説明

綿繊維の精練方法及びその装置

【課題】 廃液中の水質汚濁物質を低減し、綿繊維の連続した処理に適し、さらに酵素溶液を簡単に調整できる精練方法を提供すること。
【解決手段】 一対の電極に電圧を印加してコロナ放電を発生させた状態で、前記一対の電極の間に綿繊維を通過させた後、ペクチン質を分解する酵素を含む酵素溶液を前記綿繊維に含ませてから絞り、前記綿繊維に前記酵素溶液を付与した状態で所定時間保管し、その後に前記綿繊維を洗浄し乾燥することで、綿繊維の吸水性が高くなり、綿繊維中のペクチン質が十分に除去され(MB値が低い)、効果的に酵素精錬が行なわれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、綿繊維からペクチン質を除去するための精練方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
綿繊維の精練では、ペクチン質を除去するために水酸化ナトリウム水溶液によって処理が行なわれるが、水酸化ナトリウム水溶液の廃液は強アルカリ性であるため、排水処理の規模が大きくなりやすいという問題がある。これにかわって、ペクチン質を分解するペクチナーゼを使用して、綿繊維のペクチン質を除去することが提案されている(非特許文献1、2)。非特許文献1、2では、綿繊維と酵素溶液との親水性を高めるために、界面活性剤の添加や、有機溶剤系逆ミセルの利用が必要とされるが、これら界面活性剤などの廃液は水質汚濁の原因になるため特別な排水処理が必要となる。
【0003】
一方、綿繊維にコロナ放電をしたのちにペクチナーゼを含む酵素精練浴に綿繊維を浸漬させると、コロナ放電によって綿繊維の吸水性が向上するため、界面活性剤が削減可能であるという提案がされている(非特許文献3)。この非特許文献3では、綿繊維に対して界面活性剤を添加して酵素処理を行なった場合と、界面活性剤を添加せずにコロナ放電前処理をして酵素処理を行なった場合とを比較して、綿繊維の吸水性についてコロナ放電前処理が界面活性剤の添加とほぼ等しい効果を有するという知見を得ている。このときに用いられた酵素処理はいわゆる浸漬法であって、綿繊維は、ペクチナーゼ5g/L、界面活性剤を添加する場合では界面活性剤としてTritonX−100(TX−100、ポリ(オキシエチレン)オクチルフェニルエーテル エチレンオキサイド付加数 約9−10、キシダ化学株式会社製の試薬)2g/Lを含み、酢酸緩衝液でpH4に調整して浴比を50:1とした酵素精練浴に浸漬され、40℃の恒温水槽中で6時間振とうされ、その後に水洗、乾燥される。
【非特許文献1】K. Sawada, S. Tokino, M. Ueda, X. Y. Wang, “Bioscouring of cotton with pectinase enzyme”, JSDC, 1998, 114, p.333
【非特許文献2】K. Sawada, S. Tokino, M. Ueda, “Bioscouring of cotton with pectinase enzyme in a non -aqueous system”, JSDC, 1998, 114, p.355
【非特許文献3】大萩成男、外6名、「綿布帛の染色前処理工程へのコロナ放電処理の応用」、和歌山工業技術センター研究報告(平成12年度)、和歌山県工業技術センター、平成13年11月1日、p.4−p.5
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献3では、酵素処理は浸漬法によって行なわれており、綿繊維は酵素精錬浴に6時間程度浸漬される。この浸漬法は、一つの酵素精錬浴に対してまとまった量の綿繊維が処理されるためバッチ処理に適する。しかし、綿繊維は酵素精錬浴に所定時間留まるため、長尺の綿繊維を連続的に処理するには適さないという問願がある。
【0005】
また、非特許文献3では、ペクチン質とペクチナーゼの反応は酸性下で進行しやすいため、酢酸緩衝液を使用して酵素精錬浴をpH4に調整している。そのため、酵素精錬浴の調整や管理、廃液の処理が複雑になるという問題がある。
【0006】
そこで、本発明の目的としては、廃液中の水質汚濁物質を低減し、綿繊維の連続した処理に適し、さらに酵素溶液を簡単に調整できる精練方法及びその装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る特徴的な綿繊維の精練方法においては、綿繊維に放電処理をした後、ペクチン質を分解する酵素を含む酵素溶液を綿繊維にパディング法で付与する。
【0008】
本発明に係る特徴的な綿繊維の精練方法においては、一対の電極に電圧を印加してコロナ放電を発生させた状態で、前記一対の電極の間に綿繊維を通過させた後、ペクチン質を分解する酵素を含む酵素溶液を前記綿繊維に含ませてから絞り、前記綿繊維に前記酵素溶液を付与した状態で所定時間保管し、その後に前記綿繊維を洗浄し乾燥する。
【0009】
本発明に係る特徴的な綿繊維の精練装置においては、電圧が印加されると放電が発生する一対の電極を備え、前記一対の電極の間に綿繊維を通過させ綿繊維を放電処理する放電装置、及び、ペクチン質を分解する酵素を含む酵素溶液が入れられる容器と、前記容器に浸漬された綿繊維を絞る絞り部材とを備え、前記放電処理の後に前記酵素溶液を綿繊維にパディング法で付与する酵素処理装置を有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、廃液中の水質汚濁物質を低減し、綿繊維の連続した処理に適し、さらに酵素溶液を簡単に調整できる精練方法及びその装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に係る実施の形態について説明する。本実施の形態における例示は本発明を限定するものではない。
【0012】
本実施の形態は、綿繊維の精練において、綿繊維に放電処理を行なって、酵素処理をパディング法で行なうことを特徴とする。
【0013】
綿繊維としては、ニット、織物、不織布などを用いることができる。実験用の小片から大量生産用の幅広の綿繊維に適用することができる。綿繊維は、織りあがったそのままの状態(生機)ではペクチン質、タンパク質、蝋分などが含まれるため、精練によってこれらを除去して染色や漂白など後工程の作業を順調にし仕上がりを良くする。生機の状態の綿繊維は、無極性であって静電気によってわずかに帯電される程度である。そのため、そのままでは極性の酵素溶液との親水性が低くて、十分に酵素溶液が吸水されない。そこで、酵素溶液を付与する前に放電処理を行なって、綿繊維を親水性に改質する。綿繊維に放電を行なうことで吸水性が高まるため、酵素液中の界面活性剤が削減でき排水処理が簡単になる。
【0014】
放電処理は、一対の正負の電極に電圧をかけてコロナ放電を発生させた状態で、両電極間に綿繊維を通過させて行なわれる。放電処理での放電出力、綿繊維の通過速度、綿繊維と電極との距離、綿繊維の放電領域通過回数などによって、綿繊維の帯電性を調整することができる。綿繊維が長尺の場合には、特に、放電出力、通過速度、電極との距離を一様に保ち、綿繊維を放電領域に複数回通過させることで、綿繊維を均一に帯電させることができる。これによって、酵素処理で綿繊維は酵素溶液を均一に吸収するためペクチン質の除去も均一になって、染色や漂白などの後工程でムラを削減することができる。
【0015】
放電にはコロナ放電を好適に用いることができる。このコロナ放電では、放電電極間は電離、発光しており、高濃度な化学的活性種や紫外線等が放電領域に存在し、放電領域において綿繊維は電荷によって帯電させられるだけではなく、活性種や紫外線等によって表面層が化学的に酸化作用を受ける。例えば、疎水性の炭化水素鎖などが酸化され、親水性の水酸基、カルボキシル基などが生じ、結果として綿繊維表面が親水化される。また、コロナ放電処理を行なった綿繊維を水中に浸漬させると、綿繊維の酸化によって低分子の有機酸が生成して、水溶液が酸性を呈する。ペクチン質とペクチナーゼは酸性溶液下で反応が行なわれるため、コロナ放電処理と酵素処理とを組み合わせれば、溶液を酸性にするためのpH調整を不要にすることができる。
【0016】
パディング法による酵素処理は、綿繊維に酵素溶液を含ませて、酵素溶液が蒸発しないようにして綿繊維を一定時間保持して、綿繊維中のペクチン質を酵素溶液と反応させて除去するものである。
【0017】
パディング法の一例としては、綿繊維は酵素溶液に浸漬された後に絞られて、酵素溶液を含んだ状態で、温度調節されて所定時間保管される。このパディング法によれば、酵素溶液を容量の小さい容器に入れて、この容器の中に綿繊維を浸漬した後にローラで綿繊維を絞ることで、長尺の綿繊維を連続的に処理できる。また、酵素溶液が入る容器の中に綿繊維を移動させる程度で、綿繊維に酵素溶液が付与されるため、この容器の容量を小さくして酵素溶液を少量にすることができる。酵素溶液が付与された綿繊維は、酵素溶液が蒸発しないようにして一定時間保持され、その後に洗浄、乾燥される。酵素溶液は、ペクチン質を除去する酵素として例えばペクチナーゼを含む水溶液である。ペクチナーゼの濃度は、5g/L以上10g/L以下が好ましい。また、ペクチン質とペクチナーゼとが効率良く反応するように、酵素溶液が付与された綿繊維は約40℃に保持されることが好ましい。
【0018】
ペクチン質とペクチナーゼは酸性化で反応するため酢酸緩衝液を使用して酵素溶液を酸性に調整する。パディング法では酵素溶液の使用量が少ないため、上記したようにコロナ放電された綿繊維を溶液に浸すと酸性になるという作用によって、このようなpH調整を省略することが可能である。これに対し、浸漬法による酵素処理では、綿繊維に対して酵素溶液の量が多いため、コロナ放電の作用によってのみでは十分に溶液が酸性になりにくく、適宜pH調整を行なう必要がある。
【0019】
図3に精練装置の一例を示す。図3において、放電処理は、一対の電極2に電圧を印加してコロナ放電を発生させ、この電極2間に綿繊維1を通過させて行なわれる。また、パディング法による酵素処理は、容器3に酵素溶液を入れて、容器3内のローラ4によって綿繊維1を酵素溶液中に案内し、酵素溶液から出たところで絞り部材である一対のローラ5によって綿繊維1を絞ることで行なわれる。酵素溶液が付与された綿繊維1は、その後、温調されながら所定時間保管され、乾燥、洗浄される(不図示)。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0021】
(実施例1)
本実施例1において、綿繊維には、染色試験用の綿ニット生機(色染株式会社製)をそのまま使用した。
【0022】
放電処理には、線対円筒型のコロナ放電処理装置を使用した。この装置を用いて、綿ニット生機に、放電出力1kW、処理速度1m/分、電極間隙3mm、放電領域通過回数20回で両面処理を行なった。
【0023】
酵素処理には、ペクチナーゼ(試薬、Aspergillus miger起源、約1,700unit/g、東京化成工業株式会社製)を用いた。
【0024】
パディング法による酵素処理では、ペクチナーゼ5g/Lを含み酢酸緩衝液でpH4に調整した酵素溶液を用いて、酵素溶液を付与した綿ニット生機を乾燥しないようにチャック付のポリエチレン袋に入れて、40℃で24時間保管した。その後綿ニット生機を水洗し乾燥した。
【0025】
綿ニット生機の脱ペクチン性の評価にはメチレンブルー吸着法を用いた。綿ニット生機1gあたりメチレンブルーの吸着モル数を10倍にしたものをMB値として、綿ニット生機のペクチン質の量を評価した。
【0026】
また、綿ニット生機の吸水性の評価には、JIS L1096の沈降法を用いた。
【0027】
(実施例2)
実施例2では、上記した実施例1において酵素溶液の濃度を10g/Lとしたほかは、実施例1と同様の操作及び評価を行なった。
【0028】
(実施例3)
実施例3では、上記した実施例1において酵素溶液のpH調整を行なわないほかは、実施例1と同様の操作及び評価を行なった。具体的には、酢酸緩衝液を用いなかった。
【0029】
(比較例1)
比較例1では、綿ニット生機に酵素処理及びコロナ処理のいずれも行なわないで、実施例1と同様の操作及び評価を行なった。
【0030】
(比較例2)
比較例2では、上記した実施例1において酵素処理のみ行い、コロナ処理を行なわないほかは、実施例1と同様の操作及び評価を行なった。
【0031】
実施例1−3、及び比較例1、2の評価結果を表すグラフを図1に示す。
【0032】
図1に示すように、実施例1−3では綿繊維はいずれも界面活性剤を用いずに吸水性が良好であり、MB値が低いことから綿繊維中のペクチン質が十分に除去されたことがわかる。
【0033】
特に、実施例3では、pH調整を行なわなくても、吸水性が良好で、MB値が低かった。これは、コロナ放電処理とパディング法とを組み合わせると、処理液のpHが低くなる作用があるからと考えられる。
【0034】
図2には、綿ニット生機に対してコロナ放電処理を行なった回数に対して、綿ニット生機の水抽出液のpH(JIS L 1096 8.40.1により測定)の関係を表したグラフである。図2に示すように、コロナ放電処理を行なった綿ニット生機の水抽出液は弱酸性を呈するが、これはコロナ放電処理による綿ニット生機の酸化によって低分子の有機酸が生成したためと考えられる。そのため、酵素溶液のpH調整を行なわなくても、酵素溶液が弱酸性を呈するため、酵素処理によるペクチン質除去の効果が得られる。
【0035】
一方、比較例1では、コロナ放電処理及び酵素処理を行なわないため、綿ニット生機は吸水性が改質されず、ペクチン質も除去されない状態であるため、吸水性が低くMB値が高い。
【0036】
比較例2では、コロナ放電処理が行なわれなかったため綿ニット生機は吸水性が低く、酵素処理が行なわれたが、綿ニット生機の吸水性が低く酵素溶液が十分に浸透しないため、ペクチン質が十分に除去されずMB値が実施例1−3に比較して高かった。
【0037】
このように、本実施の形態によれば、コロナ放電処理による綿繊維の親水化と、酵素処理によるペクチン質の分解の特徴を併せもつ環境適合型の酵素精錬方法を提供することができる。
【0038】
また、コロナ放電処理によって綿繊維の親水性が確保されるため、従来の酵素処理で必要とされていた界面活性剤を削減しても、綿繊維の親水性を高めることができる。
【0039】
また、パディング法による酵素処理によれば、酵素溶液の使用量を少なくし、また長尺の綿繊維を連続して処理することが可能となる。
【0040】
また、パディング法では酵素溶液の使用量が少ないため、コロナ放電された綿繊維を溶液に浸すと酸性になるという作用が効果的になり、結果としてpH調整を不要とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の実施例及び比較例の吸水性及びMB値を表すグラフである。
【図2】本発明の実施例におけるコロナ放電処理をされた綿繊維の水抽出液のpHを表すグラフである。
【図3】本発明の実施の形態に係る精練装置の一例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0042】
1 綿繊維
2 電極
3 容器
4 ローラ
5 絞り部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
綿繊維に放電処理をした後、ペクチン質を分解する酵素を含む酵素溶液を綿繊維にパディング法で付与することを特徴とする綿繊維の精練方法。
【請求項2】
一対の電極に電圧を印加してコロナ放電を発生させた状態で、前記一対の電極の間に綿繊維を通過させた後、ペクチン質を分解する酵素を含む酵素溶液を前記綿繊維に含ませてから絞り、前記綿繊維に前記酵素溶液を付与した状態で所定時間保管し、その後に前記綿繊維を洗浄し乾燥することを特徴とする綿繊維の精練方法。
【請求項3】
電圧が印加されると放電が発生する一対の電極を備え、前記一対の電極の間に綿繊維を通過させ綿繊維を放電処理する放電装置、及び、ペクチン質を分解する酵素を含む酵素溶液が入れられる容器と、前記容器に浸漬された綿繊維を絞る絞り部材とを備え、前記放電処理の後に前記酵素溶液を綿繊維にパディング法で付与する酵素処理装置を有することを特徴とする綿繊維の精練装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−132039(P2006−132039A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−323254(P2004−323254)
【出願日】平成16年11月8日(2004.11.8)
【出願人】(593214431)和歌山染工株式会社 (1)
【出願人】(000144832)株式会社山東鉄工所 (1)
【出願人】(591023594)和歌山県 (62)