説明

網膜再生

ブルッフ膜の輸送特性の低下を反転させることによって網膜機能を改善させる網膜再生方法であって、その方法は、約10ps〜20μsの範囲内の継続時間で約500nm〜900nmの範囲内の波長の一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスによって、目の角膜を通して網膜色素上皮を照射することを含む。その方法は、隣接する網膜構造および層に不可逆的損傷をもたらすことなく、ブルッフ膜の透水係数を改善する細胞反応を誘発するように、網膜色素上皮細胞の損傷または変質をもたらす放射露光を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブルッフ膜の輸送特性を改善することによって人の目の網膜機能を改善する方法に関する。本発明は、疾病の病理発生の一部としてブルッフ膜の機能が損なわれる早期の加齢黄斑変性(AMD)や糖尿病黄斑浮腫(DME)などの目の疾病に対する処置または加齢に関連する機能低下に対する処置において有益に使用され得る。ブルッフ膜の輸送特性は、移動および分裂を含む網膜色素上皮(RPE)細胞変化を誘発する処置によって改善される。
【背景技術】
【0002】
人網膜の光検知および信号送信プロセスは、最適機能を確保するために、エネルギー供給および老廃物除去の点で高いレベルのサポートを要求する。上皮細胞の単層(monolayer)は、網膜色素上皮(RPE)として知られており、光検知および信号送信プロセスを脈絡膜の血液供給から分離し、多くの双方向サポート機能を制御する。RPE細胞は、ブルッフ膜として知られる基底膜に付着する。ブルッフ膜は、RPE細胞と脈絡膜の血管との間の半浸透性バリアの役目を果たすコラーゲン層からなる薄い細胞外マトリクスである。長年にわたるMarshall,Hussain等の研究が示したところによれば、ブルッフ膜の輸送機能の低下は、通常の加齢に伴う視覚機能の喪失または減退、あるいは、加齢黄斑変性(AMD)などの疾病による、より迅速な減退の主要な一因であるということであり、以下の参考文献に十分に記載されている。
【0003】
Starita C1 Hussain A.A.,Marshall J.(1995).Decreasing hydraulic conductivity of Bruch’s membrane:relevance to photoreceptor survival and lipofuscinoses.American Journal of Medical Genetics.57(2):235−7頁。
【0004】
Moore DJ.,Hussain A.A.,Marshall J.(1995).Age−related variation in the hydraulic conductivity of Bruch’s membrane.Investigative Ophthalmology & Visual Science.36(7):1290−7頁。
【0005】
Starita C,Hussain A.A.,Pagliarini S.,Marshall J.(1996)Hydrodynamics of ageing Bruch’s membrane:implications for macular disease.Experimental Eye Research.62(5):565−72頁。
【0006】
Starita C,Hussain A.A.,Patmore A.,Marshall J.(1997)Localisation of the site of major resistance to fluid transport in Bruch’s membrane.Invest.Ophthalmol.Vis Sci.38:762−767頁。
【0007】
Marshall J.,Hussain A.A.,Starita C,Moore DJ.,Patmore A.L (1998).Ageing and Bruch’s membrane.In:Marmor MF ed.Retinal Pigment Epithelium:Function and disease.New York,Oxford University Press;669頁−692頁。
【0008】
Hussain AA.,Rowe L.,Marshall J.(2002)Age−related alterations in the diffusional transport of amino acids across the human Bruch’s−choroid complex.Journal of the Optical Society of America,A,Optics,Image Science,& Vision.19(1):166−72頁。
【0009】
Hussain AA.,Starita C,and Marshall J.著(2004)IV章.Transport characteristics of ageing human Bruch’s membrane:Implications for AMD.In Focus on Macular Degeneration Research,(O.R.loseliani編).59−113頁.New York所在のNova Science Publishers,Inc出版。
【0010】
Guo L.,Hussain AA.,Limb GA.,Marshall J (1999).Age−dependent variation in metalloproteinase activity of isolated human Bruch’s membrane and choroid.Investigative Ophthalmol.Vis Sci.40(11):2676−82頁。
【0011】
これらの輸送機能は出産から低下し始めるが、重篤な視覚喪失は、晩年になってRPE/ブルッフ膜/脈絡膜複合体がもはや神経網膜を維持できない点まで劣化して神経網膜の萎縮や脈絡膜新生血管(CNV)成長などのストレス誘導反応をもたらすようになるまで起こらない可能性がある。
【0012】
加齢による視覚喪失速度を遅くするために、食事内容および環境の変更が推奨されるが、直接的な処置は存在せず、AMDについてのほとんど全ての現在の処置は、CNVなどの晩期合併症を処置することに焦点が当てられる。CNVについての現在の処置は、(QLT Phototherapeutics Incに譲渡された米国特許第5756541号明細書に記載されるような)光感応性薬剤を経静脈的に投与した後にCNVを指向した光源によって活性化させる光線力学療法(PDT)や、新生血管成長を促進する増殖因子を抑制する(抗VEGF)薬剤の硝子体内注入を含む。
【0013】
糖尿病黄斑浮腫(DME)では、網膜血管からの流体漏出物は、網膜空間内、または、RPEと光受容器との界面に溜まる可能性がある。ブルッフ膜を通す輸送の低下のためにRPEがこの流体を取除くことができない場合、視覚喪失が起こる可能性がある。長期にわたる臨床試験が示すところによれば、早期のレーザ処置は、DMEによる重篤な視覚喪失のリスクを軽減する可能性があるものの、現在のレーザ処置は2次的損傷を引き起こすため、視覚中心(中心窩)の近傍での処置としては適さない。硝子体内抗VEGF薬剤は、漏出を止めたり低減するために最近使用されているが、既存の流体の蓄積を取除く能力を改善しない。
【0014】
主として組織を凝固させるというレーザの能力を利用して、網膜障害を処置するために長年にわたりレーザが使用されてきた。網膜層および構造内へのレーザエネルギー吸収の程度は、使用される波長に著しく依存し、網膜内の主要な吸収性発色団のうちの1つは、RPE細胞を着色するメラニンである。現在の網膜レーザは、RPE細胞のメラニンによって強く吸収される波長を使用するが、現在使用されているレーザパルスの継続時間は、RPE細胞から隣接構造への熱拡散時間を可能にし、特に、神経網膜に損傷を与え、処置部位における視覚機能の永久的な喪失をもたらす。
【0015】
AndersonおよびParrishは、1983年4月に、雑誌Scienceの第220巻において、選択的光加熱分解という考えを紹介した。その雑誌において、AndersonおよびParrishは、選択的に吸収される光放射の適切に短いパルスが、インビボの色素構造、細胞および細胞小器官に対して選択的な損傷を生じさせることができると教示した。選択的光加熱分解を実施するためのレーザデバイスは、その後、血管病変の処置方法を含めて、1989年3月に出願された米国特許第5066293号明細書に記載された。短レーザパルスの使用によって損傷を制限するというこの概念は、その後、RoiderおよびBirngruberによって網膜処置に適用されて「Spatial confinement of photo−coagulation effects using high repetition rate laser pulses」という名称の論文でthe Conference on Lasers and Electro−Optics(1990年5月)において発表された。その後、Roider,Norman,Flotte,およびBirngruberによって拡張されて、1992年4月に論文出版のために受理され、また、the Association for Research in Vision and Ophthalmologyの年会(1991年4月)において「Response of the Retinal Pigment Epithelium to Selective Photocoagulation」(Archives of Ophthalmology,Vol.110,1992年12月)という名称の論文として発表された。後者の論文では、上にある光受容器を大部分残したままでのRPEに対する選択的な損傷を、動物実験によって実証することができた。この技法は、選択的網膜治療(SRT)として知られるようになり、それ以来、RPE細胞を強制的に移動、分裂させることによって治療効果を生む目的で多数の晩期網膜疾病に適用されてきたが、成功に限界がある。その技法は、Linの米国特許出願公開第2004/0039378号明細書に十分に記載されている。Roider,Wirbelauer,LaquaおよびBirngruber(「Subthreshold photocoagulation in macular diseases:a pilot study」Br J Ophthalmol.2000年1月;84(1):40−7頁)は、小規模な臨床試験を実施して、短い継続時間のレーザパルスがRPE細胞内にエネルギーを封じ込めため及び神経網膜損傷を防止するために使用可能であることを実証した。
【0016】
米国特許出願公開第2005/0048044号明細書においてSchwartzは、ブルッフ膜の機能を改善する必要性を記載したが、記載された方法は、標的の膜上で活性化可能な薬剤を投与する点でPDTに類似している。一旦活性化されると、その薬剤は、膜の輸送特性を改善する目的で膜に対する組織分解作用を持つようになる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
(発明の目的)
本発明の目的は、ブルッフ膜の輸送特性を改善することによって人の目の網膜機能を改善する方法を提供することである。さらなる目的は、以下の説明から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0018】
(発明の開示)
一形態では、唯一である必要はなく実際には最も広い形態である必要はないが、本発明は、10ps〜20μsの範囲内のパルス継続時間を有する一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスによって目の角膜を通して網膜色素上皮を照射することによる網膜再生方法にある。
【0019】
1つまたは複数のレーザパルスは、好ましくは、500nm〜900nmの範囲内の波長を有する。532nmの波長が適している。
レーザパルスの放射露光は網膜色素上皮に効果を引き起こすのに足りる。
【0020】
さらなる形態では、本発明は、主としてブルッフ膜の輸送特性の低下を一部反転させることによって網膜機能を改善させる方法にあり、方法は、重篤な神経網膜またはRPEの損傷または出血の徴候を示していない網膜エリアを処置のために選択し、角膜を通して眼底に電磁放射を照射することを含むインターベンションを実施することを備え、この放射は、約10ps〜20μsの範囲内の継続時間で約500nm〜900nmの範囲内の波長の1または複数のパルスとして照射され、前記網膜色素上皮内に含まれる発色団内に吸収されたエネルギーを封じ込めさせるものであり、隣接する網膜構造および層に不可逆的損傷をもたらすことなく、ブルッフ膜の透水係数を改善する細胞反応を誘発するように、前記網膜色素上皮細胞の損傷または変質をもたらす放射露光が行われる。
【0021】
手技中に使用される放射露光は、優先的にパルス当たり10mJ/cm〜400mJ/cmの範囲にあり、この範囲は、網膜色素上皮細胞膜の最小の破裂による網膜色素上皮細胞の実質的な死滅を誘導するものである。
【0022】
本発明の理解を補助するために以下の図面を参照して好ましい実施形態を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】正常な人網膜の断面図である。
【図2】加齢および疾病によるブルッフ膜輸送特性の典型的な低下を示すグラフである。
【図3】ブルッフ膜輸送機能の低下を一部反転させる効果を示すグラフである。
【図4】網膜再生プロセスに含まれる基本ステップを示す一連のフロー図および処置に続く治癒反応の詳細な分解図である。
【図5】熱拡散による神経網膜損傷を示す人網膜の断面図である。
【図6】RPE内への熱封じ込めを示す人網膜の断面図である。
【図7】人ドナーブルッフ膜の測定された透水係数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1に人網膜の画像が示される。ブルッフ膜1は、RPE2と脈絡膜3との間に位置する。上述したように、ブルッフ膜は、脈絡膜によって送出される血液供給と光感受性神経網膜4の下にあるRPEとの間の半浸透性バリアである。神経網膜4は、光受容器5、双極細胞6および神経節細胞7を含む。
【0025】
図2は、ブルッフ膜の輸送特性の減退についての代表的な図である。正常な加齢による機能低下22と比較して加速された機能低下21は、欠陥遺伝子、環境因子または疾病により発生し得るが、神経網膜を維持するための最低要件である臨界レベル23より下に輸送特性が降下する場合、重篤な視覚喪失をもたらす場合がある。この臨界レベルに達すると、上にある神経網膜は、黄斑領域において死滅し始めることになり、機能低下が継続するにつれて広がることになるジオグラフィック・アトロフィーとして知られる状況をもたらす。しかし、輸送特性がこの全身性障害点の近くまで低下するにつれて、CNV成長などの他の合併症が起こる可能性があり、それにより、神経網膜内への血液漏出によって視覚喪失がさらに加速される可能性がある。PDTまたは抗VEGF薬剤などの現在の処置は、CNV成長および漏出を緩徐にするかまたは停止させるために適用され得る。しかし、黄斑変性を解消するために利用可能な処置は現時点ではない。ジオグラフィック・アトロフィーまたはCNV漏出によって視覚喪失する前に、他の機能低下徴候が観測される可能性がある。1つの徴候は、RPEと神経網膜との間における結晶腔の出現であり、それは老廃物の蓄積である。一方、別の徴候は、光受容器に対する制限されたエネルギー供給によって生じる、網膜が明状況から暗状況へ適応するのに要求される時間の増加である。RPE細胞内における、脂褐素として知られる視覚プロセスの蛍光老廃物のレベルは、RPE/ブルッフ膜複合体の機能低下を評価する手段となる可能性があり、また、眼底自発蛍光イメージングを使用して観察される可能性がある。ある時期に、これらの徴候が、神経網膜萎縮およびCNV成長のより重篤でかつ視覚に脅威となる問題の前兆であることがわかっているが、早期インターベンション処置が存在しないため、これらの徴候は、臨床状況で使用されることがめったにない。
【0026】
図3は、加齢または疾病による視覚機能の減退および喪失を遅延させるときに、ブルッフ膜輸送特性についての低下を一部反転させるための本発明の方法を使用することの潜在的な利益を実証する。この例では、網膜再生レーザ治療(2RT)は、点24で示す60歳の年齢で適用されて、ブルッフ膜機能低下を一部反転させる効果をもたらし、点25で示すように、加齢または疾病による減退を遅延させた。疾病21による機能低下の速度は不変であるが、重篤な視覚喪失が起こり得る臨界レベル23とライン21とが交差する年齢(26)は、顕著に上がったことに留意されたい。本方法の重要な特徴は、本処置が、機能低下したものの依然として機能することのできる網膜エリアに対して適用することを意図していることである。
【0027】
図4は、網膜再生方法を説明する一連のフロー図と、処置後の治癒反応の詳細図である。損なわれたブルッフ膜機能の初期評価は上述した指標を使用して実施できるが、網膜再生治療の方法は、好ましくは、ジオグラフィック・アトロフィーまたはCNV成長が起こる前に実施するように意図される。黄斑として知られる網膜の中心エリアは、光受容器の最も高い密度および相応してRPE/ブルッフ膜/脈絡毛細管板複合体にかかる最も高い要求および最も速い機能低下速度を有するため、この理由で、一般的な黄斑領域は、再生についての主要な標的である。ブルッフ膜輸送特性の改善が照射エリアを越えて広がるため、広い黄斑エリアを処置するために、分離された処置スポットからなるパターンを適用してもよい。ジオグラフィック・アトロフィーまたはCNVのために神経網膜およびRPEがそこでは既に死滅したエリアが生成されているか、または、構造的損傷エリアが、処置のために全く選択されないことになる。
【0028】
RPE細胞は、メラノゾーム8(図1を参照)として知られる細胞小器官内に含まれるメラニンで着色され、神経網膜を通過した光を吸収する機能を持ち、後方反射光による視覚の低下を防止する。メラニンは広い波長範囲にわたって光を吸収するが、処置目的の場合、約500nm〜900nmの波長範囲であることが好ましい。スペクトルの青色側の端は、通常、その光毒性のため回避される。スペクトルの近赤外側の端を越える波長では、吸収量が減少し、より多くの放射がRPEを通過して脈絡膜内に入射することとなる。
【0029】
レーザ放射は特定の波長を送出するのに好ましく使用され、532nmの波長が本発明の方法を実施するために有用であり、532nmの波長は、Nd:YAGレーザキャビティからの1064nmレーザ放射の周波数を2逓倍することによって得ることができる。本方法の重要な態様は、RPE細胞を死滅させるか、または、変質させることができるが、神経網膜や他の網膜層または構造に対して不可逆的損傷をもたらさない放射を照射することである。これを達成するためには、RPE細胞内のメラノゾームによるエネルギー吸収作用を利用することが必要である。RPE細胞膜を越える熱拡散が発生するのを防止するために、約20μs未満で放射エネルギーがメラノゾーム内に蓄積する場合にだけ可能であるが、現在の網膜レーザは、通常、10〜200msパルス継続時間を使用しており、図5に示すように2次的損傷を生じ、神経網膜に対する不可逆的損傷をもたらす。図5では、レーザビーム50は、RPE2に作用し、エネルギーが、照射ゾーン51内に吸収される。しかし、熱損傷が広いゾーン52に広がる。
【0030】
図6は、光受容器あるいは他の層または構造に対して損傷を与えることなく、RPE細胞が変質または死滅するように、熱作用がRPE細胞内に封じ決められる20μs未満の短いレーザパルス継続時間の効果を示す。10ps未満のパルス継続時間は、ビーム経路内へのストレス封じ込めによって引き起こされる機械的破壊作用のため、有用となる見込みはない。1ns〜5nsの範囲のパルス継続時間は容易に実現可能であり、最適である。図6では、レーザビーム60は、RPE2に作用し、エネルギーが吸収されてRPE細胞61を変質させ、隣接箇所を熱損傷させることもない。
【0031】
このタイプの処置が可能なレーザシステムは、本発明者等の同時係属中の国際公開第2006/021040号パンフレットに記載されている。しかし、述べた基準を満たす他のデバイスも使用されることができる。特に、フラッシュランプ励起受動QスイッチNd:YAGレーザキャビティを使用することが可能であり、そのキャビティは、キャビティ外で周波数2逓倍されて、継続時間が約3nsの532nmパルスを生成するものであり、本発明者等の同時係属中の国際公開第2004/027487号パンフレットに記載されるのと同様である。このパルス継続時間において、RPE細胞内の顆粒内のメラノゾームによるエネルギー吸収は、容易に、マイクロバブルを生成することができ、RPE細胞を死滅させるか、または、変質させるのに有効である可能性がある。
【0032】
研究室実験では、広いエネルギー範囲にわたって細胞内マイクロバブルによってRPE細胞が細胞膜の破裂なしで死滅されることが立証された。インビトロでの人外植片サンプルにおいて、この範囲は、3nsパルスで532nmの波長を使用した場合、約35〜160mJ/cmであると判明した。単一パルスまたはおそらく5以上のパルスも適している可能性があるが、通常、3つのパルスからなるシーケンスが適切であると判明した。レーザスポットの全てのエリアが適切な照射を受けることを確保するために、最高5つのパルスからなるシーケンスが要求される可能性がある。しかし、メラノゾームに関する累積熱作用は、要求されないか望ましくないため、低速の繰返しが好ましい。
【0033】
細胞膜を破裂させることなくRPE細胞を死滅させるか変質させるのに要求される放射露光量レベルは、これらの短いパルス継続時間が使用されるとき、目に見える効果(visible effect)を生成しないことになり、またさらに、吸収レベルは、患者ごとに、また、処置される網膜の領域により変わるRPE細胞のメラニン含有量に依存することになる。これらの理由で、個々のドーズ決定方法を有することが有用である。これは、視覚効果スケーリング(visual effect scaling)を使用することによって簡単に達成されることができ、その視覚効果スケーリングでは、まず網膜の周辺部に高エネルギーの放射を照射し、その後、このレベルをスケールダウンすることによって再生治療に適切なレベルを決定することにより、バブルや病変といった視覚効果を生成するのに要求される露光量レベルを決定する。このプロセスは可視効果スケーリング(visible effect scaling)として知られる。網膜の周辺部において視覚効果を生成する閾値となる代表的な放射露光量は、160mJ/cmであってよく、200μJのエネルギーおよび400μm処置スポットを使用して生成されることができる。エネルギーは、その後、たとえば、その値の3分の1、網膜再生治療を実施するために53mJ/cmの放射露光量を送出するのに使用される67μJのエネルギー設定にスケーリングバックしてもよい。
【0034】
研究室実験が示したところによれば、3nsパルスが使用されると、最初の視覚効果は、マクロバブルの形成によるものであり、マクロバブルの形成は、RPE細胞膜を破裂させ、かつ、合体して視認可能なマクロバブルになる細胞内マイクロバブルから生じるということである。この閾レベルにおいて、わずかな非永久的な損傷だけが光受容器に起こり、マクロバブルを、個々のドーズ決定を可能にするための理想的なエネルギーレベルマーカにする。視覚効果閾値を十分に越える放射露光量レベルは、光受容器に損傷を与えるリスクを低減するために回避される。最低ドーズは、細胞膜を破裂させることなく、RPE細胞に内的に損傷を与え、短期的な、または、長期的な細胞死滅を誘発することができる放射露光量レベルを使用することになる。通常、これは、パルス当たり10mJ/cm〜400mJ/cmの放射露光量を要求するが、パルス当たり公称で30mJ/cm〜250mJ/cmの範囲が一般に適切であることになる。
【0035】
図4は、また、ブルッフ膜輸送特性の改善をもたらす、網膜再生処置に続く細胞反応のシーケンスを示し、以下のように要約されることができる。
1.処置されるエリア内のRPE細胞の変質または死滅は、変質したRPE細胞またはレーザ処置ゾーンの周辺部上の損傷を受けていないRPE細胞が移動するか、または、移動反応を始動することを誘発し、それにより、RPE単層の連続性を回復させる。しかし、細胞は、移動することができる前に、ブルッフ膜に対する付着を低下させる、そして、細胞生成物ならびに活性型マトリクスメタロプロテナーゼ(MMP)、サイトカインおよび増殖因子などの酵素の発現を増大させることによってそうしなければならない。レーザ傷害に続いて活性型MMP−9のアップレギュレーションを研究室実験が示した、また、Ahir A.、Guo L.、Hussain AA.、Marshall J.による論文「Expression of metalloproteinase from human retinal pigment epithelial cells and their effects on the hydraulic conductivity of Bruch′s membrane」Investigative Ophthalmology and Visual Science,43(2):458−65頁(2002)は、細胞移動中のMMPアップレギュレーションを示した。
【0036】
2.細胞の移動は、その後、周囲エリアにおける細胞の広範囲の再配置ならびに酵素、サイトカインおよび増殖因子の付随する段階的放出をもたらす。これは、処置エリア内で、また、処置エリアの周りでブルッフ膜の輸送特性の改善をもたらす。先の1.項で述べた論文は、また、活性型MMPの適用および人RPE細胞の増殖に続くブルッフ膜の輸送特性の改善を示す。
【0037】
3.細胞分裂は、RPE細胞層の治癒プロセスを完全なものにし、標的エリアまたは周囲エリアに対して永続的な損傷を全く残さず、新たに分裂した細胞は減少した老廃物を含み、流体輸送などの細胞機能をよいよく実施することができる。
【0038】
図7のグラフは人ドナーブルッフ膜の測定された透水係数を示し、図7は、RPE細胞の移動および分裂を始動させることによって図3に示す理論的な改善が得られることを実証する。元の透水係数は、破線とデータ点における円で示される。係数を測定した後、ブルッフ膜のこれらのサンプルを、ARPE−19細胞によってプレーティングし、24時間培養した。その後、RPE細胞を取除き、係数を再評価した(データ点においてドットを有する実線)。ARPE−19細胞の増殖は、加齢する人ブルッフ膜の水輸送特性のかなりの改善をもたらした。
【0039】
この図において、水平破線は、RPEからの流体出力に対処するのに要求される最小透水係数を指す。これらのARPE−19実験は、黄斑疾病へと進行する可能性のある早期傷害を回避するために加齢曲線の持上げが可能であることを示す。
【0040】
本発明は、早期加齢黄斑変性、糖尿病黄斑浮腫、または、RPE/ブルッフ膜/脈絡毛細管板複合体の損なわれた機能によって神経網膜の機能が低下する他の疾病を処置するための、網膜再生治療(2RT)を提供するために使用されてもよい。本手技は、永久的な損傷が神経網膜に起こってしまう前に、または、加齢による網膜機能低下を遅延させるために、これらの疾病の最も早い段階において最も有効であろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
10ps〜20μsの範囲内のパルス継続時間を有する一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスを用いて目の角膜を通して網膜色素上皮を照射することによる網膜再生方法。
【請求項2】
前記一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスは、500nm〜900nmの範囲内の波長を有するものである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスは、532nmの波長を有するものである請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスは、20μs未満で10psを超えるパルス継続時間を有するものである請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスは、1ns〜5nsの範囲内のパルス継続時間を有するものである請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスは、3nsのパルス継続時間を有するものである請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記一レーザパルスまたは複数レーザパルスからなるシーケンスの放射露光量は、前記網膜色素上皮に効果を引き起こすのに足りるものである請求項1に記載の方法。
【請求項8】
放射露光量が、網膜色素上皮細胞膜の最小の破裂による網膜色素上皮細胞の実質的な死滅を誘導する範囲にある請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記レーザパルスの放射露光量は、視覚効果スケーリングによって決定される請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記レーザパルスの放射露光量は、パルス当たり10mJ/cm〜400mJ/cmの範囲にある請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記レーザパルスの放射露光量は、パルス当たり公称で30mJ/cm〜250mJ/cmである請求項1に記載の方法。
【請求項12】
最高で5つのレーザパルスからなるシーケンスを含む請求項1に記載の方法。
【請求項13】
3つのレーザパルスからなるシーケンスを含む請求項1に記載の方法。
【請求項14】
主としてブルッフ膜の輸送特性の低下を一部反転させることによって網膜機能を改善させる方法であって、
重篤な神経網膜または網膜色素上皮の損傷または出血の徴候を示していない網膜エリアを処置のために選択し、
角膜を通して眼底に電磁放射を照射することを含むインターベンションを実施することを備え、前記放射は、約10ps〜20μsの範囲内の継続時間で約500nm〜900nmの範囲内の波長を有する一パルスまたは複数パルスからなるシーケンスとして照射されて、前記網膜色素上皮内に含まれる発色団内に吸収されたエネルギーを封じ込めさせるものであり、隣接する網膜構造および層に不可逆的損傷をもたらすことなく、ブルッフ膜の透水係数を改善する細胞反応を誘発するように、前記網膜色素上皮細胞の損傷または変質をもたらす放射露光が行われること、
を備える方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2010−507412(P2010−507412A)
【公表日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−533613(P2009−533613)
【出願日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際出願番号】PCT/AU2007/001622
【国際公開番号】WO2008/049164
【国際公開日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【出願人】(509118639)エレックス アールアンドディー プロプライエタリー リミテッド (2)
【氏名又は名称原語表記】ELLEX R&D PTY LTD
【Fターム(参考)】