説明

耐座屈性能及び溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管およびその製造方法

【課題】耐座屈性能及び溶接熱影響部靭性に優れたAPIX80〜X100級高強度鋼管およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.03〜0.12%、Si:0.01〜0.5%、Mn:1.5〜3.0%、P、S、Al:0.01〜0.08%、Nb:0.005〜0.08%、Ti:0.005〜0.025%、N:0.001〜0.010%、O:0.005%以下、B:0.0003〜0.0020%、更にCu、Ni、Cr、Mo、Vの一種または二種以上、0.16≦PCM≦0.25、残部Feおよび不可避的不純物、引張強度が620MPa〜930MPa、5%以上の一様伸び、降伏比が85%以下の母材で、シーム溶接金属の成分組成が特定され、シーム溶接熱影響部で旧オーステナイト粒径が50μm以上のミクロ組織が、下部ベイナイト、または面積率で少なくとも50%以上の下部ベイナイトと、上部ベイナイトおよび/またはマルテンサイトを備えた混合組織とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、APIX80〜X100級の強度を有する高強度鋼管に関し、特に、板厚が20mm〜40mm程度で地盤変動の激しい地震地帯や凍土地帯で用いる天然ガス及び原油の輸送用鋼管に好適な耐座屈性能及び溶接熱影響部靭性に優れたものに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、天然ガスや原油の輸送用として使用される溶接鋼管は、高圧化による輸送効率の向上や薄肉化による現地溶接施工能率の向上が課題とされ、年々高強度化するとともに、厚肉化も進展しつつある。
【0003】
また、鋼管の用いられる環境が寒冷かつ地盤変動地帯へと拡大しているため、溶接部の低温靭性や耐座屈性能の向上も課題とされ、これらの課題を解決する厚肉の、X80やX100級の鋼管の開発が要望されている。
【0004】
X80やX100級の鋼管に用いられる高強度鋼板の成分設計では、強度・靭性を確保する上で、B添加が有効とされているが、鋼管の場合は低温割れ感受性などの溶接性も満足させることが重要で、従来、X80やX100級の鋼管の成分設計では、小入熱溶接となる鋼管同士をつなぐ円周溶接部における低温割れを防止するため、母材鋼板に焼入性の高いボロン(B)を添加しない成分設計が基本とされていた(例えば、非特許文献1,2)。
【0005】
しかし、鋼板の強度が高くなるにつれて、シーム溶接部の溶接入熱によってはB添加により、優れたシーム溶接熱影響部靭性が得られることも報告され(例えば、非特許文献3)、
特許文献1には鋼管のシーム溶接部において溶接金属に含有するBの母材への拡散により溶融線近傍のシーム溶接熱影響部靭性を向上することも示されている。
【0006】
一方、B添加系高強度鋼の溶接熱影響部においては、溶融線からやや離れた旧オーステナイト粒径が150μm以下と小さい場合においても靭性に有害な島状マルテンサイト(MA:Martensite−Austenite Constituent)を多量に含む上部ベイナイト組織主体となり靭性が低下する場合もあり、高強度鋼においてはB添加が溶接熱影響部の靭性に及ぼす影響は十分把握されているとは言い難い。
【0007】
管厚20mmを超える厚肉のX80やX100級の鋼管の成分設計においても、強度・靭性・変形性能や円周溶接性を確保しつつ、シーム溶接部で優れた溶接熱影響部の低温靭性を確保するため、B添加が溶接熱影響部組織に及ぼす影響を明らかとすることが必要である。
【特許文献1】特開2006−328523号公報
【非特許文献1】NKK技報No.138(1992),pp24−31
【非特許文献2】NKK Technical Review No.66(1992)
【非特許文献3】溶接学会誌No.50(1981)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、APIX80〜X100級の厚肉鋼管に用いられる母材鋼板を対象に溶接性や溶接熱影響部靭性に及ぼすB添加の影響を明らかとし、引張り強さが620MPa以上930MPa以下で、5%以上の一様伸びを有し、かつ引張強度に対する0.5%耐力の割合(降伏比(YR:Yield ratio))が85%以下の母材を用いた、−30℃における溶接ボンド部のシャルピー吸収エネルギーが100J以上のAPIX80〜X100級で耐座屈特性、溶接熱影響部靭性に優れる、管厚20mm以上の低温用高強度鋼管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた管厚20mm以上の低温用高強度鋼管を開発するため、鋭意研究を行い、以下の知見を得た。
【0010】
1.鋼管のシーム溶接部の溶接熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)において靭性が最も低下する部位(LBZ:Local Brittle Zone)は、外面側ではボンド近傍のCGHAZ組織であり、内面側のRoot部では内面のCGHAZ組織が2相域(Ac〜Ac点)に再加熱されるICCGHAZ組織であり、いずれもHAZ粗粒域(溶融線近傍の旧オーステナイト粒径が50μm以上となる領域:Coarse−grain HAZ、CGHAZ)が起因となる。なお、Root部とは内面溶接金属と外面溶接金属がクロスする会合部近傍を指す。
【0011】
2.母材のPCM値と、溶接後の冷却においてγ‐α相変態する800℃から500℃の温度域の冷却速度を調整することによって、外面側や内面側によらず、CGHAZのミクロ組織を、下部ベイナイト組織あるいは、硬質のMAを大量に含む上部ベイナイトや、強度の高いマルテンサイトを一定の面積分率以下とした下部ベイナイト主体の組織とすることで靭性が向上する。特に、下部ベイナイトを少なくとも面積分率で50%以上確保した組織とすると最も靭性が向上し、−30℃におけるシャルピー吸収エネルギーが大幅に向上する。
【0012】
3.上述したミクロ組織のCGHAZを得るためには、母材へのボロン(B)添加が最も有効であり、溶接入熱が80kJ/cm以下(800−500℃の冷却速度で4℃/sec以上に相当)の場合、APIX80〜X100級の母材強度が確保されるPCMが0.16〜0.25%の成分組成において、好適なB添加量の範囲は5〜15ppmである。
【0013】
4.耐座屈性能を向上させる場合、1.座屈開始時の曲げ圧縮側の圧縮座屈限界歪と2.曲げ引張側の破断限界歪の向上が必要で、それぞれ引張強度に対する0.5%耐力の比(降伏比)を85%以下とし、一様伸びを5%以上とすることが有効である。
【0014】
本発明は上記知見を基に更に検討を加えてなされたもので、すなわち、本発明は、
1.母材の成分組成が、質量%で、C:0.03〜0.12%、Si:0.01〜0.5%、Mn:1.5〜3.0%、P:0.015%以下、S:0.003%以下、Al:0.01〜0.08%、Nb:0.005〜0.08%、Ti:0.005〜0.025%、N:0.001〜0.010%、O:0.005%以下、B:0.0003〜0.0020%を含有し、
更に、Cu:0.01〜1%、Ni:0.01〜1%、Cr:0.01〜1%、Mo:0.01〜1%、V:0.01〜0.1%の一種または二種以上を含有し、
下記式(1)で計算されるPCM値(単位は%)が0.16≦PCM≦0.25を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、
母材の引張り特性が620MPa以上930MPa以下の引張強度で、5%以上の一様伸びを有し、かつ降伏比が85%以下でである母材部と、
シーム溶接の溶接金属の成分組成が、質量%で、C:0.03〜0.10%、Si:0.5%以下、Mn:1.5〜3.0%、P:0.015%以下、S:0.005%以下、Al:0.05%以下、Nb:0.005〜0.05%、Ti:0.005〜0.03%、N:0.010%以下、O:0.015〜0.045%、B:0.0005〜0.0050%を含有し、
更に、Cu:0.01〜1%、Ni:0.01〜2%、Cr:0.01〜1%、Mo:0.01〜1%、V:0.01〜0.1%の一種または二種以上を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物である溶接金属部からなり、
鋼管のシーム溶接部における溶融線近傍で旧オーステナイト粒径が50μm以上となる溶接熱影響部のミクロ組織が、下部ベイナイト、または、面積率で少なくとも50%以上の下部ベイナイトと、上部ベイナイトおよび/またはマルテンサイトを備えた混合組織であることを特徴とする耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
CM(%)=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5×B…(1)
但し、各元素は含有量(質量%)を示す。
2.鋼管の長手方向に内外面から1層ずつ溶接した鋼管のシーム溶接部において、外面側の溶融線近傍の溶接熱影響部硬さが下記式(2)を満たすことを特徴とする1に記載の耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
250≦HV(98N)≦350 …(2)
但し、HV(98N):10kgfで測定したビッカース硬度を示す。
3.鋼管のシーム溶接部の継手強度が620MPa以上930MPa以下であることを特徴とする1または2に記載の耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
4.鋼管の母材部のミクロ組織において、面積率2%以上15%以下の島状マルテンサイトを含むベイナイト組織を主体とし、含有する島状マルテンサイトが円相当径3μm以下であることを特徴とする、1乃至3のいずれか一つに記載の耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
5.更に、母材部及び/または溶接金属部の化学成分に、質量%で、Ca:0.0005〜0.01%、REM:0.0005〜0.02%、Zr:0.0005〜0.03%、Mg:0.0005〜0.01%の一種または二種以上を含有することを特徴とする1乃至5のいずれか一つに記載の耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
6.1または5に記載の母材成分を有する鋼を、1000〜1300℃の温度に加熱し、800℃超え950℃以下での累積圧下率が10%以上、800℃以下での累積圧下率が75%以上となるように650℃以上の圧延終了温度で熱間圧延した後、20℃/s以上の冷却速度で350℃以上650℃未満の温度まで加速冷却し、その後ただちに0.5℃/s以上の昇温速度で加速冷却停止温度以上の500〜700℃まで再加熱を行うことを特徴とする、耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管用鋼板の製造方法。
7.6に記載の製造方法により得られる鋼板を筒状に成形し、その突合せ部を内外面から1層ずつ溶接する際の内外面それぞれの溶接入熱が80kJ/cm以下であり、外面側および内面側の入熱バランスが下記式(3)を満たすことを特徴とする、耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度溶接鋼管の製造方法。
内面入熱≦外面入熱 …(3)
8.鋼管の長手方向に内外面から1層ずつ溶接した後、0.4%以上2.0%以下の拡管率にて拡管することを特徴とする7記載の低温用高強度溶接鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、耐座屈性能およびシーム溶接部の溶接熱影響部靭性に優れた、APIX80〜X100級の、管厚が20mm以上の低温用高強度鋼管が得られ、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明では、鋼管を構成する母材の成分組成および引張り特性、鋼管のシーム溶接部における溶接金属の成分組成、更には鋼管の縦シーム溶接部における溶融線近傍の旧オーステナイト粒径が50μm以上となる領域のミクロ組織を規定する。
【0017】
[母材の成分組成]説明において%は質量%とする。
【0018】
C:0.03〜0.12%
Cは低温変態組織においては過飽和固溶することで強度上昇に寄与する。この効果を得るためには0.03%以上の添加が必要であるが、0.12%を超えて添加すると、鋼管の円周溶接部の硬度上昇が著しくなり、溶接低温割れが発生しやすくなるため、上限を0.12%とする。
【0019】
Si:0.01〜0.5%
Siは脱酸材として作用し、さらに固溶強化により鋼材の強度を増加させる元素であるが、0.01%未満ではその効果がなく、0.5%を超えて添加すると靱性が著しく低下するため上限を0.5%とする。
【0020】
Mn:1.5〜3.0%
Mnは焼入性向上元素として作用する。1.5%以上の添加によりその効果が得られるが、連続鋳造プロセスでは中心偏析部での濃度上昇が著しく、3.0%を超える添加を行うと、中心偏析部での遅れ破壊の原因となるため、上限を3.0%とする。
【0021】
Al:0.01〜0.08%
Alは脱酸元素として作用する。0.01%以上の添加で十分な脱酸効果が得られるが、0.08%を超えて添加すると鋼中の清浄度が低下し、靱性劣化の原因となるため、上限を0.08%とする。
【0022】
Nb:0.005〜0.08%
Nbは熱間圧延時のオーステナイト未再結晶領域を拡大する効果があり、950℃以下を未再結晶領域とするため、0.005%以上添加する。一方、0.08%を超えて添加すると、HAZの靱性を著しく損ねることから上限を0.08%とする。
【0023】
Ti:0.005〜0.025%
Tiは窒化物を形成し、鋼中の固溶N量低減に有効で、析出したTiNはピンニング効果でオーステナイト粒の粗大化を抑制して、母材、HAZの靱性向上に寄与する。当該ピンニング効果を得るためには0.005%以上の添加が必要であるが、0.025%を超えて添加すると炭化物を形成するようになり、その析出硬化で靱性が著しく劣化するため、上限を0.025%とする。
【0024】
N:0.001〜0.01%
Nは通常鋼中の不可避不純物として存在するが、Ti添加により、TiNを形成する。TiNによるピンニング効果で、オーステナイト粒の粗大化を抑制するために0.001%以上鋼中に存在することが必要であるが、0.01%を超える場合、溶接部、特に溶接ボンド近傍で1450℃以上に加熱された領域でTiNが分解し、固溶Nの悪影響が著しいため、上限を0.01%とする。
【0025】
B:0.0003〜0.0020%
Bは溶接熱影響部においてオーステナイト粒界に偏析し、焼入性を高める効果があり、靭性に有害なMAを含む上部ベイナイトの生成を抑制し、下部ベイナイトあるいはマルテンサイトの生成を容易にする。
【0026】
この効果は0.0003%以上、0.0020%以下の添加で顕著であり、0.0020%を超えて添加すると、B系炭化物の析出により靭性が低下するため、上限を0.0020%とする。また、0.0003%未満の場合、上部ベイナイト組織の生成が顕著となるため、下限を0.0003%とする。なお、PCM値に拠らず、最大限の効果が得られる範囲は0.0005%以上0.0015%以下である。
【0027】
Cu、Ni、Cr、Mo、Vの一種または二種以上
Cu、Ni、Cr、Mo、Vはいずれも焼入性向上元素として作用するため、高強度化を目的に、これらの元素の一種、または二種以上を添加する。
【0028】
Cu:0.01〜1%
Cuは、0.01%以上添加することで鋼の焼入性向上に寄与する。しかし、1%以上の添加を行うと、靱性劣化が生じるため、上限を1%とし、Cuを添加する場合は、0.01〜1%とする。
【0029】
Ni:0.01〜1%
Niは、0.01%以上添加することで鋼の焼入性向上に寄与する。特に、多量に添加しても靱性劣化を生じないため、強靱化に有効であるが、高価な元素であるため、Niを添加する場合は、上限を1%とし、Niを添加する場合は0.01〜1%とする。
【0030】
Cr:0.01〜1%
Crもまた0.01%以上添加することで鋼の焼入性向上に寄与する。一方、1%を超えて添加すると、靱性が劣化するため、上限を1%とし、Crを添加する場合は0.01〜1%とする。
【0031】
Mo:0.01〜1%
Moもまた0.01%以上添加することで鋼の焼入性向上に寄与する。一方、1%を超えて添加すると、靱性が劣化するため、上限を1%とし、Moを添加する場合は0.01〜1%とする。
【0032】
V:0.01〜0.1%
Vは炭窒化物を形成することで析出強化し、特に溶接熱影響部の軟化防止に寄与する。0.01%以上の添加によりこの効果が得られるが、0.1%を超えて添加すると、析出強化が著しく靱性が低下するため、上限を0.1%とし、Vを添加する場合は0.01〜0.1%とする。
【0033】
O:0.005%以下、P:0.015%以下、S:0.003%以下
本発明でO、P、Sは不可避的不純物であり含有量の上限を規定する。Oは、粗大で靱性に悪影響を及ぼす介在物生成を抑制するため、0.005%以下とする。Pは、含有量が多いと中央偏析が著しく、母材靭性が劣化するため、0.015%以下とする。Sは、含有量が多いとMnSの生成量が著しく増加し、母材の靭性が劣化するため、0.003%以下とする。
【0034】
CM(%):0.16〜0.25
CMはC+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5×Bで表す溶接割れ感受性指数で、各元素は含有量(質量%)とし、含有しない元素は0とする。
【0035】
本発明では、継手強度で620MPa以上を達成するため、PCMを0.16%以上とし、円周溶接性確保の観点から0.25%以下とする。
【0036】
以上が本発明に係る鋼管の母材部の基本成分組成であるが、溶接部の靭性を更に向上させる場合、Ca、REM、Zr、Mgの一種または二種以上を添加する。
Ca、REM、Zr、Mg
Ca、REM、Zr、Mgは鋼中で酸硫化物あるいは炭窒化物を形成し、主に溶接熱影響部におけるオーステナイト粒粗大化をピンニング効果で抑制し、靱性を向上させる目的で添加する。
【0037】
Ca:0.0005〜0.01%
製鋼プロセスにおいて、Ca添加量が0.0005%未満の場合、脱酸反応支配でCaSの確保が難しく靱性改善効果が得られないので、Caの下限を0.0005%とする。
【0038】
一方、Ca添加量が0.01%を超えた場合、粗大CaOが生成しやすくなり、母材を含めて靱性が低下するうえに、取鍋のノズル閉塞の原因となり、生産性を阻害するため、上限は0.01%とし、添加する場合は、0.0005〜0.01%とする。
【0039】
REM:0.0005〜0.02%
REMは鋼中で酸硫化物を形成し、0.0005%以上添加することで溶接熱影響部の粗大化を防止するピンニング効果をもたらす。しかし、高価な元素であり、かつ0.02%を超えて添加しても効果が飽和するため、上限を0.02%とし、添加する場合は、0.0005〜0.02%とする。
【0040】
Zr:0.0005〜0.03%
Zrは鋼中で炭窒化物を形成し、とくに溶接熱影響部においてオーステナイト粒の粗大化を抑制するピンニング効果をもたらす。十分なピンニング効果を得るためには、0.0005%以上の添加が必要であるが、0.03%を超えて添加すると、鋼中の清浄度が著しく低下し、靱性が低下するようになるため、上限を0.03%とし、添加する場合は、0.0005〜0.03%とする。
【0041】
Mg:0.0005〜0.01%
Mgは製鋼過程で鋼中に微細な酸化物として生成し、特に、溶接熱影響部においてオーステナイト粒の粗大化を抑制するピンニング効果をもたらす。十分なピンニング効果を得るためには、0.0005%以上の添加が必要であるが、0.01%を超えて添加すると、鋼中の清浄度が低下し、靱性が低下するようになるため、上限を0.01%とし、添加する場合は、0.0005〜0.01%とする。
【0042】
[溶接金属の成分組成]説明において%は質量%とする。
【0043】
C:0.03〜0.10%
溶接金属においてもCは鋼の強化元素として重要な元素である。特に、継手部のオーバーマッチングを達成するため、溶接金属部においても引張強度を620MPa以上とする必要があり、この強度を得るために0.03%以上含有している必要がある。一方、0.10%を超えていると、溶接金属の高温割れが発生しやすくなるため、上限を0.10%とした。
【0044】
Si:0.5%以下
Siは溶接金属の脱酸ならびに良好な作業性を確保するために有用であるが、0.5%を超えると、溶接作業性の劣化を引き起こすため、上限を0.5%とした。
【0045】
Mn:1.5〜3.0%
Mnは溶接金属の高強度化に重要な元素である。特に、引張強度を620MPa以上とするためには1.5%以上含有させる必要があるが、3.0%を超えると溶接性が劣化するため、上限を3.0%とした。
【0046】
P:0.015%以下,S:0.005%以下
P,Sは溶接金属中では粒界に偏析し、その靱性を劣化させるため、上限をそれぞれ0.015%,0.005%とした。
【0047】
Al:0.05%以下
Alは脱酸元素として作用するが、溶接金属部においてはむしろTiによる脱酸の方が靱性改善効果が大きく、かつAl酸化物系の介在物が多くなると溶接金属シャルピーの吸収エネルギーの低下が起こるため、積極的には添加せず、その上限を0.05%とする。
【0048】
Nb:0.005〜0.05%
Nbは溶接金属の高強度化に有効な元素である。特に、引張強度を620MPa以上とするためには0.005%以上含有させる必要があるが、0.05%を超えると靭性が劣化するため、上限を0.05%とした。
【0049】
Ti:0.005〜0.03%
Tiは溶接金属中では脱酸元素として働き、溶接金属中の酸素の低減に有効である.この効果を得るためには0.005%以上の含有が必要であるが、0.03%を超えた場合、余剰となったTiが炭化物を形成し、溶接金属の靱性を劣化させるため、上限を0.03%とした。
【0050】
N:0.010%以下
溶接金属中の固溶Nの低減もまた靱性改善効果があり、特に0.010%以下とすることで著しく改善されるため、上限を0.010%とした。
【0051】
O:0.015〜0.045%
溶接金属中の酸素量の低減は靱性改善効果があり、特に0.045%以下とすることで著しく改善されるため、上限を0.045%とした。一方、溶接金属中の酸素量を0.015%未満とすると溶接金属の組織微細化に有効な酸化物量が低下し、逆に溶接金属の靭性が劣化するため、下限を0.015%とした。
【0052】
B:0.0005〜0.0050%
強度グレードが620MPa以上930MPa以下のラインパイプ用溶接管においては、溶接金属のミクロ組織を微細なベイナイト主体組織とするために、B添加が有効であり、このような効果を得るためには0.0005%以上、0.0050%以下の添加が必要である。なお、さらに好適な範囲は0.0010%以上、0.0030%以下である。
【0053】
Cu、Ni、Cr、Mo、Vの一種または二種以上
Cu、Ni、Cr、Mo、Vの一種または二種以上を添加する場合、Cu:0.01〜1.0%以下、Ni:0.01〜2.0%以下、Cr:0.01〜1.0%以下、Mo:0.01〜1.0%以下とする。
【0054】
母材と同様にCu,Ni,Cr,Moは溶接金属においても焼入性を向上させるので、ベイナイト組織化のためにいずれも0.01%以上含有させる。ただし、その量が多くなると溶接ワイヤへの合金元素添加量が多大となり、ワイヤ強度が著しく上昇する結果、サブマージアーク溶接時のワイヤ送給性に障害が生じるためCu,Ni,Cr,Moはそれぞれ上限を、1.0%,2.0%,1.0%,1.0%とした。
【0055】
V:0.01〜0.1%
適量のV添加は靱性・溶接性を劣化させずに強度を高めることから有効な元素であるが、0.1%を超えると溶接金属の再熱部の靱性が著しく劣化するため、上限を0.1%とした。
【0056】
以上が本発明に係る鋼管の溶接金属部の基本成分組成であるが、溶接金属部の靭性を更に向上させる場合、Ca、REM、Zr、Mgの一種または二種以上を添加する。
【0057】
Ca、REM、Zr、Mg
Ca、REM、Zr、Mgは鋼中で酸硫化物あるいは炭窒化物を形成し、溶接金属部におけるオーステナイト粒粗大化をピンニング効果で抑制し、靱性を向上させる目的で添加する。
【0058】
Ca:0.0005〜0.01%
Ca添加量が0.0005%未満の場合、脱酸反応支配でCaSの確保が難しく靱性改善効果が得られないので、Caの下限を0.0005%とする。
【0059】
一方、Ca添加量が0.01%を超えた場合、粗大CaOが生成しやすくなり、靱性が低下するため、上限は0.01%とし、添加する場合は、0.0005〜0.01%とする。
【0060】
REM:0.0005〜0.02%
REMは鋼中で酸硫化物を形成し、0.0005%以上添加することで溶接金属部のオーステナイト粒の粗大化を防止するピンニング効果をもたらす。しかし、高価な元素であり、かつ0.02%を超えて添加しても効果が飽和するため、上限を0.02%とし、添加する場合は、0.0005〜0.02%とする。
【0061】
Zr:0.0005〜0.03%
Zrは鋼中で炭窒化物を形成し、溶接金属部においてオーステナイト粒の粗大化を抑制するピンニング効果をもたらす。十分なピンニング効果を得るためには、0.0005%以上の添加が必要であるが、0.03%を超えて添加すると、溶接金属部の清浄度が著しく低下し、靱性が低下するようになるため、上限を0.03%とし、添加する場合は、0.0005〜0.03%とする。
【0062】
Mg:0.0005〜0.01%
Mgは微細な酸化物として生成し、溶接金属部においてオーステナイト粒の粗大化を抑制するピンニング効果をもたらす。十分なピンニング効果を得るためには、0.0005%以上の添加が必要であるが、0.01%を超えて添加すると、溶接金属中の清浄度が低下し、靱性が低下するようになるため、上限を0.01%とし、添加する場合は、0.00
05〜0.01%とする。
【0063】
[母材のミクロ組織]
耐座屈性能を有する鋼管を得るためには、引張特性としてラウンドハウス型、かつ高い加工硬化指数(n値)を有するS−Sカーブとすることが望ましい。n値と同等の指標として降伏比(0.5%降伏強度/引張強度)があり、85%以下の低降伏比を達成するためには軟質相と硬質相を組み合わせた2相組織化が有効である。ここでは、軟質相の焼戻しベイナイトと硬質相の島状マルテンサイトを活用している。
【0064】
ところで、20mmを超えるような厚肉かつ高強度の鋼板において、DWTT試験に代表される靱性評価試験で目標の−20℃での延性破面率85%以上を達成するためには、従来以上にミクロ組織を微細化する必要がある。
【0065】
特に、粗大な島状マルテンサイト組織は破壊の発生・伝播を促進することが知られており、目標の低温靱性を確保するためには島状マルテンサイトや焼戻しマルテンサイトの組織サイズを高精度にコントロールすることが重要となる。
【0066】
降伏比は島状マルテンサイトの面積率と相関があり、面積率が2%未満であれば、85%以下の降伏比を得ることが困難である。一方、靱性のDWTT−20℃の延性破面率は島状マルテンサイトのサイズと相関があり、最大サイズの島状マルテンサイトの円相当径が3μmを超えると、85%以上の延性破面率を達成することが困難となる。
【0067】
また、最大サイズの島状マルテンサイトの円相当径は、島状マルテンサイトの面積率と相関があり、島状マルテンサイトの面積率が15%を超えると、いかに未再結晶オーステナイト域低温側(800℃以下)の累積圧下率を高めて組織サイズを微細化しても、円相当径3μmを超える島状マルテンサイトの存在を回避できない。
【0068】
以上のことから、母材鋼板のミクロ組織は、面積率2%以上15%以下の島状マルテンサイトを含むベイナイト組織を主体とし、含有する島状マルテンサイトにおいて円相当径3μm以下に規定する。
【0069】
なお、島状マルテンサイトを含むベイナイト組織を主体とするとは、全体の95%以上が該組織であることを意味し、残部にパーライトやマルテンサイトを含むことを許容する。島状マルテンサイトの面積率は、板厚中心位置で走査型電子顕微鏡(倍率2000倍)でランダムに10視野以上観察して同定する。
【0070】
[溶接熱影響部のミクロ組織]
鋼管の高強度化に伴い、従来の溶接入熱では溶接熱影響部のミクロ組織として粗大な島状マルテンサイトを含む上部ベイナイトを形成しやすく、低温靱性が劣化する。そこで粗大な島状マルテンサイトを含む上部ベイナイトを一定面積率以下に抑制することが必要となる。
【0071】
特に、ラス内に微細なセメンタイトが析出した下部ベイナイト組織は高強度を保ちながら、靱性に優れることが知られており、焼入れ性を高めることで本組織が得られる。焼入れ性を高める手段としては、B等の成分添加による方法あるいは溶接入熱低下による溶接熱影響部のγ―α変態区間の冷却速度を増加させる方法が考えられる。
【0072】
一方、シャルピー試験に代表される靱性評価試験において、特に溶接熱影響部の試験では様々な最高到達温度に加熱された熱影響部組織や、溶接金属等の複合的な組織をノッチ底に有しており、各熱影響部組織の材質だけではなく、各熱影響部の組織サイズの影響を受けるため、靱性のばらつきが生じやすい。
【0073】
このため、安定して優れた低温靱性を確保するためには、最脆化組織(LBZ:Local Brittle Zone)の割合を一定分率以下に抑制する必要がある。特に、−30℃の試験温度で100回以上の継手HAZシャルピー試験を実施したときの累積破損確率が1%以下となるためには、溶融線近傍で旧オーステナイト粒径が50μm以上となる溶接熱影響部において、粗大な島状マルテンサイトを含有する上部ベイナイト組織を面積率で50%以下に抑制し、面積率で少なくとも50%以上の下部ベイナイト組織を得ることが重要となる。
【0074】
[母材鋼板の製造条件]
本発明では、上述した成分組成を有する鋼を、1000〜1300℃の温度に加熱し、800℃超え950℃以下での累積圧下率が10%以上、800℃以下での累積圧下率が75%以上となるように650℃以上の圧延終了温度で熱間圧延した後、20℃/s以上の冷却速度で350℃以上650℃未満の温度まで加速冷却し、その後ただちに0.5℃/s以上の昇温速度で加速冷却停止温度以上の500〜750℃まで再加熱を行い、母材鋼板を製造する。
【0075】
鋼板の製造方法の限定理由について説明する。
【0076】
加熱温度:1000〜1300℃
熱間圧延を行うにあたり、完全にオーステナイト化するための下限温度は1000℃である。一方、1300℃を超える温度まで鋼片を加熱すると、TiNピンニングを行っていても、オーステナイト粒成長が著しく、母材靱性が劣化するため、上限を1300℃とした。
【0077】
800℃超え950℃以下での累積圧下率:10%以上
オーステナイト未再結晶域の比較的高温側で圧延を行うことで、粗大オーステナイト粒の生成等の混粒化が抑制される。累積圧下率が10%未満では効果が期待できないため、800℃超え950℃以下での累積圧下率を10%以上とした。
【0078】
800℃以下での累積圧下率:75%以上
オーステナイト未再結晶域の低温側のこの温度域にて累積で大圧下を行うことにより、オーステナイト粒が伸展し、その後の加速冷却で変態生成するベイナイトの母相が微細化し靱性が向上する。
【0079】
本発明では、低降伏比を達成するために、第2相に島状マルテンサイトを分散させるため、特に圧下率を75%以上としてベイナイトの微細化を促進し、靱性低下を防ぐ必要がある。よって、800℃以下での累積圧下率を75%以上とした。
【0080】
圧延終了温度:650℃以上
熱間圧延終了温度が650℃未満では、その空冷過程においてオーステナイト粒界から初析フェライトが生成し、母材強度低下の原因となることから、初析フェライト生成を抑制するため、下限温度を650℃とした。
【0081】
加速冷却の冷却速度:20℃/s以上
引張強度620MPa以上の高強度を達成するため,ミクロ組織をベイナイト主体の組織にする必要がある。このため,熱間圧延後加速冷却を実施する。冷却速度が20℃/s未満の場合、比較的高温でベイナイト変態が開始するため、十分な強度を得ることができない。よって、加速冷却の冷却速度を20℃/s以上とした。
【0082】
加速冷却の冷却停止温度:350〜650℃
このプロセスは本発明において、重要な製造条件である。本発明では、再加熱後に存在するCの濃縮した未変態オーステナイトが、その後の空冷時に島状マルテンサイトへと変態する。
【0083】
すなわち、ベイナイト変態途中の未変態オーステナイトが存在する温度域で冷却を停止する必要がある。冷却停止温度が350℃未満では、ベイナイト変態が完了するため空冷時に十分な島状マルテンサイトが得られず、85%以下の低降伏比化が達成できない。
【0084】
一方、650℃を超えると冷却中に析出するパーライトにCが消費され島状マルテンサイトが生成しないため、上限を650℃とした。
【0085】
冷却停止後の再加熱速度:0.5℃/s以上
再加熱速度が0.5℃/s未満の場合、ベイナイト中のセメンタイトが粗大化し、母材靱性が低下するため、再加熱速度は0.5℃/s以上とする。
【0086】
冷却停止後の再加熱温度:500〜750℃
加速冷却後ただちに再加熱することで、未変態オーステナイトにCを濃縮させ、その後の空冷過程で島状マルテンサイトを生成させることができる。再加熱温度が500℃未満では、十分にオーステナイトへのC濃化が起こらず、必要とする島状マルテンサイト面積率を確保することができない。
【0087】
一方、再加熱温度が750℃を超えると、加速冷却で変態させたベイナイトが再びオーステナイト化してしまい十分な強度が得られないため、再加熱温度を750℃以下に規定する。再加熱温度において、特に温度保持時間を設定する必要はない。
【0088】
また、再加熱後の冷却過程において冷却速度によらず島状マルテンサイトは生成するため、再加熱後の冷却は基本的には空冷とすることが好ましい。ここで、加速冷却後の再加熱は、加速冷却装置と同一ライン上(インライン)に配置した高周波加熱装置で行うと加速冷却後、直ちに加熱することが可能で好ましい。
【0089】
なお、鋼の製鋼方法については特に限定しないが、経済性の観点から、転炉法による製鋼プロセスと、連続鋳造プロセスによる鋼片の鋳造を行うことが望ましい。
【0090】
以上の製造プロセスにより、島状マルテンサイトの面積率および粒径を制御し、620MPa以上930MPa以下の引張強度で、5%以上の一様伸びを有し、引張強度に対する0.5%耐力の割合が85%以下の高変形性能を有しながら、−20℃でのDWTT試験において延性破面率85%以上の高靱性を有する鋼板を得ることが可能となる。
【0091】
[鋼管の製造条件]
本発明に係る耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管は上述した引張り特性を備えた母材鋼板を常法に従い、Uプレス、Oプレスで円筒形とした後、シーム溶接を行って製造する。
【0092】
シーム溶接は、仮付溶接後,内面,外面を1層ずつサブマージアーク溶接で行い、サブマージアーク溶接に用いられるフラックスは特に制限はなく、溶融型であっても焼成型であってもかまわない。また、必要に応じ、溶接前予熱、あるいは溶接後熱処理を行う。
【0093】
サブマージアーク溶接の溶接入熱(kJ/cm)は、板厚が20mm〜40mm程度で上述した成分組成において母材鋼板のPCMが0.16〜0.19%の場合は入熱70kJ/cm以下、PCMが0.19〜0.25%の場合は入熱80kJ/cm以下の範囲内で、溶融線近傍で旧オーステナイト粒径が50μm以上となる溶接熱影響部のミクロ組織として、下部ベイナイト、または、面積率で少なくとも50%以上の下部ベイナイトと、上部ベイナイトおよび/またはマルテンサイトを備えた混合組織が得られるように調整する。
【0094】
このような組織とした場合、図1に示す継手HAZで靱性の最も劣化するLBZ(Local Brittle Zone)の低温靱性の向上に有効である。
【0095】
尚、図1において(a)は外面FLノッチのシャルピー試験片、(b)はRoot-FLノッチのシャルピー試験片を示す。
LBZは外面側ではボンド近傍のCGHAZ組織をいい、内面側のRoot部では内面のCGHAZ組織が2相域(Ac1〜Ac3点)に加熱されるICCGHAZ組織をいう。
【0096】
特に、外面側および内面側の入熱バランスが下記式(3)を満たす溶接条件とすれば、内面側のCGHAZ部のγ粒粗大化を抑制することができ、外面側およびRoot側のFL(Fusion line)位置から採取された継手HAZ靱性を安定的に達成可能となる。
【0097】
なお、安定的に確保とは、―30℃以下の試験温度で100回以上の継手HAZシャルピー試験を実施したときの累積破損確率が1%以下となることを意味する。
内面入熱≦外面入熱 …(3)
ここで、下部ベイナイト組織は、ラス幅が1μm以下のベイニティックフェライトのラス内にセメンタイトを主体とする炭化物が析出したものを指し、上部ベイナイトはラス間に島状マルテンサイト(MA)および/またはセメンタイトを含むものである。外面側のシーム溶接で得られる上記ミクロ組織の場合、硬度は250≦HV(98N)≦350となる。
【0098】
シーム溶接後、要求される真円度に応じて、0.4%以上2.0%以下の拡管率にて拡管を行う。溶融線近傍で旧オーステナイト粒径が50μm以上となる溶接熱影響部のCGHAZのミクロ組織は、外面側の表面から6mmの位置を走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)でランダムに10視野以上観察して同定する。
【実施例】
【0099】
表1に示す種々の化学組成の鋼を転炉で溶製し、連続鋳造によって220mm厚の鋳片とした後、表2に示す熱間圧延、加速冷却、再加熱条件で鋼板A〜Iを作製した。なお、再加熱は加速冷却設備と同一ライン上に設置した誘導加熱型の加熱装置を用いて行った。
【0100】
更に、これらの鋼板をUプレス、Oプレスによって成形した後、サブマージアーク溶接で内面シーム溶接後、外面シーム溶接を行った。その後、0.6〜1.2%の拡管率にて拡管して外径400〜1626mmの鋼管にした。表3に鋼管1〜16の溶接金属部の化学組成を示す。
【0101】
【表1】

【0102】
【表2】

【0103】
【表3】

【0104】
得られた鋼管の継手強度を評価するため、API−5Lに準拠した全厚引張試験片を母材部およびシーム溶接部より採取し、引張試験を実施した。
【0105】
また、鋼管の溶接継手部からJIS Z2202(1980)のVノッチシャルピー衝撃試験片を図1に示す外面FL、Root−FLの2通りの位置から採取し、−30℃の試験温度でシャルピー衝撃試験を実施した。なお、ノッチ位置はHAZと溶接金属が1:1の割合で存在する位置とした。
【0106】
CGHAZのミクロ組織は、外面側のシーム溶接のCGHAZを表面から6mmの位置を走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)で観察した。
CGHAZの硬度、CGHAZの靱性(以下HAZ靭性)の試験結果をまとめて表4に示す。
【0107】
また、鋼管の母材部の板厚中央位置からJIS Z2202(1980)のVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、−40℃の試験温度でシャルピー衝撃試験を実施した。さらに、API−5Lに準拠したDWTT試験片を鋼管から採取し、−20℃の試験温度で試験を行い、SA値(Shear Area:延性破面率)を求めた。
【0108】
母材鋼板の引張強度が620MPa以上930MPa以下で、5%以上の一様伸びを有し、かつ引張強度に対する0.5%耐力の割合が85%以下且つ、母材における試験温度ー40℃でのシャルピー吸収エネルギー160J以上、DWTT SA−20℃が85%以上であり、鋼管のシーム溶接継手強度が620MPa以上930MPa以下、上述したCGHAZにおける試験温度−30℃でのシャルピー吸収エネルギ−100J以上、を本発明範囲内とする。
【0109】
【表4】

【0110】
発明例No.1〜5および14は、所望の母材部の強度・降伏比・一様伸び・靱性および、シーム溶接部の高HAZ靭性を示し、CGHAZ部のミクロ組織において、面積率で少なくとも50%以上の下部ベイナイトと、残部が上部ベイナイトおよび/またはマルテンサイトを備えた混合組織が得られていた。
【0111】
一方、比較例No.6〜9は溶接入熱が高く、継手CGHAZ部のミクロ組織において、下部ベイナイト分率が本発明の下限を下回り、上部ベイナイト組織の分率が高くなったために、外面側、内面側Root部ともにHAZ靭性が低下した。
【0112】
比較例No.10はシーム溶接入熱が著しく低く、継手CGHAZ部のミクロ組織中の下部ベイナイト分率が本発明の下限を下回り、マルテンサイト組織の分率が高くなったため、外面側、内面側Root部ともにHAZ靭性が低下した。
【0113】
比較例No.11はB無添加系で、上部ベイナイト組織の分率が高くなったために、外面側、内面側Root部ともにHAZ靭性が低下した。
【0114】
比較例No.12は、PCMが本発明の下限を下回り、母材強度が620MPa以下で、継手CGHAZ部のミクロ組織中の下部ベイナイト分率が低く、CGHAZ組織が上部ベイナイト組織となり、外面側、内面側Root部ともにHAZ靭性が低下した。
【0115】
比較例No.13は、PCM値が本発明の上限を上回り、CGHAZ組織がマルテンサイト組織となり、外面側、内面側Root部ともにHAZ靭性が低下した。
【0116】
比較例No.15は、内面側の溶接入熱が高く、内面側Root部のHAZ靭性が低下した。
【0117】
比較例No.16は、内面側および外面側ともに溶接入熱80kJ/cm以下であるが、内面側の溶接入熱が外面側の溶接入熱よりも高く、Root部のミクロ組織において、オーステナイト粒径が大きい状態で速い冷却を受けるために、粗大な上部ベイナイト組織となり、Root側のHAZ靱性が低下した。
【図面の簡単な説明】
【0118】
【図1】溶接継手シャルピー試験におけるノッチ位置を説明する図であり、(a)は外面FLノッチのシャルピー試験片、(b)はRoot-FLノッチのシャルピー試験片である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の成分組成が、質量%で、
C:0.03〜0.12%、
Si:0.01〜0.5%、
Mn:1.5〜3.0%、
P:0.015%以下、
S:0.003%以下、
Al:0.01〜0.08%、
Nb:0.005〜0.08%、
Ti:0.005〜0.025%、
N:0.001〜0.010%、
O:0.005%以下、
B:0.0003〜0.0020%
を含有し、更に、
Cu:0.01〜1%、
Ni:0.01〜1%、
Cr:0.01〜1%、
Mo:0.01〜1%、
V:0.01〜0.1%
の一種または二種以上を含有し、
下記式(1)で計算されるPCM値(単位は%)が0.16≦PCM≦0.25を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、
母材の引張り特性が620MPa以上930MPa以下の引張強度で、5%以上の一様伸びを有し、かつ降伏比が85%以下である母材部と、
シーム溶接の溶接金属の成分組成が、質量%で、
C:0.03〜0.10%、
Si:0.5%以下、
Mn:1.5〜3.0%、
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Al:0.05%以下、
Nb:0.005〜0.05%、
Ti:0.005〜0.03%、
N:0.010%以下、
O:0.015〜0.045%、
B:0.0005〜0.0050%
を含有し、更に、
Cu:0.01〜1%、
Ni:0.01〜2%、
Cr:0.01〜1%、
Mo:0.01〜1%、
V:0.01〜0.1%
の一種または二種以上を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物である溶接金属部からなり、
鋼管のシーム溶接部における溶融線近傍で旧オーステナイト粒径が50μm以上となる溶接熱影響部のミクロ組織が、下部ベイナイト、または、面積率で少なくとも50%以上の下部ベイナイトと、上部ベイナイトおよび/またはマルテンサイトを備えた混合組織であることを特徴とする耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
CM(%)=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5×B…(1)
但し、各元素は含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
鋼管の長手方向に内外面から1層ずつ溶接した鋼管のシーム溶接部において、外面側の溶融線近傍の溶接熱影響部硬さが下記式(2)を満たすことを特徴とする請求項1に記載の耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
250≦HV(98N)≦350 …(2)
但し、HV(98N):10kgfで測定したビッカース硬度を示す。
【請求項3】
鋼管のシーム溶接部の継手強度が620MPa以上930MPa以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
【請求項4】
鋼管の母材部のミクロ組織において、面積率2%以上15%以下の島状マルテンサイトを含むベイナイト組織を主体とし、含有する島状マルテンサイトが円相当径3μm以下であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか一つに記載の耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
【請求項5】
更に、母材部及び/または溶接金属部の化学成分に、質量%で、
Ca:0.0005〜0.01%、
REM:0.0005〜0.02%、
Zr:0.0005〜0.03%、
Mg:0.0005〜0.01%
の一種または二種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一つに記載の耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管。
【請求項6】
請求項1または5に記載の母材成分を有する鋼を、1000〜1300℃の温度に加熱し、800℃超え950℃以下での累積圧下率が10%以上、800℃以下での累積圧下率が75%以上となるように650℃以上の圧延終了温度で熱間圧延した後、20℃/s以上の冷却速度で350℃以上650℃未満の温度まで加速冷却し、その後ただちに0.5℃/s以上の昇温速度で加速冷却停止温度以上の500〜700℃まで再加熱を行うことを特徴とする、耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度鋼管用鋼板の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の製造方法により得られる鋼板を筒状に成形し、その突合せ部を内外面から1層ずつ溶接する際の内外面それぞれの溶接入熱が80kJ/cm以下であり、外面側および内面側の入熱バランスが下記式(3)を満たすことを特徴とする、耐座屈性能および溶接熱影響部靭性に優れた低温用高強度溶接鋼管の製造方法。
内面入熱≦外面入熱 …(3)
【請求項8】
鋼管の長手方向に内外面から1層ずつ溶接した後、0.4%以上2.0%以下の拡管率にて拡管することを特徴とする請求項7記載の低温用高強度溶接鋼管の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−57629(P2009−57629A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−80999(P2008−80999)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】