説明

繊維強化熱可塑性樹脂成形体

【課題】環境問題がなく、強度が高く、均一な物性の繊維強化熱可塑性樹脂成形体を提供する。
【解決手段】本発明の繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、天然繊維で強化された繊維強化熱可塑性樹脂成形体であって、天然繊維は麻繊維の紡績糸(1)であり、紡績糸(1)は少なくとも一方向に引き揃えられ、熱可塑性樹脂(3a-3f)と一体成形されている。麻繊維は例えば亜麻糸(リネン)繊維であり、平衡水分率を有する状態で繊維強化熱可塑性樹脂成形体に成形されていることが好ましく、熱可塑性樹脂のフィルムを溶融して圧縮加工したフィルムスタッキング法により成形されていることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然繊維で強化された繊維強化熱可塑性樹脂成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や飛行機、車両などの内装にはプラスチックが使用され、金属に比較して軽量化されている。プラスチックだけでは強度が不足するため、プラスチックにガラスの短繊維(一定の長さにカットしたもの)を混入している。しかし廃棄したときに、焼却炉で燃焼させると、プラスチックは分解してCO2と水になるが、ガラスは溶融して固まり、焼却炉内部に付着する。これにより焼却炉の寿命が著しく低下するといった問題が懸念されている。ガラスのような高い強度を持つ材料として、炭素繊維が知られているが、高価で実用的用途には使用できない問題がある。
【0003】
そこで、近年天然繊維による繊維強化熱可塑性樹脂成形体(FRTP)は社会的に関心が高まっている。これは、リサイクル可能であり、その中でマテリアルリサイクルとして繰り返し使用可能であること、サーマルリサイクルとして燃焼時に有毒ガスがでないこと、エネルギー問題による移動体の軽量化が可能であり、軽量化することで燃費を向上できること、植物系天然繊維は光合成時に二酸化炭素をその内部に吸収し、燃焼させても排出される二酸化炭素は元と変わらないことから、環境問題を起こさないことが挙げられる。
【0004】
補強繊維に天然繊維を用いた繊維強化樹脂は、特許文献1〜2に提案されている。特許文献1には、麻繊維の短繊維を不織布、織物、編み物に加工して繊維補強樹脂にすることが記載され、特許文献2には、ケナフ繊維の短繊維を不織布、織物に加工して繊維補強樹脂にすることが記載されている。
【特許文献1】特開2004−143401
【特許文献2】特開2004−149930
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1〜2は、麻繊維やケナフ繊維の短繊維を用いて不織布、織物、編み物に加工して繊維強化樹脂(FRP)にするため、不織布では、FRPでの繊維の体積含有率(Vf)が上げられず、強度が出ず、成形品は厚さが大きくなり、重くなる問題があった。また、天然繊維特有の個体差や収穫された場所での差異などがあり、安定した物性を得ることができないといった問題があった。さらに、編み物は糸がループ構造をし、強度や弾性率には寄与せず、織物ではタテ・ヨコの糸が上下に交叉して平面を形成しており、FRPにしたときに、屈曲部で繊維の強度以下で破壊するといった問題があった。
【0006】
本発明は、前記従来の問題を解決するため、環境問題がなく、強度が高く、均一な物性の繊維強化熱可塑性樹脂成形体を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、天然繊維で強化された繊維強化熱可塑性樹脂成形体であって、前記天然繊維は紡績糸であり、前記紡績糸は少なくとも一方向に引き揃えられ、熱可塑性樹脂と一体成形されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、天然繊維に撚りをかけて紡績糸にすることで、連続繊維として扱うことが可能になり、体積含有率(Vf)を向上させることが可能である。また、天然繊維特有の個体差や収穫された場所での差異などがあっても、紡績前工程で混合されることにより安定した物性を得ることができ、環境問題もない。さらに、紡績糸は少なくとも一方向に引き揃えられ、熱可塑性樹脂と一体成形されていることにより、織物のように経糸と緯糸の交錯点で糸が屈曲されることはなく、強度の高い繊維強化熱可塑性樹脂成形体を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、天然繊維の紡績糸を少なくとも一方向に引き揃え、熱可塑性樹脂と一体成形したものである。これにより、前記した効果が得られる。前記天然繊維としては、植物系天然繊維が好ましく、具体的には、綿繊維、麻繊維、竹繊維、カポック等が挙げられる。特に、亜麻糸(リネン)繊維又はフラックス等の麻繊維が好ましい。亜麻糸(リネン)繊維は一年草で3ヶ月で収穫でき、原料供給も安定しているからである。
【0010】
前記麻繊維は平衡水分率を有する状態で繊維強化熱可塑性樹脂成形体に成形されていることが好ましい。強度を高く維持できるからである。
【0011】
前記繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、熱可塑性樹脂の融点以上天然繊維の分解温度より20℃低い温度以下で成形するのが好ましい。熱可塑性樹脂の融点未満での成形であれば、天然繊維中に熱可塑性樹脂が含浸しない。また、天然繊維は分解温度に達する以前に、紡績糸断面に亀裂が生じ、ある程度の亀裂が生じた時点で紡績糸による補強強度が低下を始めるためである。この温度範囲であれば、繊維強化熱可塑性樹脂成形体の強度を高く維持できる。特に、天然繊維中への熱可塑性樹脂の含浸性を考慮するならば、上記温度範囲であって、なるべく高い温度、例えば分解温度より20〜40℃低い温度で成形するのが好ましい。
【0012】
前記繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、従来の公知の成形方法の使用が可能であり、ホットスタンピング法、プリプレグ成形法、SMC成形法等が挙げられるが、熱可塑性樹脂のフィルムを溶融して圧縮加工したフィルムスタッキング法により成形してもよい。この成形方法は薄手シートの成形に好適である。
【0013】
前記紡績糸は複数の方向に引き揃えられ、前記引き揃えられた複数本の配列糸はステッチング糸によって厚さ方向に結束され、多軸挿入たて編物に成形されていることが好ましい。これにより、角度依存性のない高強度の成形体が得られる。例えば、シート状に引き揃えられた複数本の配列糸を、シートごとに方向性を変化させながら2層以上積層し、ステッチング糸により結束し、多軸状の積層シートとすることで、いわゆる多方向に補強効果の優れた繊維強化プラスチックを得ることも可能となる。なお、ステッチング糸の代わりに、又は併用してバインダーを用いても良い。
【実施例】
【0014】
以下実施例を用いて本発明を具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0015】
(実施例1)
図1Aは本発明の一実施例のフィルムスタッキング法による成形体の製造方法を示す平面図、図1Bは同製造方法の断面図である。メタルフレーム2に、亜麻(リネン)繊維からなる紡績糸1a,1bを図1Aのように一方向に巻き付けた。紡績糸の太さ(繊度)は130tex、巻きつけ本数は、幅20mmに対し132本、巻きつけ重量3.1gであった。なお、図1Aにあるとおりメタルフレーム2に一定間隔を置いて2カ所巻き付けた。紡績糸の撚り数はインチあたり12回(472.4T/m)、分解温度は約200℃であった。この巻きつけた紡績糸に、図1Bに示すように、融点151℃、厚さ0.2mm(200μm)のポリプロピレン(PP)フィルム3a〜3fを両面及び中間(上下の糸間)に配置し、熱プレス金型4,5によって亜麻(リネン)紡績糸とPPフィルムを溶融一体化させた。金型温度は160〜190℃とし、圧力は4MPa、加熱加圧時間は20分間とした。紡績糸の割合は約70質量%であった。
【0016】
得られた成形品を長さ180mmにカットし、引張試験片(長さ180mm、幅20mm、厚み約1.2mm)を作成した。なお、引張試験は、JISK7054:1995に準じ、オートグラフ(島津製作所製:AG−5000B)を用いて、つかみ具間距離80mm、試験速度1mm/minで行った。成形された繊維強化樹脂の引っ張り強度は表1及び図2に示すとおりであった。
【0017】
【表1】

【0018】
以上の結果から、弾性率については系統的な変化がみられなかったが、160〜180℃が好ましく、最も好ましくは170℃であった。分解温度近くの190℃では強度が低下した。
【0019】
さらに、得られた繊維強化樹脂の断面写真を観察したところ、金型温度160℃では糸内部に樹脂の未含浸部がみられた。これは160℃ではPPが溶融するが粘度が高いためまだ糸内部にまで浸透しなかったと考えられる。金型温度170℃では糸内部の未含浸部は減少し、均一な状態になっていた。金型温度180℃では糸内部の繊維がハッキリとしていて、繊維周辺に未含浸部が形成されており、糸の周囲にも未含浸部があった。これは糸の分解が始まったものと思われる。金型温度190℃では糸の内部に明らかな未含浸部が広がり、亀裂がみられた。これは亜麻糸の分解が原因だと考えられる。
【0020】
(実施例2)
次に、水分の影響について検討した。天然繊維は吸水性が高く、水分により力学的物性が大きく変化する。また成形時に水分が存在すると、未含浸領域となると考えられる。従来は水分の存在は好ましくないと考えられていた。
【0021】
まず、亜麻糸紡績糸単独の水分率の異なったサンプルを次のように作成した。
(1)乾燥:60℃、24時間乾燥
(2)平衡水分率(25℃、相対湿度65%室内環境放置。平衡水分率の状態。)
(3)吸水(80℃、飽和水蒸気中、120時間)
前記サンプルの物性を表2に示す。
【0022】
【表2】

【0023】
表2から、弾性率は乾燥と放置(平衡水分率状態)ではほぼ同一であるが、吸水により低下する。強度は水分の上昇にともなって上がる。
【0024】
次に、成形条件は、温度170℃、圧力4MPa、加熱加圧時間20分とし、水分率は次のようにして変えた。
【0025】
実施例1と同様に成形し、物性を測定したところ、次の結果が得られた
【0026】
【表3】

【0027】
表3から明らかなとおり、弾性率は吸水状態でもっとも低く、糸の水分の物性変化と一致する。強度は放置(平衡水分率)のものが高く、糸物性の変化とは異なる。亜麻糸は水分を含むことで収縮し、成形物内での圧縮の残留応力があるためと考えられる。
【0028】
成形物の外観は乾燥と平衡水分率状態では外観は同様であった。吸水では成形後も水分が内部に残っていた。各条件での成形物の断面観察を行った。
(1)乾燥では糸内部とマトリックスの含浸状態は良い。
(2)放置では糸内部へのマトリックス樹脂の含浸状態が比較的良好である。
(3)吸水状態では、糸内部に未含新領域である亀裂がある。糸内部の水がマトリックス樹脂の含浸の妨げになったと考えられる。
【0029】
以上から亜麻糸紡績糸を使用する際には特別な乾燥は必要ではないことがわかった。すなわち、室温に放置した平衡水分率の状態で使用するのがもっとも効率的である。
【0030】
(応用例)
本発明の応用例を図3に示す。図3は多軸挿入たて編物の概念斜視図である。複数の方向に各々配列された亜麻糸紡績糸1a〜1fは、編針6に掛けられたステッチング糸7,8によって厚さ方向にステッチング(結束)され、一体化されている。このような多軸挿入たて編物を繊維補強材とし、熱可塑性樹脂と一体化成形することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】図1Aは本発明の一実施例のフィルムスタッキング法による成形体の製造方法を示す平面図、図1Bは同製造方法の断面図である。
【図2】図2は本発明の実施例1の繊維強化樹脂の強度−伸度を示すグラフ。
【図3】図3は本発明の応用例を示す多軸挿入たて編物の概念斜視図である。
【符号の説明】
【0032】
1,1a−1f 亜麻(リネン)繊維からなる紡績糸
2 メタルフレーム
3a−3d ポリプロピレン(PP)フィルム
4,5 熱プレス金型
6 編針
7,8 ステッチング糸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然繊維で強化された繊維強化熱可塑性樹脂成形体であって、
前記天然繊維は紡績糸であり、
前記紡績糸は少なくとも一方向に引き揃えられ、熱可塑性樹脂と一体成形されていることを特徴とする繊維強化熱可塑性樹脂成形体。
【請求項2】
前記天然繊維は植物系天然繊維である請求項1に記載の繊維強化熱可塑性樹脂成形体。
【請求項3】
前記天然繊維は麻繊維の紡績糸である請求項1又は2に記載の繊維強化熱可塑性樹脂成形体。
【請求項4】
前記天然繊維繊維は亜麻糸(リネン)繊維である請求項1〜3のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂成形体。
【請求項5】
前記麻繊維は平衡水分率を有する状態で繊維強化熱可塑性樹脂成形体に成形されている請求項3又は4に記載の繊維強化熱可塑性樹脂成形体。
【請求項6】
前記繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、熱可塑性樹脂の融点以上麻繊維の分解温度より20℃低い温度以下で成形されている請求項1〜5のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂成形体。
【請求項7】
前記繊維強化熱可塑性樹脂成形体は、熱可塑性樹脂のフィルムを溶融して圧縮加工したフィルムスタッキング法により成形されている請求項1〜6のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂成形体。
【請求項8】
前記紡績糸は複数の方向に引き揃えられ、前記引き揃えられた複数本の配列糸はステッチング糸によって厚さ方向にステッチングされ、多軸挿入たて編物に成形されている請求項1〜7のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂成形体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−138361(P2007−138361A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−337004(P2005−337004)
【出願日】平成17年11月22日(2005.11.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本複合材料学会、2005年度研究発表講演会予稿集(創立30周年記念講演会)(7〜8頁を含む)
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【出願人】(504255685)国立大学法人京都工芸繊維大学 (203)
【Fターム(参考)】