説明

耐アルコール性に優れたアルミ部材およびその製造方法

【課題】アルコールまたはアルコール含有物に接触する雰囲気で使用されるのに適しており、耐アルコール性に優れたアルミ部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材である。表面の少なくとも一部に、ベーマイト被膜が形成されている。製造方法は、アルコールまたはアルコール含有物に接触する雰囲気で使用されるアルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材を準備する。アンモニア溶液と部材とを接触させることにより、部材の表面の少なくとも一部にベーマイト被膜を形成する成膜工程を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は耐アルコール性に優れたアルミ部材(例えばアルコール燃料系部品)およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐アルコール性に優れたアルミ部材として、様々な技術が報告されている(特許文献1〜4)。特開2006−9089号公報(特許文献1)によれば、製品に均一に生成し、耐食性に優れている無電解ニッケルめっきが開示されている。また、特開2005−61225号公報(特許文献2)によれば、表面が平滑で機械的,電気的,化学的にも優れる高機能性膜であるダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜が開示されている。また、特許第3180921号公報(特許文献3)によれば、厚膜で耐摩耗性,耐食性に優れているプラズマ溶射や硬質クロムめっきが開示されている。更に、特開2006−214301号公報(特許文献4)によれば、燃料ポンプのボディをアルミニウムまたはアルミニウム合金で形成し、その後、ボディにニッケル−リンの無電解めっき被膜を形成し、更に、ベーマイトを作製することを目的とする処理を形成する方法が開示されている。この技術によれば、単純に無電解めっきを行ったものと比較し、ニッケル−リンの無電解めっき被膜のピンホールからの腐食が起き難く、耐食性が向上していると記載されている。
【0003】
更に特開平9−184093号公報(特許文献5)によれば、塗装膜が積層されるアルミ部材を対象としており、塗装状態における耐食性向上を狙ったものとして、アルミニウムまたはアルミニウム合金の母材の表面に、厚さが700〜3000オングストロームのベーマイト被膜と、その上に積層され厚さが70〜2000オングストロームの無孔質陽極酸化被膜とからなる複合膜が形成されているアルミニウム材が開示されている。このものによれば、複合膜の上に、電着塗装、ロールコータ法、静電塗装、吹き付け塗装等により塗装膜を積層させることにしている。
【特許文献1】特開2006−9089号公報
【特許文献2】特開2005−61225号公報
【特許文献3】特許第3180921号公報
【特許文献4】特開2006−214301号公報
【特許文献5】特開平9−184093号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記した特許文献1によれば、無電解ニッケルめっきをアルミ部材に形成するため、工程が複雑であり、更に処理時間も長く、コストやプロセスの面において大きな障害となる。上記した特許文献2によれば、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜をアルミ部材に形成するため、処理時間がかなり長いなど、コストやプロセス面で大きな障害となる。上記した特許文献3によれば、プラズマ溶射や硬質クロムめっきをアルミ部材に形成するため、厚膜であるものの、被膜は寸法精度が悪い。そのため、機械部品においては後加工が必要となる。
【0005】
また上記した特許文献4によれば、アルミニウムまたはアルミニウム合金の母材で形成されたボディの表面にニッケル−リンの無電解めっき被膜を形成し、更に、その上にベーマイトを作製することを目的とする処理を形成しているため、単純に無電解めっき被膜を形成したものと比較し、処理工程が複雑となり、コストやプロセスの面で障害となり易い。更に特許文献4によれば、アルミニウムまたはアルミニウム合金の母材で形成されたボディの表面に形成されているニッケ−リンの無電解めっき被膜がアルコールに対する耐食膜の主体である。従って、鋳巣等の微細欠陥部のようにニッケ−リンの無電解めっき被膜が形成されずにアルミニウム合金の母材が露出している部位であっても、あるいは、めっき処理後のバリ、カエリ等が脱落するしてアルミニウム合金の母材が露出している部位であっても、当該部位に形成されているベーマイト被膜により耐食性が確保されるものに過ぎない。しかも、ニッケ−リンの無電解めっき被膜が形成されている部位には、アルミニウム母材が露出していないため、ベーマイト被膜が形成されていないと考えられる。
【0006】
また特許文献5によれば、アルミニウムまたはアルミニウム合金の母材の表面に形成されているベーマイト被膜は羽毛状の凹凸を多数有しているため、無孔質陽極酸化被膜に対するアンカー効果を狙ったものである。更に特許文献5に係る技術は、塗装状態における耐食性向上を狙ったものであり、アルコールに接触する雰囲気で使用されるアルミ部材を対象とするものではない。従って、耐アルコール性をあまり期待できないものと考えられる。
【0007】
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、アルコールまたはアルコール含有物に接触する雰囲気で使用されるのに適しており、耐アルコール性に優れたアルミ部材およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明者は、アルコールまたはアルコール含有物(アルコール含有燃料等)に接触する雰囲気で使用されるアルミ部材について鋭意開発を進めている。そして本発明者は、アルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材の表面にベーマイト被膜を形成すれば、ベーマイト被膜がアルコールに対してバリヤ層として効果的に機能することができ、アルコールに対する耐食性がかなり向上することを知見し、試験で確認し、本発明に係る部材を完成させた。更に本発明者は、アンモニア溶液と部材とを接触させれば、ベーマイト被膜の厚みを厚くでき、アルコールに対する耐食性が更に向上することを知見し、試験で確認し、本発明に係る方法を完成させた。
【0009】
(2)本発明に係る耐アルコール性に優れたアルミ部材は、アルコールまたはアルコール含有物に接触する雰囲気で使用されるアルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材であって、表面の少なくとも一部に、ベーマイト被膜が形成されていることを特徴とする。ベーマイト被膜がアルコールに対してバリヤ層として機能するため、アルミ部材における耐アルコール性が向上する。
【0010】
ベーマイト被膜は水酸化酸化アルミニウム(AlO(OH))を母材とする被膜をいう。ベーマイト被膜は水に不溶であり、酸アルカリにもほとんど不溶であり、更に、アルコールが含まれる雰囲気で使用されるときであっても、アルコールに対してバリヤ層として効果的に働き、アルコールに対して耐食性を高めることができる。
【0011】
ベーマイト被膜の平均厚みとしては耐食性を高めるためには厚い方が好ましいが、厚いと成膜時間が長くなり、生産性が低下する。かかる事情を考慮し、ベーマイト被膜の平均厚みとしては0.5〜40マイクロメートルを採用でき、2〜30マイクロメートル、2.5〜20マイクロメートルを採用できる。従ってベーマイト被膜の平均厚みの下限値としては、0.5マイクロメートル、1マイクロメートル、2マイクロメートル、3マイクロメートルが例示される。ベーマイト被膜の平均厚みの上限値としては、40マイクロメートル、30マイクロメートル、20マイクロメートルが例示される。
【0012】
アルミニウム合金としてはアルミニウム−シリコン系合金、アルミニウム−亜鉛系合金、アルミニウム−マグネシウム系合金、アルミニウム−銅系合金が例示される。アルミニウム合金については質量比でシリコンを2〜25%含有する形態が例示される。シリコンの上限値としては22%、20%、18%、15%が例示される。シリコンの下限値としては2%、5%、8%が例示される。従ってアルミニウム−シリコン系合金としては、共晶系でも、亜共晶系でも、過共晶系でも良い。故に、初晶シリコンまたは共晶シリコンが発生していても、初晶シリコンまたは共晶シリコンが発生していなくてもよい。なお、シリコンの性状はアルミニウム合金の母材の表面の性質に影響を与えると推察される。
【0013】
アルミニウム合金を母材とする部材としては、鋳造品(砂型鋳造品、金型鋳造品を含む)、鍛造品、圧延品等が例示される。アルミニウム合金が鋳造品である場合には、シリコン含有量の増加には限界がある。但し、アルミニウム合金溶湯の急冷凝固粉末を固結させることにより部材が形成されている場合には、部材のシリコン含有量を増加させることができる。
【0014】
(3)本発明に係る耐アルコール性に優れたアルミ部材の製造方法は、アルコールまたはアルコール含有物に接触する雰囲気で使用されるアルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材を製造する方法であって、
アルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材を準備する工程と、
アンモニア溶液と部材とを接触させることにより、部材の表面の少なくとも一部にベーマイト被膜を形成する成膜工程とを順に実施することを特徴とする。
【0015】
ベーマイト被膜は水に不溶であり、酸アルカリにもほとんど不溶であり、更に、アルコールが含まれる雰囲気で使用されるときであっても、耐食性が優れている。
【0016】
成膜工程は、アンモニア溶液を加熱した状態で行うことが好ましい。この場合、ベーマイト被膜を形成する時間が短縮される。殊に、ベーマイト被膜の厚みを厚くするためには、アンモニア溶液を加熱させた状態で行うことが好ましい。殊に、成膜時間の短縮、ベーマイト被膜の厚みの増加等を考慮すると、アンモニア溶液を80℃以上、好ましくは沸騰させた状態で行うことが良い。なお、成膜を良好に行うためには、成膜工程の前に、部材の表面を脱脂することが好ましい。ベーマイト被膜の平均厚みとしては0.5〜40マイクロメートルを採用でき、2〜30マイクロメートル、2.5〜20マイクロメートルを採用できる。当該平均厚みの下限値および上限値としては上記記載に従うことができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ベーマイト被膜がアルコールに対してバリヤ層として機能するため、アルコールまたはアルコール含有物に接触する雰囲気で使用されるのに適しており、耐アルコール性に優れたアルミ部材が提供される。殊にアルコール含有燃料に接触する雰囲気で使用される際に適する部材が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(実施形態1)
以下、本発明の実施形態1について説明する。まず、アルミニウム合金をダイカスト鋳造して形成された鋳造品である部材1(図1参照)を準備した。部材1は、アルコール含有燃料に接触する用途に使用されるものである。成膜前の部材1の表面1aは、切削工具により機械的に切削加工されており、表面粗さ(Ra:3.0〜10.0)は良好とされている。アルミニウム合金はADC12相当の組成をもち、質量比でシリコンを11%、銅を3.3%含有している。但し、組成はこれに限定されるものではない。
【0019】
更に、脱脂溶液とアンモニア水溶液(アンモニア溶液)とを準備した。脱脂溶液は水酸化ナトリウム水溶液(濃度:2.0質量%)で形成されている。アンモニア水溶液はアンモニア(NH)を水に溶かして形成されている(濃度:0.1〜1.5質量%)。アンモニアは水酸基(OH基)を有しないので、自身から水酸基(OH基)を直接放出しないが、下記式に基づいて、アンモニア水溶液ではアンモニアが水分子と結合して水酸基(OH基)を発生させる。従って、アンモニア水溶液は水酸基(OH基)を含有する溶液である。
NH+HO←→NH+OH
【0020】
まず、本実施形態によれば、部材1を脱脂溶液(温度:50℃)に所定時間(90秒間)浸漬させることにより、部材1と脱脂溶液とを接触させ、部材1の表面1aを脱脂させた。この場合、部材1の表面1aに付着している油脂分の除去、不均質な酸化物被膜の除去が期待される。その後、部材1を水(温度:常温(20〜30℃)で洗浄した。
【0021】
次に、大気圧下において煮沸状態のアンモニア水溶液に部材1を所定時間(約30分間)浸漬させることにより、部材1とアンモニア水溶液とを接触させた。その後、部材1を水(温度:常温)で洗浄した。その後、80℃の恒温槽で10分間の条件で部材1を乾燥させた。このような手順が施された部材1の表面1aには、化学的に安定なベーマイト被膜2(AlO(OH)が形成されていた(図2参照)。ベーマイト被膜2は、0.5〜10マイクロメートルの平均厚みを有していた。なお、アンモニア水溶液の温度を上昇させれば、あるいは、煮沸状態のアンモニア水溶液に部材1を浸漬させる浸漬時間を長くすれば、あるいは、アンモニア水溶液の濃度を濃くすれば、一般的には、部材1の表面1aに成膜されるベーマイト被膜2の厚みが増加する傾向がある。また、部材1の全面にベーマイト被膜2が形成されていれば、より安定で強固なベーマイト被膜2が形成される。なお本実施形態によれば、図2から理解できるように、ベーマイト被膜2と部材1との間には無電解めっき層は形成されていない。更に、ベーマイト被膜2の上に陽極酸化被膜や塗装膜も積層されていない。従って、部材1の使用時にはベーマイト被膜2はアルコール含有燃料に接触し、部材1の母材を保護する。図3は、部材1の表面に形成されたベーマイト被膜2のうちの一例を電子顕微鏡(SEM)で撮像した断面写真を示す。図3に示すように、アルミニウム合金の母材の表面にベーマイト被膜2が形成されている。このベーマイト被膜2の成膜処理条件としては、基本的には上記した記載に基づき、アンモニア水溶液の濃度を質量比で3%とし、大気圧下において、アンモニア水溶液を煮沸状態(約98℃)とし、アンモニア水溶液への浸漬時間を30分間とした。図3に示す写真に示すベーマイト被膜2の平均厚みは約5マイクロメートルであり、ベーマイトとしては厚いものである。これに対して、比較例として、アンモニア水溶液を用いず、アンモニアを含有していない沸騰水に部材を浸漬させて形成したベーマイト被膜を図4に示す。図4に示すベーマイト被膜の平均厚みは0.04マイクロメートルであり、極めて薄いものである。このように厚みが薄いベーマイト被膜では、アルコールに対する耐食性はあまり期待できない。
【0022】
かかる厚みが厚いベーマイト被膜2が形成されている部材1によれば、ベーマイト被膜2がアルコールに対してバリヤ層として効果的に機能する。このため部材1の耐アルコール性が向上する。なお、部材1の母材を構成するアルミニウム合金にシリコンが含有されているため、光の影響で、ベーマイト被膜2は黒っぽかった。アルミニウム合金にシリコンが含有されている場合には、シリコンが粒子として生成する可能性が高いため、良好なベーマイト被膜2は形成されにくいおそれがある。部材1の表面1aに生成しているシリコン粒子がアルミニウム合金の母材と性質がかなり異なるためと推察される。かかる点などを考慮し、アルミニウム合金を母材とする部材1にアルカリ脱脂を施していると共に、煮沸状態のアンモニア水溶液に部材1を浸漬させることにしている。
【0023】
更に本発明者が実施した試験例について説明を更に加える。この試験例によれば、アルミニウム合金(ADC12相当)の試験片を用意した。試験片の大きさは、30ミリメートル×40ミリメートル×5ミリメートルとした。上記した脱脂溶液(温度:50℃)に、大気圧下において、試験片を所定時間(90秒間)浸漬させることにより、試験片と脱脂溶液とを接触させ、試験片の表面を脱脂させた。その後、試験片を水洗いした。次に、ベーマイト処理として、成膜処理条件1,成膜処理条件2,成膜処理条件3によれば、大気圧下において、煮沸状態(約98℃)のアンモニア水溶液に試験片を所定時間浸漬させることにより、試験片とアンモニア水溶液とを接触させた。これにより各試験片の表面にベーマイト被膜を形成した。ベーマイト処理の各成膜処理条件を表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
その後、試験片を水洗いした。その後、80℃×10分間の条件で試験片を乾燥させた。上記した手順が施された試験片の表面には、化学的に安定なベーマイト被膜(AlO(OH)が形成されていた。ベーマイト被膜の平均厚みとしては、条件1では0.7マイクロメートルであり、条件2では5マイクロメートルであり、条件3では0.7マイクロメートルであった。そして、各試験片についてアルコール耐食試験を実施した。この場合、ガソリンに10質量%のエタノールを混合した浸漬液(実質的に10質量%のエタノール,90質量%のガソリン、水分を150ppmに調整もの)を用いた。この浸漬液を耐圧ビンの内部に貯留した。耐圧ビンの浸漬液(温度:約120℃)に試験片を浸漬させた。錆発生により水素が発生するため、水素が検出されるまでの時間を計測し、これを試験片における耐食性の目安とした。
【0026】
試験結果を図5に示す。図5に示すように、成膜処理条件1〜成膜処理条件3によれば、240時間経過しても、水素は検出されなかった。このように充分な耐食性が得られたため、試験時間としては240時間でうち切った。従って、成膜処理条件1〜成膜処理条件3で形成した試験片は、良好なベーマイト被膜を有しており、耐アルコール性が極めて優れていた。更に、成膜処理条件4として、アンモニアを含有しない沸騰水を用い、大気圧下において、沸騰水処理(時間:10分間)でベーマイト被膜を試験片に形成した。
【0027】
比較例1として、無処理のADC12を用いた。比較例2として、クロメート処理(三価クロム)とした。比較例3として、無電解スズめっき被膜を試験片に形成した。比較例4として、無電解ニッケル−リンめっき被膜を試験片に形成した。比較例1〜4についても、耐食試験の結果を図5に示す。図5に示すように、成膜処理条件4では160時間であり、良好であった。比較例1では14時間であり、良好ではなかった。比較例2では69時間であり、良好ではなかった。比較例3では32時間であり、良好ではなかった。比較例4では240時間経過しても水素は検出されず、良好であった。但し、比較例4は無電解ニッケル−リンめっき被膜であるため、工程が複雑であり、製造コストの面でも好ましくない。
【0028】
ここで、比較例2の成膜処理条件は40℃×2分間とした。比較例3の成膜処理条件は65℃×3分間とした。比較例4の成膜処理条件は88℃×60分間とした。なお、アルミニウム合金の母材にベーマイト被膜が形成されていないときにおける推定される腐食形態を図8に示す。母材がアルコールと接触すると、図8に示すように、アルコキシドが発生し、更にアルコキシドが分解し、腐食が発生すると推定される。
【0029】
(実施形態2)
本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成および作用効果を有するため、図1および図2を準用する。実施形態1の場合と同様に、本実施形態によれば、部材1を脱脂溶液(温度:50℃)に所定時間浸漬させることにより、部材1と脱脂溶液とを接触させ、部材1の表面1aを脱脂させる。この場合、部材1の表面1aに付着している油脂分の除去、不均質な酸化物被膜の除去が期待される。その後、部材1を水で洗浄した。次に、圧力容器内に収容されているアンモニア水溶液に部材1を浸漬させ、圧力容器内のアンモニア水溶液を煮沸させた状態で、部材1を所定時間浸漬させる。浸漬時間としては、アンモニア水溶液の濃度、圧力容器内の圧力などに応じて、例えば0.5分〜60分間の範囲内で調整する。これにより圧力容器内において部材1とアンモニア水溶液とを接触させる。圧力容器内は大気圧以上の圧力(1.05〜1.2気圧)に維持できるため、アンモニア水溶液の沸点が高くなる。故に、部材1が浸漬されるアンモニア水溶液の温度を昇温させることができ、ベーマイト成膜処理の温度を高めることができる。その後、部材1を水で洗浄する。その後、部材1を乾燥させる。このようにして部材1の表面1aにベーマイト被膜2(AlO(OH)を形成する。
【0030】
(実施形態3)
図6および図7は実施形態3を示す。本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成および作用効果を有する。本実施形態によれば、部材として、車両の内燃機関にアルコール含有燃料が流れる燃料系部品として機能するフューエルデリバリーパイプ4が用いられている。フューエルデリバリーパイプ4は、燃料通路40を有しており、鋳物用のアルミニウム合金(ADC10相当、ADC11相当、ADC12相当またはADC13相当)をダイカスト鋳造することにより形成されている。アルミニウム合金は、質量比でシリコンを8.5〜12%、殊に11%含有する。フューエルデリバリーパイプ4については、外壁面4pは鋳肌のままであり、燃料が通過する燃料通路40を形成する内壁面4iが切削工具により切削加工されている。上記した実施形態1と同様に、内壁面4iを切削加工した後のフューエルデリバリーパイプ4を脱脂した後、大気圧下において、煮沸状態のアンモニア水溶液にフューエルデリバリーパイプ4を所定時間浸漬することにより、フューエルデリバリーパイプ4の内壁面4iにベーマイト被膜2iが形成されている。更に、フューエルデリバリーパイプ4の外壁面4pにも、ベーマイト被膜2pが形成されている(図7参照)。
【0031】
ベーマイト被膜2iを成膜する前のフューエルデリバリーパイプ4の内壁面4iは切削加工面であるため、内壁面4iに形成されたベーマイト被膜2iの厚みは平均化しており、ベーマイト被膜2iの密着性も良好である。更に、フューエルデリバリーパイプ4の外壁面4p(粗面としての鋳肌面)にもベーマイト被膜2pが形成されているため、大気に触れる外壁面4pにおける耐食性も向上している。
【0032】
図6に示す車両用燃料系システムにおいて、100は液状のアルコール含有燃料を貯留するフューエルタンク、101はフューエルポンプのハウジング、102はフューエルフィルタ、103はプレッシャレギュレータのハウジング、106はパルセーションダンパー、107はフューエルインジュクターのハウジングを示す。なお、フューエルタンク100、フューエルポンプのハウジング101、プレッシャレギュレータ103のハウジング、フューエルインジュクター107のハウジングがアルミニウムまたはアルミニウム合金で形成されている場合には、これらの部品もアルコール含有燃料に接触する雰囲気で使用されるため、上記した手順に基づいて、これらの燃料系部品についてもベーマイト被膜を成膜することもできる。
【0033】
なお、シリコン粒子がアルミニウム合金に生成されているときには、シリコン含有量およびシリコン粒子のサイズ、アルミニウム合金の凝固速度にもよるが、シリコン粒子が大きめとなることがある。この場合、切削加工によりシリコン粒子がアルミニウム合金の母材から脱落するおそれがある。この場合、脱落した部分が微細凹部を形成し、アルコールの堆積によりピット的に耐食性が低下するおそれがある。このような場合であっても、アンモニア水溶液は微細凹部に進入可能であるため、凹部に表出するアルミニウム合金の母材にもベーマイトが生成され、微細凹部における耐アルコール性が高められることが期待される。
【0034】
(その他)
上記した実施形態1では、脱脂溶液は水酸化ナトリウム水溶液で形成されているが、これに限らず、水酸化カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、リン酸ナトリウム水溶液としても良い。更に、脱脂工程としては、蒸気脱脂としても良い。上記した実施形態は車両に搭載されるフューエルデリバリーパイプに適用した例であるが、これに限らず、アルコールに触れる雰囲気で使用される他の部品に適用してもよいものである。フューエルデリバリーパイプ4は、アルミニウム合金をダイカスト鋳造することにより形成されているが、砂型鋳造、他の鋳造方法(高圧鋳造とも呼ばれる溶湯鍛造を含む)で形成しても良い。部材を構成するアルミニウム合金はADC12相当に限らず、ADC13相当、ADC11相当でも良く、更にADC1〜ADC10相当でも良く、更に、ダイカスト用アルミニウム合金に限らず、展伸用アルミニウム合金に適用しても良い。本発明は上記し且つ図面に示した実施形態のみに限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施できる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は耐アルコール性に優れたアルミ部材に利用できる。アルミ部材としては、例えばフューエルデリバリーパイプ、ポンプハウジング等の燃料系部品に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】ベーマイト被膜を成膜する前の部材を模式的に示す断面図である。
【図2】ベーマイト被膜を成膜した後の部材を模式的に示す断面図である。
【図3】ベーマイト被膜の断面を撮影した写真を示す図である。
【図4】従来技術に係るベーマイト被膜の断面を撮影した写真を示す図である。
【図5】試験結果を示すグラフである。
【図6】フューエルデリバリーパイプの使用状態を示す構成図である。
【図7】フューエルデリバリーパイプの部分断面を模式的に示す構成図である。
【図8】腐食のメカニズム(推定)を説明する図である。
【符号の説明】
【0037】
図中、4はフューエルデリバリーパイプ(部材)、4iは内壁面、2iはベーマイト被膜、2pはベーマイト被膜を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコールまたはアルコール含有物に接触する雰囲気で使用されるアルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材であって、
表面の少なくとも一部に、ベーマイト被膜が形成されていることを特徴とする耐アルコール性に優れたアルミ部材。
【請求項2】
請求項1において、前記ベーマイト被膜の平均厚みは0.5〜40マイクロメートルであることを特徴とする耐アルコール性に優れたアルミ部材。
【請求項3】
請求項1または2において、前記アルミニウム合金は質量比でシリコンを2〜25%含有することを特徴とする耐アルコール性に優れたアルミ部材。
【請求項4】
アルコールまたはアルコール含有物に接触する雰囲気で使用されるアルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材を製造する方法であって、
アルミニウムまたはアルミニウム合金で形成された部材を準備する工程と、
アンモニア溶液と前記部材とを接触させることにより、前記部材の表面の少なくとも一部にベーマイト被膜を形成する成膜工程とを順に実施することを特徴とする耐アルコール性に優れたアルミ部材の製造方法。
【請求項5】
請求項4において、前記成膜工程は、前記アンモニア溶液を80℃以上に加熱した状態で行うことを特徴とする耐アルコール性に優れたアルミ部材の製造方法。
【請求項6】
請求項4または5において、前記アルミニウム合金は質量比でシリコンを2〜25%含有することを特徴とする耐アルコール性に優れたアルミ部材の製造方法。
【請求項7】
請求項4〜6のうちの一項において、前記成膜工程の前に、前記部材の表面を脱脂することを特徴とする耐アルコール性に優れたアルミ部材の製造方法。
【請求項8】
請求項4〜7のうちの一項において、前記ベーマイト被膜の平均厚みは0.5〜40マイクロメートルであることを特徴とする耐アルコール性に優れたアルミ部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−255432(P2008−255432A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−99765(P2007−99765)
【出願日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】