説明

耐指紋性被膜形成処理剤及び該被膜を有する耐指紋性ガラス

【課題】表面に付着した指紋等の汚れが目立ちにくく、耐指紋性、膜と基材表面との密着性がともに良好な耐指紋性被膜を形成するための処理剤、また、さらに該膜の耐摩耗性が良好な耐指紋性被膜を形成するための処理剤、さらに指滑り性を向上させた耐指紋性被膜を形成する処理剤、並びにそれら処理剤からなる被膜を有する耐指紋性ガラス基材の提供。
【解決手段】エチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの構造を繰り返し単位として含有するモノオール又はポリオールの水酸基がケイ素化合物によって変性された化合物Aを被膜形成成分とすることを特徴とする耐指紋性被膜形成処理剤及び該処理剤によって形成された耐指紋性被膜を有する耐指紋性ガラスを提供する。また、コロイダルシリカ等の微粒子によって基材表面に凹凸を付与し、指滑り性を向上させた耐指紋性ガラス基材についても提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス基材の表面に形成した被膜を介して付着した指紋を視認させにくくするための耐指紋性被膜形成処理剤及び該被膜を有する耐指紋性ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス基材は、電子機器用ディスプレイや自動車部品、建築物等として汎用されている。これらの基材は使用部分によっては、人の手に触れる機会が多く、指紋や皮脂などの生体由来の汚れ(以降、単に「指紋成分」と記載する)が付着しやすく、かつその汚れを容易に拭き取ることができない性質があった。特にガラス基材は透明性が特徴であるが、ガラス基材に付着した指紋成分及び/又は完全には拭き取れなかった指紋成分が非常に目立ちやすくなる。近年はパーソナルコンピューター、携帯電話、医療機器、カーナビゲーションシステム、現金自動預け払い機(ATM)等の電子機器の入力方式としてタッチパネルが広く用いられており、この種のディスプレイ表面には指が触れる機会が多く、指紋成分に起因する上記のような問題が顕在化してきている。
【0003】
上記問題を解決するために、基材を表面処理し、基材表面の表面エネルギーを低下させることで、指紋成分を基材に付着しにくくし、また基材に馴染みにくく(濡れにくく)することで、指紋成分に対する耐性を高める試みが行われている。例えば特許文献1では、基材の表面に、下記一般式(I)で表され、数平均分子量が5×102 〜1×105 であるケイ素含有有機含フッ素ポリマーの層を形成したことを特徴とする防汚性基材が記載されている。
【化1】

【0004】
しかしながら、指紋成分を基材に完全に付着させないことは難しく、近年では上記問題に対する別のアプローチとして、指紋成分の基材への付着を目立ちにくく、又は指紋成分を基材に馴染みやすくすることが課題とされている。特許文献2では、基材表面に親油性被膜を形成することで基材の表面に形成した被膜を介して付着した指紋成分が濡れて広がり、結果として目視で見えにくくする、汚れ目立ち防止被膜が開示されており、また、特許文献3では、基材表面に高い指紋拭き取り性と高い表面硬度を有する親水性被膜を形成する光硬化型親水性被覆剤が開示されている。
【0005】
一方、タッチパネル等の、人の指で触れて操作する用途に用いられるガラスにおいては、操作性向上のために、基材表面に指が接触したときに引っかかりの少ない、指と基材表面との滑り性(以下、「指滑り性」という。)を有することが求められる。指滑り性の向上については、指と基材の接触面に表面粗さを持たせる方法が公知であり、例えば、特許文献4には指滑り性を向上させたポリオレフィン系樹脂フィルムが、特許文献5には特定の表面粗さを持たせることでアンチグレア機能と指滑り性を付与したタッチパネル用ガラスが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平09−157582号公報
【特許文献2】特開2001−353808号公報
【特許文献3】国際公開第2011/013497号
【特許文献4】特開2004−35757号公報
【特許文献5】特開2005−38288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2の親油性分子や特許文献3の親水膜では耐指紋性は充分とはいいがたく、さらに、特許文献3のような樹脂膜の場合、樹脂とガラス基板との密着性が弱く、膜の剥離が生じてしまうという問題があった。
【0008】
そこで、本発明は、付着した指紋を視認させにくくする方法として、ガラス基材表面に良好な親油性をもつ被膜を形成し、かつ、ガラス基材表面との密着性が良好な被膜を形成する処理剤を提供することを第1の課題とする。
【0009】
また、耐指紋性ガラスはタッチパネルのカバーガラスのように人の指で触られる用途で用いられることが多く、また清掃時に布等で払拭されることが多いため、膜の耐摩耗性も重要な要素となることから、本発明は、耐指紋性と、膜とガラス基材との密着性が良好で、さらに膜の耐摩耗性が良好な被膜を得るための処理剤を提供することを第2の課題とする。
【0010】
さらに、本発明は、前記処理剤を用いて、耐指紋性と指滑り性がともに良好なガラス基材を得ることを第3の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、ガラス基材に耐指紋性を付与しうる表面層を形成するための耐指紋性被膜形成処理剤(以降、単に「処理剤」とも記載することもある)を提供するものであり、該処理剤は、エチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの構造を繰り返し単位として含有するモノオール又はポリオールの水酸基がケイ素化合物によって変性された化合物A(以降、単に「化合物A」と記載することもある)を被膜形成成分とすることを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明は、前記化合物Aが一般式[1]〜一般式[4]の何れかで表される構造の化合物であることを特徴とする耐指紋性被膜形成処理剤を提供するものである。
【化2】

【0013】
(式中、Rはエチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの鎖構造を繰り返し単位として含有する重合部位を示し、Xは−C(=O)−N(−H)−基、又は−CH−CH−基を示し、R’は炭素数1〜3のアルキレン基を示し、Yはそれぞれ独立しており、炭素数1〜4のアルコキシ基、クロロ基、及びイソシアネート基からなる群より選ばれる少なくとも1つの加水分解可能な官能基を示す。aは0〜1の整数である。p、qはそれぞれ0〜3の整数である。Zはそれぞれ独立しており、水素原子、−R−OH基、又は下記式で表される置換基を示し、分子中のZのうち少なくとも一つは下記式の置換基である。
【化3】

【0014】
(式中、R、X、R’、Y、aはそれぞれ一般式[1]と同じである。))
【0015】
さらに、本発明は、少なくとも前記化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体を被膜形成成分とすることを特徴とする耐指紋性被膜形成処理剤を提供するものである。
【0016】
さらに、本発明は前記処理剤が、さらに無機酸化物微粒子を含むことを特徴とする、耐指紋性被膜形成処理剤を提供するものである。
【0017】
さらに、本発明は前記処理剤によって形成された耐指紋性被膜を提供するものである。
【0018】
さらに、本発明は前記処理剤によって形成された被膜を有する耐指紋性ガラスを提供するものである。
【0019】
さらに、本発明は、ガラス基材表面に、無機酸化物微粒子を含んだ凹凸構造を有する下地膜を有し、前記下地膜表面に前記処理剤によって形成された耐指紋性被膜を有する耐指紋性ガラスを提供するものである。
【0020】
さらに、本発明は、前記無機酸化物微粒子が、平均粒径10〜500nmのコロイダルシリカであることを特徴とする、前記耐指紋性ガラスを提供するものである。
【0021】
さらに、本発明は、被膜表面の算術平均表面粗さが2〜300nmであることを特徴とする、前記耐指紋性ガラスを提供するものである。
【0022】
さらに、本発明は、ガラス基材表面に無機酸化物微粒子を含む下地膜を形成して凹凸構造を付与した後に、前記処理剤によって下地膜表面に被膜を形成することを特徴とする、前記耐指紋性ガラスの製造方法を提供するものである。
【0023】
本発明において、「耐指紋性」とは基材表面に付着した指紋成分の視認されにくさを意味する。後述する実施例において「耐指紋性」の評価方法を記載する。また、本発明において、「耐指紋性」は、基材表面の「親油性」が良好であるほどその効果が向上するといえる。そこで、耐指紋性を測る指標の一つとして親油性を評価している。「親油性」の評価方法についても実施例において述べる。
【0024】
本発明において、「酸化ケイ素」とは化学量論的な二酸化ケイ素だけでなく、低次酸化ケイ素も含みうる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、被膜の耐指紋性と該被膜とガラス基材表面との密着性がともに良好な耐指紋性被膜を有する耐指紋性ガラス基材を得ることができる。また、本発明によれば、耐指紋性と、膜とガラス基材との密着性と、耐摩耗性がいずれも良好な耐指紋性被膜を有するガラス基材を得ることが出来る。さらに指滑り性が良好な耐指紋性被膜を有する耐指紋性ガラス基材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の耐指紋性透明基材の一例を示す概略断面模式図
【図2】本発明の耐指紋性透明基材の一例を示す概略断面模式図
【図3】本発明の耐指紋性透明基材の一例を示す概略断面模式図
【図4】本発明の耐指紋性透明基材の一例を示す概略断面模式図
【図5】本発明の実施例2で得られた基材に擬似指紋を付着させた様子を表す図面代用の光学写真。
【図6】表面処理をしていない一般的なフロートガラス基材に擬似指紋を付着させた様子を表す図面代用の光学写真。
【図7】耐摩耗性の評価結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は、エチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの鎖構造を繰り返し単位として含有するモノオール又はポリオールの水酸基がケイ素化合物によって変性された化合物Aを被膜形成成分とすることを特徴とする耐指紋性被膜形成処理剤であり、この処理剤を用いてガラス基材に被膜を形成することで、ガラス基板に好適に耐指紋性を付与することが出来る。
【0028】
該化合物Aはエチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの鎖構造を繰り返し単位として含有するモノオール又はポリオールの水酸基がケイ素化合物によって変性された構造であれば特に限定されない。該化合物Aとして、例えば前記一般式[1]〜一般式[4]のような構造が例示される。
【0029】
前記一般式[1]〜一般式[4]において、Rはエチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの鎖構造を繰り返し単位として含有する重合部位を示すが、前記群のうち少なくとも異なる2つの鎖の共重合構造であることが好ましい。この重合部位は前記群より選ばれる鎖のみで形成されていても、鎖と鎖の間に炭化水素基や窒素原子、酸素原子などが存在していても構わない。この重合部位がガラス基材表面に層を作ることで、基材表面の親油性が向上し、良好な耐指紋性を付与することが出来ると推測される。
【0030】
式中、Xは−C(=O)−N(−H)−基、又は−CH−CH−基を示す。また、Yは炭素数1〜4のアルコキシ基、クロロ基、及びイソシアネート基からなる群より選ばれる少なくとも1つの加水分解可能な官能基を示す。該官能基が加水分解反応を起こすことにより、ガラス基板とシラノール基との化学結合を形成し、基材と該被膜との密着性が良好なものとなる。
【0031】
前記式[1]において、Yで表される加水分解可能な官能基の反応性が高すぎると、処理剤を調製する時の取り扱いが難しくなるだけでなく、処理剤のポットライフが短くなる。一方、反応性が低すぎると、加水分解反応が十分に進行しなくなり、生成するシラノール基の量が十分でなくなるため、該シラノール基と基材表面の活性種との間で形成される結合(例えば、シロキサン結合をはじめとするメタロキサン結合など)や相互作用(例えば、ファンデルワールス力や静電的相互作用など)が十分でなくなり、該被膜と基材表面との間に十分な接着性を付与することができなかったり、該被膜の耐久性が低くなったりする。上記を考慮して、Yで表される加水分解可能な官能基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基等のアルコキシ基、クロロ基、及びイソシアネート基からなる群より選ばれる少なくとも1つが好ましい。これらの中でも、加水分解可能な官能基の取り扱いの容易さ、処理剤のポットライフ、得られる該被膜の耐久性を考慮すると、加水分解可能な官能基としてはアルコキシ基が好ましく、中でもメトキシ基、エトキシ基が特に好ましい。
【0032】
前記化合物Aは、エチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの鎖構造を繰り返し単位として含有するモノオール又はポリオールとケイ素化合物とから容易に合成することが可能である。例えばポリオールとしてとしてポリエチレングリコールを、ケイ素化合物として3−イソシアネートプロピルトリメトキシシランを用い、触媒の存在下で反応させることで、下記のスキームのように目的物を得ることができる。
【化4】

【0033】
合成に用いることの出来るモノオール又はポリオールとしては、例えばポリオキシプロピレングリコールモノアルキルエーテルのモノオール型、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールのジオール型、ポリプロピレングリコールのトリオール型、ポリ(オキシエチレン・ポリオキシプロピレン)グリコールモノアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシプロピレングリコールモノアルキルエーテル、ステアリン酸グリセリル、ポリブチレングリコール等が挙げられる。それらポリオールの水酸基と反応しうるケイ素化合物としては3−イソシアネートプロピルトリメトキシシラン、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。
【0034】
また、前記合成に用いる触媒としては、ジブチル錫ジラウレート、ジオクチル錫ジラウレート、スタナスオクトエート、ジブチル錫ジオクトエート、ジブチル錫ジアセテート、ジブチル錫マーカブチド、ジブチル錫チオカルボキシレート、ジブチル錫ジマレエート、ジオクチル錫マーカブチド、ジオクチル錫チオカルボキシレート等を使用することができる。添加する触媒濃度は、イソシアネート化合物に対して0.1〜10質量%の範囲であれば良い。
【0035】
耐指紋性被膜処理剤に含まれる化合物Aとして、上述したような構造の化合物を1種類だけ用いてもよいし、複数種類の化合物を併用してもよい。
【0036】
前記化合物Aを被膜形成成分とする耐指紋性被膜処理剤を用いることで、ガラス基材表面に耐指紋性、該膜と基材表面との密着性がともに良好な被膜を形成することができる。化合物Aからなる処理剤によって形成された被膜を有するガラス基材の一形態を図1に示す。
【0037】
前記処理剤は有機溶媒によって希釈したものを塗布液として用いることが好ましい。該処理剤は溶媒で希釈された場合、該化合物Aが0.01〜50質量%程度の濃度であればよい。用いる有機溶媒は該化合物Aを溶解し、さらに失活させないものであれば特に限定はされないが、具体的にはメチルアルコールやエチルアルコール、イソプロピルアルコール、ノルマルプロピルアルコール、ブタノール等のアルコール、アセトンやメチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル等が挙げられる。中でもイソプロピルアルコール、メチルエチルケトンが好ましい。
【0038】
該処理剤としては化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体(以降、単に「重縮合体」とも記載する)を被膜形成成分とするものであっても良い。該処理剤が化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体を含む場合、該化合物Aが1モル量に対して0.01〜100モル量程度の酸化ケイ素の前駆体を用いればよい。酸化ケイ素の前駆体とは化学量論的な二酸化ケイ素だけでなく、低次酸化ケイ素、一部の酸素が親油性分子やマトリックス等と化学結合したもの、ガラス等の非晶質物質中の網目形成酸化物としての酸化ケイ素も含めたものを意味する(具体的な化合物は後述する)。該重縮合体によって形成された膜は、耐摩耗性向上に寄与すると推測される。よって、該処理剤が化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体を含むことは、好ましい形態といえる。化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体からなる処理剤によって形成された被膜を有するガラス基材の一形態を図2に示す。
【0039】
酸化ケイ素の前駆体としては、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトライソプロポキシシラン等のテトラアルコキシシラン、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、イソプロピルトリメトキシシラン、ブチルトリメトキシシラン、イソブチルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、及びそれらのメトキシ基がエトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基等であるアルキルトリアルコキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、5、6−エポキシヘキシルトリエトキシシラン、5、6−エポキシヘキシルトリエトキシシラン、2−(3、4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、2−(3、4エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン、3−オキセタニルプロピルトリエトキシシラン等が使用できる。これらは単体で用いてもよいし、複数の組み合わせで用いてもよい。被膜の耐摩耗性と薬液のコストを考慮すると、これらの中でも好ましいものはテトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、5、6−エポキシヘキシルトリエトキシシラン、5、6−エポキシヘキシルトリエトキシシラン、2−(3、4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、2−(3、4エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシランである。
【0040】
また、該処理剤には酸触媒を添加してもかまわない。酸触媒としては特に制限は無いが、塩酸、硝酸、硫酸、酢酸等が挙げられる。添加量としては化合物Aが1モル量に対して0.001〜100モル量程度でよい。
【0041】
また、該処理剤が化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体を含む場合、該処理剤にさらに所定量の無機酸化物微粒子(以下、単に「微粒子」ということもある)を加えることもできる。なお、微粒子とは、通常、平均粒径が1μm以下の粒子をいう。処理剤に微粒子を含むことで、形成される被膜表面に凹凸構造を付与することが出来、該凹凸構造によって指と被膜表面との接触面積が減少し、指滑り性を向上させることができるため、好ましい形態の一つであるといえる。前記処理剤で形成された被膜を有するガラス基材の一形態を図3に示す。
【0042】
前記処理剤に加える無機酸化物微粒子とは具体的にはシリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、酸化スズ、インジウム含有酸化スズ、アンチモン含有酸化スズ、酸化亜鉛、中空シリカ等の粒子が挙げられ、特にシリカ粒子や酸化スズ粒子が好ましい。該無機酸化物微粒子の粒子形状に特に制限は無いが、通常は、球状、楕円状、直方状、多面状である。具体的な無機酸化物微粒子としては、コロイダルシリカやコロイダルアルミナ、コロイダルチタニア、コロイダル酸化スズが挙げられ、中でもコロイダルシリカを用いるとガラス基材との良好な結合性が得られることから好ましい。該無機酸化物微粒子の平均粒径は10〜500nmであると適当な粗さを表面に付与しやすい。平均粒径が10〜200nmでは形成される被膜の硬度が良好であることから好ましく、なかでも10〜100nmが特に好ましい。該粒径が10nmより小さい場合、膜表面に十分な凹凸構造を付与することが難しい。
【0043】
本発明における「平均粒径」とはBET法によって測定された表面積から粒子が球であると仮定して求められる平均粒子径を言う。BET法とは、気相吸着法による粉体の表面積測定法の一つであり、吸着等温線から1gの試料の持つ総表面積、すなわち比表面積を求める方法である。通常吸着気体として窒素ガスが用いられ、吸着量を被吸着気体の圧又は容積の変化から測定する方法が一般的である。多分子吸着の等温線を表す著名なものとして、Brunauer Emmett、Tellerの式(BET式)があり、これに基づき吸着量を求め、吸着分子1個が表面で占める面積を掛けて表面積が得られる。得られた表面積から、粒子が球であると仮定して、平均粒子径、すなわち本発明で言う粒径が得られる。
【0044】
また、無機酸化物微粒子は処理剤の被膜形成成分の全質量に対して5〜95質量%含まれることが好ましく、より好ましくは20〜80質量%である。該微粒子の含有量が5質量%より少ない場合、膜表面に十分な凹凸構造を付与できず、逆に95質量%よりも多いと微粒子の凝集物が多く見られ、塗布の際に塗りムラが生じる場合があり好ましくない。
【0045】
さらに、前記無機酸化物微粒子について、平均粒径の異なる微粒子を適切な比率で混合させることによって、耐摩耗性を向上させることができる。
【0046】
また、前記処理剤に無機酸化物微粒子を加える代わりに、ガラス基材表面に所定量の無機酸化物微粒子を含む被膜を形成して凹凸構造を付与した後に、さらに該被膜表面に前記化合物Aを被膜形成成分とする処理剤によって耐指紋性の被膜を形成することも好ましい形態である。無機酸化物微粒子は、処理剤に加える無機酸化物微粒子と同じものでも異なるものでもよい。中でもコロイダルシリカを用いるとガラス基材との良好な結合性が得られることから好ましい。
【0047】
この場合、ガラス基材上に形成されるのは凹凸構造を有する被膜(以下、単に「下地膜」と記載することもある)と、下地膜の表面に形成される耐指紋性被膜の二層被膜構造となる。一形態を図4に示す。化合物Aからなる処理剤で形成される被膜2は、膜厚が薄いため、微粒子4を含む下地膜5の凹凸構造を損なうことが無く、二層被膜の表面に効果的に耐指紋性と指滑り性を発現させることができる。
【0048】
前記下地膜は、特に限定されないが、耐摩耗性の観点から、酸化ケイ素の前駆体の加水分解及び重縮合によって得られる被膜中に、微粒子を含んだ凹凸構造を有する被膜であることが好ましい。酸化ケイ素の前駆体は、前述した処理剤に用いられるものと同様の化合物を使用することができる。
【0049】
次に、ガラス基材について説明する。本発明のガラス基材は特に制限はないが、具体的には、たとえば、ソーダライムシリケートガラス、アルミノシリケートガラス、石英ガラス、無アルカリガラス、その他の各種ガラスなどからなるガラス等が挙げられる。さらには、これらのガラス基材はクリアガラスや着色ガラス、型板ガラス、防眩ガラス、UV、IRカットガラス等の機能性ガラス、強化ガラス、半強化ガラス、合わせガラス等の安全ガラスも使用されうる。また、これら無機系のガラス以外にも、有機系ガラスとして使用されうるポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレンテレフタレート等のプラスティックガラス種も使用されうる。
【0050】
前記基材の形状は用途によって適宜決定される。好ましくはシート状およびフィルム状である。
【0051】
また、前記基材には適切な表面粗さを付与することで適当なヘイズを付与することもできる。初期のヘイズが高ければ付着した指紋が目立ちにくくなる。また、凸凹構造の形状によっては防眩性と指滑り性を付与することもできる。防眩性を付与する場合、前記表面粗さは、その基材の用途によって適宜変更できるが、通常は算術平均粗さRaで120〜500nmであることが好ましい。より好ましくは120〜400nmである。ここでいう算術平均粗さはJIS B0601(2001年)に規定されたものであり、触針式表面走査計などを用いて測定することができる。しかしながら、ヘイズを高くし、或いは防眩性を出すことで、ガラス基材を通して見える画像の鮮明度の低下を招く場合もあるので、画像の視認性と指滑り性を付与したい場合は、例えば図3や図4の形態を採用し、用途に応じた表面粗さになるように、用いる微粒子の平均粒径や含有量を調整することが好ましい。視認性に重点を置く場合、好ましい表面粗さは2〜100nmであり、特に好ましくは2〜50nmである。
【0052】
次に、本発明の処理剤を用いてガラス基材に耐指紋性被膜を形成する方法について説明する。化合物Aを被膜形成成分とする処理剤の場合、該処理剤を溶媒で希釈して塗布液として用い、該塗布液を基材表面に塗布した後に被膜を形成させることが出来る。塗布液の塗布方法としては、一般的に知られている方法であればどのようなものを用いてもよく、ディップコーティング法、スプレー法、スピンコーティング法、フローコーティング法、蒸着法、刷毛塗り法、ロールコーティング法、スキージー法などが挙げられる。中でも好ましいものとしてはスプレー法、スピンコーティング法、フローコーティング法、蒸着法、刷毛塗り法、スキージー法が挙げられる。特に好ましいのはスピンコーティング法、フローコーティング法、スキージー法である。なお、蒸着法の場合、前記処理剤を溶媒で希釈せずにそのまま用いてもよい。
【0053】
本発明の処理剤をスピンコーティング法で基材に塗布する場合、回転する基材上に塗布液を垂らし、遠心力で液を基材全体に広げて塗布する。
【0054】
また、フローコーティング法を適用する場合、ノズルフローコーティング法や、カーテンフローコーティング法が挙げられる。ノズルフローコーティング法で基材に塗布する場合、単一又は複数のノズルから塗布液を供給し、水平に搬送された基材や回転するディスク状基材上に塗布液を塗布することで、基材上に平坦化させた被膜を得ることができる。また、カーテンフローコーティング法で基材に塗布する場合、塗布液である該処理液を貯溜するための貯溜槽から塗布液供給経路を介して、基材に対して塗布液をカーテン状に流れ落すためのヘッド部に塗布液を供給し、ヘッド部の下方で基材を水平方向に通過させることで、基材上に平坦化させた被膜を得ることができる。
【0055】
また、スキージー法で基材に塗布する場合、布、スポンジ、刷毛、ブラシ、不織布等の部材に塗布液を含浸、浸透させる等の手段で塗布液を保持させ、該部材をロボットや人間の手等で基材に接触させることで基材上に塗布液を塗着させる。又は、基材に塗布液を給液した後、塗布液に布、スポンジ、刷毛、ブラシ、不織布等の部材を接触させ、給液された塗布液を引き延ばしてもよい。さらには、これらの組み合わせとしてもよい。
【0056】
塗布液を塗布後は、常温で放置するか或いは加熱をすることで被膜を形成することが出来る。加熱温度は化合物Aの構造に依存するために特に限定されないが、通常50〜250℃で行うことが好ましく、より好ましくは100〜200℃である。
【0057】
前記処理剤として化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体を被膜形成成分とするものを用いる場合、特にゾルゲル法によって耐指紋性被膜を成膜することが成膜性及び耐摩耗性の点から有利である。ゾルゲル法による被膜形成は定法に則ればよい。酸化ケイ素の前駆体を加水分解及び/又は重縮合させたゾルの調製の時点で、該化合物Aを酸化ケイ素の前駆体に混合、分散させ、得られたゾルを前記塗布液として用いて、ガラス基材に成膜することで、化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体による被膜が形成される。
【0058】
前記処理剤がさらに微粒子を含む場合も、特にゾルゲル法によって成膜することが成膜性及び耐摩耗性の点から好ましい。上述したゾルの調製の時点で、該化合物A及び微粒子を酸化ケイ素の前駆体に混合、分散させ、得られたゾルを前記塗布液として用いて、ガラス基材に成膜することで、化合物Aと酸化ケイ素の前駆体及び微粒子との縮重合体による被膜が形成される。
【0059】
また、下地膜と耐指紋性被膜の二層被膜を形成する場合は、まず基材表面に下地膜を成膜して凹凸構造を付与した後に、次いで前述した方法で化合物Aを被膜形成成分とする処理剤によって下地膜表面に耐指紋性被膜を形成すればよい。下地膜は、ゾルゲル法を用いてガラス基材表面に成膜することが好ましく、前記無機酸化物系微粒子と酸化ケイ素の前駆体を含むゾル溶液を調製し、基材に成膜することで下地膜が形成される。該ゾル溶液に含まれる微粒子の量は、被膜形成成分(無機酸化物系微粒子と酸化ケイ素の前駆体)の全質量に対して5〜95質量%が好ましく、より好ましくは20〜80質量%である。
【0060】
上述した酸化ケイ素の前駆体を加水分解及び/又は重縮合させたゾルの調製において、ゾルが基材表面にムラなく塗布できるものであれば、該ゾルに含まれる溶媒は限定されないが、通常はゾル中の固形分を適度に溶解や分散できるような有機溶剤であると簡便に扱えるため好ましい。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類やアセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、ヘキサン、デカン、シクロヘキサン等の脂肪族炭化水素類、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類及びこれらの混合系が好ましい。また、これらの溶媒のうち、2つ以上の混合溶液であっても良い。さらに、該ゾルの固形分濃度は、通常0.01〜50質量%程度の濃度であればよい。なお、前記微粒子として市販品を用いてゾルを調製する場合、該市販品に含まれる溶媒は、本発明で調製されるゾルの溶媒の一部としてそのまま使用することができる。
【0061】
また、上述したような本発明で用いるゾルには、加水分解及び重縮合反応を促進するための触媒が添加されていても良い。用いる触媒としては特に制限は無いが、塩酸、硝酸、硫酸、酢酸等が挙げられる。添加量は通常の触媒量が好ましく、ゾル中の固形分1モル量に対して0.001〜100モル量程度であればよい。
【0062】
また、上述したような本発明で用いるゾルには、本発明の目的を阻害しない範囲で、微粒子の分散性を調整するために界面活性剤を添加することが好ましい。該界面活性剤としては、一般的な陰イオン系および非イオン系の界面活性剤を利用できる。例えばフッ素系の界面活性剤やポリエーテル変性オルガノシロキサン等が考えられる。
【0063】
また、下地膜を形成するためのゾルのガラス基材への塗布方法は、前述した化合物Aを被膜形成成分とする処理剤と同様の塗布方法を用いることが出来る。ゾルを塗布後は、常温で放置するか或いは加熱をすることで、凹凸構造を有する下地膜が成膜される。加熱温度は、通常50〜700℃で行うことが好ましく、より好ましくは100〜500℃である。
【0064】
本発明の耐指紋性被膜中で化合物Aの分子又は化合物Aと酸化ケイ素の前駆体の重縮合体がどのように分散しているかは、基材表面の親油性に大きな偏りが出ない限り、均一に分散していようが膜表面に濃集していようが、膜と基材の界面に濃集していようが構わないが、好ましくは均一に分散している状態である。
【0065】
また、本発明の耐指紋性被膜の厚みは特に限定されないが、通常1〜1000nm程度である。化合物Aからなる被膜の場合、膜厚は使用する化合物の分子構造に依存するが、通常1〜1000nm程度である。また、酸化ケイ素を含む膜の場合も、該被膜の厚みは特に限定されないが、好ましくは200nm以下である。200nm以下の場合は可視光線の波長より十分小さいため、成膜ムラが目立たず、また膜の強度がガラス基材に依存するようになり硬くなる。また、該被膜が二層被膜の場合、下地膜の表面に形成される耐指紋性被膜が1〜1000nm程度であるため、下地膜表面の凹凸を損なうことがなく好ましい。
【0066】
本発明の処理剤によって耐指紋性被膜を形成されたガラス基材は、該基材表面に室温でのオレイン酸2μlを置いた場合の静的接触角を10°以下にできることが好ましい。該接触角が10°以下の場合は表面の親油性が非常に高く、付着した指紋成分を濡れ拡げさせることができ、目視で目立たなくなる。
【0067】
また、本発明の処理剤によって耐指紋性被膜を形成されたガラス基材は、該基材表面を、タオルを用いて約30g/cmで表面に垂直に荷重をかけた条件で水平方向に300往復払拭した後に、該基材表面に室温でオレイン酸2μlを置いた場合の静的接触角が、払拭前の接触角に比べて50%以内の変化率であることが耐摩耗性の面からみて好ましい。
【実施例】
【0068】
詳細を下記に述べるが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0069】
〔親油性の評価〕
得られた基材の親油性の評価として、基材表面にオレイン酸約2μlを置き、液滴を置いた10秒後の液滴と基材表面とのなす角を、接触角計(CA−X200、協和界面科学製)を用いて室温(約25℃)で測定した。
【0070】
〔耐摩耗性の評価〕
得られた基材の耐摩耗性の評価として、一般用タオル120匁で、基材表面を約30g/cm2の強さで摺動しながら往復した後の親油性の評価を用いた。50、100、200、300往復毎に上記の方法で接触角を測定した。
【0071】
〔硬度の評価〕
得られた基材の硬度の評価として、“JIS K 5600−5−4(1999年)”に準拠して、三菱鉛筆株式会社製ユニ(6B〜9H)を用いて鉛筆硬度試験を行った。
【0072】
〔耐指紋性の評価方法〕
得られた基材の耐指紋性の評価として、以下の(1)〜(2)を行った。
【0073】
(1)擬似指紋の付着試験
直径29mmのシリコーンゴム栓の端面をJIS R6252に規定された基材Cw、研磨材A、粒度P240の研磨紙を用いて粗らした人工指として用い、アクリル基板上に膜厚0.5mmでスピンコーティングされたオレイン酸を人工指紋液として用いることで、定量的な擬似指紋付着試験を行った。アクリル基板に対して人工指を250g/cmで垂直に押し付けることで人工指紋液を人工指に転写し、評価する基材に対して同様に250g/cmで垂直に押し付けることで、基材に擬似指紋を付着させた。
【0074】
(2)耐指紋性の評価
擬似指紋付着時において、耐指紋性を目視で評価した。(○目立たない、△目立たないが、特定の角度では見える、×未加工の基材と同等)
〔指滑り性の評価:官能評価〕
指で基材表面を10往復し、指滑り性を評価した。(○比較例1の基板評価よりも良い。△比較例1の基板と同等、×比較例1の基板よりも悪い)
〔指滑り性の評価:動摩擦係数の評価〕
静動摩擦測定機(トリニティラボ社製ハンディートライボマスターType TL201Ts)を用いて、基板の動摩擦係数を測定した。接触子には指の指紋を模したパターンを有する触覚接触子を用い、荷重20g、摩擦速度20mm/sec、摩擦距離50mmの条件で基板と接触子との摩擦力を測定し、該装置に付随した解析ソフトによって動摩擦係数を求めた。
【0075】
〔表面粗さの評価〕
JIS−B0601(2001年)に準拠して、得られた基材の算術平均粗さを評価した。走査型プローブ顕微鏡(島津製作所製SPM−9600)を用いて、10μm四方の表面形状を分析し、該装置に付随した汎用プログラムによって算術平均粗さ(Ra)を求めた。
【0076】
(化合物Aの合成方法)
合成手順と混合割合(質量比)を示す。先ず、プロピレングリコール;2.00gとメチルエチルケトン(脱水処理品);17.76gを混合し、約1分間攪拌した後、ジブチル錫ジラウレート;0.03gを添加し、約5分間攪拌した。さらに、3−イソシアネートプロピルトリメトキシシランを、イソシアネート基(−N=C=O)とプロピレングリコールのOH基が1:1当量になるように添加し、室温で1日間攪拌した。得られた溶液のFT−IRスペクトルを測定したところ、約2300cm-1付近に現れる−N=C=O基の由来のピーク強度が減少し、1530cm−1付近のN−H由来のピークが生成していたことから、ポリプロピレングリコールのOH基と3−イソシアネートプロピルトリメトキシシランの−N=C=O基の反応により、末端に3個のアルコキシ基を持ったシラン化ポリプロピレングリコールが生成していると考えられる。
【0077】
[実施例1]
100mm角、厚み2mmの一般的なフロートガラス基材を清浄にし、上述の合成法で合成した化合物Aを、メチルエチルケトンを用いて1質量%に希釈したものを塗布液として用い、手塗りで塗布した。手塗り時の部材はベンコット(旭化成せんい製)を用いた。塗布後150℃に保った電気炉の中に10分間保持し、処理剤がガラスに結合した基材を得た。
【表1】

【0078】
表1に示すとおり、オレイン酸の接触角は8oであり、良好な親油性を示した。さらに、擬似指紋を付着させたときの指紋跡は目視では目立たなかった。また図7に示すとおり、タオルでの300回往復の摺動後はオレイン酸の接触角は16oとなった。
【0079】
[実施例2]
前記実施例1において、基材であるフロートガラスを一般的なアンチグレアガラス(Ra=140nm)とし、基材の凸凹構造がある面を表面処理する以外は実施例1と同条件とした。表1に示すとおり、オレイン酸の接触角は7oであり、良好な親油性を示した。また、擬似指紋を付着させたときの指紋跡は目視では目立たなかった。さらに、図7に示すとおり、タオルでの300回往復の摺動後のオレイン酸の接触角は16oであった。
【0080】
[実施例3]
化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体を被膜形成処理剤として用いるために、酸化ケイ素の前駆体として、市販のテトラエトキシシラン100mlを用い、250mlのイソプロピルアルコール、1規定の硝酸50mlを加えた溶液を室温で12時間攪拌し、さらに上述の方法で合成した化合物Aを50g、メチルエチルケトンを500ml混合し、溶液を室温で2時間攪拌することで、化合物Aとテトラエトキシシランとの重縮合体を得た。得られたものをそのまま塗布液とすること以外は実施例1と同条件とした。表1に示すとおり、オレイン酸の接触角は8oであり、良好な親油性を示した。また、擬似指紋を付着させたときの指紋跡は目視では目立たなかった。さらに、図7に示すとおり、タオルでの300回往復の摺動後のオレイン酸の接触角は8oであり、良好な耐摩耗性を示した。
【0081】
[実施例4]
前記実施例3において、基材であるフロートガラスを一般的なアンチグレアガラス(Ra=140nm)とし、基材の凸凹構造がある面を表面処理する以外は実施例3と同条件とした。表1に示すとおり、オレイン酸の接触角は7oであり、良好な親油性を示した。また、擬似指紋を付着させたときの指紋跡は目視では目立たなかった。さらに、図7に示すとおり、タオルでの300回往復の摺動後のオレイン酸の接触角は8oであり、良好な耐摩耗性を示した。
【0082】
[比較例1〜2]
100mm角、厚み2mmの一般的なフロートガラス基材又はアンチグレアガラスを清浄にし、目的のガラス基材を得た。
【0083】
次に、ガラス基材表面に、無機酸化物微粒子を含んだ凹凸構造を有する下地膜を有し、前記下地膜表面に処理剤によって形成された被膜を有する耐指紋性ガラスについての実施例を記載する。
【0084】
(ゾル溶液の調製方法)
市販のテトラエトキシシラン3.47gに5.33gのイソプロピルアルコール、1規定の硝酸1.2gを加え、溶液を室温で16時間撹拌した後、さらにイソプロピルアルコールを40g加え、固形分濃度が2質量%のシリカゾル液を得た。また、コロイダルシリカ(MEK−ST、日産化学工業社製、粒径10〜15nm)1質量部とメチルエチルケトン14質量部を混合し、固形分濃度が2質量パーセントのコロイダルシリカ溶液を得た。これらを、表2に示すコロイダルシリカ含有量(ここでの含有量は被膜形成成分の全質量に対する質量%である)になるように混合し、下地膜形成用のゾル溶液を得た。
【0085】
[実施例5〜8]
100mm角、厚み2mmの一般的なフロートガラス基材を清浄にし、上述の方法で調合したゾル溶液を塗布した。塗布後150℃に保った電気炉の中に10分間保持し、凹凸構造を有する下地膜が表面に形成されたガラス基材を得た。得られた下地膜の膜厚は100nm程度であった。
【0086】
次に、得られたガラス基材の表面に、実施例1と同様の処理剤を手塗りにより塗布し、150℃で10分間加熱することで、表面に凹凸構造及び耐指紋性被膜を有するガラス基材を得た。
【0087】
[実施例9〜12]
上述のゾル溶液の調製方法において、コロイダルシリカに日産化学工業社製のMEK−ST−2040(粒径200nm)を用いた以外は同じ条件で調製したゾル溶液を用いた。実施例5〜8と同様にして凹凸構造を有する下地膜が表面に形成されたガラス基材を得た後、実施例1と同様の処理剤を手塗りにより塗布し、150℃で10分間加熱することで、表面に凹凸構造及び耐指紋性被膜を有するガラス基材を得た。それぞれで用いた微粒子の条件と、得られた基材の評価結果を表2に示す。
【0088】
[参考例1]
100mm角、厚み2mmの一般的なフロートガラス基材を清浄にし、実施例5で用いたゾル溶液を塗布した。塗布後150℃に保った電気炉の中に10分間保持し、凹凸構造を有する被膜が表面に形成されたガラス基材を得た。
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の耐指紋性基材は、指等が触れやすく指紋成分が付着しやすい環境下で優れた耐指紋性を示す。具体的には、建築用の窓ガラスやショーケース(店の商品用、人形用など)、間仕切り用基材、電気、電子機器等(テレビ、携帯電話、PC、ATM、フォトプレートなど)用ディスプレイパネルやタッチパネル、電子機器筐体、鏡、飲料用瓶、飲料用グラス等に用いることで指紋等の汚れが目立ちにくい優れた防汚性効果を付与できる。
【符号の説明】
【0090】
1 基材
2 耐指紋性被膜
3 化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体を含む処理剤による耐指紋性被膜
4 無機酸化物微粒子
5 下地膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基材に被膜を形成するための処理剤であり、エチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの構造を繰り返し単位として含有するモノオール又はポリオールの水酸基がケイ素化合物によって変性された化合物Aを被膜形成成分とすることを特徴とする耐指紋性被膜形成処理剤。
【請求項2】
請求項1に記載の化合物Aが一般式[1]〜一般式[4]の何れかで表される構造の化合物であることを特徴とする、請求項1に記載の処理剤。
【化1】

(式中、Rはエチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖及びブチレンオキサイド鎖からなる群より選ばれる少なくとも一つの鎖構造を繰り返し単位として含有する重合部位を示し、Xは−C(=O)−N(−H)−基、又は−CH−CH−基を示し、R’は炭素数1〜3のアルキレン基を示し、Yはそれぞれ独立しており、炭素数1〜4のアルコキシ基、クロロ基、及びイソシアネート基からなる群より選ばれる少なくとも1つの加水分解可能な官能基を示す。aは0〜1の整数である。p、qはそれぞれ0〜3の整数である。Zはそれぞれ独立しており、水素原子、−R−OH基、又は下記式で表される置換基を示し、分子中のZのうち少なくとも一つは下記式の置換基である。
【化2】

(式中、R、X、R’、Y、aはそれぞれ一般式[1]と同じである。))
【請求項3】
請求項1又は2に記載の化合物Aと酸化ケイ素の前駆体との重縮合体を被膜形成成分とする耐指紋性被膜形成処理剤。
【請求項4】
請求項3に記載の耐指紋性被膜形成処理剤が、無機酸化物微粒子を含むことを特徴とする、耐指紋性被膜形成処理剤。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の耐指紋性被膜形成処理剤によって形成された耐指紋性被膜。
【請求項6】
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の耐指紋性被膜形成剤によって形成された被膜を有する耐指紋性ガラス。
【請求項7】
ガラス基材表面に、無機酸化物微粒子を含んだ凹凸構造を有する下地膜を有し、前記下地膜表面に請求項1乃至請求項3の何れかに記載された処理剤によって形成された被膜を有する耐指紋性ガラス。
【請求項8】
請求項7に記載の無機酸化物微粒子が、平均粒径10〜500nmのコロイダルシリカであることを特徴とする、請求項7に記載の耐指紋性ガラス。
【請求項9】
被膜表面の算術平均表面粗さが2〜300nmであることを特徴とする、請求項6乃至請求項8の何れかに記載の耐指紋性ガラス。
【請求項10】
ガラス基材表面に無機酸化物微粒子を含む下地膜を形成して凹凸構造を付与した後に、請求項1乃至請求項3の何れかに記載の処理剤によって下地膜表面に被膜を形成することを特徴とする、請求項6乃至請求項8の何れかに記載の耐指紋性ガラスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図5】
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【図6】
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