説明

線虫誘引剤および線虫防除方法

【課題】線虫の防除を可能とする誘引剤および防除方法を提供する。
【解決手段】バイオサーファクタントを有効成分とする線虫の誘引剤および当該誘引剤を用いた線虫の防除方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、線虫の誘引剤および当該誘引剤を用いた線虫の防除方法に関する。より詳細には、中性糖および脂肪酸を主な構成成分とするバイオサーファクタントを有効成分とする線虫の誘引剤および当該誘引剤を用いた線虫の防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
「線虫」は、線形動物門に属する動物の総称であり、きわめて多様で多数の個体が存在しており、その種類は1億種を超えるといわれている。これらの線虫の大部分は人間にとって無害であるが、なかには植物に寄生する有害線虫がいる。植物に寄生する有害線虫にも様々な種類があるが、なかでも被害が大きいのはクキセンチュウ類、ネコブセンチュウ類、シストセンチュウ類およびネグサレセンチュウ類が挙げられる。これら線虫の寄生を受けた植物は生育不良や枯死、奇形、腐敗等を生じるために、農業の分野において重大な問題となっている。今日、我が国において特にニンニク栽培におけるイモグサレセンチュウ(Ditylenchus destructor)(クキセンチュウ類)の寄生被害が大きな問題となっている。
【0003】
イモグサレセンチュウによる被害は、1975年、新潟県、奈良県のアイリスで初確認され、その後北海道、兵庫県などでも確認された。1984年には、青森県木造町(現・つがる市木造地区)で青森県主力野菜の一つであるニンニクに腐敗や欠株など生育障害が発生し、イモグサレセンチュウによる被害と同定された。イモグサレセンチュウの発生は、ニンニクを主体に、北海道、岩手県、秋田県、宮城県、鳥取県での発生が確認されるなど、イモグサレセンチュウによる被害範囲は拡大しつつある。ニンニク国内出荷量の8割を担う青森県をはじめ、多くのニンニク新興産地においては事態は深刻であり、効果的な線虫駆除法開発への期待が非常に大きい。
【0004】
平成22年度青森県農作物病害虫防除指針によると、「ニンニクの生産を確実に行なうためには種子の更新と新しい生産圃場の準備が重要である。」とし、どうしても既発生圃場を利用して栽培せざるを得ない場合には、以下にあげる有効な防除手法をすべて組み合わせた体系的防除が必要であると述べている。各防除手法は、次の通りである。
【0005】
1)土壌消毒を行なう。
現在、ニンニクで使用できる土壌消毒剤としては、土壌燻蒸剤としてクロルピクリン燻蒸剤とダゾメット粉粒剤があり、殺線虫剤としてはカズサホス粒剤(ラグビーMC(商標登録)粒剤)とホスチアゼート粒剤(ネマトリン(商標登録)エース粒剤)がある。土壌燻蒸剤は、土壌を耕起整地した後、クロルピクリン燻蒸剤は10a当り30Lを1穴3ml注入する。ダゾメット粉粒剤は10a当り30kgをできるだけ均一に散布し土壌とよく混和する。クロルピクリン燻蒸剤の殺線虫効果は地表下20cm前後であり、ダゾメット粉粒剤の殺線虫効果は混和層に限られる。混和後ただちにポリエチレンフィルム等で被覆し、14日間以上経過してからガス抜きを行なって植え付ける。殺線虫剤は、カズサホス粒剤を10a当り30kg、ホスチアゼート粒剤を10a当り25kg全面施用し、土壌と良く混和する、というものである。
【0006】
2)種子消毒を行なう。
種子重の1%量のチウラム・ベノミル水和剤(ベンレート(登録商標)T)を種子りん片に湿粉衣する、というものである。この処理は土壌からの線虫の早期侵入防止に有効である。
【0007】
3)適期収穫
種子消毒を実施した場合、土壌中の線虫はりん球肥大期の5月下旬頃から収穫期に発根基部から最外葉の葉鞘内に侵入し、時間の経過とともに内側の葉鞘内部へ順次移動する。収穫が遅れるとその分だけりん球(りん片)内への線虫の侵入が進むので、収穫は早めに実施する、というものである。
【0008】
4)収穫後の強制乾燥
収穫後速やかに根を切り落とし、温風通風装置などを利用して、およそ35℃で2週間程度強制乾燥する、というものである。葉鞘内部に生存する線虫が急激な乾燥により死滅または活動休止状態の耐久型になり、貯蔵中のりん球腐敗の進行を防止できる。
【0009】
しかし、これら体系的防除の各手法には次のような問題点があった。すなわち、土壌消毒は、土壌燻蒸剤や殺線虫剤の作物への残留、人や家畜の健康に及ぼす影響、土壌微小生物相の破壊と撹乱、地下水汚染など環境負荷を生じ得、安全性が高いとはいえない。また、土壌消毒は概して土壌表面においては劇的な効果を示すものの、線虫は耕土深層に残存しているため、作物栽培後の線虫密度復活は速やかであり、却って線虫害を助長する(誘導多発性)。加えて、土壌消毒の夏期の処理作業は重労働であり、施用者にとって大きな負担となっている。種子消毒はニンニクの発根を抑制して生育不良を助長することやイモグサレセンチュウの餌にもなる青かび病に対して効果が不安定であること、また強制乾燥だけでは全ての線虫は死滅しておらず、強制乾燥後に腐敗が進行することである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】平成22年度青森県農作物病害虫防除指針(青森県農作物病害虫防除指針編成会議編)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、かかる従来の問題を解決しようとするものであり、安全性・効果の安定性が十分に得られ、かつ作物の生育障害・商品価値低下を招くことのない、線虫誘引剤および線虫防除方法を提供することである。また、従来から行われてきた既存の薬剤と併用して、簡易に安全性・安定性に優れた駆除効果を得られる、線虫の誘引剤および線虫の防除方法を提供することである。殊に、ニンニク栽培において、効果的かつ安全なイモグサレセンチュウの防除を可能とする誘引剤および防除方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、バイオサーファクタントを有効成分として含む製剤が、線虫の誘引物質として機能することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1] バイオサーファクタントを有効成分として含む、線虫の誘引剤。
[2] バイオサーファクタントが、中性糖および脂肪酸を主な構成成分とする、[1]の線虫の誘引剤。
[3] バイオサーファクタントが、ゴルドニア(Gordonia)属に属する微生物によって生産される、[1]または[2]の線虫の誘引剤。
[4] ゴルドニア(Gordonia)属に属する微生物が、Gordonia sp. JE1058株である、[3]の線虫の誘引剤。
[5] 線虫が、クキセンチュウ類、ネコブセンチュウ類、シストセンチュウ類およびネグサレセンチュウ類からなる群から選択される、[1]〜[4]のいずれかの線虫の誘引剤。
【0014】
[6] 線虫がイモグサレセンチュウ(Ditylenchus destructor)である、[5]の線虫の誘引剤。
[7]線虫の防除方法であって、植物を栽培する土壌に[1]〜[6]のいずれかの線虫の誘引剤を施用することを含む、土壌中の線虫を誘引する工程、および誘引された線虫を駆除する工程、を含む上記防除方法。
[8]土壌燻蒸剤および/または殺線虫剤の使用を含む、[7]の防除方法。
[9]植物がニンニク、アイリス、グラジオラス、ダリア、ジャガイモ、ラッキョウ、ハツカダイコン、インゲンマメ、ベゴニア、サツマイモ、落花生、テンサイ、ニンジンからなる群から選択される、[7]または[8]の方法。
[10][1]〜[6]のいずれかの線虫の誘引剤ならびに土壌燻蒸剤および/または殺線虫剤を含む、線虫の駆除剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、安全性および防除効果の高い、線虫の誘引剤および線虫の防除方法を提供することができ、線虫の寄生による植物の生育障害・商品価値低下を防ぐことができる。また、本発明によれば、耕土深層中に存在する線虫も誘引して、土壌燻蒸剤や殺線虫剤が行き渡る地表面付近に集めることができるので、これら薬剤の効果を飛躍的に向上させることができ、結果としてこれら薬剤の施用量を減らすことができ、作物への残留、人畜への影響、土壌微小生物相の破壊と撹乱、環境負荷を減少またはなくすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、実施例1および2のイモグサレセンチュウ誘引効果試験に用いた実験装置の写真図である。各写真図はそれぞれ以下の状態を示す:(A)イモグサレセンチュウ懸濁液を混和した土の上に高圧蒸気殺菌土壌を入れ、さらにその上にJKワイパー(商標登録:日本製紙クレシア株式会社)で包み込んだGordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタント混和土壌を置いた状態;(B)当該JKワイパーの端を閉じた状態;(C)閉じた状態のJKワイパーの上に高圧蒸気殺菌土壌をのせた状態。
【図2】図2は、実施例3の寒天内検定法に用いた実験装置の模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明についてより詳細に説明する。
本発明は、バイオサーファクタントを有効成分として含む、線虫の誘引剤に関する。
本発明において「誘引剤」とは、土壌中の線虫を誘い出し、捕集効果を有するものを意味する。従って、線虫を死滅させ、機能を失わせ、または動けなくする作用、あるいは線虫が実質的に害を及ぼすことができないようにする作用を示すもの(例えば、殺線虫剤など)は、本発明における「誘引剤」には含まれない。本発明に係る線虫の誘引剤を、地表面付近に適用することによってフェロモントラップのように下層土に生息する線虫を地表面付近に集めることができ、通常耕土深層に生息する線虫には効果がない土壌燻蒸剤や殺線虫剤の効果を飛躍的に向上することができる。
【0018】
「バイオサーファクタント」とは、生体由来の界面活性剤の総称であり、詳細には微生物によって生産される両親媒性物質を指す。今日では様々な種類のバイオサーファクタントが見出されており、その親水基の構造から、糖型、アミノ酸型、有機酸型、高分子型に分類できる。通常、親水性部分は上記分類にあるように糖やアミノ酸などの親水基を有し、疎水性部分は各種の中鎖脂肪酸、長鎖脂肪酸(飽和、不飽和、分枝、ヒドロキシ型など)の疎水基を有する。
【0019】
本発明においては、中性糖および脂肪酸を主な構成成分とするバイオサーファクタントが好ましい。このようなバイオサーファクタントとしては、ラムノースリピド、トレハロースリピド、サクシノイルトレハロースピリド、ソホロリピド、セロビオースリピド、マルトースリピド、ポリオールリビド、グルコースリピド、フルクトースリピド、グルコシドリピド、マンノシドリピド、シュークロースリピド、アルカノイル−N−グルカミドなどおよびこれらの誘導体が挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
このようなバイオサーファクタントを生産する微生物としては、シュードモナス属(Pseudomonas)、トルロプシス属(Tolulopsis)、カンディダ属(Candida)、ウスティラゴ属(Ustilago)、シュードザイマ属(Pseudozyma)、クリプトコッカス属(Cryptococcus)クルツマノマイセス属(Kurtzmanomyces)、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)、マイコバクテリウム属(Mycobacterium)、ノカルディア属(Nocardia)、ロドコッカス属(Rodococcus)、シゾネラ属(Shizonella)、アルスロバクター属(Arthrobacter)、ゴルドニア属(Gordonia)に属する微生物が挙げられるが、これらに限定されない。
【0021】
より詳細には、例えばシュードモナス・エスピー(Pseudomonas sp.)、シュードモナス・エルギノーサ(Pseudomonas aeruginosa)、トルロプシス・エスピー(Tolulopsis sp.)、カンディダ・エスピー(Candida sp.)、カンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)、カンディダ・マグノリアエ(Candida magnoliae)、カンディダ・グロペンギッセリ(Candida gropengisseri)、カンディダ・アピコーラ(Candida apicola)、ウスティラゴ・ゼアー(Ustilago zeae)、ウスティラゴ・マイディス(Ustilago maydis)、ウスティラゴ・エスクレンタ(Ustilago esculenta)、シュードザイマ・アンタクティカ(Pseudozyma antarctica)、シュードザイマ・アフィディス(Pseudozyma aphidis)、シュードザイマ・パラアンタクティカ(Pseudozyma parantarctica)、シュードザイマ・ツクバエンシス(Pseudozyma tsukubaensis)、シュードザイマ・フロクロサ(Pseudozyma floculosa)、シュードザイマ・フジフォルメータ(Pseudozyma fusiformata)、クリプトコッカス・フミコーラ(Cryptococcus humicola)、クルツマノマイセス・エスピー(Kurtzmanomyces sp.I−11)、マイコバクテリウム・ツベルクローシス(Mycobacterium tuberculosis)、マイコバクテリウム・レプレ(Mycobacterium leprae)、ノカルディア・コリネバクテロイド(Nocardia corynebacteroides)、ロドコッカス・エリスロポリス(Rodococcus erythropolis)、ロドコッカス・ウランティアクス(Rodococcus aurantiacus)、シゾネラ・メラノグラマ(Shizonella melanogramma)、アルスロバクター・エスピー(Arthrobacter sp.)などが挙げられるが、これらに限定されない(特開平10−96174号公報、特開2010−158192号公報)。
【0022】
好ましくは、本発明におけるバイオサーファクタントは、ゴルドニア属(Gordonia)に属する微生物によって生産されるものであり、特に好ましくはゴルドニア・エスピーJE1058(Gordonia sp. JE1058)株より生産されるものである(特開2002−239368)。Gordonia sp. JE1058株は、元通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(現経済産業省産業技術総合研究所特許生物寄託センター)に受託番号FERM BP−7406として寄託されている。
【0023】
バイオサーファクタントは、従来公知の手法によって製造することができる。すなわち、バイオサーファクタント生産微生物を、当該技術分野で通常用いられる炭素源、窒素源、有機栄養源、無機栄養源を含む培地で十分な量のバイオサーファクタントを生産できる期間培養した後、遠心分離によって微生物等を分離して上清を回収する。上清からのバイオサーファクタント精製は、硫安塩析、有機溶媒による沈殿分離、クロマトグラフィー、濾過処理などの公知の手法を1つまたは複数組み合わせて用いて行うことができる。得られたバイオサーファクタントは、凍結乾燥などの方法で水分を除去する。バイオサーファクタント生産微生物として、上記ゴルドニア(Gordonia)属に属する微生物、特にGordonia sp. JE1058株を用いる場合には、培地にノルマルパラフィンを含む炭素源を添加する(特開2002−239368号公報)。ノルマルパラフィンとしては、n−ウンデカン、n−ドデカン、n−トリデカン、n−テトラデカン、n−ペンタデカン、n−ヘキサデカン、n−ヘプタデカン、n−オクタデカン等が挙げられる。
【0024】
本発明において、バイオサーファクタントは、精製されたものであっても、粗精製されたものであっても良い。
【0025】
本発明において、バイオサーファクタントはそのまま使用しても良いし、常法に従って、担体、固着剤、分散剤、補助剤等と公知の手法で混合して、粉剤、粒剤、水和剤、液剤、乳剤、懸濁液などの形態にしても良い。
【0026】
担体としては、例えば、タルク、ベントナイト、クレー、カオリン、ケイソウ土、ホワイトカーボン、バーミキュライト、ケイ砂などの固体担体;水溶性高分子化合物(ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸など)、水、植物油、液体動物油などの液体担体などが挙げられる。固着剤としては、例えば、カゼイン、ゼラチン、アラビアゴム、アルギン酸などが挙げられる。分散剤としては、例えば、アルコール硫酸エステル類、ポリオキシエチレングリコールエーテルなどが挙げられる。補助剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、デンプン、乳糖などが挙げられる。上記担体、固着剤、分散剤および補助剤は、それぞれの目的に応じて、それぞれ単独でまたは適宜組合せて使用することができる。
【0027】
本発明の線虫の誘引剤は、土壌燻蒸剤や殺線虫剤との併用が可能であり、それらと組み合わせて線虫の駆除剤とすることも可能である。ここで「駆除剤」とは、線虫を死滅させ、機能を失わせ、または動けなくする作用、あるいは線虫が実質的に害を及ぼすことができないようにする作用を示すもの指し、その効果は専ら、含有する土壌燻蒸剤や殺線虫剤に依存する。
【0028】
本発明の線虫の誘引剤によって誘引される線虫としては、植物、特に農作物に寄生する有害線虫や、自活性線虫などが挙げられ、様々な種類の線虫に対して捕集効果を有する。本発明の線虫の誘引剤によって誘引される有害線虫としては、クキセンチュウ類(ナミクキセンチュウ(Ditylenchus dipsaci)、イモグサレセンチュウ(Ditylenchus destructor)、キノコセンチュウ(Ditylenchus miophagus)等)、ネコブセンチュウ類(サツマイモネコブセンチュウ(Meloidogyne incognita)、ジャワネコブセンチュウ(Meloidogyne javanica)、キタネコブセンチュウ(Meloidogyne hapla)、アレナリアネコブセンチュウ(Meloidogyne arenaria)等)、シストセンチュウ類(ダイズシストセンチュウ(Heterodera glycines)、ジャガイモシストセンチュウ(Globodera rostochiensis)、クローバーシストセンチュウ(Heterodera trifolii)等)、ネグサレセンチュウ類(ミナミネグサレセンチュウ(Pratylenchus coffeae)、モロコシネグサレセンチュウ(Pratylenchus zeae)、クルミネグサレセンチュウ(Pratylenchus vulnus)、キタネグサレセンチュウ(Pratylenchus penetrans)等)が挙げられるが、これらに限定されない。特に好ましくは、イモグサレセンチュウ(Ditylenchus destructor)である。
【0029】
本発明の誘引剤の施用は、植物を定植または播種する前、または定植または播種した後の土壌に行う。好ましくは、植物を定植する前の土壌である。いずれにしても、植物に線虫が侵入する前に施用することが好ましい。
【0030】
本発明の誘引剤の施用方法は、土壌に混和、または灌注すれば良く、土壌燻蒸剤や殺線虫剤の効果が及ぶ範囲(通常の施用方法であれば、地表下およそ20cm前後)内の土壌に当該誘引剤が散布されるように土壌処理すれば良い。誘引剤の施用量は、土壌中に生息する有害線虫を十分に誘引可能であれば良く、特に限定されないが、好ましくは土壌1Lあたり0.1g〜2gの範囲より適宜選択することができる。すなわち、圃場10aあたり、5kg以上、好ましくは10kg以上を施用することが望ましい。
【0031】
本発明の線虫の防除方法は、上記誘引剤によって誘引された土壌中の線虫を、従来公知の手法によって駆除することによって行う。線虫の駆除方法としては、土壌燻蒸剤や殺線虫剤散布などの化学的手法や、ハウスを密閉し耕土を加温する太陽熱土壌消毒、ハウス土壌に有機物を混和して密閉加温する還元土壌消毒、可動式ボイラーから給湯し直接作土を加熱する熱水土壌消毒、耕土の長期間湛水処理といった物理的手法を用いることができる。好ましくは、化学的手法である。
【0032】
具体的には、植物を栽培する土壌に上記線虫の誘引剤を施用する。誘引剤は植物を定植または播種する前、または定植または播種した後に施用しても良いが、より好ましくは植物を定植する前に施用する。土壌に施用された誘引剤は、土壌中の線虫を当該誘引剤で処理した土壌中へと誘引する。誘引剤施用後、数日から数週間(好ましくは2週間程度)で十分な捕集効果が得られる。処理土壌中の線虫密度を監視し、処理土壌中の線虫数が増加した適当な時期に線虫の駆除を行う。本発明の誘引剤は、線虫の駆除方法との併用が可能であるため、例えば当該誘引剤は土壌燻蒸剤や殺線虫剤と同時に散布しても良いし、土壌燻蒸剤や殺線虫剤の有効期間内であれば、土壌燻蒸剤や殺線虫剤散布後に誘引剤を散布することもできる。土壌燻蒸剤や殺線虫剤は従来公知のものを利用することができ、例えば、クロルピクリン燻蒸剤(クロールピクリン、ドジョウピクリン、ドロクロール、クロピク80、クロピクテープ、クロピクフロー、クロピク錠剤)、クロルピクリン・D−D剤(ソイリーン(商標登録))、タゾメット粉粒剤(ガスタード(商標登録)微粒剤、バスアミド(商標登録)微粒剤)、カーバムナトリウム塩剤(キルパー(商標登録))、メチルイソチオシアネート・D−D剤(ディ・トラペックス(商標登録)油剤)、D−D剤、DCIP剤(ネマモール(商標登録))、DCIP/D−D剤(プラズマ(商標登録)油剤)、カーバム剤(NCS(商標登録)(以上、土壌くん蒸剤)、ホスチアゼート剤(ネマトリン(商標登録)エース粒剤、ネマトリン(商標登録)粒剤10、ガードホープ(商標登録)液剤)、カズサホス剤(ラグビーMC(商標登録)粒剤)、オキサミル剤(バイデート(商標登録)L粒剤)、ピラクロホス剤(ボルテージ(商標登録)粒剤6)剤、イミシアホス剤(ネマキック(商標登録)粒剤)、ベンフラカルブ剤(オンコル(商標登録)粒剤5)、カルボスルファン剤(ガゼット(商標登録)粒剤、アドバンテージ(商標登録)粒剤)、石灰窒素(石灰窒素40、石灰窒素50、石灰窒素55、カルメート60)(以上、殺線虫剤)を使用することができる。土壌燻蒸剤および殺線虫剤の用量および用法は、製造元の指示どおりに用いることができる。
【0033】
植物は、上記線虫の被害を受け得る植物(好ましくは、草花、野菜、花木、庭木、果樹)であれば特に限定されず、例えば、キュウリ、サツマイモ、サトイモ、ジャガイモ、ピーマン、ナス、ダイコン、ハクサイ、サトイモ、オカボ、ダイズ、アズキ、イチゴ、トマト、スイカ、メロン、タマネギ、コムギ、インゲン、エンドウ、ニンニク、マッシュルーム、ネギ、ラッキョウ、インゲンマメ、ハツカダイコン、落花生、テンサイ、ニンジン、ゴボウ、ナガイモ、トウモロコシ、アスパラガス、マリーゴールド、ヒヤシンス、スイセン、ユリ、ベゴニア、ペチュニア、アイリス、ボタン、グラジオラス、ダリア、キク、リンドウ、キンギョソウ、カンキツ類、ブドウなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
本発明の一実施形態として、イモグサレセンチュウ(Ditylenchus destructor)の防除方法が挙げられる。
【0035】
イモグサレセンチュウによる被害は、ニンニク、アイリス、グラジオラス、ダリア、ジャガイモ、ラッキョウ、ハツカダイコン、インゲンマメ、ベゴニア、サツマイモ、落花生、テンサイ、ニンジンなどにおいて報告されており、中でもニンニクへの被害は上記のとおり大きな問題となっている。
【0036】
従来技術として説明したように、イモグサレセンチュウによる被害防止は、種子消毒用殺菌剤、土壌燻蒸剤または殺線虫剤、殺線虫用の収穫後強制乾燥処理を併用し、かつ早期収穫を組み合わせた体系的総合防除法を実施しているが、それでも被害を軽減することは甚だ困難である。また、イモグサレセンチュウによる被害は、上述の処理を全て併用し、連年処理することによって、ようやく被害を軽減できるほどの難防除のセンチュウ害として認識されている。しかしながら、本発明の線虫の防除方法により、イモグサレセンチュウ被害に対する防除効果を革新的に向上させることができる。
【0037】
ニンニクにおけるイモグサレセンチュウの防除を目的とした本発明の適用においては、上記線虫の誘引剤を種球の植え付け前の土壌表面に散布または灌注する。誘引剤の施用量は、有効成分であるバイオサーファクタントの施用時における濃度が土壌1L当たり2g、つまり10a当たり1kg以上となるようにする。土壌表面に散布または灌注された誘引剤を、ロータリー耕などにより土壌中に混和して処理する。このとき処理土壌の厚みが地表下15〜20cm程度あることが好ましい。誘引剤の施用後、土壌中のイモグサレセンチュウは当該誘引剤に誘引され、いわばフェロモントラップと同様の作用によって該誘引剤を処理した土壌中へ移動する。処理土壌中のイモグサレセンチュウ生息密度を経時的に計測し、処理土壌中のイモグサレセンチュウ数が増加した適当な時期(好ましくは、1週間から3週間程度)に土壌燻蒸消毒又は殺線虫剤を用いてイモグサレセンチュウを駆除する。誘引剤の土壌処理は種球の植え付け前に複数回繰り返し行っても良い。
本発明は、一片種、六片種、多片種のいずれのニンニクに対しても適用することができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。
【0039】
実施例1 Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントのイモグサレセンチュウ誘引効果試験
高圧蒸気殺菌した土壌1L(リットル)に、Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントの粗精製乾燥粉末2gをよく混和したもの100mL量を、二重に重ねたJKワイパー(王子製紙製)の中央にのせ、包み込むようにJKワイパー(登録商標)の端を捻ってしめた。比較として、Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントの代わりに、ニンニク鱗片薄切り片35g、ガーリックパウダー2g、ジャガイモ・デキストロース・ブロス(Difco社製)2gまたは20g、ジャガイモ・デキストロース寒天培地で培養して得られた黒腐菌核病菌の乾燥菌核9cmシャーレ2枚分、無処理区として高圧蒸気殺菌土壌のみも用いた。
【0040】
なお、誘引効果試験に用いたGordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントの粗精製乾燥粉末は、特開2002−239368号公報に記載の方法により製造したものを用いた。すなわち、Gordonia sp.JE1058株を30℃、160rpmの振とう数にて、酵母エキス1g/Lおよびノルマルテトラデカン1容積%含む培地中で4日間培養した後、培養液1Lあたり硫酸アンモニウム472gを添加して、バイオサーファクタントを塩析した。その後、析出物を透析膜中、2日間、室温で流水中に晒すことで、透析による脱塩を行い、その後凍結乾燥することによって、当該バイオサーファクタントの粗精製乾燥粉末を得た。
【0041】
センチュウ懸濁液はベルマン法により感染ニンニクから得た。具体的には、イモグサレセンチュウ感染ニンニクのりん片を水道水で洗浄した後、細かく刻み、キムワイプ(登録商標)をのせたロートの上に載せた。ニンニクが十分に浸るまで蒸留水を注ぎ、室温にて一晩静置することによって、キムワイプを通過したイモグサレセンチュウをビーカーに採取した。採取量の50倍以上の滅菌蒸留水を加え、イモグサレセンチュウが沈殿するまで静置した後、上澄み液を除いた。この操作を少なくとも3回繰り返してイモグサレセンチュウ懸濁液を得た。
【0042】
図1に示すように、2Lのプラスチック製のディスポビーカーの底に、高圧蒸気殺菌した土壌にイモグサレセンチュウ懸濁液を混和した土(約120頭/g土)100mLを敷き詰め、その上に高圧蒸気殺菌土壌1.5L量を入れ、さらにその上にJKワイパーで包み込んだGordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタント混和土壌などを置き(図1(A))、JKワイパーの端を閉じた後(図1(B))、それが隠れるように高圧蒸気殺菌土壌をのせた(図1(C))。その後、水道水をビーカー当たり500mL灌水した。処理したビーカーは最低気温20℃に管理したガラス温室内に放置し、JKワイパーの内側、すなわち、JKワイパーで包み込んだGordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタント混和土壌などに侵入したイモグサレセンチュウの数を計測した。
【0043】
結果を以下の表1に示す。
【表1】

【0044】
表1より明らかなように、Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタント混和土壌試験区に多くのイモグサレセンチュウが観察され、処理7日目において、平均230.7匹、処理14日目において、平均534.7匹であった。
【0045】
Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタント混和土壌試験区におけるイモグサレセンチュウ数は、ニンニク鱗片試験区より多かった。
【0046】
以上の結果より、Gordonia sp.JE1058株が産生するバイオサーファクタントのイモグサレセンチュウ誘引効果が明らかとなった。
【0047】
実施例2 Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントの土壌生息する自活性線虫誘引効果試験
同様に、Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントの自活性線虫誘引効果を試験した。自活性線虫は園芸用培土サカタプライムミックスTKS−2(商標登録)に含まれるAcrobeloides属またはMicrodorylaimus属線虫を用いた。試験区には上記Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタント混和土壌またはジャガイモ塊茎薄切り片30gを供試し、無処理区として高圧蒸気殺菌土壌のみを供試した他は実施例1と同様の条件にて試験した。
【0048】
結果を以下の表2に示す。
【表2】

【0049】
表2より明らかなように、Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタント試験区に処理14日目において、平均11.7匹の自活性線虫が観察され、対照区(無処理)で観察された自活性線虫はわずかであった(平均1.8匹)。
【0050】
以上の結果より、Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントは自活性線虫に対しても、誘引効果を示すことが明らかとなった。
【0051】
実施例3 Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントの寒天内検定法
直径5mmの市販の透明ストローを5.5cmの長さに切り、立てたストローの5.0cmの高さまで3.0%素寒天溶液を満たし、寒天を固化する。ストローの、寒天が入っていない0.5cmの部分に細く切ったキムワイプを丸めて詰める。1.5mLサンプルチューブの底部に0.2mmガラスビーズを0.2mL容詰め、所定密度(ここでは約100頭/20μL)のイモグサレセンチュウ懸濁液を流し込む。その1.5mLサンプルチューブに、キムワイプ部が上になるようにストローを立て、キムワイプ部に検定物質溶液を100μL滴下した(図2)。検定物質溶液には、10mLの5mM塩化カルシウム溶液を用い、Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントは1%量を室温で30分間撹拌して溶解した。ニンニク汁は、みじん切りにした鱗片をフィルターキャップ付きフィンガーマッシャー(アシスト社製:特開2007−218903号公報)に入れ、3倍容の5mM炭酸カルシウム溶液を添加し、指で2分程度揉み潰して磨砕し、キャップ付属のフィルターで濾過した汁液を用いた。黒腐菌核病菌液は、ポテトデキストロース寒天培地で培養して形成した菌核約50個をフィルターキャップ付きフィンガーマッシャーに入れ、1mLの5mM塩化カルシウム溶液を添加し、指で2分程度揉み潰して磨砕し、キャップ付属のフィルターで濾過した汁液を用いた。搾汁方法は、他に乳鉢・乳棒やポリエチレン袋を用いる一般的な手法などがある。メチイン溶液は、蒸留水に溶解して1M濃度溶液に調整した。当該実験装置を、20℃にて放置し、実験を開始した。実験開始から3時間後に、1.5mLサンプルチューブから各ストローを取り出し、光学顕微鏡下(10倍×4倍)で寒天中におけるイモグサレセンチュウの移動程度を観察した。観察後に、ストローを1.5mLサンプルチューブに戻し、キムワイプ部に先ほどと同じ検定物質溶液を注ぎ足して、同様に20℃にて放置し、さらに3時間後(すなわち、実験開始から6時間後)に、上記と同様に寒天中におけるイモグサレセンチュウの移動程度を観察した。
【0052】
結果を以下の表3に示す。
【表3】

【0053】
表3より明らかなように、検定物質溶液にGordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントを用いた場合、対照である検定物質を含まない溶液と比較して、ストローの上部にてイモグサレセンチュウが観察された。
【0054】
以上の結果からも、Gordonia sp.JE1058株産生バイオサーファクタントが有するイモグサレセンチュウ誘引効果が明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、耕土深層中に存在する線虫も誘引して、土壌燻蒸剤や殺線虫剤が行き渡る地表面付近に集めることができるので、これら薬剤の効果を飛躍的に向上させることができ、結果としてこれら薬剤の施用量を減らすことができ、作物への残留、人畜への影響、土壌微小生物相の破壊と撹乱、環境負荷を減少またはなくすことができる。また、本発明によれば、効率的に線虫を防除することができるために、線虫の寄生による作物の生育障害・商品価値低下を防ぐことができる。したがって、本発明によれば「食の安全」確保や生産コスト削減も見込める線虫駆除が可能であり、農業分野およびその関連分野において大いに貢献することが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオサーファクタントを有効成分として含む、線虫の誘引剤。
【請求項2】
バイオサーファクタントが、中性糖および脂肪酸を主な構成成分とする、請求項1に記載の線虫の誘引剤。
【請求項3】
バイオサーファクタントが、ゴルドニア(Gordonia)属に属する微生物によって生産される、請求項1または2に記載の線虫の誘引剤。
【請求項4】
ゴルドニア(Gordonia)属に属する微生物が、Gordonia sp. JE1058株である、請求項3に記載の線虫の誘引剤。
【請求項5】
線虫が、クキセンチュウ類、ネコブセンチュウ類、シストセンチュウ類およびネグサレセンチュウ類からなる群から選択される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の線虫の誘引剤。
【請求項6】
線虫がイモグサレセンチュウ(Ditylenchus destructor)である、請求項5に記載の線虫の誘引剤。
【請求項7】
線虫の防除方法であって、植物を栽培する土壌に請求項1〜6のいずれか1項に記載の線虫の誘引剤を施用することを含む、土壌中の線虫を誘引する工程、および誘引された線虫を駆除する工程、を含む上記防除方法。
【請求項8】
土壌燻蒸剤および/または殺線虫剤の使用を含む、請求項7に記載の防除方法。
【請求項9】
植物がニンニク、アイリス、グラジオラス、ダリア、ジャガイモ、ラッキョウ、ハツカダイコン、インゲンマメ、ベゴニア、サツマイモ、落花生、テンサイ、ニンジンからなる群から選択される、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の線虫の誘引剤ならびに土壌燻蒸剤および/または殺線虫剤を含む、線虫の駆除剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−176906(P2012−176906A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−40527(P2011−40527)
【出願日】平成23年2月25日(2011.2.25)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【出願人】(309015019)地方独立行政法人青森県産業技術センター (52)
【Fターム(参考)】