20%、30%、40%)とプリーツ性(級)との関係を示す。尿素の濃度を変えた以外は、図1の場合と同様の方法、条件とした。また、プリーツ性も図1の場合と同様の方法、条件で測定した。
【0061】
図3によれば、尿素水溶液濃度が高いほど、プリーツの保持性が良いことが分かる。なお、尿素水溶液濃度40%が0度における飽和濃度である。
【0062】
そして、図4には、図3から効果の高かった尿素水溶液濃度40%におけるセット温度とセット時間を変えた場合のプリーツ性(級)を示す。
図4のプリーツ性試験は、ホフマンプレス機による湿熱処理をセット温度130度、140度、150度(3種類)、セット時間5分、10分、20分、30分、40分(5種類)の条件で行った。
【0063】
図4によれば、セット時間が長いほどプリーツの保持性が良いことが分かる。しかし、セット時間が30分を超えると横ばいになり、セット温度が130度の時に高い値を示したことから、セット温度を130度とし、セット時間は30分程度にすれば良い。
また、絹繊維は熱の影響により黄変しやすい性質を持つため、湿熱処理による影響を検討した。
【0064】
図5には、尿素水溶液濃度40%におけるセット温度とセット時間を変えた場合の白色度指数を示す。図4の場合と同様にセット温度130度、140度、150度(3種類)、セット時間5分、10分、20分、30分、40分(5種類)の条件で行った。白色度指数の評価はJIS Z 8722:2009により行った。測定条件は、分光光度計(エックスライト社製、型式Macbeth Ci5)を用いて、Sa(測定方法の種類)、D−n(照明及び受光の幾何学的条件)、W10(計算に用いた波長間隔)の条件でW10(白色度指数)を測定した。一つの試料につき3箇所測定し、その平均値を算出した。
【0065】
図5によれば、セット温度が高く、セット時間が長いほど、白色度指数が下がることが分かる。したがって、膨潤剤付与後の湿熱処理では、なるべくセット温度が低く、セット時間が短い方が良い。
【0066】
以上の結果から、特に膨潤剤として尿素水溶液濃度40%を使用し、湿熱処理におけるセット温度を130度、セット時間を30分とすれば、絹繊維品本来の風合いや柔らかさを保ちつつ、プリーツの保持性にも優れるというプリーツ加工を効率よく行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、絹繊維以外の繊維のプリーツ加工にも利用可能性がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絹繊維品に繊維加工用の薬剤として膨潤剤のみを付与した後、プリーツを形成し、その後、湿熱処理をしてプリーツを固定させることを特徴とする絹繊維品のプリーツ加工方法。
【請求項2】
前記膨潤剤として、尿素、炭素原子数が2〜4の多価アルコール、ジメチルスルホキシドのうち少なくとも一種を使用することを特徴とする請求項1記載の絹繊維品のプリーツ加工方法。
【請求項3】
前記膨潤剤に尿素を使用する場合は、水溶液にして使用することを特徴とする請求項2記載の絹繊維品のプリーツ加工方法。
【請求項4】
前記湿熱処理には、スチームプレス機、蒸気加熱機のうちいずれか一つの装置を使用することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の絹繊維品のプリーツ加工方法。
【請求項5】
絹繊維品に繊維加工用の薬剤として膨潤剤のみが付与された状態でプリーツが形成され、該プリーツが湿熱処理により固定されたことを特徴とする絹繊維品のプリーツ加工品。
【請求項6】
前記膨潤剤は尿素、炭素原子数が2〜4の多価アルコール、ジメチルスルホキシドのうち少なくとも一種であることを特徴とする請求項5記載の絹繊維品のプリーツ加工品。
【請求項7】
前記膨潤剤が尿素の場合は、尿素水溶液であることを特徴とする請求項6に記載の絹繊維品のプリーツ加工品。
【請求項8】
スチームプレス機、蒸気加熱機のうちいずれか一つの装置によって湿熱処理がされたことを特徴とする請求項5から請求項7のいずれか1項に記載の絹繊維品のプリーツ加工品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−7122(P2013−7122A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−138440(P2011−138440)
【出願日】平成23年6月22日(2011.6.22)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】