説明

耐サワー性に優れたラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管およびその製造方法

【課題】耐サワー性に優れた厚肉高強度継目無鋼管を提供する。
【解決手段】焼入焼戻処理を施して、降伏強さ:450MPa超えを有し、少なくとも管最外側または管最内側で荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能なビッカース硬さHV5が、250HV5以下となるように調整する。このためには、焼入処理後に表層を板厚方向深さで表面から0.3mm以上研削する加工処理を施すか、焼入処理を、大気雰囲気中でAc3変態点以上の加熱温度に、120s以上保持したのち、核沸騰状態で水冷する処理、または膜沸騰状態で水冷したのち核沸騰状態で水冷する処理とする。このような焼入れ処理とすることにより、表層の硬さが上記した250HV5以下と低くなり、肉厚中央に向かう途中の位置に最高硬さが示す位置が存在する、M型の硬さ分布を示すか、表層の硬さが最も高くなるが上記した250HV5以下より低くなる、U型またはフラット型の硬さ分布を示す鋼管を得ることができ、耐サワー性が顕著に向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原油や天然ガス等を輸送するラインパイプ用として好適な、厚肉高強度継目無鋼管に係り、とくに耐サワー性の更なる向上に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、原油や天然ガスの枯渇が懸念され、従来より深度の深い、「Deep-Water」と呼ばれる、海底2000mあるいはそれ以上の高深度の領域にある油田、ガス田までもが掘削の対象となっている。このような高深度の油田、ガス田では、CO2、H2S、Cl-等を多く含む、厳しい腐食環境となっており、このため、このような油田、ガス田で使用される鋼材には、高強度でかつ優れた耐食性を具備することが要求されている。
【0003】
さらに、例えば、油田・ガス田から油井管等で採掘した原油、天然ガスは、海底に沿って敷設されるギャザリングラインで、地上(または海上)の施設まで輸送される。このため、使用されるラインパイプ等には、水圧に耐えられる強度を有するとともに、自重で沈むことが求められている。このようなことから、使用されるラインパイプの肉厚は、20mmを超え、場合によっては35mm以上の厚肉の継目無鋼管となる場合がある。このような厚肉継目無鋼管には、さらに高強度で、かつ耐食性に優れしかも、周溶接性にも優れることが要求される。
【0004】
このような要求に対し、例えば、特許文献1、特許文献2には、C:0.03〜0.11%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.8〜1.6%、P:0.025%以下、S:0.003%以下、Ti:0.002〜0.017%、Al:0.001〜0.10%、Cr:0.05〜0.5%、Mo:0.02〜0.3%、V:0.02〜0.20%、Ca:0.0005〜0.005%、N:0.008%以下、O:0.004%以下を含む組成と、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトで、その粒界にフェライトが析出した組織とを有する高強度継目無鋼管が記載されている。特許文献1に記載された技術では、上記した組成の鋼片を、熱間圧延により継目無鋼管としたのち、(Ar3点+50℃)〜1100℃を焼入れ開始温度として、5℃/s以上の冷却速度で冷却する焼入れ処理を施したのち、ついで、550℃〜Ac1点で焼戻を行い、耐水素誘起割れ性(以下、耐HIC性ともいう)に優れ、降伏強さ:483MPa以上を有する高強度継目無鋼管とするとしている。
【0005】
また、特許文献3には、高強度で靭性の良好なラインパイプ用厚肉継目無鋼管の製造方法が記載されている。特許文献3に記載された技術では、C:0.03〜0.08%、Si:0.25%以下、Mn:0.3〜2.5%、Al:0.001〜0.10%、Cr:0.02〜1.0%、Ni:0.02〜1.0%、Mo:0.02〜1.2%、Ti:0.004〜0.010%、N:0.002〜0.008%、Ca、Mg、REMのうちの1種または2種以上の合計で:0.0002〜0.005%、V:0〜0.08%、Nb:0〜0.05%、Cu:0〜1.0%を含む溶鋼を、連続鋳造により断面が丸形状のビレットに凝固させる工程、該ビレットを1400〜1000℃の間の平均冷却速度を6℃/min以上として室温まで冷却する工程、550℃から900℃までの間の平均加熱速度を15℃/min以下として1150〜1280℃に加熱したのち、穿孔および圧延により継目無鋼管を製造する工程、製管後直ちに850〜1000℃に均熱した後、または製管後一旦冷却し、引続き850〜1000℃に加熱した後、または製管後直ちに800〜500℃までの間の平均冷却速度を8℃/s以上として100℃以下まで連続して強制冷却する工程、500〜690℃の範囲の温度で焼戻す工程、を順次行う。なお、特許文献3に記載された技術では、丸形状のビレットに代えて、角形状のブルームまたはスラブに連続鋳造したのち、鍛造または圧延により丸形状のビレットとしてもよいとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-176172号公報
【特許文献2】特開2004-143593号公報
【特許文献3】特開2006-274350号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜3に記載された技術によっても、鋼管表層の強度(硬さ)が高くなることは避けられないのが実情である。というのは、特許文献1〜3に記載された技術では、C-Mn系の組成を有する素材を使用しており、圧延後の冷却において、水冷等の急冷処理(焼入れ処理)を施すことにより、表層部は冷却速度が速く焼きが入りやすいため硬さが高くなる。API規格やDNV-OS-F101規格で定められた値を超えて硬くなる場合もある。一方、肉厚中央部では、冷却速度が遅く、焼きが入りにくく、フェライト等の非焼入れ組織が混入することがある。
【0008】
このようなC-Mn系組成の素材では、例えば図1に示すように、フェライトノーズやベイナイトノーズが短時間側にシフトした変態特性(CCT図)を有しており、理想的な水冷(核沸騰モード)が実現できたとすると、表層の冷却速度は1000℃/s以上で、肉厚30mmの鋼管の肉厚中央部では20〜30℃/s程度の冷却速度となり、表層はマルテンサイト、ベイナイト等の焼入れ組織となるが、肉厚中央部ではフェライト等の非焼入れ組織が混入することがある。このため、肉厚方向の硬さ分布が、表層近傍が高硬度となることは避けられず、肉厚方向の硬さ分布は、図2に示すようなU型となる。このような肉厚方向の硬さ分布は、焼戻処理を施しても、硬さレベルが低下するだけで、完全には消滅しない。
【0009】
例えば、NACE TM0177−2005に規定されるMethod−A法で鋼管の耐SSC性を評価する場合には、表層を除去した丸棒試験片を用いるため、このような表層近傍が高硬度となる、肉厚方向の硬さ分布を有する鋼管でも、良好な耐SSC性を有すると評価される。しかし、NACE TM0177−2005に規定されるMethod−C法や、ASTM規格等で規定される4点曲げ試験法で評価する場合には、高硬度である表層が含まれる試験片を用いるため、破断する場合が生じ、耐SSC性が低下していると評価されることになる。このことは、例えば、耐サワー性が要求される鋼管について、DNV−OS−F101規格では、表面から1.5mmの位置での硬さが250HV10以下を満足することが要求されるが、例えば、表面から1.5mmの位置での硬さが250HV10以下を満足する鋼管であっても、それより外側の表層の硬さが、250HVより高くなる場合には、腐食性の強い環境下では破断する場合がある。その場合には、耐SSC性が低下した鋼管であることを意味する。
【0010】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、耐サワー性に優れた厚肉高強度継目無鋼管およびその製造方法を提供することを目的とする。なお、ここでいう「高強度継目無鋼管」とは、降伏強さYS:450MPa(65ksi)を超える強度を有する継目無鋼管を言うものとする。また、「厚肉」とは、肉厚:10mm以上、好ましくは15mm以上、更に好ましくは25mm以上の場合をいうものとする。また、ここでいう「耐サワー性」とは、NACE TM0284に準拠して評価する耐HIC性、およびNACE TM0177またはASME G39に準拠して評価する耐SSC性を含む特性をいうものとする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、耐サワー性に及ぼす各種要因について、鋭意研究した。その結果、腐食環境と直接接触する部分(表層)の硬さを低く抑制することにより、耐サワー性が顕著に向上することを知見した。すなわち、具体的には、ビッカース硬さを荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な、管最外側または管最内側(管最表層ともいう)で、250HV5以下とすることが、耐サワー性の向上に顕著に寄与することを知見した。
【0012】
そして、本発明者らは、とくに、肉厚方向の硬さ分布が中心から表面に向かって増加する分布である、U型を呈する鋼管の場合には、管の外表層および内表層を、酸洗、ショットブラスト処理等あるいはさらに研削を施し除去することにより、管最表層の硬さを250HV5以下とすることがよいことに想到した。
また、本発明者らは、肉厚方向の硬さ分布を、最表層の硬さが低く、最高硬さが表面からある深さに存在するような硬さ分布、すなわち図3に示すような、いわゆるM型を呈する鋼管の場合においても、耐サワー性の顕著な向上のためには、ケース1のように、管最表層の硬さを250HV5以下とすることがよいことに想到した。そして、さらなる耐サワー性向上のためには、ケース2のように、M型分布の最高硬さをも250HV5以下とすること好ましいことに思い至った。
【0013】
さらなる検討により、本発明者らは、上記した、いわゆるM型の肉厚方向硬さ分布は、熱間圧延時の加熱温度・保持時間・雰囲気等の制御、あるいは、焼入れ時の加熱温度・保持時間・雰囲気等の制御、さらには焼戻時の加熱温度・保持時間・雰囲気等の制御、による表面脱炭、さらには、熱処理時に表面スケールを形成し、焼入れ時の最高硬さ部をスケールオフすること、あるいは表層のみの部分的な焼戻等による硬度低下等により、調整できると考えた。なかでも、焼入れ時の加熱温度・保持時間・雰囲気等の制御、さらに加えて焼入れ冷却の調整を行うことが、最も効率良く、上記したM型の肉厚方向硬さ分布を形成することができることを知見した。
【0014】
なお、表面脱炭による硬度低下領域は、最表層から2.5〜3.0mm程度までの領域とすることが望ましい。というのは、この表面脱炭による硬度低下領域が最表層から2.5〜3.0mm程度を超えて厚くなると、とくに板厚20mm以上の厚肉材では、脱炭に基づく鋼管強度の低下が生じ、機械的性質に影響が生じるためである。弧状引張試験片を用いる場合に強く影響される。
【0015】
本発明は、かかる知見に基づいて、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は、つぎのとおりである。
(1)焼入焼戻処理を施されてなる、降伏強さ:450MPa超えを有する厚肉高強度継目無鋼管であって、管最外側または管最内側で荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能なビッカース硬さHV5が、250HV5以下であることを特徴とする耐サワー性に優れたラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
(2)(1)において、前記厚肉高強度継目無鋼管の板厚方向全域の硬さ分布が、M型を呈することを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
(3)(1)において、前記厚肉高強度継目無鋼管の板厚方向全域の硬さ分布が、U型を呈することを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
(4)(2)において、前記厚肉高強度継目無鋼管の板厚方向全域の硬さ分布が、前記M型を呈し、かつ最高硬さが荷重:5kgf(試験力:49N)で測定したビッカース硬さHV5で、250HV5以下であることを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
(5)(1)〜(4)のいずれかにおいて、前記継目無鋼管が、質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:0.02〜0.5%、Mn:0.7〜2.5%、P:0.020%以下、S:0.003%以下、Al:0.01〜0.08%、Ti:0.005〜0.05%、N:0.005%以下を含み、かつTiとNを次(1)式
N ≦ Ti×14/48 ≦ N+10 ‥‥(1)
(ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量ppm))
を満足するように含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成を有することを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
(6)(5)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.5%以下、Mo:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Cu:0.3%以下、V:0.05%以下、Nb:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
(7)(5)または(6)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.002%以下を含有することを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
(8)素材鋼管に、焼入処理および焼戻処理を施し、降伏強さ:450MPa超えを有する製品鋼管とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法であって、前記素材鋼管を、質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:0.02〜0.5%、Mn:0.7〜2.5%、P:0.020%以下、S:0.003%以下、Al:0.01〜0.08%、Ti:0.005〜0.05%、N:0.005%以下を含み、かつTiとNを次(1)式
N ≦ Ti×14/48 ≦ N+10 ‥‥(1)
(ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量ppm))
を満足するように含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成を有する継目無鋼管とし、前記焼入処理を、Ac3変態点以上の温度に加熱し、その後に急冷を行う処理とし、該焼入処理後に表層を板厚方向深さで表面から0.3mm以上研削する加工処理を施し、しかる後に前記焼戻処理を行うことを特徴とする耐サワー性に優れたラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
(9)素材鋼管に、焼入処理および焼戻処理を施し、降伏強さ:450MPa超えを有する製品鋼管とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法であって、
前記素材鋼管が、質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:0.02〜0.5%、Mn:0.7〜2.5%、P:0.020%以下、S:0.003%以下、Al:0.01〜0.08%、Ti:0.005〜0.05%、N:0.005%以下を含み、かつTiとNを次(1)式
N ≦ Ti×14/48 ≦ N+10 ‥‥(1)
(ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量ppm))
を満足するように含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成を有する継目無鋼管とし、前記焼入処理を、加熱とその後に急冷を行う処理とし、前記加熱が、大気雰囲気中でAc3変態点以上の加熱温度に、120s以上保持する処理とし、前記急冷が、核沸騰状態で水冷する処理とすることを特徴とする耐サワー性に優れたラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
(10)(9)において、前記急冷が、核沸騰状態で水冷する処理に代えて、膜沸騰状態で水冷した後核沸騰状態で水冷する処理とすることを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
(11)(8)ないし(10)のいずれかにおいて、前記加熱が、加熱炉装入方式、通電加熱方式、または誘導加熱方式のいずれかによる加熱であることを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
(12)(8)ないし(11)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.5%以下、Mo:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Cu:0.3%以下、V:0.05%以下、Nb:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
(13)(8)ないし(12)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.002%以下を含有することを特徴とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ラインパイプ用として好適な、耐サワー性に優れた厚肉高強度継目無鋼管を、安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】C−Mn系継目無鋼管各部の焼入れ冷却における変態特性を模式的に示す説明図である。
【図2】焼入れ処理を施された継目無鋼管の肉厚方向硬さ分布のU型分布の一例を模式的に示す説明図である。
【図3】焼入れ処理を施された継目無鋼管の肉厚方向硬さ分布のM型分布の一例を模式的に示す説明図である。
【図4】肉厚方向の硬さ分布の測定方法を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の厚肉高強度継目無鋼管は、焼入焼戻処理を施されてなる、降伏強さ:450MPa超えを有する厚肉高強度継目無鋼管である。ここでいう「降状強さ:450MPa超」は、ラインパイプ分野で用いられる強度グレードである「X65」級以上の強度を有する場合を含む。
そして、本発明の厚肉高強度継目無鋼管は、肉厚方向全域の硬さ分布が、図2に示すようなU型分布、または、図3に示すようなM型分布、あるいは平坦なフラット型分布を呈し、しかも、管最表層の硬さが、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定したビッカース硬さHV5で、250HV5以下である鋼管とする。なお、本発明鋼管の肉厚方向全域の硬さ分布は、JIS Z 2244 の規定に準拠し、荷重:5kgf(試験力:49N)のビッカース硬度計を用い、表層から0.5mm間隔で管肉厚方向全域を測定して求めるものとする。
【0019】
このため、管最表層の位置は、ビッカース硬さを荷重:5kgf(試験力:49N)で測定できる管の最も外側または最も内側の位置となる。本発明が対象とする鋼管の硬さHV250程度では、JIS Z 2244 に規定される、圧痕の中心を表面から圧痕の4個以上離すために、管最表層の位置は、表面から内側に0.4〜0.6mm程度離れた位置となる。硬さが低くなれば、圧痕が大きくなるため、管最表層の位置は、さらに内側となる。
【0020】
また、表層から0.5mm間隔で管肉厚方向に荷重5kgf(試験力49N)で硬さを測定する場合、圧痕が大きく圧痕の間隔が狭くなりすぎると、JIS Z 2244の規定から逸脱することになる。そのような場合には、本発明では、隣り合う圧痕の間隔が圧痕の大きさの4個以上となるように、図4に示すように、千鳥状に測定するものとする。
本発明でいう「U型」の肉厚方向硬さ分布は、図2から明らかなように、管肉厚中心の硬さが低く、管外表面側および管内表面側に向かって、硬さが増加する分布をいう。また、「M型」の肉厚方向硬さ分布は、図3から明らかなように、表層の硬さが低下して、表面から肉厚方向にいくらか入った位置で最高硬さを示し、肉厚中心に向かって硬さが低くなる分布をいう。
【0021】
図2に示すようなU型の硬さ分布を呈する継目無鋼管では、管最表層の硬さ(以下、HVSともいう)が、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定したビッカース硬さHV5で、250HV5以下であれば、NACE TM0284や、NACE TM0177、ASME G39等に規定された耐HIC性、耐SCC性を満足することができ、耐サワー性が顕著に向上する。管最表層の硬さHVSが、250HV5を超える場合には、NACE TM284や、NACE TM0177、ASME G39等に規定された試験で、割れが発生することが多い。
【0022】
一方、図3に示すようなM型の肉厚方向硬さ分布を示す鋼管では、管最表層の硬さHVSを、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定したビッカース硬さHV5で、250HV5以下とする。これにより、NACE TM284や、NACE TM0177、ASME G39等に規定された試験で、割れが発生するのを防止できる。なお、M型の肉厚方向硬さ分布の最高硬さ(以下、HVMAXともいう)が、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定したビッカース硬さHV5で、250HV5以下を満足することが、耐サワー性の更なる向上のためには、より好ましい。
【0023】
なお、上記した肉厚方向硬さ分布は、荷重5kgf(試験力49N)で硬さ測定が可能な最表層(最裏層)を起点としており、U型の肉厚方向硬さ分布を示す鋼管についてさらに小さい荷重(試験力)で硬さ測定すると、M型の硬さ分布を示す場合が多い。というのは、最表層域が軟い場合には、大きな荷重で硬さ測定が可能となる最表層が最表面から遠い内側の位置となるためである。すなわち、荷重5kgf(試験力49N)で測定した肉厚方向厚さ分布がU型と分類された鋼管でも、荷重5kgf未満で硬さ測定した場合には、最表面近傍の軟い領域まで測定可能となり、M型と分類される場合もあることを意味する。
【0024】
上記した特性を有する本発明の厚肉高強度継目無鋼管の好ましい組成は、次のとおりである。本発明の厚肉高強度継目無鋼管は、質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:0.02〜0.5%、Mn:0.7〜2.5%、P:0.020%以下、S:0.003%以下、Al:0.01〜0.08%、Ti:0.005〜0.05%、N:0.005%以下を含み、かつTiとNを次(1)式
N ≦ Ti×14/48 ≦ N+10 ‥‥(1)
(ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量ppm))
を満足するように含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成を有する。
【0025】
まず、組成限定理由について、説明する。以下、とくに断わらない限り質量%は単に%で記す。
C:0.03〜0.15%
Cは、固溶強化や、焼入れ性向上を介して、鋼管強度の増加に寄与するが、鋼管の周溶接時に、溶接熱影響部(HAZ)や溶接金属部の硬さを増加させる。このため、Cはできるだけ低減することが望ましいが、所望の母材強度を確保するためには、Si、Mn等の焼入れ性向上元素の添加効果を考慮しても、0.03%以上の含有を必要とする。一方、0.15%を超える含有は、HAZの硬度が高くなりすぎて、溶接部の耐サワー性に問題が生じる。このようなことから、Cは0.03〜0.15%に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.06〜0.12%である。また、リールバージ等のように、円周溶接部が巻き・巻き戻しを複数回繰り返すような使途向けの場合には、溶接部の硬さ増加をできるだけ低くするという観点から、さらに好ましくは0.06〜0.11%である。なお、好ましい範囲は、体積膨張が大きく製造性が低下する亜包晶域を外したC範囲である。亜包晶域は、C以外の含有成分にも依存して変化するため、成分系が明確でない場合には正確には表示することができないが、概ねC:0.10〜0.12%前後の領域になることが多い。
【0026】
Si:0.02〜0.5%
Siは、脱酸剤として寄与するとともに、固溶強化により、鋼管の高強度化に寄与する。このような効果を得るためには、不純物レベルを超える、0.02%以上の含有を必要とする。一方、0.5%を超える多量の含有は、溶接部および母材部の靭性が低下する。このため、Siは0.02〜0.5%の範囲に限定することが好ましい。
【0027】
Mn:0.7〜2.5%
Mnは、焼入れ性を向上させて、焼入焼戻処理を施す、継目無鋼管を高強度化する作用を有する。Mn以外の焼入れ性向上元素の複合含有を勘案しても、所望の鋼管強度を確保するためには、0.7%以上の含有を必要とする。一方、2.5%を超える多量の含有は、表層や母材の硬さ、円周溶接時のHAZにおける硬さが、250HVを超えて高くなりすぎて、耐サワー性が低下する。このため、Mnは0.7〜2.5%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.7〜1.5%である。
【0028】
Mnは、鋼管の組織をベイナイト主体の組織(ベイナイト単相、またはベイニティックフェライト相、アシキュラーフェライト相を含んだ組織)として、管の高強度化を達成するために含有させる。しかし、ベイナイト主体の組織は、マルテンサイト主体の組織と比べて、焼入れまま硬さが、若干低めとなるが、焼入れまま硬さが、冷却速度によって影響を受けて、変化しやすくなる。というのは、冷却速度が速い場合(具体的に最表層)には、硬さが高くなり、冷却速度が遅い場合(具体的に肉厚中央)には、最表層に比べて、低くなる傾向を伴う。このため、このような成分系では、肉厚方向の硬さ分布が、表層に向かって急峻に増加する傾向となる。
【0029】
P:0.020%以下
Pは、耐サワー性を低下させる元素である。Pは、結晶粒界に偏析して、水素脆化時に粒界割れを誘起し、耐サワー性のうち、耐SSC性を低下させる。また、Pは、靭性をも低下させる。このため、本発明では、Pはできるだけ低減することが望ましいが、0.020%以下であれば許容できる。このようなことから、Pは0.020%以下に限定することが好ましい。Pは、できるだけ低減することが望ましいが、過剰の低減は、製鋼コストの高騰を伴うため、工業的には、0.003%程度以上とすることが望ましい。
【0030】
S:0.003%以下
Sは、介在物として存在し、耐サワー性、特に耐HIC性を低下させるため、できるだけ低減することが望ましい。継目無鋼管では、穿孔圧延工程で素材に円周方向と長手方向に伸ばされる圧延が施されるため、厚鋼板や薄鋼板のように、MnSが圧延方向に長く伸びて、耐HIC性に著しい悪影響を及ぼすことは少ない。このため、本発明ではSを極端に低減する必要はないが、0.003%以下であれば、耐HIC性の低下は少なく、許容できる範囲となる。このようなことから、Sは0.003%以下に限定することが好ましい。
【0031】
Al:0.01〜0.08%
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、このような効果は0.01%以上の含有で認められる。一方、0.08%を超える含有は、酸素と結びつき介在物(主として酸化物)がクラスター状に残留し、靭性を低下させる。介在物の増加は、表面疵の原因となることもある。このようなことから、Alは0.01〜0.08%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、0.05%以下である。
【0032】
Ti:0.005〜0.05%
Tiは、窒素Nを固定するだけのために含有する。窒素を固定しTiNを形成した以外のTiが残留しないように、N含有量に応じてTi量を調整する。このような効果を得るために、Tiは、0.005%以上の含有を必要とする。一方、0.05%を超えるTi含有は、TiN量が増え、または、サイズが大きくなるとともに、Tiの硫化物、炭硫化物、炭化物を形成し、TiN以上に靭性を劣化させる悪影響が大きくなる。このため、Tiは0.005〜0.05%の範囲に限定することが好ましい。
【0033】
N:0.005%以下
Nは、Tiと結合してTiNを形成するが、TiN量が増加すると、靭性が低下する傾向となるため、Nはできるだけ低減することが好ましい。しかし、極端な低減は精錬コストを高騰させるため、Nは0.005%以下に限定することが好ましい。
さらに、Ti、Nは、上記した範囲で含有し、さらに、次(1)式
N ≦ Ti×14/48 ≦ N+10 ‥‥(1)
(ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量ppm))
を満足するように調整して含有する。
【0034】
「Ti(ppm)×14/48」は、TiN(殆どの場合、Ti/N比は、元素比で1.0)を形成する際に使用させるTi量に相当し、(1)式を満足するように、N〜(N+10)ppmの範囲に限定する。「Ti(ppm)×14/48」がN(ppm)量未満では、固溶窒素が存在することになり、Al等の窒化物形成元素との結合、もしくは、焼戻時に、炭化物ではなく、炭窒化物を形成し、鋼管特性が低下する。一方、「Ti(ppm)×14/48」が(N+10)ppmを超えて多くなると、TiNに消費された残りのTiがある一定量存在することになり、硫化物および炭硫化物が形成され、靭性を劣化させる危険性が増す。このため、TiとNの関係は(1)式を満足するように調整することとした。
【0035】
上記した成分が基本の成分であり、これら基本の成分に加えて、選択元素として、Cr:0.5%以下、Mo:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Cu:0.3%以下、V:0.05%以下、Nb:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ca:0.002%以下を、必要に応じて、選択して含有することができる。
Cr:0.5%以下、Mo:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Cu:0.3%以下、V:0.05%以下、Nb:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Cr、Mo、Ni、Cu、V、Nbはいずれも、鋼管の強度増加に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。
【0036】
Cr:0.5%以下
Crは、焼入れ性向上を介して、鋼管の強度増加に寄与する。このような効果を確保するためには、不可避的不純物レベルである0.01%以上含有することが望ましいが、0.5%を超える多量の含有は、硬さが高くなりすぎて、耐サワー性、とくに溶接部の耐サワー性を低下させる。このため、含有する場合には、Crは0.5%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.3%以下である。
【0037】
Mo:0.3%以下
Moは、Crと同様に、焼入れ性向上を介して、鋼管の強度増加に寄与する。このような効果を確保するためには、不可避的不純物レベルである0.001%以上含有することが望ましいが、0.3%を超える多量の含有は、硬さが高くなりすぎて、耐サワー性が低下する。とくに、多量のMo含有は、溶接部の強度を増加させ、溶接部の耐サワー性を低下させる。このため、含有する場合には、Moは0.3%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.2%以下である。
【0038】
Ni:0.3%以下
Niは、固溶強化、さらには 焼入れ性向上を介して、鋼管の強度増加に寄与する。このような効果を確保するためには、不可避的不純物レベルである0.01%以上含有することが望ましいが、0.3%を超える多量の含有は、強度が高くなりすぎるため、耐サワー性が低下する。このため、含有する場合には、Niは0.3%以下に限定することが好ましい。なお、Cuを0.05%以上含有する場合に、Niは、0.5×Cu以上含有させることが好ましい。これにより、Cu起因の表面疵、表面欠陥の発生を防止することができる。
【0039】
Cu:0.3%以下
Cuは、固溶強化、さらには 焼入れ性向上を介して、鋼管の強度増加に寄与する。このような効果を確保するためには、不可避的不純物レベルである0.01%以上含有することが望ましいが、0.3%を超える多量の含有は、靭性が低下するとともに、表面疵が多発するという問題がある。このため、含有する場合には、Cuは0.3%以下に限定することが好ましい。なお、Cuを0.05%以上含有する場合には、Niを0.5×Cu以上含有させることが好ましい。これによりCu起因の表面疵、表面欠陥の発生を防止できる。
【0040】
V:0.05%以下
Vは、焼入れ性向上に寄与するとともに、焼戻軟化抵抗を増加させて、鋼管の強度増加に寄与する。このような効果は、不純物レベル以上である0.002%以上の含有で顕著となる。一方、0.05%を超える含有は、粗大なVN、V(CN)が形成され、靭性を低下させる可能性が高くなる。このため、含有する場合には、Vは0.05%以下に限定することが好ましい。
【0041】
Nb:0.05%以下
Nbは、Nb析出物の析出強化により、鋼管の強度増加に寄与する。また、Nbは、オーステナイト粒の細粒化に寄与し、これにより耐サワー性が向上する。このような効果は、0.005%以上の含有で顕著となる。一方、0.05%を超える含有は、耐SCC性、耐HIC性を低下させる可能性がある。このため、含有する場合には、0.05%以下に限定することが好ましい。
【0042】
Ca:0.002%以下
Caは、硫化物、酸化物の形態を丸い形状に制御する形態制御作用を有し、耐HIC性の向上に寄与する。また、Caの含有は、連鋳時のノズル詰まりを防止する。このような効果を確保するために、0.001%以上含有することが好ましい。一方、0.002%を超える含有は、Ca系介在物量、析出物量が多くなりすぎて、かえって靭性の低下、耐SCC性の低下を招く。このため、含有する場合には、Caは0.002%以下に限定することが好ましい。なお、丸鋳片を使用しない製造方法の場合には、Caは無添加でもよい。
【0043】
上記した成分の残部は、Feおよび不可避不純物からなる。
また、本発明鋼管の組織は、ベイナイト相を主とする組織を有する。ここでいう「ベイナイト相を主とする組織」には、いわゆるベイナイト相に加えて、ベイニティックフェライト相、アシキュラーフェライト相、マルテンサイト相を含むものとする。本発明が対象とする鋼管の組織は、ベイナイト相を主(面積率で50%以上)とするが、ベイニティックフェライト相、アシキュラーフェライト相を含み、微量であるがマルテンサイト相を含むことがある。とくにマルテンサイト相の含有は僅かであり、しかも通常のナイタール腐食、光学顕微鏡観察では区別がつきにくいため、本発明では「ベイナイト相を主とする組織」にマルテンサイト相も含めることとした。
【0044】
なお、ベイナイト相を主とする組織の組織分率は面積率で50%以上と多ければ多いほどよい。なお、本発明鋼管の組織は、粒度番号でNo.8以上、好ましくはNo.9以上、とすることが好ましい。
ベイナイト相以外の第二相は、若干(面積率で10%以下)のフェライト相を含んでもよい。
【0045】
つぎに、本発明厚肉高強度継目無鋼管の好ましい製造方法について説明する。
まず、上記した組成の素材鋼管を準備する。
素材鋼管は、上記した鋼管素材(丸鋳片、丸鋼片等)に、加熱し、例えば、マンネスマン式製管法等を使用して、穿孔圧延、延伸圧延等により、所定寸法の継目無鋼管とすることが好ましいが、これに限定されることはない。
【0046】
本発明では、得られた継目無鋼管を素材鋼管とし、該素材鋼管に、焼入処理および焼戻処理を施し、降伏強さ:450MPa超える降伏強さの製品鋼管とする。
焼入処理は、加熱とその後に急冷を行う処理とする。
焼入処理における加熱は、大気雰囲気中でAc3変態点以上の加熱温度に、120s以上保持する処理とすることが好ましい。
【0047】
なお、ここでいう「大気雰囲気中」とは、稼動する熱処理炉に特定組成のガスを雰囲気ガスとして流すのではなく大気環境(酸素濃度20%程度)下で熱処理する場合を指す。例えば熱処理炉として電気炉を用いれば大気のガス組成(酸素濃度20%程度)に近い雰囲気状況で熱処理ができる。なお、CH4、C2H8等やCO等の燃焼熱を熱源とする加熱炉では、燃焼時に酸素を消費するため、雰囲気中の酸素濃度は約10%以下程度まで低下するが、零ではない。
【0048】
加熱温度がAc3変態点未満では、加熱温度が低すぎて、オーステナイト単相組織とすることができず、その後の急冷処理によっても、所望の強度を確保できない。一方、950℃を超える温度では、結晶粒が粗大化し、所望の低温靭性を確保できなくなる。このため、焼入のための加熱温度はAc3変態点以上、好ましくは950℃以下に限定することが好ましい。なお、好ましくは850℃以上920℃以下である。
【0049】
素材鋼管を、上記した温度、保持時間で、大気雰囲気中で加熱することにより、表面から脱炭が生じ、加熱後に急冷を行っても、表層の硬さが所望の250HV5以下とすることができる。保持時間が120s未満では、表面からの脱炭が不十分で、急冷後の表層硬さが所望の250HV5以下とすることができなくなる。
なお、M型の肉厚方向硬さ分布を有する鋼管とする場合には、焼入れ処理のために大気雰囲気中で加熱する際に、酸素濃度が大気並みの雰囲気(約20%)、あるいは少なくとも酸素濃度が5%以上の雰囲気として、上記した加熱温度で、300s以上保持することが好ましい。焼入れ加熱に際して、保持時間が300s未満では、表層の脱炭が不十分で、M型の肉厚方向硬さ分布を形成するまでに至らない場合が多い。このため、M型の肉厚方向硬さ分布を有し、あるいはさらに管最表層のビッカース硬さHVSが250HV5以下である鋼管とするためには、焼入れ加熱温度に300s以上とすることが好ましい。
【0050】
なお、加熱保持時間(均熱帯での時間)の上限は、生産性の観点から、5400s以下とすることが好ましい。5400sを超えて長時間とすると、加熱処理時間が長くなり、生産性が低下する。このため、加熱の保持時間は120s以上、好ましくは、300s以上、好ましくは5400s以下、より好ましくは3600s以下に限定することが好ましい。
なお、焼入れのための加熱は、表面から脱炭し、M型の肉厚方向硬さ分布を形成するという観点からは、大気雰囲気中で加熱炉に装入して加熱する加熱炉装入方式とすることが好ましいが、加熱炉装入に代えて、大気雰囲気中での誘導加熱方式、または通電加熱方式による加熱としてもよい。なお、この場合、加熱時の雰囲気は、大気中の酸素濃度とほぼ等しい酸素濃度の雰囲気となる。
【0051】
上記した条件で加熱された素材鋼管は、ついで急冷される。急冷は、核沸騰状態での水冷とすることが好ましい。核沸騰状態で冷却することにより、急冷される表層は、通常であれば、著しく硬化するが、上記したような加熱処理を施された鋼管では、表層の著しい硬化はなく、表層の硬さが低下し、途中に最高硬さが存在するM型の肉厚方向硬さ分布を呈する。これにより、腐食環境と接し、耐サワー性に影響する表層の硬さが低下し、耐サワー性が向上する。
【0052】
なお、急冷は、核沸騰状態での水冷に代えて、水槽に浸漬し膜沸騰状態での水冷を所定時間行ったのち、核沸騰状態での水冷を施す処理としてもよい。膜沸騰状態での水冷の所定時間は5s以上とすることが好ましい。上記した条件での加熱に加えて、このような急冷(膜沸騰状態での水冷を行ったのち、核沸騰状態での水冷)を施すことにより、所望の肉厚方向硬さ分布(M型)への調整がより容易となる。
【0053】
このような、表層硬さを低くした、M型の肉厚方向硬さ分布を有する製品鋼管としても、鋼管から試験片を採取して測定される機械的性質の大きな変化はなく、あっても軽微なレベルである。というのは、上記したような肉厚方向の硬さ分布の変化は、表面近傍のみの変化であり、引張特性等の機械的特性を測定する、鋼管の大部分を占める鋼管内部の強度についてはほとんど変化が生じていないためである。
【0054】
また、本発明では、素材鋼管を、上記した焼入処理の加熱条件とは異なり、非酸化性雰囲気で、Ac3変態点以上、好ましくは950℃以下に加熱し、核沸騰状態で水冷し、急冷する焼入処理としてもよい。なおこの場合、上記した加熱温度での保持はとくに必要としない。焼入れのための加熱が非酸化性であるため、上記したような表層の脱炭は生ぜず、製品鋼管では、表面に近づくとともに硬さが増加する、いわゆる、U型の肉厚方向硬さ分布となる。このため、表層の硬さの高い領域を機械研削等により、削除することが好ましい。本発明の好ましい組成範囲内であれば、削除する表層は、硬さの高い、表面から肉厚方向に0.3mm程度以上、0.7mm以下の範囲で研削することが、好ましい。0.7mmを超えて研削すると、肉厚が減少しすぎて、製品保証肉厚を確保しにくくなるが、耐サワー性の観点からは、研削するほど好ましい。なお、片側で1.5mm程度の研削で、研削の効果は飽和する。
【0055】
肉厚方向硬さ分布がU型の場合には、表面から研削することにより、硬さは低下する傾向を示すが、硬さ分布が表層で急唆な傾きを有する場合が多く、0.3mm以上研削することにより、測定可能な管最表層硬さHVSを250HV5以下にすることができる。
これにより、硬さを測定できる管最表層の硬さHVSを、250HV5以下に調整できる。
なお、焼入処理は、通常、焼入れQを1回とするが、焼入れQを複数回繰り返す、例えばQQ処理としてもよい。焼入処理を繰り返し行うことにより、結晶粒の微細化も期待できる。
【0056】
また、本発明では、焼入処理後に、焼戻処理を行う。焼戻処理は、焼入れ処理で得られた硬さ等を低減して、所望の強度、靭性を確保できるように調整するために行う。焼戻処理は、550℃以上Ac1変態点以下の温度(焼温度)に加熱し、放冷する処理とすることが好ましい。焼戻温度が550℃未満では、温度が低すぎて、所望の靭性を確保できない。一方、Ac1変態点を超える高温では、二相域に加熱されるため、所望の特性への調整が不可能となる。
【0057】
以下、さらに実施例に基づいて本発明をさらに説明する。
【実施例】
【0058】
(実施例1)
表1に示す鋼A組成の溶鋼を、真空炉で溶製し、小型鋼塊(30キロ鋼塊:底部100mm角、頂部150mm角)とした。これら小型鋼塊を加熱し、実験圧延機で9.5〜41mm厚の範囲の試験材が確保できるように5種の板厚の熱延板とした。ついで、これら熱延板の表面および裏面をフライス盤で研削して、各熱延板間の肉厚ばらつきの少ない熱延板とした。
これら熱延板から試験材(100mm幅×200mm長さ(圧延方向))を採取し、該試験材に対して、表2に示す条件の焼入れ焼戻処理を施した。焼入れは、不活性ガス(アルゴンガス)雰囲気中で加熱温度:890℃で5min間保持したのち、直ちに核沸騰状態で水冷する処理とした。ここでいう、「核沸騰状態」での水冷とは、被冷却材(熱延板)を治具で掴んで、水槽内で上下左右に振って、湯気を出さない状態で冷却する処理である。なお、一部では、水槽中に浸漬し、膜沸騰状態で一定時間を水冷したのち、核沸騰状態で水冷する急冷を施した。また、焼戻は、650℃で5min保持する処理とした。
なお、この熱延板に対する焼入れ焼戻処理は、各種肉厚を有する鋼管の焼入焼戻処理をシミュレートするもので、これにより、各種肉厚を有する鋼管の肉厚方向硬さ分布、引張特性、耐サワー性を推定した。なお、耐サワー性は、4点曲げ試験、HIC試験、NACE-TM0177規定のMethod−A試験を実施し、総合して評価した。試験方法は次のとおりとした。
(1)肉厚方向硬さ分布
得られた試験材から、硬さ測定用試験片を採取し、板厚方向断面について、ビッカース硬さ計(荷重:5kgf)を用いて、JIS Z 2241の規定に準拠して、硬さHV5を測定した。測定間隔は、試験材の両最表層(表面から0.5mm)位置から、板厚方向に0.5mm間隔で5点、さらに板厚中央方向に、3mm間隔または4mm間隔で、全板厚に亘って測定した。なお、両最表層における測定(各5点)は、一列状に測定できない場合は、千鳥式(図4参照)に測定した。なお、表面から0.5mmの位置で、荷重:5kgf(試験力:49N)による硬さ測定が可能であれば、その位置の硬さが、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層(管最表層)の硬さHVSとした。荷重:5kgf(試験力:49N)による硬さ測定ができない場合には、さらに内側の、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定できる、最も外側または最も内側の位置が、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置とした。なお、板厚24mm材については、焼入れままでも硬さ測定を行った。そして、得られた板厚方向(肉厚方向)の硬さ分布の分布形態から、U型、M型、あるいはフラット型のいずれかに近いか、判定した。
(2)引張試験
得られた試験材から、ASTM E 8/E 8M-08の規定に準拠して、引張方向が圧延方向となるように、また、試験片中央が板厚中央に一致するように、丸棒引張試験片(ASTM-1/4片:Specimen3(E8))を採取し、引張試験を実施し、引張特性(降伏強さYS)を求めた。
なお、実測した降状強さYSから、各試験材の強度グレードを決定した。DNV-OS-F101規格では、X80級はYS:675〜550MPa、X70級はYS:485〜605MPa、X65級はYS:450〜570MPa、X60級ではYS:415〜565MPaと規定しており、隣接する級でYSが重複している。そこで、本発明では便宜的に、YS:550MPa以上のものはX80級とし、YS:550MPa未満485MPa以上をX70級、YS:485MPa未満450MPa以上をX65級、YS:450MPa未満415MPa以上をX60級とした。
(3)4点曲げ試験
得られた試験材から、ISO-7539-2規格に準拠して、試験片長手方向が圧延方向となるように、最表層を含む4点曲げ試験片(厚さ:5mm×幅10mm×長さ75mm)を採取し、4点曲げ試験を実施し、最表層を含む場合の耐SSC性を評価した。4点曲げ試験片表面に歪ゲージを貼布し、所定の応力(規格下限の降伏強さの85%の応力)が負荷されていることを確認したのち歪ゲージを外して、4点曲げ試験片を、SolutionA液(5mass%NaCl+0.5 mass%氷酢酸水溶液)に分圧0.1MPaH2Sガスを飽和させた試験液中に720h間浸漬した。浸漬後に、破断しない場合には、耐SSC性が良好であるとして○、破断が発生した場合には×として評価した。
【0059】
なお、負荷応力の基準となる規格下限の降状強さは、X80級では550MPa、X70級では485MPa、X65級では450MPa、X60級では415MPaである。
(4)HIC試験
得られた試験材から、NACE−TM0284に準拠して、HIC試験片を採取し、HIC試験を実施した。試験は、試験片をSolutionA液(5mass%NaCl+0.5 mass%氷酢酸水溶液)に分圧0.1MPaH2Sガスを飽和させた試験液中に96h間浸漬する試験とした。浸漬後、試験片の断面を観察し、CSR、CLR、CTRを求めた。CSRが1%以下、CLRが15%以下、CTRが3%以下である場合を、耐HIC性が良好であるとして○とし、ひとつの値でも基準に満たない場合には×とした。
(5)Method−A試験
得られた試験材から、NACE−TM0177に準拠して、板厚中央位置が試験片中心となるように丸棒試験片を採取し、耐SSC性を評価した。試験片を、SolutionA液(5mass%NaCl+0.5mass%氷酢酸水溶液)に分圧0.1MPaH2Sガスを飽和させた試験液中に、所定の応力(規格下限の降伏強さの85%の応力)を負荷して、浸漬し、720h経過するまでの破断の有無を調査した。なお、規格下限の降状強さは各強度グレードに応じた(3)4点曲げ試験の項に示した値とした。得られた結果から、720h経過後に未破断であり、かつ10倍の光学顕微鏡で試験片平行部を観察し亀裂がない場合を、耐SSC性に優れるとして○と評価しそれ以外の場合を×とした。
【0060】
なお、Method-A試験では、試験片採取位置での耐SSC性を評価するとともに、耐SOHIC性をも併せて評価できる。
得られた結果を、表2に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
鋼No.Aの組成を有する鋼板(鋼管)の肉厚方向の硬さ分布は、肉厚(板厚)が薄い場合(板厚:9.5mm、15mm)では、肉厚方向にほぼ均一な硬さを示すフラット型(−型)であるが、肉厚が厚くなると、U型の肉厚方向の硬さ分布を示すようになる。なお、焼戻処理後の肉厚方向硬さ分布は試験材No.1Cで示すように焼入れ時の硬さ分布から大きく崩れることはなく、焼入れ時の硬さ分布をほぼ保持することになる。さらに、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置(最外側または最内側位置)の硬さHV5が、250HV5以下である場合は、耐HIC性、耐SCC性がいずれも良好である。なお、試験材No.1E、No.1Fは、測定可能な最表層位置(最外側または最内側位置)の硬さHV5が、250HV5を超えて高くなっている。しかし、試験材No.1E、No.1Fは強度がX60級であるため、Method-A試験、4点曲げ試験における負荷応力が低くなり、板厚中央位置が採取した試験片を用いるMethod-A試験では、「○」という評価となり、一般的な意味での耐SSC性および耐SOHIC性は良好であると評価される。一方、表層部分を評価する4点曲げ試験では、表層硬さが高い試験材No.1E、No.1Fは「×」という評価になっている。
【0064】
なお、試験材2A、2Cは、水槽に浸漬し膜沸騰状態で5s間冷却した後に核沸騰状態で冷却し、試験材2Bは、水槽に浸漬し膜沸騰状態で10s間冷却した後に核沸騰状態で冷却したものである。すなわち、試験材2A、2B、2Cは、当初は緩冷され、ついで急冷されたものである。硬さ分布は肉厚により大きく影響されるが、このような冷却制御を合わせて行えば、所望の硬さ分布に容易に調整できることがわかる。
(実施例2)
表1に示す鋼B〜鋼Iまでの組成を有する溶鋼を、真空炉で溶製し、小型鋼塊(30キロ鋼塊:底部100mm角、頂部150mm角)とした。これら小型鋼塊を実験加熱炉で加熱し、実験圧延機で板厚:22〜30mm厚の範囲の熱延板とした。なお、一部の熱延板については、表面および裏面を機械研削して、表面スケールを除去した。
【0065】
得られた熱延板に実験熱処理炉で、大気雰囲気(酸素濃度約20%)中またはアルゴンガス(不活性ガス)雰囲気中で加熱し、表3に示す条件で焼入れする焼入れ処理、および表3に示す条件で焼戻する焼戻処理を行った。焼戻後は、放冷した。
なお、一部の熱延板では、試験材(熱延板)をステンレス箔で包み大気雰囲気中で加熱した。また、一部の熱延板では、大気雰囲気(酸素濃度約20%)中で通電加熱により加熱した。また、一部の熱延板では、焼入れ処理を2回繰り返す処理とした。また、一部の熱延板では、焼入れ処理後、表裏面を各々0.4mmまたは0.7 mm研削した。
【0066】
また、焼入れ処理の冷却は、核沸騰状態または膜沸騰状態での水冷とした。なお、ステンレス箱で包んで熱処理したものは、ステンレス箔を外してから水冷した。具体的に、「核沸騰状態」での水冷とは、被冷却材(熱延板)を治具で掴んで、水槽内で上下左右に振って、湯気を出さない状態で冷却する処理とした。また、「膜沸騰状態」での水冷とは、被冷却材(熱延板)を水槽中に浸漬(ドブ漬け)して冷却する処理、いわゆる湯気が上がる状態での冷却とした。
【0067】
上記のような焼入れ焼戻処理を施された熱延板から、試験材を採取し、実施例1と同様に、肉厚方向硬さ分布、引張特性、耐サワー性を推定した。なお、耐サワー性は、4点曲げ試験、HIC試験、Method−A試験を実施し、総合して評価した。なお、試験方法は実施例1と同様とした。なお、実測YSが415MPa未満の場合には、4点曲げ試験、NACE-TM0177規定のMethod-A試験の負荷応力は(実測YS)×0.85とした。
【0068】
また、さらに上記した焼入れ焼戻処理を施された熱延板から、圧延方向と直角方向(いわゆる、DNS-OS-F101規定でいうT方向)が試験片長手方向となるようにJIS Z 2202の規定に準拠してVノッチ試験片を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠して試験温度:-40℃でシャルピ−衝撃試験を実施し、吸収エネルギーVE-40(J)を求めた。VE-40が200J以上となる場合を靭性良好として○、それ以外を×として評価した。
【0069】
得られた結果を表4に示す。
【0070】
【表3】

【0071】
【表4】

【0072】
本発明例はいずれも、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置の硬さが、250HV5以下となり、また、最高硬さも250HV5以下であり、耐サワー性が顕著に向上している。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置の硬さが、250HV5を超えて硬くなっているか、あるいは最高硬さも250HV5を超えて高いかして、耐サワー性が低下している。
【0073】
なお、大気雰囲気(酸素濃度約20%)中での加熱では、表層が脱炭され、かつスケール形成により最表層が除去されるため、硬さ分布はM型に調整される。一方、アルゴンガス雰囲気中での加熱では、表層の脱炭や、スケール形成が見られないために硬さ分布はU型に調整される。
鋼板No.2、No.4(比較例)は、焼入れ処理の加熱雰囲気が非酸化性雰囲気のため、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置の硬さが、250HV5を超えて硬くなっている。このため、表層を含む試験片を用いる4点曲げ試験では、浸漬後、720hまでに、破断が発生している。
また、鋼板No.5(比較例)は、焼入れ処理の加熱雰囲気が大気雰囲気中であるが、加熱温度における保持時間が不足し、表面近傍の脱炭が不十分であるため、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置の硬さが、250HV5を超えて硬くなっている。このため、表層を含む試験片を用いる4点曲げ試験では、浸漬後、720hまでに、破断が発生している。また、鋼板No.9、No.12(比較例)は、焼入れ処理の加熱雰囲気が、酸化性雰囲気でないため、表面近傍の脱炭が不十分で、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置の硬さが、250HV5を超えて硬くなっている。このため、表層を含む試験片を用いる4点曲げ試験では、浸漬後、720hまでに、破断が発生している。また、鋼板No.14(比較例)は、焼入れ冷却が比較的緩冷であるため、所望の高強度を確保できていない。鋼板No.19はTiとNの関係でTi含有量が多すぎて(1)式を満足しておらず、TiS、Ti4C2S2等のTi系介在物、析出物が多く存在したため、強度、硬さ、耐サワー性は十分であるが、靭性が低下したと推定される。
(実施例3)
表1に示す鋼A,鋼J〜鋼Mまでの組成を有する溶鋼を、転炉で溶製し、連続鋳造法でスラブ(鋼素材:肉厚:250mm)とし、該スラブを熱間圧延により、丸形状(直径:150mmφ又は200mmφ)の鋼片(鋼管素材)とした。該鋼片を、加熱し、マンネスマン−ピアサミルを用いて穿孔圧延し、中空素材とし、さらに、マンネスマン−マンドレルミル等で延伸圧延し、表3に示す寸法の素材鋼管(継目無鋼管)とした。
【0074】
これら素材鋼管(継目無鋼管)に、表5に示す条件で、焼入処理および焼戻処理を施した。なお、焼入処理は、表5に示すような雰囲気に調節された加熱炉に装入し、表5に示す温度に加熱し、表5に示す時間保持したのち、表5に示す冷却条件で水冷する処理とした。なお、用いた加熱炉は、天然ガスを燃焼して加熱する加熱炉である。この場合、加熱炉の雰囲気は「大気」としているが、酸素濃度が10%以下程度の「大気」雰囲気となる。しかし、用いた加熱炉は実操業用であるため、加熱温度に達するまでの時間が1〜2hと長く、保持時間が600s以上と長い場合には表面脱炭が生じ、硬さ分布はM型となっている。また、水冷は、核沸騰状態の水冷却とした。また、焼戻処理は、大気雰囲気の加熱炉に装入し、表5に示す温度で、表5に示す時間保持したのち、放冷する処理とした。
【0075】
得られた継目無鋼管から試験片を採取して、硬さ試験、引張試験、および耐サワー性を評価するために、4点曲げ試験、HIC試験、Method−A試験を実施した。なお、4点曲げ試験片は、鋼管の内表面を含むように採取した。試験方法は、実施例1と同様にした。
得られた結果を表6に示す。
【0076】
【表5】

【0077】
【表6】

【0078】
本発明例はいずれも、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置の硬さが、250HV5以下となり、また、最高硬さも250HV5以下であり、耐サワー性が顕著に向上している。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置の硬さが、250HV5を超えて硬くなっており、耐サワー性が低下している。
比較例である鋼管No.34、No.37は、焼入れ処理の加熱保持時間が好ましい範囲より短く、荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能な最表層位置の硬さが、250HV5を超えて硬くなっており、表層を含む試験片を用いる4点曲げ試験では、浸漬後、720hまでに、破断が発生して、耐サワー性が低下している。なお、鋼管No.35(比較例)は、耐サワー性が良好であるが、Ti、Nの関係式である(1)式を満足しておらず、窒素(N)がTiで完全に固定されていないため、別途行ったシャルピー衝撃試験でvE-40が200J未満と靭性が低下している。TiN以外の窒化物が生成したためと思われる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼入焼戻処理を施されてなる、降伏強さ:450MPa超えを有する厚肉高強度継目無鋼管であって、管最外側または管最内側で荷重:5kgf(試験力:49N)で測定可能なビッカース硬さHV5が、250HV5以下であることを特徴とする耐サワー性に優れたラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
【請求項2】
前記厚肉高強度継目無鋼管の板厚方向全域の硬さ分布が、M型を呈することを特徴とする請求項1に記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
【請求項3】
前記厚肉高強度継目無鋼管の板厚方向全域の硬さ分布が、U型を呈することを特徴とする請求項1に記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
【請求項4】
前記厚肉高強度継目無鋼管の板厚方向全域の硬さ分布が、前記M型を呈し、かつ最高硬さが荷重:5kgf(試験力:49N)で測定したビッカース硬さHV5で、250HV5以下であることを特徴とする請求項2に記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
【請求項5】
前記継目無鋼管が、質量%で、
C:0.03〜0.15%、 Si:0.02〜0.5%、
Mn:0.7〜2.5%、 P:0.020%以下、
S:0.003%以下、 Al:0.01〜0.08%、
Ti:0.005〜0.05%、 N:0.005%以下
を含み、かつTiとNを下記(1)式を満足するように含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成を有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。

N ≦ Ti×14/48 ≦ N+10 ‥‥(1)
ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量ppm)
【請求項6】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.5%以下、Mo:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Cu:0.3%以下、V:0.05%以下、Nb:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項5に記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
【請求項7】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.002%以下を含有することを特徴とする請求項5または6に記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管。
【請求項8】
素材鋼管に、焼入処理および焼戻処理を施し、降伏強さ:450MPa超えを有する製品鋼管とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法であって、
前記素材鋼管を、質量%で、
C:0.03〜0.15%、 Si:0.02〜0.5%、
Mn:0.7〜2.5%、 P:0.020%以下、
S:0.003%以下、 Al:0.01〜0.08%、
Ti:0.005〜0.05%、 N:0.005%以下
を含み、かつTiとNを下記(1)式を満足するように含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成を有する継目無鋼管とし、
前記焼入処理を、Ac3変態点以上の温度に加熱し、その後に急冷を行う処理とし、該焼入処理後に表層を板厚方向深さで表面から0.3mm以上研削する加工処理を施し、しかる後に前記焼戻処理を行うことを特徴とする耐サワー性に優れたラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。

N ≦ Ti×14/48 ≦ N+10 ‥‥(1)
ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量ppm)
【請求項9】
素材鋼管に、焼入処理および焼戻処理を施し、降伏強さ:450MPa超えを有する製品鋼管とするラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法であって、
前記素材鋼管が、質量%で、
C:0.03〜0.15%、 Si:0.02〜0.5%、
Mn:0.7〜2.5%、 P:0.020%以下、
S:0.003%以下、 Al:0.01〜0.08%、
Ti:0.005〜0.05%、 N:0.005%以下
を含み、かつTiとNを下記(1)式を満足するように含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成を有する継目無鋼管とし、
前記焼入処理を、加熱とその後に急冷を行う処理とし、前記加熱が、大気雰囲気中でAc3変態点以上の加熱温度に、120s以上保持する処理とし、前記急冷が、核沸騰状態で水冷する処理とすることを特徴とする耐サワー性に優れたラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。

N ≦ Ti×14/48 ≦ N+10 ‥‥(1)
ここで、Ti、N:各元素の含有量(質量ppm)
【請求項10】
前記急冷が、核沸騰状態で水冷する処理に代えて、膜沸騰状態で水冷した後核沸騰状態で水冷する処理とすることを特徴とする請求項9に記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
【請求項11】
前記加熱が、加熱炉装入方式、通電加熱方式、誘導加熱方式のいずれかによる加熱であることを特徴とする請求項8ないし10のいずれかに記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
【請求項12】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:0.5%以下、Mo:0.3%以下、Ni: 0.3%以下、Cu:0.3%以下、V:0.05%以下、Nb:0.05%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項8ないし11のいずれかに記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。
【請求項13】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.002%以下を含有することを特徴とする請求項8ないし12のいずれかに記載のラインパイプ用厚肉高強度継目無鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−32584(P2013−32584A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−145097(P2012−145097)
【出願日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】