説明

耐摩耗性に優れる被覆工具およびその製造方法

【課題】耐摩耗性に優れ、苛酷な使用環境でも硼化物皮膜が剥離しないよう、高い密着強度を有した状態で被覆した被覆工具およびその製造方法を提供する。
【解決手段】工具の基材表面に中間皮膜を介して硬質皮膜を被覆した被覆工具であって、前記硬質皮膜は、Al、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の元素の硼化物であって、六方晶の結晶構造であり、前記中間皮膜は、AlxMyからなる窒化物又は炭窒化物(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)であり、前記基材側が立方晶の結晶構造、前記硬質皮膜側が六方晶の結晶構造である耐摩耗性に優れる被覆工具。硬質皮膜は、Tiの硼化物であることが好ましい。中間皮膜は、基材側から硬質皮膜側に向けてAlの含有量が増加することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐摩耗性が必要とされる、例えば切削工具ならびに金型等に適用される被覆工具およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具や金型等の工具には、その耐久性を向上させることを目的に、各種セラミックス膜を基材表面に被覆する表面処理が採用されている。各種の被覆手段の中では、多元系の硬質皮膜を高い密着性を有した状態で被覆できる物理蒸着法(以下、PVDと記述する)による被覆処理が増加している。
【0003】
近年、切削工具や金型の被加工材は高硬度化し、その高速加工も求められており、工具の使用環境はますます苛酷となっている。そのため、高硬度材を高速で加工するために、高硬度と高い耐熱性を有する硬質皮膜の開発が要求されている。例えば、高硬度と高い耐熱性を備える多元系硬質皮膜として、特許文献1に示すような、Alを含有し、さらには、Nb、Cr、Ti、Si等を含有した多元系窒化物からなる硬質皮膜が検討されている。
【0004】
一方、高硬度と高い耐熱性を有したセラミックス材料として金属硼化物が知られている。金属硼化物は、バルクのセラミックスでは40GPa以上の高い硬度を有し、耐摩耗性と耐酸化性にも優れ、切削工具や金型等への硬質皮膜として適用が進められている。例えば、特許文献2には高硬度なチタン硼化物が切削工具へ適用できることが開示されている。また、特許文献3にはクロム硼化物と基材の間にTiAlNの中間皮膜を設けた被覆切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−119810号公報
【特許文献2】特開2002−355704号公報
【特許文献3】特開2006−26883号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削工具や金型使用環境は年々苛酷化し、切削工具や金型の作業面に成型時にかかる圧力は高く、さらには、被加工材との摩擦も大きくなっている。そのため、硼化物皮膜を被覆したとしても剥離が発生してしまい、耐摩耗性が十分ではない場合があった。これに対して特許文献3のように、硼化物皮膜と基材との間に、TiAlN等の中間皮膜を設けることは有効である。しかし、本発明者の検討によれば従来の単一構造からなる中間皮膜では、硼化物皮膜の密着性や耐摩耗性が十分ではない場合があった。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性に優れ、苛酷な使用環境でも硼化物皮膜が剥離しないよう、高い密着強度を有した状態で被覆した被覆工具およびその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、硼化物皮膜の特性が最大限に発揮されるように鋭意研究した。そして、組成および結晶構造を制御した特別な中間皮膜を設けることにより、基材と硼化物皮膜との密着性および耐摩耗性が格段に高まり、硼化物皮膜が剥離せず、切削工具や金型が優れた耐摩耗性を発揮することを突き止めた。
【0009】
すなわち本発明は、工具の基材表面に中間皮膜を介して硬質皮膜を被覆した被覆工具であって、前記硬質皮膜は、Al、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の元素の硼化物であって、六方晶の結晶構造であり、前記中間皮膜は、AlxMyからなる窒化物又は炭窒化物(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)であり、前記基材側が立方晶の結晶構造、前記硬質皮膜側が六方晶の結晶構造である耐摩耗性に優れる被覆工具である。
【0010】
硬質皮膜は、Tiの硼化物であることが好ましい。さらには、中間皮膜は、基材側から硬質皮膜側に向けてAlの含有量が増加することが好ましい。さらには、中間皮膜は、Si、Y、Bから選択される1種以上を原子比で20%以下含むことが好ましい。さらには、中間皮膜は、少なくともSiを含み、基材側から硬質皮膜側に向けてSiの含有量が増加することが好ましい。
【0011】
また、上述した本発明の被覆工具は、例えば、物理蒸着法により工具の基材表面に中間皮膜を介して硬質皮膜を被覆する製造方法であって、前記中間皮膜の被覆では、AlxMyからなる(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)組成の異なる複数個のターゲットを用い、
AlxMyからなる窒化物又は炭窒化物(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)で、前記基材側が立方晶の結晶構造、前記硬質皮膜側が六方晶の結晶構造となるよう形成し、前記硬質皮膜の被覆では、Al、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の元素の硼化物ターゲットを用い、前記硼化物ターゲットに印加する平均電力を2kW以上でスパッタすることで達成できる。
【0012】
硬質皮膜の被覆では、Tiの硼化物ターゲットを用いることが好ましい。中間皮膜の被覆では、複数個のターゲットのうち、Alの含有量が多い組成のターゲットに印加する電力を増加させていくことで、基材側から硬質皮膜側に向けてAlの含有量が増加するように被覆することが好ましい。
中間皮膜の被覆では、AlxMy(但し、x+y=100、40≦x≦95、5≦y≦60、MがTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)の関係を満たし、さらにSi、Y、Bから選択される1種以上を原子比で20%以下含んだターゲットを1個以上用いることが好ましい。さらには、中間皮膜の被覆では、少なくともSiを含有したターゲットを1個以上用い、前記Siを含有したターゲットに印加する電力を増加させていくことで、基材側から硬質皮膜側に向けてSiの含有量が増加するように被覆することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明により提供される被覆工具は、耐摩耗性に優れる硼化物皮膜が高い密着性を有し、優れた耐久性を発揮できる。そのため、苛酷な使用環境下で使用される切削工具や金型等の工具への適用が可能である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者等は、硼化物皮膜を被覆した被覆工具の性能をより高めるために、基材と硼化物皮膜の間に設ける中間皮膜について検討した。そして、中間皮膜を一定の組成範囲内に制御し、さらに、基材側と硬質皮膜側でそれぞれ特定の結晶構造に制御することで、密着性と耐摩耗性が格段に高まることを見出し本発明に到達した。以下、本発明の構成要件について説明する。
【0015】
本発明の硬質皮膜は、Al、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の元素の硼化物である。そして、硼化物が六方晶の結晶構造であることで40GPa以上の高硬度となり耐摩耗性が付与される。特にTiの硼化物は硬度が50GPa以上にも達する高硬度となり好ましい。また、硼化物を六方晶の結晶構造とすることで、後述する中間皮膜との密着性を向上させることができる。
結晶構造を確認するには、X線回折によるピークや透過電子顕微鏡による電子線回折パターンから確認することができる。本発明において六方晶の結晶構造であるとは、これらの分析によって六方晶の結晶構造に対応するピークや回折パターンが最強強度を示すものであり、一部に非晶質を含有するものでもよい。
【0016】
本発明の硬質皮膜は、不可避的に含まれる酸素やその他の不純物を含有してもよい。ただし、他の元素の添加量が原子比で10%より多いと、耐摩耗性が著しく低下するので、10%以下であることが好ましい。より好ましくは5%以下であり、さらに好ましくは1%以下である。また使用環境に応じて、硬質皮膜の上層に他の機能皮膜を用いることも有効となる場合がある。例えば、苛酷な酸化環境で使用する場合には硬質皮膜の上層に機能皮膜として耐酸化性の高い、例えばAl、Cr、Siを含有した窒化物や炭窒化物を被覆することにより、皮膜の耐酸化性が向上し、本発明の硬質皮膜と中間皮膜の効果が発揮されやすい。他の例として、硬質皮膜上の最表層に0.5μm以下で色の濃い層を被覆することのより外観色が干渉色となり青色や紺色が得られ外観上好ましい。
【0017】
続いて、本発明の最も重要な特徴である中間皮膜について詳しく説明する。
硼化物皮膜は、超硬合金や金型等の工具基材との親和性が低く、工具の基材表面に直接被覆したとしても十分な密着性が得られ難い。そのため、硼化物皮膜と基材の間に基材との親和性が高い窒化物又は炭窒化物からなる中間皮膜を設けることで、密着性を向上させることができる。
ただし、中間皮膜自体の耐熱性と耐摩耗性が低いと、皮膜全体の特性も低下する傾向にある。そのため、中間皮膜の組成は、AlxMyからなる窒化物又は炭窒化物(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)とする。
本発明の中間皮膜は、Alの添加が必須であり、Al含有量を40≦x≦95とすることで、皮膜全体の耐摩耗性と耐熱性を高めることができる。これよりも少ないと耐熱性が低下する傾向にある。これよりも多いと耐摩耗性が低下する傾向にある。
そして、Ti、Cr、V、Nbから選択される1種以上の添加量を5≦y≦60とすることで、皮膜全体の耐摩耗性を高めることができる。これよりも少ないと耐摩耗性が低下する傾向にある。これよりも多いと耐熱性が低下する傾向にある。
【0018】
本発明の中間皮膜は、耐摩耗性と耐熱性が優れる上記の皮膜組成の範囲内に制御したとしても、結晶構造によって皮膜特性が変化する。そのため、中間皮膜の結晶構造を制御することが非常に重要となる。
本発明者の検討によると、本発明の中間皮膜の組成範囲内では、六方晶の結晶構造よりも、立方晶の結晶構造がより高硬度となり易い。そして、硼化物皮膜の密着性を高めるには、その間に設ける中間皮膜の結晶構造が、硬質皮膜の結晶構造と同じであることが効果的であることを見出した。そのため、高硬度な六方晶の結晶構造からなる硼化物皮膜との密着性を高めるためには、中間皮膜も同様の六方晶の結晶構造とすることが効果的である。しかし、中間皮膜全体が比較的に軟質な六方晶の結晶構造になってしまうと、硬質皮膜との密着性は改善されるとしても、皮膜全体の硬度が低下してしまい、耐摩耗性が十分ではない場合がある。
そこで、硬質皮膜側では、六方晶の結晶構造とし、基材側では、より高硬度な立方晶の結晶構造に制御した中間皮膜を設けることで、密着性および耐摩耗性が著しく改善されることを見出した。
中間皮膜の結晶構造を確認するには、硬質皮膜と同様に、X線回折によるピーク強度や透過電子顕微鏡による電子線回折パターンの最強強度から確認することができる。
【0019】
硬質皮膜と中間皮膜の硬質皮膜側の結晶構造が同じである上で、さらに、それぞれの結晶粒径が同程度であれば密着強度が高まりより好ましい。
そして、密着性を確保した上で、より高い耐摩耗性を付与するためには、硬質皮膜だけでなく中間皮膜の結晶粒径が微細であることが好ましい。硬質皮膜および/または中間皮膜の硬質皮膜側の結晶粒径が30nm以下であれば、密着性も優れ、高い耐摩耗性も付与することができるのでより好ましい。
【0020】
中間皮膜は、Alの含有量が多いほうが六方晶の結晶構造となり易い傾向にある。そのため、基材側から硬質皮膜側に向けて、Alの含有量を増加させる傾斜組成とすることで、中間皮膜の結晶構造が立方晶から六方晶に緩やかに傾斜し易く、密着強度が向上して好ましい。
また、中間皮膜は、Si、Y、Bから選択される1種以上を20原子%以下含むことで結晶粒径がより微細化され、硬度および耐酸化性を改善するので好ましい。添加量がこれよりも多くなると皮膜の靭性が低下する傾向にあり、結晶構造を制御するのも困難となる。
また、中間皮膜がSiを含有すると、Alの含有量が少なくても六方晶の結晶構造となり易い傾向にある。そのため、基材側から硬質皮膜側に向けてSiの含有量を増加させる傾斜組成とすることで、中間皮膜の結晶構造が立方晶から六方晶に緩やかに傾斜し易く、密着強度が向上して好ましい。Siの含有量が多くなると、Alの含有量が多い場合には非晶質となり易い傾向にある。
【0021】
以下、本発明の製造方法について説明する。
本発明の硬質皮膜を被覆する手段としてスパッタリング法が適用できる。この方法は、基材にバイアス電圧を印加して、ターゲットをカソードとし、ターゲットに電力を印加して発生するグロー放電を利用し、ターゲットに衝突するイオンによってターゲット成分を弾き飛ばすスパッタ現象を利用して成膜する手法である。
例えば、DC(直流)スパッタリング法、RF(高周波)スパッタリング法、非平衡マグネトロンスパッタリング法、パルス電源を利用したスパッタリング等の他には、HIPIMS(High Power Impulse Magnetron Sputtering)やHPPMS(High Power Pulse Magnetron Sputtering)等に代表されるターゲット成分のイオン化率が高い、高出力パルスマグネトロンスパッタリング法でも成膜することができる。
高出力パルスマグネトロン法で成膜することで、金属硼化物膜の結晶性が向上し、より高硬度化するため好ましい。
【0022】
硬質皮膜である硼化物皮膜の組織に、より効率的に結晶性が高い六方晶の結晶構造を含有させるには、ターゲットに印加する平均電力を2kW以上とする。より好ましくは3kW以上である。ターゲットに印加する平均電力が2kW未満だと、成膜のエネルギーが低く、結晶性が悪くなり、六方晶の結晶構造を含有させるのが困難となる。また、成膜レートが低いので生産性の点でも好ましくない。
装置の負荷および電力供給を安定させるためにも、ターゲットに印加する平均電力は10kW以下とすることが好ましい。
【0023】
中間皮膜の被覆では、基材側と硬質皮膜で特定の結晶構造となるようにする。例えば、AlxMyからなり(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)、基材側と硬質皮膜側で組成の異なる複数個のターゲットを用いる。そして、反応ガスとして窒素や炭化水素系ガスを選択して成膜雰囲気を制御することで、AlxMyからなる窒化物又は炭窒化物(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)で、基材側が立方晶の結晶構造、硬質皮膜側が六方晶の結晶構造に制御することができる。
本発明の中間皮膜は、Alの含有量が多くなると六方晶の結晶構造となり易い傾向にあり、基材側では、40≦x≦65、硬質皮膜側では、65<x≦95のターゲットを使用することが結晶構造を制御するのに好ましい。
さらに、複数個のターゲットのうち、Alの含有量が多いターゲットに印加する電力を増加させ、基材側から硬質皮膜側に向けてAlの含有量が増加する傾斜組成とすれば、中間皮膜が立方晶から六方晶の結晶構造へと緩やかに傾斜し易く、密着性が向上して好ましい。
【0024】
そして、AlxMy(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)の関係を満たし、さらにSi、Y、Bから選択される1種以上を原子比で20%以下含んだターゲットを1個以上用いることで、中間皮膜の結晶粒径が微細化され、硬度および耐酸化性を改善するので好ましい。
そして、少なくともSiを含んだターゲットを1個以上用いることでAlの含有量が少なくても六方晶の結晶構造となり易くなる。そのため、Siを含有するターゲットに印加する電力を増加させて、基材側から硬質皮膜側に向けてSiの含有量が増加する傾斜組成とすることで、中間皮膜が、立方晶から六方晶の結晶構造へと緩やかに傾斜するため、密着性が向上して好ましい。
【0025】
本発明の中間皮膜は、スパッタリング法に限らず、アークイオンプレーティング法やイオンプレーティング法等の物理蒸着法が適用できる。いずれの被覆方法によっても複数個のターゲットを用いることで、中間皮膜の結晶構造を制御することが可能である。
【0026】
また、中間皮膜の結晶構造は、上記組成に加え成膜条件によっても制御可能である。制御する成膜条件はガス圧、成膜温度、基材バイアス電圧が挙げられるが、特にバイアス電圧の依存性が高い。スパッタリング法を採用する場合では、−50〜−80Vでは六方晶の結晶構造となり易く、−100〜−140Vでは立方晶の結晶構造になり易い。一方、アークイオンプレーティング法を採用する場合の結晶構造の制御では、−20〜−60Vで六方晶の結晶構造となり易く、−80〜−200Vで立方晶の結晶構造となり易い。
【実施例1】
【0027】
<特性評価用試料の作製>
機械的特性評価用として、JISに規定される高速度鋼SKH51を用意し、これを真空中1180℃の加熱保持から窒素ガス冷却により焼入れ後、580℃での焼戻しにより64HRCに調質したものを用いた。基材の寸法は、厚さ5mm、直径20mmの円筒状を用いた。
上記の円筒状基材の表面を、♯1000、♯1500の研磨紙により磨いた後、電解研磨を行い、最後にエアロラップ処理(株式会社ヤマシタワークス製エアロラップ装置(AERO LAP YT‐300)使用)により平滑化して、表面粗さをRaで0.02μm、Rzで0.2μmに整えた。そして、炭化水素系の溶剤中で超音波洗浄して脱脂した。
【0028】
成膜手段にはスパッタリング法を採用し、中間皮膜と硬質皮膜を同一チャンバー内で連続して成膜できる、スパッタ蒸発源を4機(蒸発源番号1〜4)搭載した装置を使用した。そのうち、2機に硬質皮膜用の硼化物ターゲット、2機に中間皮膜用の合金ターゲットを設置した。
【0029】
ターゲットについて説明する。
硬質皮膜の成膜には、硼化物ターゲット、中間皮膜の成膜には、合金ターゲットを使用した。各ターゲットのサイズは500mm×88mm、厚みを10mmとした。表1に使用したターゲットを示す。
【0030】
【表1】

【0031】
成膜プロセスについて説明する。
成膜工程では、基材にバイアス電圧を接続して、独立して基材に負圧のバイアス電圧を印加する。また、基材は、毎分2回転で自転し、かつ、固定冶具とサンプルホルダーを介して公転する。基材とターゲット表面間の距離は50mmとした。導入ガスは、N、Ar、Krを用い、ガス供給ポートから導入した。
【0032】
まず、成膜装置内のヒーターにより基材温度が500℃になった状態で90分間の加熱を行い、真空容器(チャンバー)内の圧力が4×10−3Paに達した後、Arガスを真空容器内に導入し、炉内の圧力を0.2Paとした。そして、基材に−200Vの直流バイアス電圧を印加した。Arイオンによる基材のクリーニングを10分間実施した。
【0033】
容器内の圧力を1×10−3Paに真空排気して、基材の温度を450℃の一定とし、一定流量のArガス500mlのもとで、容器内の圧力が600mPaになるようにNガスを導入した。そして、バイアス電圧を−120V、アノード電圧を−110Vに設定して、中間皮膜を成膜した。
【0034】
試料番号1〜17では、中間皮膜が傾斜構造層となるように成膜条件を調整した。まず、蒸発源番号1に6kWの平均電力を印加して、5000秒間(略0.5μm)成膜を行なった。その後、蒸発源番号2に2kWの平均電力を印加すると同時に、蒸発源番号2の平均電力を0.5W/秒の比率で6kWまで上昇させ、蒸発源番号1の平均電力を6kWから2kWへ、0.5W/秒の比率で減少させ、傾斜構造層の工程を略7500秒間実施して略1μmの傾斜皮膜を成膜した。その後、蒸発源番号1の電力供給を停止させ、蒸発源番号2を5000秒間(略0.5μm)成膜した。
【0035】
試料番号18は、蒸発源番号1、2に同一組成のターゲットを設置して、略2μmの単一構造からなる中間皮膜を成膜した。
試料番号19は、以下の手順で上記の傾斜構造層のない試料とした。すなわち、蒸発源番号1による成膜を10000秒(略1μm)実施後、蒸発源番号1への電力供給を停止して、蒸発源番号2による成膜を10000秒(略1μm)行い、中間皮膜を成膜した。
【0036】
その後、容器内の圧力を1×10−3Paに真空排気して、基材の温度を450℃の一定とし、一定流量のArガス500mlのもとで、容器内の圧力が580mPaになるようにKrガスを導入した。そして、バイアス電圧を−120V、アノード電圧を−110Vに設定し、硬質皮膜の成膜を行った。
【0037】
硬質皮膜の被覆には、蒸発源番号3、4に、それぞれ3kWの電力を印加し、略2μmの硼化物皮膜の成膜を行なった。試料番号20は、中間皮膜を成膜せずに基材直上に硬質皮膜を成膜した。
各被覆試料は200℃以下に冷却後、容器内から取り出し皮膜特性を評価した。
【0038】
<皮膜組成>
皮膜組成を、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA;日本電子株式会社製JXA−8900R)を用いて分析した。分析は、皮膜の最表面に対し試験片を5度傾けた皮膜断面を鏡面研磨後実施した。そして分析値は、加速電圧15kV、試料電流0.2μA、計数時間10秒とした測定を5回実施し、その平均値とした。表2に、皮膜組成の分析結果を示す。各皮膜の組成は合金ターゲットと略同一の組成であった。
【0039】
【表2】

【0040】
<結晶構造の同定>
中間皮膜および硬質皮膜の結晶構造は、X線回折で評価した。使用した設備は、株式会社リガク製X線回折装置を用い、管電圧120kV、管電流40μA、X線源CuKα、X線入射角5度、X線入射スリット0.4mm、2θを20〜90度の条件で測定した。測定結果を表3に示す。
【0041】
<硬質皮膜の硬度測定>
株式会社エリオニクス製のナノインデンテーション装置を用い、硬質皮膜の硬度を測定した。皮膜の硬度を測定するために、試験片を5度傾けて、鏡面研磨後、皮膜の研磨面内で最大押し込み深さが層厚の略1/10未満となる領域を選定した。このとき略1/5程度でも基材の影響はなかった。押込み荷重49mN、最大荷重保持時間1秒、荷重負荷後の除去速度0.49mN/秒の測定条件で10点測定し、その平均値を求めた。本測定方法における皮膜硬度は、圧子の微細形状、測定時の温度、湿度、試料の表面状態に左右され易く、得られる数値は必ずしもビッカース硬さと一致しない。そのため、標準試料である単結晶Siを測定した。そのときの単結晶Siの皮膜硬さは12GPaであり、本測定結果をもとに相対比較することができる。測定結果を表3に示す。
【0042】
〈結晶粒径の測定〉
硬質皮膜および中間皮膜の硬質皮膜側において、電界放射型走査電子顕微鏡を用いた断面組織観察を行い、複数視野の観察による粒子の長径から結晶粒径を求めた。使用した設備は、日本電子株式会社製JEM−2010F型電界放射型透過電子顕微鏡を用い、加速電圧を200kVとした。測定結果を表3に示す。
【0043】
〈切削試験〉
切削工具による耐久性評価用として、超微粒子超硬合金製(WC−Co−VC−Cr、WC平均粒径:0.4μm、Co含有量:6質量%、VC含有量:0.2質量%、Cr含有量0.6質量%)の2枚刃、半径0.5mmのボールエンドミルの基材を用いて、上記と同じ条件で成膜して試料番号1〜20の被覆工具を作製した。
【0044】
また、市場で一般的に使用されているTiAlN膜の単一膜を以下の手順で作製し、硼化物皮膜との特性を比較した。
TiAlNの被覆には、成膜装置にアークイオンプレーティング装置(神戸製鋼所製:AIP−S40)を用いた。まず、基材温度を500℃に設定して、成膜装置内のヒーターによりで60分間の加熱を行い、真空容器(チャンバー)内の圧力が4×10−3Paに達した後、Arガスを真空容器内に導入し、炉内の圧力を2Paとした。そして、基材に−200Vの直流バイアス電圧を印加し、Arイオンによる基材のクリーニングを10分間実施した。その後、容器内の圧力を1×10−3Paに真空排気して、基材の温度を500℃の一定とし、容器内の圧力が2PaになるようにNガスを導入した。そして、バイアス電圧を−40Vに設定し、アーク蒸発源に150Aの電力を供給して、略4μmのTiAlN単一膜を成膜し、試料番号21とした。
【0045】
試料番号1〜21の被覆ボールエンドミルは、以下の評価条件で耐久性を評価した。評価結果を表3に示す。
[切削条件]
被削材:マルテンサイト系ステンレス鋼(HRC52)
工具回転数:150,000回転/分
テーブル送り量:4500m/分
切り込み深さ:軸方向0.05mm、ピックフィード0.2mm
加工方法:90度勾配面加工(最大軸方向切り込み深さ:0.25mm)
クーラント:乾式
寿命判定:最大摩耗幅が0.1mmに達するまでの切削長、10m未満切り捨て
【0046】
【表3】

【0047】
本発明例である試料番号1〜6、8〜16、19の硬質皮膜は、六方晶の(001)面に対応する回折ピークが最も強い強度を示し、皮膜硬度も40GPa以上と高硬度であった。そして、中間皮膜の基材側では立方晶の結晶構造、硬質皮膜側では六方晶の結晶構造であった。そのため、皮膜密着性にも優れ、高い耐摩耗性を示し工具寿命が長くなった。
本発明例の中でも、試料番号2、19の比較から、中間皮膜が組成傾斜層を有している方がより長い工具寿命となった。
また、本発明例の中でも、硬質皮膜と中間皮膜の硬質皮膜側の結晶粒径が微粒である程、より長い工具寿命となる傾向であった。
比較例である試料番号7の硬質皮膜は非晶質であり、六方晶の結晶構造である本発明例の硬質皮膜に比べて硬度が低く、工具寿命が短くなった。
比較例である試料番号17は、中間皮膜の硬質皮膜側が非晶質であり、硬質皮膜との密着性が低く、工具寿命が短くなった。
従来例である試料番号18は、中間皮膜全体が立方晶の結晶構造で単一構造となったため、硬質皮膜と中間皮膜の密着性が低く、皮膜剥離が発生して工具寿命が短くなった。
従来例である試料番号20は、中間皮膜を設けておらず、基材と硬質皮膜の密着性が極めて低く、皮膜剥離が早期に発生して工具寿命が極めて短くなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具の基材表面に中間皮膜を介して硬質皮膜を被覆した被覆工具であって、前記硬質皮膜は、Al、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の元素の硼化物であって、六方晶の結晶構造であり、前記中間皮膜は、AlxMyからなる窒化物又は炭窒化物(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)であり、前記基材側が立方晶の結晶構造、前記硬質皮膜側が六方晶の結晶構造であること特徴とする耐摩耗性に優れる被覆工具。
【請求項2】
硬質皮膜は、Tiの硼化物であることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗性に優れる被覆工具。
【請求項3】
中間皮膜は、基材側から硬質皮膜側に向けてAlの含有量が増加することを特徴とする請求項1ないし2に記載の耐摩耗性に優れる被覆工具。
【請求項4】
中間皮膜は、Si、Y、Bから選択される1種以上を原子比で20%以下含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の耐摩耗性に優れる被覆工具。
【請求項5】
中間皮膜は、少なくともSiを含み、基材側から硬質皮膜側に向けてSiの含有量が増加することを特徴とする請求項4に記載の耐摩耗性に優れる被覆工具。
【請求項6】
物理蒸着法により工具の基材表面に中間皮膜を介して硬質皮膜を被覆する被覆工具の製造方法であって、前記中間皮膜の被覆では、AlxMyからなる(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)組成の異なる複数個のターゲットを用い、
AlxMyからなる窒化物又は炭窒化物(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)で、前記基材側が立方晶の結晶構造、前記硬質皮膜側が六方晶の結晶構造となるよう形成し、前記硬質皮膜の被覆では、Al、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の元素の硼化物ターゲットを用い、前記硼化物ターゲットに印加する平均電力を2kW以上でスパッタすることを特徴とする耐摩耗性に優れる被覆工具の製造方法。
【請求項7】
硬質皮膜の被覆では、Tiの硼化物ターゲットを用いることを特徴とする請求項6に記載の耐摩耗性に優れる被覆工具の製造方法。
【請求項8】
中間皮膜の被覆では、複数個のターゲットのうち、Alの含有量が多い組成のターゲットに印加する電力を増加させていくことで、基材側から硬質皮膜側に向けてAlの含有量が増加するように被覆することを特徴とする請求項6ないし7に記載の耐摩耗性に優れる被覆工具の製造方法。
【請求項9】
中間皮膜の被覆では、AlxMy(但し、x、yは原子比を示し、x+y=100、かつ、40≦x≦95、かつ、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)の関係を満たし、さらにSi、Y、Bから選択される1種以上を原子比で20%以下含んだターゲットを1個以上用いることを特徴とする請求項6ないし8のいずれかに記載の耐摩耗性に優れる被覆工具の製造方法。
【請求項10】
中間皮膜の被覆では、少なくともSiを含有したターゲットを1個以上用い、前記Siを含有したターゲットに印加する電力を増加させていくことで、基材側から硬質皮膜側に向けてSiの含有量が増加するように被覆することを特徴とする請求項9に記載の耐摩耗性に優れる被覆工具の製造方法。

【公開番号】特開2012−228735(P2012−228735A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−96958(P2011−96958)
【出願日】平成23年4月25日(2011.4.25)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】