説明

緑膿菌の新規薬剤耐性遺伝子

【課題】多剤耐性菌に関連する疾患および/または症状の治療、改善、抑制および/または予防に有用なアミノグリコシド剤耐性遺伝子の提供。
【解決手段】多剤耐性を有する緑膿菌に由来する、新規アミノグリコシドアセチル基転移酵素をコードし、アミノグリコシド剤耐性を付与する遺伝子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多剤耐性を有する緑膿菌に由来する、新規アミノグリコシドアセチル基転移酵素をコードするアミノグリコシド剤耐性遺伝子に関する。
【背景技術】
【0002】
緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は、自然界に広く存在する偏性好気性のグラム陰性桿菌である。緑膿菌はそれ自体では病原性は低いが、多くの場合各種慢性疾患、高齢、放射線治療、薬物投与などで免疫力が低下している人に感染することがある。特に呼吸器の緑膿菌感染では、産生される毒素により肺組織が破壊され重篤化しやすい。また、中耳炎・髄膜炎や敗血症など全身感染を起こすことがしばしばあり、緑膿菌敗血症では致命率は80%以上である。
【0003】
緑膿菌は多くの薬剤に耐性を示し、近年開発された抗生物質に対しても容易に耐性が誘導される傾向がある。また近年では、緑膿菌に対し強い抗菌活性が期待できるフルオロキノロン剤(シプロフロキサシンやレボフロキサシンなど)、カルバペネム剤(イミペネム、メロペネムなど)、およびアミノグリコシド剤(アミカシン、トブラシンなど)の三系統の薬剤の全てに耐性を獲得した多剤耐性緑膿菌が出現し、病院内での集団感染が問題となっている。
【0004】
このため医療機関などでは、緑膿菌、特に薬剤耐性緑膿菌による院内感染症の監視および対策は大きな問題であり、新たな薬剤耐性緑膿菌の出現および薬剤耐性緑膿菌による感染症の蔓延を予防および抑制するため、迅速に薬剤耐性緑膿菌を検出する方法が望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、緑膿菌を含む多剤耐性菌を迅速に検出するための、新規薬剤耐性遺伝子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、βラクタム剤、アミカシン、フルオロキノロン剤に高度耐性を示す多剤耐性緑膿菌臨床分離株より、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする新規アミノグリコシド剤耐性遺伝子を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下[1]〜[6]の特徴を包含する。
[1] 以下の(a)〜(c)より選択される塩基配列からなる、アミノグリコシド剤耐性遺伝子:
(a)配列番号1で表される塩基配列
(b)配列番号1で表される塩基配列において、1または数個の塩基の置換、欠失、および/または挿入を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする塩基配列;あるいは
(c)配列番号1で表される塩基配列に相補的な配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする塩基配列。
【0008】
[2] アミノグリコシド6’−N−アセチル基転移酵素をコードしている、[1]のアミノグリコシド剤耐性遺伝子。
[3] 以下の(a)〜(c)より選択されるアミノ酸配列からなる、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列;
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸の置換、欠失、および/または挿入を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードするアミノ酸配列;あるいは
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と95%以上の同一性を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードするアミノ酸配列。
【0009】
[4] アミノグリコシド6’−N−アセチル基転移酵素である、[3]のアミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質。
[5] [1]または[2]のアミノグリコシド剤耐性遺伝子を含むベクター。
[6] [1]もしくは[2]のアミノグリコシド剤耐性遺伝子または[3]または[4]のアミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をin vitroにて検出することを含む、サンプル中のアミノグリコシド剤耐性菌を検出するための方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子は、新規アミノグリコシドアセチル基転移酵素をコードし、当該遺伝子を発現する細胞にアミノグリコシド剤耐性を付与する。本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子および/または本発明のアミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質を検出することによって、多剤耐性、特にアミノグリコシド剤耐性を有する、緑膿菌を含む薬剤耐性菌の迅速な検出が可能であり、そのような薬剤耐性菌に関連する疾患および/または症状の治療、改善、抑制および/または予防に利用することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、多剤耐性緑膿菌に由来するアミノグリコシド剤耐性遺伝子を提供する。
【0012】
本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子は、尿路感染症患者および褥瘡感染症患者より分離された多剤耐性緑膿菌臨床分離株であるIMCJ798株およびIMCJ799株に由来する。
【0013】
本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子は、配列番号1で表される塩基配列からなる。本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子には、配列番号1で表される塩基配列において、1または数個の塩基の置換、欠失、および/または挿入を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれる。「1または数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個または2個である。また、本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子には、配列番号1で表される塩基配列に相補的な配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれる。ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、ナトリウム濃度が、10mM〜300mM、好ましくは20〜100mMであり、温度が25℃〜70℃、好ましくは42℃〜55℃での条件をいう。さらに、本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子には、配列番号1で表される塩基配列と95%以上の同一性を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれる。「95%以上の同一性」とは、配列番号1で表される塩基配列とBLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときに、95%以上、より好ましくは96%以上、97%以上、98%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有することを意味する。また、本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子には、上記アミノグリコシド剤耐性遺伝子の機能的断片も含まれる。「機能的断片」とは、本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子にコードされるアミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質の活性を保持している断片をコードしているポリヌクレオチドを意味する。
【0014】
本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子は、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする。当該タンパク質は、新規アミノグリコシド6'-N-アセチル基転移酵素(AAC(6'))であり、既知の臨床分離株のAAC(6')、例えば、Klebsiella pneumoniaeのAAC(6')-Iq、Citrobacter freundii のAAC(6')-Im、Shigella sonneiのAAC(6')-Ia、Pseudomonas aeruginosa のAAC(6')-IaeおよびEnterococcus faeciumのAAC(6')-Iiのアミノ酸配列と、それぞれ、91%、87%、63%、57%および35%の同一性を有する。本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子にコードされるAAC(6')は、アミノグリコシド剤化合物における6位のアミノ基を特異的にアセチル化して、当該化合物を失活させる。当該タンパク質による修飾により失活し得る薬剤化合物としては、6位の側鎖にアミノ基を持つアミノグリコシド剤が挙げられ、好ましくは、アミカシン(AMK)、ジベカシン(DIB)、イセパマイシン(ISP)、カナマイシン(KM)、ネチルマイシン(NET)、トブラマイシン(TOB)である。
【0015】
本発明は、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質(以下、本発明のタンパク質と称する)を提供する。
【0016】
本発明のタンパク質は、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなる。本発明のタンパク質には、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸の置換、欠失、および/または挿入を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードするアミノ酸配列からなるものを含む。「1または数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個または2個である。また、本発明のタンパク質には、配列番号2で表されるアミノ酸配列と95%以上の同一性を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードするアミノ酸配列からなるものを含む。「95%以上の同一性」とは、配列番号2で表されるアミノ酸配列とBLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときに、95%以上、より好ましくは96%以上、97%以上、98%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有することを意味する。さらに、本発明のタンパク質には、上記本発明のタンパク質の機能的断片も含まれる。「機能的断片」とは、本発明のタンパク質のアミノグリコシド剤耐性を付与する活性を保持しているポリペプチドを意味する。
【0017】
本発明のタンパク質は、上記新規アミノグリコシド6'-N-アセチル基転移酵素である。
本発明のタンパク質は、C末端またはN末端に標識ペプチドを結合させた融合タンパク質の形態であっても良い。代表的な標識ペプチドには、6〜10残基のヒスチジンリピート(Hisタグ)、FLAG、mycペプチド、GFPポリペプチドなどが挙げられるが、これらに限られるものではない。
【0018】
本発明のタンパク質は、当業者にとって周知であるように、遺伝子工学的手法を用いて、製造・精製し得る。すなわち、本発明のタンパク質をコードするDNA(好ましくは、上記本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子)を適当なベクターに組込み、このベクターを適当な宿主細胞に導入し、本発明のタンパク質を発現させ得る。宿主細胞としては、E. coli、酵母、SF9、SF21、COS1、COS7、CHO、HEK293など周知の細胞を用いることが可能である。発現されたポリペプチドは、宿主細胞の培養上清より、タンパク質精製に用いられる公知の方法、例えば、硫安塩析、有機溶媒(エタノール、メタノール、アセトン等)による沈殿分離、イオン交換クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、吸着カラムクロマトグラフィー、基質または抗体などを利用したアフィニティークロマトグラフィー、逆相カラムクロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー、精密ろ過、限外ろ過、逆浸透ろ過等の濾過処理など、を1つまたは複数組み合わせて用いて精製することが可能である。
【0019】
本発明は、上記本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子を含むベクターを提供する。
本発明のベクターは、当業者に周知である遺伝子工学的手法を用いて、宿主細胞(例えば、E. coli、酵母、SF9、SF21、COS1、COS7、CHO、HEK293など)に応じて適宜選択した適当なベクターに、上記本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子をプロモーターおよび/またはその他の制御配列と機能し得るかたちで連結して挿入することによって作製することができる。「機能し得るかたちで連結して挿入する」とは、当該ベクターが導入された細胞において、プロモーターおよび/またはその他の制御配列の制御の下、アミノグリコシド剤耐性遺伝子にコードされるタンパク質が発現されるように、プロモーターおよび/またはその他の制御配列を連結してベクターに組み込むことを意味する。
【0020】
本発明のベクターを用いて細胞を形質転換することにより、当該細胞にアミノグリコシド剤耐性を付与することが可能である。
【0021】
本発明は、サンプル中のアミノグリコシド剤耐性菌をin vitroにて検出するための方法を提供する。本発明の方法は、上記本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子または上記本発明のタンパク質をin vitroにて検出することを含む。
【0022】
「サンプル」とは、多剤耐性菌に関連した疾患に罹患しているまたは罹患する恐れのある被験者の組織および体液(例えば、血液、唾液、汗、精液、尿など)、あるいは食品または環境水などを意味する。「多剤耐性菌に関連した疾患」としては、多剤耐性菌を病原因子とする疾患を意味する。検出し得る多剤耐性菌としては、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌、腸球菌などの多剤耐性菌、特にアミノグリコシド剤耐性菌であり得る。
【0023】
一実施形態において、本方法はサンプル中の上記本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子を検出する工程を含む。遺伝子の検出は、上記本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子またはその相補配列の塩基配列の全部又は一部を含むヌクレオチドをプローブ又はプライマーとして用いて行うことができる。遺伝子の検出は、マイクロアレイ(マイクロチップ)を用いた方法、ノーザンブロット法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法、in situ hybridization法、LAMP法(ウイルス, 第54巻, 第1号, pp.107-112, 2004)、検出しようとする遺伝子又はその断片をターゲットとしたPCR法等で測定することが可能である。定量PCR法としては、アガロースゲル電気泳動法、蛍光プローブ法、RT-PCR法、リアルタイムPCR法、ATAC-PCR法(Kato,K.et al.,Nucl.Acids Res.,25,4694-4696,1997)、Taqman PCR法(SYBR(登録商標)グリーン法)(Schmittgen TD,Methods25,383-385,2001)、Body Map法(Gene,174,151-158(1996))、Serial analysis of gene expression(SAGE)法(米国特許第527,154号、第544,861号、欧州特許公開第0761822号)、MAGE法(Micro-analysis of Gene Expression)(特開2000-232888号)等がある。ここに挙げた方法はいずれも公知の方法で行うことができる(分子生物学実験プロトコールIII, 丸善, 1997年8月30日発行)。測定に用いるプローブまたはプライマーの塩基長は、10〜50bp、好ましくは15〜25bpである。本発明は、プローブまたはプライマーとして用い得る上記遺伝子の断片をも包含する。
【0024】
別の実施形態において、本方法はサンプル中の上記本発明のタンパク質を検出する工程を含む。当該検出法は、当業者に周知であるタンパク質の検出法を用いて行うことが可能であり、上記本発明のタンパク質に対する抗体(好ましくは、モノクローナル抗体)またはその機能的断片を用いた、イムノクロマト法、ウエスタンブロッティング法、ELISA法などにより行うことが可能である(分子生物学実験プロトコールII, 丸善, 1997年8月30日発行)。
【0025】
本発明の方法により、多剤耐性菌、特にアミノグリコシド剤耐性菌の迅速な検出が可能となり、当該細菌を病原因子とする疾患および/または症状の治療、改善、抑制および/または予防に有効であり得る。
【0026】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
実施例1:新規薬剤耐性遺伝子の単離
<多剤耐性緑膿菌臨床分離株のプロファイル>
本発明の新規薬剤耐性遺伝子は、βラクタム剤、アミカシン、フルオロキノロン剤に高度耐性を示す多剤耐性緑膿菌臨床分離株(IMCJ798株およびIMCJ799株)より単離した。IMCJ798株およびIMCJ799株は、尿路感染症患者と褥創感染症患者より個々に分離された株である。IMCJ798株およびIMCJ799株を含む多剤耐性緑膿菌臨床分離株の薬剤感受性試験結果を下記表1に示す。薬剤感受性試験は、検査する薬剤を一定の濃度になるよう加えた培地で菌体が生育可能であるか否かを検査する。それぞれの薬剤について、菌体が完全に生育阻止または殺菌された最低の濃度を、最小発育阻止濃度(minimal inhibitory concentration, MIC)として、菌体に対する薬剤の効果の指標とする。MICが小さいほど、薬剤の効果が高い、すなわち菌体の感受性が高いことを表し、逆にMICが大きいほど、菌体のその薬剤に対する感受性が低い、すなわち薬剤耐性であることを示す。
【0028】
【表1】

【0029】
IMCJ798株およびIMCJ799株の薬剤耐性プロファイルは、これまでに見出された高度多剤耐性緑膿菌IMCJ2.S1株と非常に良く似ていた。そこでパルスフィールドゲル電気泳動を用いて、IMCJ798株、IMCJ799株およびIMCJ2.S1株の遺伝子型解析を行った。
【0030】
具体的には、各菌体の染色体DNAを、制限酵素(SpeIまたはXhaI)で切断し、切断されたDNA断片をパルスフィールドゲル電気泳動により分離して解析した。その結果、IMCJ798株およびIMCJ799株とIMCJ2.S1株とは異なる菌体であることが示された(図1を参照)。
【0031】
<新規薬剤耐性遺伝子の検出>
薬剤耐性を示す緑膿菌臨床分離株は、可動性薬剤耐性カセット(インテグロン)中に薬剤耐性遺伝子を獲得している場合が多い。そのため、IMCJ798株およびIMCJ799株について、PCR法によりインテグロンの検出を行った。
【0032】
具体的には、インテグロンの両端に存在するcommon segment に以下のプライマー:
5'CS(GGCATCCAAGCAGCAAG)(配列番号3)
3'CS(AAGCAGACTTGACCTGA)(配列番号4)
を設計し、当該プライマーセットを用いて、IMCJ798株またはIMCJ799株のゲノムDNAを鋳型とするPCRによりインテグロンの検出を行った。
【0033】
その結果、約1.7kbpのPCR産物が得られた。この産物のシークエンス解析を行った結果、インテグロン中に新規薬剤耐性遺伝子を同定した。
【0034】
インテグロンの詳細(当該新規薬剤耐性遺伝子の周辺構造)は、下記表2に示すプライマー用いて解析した。結果を図2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
<新規薬剤耐性遺伝子の特徴>
GENETYX(登録商標)ソフトウェア(ゼネティックス)を用いたORF検索およびCLUSTAL W2、BLAST.Xを用いたシークエンス解析の結果、当該新規薬剤耐性遺伝子は、開始コドンがTTGから始まる全長が552塩基のopen reading frame(ORF)から構成されており、183アミノ酸から構成される新規のアミノグリコシド6'-N-アセチル基転移酵素(AAC)(以下、新規AACまたはAAC(6')-Iafと称する)をコードしていることが示唆された(図3を参照)。
【0037】
新規AACのアミノ酸配列と、既知の臨床分離株のAACのアミノ酸配列を比較した結果、この新規AACは、Klebsiella pneumoniaeのAAC(6')-Iq、Citrobacter freundii のAAC(6')-Im、Shigella sonneiのAAC(6')-Ia、Pseudomonas aeruginosa のAAC(6')-IaeおよびEnterococcus faeciumのAAC(6')-Iiのアミノ酸配列と、それぞれ、91%、87%、63%、57%および35%の同一性を示した(図4を参照)。
【0038】
実施例2:新規AAC遺伝子による薬剤耐性の検討
新規AAC遺伝子がどのような薬剤耐性に寄与するのかを調べるために、当該新規AAC遺伝子とその上流領域185bpからなる塩基配列(配列番号16)をpSTVベクター(TaKaRa Bio Inc.)に導入してpSTV-aacWTベクターを構築し、これを用いて大腸菌(JM109株)を形質転換して、形質転換体E. coli JM109 pSTV-aacWTを作製した。
【0039】
具体的には、以下のプライマー:
PstI-aac#F (aactgcagGGCTTGTTATGACTGTTTTT)(配列番号12)
EcoRI-aac#R(ggaattcCTAGCTAATATCTTTCCACA)(配列番号13)
を用いて、IMCJ798株のゲノムDNAを鋳型とするPCRにより、新規AAC遺伝子とその上流領域185bpを増幅し、制限酵素PstIとEcoRIで切断した後、同酵素で切断したpSTVベクターのマルチクローニングサイトに連結した。pSTV-aacWTが導入されたE. coli JM109 pSTV-aacWTを用いて、アミノグリコシド剤に対する薬剤感受性試験を実施した。結果を下記表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
新規AAC遺伝子が導入されたE. coli JM109 pSTV-aacWTは、新規AAC遺伝子を導入していないコントロール株 E. coli JM109 pSTV28と比較して、アミカシン(AMK)、ジベカシン(DIB)、イセパマイシン(ISP)、カナマイシン(KM)、ネチルマイシン(NET)、トブラマイシン(TOB)に対する最小発育阻止濃度(MIC)が上昇した。この結果は、新規AAC遺伝子が、これらのアミノグリコシド剤に対する耐性に関与していることを示している。
【0042】
また、新規AAC遺伝子は、TTGから始まることから大腸菌内において翻訳効率が低下することが懸念された。そこで、上記pSTV中に導入された遺伝子の最初のTTGをATGに変えたベクターpSTV-aac(TTG→ATG)を作製し、これを用いて大腸菌JM109を形質転換し、上記と同様に薬剤感受性試験を行った。pSTV-aac(TTG→ATG) ベクターの作製はpSTV-aacWTベクターを鋳型とし、QuickChange(登録商標)Kit(Stratagene)を製造者の指示書に従って用いて行った。
【0043】
その結果、E. coli JM109 pSTV-aacWTと比較し、pSTV-aac(TTG→ATG)が導入されたE. coli JM109 pSTV-aac(CTG→ATG)のMIC値は、アミカシン(AMK)、ジベカシン(DIB)、イセパマイシン(ISP)、カナマイシン(KM)において2倍に上昇したが、全体としてアミノグリコシド剤に対する耐性プロファイルは、E. coli JM109 pSTV-aacWTと同様であった(表3を参照)。
【0044】
実施例3:新規AAC遺伝子にコードされるタンパク精製
新規AAC遺伝子にコードされるAACタンパク質の詳細な機能解析を行うために、N末端にHisタグを付加した組換え新規AACタンパク質(以下、His-新規AACタンパク質)と称する)を大腸菌内で発現させNi-NTAを用いて精製した。
【0045】
具体的には、以下のプライマー:
SphI-aac-F(aaagcatgcgATGGACTATTCAATATGCGA)(配列番号14)
PstI-aac-R(aactgcagCTAGCTAATATCTTTCCACA)(配列番号15)
を用いて、IMCJ798株のゲノムDNAを鋳型とするPCRにより、新規AAC遺伝子を増幅し、制限酵素SphIとPstIで切断後、同酵素で切断したpQE2ベクター(QIAGEN)に連結した。このベクターはpQE2-aacとし、当該ベクターを用いて大腸菌BL21(DE3)pLysを形質転換し、His-新規AACタンパク質の過剰生産株、E. coli BL21(DE3)pLys pQE2-aacを得た。E. coli BL21(DE3)pLys pQE2-aacを37度でOD600が0.3となるまで培養し、1mM IPTGでHis-新規AACの過剰発現を誘導した。誘導後4時間培養し、菌体を回収し、超音波破砕した後、その可溶性画分よりHis-新規AACタンパク質をNi-NTAを用いて精製した。精製したHis-新規AAC(6')は15%SDS-PAGEゲル上で大きさ約24kDaを示した(図5参照)。
【0046】
実施例4:新規AAC遺伝子にコードされるAACタンパク質のアセチル化活性の測定
実施例3にて精製したHis-新規AACタンパク質のアミノグリコシドアセチル化活性を調べるために、薄層クロマトグラフィー(TLC)を実施した。
【0047】
具体的には、最終濃度が2 mM アミノグリコシド剤、2 mM アセチルCoA 、50μg/ml 新規AACになるように20mMリン酸バファーを用いて反応溶液を調整し、37度で16時間反応させた後、反応液3μlをシリカゲルがコートされたTLC板にスポットした。TLC板を乾燥させた後、5%リン酸カリウム溶液で展開し、ニンヒドリンを用いてアミノグリコシド剤の検出を行った。
【0048】
結果を図6に示す。精製したHis-新規AACタンパク質は、6位の側鎖にアミノ基を持つアミノグリコシド全てにアセチル化活性を示した。一方で、6位の側鎖にアミノ基ではなく水酸基を持つリヴィドマイシンA(LIV)にはアセチル化活性を示さなかった。このことから、精製したHis-新規AACタンパク質は、アミノグリコシド剤化合物における6位のアミノ基を特異的にアセチル化するアミノグリコシド6'-N-アセチル基転移酵素(AAC(6'))である事が明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子は、新規アミノグリコシドアセチル基転移酵素をコードし、当該遺伝子を発現する細胞にアミノグリコシド剤耐性を付与する。本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子および/または本発明のアミノグリコシド剤耐性遺伝子にコードされるポリペプチドを検出することによって、多剤耐性、特にアミノグリコシド剤耐性を有する、緑膿菌を含む耐性菌の迅速な検出が可能であり、そのような耐性菌に関連する疾患および/または症状の治療、改善、抑制および/または予防に利用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、IMCJ798株およびIMCJ799株とIMCJ2.S1株とのパルスフィールドゲル電気泳動を用いた遺伝子型解析の結果を示す。[レーン1、IMCJ798株; レーン2、IMCJ799株; レーン3、IMCJ2.S1株]
【図2】図2は、PCR法を用いたIMCJ798株およびIMCJ799株のインテグロンの解析結果を示す。Aは各プライマーの設計部位(A〜H)とインテグロンの構造を示す模式図、Bは各プライマーを用いたPCRの電気泳動による解析結果を示す。各レーンにおいて検出されたDNA断片は以下のプライマーセットを用いて増幅した(プライマーの名称は、上記各プライマーの設計部位に対応):レーン1:BとF;レーン2:AとD;レーン3:BとD;レーン4:CとD;レーン5:CとE;レーン6:CとF;レーン7:CとG;レーン8:CとH。
【図3】図3は、新規AAC遺伝子の上流域(185bp)とORF(552bp)の塩基配列および新規AAC遺伝子にコードされるアミノ酸配列を示す。塩基配列中、新規AAC遺伝子の上流域はイタリック体で、ORFは囲み線で示される。
【図4】図4は、新規AAC遺伝子にコードされるアミノグリコシド6'-N-アセチル基転移酵素(AAC(6')−Iaf)と他の細菌種に由来するアミノグリコシド6'-N-アセチル基転移酵素とのアミノ酸配列比較の結果を示す。
【図5】図5は、His-新規AACタンパク質のSDS-PAGEを用いた解析結果を示す。His-新規AACタンパク質は約24kDaを示した。レーン1:空ベクターpQE2を導入したE.coli BL21(DE3)pLysS をIPTG誘導後4時間培養したもの;レーン2:pQE2-aacを導入したE.coli BL21(DE3)pLysS をIPTG誘導後4時間培養したもの;レーン3、精製したHis-新規AACタンパク質。
【図6】図6は、薄層クロマトグラフィーによる、新規AAC遺伝子にコードされるAACタンパク質のアセチル化活性の解析結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)より選択される塩基配列からなる、アミノグリコシド剤耐性遺伝子:
(a)配列番号1で表される塩基配列
(b)配列番号1で表される塩基配列において、1または数個の塩基の置換、欠失、および/または挿入を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする塩基配列;あるいは
(c)配列番号1で表される塩基配列に相補的な配列に対しストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードする塩基配列。
【請求項2】
アミノグリコシド6’−N−アセチル基転移酵素をコードしている、請求項1に記載のアミノグリコシド剤耐性遺伝子。
【請求項3】
以下の(a)〜(c)より選択されるアミノ酸配列からなる、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列;
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸の置換、欠失、および/または挿入を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードするアミノ酸配列;あるいは
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と95%以上の同一性を有し、かつ、アミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をコードするアミノ酸配列。
【請求項4】
アミノグリコシド6’−N−アセチル基転移酵素である、請求項3に記載のアミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質。
【請求項5】
請求項1または2に記載のアミノグリコシド剤耐性遺伝子を含むベクター。
【請求項6】
請求項1もしくは2に記載のアミノグリコシド剤耐性遺伝子または請求項3もしくは4に記載のアミノグリコシド剤耐性を付与するタンパク質をin vitroにて検出することを含む、サンプル中のアミノグリコシド剤耐性菌を検出するための方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−94090(P2010−94090A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−268799(P2008−268799)
【出願日】平成20年10月17日(2008.10.17)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】