説明

繊維芽細胞増殖促進剤

【課題】新規な繊維芽細胞増殖促進剤を提供すること、従来はほとんど使用の途がなかった二枚貝の内臓や紅藻類に属する海藻の中でも低品質で食用に不適なノリから有用な繊維芽細胞増殖促進剤を抽出して提供すること、及び創傷治癒剤や化粧品等の構成原料としてすぐれた効果を奏し、しかも使いやすい繊維芽細胞増殖促進剤を提供すること。
【解決手段】マイコスポリン様アミノ酸(MAA)よりなるか又はMAAを有効成分とする繊維芽細胞増殖促進剤。MAAは二枚貝の内臓から抽出するか又は紅藻類に属する海藻から抽出することが好ましい。ヒト皮膚の繊維芽細胞の増殖を促進するのに有効であり、化粧品の構成原料として用いることができる繊維芽細胞増殖促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は繊維芽細胞増殖促進剤に関する。詳しくは、マイコスポリン様アミノ酸の機能に基づく新規な繊維芽細胞増殖促進剤とその用途に関する。本発明の繊維芽細胞増殖促進剤は、ホタテガイを代表とする二枚貝の内臓やノリ(海苔)等の紅藻類に属する海藻を原料として抽出することができる。
【背景技術】
【0002】
ホタテガイは、年間56万トン程度漁獲されているが、製品となるのは貝柱の部分がほとんどで、ホタテガイ全量の13%程度にすぎない。貝柱以外の貝殻、内臓、外套膜等は加工の過程で産業廃棄物として処理されているので、自然環境への負荷や処理コストの点で問題が多い。特に、ホタテガイの内臓は、重金属カドミウムが含まれているので、これを廃棄又はリサイクルするにはカドミウムを除去する必要があるため、処理コストが非常にかさむ。そのため、業界からは、ホタテガイ廃棄物の有効利用方途や有用成分の利用法の開発によってホタテガイ加工廃棄物の付加価値向上が要望されている。
【0003】
また、我が国では紅藻類アマノリ属に属するノリが盛んに養殖されているが、近年、ケイ藻プランクトンの発生に伴う養殖海域の栄養塩の減少によって色落ちと呼ばれる低品質のノリが多量に発生しており、食用に適さないため、廃棄処分しなければならず、社会問題化している。このような低品質のノリの成分の生理活性を明らかにすることで有効利用の方途を開発することは水産業において重要な課題であり、また、環境への負荷の低減という意味でも重要である。
【0004】
本発明者らは、当初、ホタテガイの廃棄物から有用物質を見出し、廃棄物そのものに付加価値を付与することでホタテガイ廃棄物の処理コストを低減化することを志向して、ホタテガイの加工廃棄物から有用物質を探索したところ、ホタテガイの卵巣抽出物にB領域紫外線(UVB:波長280〜320nm)吸収活性を見出した。さらにこのUVB吸収活性成分の一つとして数種のマイコスポリン様アミノ酸を同定した。
【0005】
マイコスポリン様アミノ酸(Mycosporine-like amino asids:以下「MAA」とも記載する。)は、菌類の代謝産物であるマイコスポリン(シクロヘキセノン又はシクロヘキセニミン骨格にアミノ酸又はアミノアルコールが結合した構造)の部分構造を有するアミノ酸類の総称で、UVBからA領域紫外線(UVA:波長320〜400nm)の領域に強い吸収帯を有する。MAAは、動植物プランクトン、海藻類、無脊椎動物、魚類など水生生物に広く分布することが知られており、太陽光紫外線による傷害からこれら水生生物を保護していると考えられている(非特許文献1)。
【0006】
このようにMAAは、天然の紫外線防御物質であるが、紫外線吸収活性以外にも抗酸化性を有することが知られており、化粧品や浴用剤や飲食品等への用途が期待されている。しかし、実用化するには、なお研究を続ける必要がある。
【0007】
本発明者らはホタテガイの内臓から抽出したMAAのさらなる付加価値を見出すべく、その機能性を探索したところ、MAAが繊維芽細胞に対して増殖促進効果を呈し、その結果として、創傷の治癒を促進することを見出した。また、紅藻類アマノリ属であるノリからもMAAを抽出して試験した結果、ホタテガイの内臓から抽出したMAAと同様に、ノリ由来MAAも繊維芽細胞に対して増殖促進効果を呈し、その結果として、創傷の治癒を促進することを見出した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平06−062878号公報
【特許文献2】特開平10−045615号公報
【特許文献3】特開平10−077472号公報
【特許文献4】特開2002−179575号公報
【特許文献5】特開2002−034514号公報
【特許文献6】特開2002−336818号公報
【特許文献7】特開2003−034631号公報
【特許文献8】特開2004−344802号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】石原賢司・金庭正樹・桑原隆治・蛯谷幸司『ホタテガイ卵巣から得られる紫外線吸収アミノ酸』農林水産技術・研究ジャーナル(社団法人農林水産技術情報協会)Vol.28、No.6(2005年6月号)、p33〜37
【非特許文献2】作田庸一・富田恵一・田辺雄三『ホタテガイ副産物の処理・利用技術に関する研究開発(第1報)−ホタテガイの成長に伴う重金属含量の変化−』北海道立工業試験場報告、No.291、p13〜19(1992)
【0010】
従来から、MAAや繊維芽細胞増殖促進剤に関する発明は、多数特許出願されている。
その数例を挙げると以下のとおりである。すなわち、特許文献1には微生物由来のMAAの製法やその用途(化粧品添加物等)について記載されている。しかし、特許文献1にはMAAが繊維芽細胞に対して増殖促進能を有することは何ら開示されていない。また、特許文献2と同7には、植物抽出物含有の繊維芽細胞増殖促進剤の製法やその用途(皮膚外用剤・浴用剤・飲食品・抗老化化粧料等)について記載されている。しかし、特許文献2や同7には、MAA由来の繊維芽細胞増殖促進剤については何ら開示されていない。なお、特許文献2と同7に記載の繊維芽細胞増殖促進剤は、その効果を奏するには培地中に0.25〜1%の濃度を必要としている。
【0011】
特許文献3にはノリ由来のMAAを含有する抗酸化剤の製法について記載されている。しかし、特許文献3にはノリ由来のMAAが繊維芽細胞に対して増殖促進能を有することは何ら開示されていない。また、特許文献4には単糖類又は二糖類と脂肪酸との糖エステルからなる皮膚創傷治癒促進剤について記載されている。しかし、特許文献4にはMAAが皮膚創傷治癒促進剤として有用であることについては何ら開示していない。
【0012】
特許文献5には、ホタテガイの卵巣・精巣の加工方法及び加工食品について記載されている。また、特許文献6には、ホタテガイの内臓を含む軟体動物の加工残渣の処理方法について記載されている。さらに、特許文献8には、ホタテガイ内臓組織から、カドミウムのような有害金属を除去して、これを有用な飼料に転換する方法が記載されている、しかし、特許文献5、同6及び同8には、ホタテガイの内臓にMAAが含有されていることやホタテガイ由来のMAAが繊維芽細胞増殖促進能を有することについては全く開示されていない。
【0013】
以上を総合すると、MAAが繊維芽細胞に対して増殖促進能を有することは従来知られていない事項であると認められる。本発明者らは、その後さらに研究を続け、MAAのヒト皮膚の繊維芽細胞増殖促進能や創傷治癒能についても確認し、本発明を完成するに至った。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記の状況に鑑み、本発明は、新規な繊維芽細胞増殖促進剤を提供することを第1の課題とする。また、本発明は、従来はほとんど使用の途がなかった二枚貝の内臓や紅藻類に属する海藻の中でも低品質で食用に適さないノリから有用な繊維芽細胞増殖促進剤を抽出して提供することを第2の課題とする。さらに本発明は、創傷治癒剤、化粧品、浴用剤、飲食品、繊維芽細胞用培地等の構成原料としてすぐれた効果を奏し、しかも使いやすい繊維芽細胞増殖促進剤を提供することを第3の課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を解決するための本発明のうち、特許請求の範囲・請求項1に記載する発明は、マイコスポリン様アミノ酸(MAA)よりなるか又はマイコスポリン様アミノ酸(MAA)を有効成分とする繊維芽細胞増殖促進剤である。
【0016】
本発明のうち同請求項2に記載する発明は、マイコスポリン様アミノ酸が二枚貝の内臓から抽出したものである請求項1に記載の繊維芽細胞増殖促進剤である。
【0017】
本発明のうち同請求項3に記載する発明は、マイコスポリン様アミノ酸が紅藻類に属する海藻から抽出したものである請求項1に記載の繊維芽細胞増殖促進剤である。
【0018】
また、同請求項4に記載する発明は、ヒト皮膚の繊維芽細胞の増殖を促進するのに有効である請求項1から4のいずれかに記載の繊維芽細胞増殖促進剤である。
【0019】
また、同請求項5に記載する発明は、繊維芽細胞用培地の構成原料として用いるための請求項1から4のいずれかに記載の繊維芽細胞増殖促進剤である
【0020】
また、同請求項6に記載する発明は、創傷治癒剤又はその構成原料として用いるための請求項4に記載の繊維芽細胞増殖促進剤である。
【0021】
さらに、同請求項7に記載する発明は、化粧品の構成原料として用いるための請求項4に記載の繊維芽細胞増殖促進剤である。
【0022】
さらに、同請求項8に記載する発明は、浴用剤の構成原料として用いるための請求項4に記載の繊維芽細胞増殖促進剤である。
【0023】
さらに、同請求項9に記載する発明は、飲食品の構成原料として用いるための請求項4に記載の繊維芽細胞増殖促進剤である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によって、MAAが皮膚繊維芽細胞の増殖促進作用を示すことが見いだされ、さらに、創傷治癒過程を促進し外傷の治癒を早める効果があることが見いだされた。すなわち、請求項1に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、MAAの繊維芽細胞の増殖を促進する作用によって、皮膚及び真皮の発育促進、ヒト皮膚の老化防止、創傷治癒促進等にすぐれた効果を奏するので、これらを目的とする医薬品、医薬部外品、化粧品、浴用剤、飲食品等の有用な構成原料として用いることができる。しかも、請求項1に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、ヒト皮膚に対する大きな障害・老化要因である紫外線(特にUVB領域の紫外線)に対して防御能力を有すると共にその抗酸化作用も期待できる。このように1種類の物質でいくつもの効果が期待できることは、請求項1に記載する繊維芽細胞増殖促進剤の大きな特徴である。また、請求項1に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、繊維芽細胞増殖促進物質として培地に添加して使用できる。
【0025】
請求項1に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、従来公知の繊維芽細胞増殖促進剤に比べて繊維芽細胞の増殖促進作用がすぐれているので、使用量が少なくて済む。すなわち、MAAの分子量は250〜350程度であり、後記する試験例1に示すように、MAAの繊維芽細胞増殖促進作用を示す有効濃度が25〜1000μMであることから、増殖促進効果を示す濃度は、250×25μM×0.1L÷16=0.000625%、ないし、350×1000μM×0.1L÷16=0.035%となる。すなわち、繊維芽細胞増殖促進効果を示すためのMAAの所要濃度は0.000625〜0.035%であるから、例えば、特許文献2(0.1〜数%程度)や特許文献7(0.25〜0.5%程度)の繊維芽細胞増殖促進剤に比べて格段に低い濃度で繊維芽細胞の増殖を促進できる。
【0026】
請求項2に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、従来はほとんど使い途がなくて廃棄されていた二枚貝の内臓を繊維芽細胞増殖促進剤の有用な原料供給源に転換できる。しかも、ホタテガイを代表とする二枚貝は従来から食用に供されているから、請求項2に記載する繊維芽細胞増殖促進剤はヒト又は動物に内用又は外用しても何ら問題がなく、ヒト又は動物に対して安心して使用できる。また、ホタテガイの内臓のような加工廃棄物に付加価値を付与することができ、水産加工廃棄物の処理コストの低減化、廃棄物の減量化を図ることができる。
【0027】
請求項3に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、有用な原料供給源としてノリ等の紅藻類に属する海藻の用途を大きく拡げることができる。しかも、請求項3に記載の繊維芽細胞増殖促進剤は、食用に適さず、従来は廃棄していた低品質のノリからも抽出できるので、ノリ廃棄物に新しい付加価値を付与することができ、ノリ廃棄物の処理コストの低減化・減量化を図ることができる。なお、従来からノリ等の紅藻類に属する海藻は食用に供されているから、請求項3に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、ヒト又は動物に内用又は外用しても何ら問題がなく、ヒト又は動物に対して安心して使用できる。
【0028】
請求項4に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、ヒトの繊維芽細胞の増殖を促進する作用を有し、ヒト皮膚の老化防止、創傷の治癒促進等にすぐれた効果を奏する。そのため、請求項4に記載の繊維芽細胞増殖促進剤は、これらを目的とする医薬品、医薬部外品、化粧品、浴用剤、飲食品等の有用な構成原料として用いることができる。しかも、請求項4に記載の繊維芽細胞増殖促進剤は、従来公知の繊維芽細胞増殖促進剤に比べて繊維芽細胞の増殖促進作用がすぐれているので、使用量が少なくて済む。
【0029】
請求項5に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、これを培地に配合することによって、従来の繊維芽細胞に比べて動物細胞の増殖を促進する効果が大きい繊維芽細胞用培地を提供することができる。また、請求項5に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、低分子であるため、タンパク質生産用動物細胞の培地にも好適に用いることができる。
【0030】
請求項6に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、これを創傷治癒剤に配合することによって、紫外線吸収活性や抗酸化性を有すると共に従来の繊維芽細胞増殖促進剤に比べて創傷治癒効果が大きい創傷治癒剤(外用薬・内服薬)を提供できる。
【0031】
請求項7に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、これを化粧品に配合することによって、紫外線吸収活性や抗酸化性を有すると共に細胞の増殖を促進する効果を有し、従来の繊維芽細胞増殖促進剤に比べて皮膚細胞の賦活作用が大きい化粧品を提供できる。
【0032】
請求項8に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、これを浴用剤に配合することによって、紫外線吸収活性や抗酸化性を有すると共に細胞の増殖を促進する効果を有し、従来の繊維芽細胞増殖促進剤に比べて皮膚細胞の賦活作用が大きい浴用剤を提供できる。
【0033】
請求項9に記載する繊維芽細胞増殖促進剤は、上記の構成であるから、これを飲食品に配合することによって、ヒト皮膚の繊維芽細胞の増殖を促進させ、老化防止効果を有する栄養補助品、保健食品、介護用食品等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】ホタテガイ卵巣から抽出した3種のMAAの紫外線吸収スペクトルを示すグラフ(実施例1に対応)
【図2】ホタテガイ卵巣から抽出した3種のMAAのESI−MSスペクトルを示すグラフ(実施例1に対応)
【図3】ホタテガイ卵巣から抽出した3種のMAAを添加した際の培地中濃度と細胞増殖率との関係を示すグラフ(試験例1に対応)
【図4】ホタテガイ卵巣から抽出した3種のMAAを添加した際の培地中濃度と細胞のDNA合成能との関係を示すグラフ(試験例2に対応)
【図5】ホタテガイ卵巣から抽出したMAA含有粗分画物を配合した軟膏を創傷に塗布した場合の創傷の大きさの変化をノギスで測定したグラフ(試験例3に対応)
【図6】ホタテガイの卵巣から抽出したMAA含有粗分画物を配合した軟膏を創傷に塗布した場合の創傷の大きさの変化を、デジタルカメラで撮影後画像解析で測定したグラフ(試験例3に対応)
【図7】ノリから抽出したポルフィラ−334を添加した際の培地中濃度と細胞増殖率との関係を示すグラフ(試験例4に対応)
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明においてマイコスポリン様アミノ酸(MAA)とは、UVB領域(UVB290〜320nm)からUVA領域(UVA320〜400nm)吸収を持つ物質で、その構造の違いにより、マイコスポリン−グリシン(Mycosporine-glycine:以下「M−G」と記すことがある。)、ポルフィラ−334(Porphyra-334 :以下「P−334」と記することがある。)、シノリン(Shinorine:以下「S」と記することがある。)、パリチン(Palythine)等20種類以上が知られている。貝類や魚類は、細菌、真菌類、藻類、植物プランクトン等が合成したMAAを摂取して眼球、体表、卵巣等に蓄積していて、これらのMAAが紫外線からの生体保護の役割を担っていると考えられる。また、MAAは、抗酸化物質としても知られており、水生生物に広く分布している。本発明では、二枚貝やノリに限らず、どのような生物から抽出したMAAでも使用することができる。
【0036】
本発明において繊維芽細胞とは、動物個体のほぼ全ての組織中に分散して存在する細胞で、臓器の形態形成に重要な役割を果たす繊維性結合組織の成分である。すなわち、皮膚の機能を保つ上で最も重要な細胞であり、正常組織では目立った機能を有さない。繊維芽細胞は組織に損傷があるとその損傷部に遊走し、コラーゲン等の細胞外マトリックスの産生を始める。細胞外マトリックスを更新し、細胞と細胞外マトリックスの相互作用、傷の収縮等の創傷治癒過程の中で重要な働きを果している。一般に、動物が外傷を負った後に起こる治癒過程(創傷治癒)には、傷口の修復等に繊維芽細胞の増殖が重要な役割を果たしている。本発明では、MAAが皮膚繊維芽細胞の増殖促進作用を示したことから、さらにMAAが創傷治癒過程を促進し、外傷の治癒を早める効果があることが確認された。
【0037】
皮膚の損傷(キズ)が治癒する過程には、次の3段階がある。すなわち、第1ステップとして、血小板の凝集と血管収縮で血が止まり、次いで、マクロファージ(貪食細胞)が創面の死んだ組織を取り込んできれいにする。第2ステップでは、繊維芽細胞が分泌するコラ−ゲンを主体とした肉芽組織による修復が開始される。第3ステップでは、肉芽組織が瘢痕組織へと変化し、安定したキズになる。本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤は、第2ステップにおいて繊維芽細胞の増殖を促進することによりコラーゲンを増加させる役割を果たす。
【0038】
本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤はホタテガイを代表例とする二枚貝の内臓から抽出できる。通常、貝類の内臓といえば、卵巣・精巣、中腸線を意味するが、本発明における「二枚貝の内臓」とは、卵巣・精巣、中腸線の他に、鰓や外套線も含む。すなわち、本発明で用いるMAAは、貝柱を除いて、二枚貝のいずれの器官から抽出したものでもよい。しかし、MAAは、二枚貝ではその卵巣に最も多く含まれているので、卵巣から抽出することが効率的である。そのため、本発明の実施例や試験例では、ホタテガイの卵巣から抽出したMAAを用いる例が多いが、ホタテガイを含む二枚貝の内臓から抽出したMAAであれば、卵巣抽出物でなくても、その効能は何ら異なるものではない。
【0039】
本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤の原料としては、まず、二枚貝であればどのような貝でも使用することができる。すなわち、イタヤガイ科のホタテガイ、イタヤガイ、ヒオウギ、フネガイ科のアカガイ、サルボウガイ、イガイ科のイガイ、ムラサキイガイ、イタボガキ科のマガキ、イワガキ、バカガイ科のウバガイ、バカガイ、シオフキ、ミルクイ、シジミ科のヤマトシジミ、マシジミ、マルスダレガイ科のアサリ、ハマグリ、チョウセンハマグリ、マテガイ科のマテガイ等の二枚貝に属する貝類の内臓を使用できる。
【0040】
本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤の原料は、紅藻類アマノリ属(Porphyra)であるノリをはじめ、紅藻類に属する海藻からも抽出できる。すなわち、本発明では、紅藻類に属する海藻であれば、どのような種類の海藻でも原料として差し支えない。例えば、アサクサノリ、スサビノリ、オオノノリ、チシマクロノリ、フイリタサ、コスジノリ、マルバアマノリ、オニアマノリ、ウップルイノリ、ヒジリメン、テングサ、ヒラクサ、オニクサ、オバクサ、カタオバクサ、ヤタベクサ、ユイキリ、シマテングサ、トサカノリ、トゲキリンサイ、アマクサキリンサイ、キリンサイ、ビャクシンキリンサイ、ツノマタ、オオバツノマタ、ヤハズツノマタ、エゾツノマタ、トゲツノマタ、ヒラコトジ、コトジツノマタ、スギノリ、シキンノリ、カイノリ、イボツノマタ等を代表的なものとして挙げることができる。なお、本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤は、色落ちと呼ばれている食用には不適な低品質のノリからも抽出することができる。
【0041】
本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤の抽出・精製の方法について、その一例を示すと以下のとおりである。すなわち、まず、二枚貝の内臓(好ましくは、卵巣が発達した時期のもの。ホタテガイでは4月〜6月が性成熟する時期であるため卵巣が大きくなり、かつ、産卵の始まる前であるので、この時期に採取するのがよい。)や紅藻類アマノリ属のノリ(食用に不適な低品質のノリでも差し支えない。)等の、MAAを含有する原料を凍結乾燥等により乾燥して粉砕する。次に、この粉砕物に水又は水にエタノール、アセトン、メタノール、プロパノール、イソプロパノール、アセトニトリル等の極性溶媒を0〜80%の割合で添加したものを抽出溶媒として加えて抽出し、さらに抽出液を減圧下で濃縮し、揮発性の有機溶媒を除去した後、ジエチルエーテル、ヘキサン、クロロホルム、ジクロロメタン、酢酸エチル、ベンゼン、トルエン、石油エーテル等の水と混和せず2相に分離する溶媒によって脂溶性の夾雑物を除去してMAA含有抽出物を得る。得られたMAA含有抽出物はこのままでも使用できるが、さらにMAAの濃度を増すか又は個々のMAAに分画するには、例えば、MAAが活性炭に吸着する性質を利用して活性炭カラムに抽出物をかけてMAAを吸着させ、上記極性溶媒を10〜80%含む水でMAAを溶出させることでMAA濃縮画分を得ることができる。さらにこれを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にかけて個々のMAAを精製することもできる。
【0042】
なお、ホタテガイ内臓のカドミウムは、ほとんどが中腸線に含まれており、卵巣にはきわめて微量しか含まれていない(非特許文献2)。また、カドミウムは、活性炭や逆相系クロマトグイラフィー担体(ODS等)に吸着されないため、MAAの抽出工程において完全に除去される。そのため、カドミウムは精製MAAやMAA濃縮物には全く残留しない。
【0043】
本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤は、上記MAA含有濃縮物又は個々のMAAに分画したものを、そのままか又は乾燥・粉末化する等所要に応じて処理した上、創傷治癒剤、化粧品、浴用剤、飲食品(栄養補助品・保健食品・介護用食品等)、動物細胞培地等へ各適量を配合して用いることができる。本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤は、アミノ酸の一種であり、水溶性で水に対する溶解度が高いため、配合割合は自由に変化させることができ、制限はないが、例えば、創傷治癒剤としては1〜5%、化粧品では0.1〜2%、浴用剤では1〜5%、飲食品では0.1〜2%、動物細胞培地では0.01〜0.1%程度の配合が好ましい。
【0044】
以下、実施例をもって本発明をさらに詳しく説明する。なお、本発明の説明において、「%」の表示は、特に断らない限り、重量割合を示す。
【実施例】
【0045】
(実施例1)
<ホタテガイの卵巣からのMAAを抽出・精製する方法の一例>
(1)ホタテガイ卵巣の採取
ホタテガイ卵巣は、北海道紋別市内のホタテガイ加工場の廃棄物から2002年の5月と6月に採取した。
(2)抽出・濃縮
採取した卵巣を凍結乾燥後、分析用粉砕器(日本理化機械製)で粉砕して粉末とした。この粉末100gに10倍量のエタノール含有水(濃度0〜80%)を加え、1時間攪拌して抽出した。5Bろ紙で吸引ろ過することにより抽出液を得、ロータリーエバポレーターで減圧下40℃にて濃縮してエタノールを除去した。約200mLの濃縮物から200mLのジメチルエーテルによって脂溶性の夾雑物を抽出・除去した。
(3)活性炭カラムによる抽出
この濃縮物を凍結乾燥した後、少量の水に溶解し、活性炭を充填したカラム(3cm×30cm)に添加した。活性炭カラムから水で溶出してアミノ酸等の水溶性夾雑物を除いた後、水中のエタノール濃度を徐々に増やしつつ溶出するとMAA含有液が溶出された。この溶出液を分画しておき、紫外線の吸光度を測定してMAAを含む画分を集め、ロータリーエバポレーターで濃縮した。
【0046】
(4)高速液体クロマトグラフィーによる精製
活性炭カラムによる分画物のままでもMAAの濃縮混合物として使用可能であるが、さらに個々のMAAに分画するため、濃縮物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で精製した。HPLCによる精製には、カラムとしてデベロシルODS−10(20×250mm:野村化学社製)を、移動相には5%メタノールを添加した水(3mL/分)を用い、320nmの吸収をモニターして検出される3つのピークを集めた。
(5)MAAの同定
このようにして得た3つの物質について、紫外線吸収スペクトルとエレクトロスプレイイオン化マススペクトル(ESI−MS)を測定した。その結果を図1と図2に示す。
図1は、本実施例においてホタテガイ卵巣から抽出した3種のMAAの紫外線吸収スペクトルを示すグラフである。図中にそれぞれの吸収極大波長を記入してある。図1に示すように、3つの物質の紫外線の吸収極大はそれぞれ310nm、334nm、334nmであった。また、図2は、本実施例においてホタテガイ卵巣から抽出した3種のMAAのESI−MSを示すグラフである。図中にそれぞれの吸収極大波長とMAAの構造図を記してある。図2に示すように、ESI−MS分析において、310nmに吸収極大を持つ物質は246にプロトン付加体(M+H)のピークを、334nmに吸収極大を示す物質のうち一つは333に、もう一つは347にプロトン付加体(M+H)のピークを示した。したがって、それぞれ3種の物質を、310nmに吸収極大を持ち分子量が245であるマイコスポリン−グリシン(M−G)、334nmに吸収極大を持ち分子量が332であるシノリン(S)、334nmに吸収極大を持ち分子量が346であるポルフィラ−334(P−334)と同定した。P−334とSは、実施例2におけるHPLC分析において標品と同一の挙動を示すことからも同定された。
【0047】
(実施例2)
<ホタテガイ卵巣中のMAA含量を測定する方法の一例>
(1)ホタテガイの卵巣からMAAの抽出
実施例1と同じ方法で採取し、凍結乾燥・粉砕したホタテガイの卵巣0.1gに80%メタノール含有水5mLを加えて10分間超音波処理することによりMAA含有濃縮物を抽出した。この抽出物を遠心分離機にかけて沈殿を除き、上清を3mL採ってセップパックC18カートリッジ(ウオーターズ社製)を通過させ、脂溶性成分を除いて分析用のMAAサンプルを得た。
(2)HPLC分析
HPLC分析には、カラムとしてデベロシルC−8(4.6×250mm:野村化学社製)を用い、移動相には0.1%酢酸、5%メタノールを含む水を0.8mL/分の流速で用いた。サンプルは20μL注入し、溶出するMAAは320nmの吸収で検出した。
【0048】
(3)ホタテガイ卵巣におけるMAAの含有量
測定した4種のMAA含量を表1に示す。
それぞれの含有量を表1に示す。表1から、供試したホタテガイ卵巣中には、ポルフィラ−334が最も多く含まれ、次いでマイコスポリン−グリシン、シノリン、パリチンの順に多く含まれていた。4種のMAAの量を合計すると、供試ホタテガイの卵巣には乾燥重量当たり約0.7%のMAAが含まれていることが判明した。
【0049】
【表1】

【0050】
(実施例3)
<ノリからMAAを抽出・精製する方法の一例>
(1)抽出・濃縮
市販の乾ノリ(干海苔)を分析用粉砕器(日本理化学機械製)で粉砕して粉末にした。この粉末10gに10倍量の50〜80%エタノール含有水を加え、90℃で1時間抽出した。5Bろ紙で吸引ろ過することにより抽出液を得、ロータリーエバポレーターで減圧下40℃にて濃縮してエタノールを除去した。この濃縮物から等量のジエチルエーテルによって脂溶性の夾雑物を抽出・除去した。
(2)活性炭カラムによる分画
この濃縮物を凍結乾燥後少量の水に溶解し、活性炭を充填したカラム(3cm×30cm)に添加した。活性炭カラムから水で溶出してアミノ酸等の水溶性夾雑物を除いた後、水中のエタノール濃度を徐々に増やしつつ溶出するとMAA含有液が溶出された。この溶出液を分画しておき、紫外線の吸光度を測定してMAAを含む画分を集め、ロータリーエバポレーターで濃縮した。
【0051】
(4)高速液体クロマトグラフィーによる精製
活性炭カラムによる分画物のままでもMAAの濃縮混合物として使用可能であるが、さらに個々のMAAに分画するため、濃縮物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で精製した。HPLCによる精製には、カラムとしてデベロシルODS−10(20×250mm:野村化学社製)を、移動相には5%メタノールを添加した水(3mL/分)を用い、320nmの吸収をモニターして検出されるピークを集めた。
(5)MAAの同定
ノリ抽出物からは1つの紫外線吸収物質が得られた。紫外線吸収スペクトル(最大波長334nm)及びHPLC分析による標品(実施例2)のクロマトグラムとの比較により本物資はポルフィラー334と同定された。
以下、試験例をもって本発明の効果をさらに説明する。
【0052】
《試験例1》
<ホタテガイ卵巣から抽出したMAAの繊維芽細胞増殖促進作用の確認試験>
(1)試験方法
ヒト皮膚繊維芽細胞TIG−114はヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手した。細胞は10%牛胎児血清添加RPMI−1640培地で培養した。96ウエルマイクロプレートに細胞を5000cells/wellの濃度で撒いて培養した。24時間後、ホタテガイ卵巣から抽出・精製した3種のMAA(M−G、P−334、S:いずれも実施例1で製したもの)を各種濃度(0〜1000μM)で添加した培地に交換し、さらに48時間培養した。培養48時間後に培地に対し10%のセルカウンティングキット−8(和光純薬製)を添加し、2時間培養した後、450nmの吸光度を測定することにより繊維芽細胞の数を測定した。
【0053】
(2)試験結果
試験の結果を図3に示す。図3は、本試験例においてホタテガイ卵巣から抽出した3種のMAAを添加した際の培地中濃度と細胞増殖率との関係を示すグラフである。図中の数値は無添加培地の細胞数を100とした相対値を示す。図3に示すとおり、3種のMAAはいずれも濃度依存的に細胞数を増殖させた。最も効果のあった濃度はマイコスポリン−グリシンでは25〜50μM、シノリンでは25〜100μM、ポルフィラ−334では600〜1000μMである。3種類のMAAとも無添加群(細胞数=100)に対し、細胞数が20〜40%増加していた。
(3)所見
MAAを培地に添加すると細胞が増加することから、MAAは皮膚繊維芽細胞に対し増殖促進作用を示すことが明らかになった。試験した3種のMAAの中ではマイコスポリン−グリシンが最も低い濃度で増殖促進したことから、3種のMAAの中では、マイコスポリン−グリシンが最も増殖促進活性が高く、次にシノリンが高く、ポルフィラ−334は最も活性が低いことが明らかとなった。
【0054】
《試験例2》
<ホタテガイ卵巣から抽出したMAAの繊維芽細胞におけるDNA合成促進作用の確認試験>
(1)試験方法
試験例1と同様にヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手したヒト皮膚繊維芽細胞TIG−114を、試験例1と同じ方法で、10%牛胎児血清添加RPMI−1640培地で培養し、さらに96ウエルマイクロプレートに5000cells/wellの濃度で撒いて培養した。24時間後、各種濃度(0〜1000μM)のMAA(M−G、P−334、S:いずれも実施例1で製したもの)と5‐ヨード‐2'‐デオキシウリジン(IdU)を添加した培地に交換し、さらに24時間培養した。
培養中に繊維芽細胞のDNAに取り込まれたIdUをDNA・IdU Labeling and Detection Kit(タカラバイオ製)によって定量し、培養中に合成された細胞のDNA量を見積もった。
【0055】
(2)試験結果
試験結果は図4に示すとおりである。図4は、実施例1においてホタテガイ卵巣から抽出した3種のMAAを添加した際の培地中濃度と細胞のDNA合成能との関係を示すグラフである。図中の数値は無添加培地の細胞数を100とした相対値を示す。
図4に示すとおり、3種のMAAは、いずれもDNA合成能がMAA添加後24時間以内に濃度依存的にDNA合成を亢進した。最も効果のあった濃度は、マイコスポリン−グリシンとシノリンでは25〜100μM、ポルフィラ−334では125〜500μMであった。
(3)所見
MAAを培地に添加すると細胞のDNA合成が増加することから、試験例1で示されたMAAの細胞増殖促進作用はDNA合成促進を介するものと示唆された。
【0056】
《試験例3》
<MAA含有ホタテガイ卵巣抽出物による創傷治癒促進作用の確認試験>
(1)試験方法
イ)ホタテガイ卵巣からのMAAを含む粗分画物の調整
実施例1と同じ方法で採取し、抽出・濃縮したホタテガイ卵巣抽出物を活性炭を充填したカラム(3cm×30cm)に添加した。水で十分に洗浄して水溶性夾雑物を除去した後、50%エタノール含有水で溶出してMAAを含む粗分画物を得た。この粗分画物にはポルフィラ−334、マイコスポリン−グリシン及びパリチンを合計で約15%含んでいた。
ロ)「MAA含有粗分画物」含有軟膏の調整
イ)で得たMAA含有粗分画物を少量の水に溶解した後、プラスチベース(大正富山医薬品製)とよく混合して均一な軟膏とした。軟膏はMAAの濃度が2%と4%のものを調製した。対照として水のみをプラスチベースと混合した軟膏も調製した。
ハ)マウス背部の創傷作成とMAA含有軟膏の塗布
6週令のBalb/c系雌性マウス(日本チャールスリバー製)18匹の背部を剃毛し、ジエチルエーテルによる麻酔下、5mmの生検トレパン(カイインダストリー製)にて皮膚欠損創傷を4カ所作成した。このマウスを6匹ずつ3群に分け、対照群には水とプラスチベースの混合軟膏を、2%群には2%MAA含有軟膏を、4%群には4%MAA含有軟膏を創傷に毎日約60mgずつ塗布した。
ニ)創傷治癒の評価方法
創傷作成後毎日ノギスでその大きさを測定した。また、創傷作成3日後と6日後には創傷をデジタルカメラで撮影し、画像解析によって面積を算出した。それぞれの方法で測定した創傷の大きさを、創傷作成日の大きさを100とした値で表し、対照群と比較することでMAA含有軟膏の創傷治癒促進作用を評価した。
【0057】
(2)試験結果
試験結果は図5と図6に示すとおりである。図5は、ホタテガイ卵巣から抽出したMAA含有粗分画物を配合した軟膏を創傷に塗布した場合の創傷の大きさの変化をノギスで測定したグラフである。また、図6は、ホタテガイ卵巣から抽出したMAA含有粗分画物を配合した軟膏を創傷に塗布した場合の創傷の大きさの変化をデジタルカメラで撮影後画像解析で測定したグラフである。図中の数値は創傷作成日の創傷の大きさを100とした相対値を示す。
図5に示すとおり、ノギスで測定した創傷の大きさは、4%群(4%MAA含有軟膏塗布群)は創傷作成2日目以降の全ての測定日で、また、2%群(2%MAA含有軟膏塗布群)は、3日目、6日目に創傷の大きさが有意に小さくなった。さらに、図6に示すとおり、画像解析による測定では3日目、6日目の両測定日とも2%群、4%群の両方が対照群に比べて有意に創傷が小さくなった。また、2%群よりも4%群の方が創傷が小さいことが確認された。
(3)所見
MAAは軟膏として創傷部に外用することで創傷の治癒を促進することが明らかになった。これは、MAAが創傷部位において繊維芽細胞の増殖を促進することにより創傷の治癒を促進したものと判断される。本試験例では、創傷治癒促進剤としては2%濃度のMAAを含む軟膏60mgの投与で効果を得ていることから考えて、MAAは従来よりきわめてすぐれた治癒効力を有するものと考えられる。
【0058】
《試験例4》
<ノリから抽出したMAAの繊維芽細胞増殖促進作用の確認試験>
(1)試験方法
イ)試験例1と同様に、TIG−114細胞を96ウエルマイクロプレートに播種して培養した。24時間後、乾ノリから抽出・精製したMAA(P−334:実施例3で製したもの)を各種濃度(0〜1000μM)で添加した培地に交換し、さらに24時間培養した。
ロ)培養24時間後に培地に対し10%のセルカウンティングキット−8(和光純薬製)を添加し、2時間培養した後、450nmの吸光度を測定することにより繊維芽細胞の数を計測した。
(2)試験結果
試験結果は図7に示すとおりである。図7は、ノリから抽出したポルフィラ−334を添加した際の培地中濃度と細胞増殖率との関係を示すグラフである。数値は無添加培地の細胞数を100とした相対値を示す。
図7に示すとおり、乾ノリから抽出したポルフィラ−334は、ホタテガイ卵巣から抽出したMAAと同様に濃度依存的に細胞数を増殖させた。
(3)所見
ホタテガイ卵巣から抽出したMAAと同様に、ノリから抽出したMAAにおいても皮膚繊維芽細胞増殖促進効果が得られたことから、MAAを含有する各種生物(魚類、動物プランクトン、藻類等)から得られるMAAについても、同様の皮膚繊維芽細胞増殖促進作用を有するものと判断される。また、ホタテガイやノリは、従来から食用に供されているため、これらを原料とする抽出物は、ヒトやその他の動物が内用又は外用しても安全なものであることは明らかである。
【0059】
《試験例5》
<MAAの急性毒性確認試験>
実施例2で製した3種のMAAの濃縮分画物をロータリーエバポレーターにより減圧濃縮・乾燥後MAA粉末を作り、この粉末を少量の水に溶解した。Balb/c系雌性マウス(4週令)5匹を6時間絶食させた後、調製したMAA水溶液をマウスに対し、マウスの摂取量が1000mg/kg体重となるように経口投与した。投与後2週間にわたり一般状態や増体等を観察したが、全てのマウスについて何らの異常を認めなかった。また、2週間目に全例を解剖し、各臓器・組織を肉眼にて観察したが、いずれも異常は全く認められなかった。この結果から、3種のMAAはいずれも急性毒性に関して安全であることが確認された。
【0060】
(実施例4)
<化粧品の製造例>
本発明の繊維芽細胞増殖促進剤を配合して「サンスクリーン化粧品」を製造する場合の配合例と製法例を以下に示す。
(1)配合(単位は重量%)
01.スクワラン 10.0%
02.ワセリン 5.0
03.ステアリルアルコール 3.0
04.ステアリン酸 3.0
05.グリセリルモノステアレート 2.0
06.1,3−ブチレングリコール 6.0
07.エデト酸二ナトリウム 0.1
08.実施例2のMAA濃縮分画物 5.0
09.防腐剤(パラベン) 適量
10.香料 適量
11.精製水 100%とする残余
(2)製法
01〜05の原料(油相成分)を混合し約80℃に加熱する。次に残りの原料(水溶成分)を混合して約80℃に加熱する。80℃に保ちつつホモミキサーで攪拌しながら水溶成分に油相成分を徐々に加えて乳化し、製品とする。
【0061】
(実施例5)
<浴用剤の製造例>
本発明の繊維芽細胞増殖促進剤を配合して「顆粒状浴用剤」を製造する場合の配合例と製法例を以下に示す。(単位は重量%)
(1)配合(単位は重量%)
01.炭酸水素ナトリウム 61.0%
02.無水硫酸ナトリウム 35.0
03.ホウ砂 0.4
04.香料 2.0
05.実施例1で作ったM−G 1.0
(2)製法
上記配合により、まず炭酸水素ナトリウムと無水硫酸ナトリウムに香料を添加して混合し、浴用剤基剤を作る。次に、この基剤に実施例1で作ったM−Gを加えて混合し、製品とする。なお、上記M−Gに代えて、実施例1で作ったP−334を用いてもよい。
【0062】
(実施例6)
<栄養補助食品の製造例>
本発明の繊維芽細胞増殖促進剤を配合して「栄養補助食品」を製造する場合の配合例と製法例を以下に示す。
(1)配合(単位は重量%)
01.粉糖(ショ糖) 75.0%
02.コーンスターチ 23.0
03.グアーガム 1.0
04.実施例3で作ったP−334 1.0
(2)製法
上記配合により、通常の錠剤製造の方法にしたがってタブレット状とし、製品とする。
【0063】
(実施例7)
<繊維芽細胞用培地の製造例>
牛胎児血清10%(容量%)を含むRPMI−1640培地に対し、硫酸カナマイシン60mg/Lと本発明の繊維芽細胞増殖促進剤(実施例1で作ったMAA濃縮混合物)50〜100μMを添加し、ろ過滅菌して、動物細胞の増殖を促進する作用が大きい繊維芽細胞用培地を製する。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上詳しく説明したとおり、本発明に係る繊維芽細胞増殖促進剤は、創傷治癒促進や皮膚老化防止等のすぐれた効果を有し、これらを目的とする医薬品、医薬部外品、化粧品、浴用剤、飲食品、繊維芽細胞用培地等の有用な原料として活用できる。また、従来は使い途がなかった産業廃棄物を有用な原料供給源に転換できる等、本発明の産業上の利用性はきわめて大きいものがある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイコスポリン様アミノ酸を0.000625〜0.035%含有する繊維芽細胞増殖促進剤。
【請求項2】
マイコスポリン様アミノ酸が二枚貝の内臓から抽出したものである請求項1に記載の繊維芽細胞増殖促進剤。
【請求項3】
マイコスポリン様アミノ酸が紅藻類に属する海藻から抽出したものである請求項1に記載の繊維芽細胞増殖促進剤。
【請求項4】
ヒト皮膚の繊維芽細胞の増殖を促進するのに有効である請求項1から3のいずれかに記載の繊維芽細胞増殖促進剤。
【請求項5】
化粧品の構成原料として用いるための請求項4に記載の繊維芽細胞増殖促進剤

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−97116(P2012−97116A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−18200(P2012−18200)
【出願日】平成24年1月31日(2012.1.31)
【分割の表示】特願2005−201419(P2005−201419)の分割
【原出願日】平成17年7月11日(2005.7.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年4月2日 社団法人日本水産学会主催の「平成17年度日本水産学会大会」において文書を持って発表
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】