説明

耐テンパーカラー性の優れたステンレス鋼

【課題】 本発明は、表面の金属的質感を損なうことなくかつ曲げ加工性を劣
化させることなくテンパーカラーの発生を抑制ないし防止した耐テンパーカラ
ー性の優れたステンレス鋼を提供する。
【解決手段】 ステンレス鋼の表面に、シリカ系化合物よりなる酸化物層を1μ
m以下の厚さで被覆する。また、シリカ系化合物を主体とする酸化物層を1μm
以下の厚さで被覆し、該酸化物層中には、体積比で10%以下のセラミックス粉
、金属粉および鉱物粉のうち1種または2種以上を分散させることで耐テンパ
ーカラー性に加えて、耐疵付き性、抗菌性を付与しまた表面着色を可能ならし
める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属的質感を残しながら、高温でのテンパーカラーによる変色着
色が極めて少ない耐テンパーカラー性の優れたステンレス鋼に関するものであ
る。
ステンレス鋼は耐食性に優れることから、多くの機器や装置に使用されてい
る。なかでも、調理機器のように、高温強度や耐熱性が要求されるような温度
ではないが室温より高い温度(約200〜400℃)に曝される機器にも使用
される。このような温度域での使用の場合、ステンレス鋼の表面が変色し着色
することがある。本発明はこのような用途に適したステンレス鋼に関するもの
である。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、日常の使用環境では錆を発生しない耐食性を有することか
ら、厨房機器や医療機器など衛生上清潔さが要求される用途のみならず、建材
や電気機器、鉄道車両、自動車装飾部品、日用品など広く使用されている。こ
れらの用途の中には、例えば厨房機器や調理機器のように、高温強度や耐熱性
が要求されるような温度ではないが室温より高い温度(約200〜400℃)
に曝されるものが少なからずある。一般的には、大気中の場合200℃を超えるス
テンレス鋼の表面が変色し着色することが経験されている。この変色着色を、
テンパーカラーあるいはブルーイングと称している。テンパーカラーは、厚さ
が1μm未満の酸化物層に起因するものであり、その厚さが光の波長と一致する
と、反射光が干渉して認知されるものである。従って、その厚さによって青や
黄色、ピンク色さらには金色など多種の色が発生したように見える。
【0003】
テンパーカラーの原因となる酸化物層は、ステンレス鋼と密着性が比較的良
好であり、単に着色するだけであることから直接的に損傷であるとの認識をし
ない用途もある。しかし、着色変色するだけで機器としての意匠が損傷を受け
ていると把握されることが多い。更に、該酸化物層には細菌類が付着しやすく
なるために、調理機器などの場合は衛生上の問題になる。またテンパーカラー
はCr主体の酸化物であるために、該酸化物層に被覆されたステンレス鋼と酸化
物との界面のCr量が減少しており、耐食性が劣化することになるなど問題点も
大きい。
【0004】
従来、テンパーカラーによる着色変色を防止するためには、主として耐高温
酸化性の優れたステンレス鋼の使用、ステンレス琺瑯の使用、機器構造の工夫
による温度上昇の防止、機器構造の工夫による高温時の大気接触の防止で行わ
れてきた。
【0005】
テンパーカラーによる着色変色の原因である酸化皮膜は、一般的に800℃以上
の高温に曝された場合の黒く見える高温酸化皮膜(一般的にスケールと称され
る。)と同じものである。従って、耐高温酸化性の優れたステンレス鋼は、テ
ンパーカラーの発生も軽度であると推察されるのである。現実に、高い耐高温
酸化性を有する高Cr鋼は、低Cr鋼に比べてテンパーカラーの発生は起こりにく
いことが認められている。この考え方に基づいて、例えば特許文献1、特許文
献2あるいは特許文献3に記載されている高Al含有ステンレス鋼や高Si含有ス
テンレス鋼を使用する場合がある。しかし、AlやSiを多量に添加した耐高温酸
化性の優れたステンレス鋼のテンパーカラーの発生傾向は、一般的に広く使用
されているSUS304鋼などと大差がないことも経験されている。
【0006】
【特許文献1】特開昭57−39159号公報
【特許文献2】特開昭50−93220号公報
【特許文献3】特開平2−115348号公報
【0007】
ステンレス鋼の高温酸化は、一般的に、先ずCr主体の酸化物が生成し、その
後Fe主体の酸化物が生成することで進行する。Cr主体の酸化物は、初期に生成
することから、薄く亀裂も少なく非孔質でしかも酸素の拡散が遅いために保護
性酸化物層と称されている。これに対し、Fe主体の酸化物層は、一般的に厚く
亀裂が多数内在し多孔質であり、しかも大気中の酸素の金属内への拡散が早い
ことから非保護性酸化物と称される。又その発生形態からノジュール状酸化物
やウォルツ状酸化物とも呼称されている。耐高温酸化ステンレス鋼は、Cr主体
の保護性酸化物層から非保護性のノジュール状酸化物への移行を防止したり遅
延させるよう合金設計されたステンレス鋼である。テンパーカラーの発生傾向
は、極初期の薄いCr主体の保護性酸化物の生成、成長に関係するものである。
従って、保護性酸化物の生成や成長あるいはそれらと温度との関係については
何ら考慮していない耐高温酸化ステンレス鋼は、テンパーカラー性に優れてい
る材料であるとはいえないのである。
【0008】
このように耐高温酸化性の優れたステンレス鋼の使用は、テンパーカラーに
よる着色変色を防止する手段としては必ずしも適切ではないが、高Cr鋼を主体
に効果の認められる場合もある。しかし、例え効果のある場合であっても、高C
r鋼をはじめ耐高温酸化性の優れたステンレス鋼は、コストが高いだけでなく、
硬質で延性が低く、深絞り性が大きく劣化して加工が困難になったり靭性が劣
化する欠点があった。
【0009】
ステンレス琺瑯は、表面にガラス質のセラミックスを被覆したステンレス鋼
であるので、高温までテンパーカラーはもちろんスケールが発生することはな
い。しかし、金属に比べると圧倒的に延性の小さいガラス質のセラミックスを
表面に被覆した材料であることから、Rの大きい僅かな曲げのような極めて軽
度の金属加工でさえも不可能である。また、琺瑯の原料であるフリットの焼き
付け温度がステンレス鋼の鋭敏化処理の温度域と一致するためにステンレス鋼
は鋭敏化しており、一旦セラミックス層に亀裂や剥離が生ずるとその部分から
急激な腐食が進行する欠点があった。しかも、琺瑯のセラミックス層は通常100
μm以上の厚さであるために、ステンレス鋼の質感や清潔感は全く阻害されてし
まう欠点があった。
【0010】
テンパーカラーは高温酸化の一種であることから、温度が高くならないよう
にしたり雰囲気の酸素分圧を低下するように機器の構造を改造することは、効
果があることは当然である。しかしこの方法は、機器の本来の目的に対して自
由度を阻害することになるだけでなく、構造が複雑にならざるをえないことか
ら機器のコストの上昇を招く欠点がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、表面の金属的質感を損なうことなく、かつ加工性などの材料特性
を劣化させることなく、テンパーカラーの発生を抑制ないし防止した耐テンパ
ーカラー性の優れたステンレス鋼を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、ステンレス鋼の表面に、シリカ系化合物よりなる酸化物層
を1μm以下の厚さで被覆したことを特徴とする、金属的質感を維持しかつ耐テ
ンパーカラー性の優れたステンレス鋼が提供される(請求項1)。
また、本発明によれば、ステンレス鋼の表面に、シリカ系化合物を主体とす
る酸化物層を1μm以下の厚さで被覆し、該酸化物層中には、体積比で10%以
下のセラミックス粉、金属粉および鉱物粉のうち1種または2種以上を分散し
含むことを特徴とする、金属的質感を維持しかつ耐テンパーカラー性の優れた
ステンレス鋼が提供される。
好ましくは、前記セラミックス粉は、体積比で0.1%以上のTiN、BN、アルミ
ナ粉のうち1種または2種以上である(請求項3)。また、好ましくは、前記
金属粉は、体積比で0.001%以上のAg、Cuのうち1種または2種である(請求項
4)。前記セラミックス粉は、体積比で0.1%以上のTiO2であってもよい(請求
項5)。また、前記セラミックス粉は、体積比で0.1%以上の無機顔料であって
もよい(請求項6)。
【0013】
テンパーカラーはステンレス鋼の最表面で発生するものであり、材料の中心
部の組成の影響は受けない。従って、最表面の成分組成あるいは特性を酸化の
進行を、抑制ないし防止する方向に変えることを指向した。
ステンレス鋼の表面には、耐食性の源泉である不動態皮膜すなわち数nmの厚
さでCrを主体とする非晶質的な酸化物が生成し、表面を被覆している。この酸
化物は酸化物中での酸素の拡散が促進されると、成長し厚くなって、さらに結
晶化してテンパーカラーとなるものと考えられる。従って、酸素の拡散を抑制
するような酸化物を複合化することでテンパーカラーの発生を抑制ないし防止
できるのではないかと考えた。
【0014】
酸素の拡散が遅い酸化物にはシリカ系化合物が知られている。そこで、Crの
酸化物主体の不動態皮膜の上にシリカを被覆することを考えた。しかし、シリ
カはガラスと同じで金属的な加工は不可能であるので、琺瑯の場合と同様の欠
点が生ずることが懸念される。ところが、厚さが極めて薄くなると、延性が大
きくなって、加工が可能となる。更に、琺瑯のような被覆感が全くなく、金属
的質感を有する。
そこで、不動態皮膜表面に極めて薄いシリカ系化合物の皮膜を被覆すること
とした。
【発明の効果】
【0015】
請求項1及び請求項2の発明によれば、ステンレス鋼の表面に、シリカ系化
合物を含む酸化物層を被覆することとしたので、耐テンパーカラー性の優れた
ステンレス鋼が提供されることとなる。
例えば、食品用のオーブンは清潔さが要求されるためにステンレス鋼の使用
が望まれる。しかし、内部の温度は200℃を超えることがあるために、通常のス
テンレス鋼ではテンパーカラーによる着色が生じて内部の美麗さを損ねること
が通常であった。さらには、そのテンパーカラーを生ぜしめている酸化物に食
品の飛沫などが付着して衛生上の問題を生ずる懸念があるために、テンパーカ
ラーを除去するべく軽度ではあるが研磨を実施する場合もあった。本発明によ
る耐テンパーカラー性の優れたステンレス鋼を使用すると、概ね400℃まではテ
ンパーカラーが生じないためにそのような懸念は全くなくなる。このような用
途には、レンジ、トースター、コンロなどの調理機器、ストーブなどの暖房機
器がある。
また、ステンレス鋼そのものは耐食性に優れ美観の長期保持が可能であるた
めに幅広い用途に使用されているが、二輪車のマフラーのように数100℃になる
場合もありテンパーカラーの発生が免れない。本発明による耐テンパーカラー
性の優れたステンレス鋼を使用すると、変色がなく美麗なまま保持が可能であ
る。このような用途には、業務用乾燥装置の内装材や加熱炉や化学装置の内装
材や周辺部品などがある。
【0016】
また、請求項1及び請求項2の発明によれば、上記被覆の厚さを1μm以下
としたので、被覆に亀裂が生ぜず、曲げ加工等の加工性を有するステンレス鋼
が提供される。更に、該被覆の厚さを1μm以下としたので、ステンレス鋼が
有する金属的な質感を損なうことがない。
【0017】
請求項2の発明によれば、シリカ系化合物を主体とする酸化物層に、特定の
分散物質(セラミックス粉、金属粉および鉱物粉のうち1種または2種以上)
を含むこととしたので、該分散物質が有する特性を有した皮膜を提供すること
ができる。そして、これら分散物質を、皮膜を構成する酸化物に対して体積比
で10%以下分散させることとしたので、ステンレス鋼が有する金属的な質感を
損なうことがない。
【0018】
請求項3の発明によれば、分散物質を、耐疵付性に効果のある微細なTiN、BN
、アルミナ粉のうち1種または2種以上としたので、上記効果に加えて、皮膜
が耐疵付性を有するものとなる。また、これら分散物質が、皮膜を構成する酸
化物に対して体積比で0.1%以上分散されているので、効果的に疵付に耐えるこ
とができる。
請求項4、請求項5の発明によれば、分散物質を、抗菌性及び/又は抗黴性
を有する物質(Ag, Cuのうち1種または2種、TiO2)としたので、上記効果に加
えて、皮膜が抗菌性及び/又は抗黴性を有するものとなる。また、これら分散
物質には、金属粉が、皮膜を構成する酸化物に対して体積比で0.001%以上、Ti
O2が皮膜を構成する酸化物に対して体積比で0.1%以上分散されているので、効
果的に抗菌性及び/又は抗黴性を有することとなる。
請求項6の発明によれば、分散物質たるセラミックス粉が無機顔料であるの
で、上記効果に加えて、皮膜に所望の色彩を付すことができる。また、無機顔
料が、皮膜を構成する酸化物に対して体積比で0.1%以上分散されているので、
効果的に色彩を付すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の第一の実施形態によれば、ステンレス鋼の表面に、シリカ系化合物
よりなる酸化物層を被覆する。「シリカ系化合物」とは、SiとOとの結合を有す
るものを意味し、例えば、シリコンテトラエトキシドを脱水縮合したものが挙
げられるが、本発明はこれに限定されない。
後述のように、ステンレス鋼表面へのシリカ系化合物の被覆は、シリカ系化
合物が、ステンレス鋼表面の不動態被膜と脱水縮合することにより行われるも
のである。従って、反応によっては水酸基が残存する等不可避化合物が含まれ
る場合もある。本発明の第一の実施形態において「シリカ系化合物よりなる酸
化物層」には、このような不可避化合物が含まれる。
【0020】
本発明においては、酸化物層の皮膜厚さは、1μm以下である。
金属の特徴の一つは塑性加工が容易なことである。塑性加工をしないので有
れば、例えば琺瑯製品やさらにはガラスにはテンパーカラーの発生はない。本
発明のステンレス鋼は、金属としての塑性加工性を付与したものである。その
ために、皮膜の厚さを1μm以下とした。皮膜厚さは、1μm以下としたので、
曲げ加工を行ったとしても、皮膜に亀裂が生じない。また、皮膜厚さを1μm
以下とすることによって、塗装(クリア塗装)のような被覆感も感じられず、
金属的な質感を維持することが可能であり、見かけ上は裸のステンレス鋼と見
分けがつかないという特徴も付与できた。
以上の知見に基づき本発明を完成した。すなわち、
「ステンレス鋼の表面に、シリカ系化合物よりなる酸化物層を1μm以下の厚さ
で被覆したことを特徴とする金属的質感を維持しかつ耐テンパーカラー性の優
れたステンレス鋼」
を発明した。
【0021】
テンパーカラーの発生を抑制ないし防止する機能を有するのは、ステンレス
鋼の表面に被覆したシリカ系化合物であることから、ステンレス鋼自体の種類
は問わない。さらには、シリカ系化合物の被覆を確実に行えばステンレス鋼で
ある必要もないが、炭素鋼では用途上金属的質感を要求されないことから、本
発明ではステンレス鋼に限定した。ステンレス鋼もNiを含まないいわゆるCr系
のステンレス鋼でもNiを6%以上含むいわゆるNi系のステンレス鋼でも適用が可
能である。すなわち、少なくともCrを12%以上35%以下含有するか、あるいは
少なくともCrを12%以上35%以下およびNiを6%以上30%以下含有する鋼であれ
ば本発明の効果が期待できる。
【0022】
本発明の第二の実施形態によれば、ステンレス鋼の表面に、分散物質が含ま
れたシリカ系化合物を主体とする酸化物層を被覆するものである。
被覆皮膜の主成分であるシリカ系化合物は酸化物などを容易に固溶したり微
細粉で有れば分散させることができる。その分散物質の種類を選定することで
、種々の機能を付与することが可能となることから、第二の実施形態を発明し
たものである。
第二の実施形態においても、酸化物層の皮膜厚さは1μm以下であって、そ
の理由は、上記第一の実施形態のものと同じである。また、第二の実施形態に
よる皮膜を被覆することができるステンレス鋼も、第一の実施形態のものと同
じである。
【0023】
分散させる物質は、シリカ系化合物と容易に濡れ密着性を確保できる物質で
あることが必要である。そして、該性質と付与しようとする機能とを考慮する
と、分散物質としては、セラミックス粉、金属粉および鉱物粉のうち1種また
は2種以上が挙げられる。
また、多量に分散させると、シリカ系化合物で確保している耐テンパーカラ
ー性が阻害されたり分散物質の質感が顕在化して金属的質感を阻害することか
ら、分散させる物質は、皮膜を構成する酸化物に対して体積比で10%以下含有
(分散)されることとした。
以上の知見に基づき
「ステンレス鋼の表面に、シリカ系化合物を主体とする酸化物層を1μm以下
の厚さで被覆し、該酸化物層中には、体積比で10%以下のセラミックス粉、金
属粉および鉱物粉のうち1種または2種以上を分散し含むことを特徴とする、
金属的質感を維持しかつ耐テンパーカラー性の優れたステンレス鋼」
を発明した。
【0024】
分散物質の一つとして、上述のように、セラミックス粉が挙げられ、具体的
には、TiN、BN又はアルミナ粉であり、また、これらの2種以上であっても良い
。更に、後述のように、セラミックス粉は、無機系顔料であっても良い。
テンパーカラーの発生が懸念される用途のひとつに、前述したように家庭用
調理機器がある。このような用途では他の調理器具が滑る場合が多く、疵付き
による美観の低下が問題視される。例えばオーブン内部のテーブルのでは調理
皿を滑らせて出し入れすることが多く、耐疵付性は不可欠である。そこで、耐
疵付性に効果のある微細なTiN、BN、アルミナ粉のうち1種または2種以上を被
覆皮膜中に分散混在化させることとした。
分散混在させるTiNまたは/およびBN粉は、皮膜を構成する酸化物に対して体
積比で0.1%未満では大きな効果が認められないことから0.1%を下限とした。
【0025】
また、分散物質の一つとして、上述のように、金属粉が挙げられ、具体的に
は、銀(Ag)粉又は銅(Cu)粉であり、また、これらの2種であっても良い。
更に、分散物質の一つとして、上述のように、鉱物粉が挙げられる。鉱物粉
としては、例えば、TiO2たるルチル鉱が挙げられ、これは光触媒として知られる
ものである。
テンパーカラーの発生が懸念される用途には、前述したように調理機器があ
る。このような用途は特に衛生上の注意が必要であることから、機器に使用す
る材料が抗菌性抗黴性を有するとその用途はさらに広がる。そこで、抗菌及び
/又は抗黴効果を有する微細なAgまたは/およびCuを被覆皮膜中に分散混在化
させ、抗菌及び/又は抗黴性を示すTiO2を主成分とする光触媒を被覆皮膜中に
分散混在化させることとした。
【0026】
分散混在させるAgまたは/およびCu粉は体積比で0.001%以上、光触媒の場合
は体積比で0.1%以上分散させれば効果が発揮される。
【0027】
上述のように、分散物質の一つであるセラミックス粉は、無機顔料であって
も良い。
本発明の目的の一つはステンレス鋼の金属的質感を保持することにある。と
ころが、ステンレス鋼は金属そのものの色が無彩色である。そこで金属的質感
を活かしながら有彩色化することで用途が拡大する。いわゆるクリアカラーで
ありながら被覆感のない表面が要望されているのである。そこで、微細な顔料
を被覆皮膜中に分散混在化させることとした。この場合、本発明はテンパーカ
ラーの発生が懸念される用途であることから、そのような温度域で分解したり
化学反応を起こす可能性のある有機系顔料は含まない。
【0028】
無機顔料は、所望する色の種類レベルに応じて顔料の種類と添加分散量を選
択可能である。例えばコバルトブルー、コバルトグリーン、チタンイエロー、
テールベルト、チタンホワイト、アンチモンホワイト、クロムブラック、金ピ
ンク、黄酸化鉄、黒酸化鉄、ベンガラなどがある。
【0029】
本発明ではシリカ系化合物の被覆方法は、特に限定されず、公知の被覆方法
を用いることが可能である。例えば、シリコンアルコキシドを酸等で加水分解
しそのゾル液を塗布しステンレス鋼の表面の不動態皮膜と脱水縮合させること
でシリカ系化合物を被覆することは可能である。また、シランカップリング剤
を塗布しそのまま高温で分解と同時に酸化させることでシリカ系化合物を被覆
することも可能である。
琺瑯と同様に、目的とするシリカ系化合物の粉末を表面に塗布し、高温で溶
融してステンレス鋼表面に被覆する方法も可能である。但し、この方法は容易
ではあるが、皮膜厚さを薄くすることが困難な上に、溶融させるための温度が
前述したシリコンアルコキシドの脱水縮合温度やシランカップリング剤の酸化
温度に比べると高温であることやステンレス鋼の鋭敏化温度域に相当すること
から、製造コスト面からも品質面からも最適とはいえない。
【実施例1】
【0030】
先ず、シリカ系化合物よりなる皮膜をステンレス鋼表面に被覆した場合の、
耐テンパーカラー性について検討した。
図1は、シリカ系化合物皮膜を約120nm被覆したSUS304-BA鋼(シリコンテト
ラエトキシドのエタノール溶液に希塩酸水溶液を加えて加水分解したゾル状溶
液にステンレス鋼板を浸漬し、簡易乾燥後、150℃で10分間脱水縮合することに
より被覆)と、被覆をしなかったSUS304-BA鋼との、大気中10分加熱後の色差
の変化を示した図である。
皮膜厚さはオージェ電子分光法によりFeのスペクトルが検出されかつ中心部
と同等レベルになるまでの平均深さを皮膜厚さとした。
比較に使用した被覆していないSUS304-BA鋼は、300℃以上だと変色が始まり
、350℃以上では肉眼でも明確に変色が確認できるのに対して、シリカ系化合物
を被覆したSUS304-BA鋼は400℃までほとんど変色がなく450℃ではじめて変色が
認められた。このように、シリカ系化合物を被覆することで明らかに耐テンパ
ーカラー性が向上することが確認できた。
【実施例2】
【0031】
次に、シリカ系化合物よりなる皮膜の厚さと、加工性(曲げ加工を行った時
に、皮膜に亀裂が生ずるか否か)について検討した。
図2は、シリカ系化合物皮膜を被覆したSUS304-BA鋼(シリコンテトラエトキ
シドのエタノール溶液に希塩酸水溶液を加えて加水分解したゾル状溶液にステ
ンレス鋼板を浸漬し、簡易乾燥後、150℃で10分間脱水縮合させることにより被
覆。浸漬時間の相違により皮膜厚さを変化させた。尚、皮膜厚さ1650mmのもの
に関しては、上記浸漬に加えて、塗布作業をも行うことにより皮膜厚さを1650m
mとした。)の、t/2の曲げ加工性に及ぼす皮膜厚さの影響について示した図で
ある。
皮膜厚さはオージェ電子分光法によりFeのスペクトルが検出されかつ中心部
と同等レベルになるまでの平均深さを皮膜厚さとした。
曲げ加工性の評価は、加工後400℃で10分大気加熱した後肉眼での変色の有
無で実施した。図中、○は亀裂の発生なくテンパーカラーの発生のなかったも
の、すなわち良好に加工できたもの、×は皮膜にテンパーカラーが発生したも
の、すなわち皮膜に亀裂が発生したものを示した。
皮膜厚さが薄いと曲げ加工を実施しても亀裂の発生がなく大気中での加熱に
よるテンパーカラーの発生がなかった。厚さが1μm(1000nm)以下では90°の
曲げ加工を行っても亀裂の発生がなく、300nm以下になると180°まで亀裂を発
生させることなく曲げ加工が可能であった。
逆に皮膜厚さが1μm(1000nm)を超えると加工性は劣化し、60°の曲げでも
亀裂が発生して大気加熱でテンパーカラーによる変色が認められた。さらに3μ
mを超えると30°の曲げでも亀裂が発生してテンパーカラーによる変色が認めら
れ、180°曲げを行うと皮膜の剥離が生じて手で触れるだけで薄片が剥落するこ
とが確認できた。
【0032】
以上の結果から、シリカ系化合物皮膜の被覆厚さを1μm(1000nm)以下に
限定することで、大気中加熱でテンパーカラーを発生することなく金属として
の加工性も維持可能なステンレス鋼を提供できることが判明した。
【0033】
実施例3〜7、比較例1:
シリコンテトラエトキシドのエタノール溶液に希塩酸水溶液を加えて加水分
解したゾル状溶液に、ステンレス鋼板を浸漬した。簡易乾燥後150℃で10分大
気中で脱水縮合を生ぜしめ、シリカ系化合物の皮膜を被覆した。ゾル状溶液か
らの引き上げ速度を変えて皮膜の厚さを制御した。皮膜厚さ1650mmのものに関
しては、上記浸漬に加えて、塗布作業をも行うことにより皮膜厚さを1650mmと
した。表1にその皮膜の厚さとテンパーカラー発生傾向、曲げ加工性、および
金属的質感の有無を示した。
【0034】
皮膜厚さはオージェ電子分光法によりFeのスペクトルが検出された深さから
中心部と同等レベルになるまでの中間の深さを皮膜厚さとした。
テンパーカラー発生傾向は、400℃−10minの大気中での加熱によるテンパー
カラー発生の有無で評価し、発生のあるものを×、ないものを○とした。
曲げ加工性は、加工後400℃で10min大気中で加熱した後、肉眼でのテンパー
カラーの発生の有無で評価し、テンパーカラーの発生しない最大曲げ角度を示
した。但し、比較例3(被覆無し)は、この方法が適用できないので、曲げ面
を光学顕微鏡で観察して評価した。
金属的質感は、表面被覆感の有無を官能的に評価し、肉眼により、塗装など
の処理をしていない無処理の金属表面と感じられるものを○、塗装を行ったと
感じられるものを×として評価した。
【0035】
【表1】

【0036】
表1に示したとおり、ベース鋼種を問わず皮膜の厚さが1000nm(=1μm)以下
の被覆材(実施例3〜7)は耐テンパーカラー性が良好であ、曲げ性も実用上
の限界である90°曲げが可能であり、金属的質感も兼備していた。特に皮膜厚
の薄い実施例3〜5の被覆材は180°曲げが可能であった。
比較例1の被覆材は、耐テンパーカラー性は良好であったが、皮膜厚さが100
0nmを超えていたため曲げ加工が30°までしかできず、しかもクリア塗装と同様
の表面の質感を呈していた。さらに皮膜厚さの厚い比較例2の被覆材は曲げ加
工がほとんど不可能であった。比較例3の試料は、被覆がなされていないので
、被覆感のない質感であり、加工も180曲げは全く問題がなかったが、当然耐テ
ンパーカラー性は不良であった。
【0037】
実施例8〜17、比較例5〜6:
実施例1と同じ方法で、SUS304-BAステンレス鋼板の表面に70〜140nmのシリ
カ系化合物の皮膜を被覆した。この際、ゾル状溶液中に種々の量のセラミック
粉や金属粉を分散添加し、シリカ系化合物の皮膜中にそれらを分散させた。表
2〜4にその皮膜の厚さとテンパーカラー発生傾向、曲げ加工性、金属的質感
の有無、耐疵付性、および/又は大腸菌に対する抗菌性を示した。
皮膜厚さの測定方法、テンパーカラー発生の評価、曲げ加工性の評価、金属
的質感の評価は、上記のものと同一である。
【0038】
耐疵付性は、被覆表面を市販の砂消しゴムで擦り、肉眼で疵付きの有無を観
察し、疵の付かないものを○、疵の付いたものを×として評価した。
抗菌性は大腸菌に対する抗菌性とし、NBRC3301大腸菌をポリペプトン、酵母
エキスを含む培養液と同時に試料面に載せ、35℃で24時間培養した結果を肉
眼で半定量的に評価し、肉眼上増殖が認められないものを◎、コロニーは認め
られないが白濁が認められるものを○、コロニーが発生したものを△、ガラス
と同程度の増殖で全面かさぶた状に繁殖したものを×として判定した。ただし
、実施例14及び15のTiO2光触媒を分散させたものは、24時間の試験時間の
内、初期の2時間のみブラックライトで照射した。
色に関しては、肉眼で評価を行った。
【0039】
【表2】

【0040】
表2に示したとおり、TiN、BN、アルミナを単独ないし複合で分散させた被覆
材(実施例6〜8、比較例4)は、被覆感もなく曲げ加工性も実用上問題がな
いレベルで、かつ耐疵付性も良好であった。しかし、比較例4の被覆材は、TiN
を10%以上分散させたため僅かに金色を呈し金属的質感がなくなり、曲げ性も9
0°を超えると亀裂を発生した。
【0041】
【表3】

【0042】
AgやCuを分散させた実施例9〜11の被覆材は他の特性に加えて抗菌性を示
した。特に多量に添加した実施例10、11の被覆材では肉眼上大腸菌の増殖
が全く認められなかった。TiO2光触媒を分散させた実施例12および13の被
覆材も、他の特性に加えて抗菌性を示した。
【0043】
【表4】

【0044】
無機顔料のコバルトブルーを分散させた実施例14の被覆材は表面が青色透
明を呈し被覆感なく着色できた。しかし、顔料の分散量が10%を超えた比較例
5の被覆材は、被覆層の透明感が劣り被覆感が感じられた。
尚、実施例15及び比較例6は、分散物質を含まない場合の色を観察したも
のである。実施例15の被覆材は、本発明の請求項1に関わるもので特別な物
質の分散を行っていないため、耐疵付性も抗菌性はなく表面の色も無彩色の銀
色であった。しかし、本発明の目的である金属的質感を落とすことなくかつ曲
げ加工性を劣化させることなく耐テンパーカラー性が大きく向上していた。比
較例6の比較材は被覆をしない素材のSUS304-BA材である。当然金属的質感は十
分で曲げ加工性も良好であったが、色は無彩色の銀色で耐疵付性も抗菌性もな
く肝腎な耐テンパーカラー性は劣っていた。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】大気中10分加熱後の色差の変化を示した図である。
【図2】t/2の曲げ加工性を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の表面に、シリカ系化合物よりなる酸化物層を1μm以下の厚さ
で被覆したことを特徴とする、金属的質感を維持しかつ耐テンパーカラー性の
優れたステンレス鋼。
【請求項2】
ステンレス鋼の表面に、シリカ系化合物を主体とする酸化物層を1μm以下
の厚さで被覆し、該酸化物層中には、体積比で10%以下のセラミックス粉、金
属粉および鉱物粉のうち1種または2種以上を分散し含むことを特徴とする、
金属的質感を維持しかつ耐テンパーカラー性の優れたステンレス鋼。
【請求項3】
前記セラミックス粉が、体積比で0.1%以上のTiN、BN、アルミナ粉のうち1
種または2種以上であることを特徴とする、請求項2に記載した金属的質感を
維持しかつ耐テンパーカラー性の優れたステンレス鋼
【請求項4】
前記金属粉が、体積比で0.001%以上のAg、Cuのうち1種または2種であるこ
とを特徴とする、請求項2に記載した金属的質感を維持しかつ耐テンパーカラ
ー性の優れたステンレス鋼
【請求項5】
前記セラミックス粉が、体積比で0.1%以上のTiO2であることを特徴とする、
請求項2に記載した金属的質感を維持しかつ耐テンパーカラー性の優れたステ
ンレス鋼
【請求項6】
前記セラミックス粉が、体積比で0.1%以上の無機顔料であることを特徴とす
る、請求項2に記載した金属的質感を維持しかつ耐テンパーカラー性の優れた
ステンレス鋼

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−63427(P2006−63427A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−250611(P2004−250611)
【出願日】平成16年8月30日(2004.8.30)
【出願人】(591186718)高砂鐵工株式会社 (12)
【Fターム(参考)】