説明

耐摩耗性部材および動力伝達部品

【課題】 耐摩耗性や疲労特性、耐食性の優れたNi−Pめっきを施した耐摩耗性部材、およびプーリなどの軽量合金製動力伝達部品を提供する。
【解決手段】 Ni−Pめっき皮膜を設けた部材であって、前記Ni−P無電解めっき皮膜が、NH4 基:0.1〜1%を含むNi合金からなるとともに、結晶子平均サイズが微細である結晶性めっき皮膜とし、めっきままの硬度が500Hv以上、靱性が50kN以上、めっき引張応力が5kgf/mm2 以下である、耐摩耗性や疲労特性、耐食性の優れたNi−P無電解めっき皮膜とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に硬質めっき皮膜を有する耐摩耗性部材および、この部材を用いた動力伝達部品に関し、特に自動車などの輸送機用のプーリとして使用されて好適な、耐摩耗性部材および動力伝達部品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭酸ガスの排出低減などの地球環境保全の立場、あるいは機械自体の高性能化や省エネルギー化を推進するため、自動車やオートバイなどを代表とする、航空機、鉄道車両などの輸送機、あるいはロボットなどの産業機械では、構成部品の軽量化が求められている。そして、この軽量化対策の一環として、構成部品に用いられる部品の、鋼からアルミニウムまたはアルミニウム合金(以下、単にアルミニウム合金、またはAl合金とも言う)、純チタンまたはチタン合金(以下、単にチタン合金、またはTi合金とも言う)などの軽量材料への転換が進んでいる。特に、構成部品の内でも、動力伝達部品を軽量材料とすれば、動力伝達部品自体の軽量化だけではなく、動力伝達部品の駆動装置の小型化なども図ることができるので、軽量化の効果が大きい。
【0003】
動力伝達部品としては、歯車、ラック、プーリ (ベルト車或いは滑車) などが例示される。そのうち、代表的なプーリを例にして説明すると、プーリは、上記輸送機のみならず、自転車、産業機械、家電製品に、カムタイミングプーリやリアプーリとして種々汎用されている。このプーリの形状には、用途により種々の種類があるが、自動車用カムタイミングプーリは、後述する特許文献5などにも示されている通り、基本的に、駆動軸が嵌合される孔を有する円筒状の固定部と、該固定部の外周に配設された円盤状のアーム部と、該アーム部の外周に配設された円筒状の動力伝達部とから構成される。なお、このような基本的な構成は、形状や大きさは種々違っても、他のプーリにおいても基本的に同じである。
【0004】
このような構成からなるプーリには、特に輸送機用においては、比較的大きなトルクがかかるため、特に、高い疲労寿命および耐磨耗性が要求される。このため、プーリを鋼製のものからAl合金やTi合金製のものへ転換すると、プーリの疲労寿命および耐磨耗性が、鋼製のプーリに比して著しく劣るという問題がある。特に、前記アーム部と動力伝達部とを有するようなプーリにおいては、大きなトルクがかかった場合、比較的薄肉のアーム部が最も疲労破壊しやすく、また、ベルト等と当接する動力伝達部が最も磨耗しやすい。
【0005】
この内、Al合金またはTi合金製プーリの、特に耐磨耗性の向上を図るためには、鋼に比して著しく軟質なAl合金またはTi合金素材側の改良には限界があるため、どうしてもAl合金またはTi合金製プーリの表面に硬質な皮膜を設ける必要がある。
【0006】
この必要性から、従来より、動力伝達部品用Al合金またはTi合金材に対しては、Crめっき、硬質陽極酸化皮膜などの硬質表面皮膜に比して、耐摩耗性や耐久性、靱性、耐食性などの総合的に優れた、Ni−P無電解めっき皮膜が用いられている。
【0007】
例えば、特許文献1には、表面をRa0.5μm以上でPPI50 が130以上に粗面化したチタン合金またはアルミニウム合金の表面に、直接硬度HV500以上のNi−Pメッキ層を100μm以上被覆した転動疲労寿命に優れた機械構造用複合材が開示されている。
【0008】
特許文献2には、表面をRa0.5μm以上でPPI50 が130以上に粗面化したチタン合金またはアルミニウム合金の表面に、P含有量4重量%以上で、メッキの結晶面方位〈111〉をメインとする内層と、P含有量4重量%未満で、メッキ硬さHV500以上の外層の少なくとも二層のNi−Pメッキ層を被覆した転動疲労寿命に優れた機械構造用複合材が開示されている。
【0009】
特許文献3には、表面をRa0.5μm以上でPPI50 が130以上に粗面化したチタン合金またはアルミニウム合金の表面に、直接Ni- Pメッキ層を100μm以上被覆したのち、室温〜200℃または450〜600℃の熱処理を施した転動疲労寿命に優れた機械構造用複合材の製造方法が開示されている。
【0010】
また、特許文献4には、硬質Ni-Pめっき皮膜を設けたTi合金などの金属基材製動力伝達部品において、外部からの応力や衝撃によるめっき皮膜の破壊や、長期間の使用によるめっき皮膜自体の疲労破壊や剥離を防止する技術が開示されている。より具体的には、金属基材の表面に、硬質電気Ni-Pめっき皮膜を設けた後に熱処理を行って、めっき皮膜の高硬度化と高密着化を図り、その後更に、めっき皮膜に微粒子を吹き当てるショットピーニングやドライホーニングを行って、めっき皮膜に残留圧縮応力を付与し、前記熱処理によるNi-Pめっき皮膜の靱性低下を回復して、めっき皮膜の硬さと靱性をバランスよく向上させる技術が開示されている。
【0011】
これらのNi-Pめっき皮膜技術では、耐磨耗性、密着性、転動疲労寿命の向上は図れる。しかし、前記したアーム部と動力伝達部を有する構成のAl合金またはTi合金製プーリ(以下、単にAl合金またはTi合金製プーリと言う)としての使用を考慮した場合、Al合金またはTi合金製プーリの、特に比較的大きなトルクがかかるアーム部のNi-Pめっき皮膜の疲労破壊に対する疲労寿命が低下しやすい。
【0012】
即ち、前記アーム部と動力伝達部を有するAl合金またはTi合金製プーリにおいては、繰り返して曲げ応力がかかるアーム部に対しては、特に疲労破壊に対する疲労寿命の向上が必要であり、動力伝達部に対しては特に耐磨耗性の向上が必要であり、プーリの部位で異なる特性が要求されている。
【0013】
このため、Al合金またはTi合金製プーリのNi-Pめっき皮膜にも、単に耐磨耗性の向上だけではなく、上記異なる要求特性を両者満足する必要がある。しかも、動力伝達部の耐磨耗性の向上に対して有効なめっき皮膜が、逆に、アーム部などの疲労寿命が特に要求される部分の、疲労寿命を低下させる場合もある。即ち、Al合金またはTi合金製プーリなどのAl合金またはTi合金製動力伝達部品の分野においては、疲労寿命と耐磨耗性の要求特性が各々異なる部分が存在するため、動力伝達部の耐磨耗性の向上と、アーム部の疲労寿命の向上とが、互いに相矛盾する技術課題になっているという特異な状況が存在する。
【0014】
この課題に対して、特許文献5では、疲労寿命と耐磨耗性の相矛盾する要求特性を両方兼備した、疲労寿命および耐磨耗性に優れたNi-Pめっきなどを施した、Al合金製動力伝達部品が提案されている。即ち、このようなAl合金製動力伝達部品において、特許文献5では、硬度(Hv)が250 以上のめっき皮膜を表面に設けるとともに、特に疲労寿命が要求される部分のめっき皮膜表面の残留応力が、めっき皮膜硬度(Hv)との関係で、めっき皮膜硬度(Hv)≧8 ×めっき皮膜表面の残留応力(kgf/mm2)+330 、および、めっき皮膜硬度(Hv)≧100×めっき皮膜表面の残留応力 (kgf/mm2)−500 を満足するようにする。
【特許文献1】特許第2777460号 (特許請求の範囲)
【特許文献2】特許第2777468号 (特許請求の範囲)
【特許文献3】特許第2888953号 (特許請求の範囲)
【特許文献4】特開平8−39432号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献5】特開平11−210865号公報 (特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかし、この特許文献5では、Ni-Pめっきを、実質的に(実施例において)電気めっきにより製作している。これは、前記特許文献1〜4でも同様である。このため、これら電気めっきによる従来例では、Al合金製プーリのNi-Pめっき皮膜の結晶子サイズが数十nm程度と大きくなり、また、Ni-Pめっき皮膜の配向度も強くなる。
【0016】
このため、動力伝達部品などに適用された場合、Ni-Pめっき皮膜が一方向などに割れやすくなる。したがって、特に、重要保安部品であるAl合金またはTi合金製プーリでは、Al合金またはTi合金製動力伝達部品の信頼性を低下させ、適用できない問題がある。
【0017】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、その目的は、疲労寿命および耐磨耗性、密着性などの特性を保障しうる、信頼性の高いNi−Pめっきを施した、耐摩耗性アルミニウム合金またはチタン合金材、およびプーリなどのアルミニウム合金またはチタン合金製動力伝達部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
この目的を達成するために、本発明耐摩耗性部材の要旨は、Ni−Pめっき皮膜を設けた部材であって、前記Ni−Pめっき皮膜が、質量%で、Ni:85%以上、P:1〜5%、NH4 基:0.1〜1%を含むNi合金からなるとともに、X線回折法によるNi−Pめっき皮膜組織解析における皮膜の結晶子平均サイズが1〜5nmである結晶性めっき皮膜からなり、かつ、Ni−Pめっき皮膜のめっきままでの硬度が500Hv以上であることとする。
【0019】
また、本発明動力伝達部品の要旨は、動力伝達部品の構成として、上記要旨または下記好ましい態様の耐摩耗性部材を用いることである。
【発明の効果】
【0020】
本発明では、上記要旨のように、疲労寿命および耐磨耗性、密着性などの特性を保障するために、Ni−Pめっき皮膜の結晶子平均サイズを小さくする。このために、Ni−Pめっき皮膜中にNH4 基を含むものとする。
【0021】
これによって、Ni−Pめっき皮膜のめっきままでの硬度が500Hv以上に上昇し、靱性も高くなって割れにくくなる。また、Ni−Pめっき皮膜の潤滑性も向上する。
【0022】
また、本発明では、Ni−Pめっき皮膜の配向度を、X線回折法による皮膜組織解析における、Ni(111)とNi(200)との測定ピーク強度比Ni(111)/Ni(200)を0.3〜0.5とすることによって、低減することが好ましい。このようなNi−Pめっき皮膜のNi−Pめっき皮膜の配向度低減によって、靱性が50kN以上に高くなる一方、めっき引張応力が5kgf/mm2 以下となって、前記高硬度でも割れにくくなる。また、ピンホールが減少し、耐食性も増す。
【0023】
これらの効果を更に向上させるためには、前記部材とNi−Pめっき皮膜との界面に、CuとZnとの含有量の比Cu/Znが2〜10であるCu−Zn化合物層を、平均膜厚が50〜500nmの範囲で形成することが好ましい。また、上記したCu−Zn化合物層とせずとも、Ni−Pめっき皮膜側にZn層、基材側にCu層という具合に、CuとZnとを別々の層として、積層しても、Cu−Zn化合物層と同様の効果が得られる。
【0024】
また、Cu−Zn化合物層を設ける場合には、前記Cu−Zn化合物層におけるCuとZnとの合計含有量と被覆層中の酸素との比(Cu+Zn)/Oが0.3〜1.0であることが好ましい。
【0025】
Ni−Pめっき皮膜の密着性を向上させるためには、前記Cu−Zn化合物層とNi−P無電解めっき皮膜とを設けた上で、これら皮膜、あるいは皮膜を設けた部材が、50〜350℃の温度で熱処理されていることが好ましい。
【0026】
耐摩耗性を更に向上させるためには、前記Ni−Pめっき皮膜の上層として、更に、平均膜厚が0.1〜5μmで、硬度が900Hv以上の、硬質Crめっきが施されていることが好ましい。
【0027】
そして、これらのめっき皮膜を確実に得るためには、前記Ni−Pめっき皮膜が無電解めっきであることが好ましい。無電解めっきは、電気めっきよりは、膜厚(膜厚分布)の均一性に優れる。
【0028】
以上の効果を有する本発明は、疲労寿命および耐磨耗性、密着性などの特性を保障しうる、Ni−Pめっきを施した耐摩耗性部材、およびプーリなどのアルミニウム合金またはチタン合金製動力伝達部品を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
(Ni−Pめっき皮膜組成)
先ず、本発明におけるNi−Pめっき皮膜組成について説明する。本発明では、Ni−Pめっき皮膜は、基本的に、質量%で、Ni:85%以上、P:1〜5%、NH4 基:0.1〜1%を含むNi合金からなるめっき皮膜組成とする。
【0030】
NiとPとは、硬質皮膜における耐磨耗性および疲労寿命特性を基本的に保障するものであり、このために、Niは85%以上、Pは1%以上含有させる。NiとPとの含有量が下限値未満では、上記基本特性が低下する。
【0031】
一方、Niを98.9%を超えて含有させると、他のPやNH4 基の含有量が不足して、上記基本特性が低下する。したがって、Niは85%以上、好ましくは98.9%以下とする。
【0032】
また、Pを5%を超えて含有させると、めっきままでの硬度が不足する。このため、硬度を500Hv以上とするための熱処理が更に必要となる。更に、めっき皮膜の靱性も低下して、割れやすくなる。したがって、Pは1〜5%の範囲とする。
【0033】
NH4 基は、Ni−Pめっき浴からの、めっき皮膜成膜時に、めっき皮膜中に含有させるものであり、めっき皮膜の結晶粒を、X線回折測定法による結晶子平均サイズで5nm以下に微細化させると推考される。これによって、皮膜における耐磨耗性および疲労寿命、めっき密着性などの基本特性を保障する。
【0034】
これらの効果を発揮させるためには、めっき浴成分の調整によって、NH4 基は0.1%以上含有させる。NH4 基含有量が0.1%未満では、これらの効果が発揮されず、結晶子平均サイズを微細化できない。また、NH4 基を含まないめっき浴組成では、めっき皮膜の配向性も強くなって、Ni−Pめっき皮膜の配向度を、X線回折法による皮膜組織解析における、Ni(111)とNi(200)との測定ピーク強度比Ni(111)/Ni(200)を0.3〜0.5とすることができなくなる。一方、NH4 基含有量が1%を超えてもこの効果は飽和し、却って上記基本特性が低下する。したがって、NH4 基は0.1〜1%の範囲で含有させる。
【0035】
その他、本発明めっき皮膜では、CoやSの含有を許容する。Coは0.05%以上、Sは0.01%以上の含有で、硬度向上の効果がある。但し、多過ぎるとめっき皮膜の上記基本特性を低下させる恐れがあるので、Coについては、Ni、P、NH4 基などの含有量を保証できる1%以下とし、Sについては、靱性低下の観点から3%以下とする。
【0036】
また、この他、C、B、W、Moなどの金属元素も、硬度向上の効果があり、Ni、P、NH4 基などの含有量を保証できる量までの含有を許容する。一方、Fe、Cu、Znは、めっき皮膜の上記基本特性を低下させる恐れがあるので、、上記特性を阻害しない範囲での含有は許容する。
【0037】
(Ni−Pめっき皮膜組織)
本発明では、特徴的には、Ni−Pめっき皮膜の、X線回折法による皮膜組織解析において、皮膜の結晶子平均サイズを1〜5nmに微細化させる。また、好ましくは、X線回折法による皮膜組織解析において、Ni(111)とNi(200)との測定ピーク強度比Ni(111)/Ni(200)が0.3〜0.5である配向の弱い乃至無いめっき皮膜とする。
【0038】
上記皮膜の結晶子平均サイズの微細化によって、硬質皮膜における耐磨耗性および疲労寿命、めっき密着性などの基本特性を保障する。
【0039】
これに対して、例えば、前記した特許文献3では、アルミニウム合金またはチタン合金へのNi−Pメッキ密着性を向上させるために、被メッキ材表面の結晶面方位とメッキの結晶面方位との整合性を極力保つべく、結晶面方位〈111 〉の積分強度を次式で90%以下となるように、積極的に配向させている。〔〈111 〉/(〈111 〉+〈200 〉+〈220 〉+〈311 〉+〈222 〉)〕×100 ≦90。
【0040】
しかし、このように、めっきの結晶面方位を配向させた場合、上記基本特性が低下しやすい。また、めっきの結晶面方位を敢えて配向させずとも、めっき皮膜とアルミニウム合金またはチタン合金基材との密着性は、本発明の後述する界面層(中間層)によって、より向上できる。
【0041】
本発明では、好ましくは、めっき皮膜の結晶の配向性を、めっき皮膜の主結晶面方位であるNi(111)とNi(200)とのX線回折法(XRD)による測定ピーク強度比によって規定し、この測定ピーク強度比で0.3〜0.5の範囲にあることとする。このように、めっき皮膜の結晶の配向性を弱くすることによって、靱性が50kN以上に高くなる一方、めっき引張応力が5kgf/mm2 以下となって、前記高硬度でも割れにくくなる。また、ピンホールが減少し、耐食性も増す。
【0042】
この測定ピーク強度比が0.3未満の場合はNi(200)の結晶面方位の配向性が強くなり、一方、0.5を超えた場合も、前記従来技術と同様に、Ni(111)の結晶面方位の配向性が強くなり、靱性が低下したり、めっき引張応力が上昇して、上記基本特性が低下する可能性がある。
【0043】
(Ni−Pめっき皮膜膜厚)
以上の組成からなるNi−Pめっき皮膜の平均膜厚は、好ましくは1〜100μmの範囲から選択される。Ni−Pめっき皮膜の平均膜厚が1μm未満では、耐磨耗性および疲労寿命特性などのめっき皮膜の基本特性を保障できない可能性がある。一方、Ni−Pめっき皮膜の平均膜厚が100μmを超えると、逆に、密着性を含めためっき皮膜の基本特性が低下する可能性がある。
【0044】
なお、本発明によれば、Ni−Pめっき皮膜の平均膜厚は上記範囲から選択されるものの、選択(制作)した平均膜厚の部品表面における分布(ばらつき)は、最大の膜厚と最小の膜厚との差が少ない方が好ましい。
【0045】
(Cu−Zn化合物層)
更に、本発明では、Ni−Pめっき皮膜とアルミニウム合金またはチタン合金材との界面層(中間層、Ni−Pめっき皮膜の下地層)として、Cu−Zn化合物層を設けることが好ましい。このCu−Zn化合物層は、Cuを核としてNiめっきが析出するため、Ni−Pめっき皮膜の前記結晶子サイズを微細化する作用を有する。また、Ni−Pめっき皮膜中で、Zn部は溶解するが、Cu部は残存するため、微細なCu面が露出する。NiめっきはこのCu面に密着性良く成膜しやすいため、Ni−Pめっき皮膜とアルミニウム合金またはチタン合金材との密着性を向上させる。
【0046】
更に、Cu−Znは、Al(Al合金材)やTi(Ti合金材)よりも不活性なため、Al合金材またはTi合金材のNiめっき前にCu−Zn化合物層が表面にあると、Al合金材またはTi合金材表面にNiめっき生成を妨害する生成物ができにくい。また、上記Zn部の溶解は、ミクロエッチングを兼ねるため、これによるアンカー効果が発揮されると推考される。これらの作用によって、Cu−Zn化合物層は、Ni−Pめっき皮膜とアルミニウム合金材またはチタン合金材との密着性を向上させる。
【0047】
また、CuはNiより貴で、ZnはNiより卑な金属であるため、Cu−Zn化合物層によって、Ni−Pめっき皮膜とアルミニウム合金材との電位差を±0.2V以内に抑制し、この電位差による腐食を抑制して、めっき皮膜の耐食性を向上させる効果も果たす。Al合金製プーリなどを含め、本発明用途では、塩水環境下など、より厳しい腐食性雰囲気下で使用される場合もあり、このような場合に特に耐食性向上効果を発揮する。
【0048】
標準電極電位において、Ni+2は−0.25、Zn+2は−0.762、Cu+2は0.337Vの電位を有する。Ni−Pめっき皮膜とアルミニウム合金材との電位差が+0.2Vを超えた場合、Ni−Pめっき皮膜の膜厚が薄い場合には、皮膜中のクラック、ピンホールを通して、酸素、水分が拡散し、下地とのガルバニック腐食により、皮膜が溶出し、皮膜の膜厚が減少する可能性がある。
【0049】
また、Ni−Pめっき皮膜とアルミニウム合金材との電位差が−0.2Vを超えた場合、Ni−Pめっき皮膜の膜厚が薄い場合には、同じく下地とのガルバニック腐食により、Cu−Zn化合物層が溶出し、皮膜が浮いて、剥離しやすくなる可能性がある。
【0050】
但し、本発明では、Ni−Pめっき皮膜の結晶子平均サイズの微細化によって、皮膜中のクラック、ピンホールは元々少なくなっている。このため、Ni−Pめっき皮膜の耐食性は、従来の結晶子平均サイズが比較的大きなNi−Pめっき皮膜に比して、格段に向上している。したがって、上記電位差による耐食性制御は、より厳しい腐食性雰囲気下における用途での耐食性向上効果を意図したものである。
【0051】
これらの効果を発揮させるために、Cu−Zn化合物層は、Cu含有量とZn含有量との比、Cu/Znが2〜10の範囲、CuとZnとの合計含有量と被覆層中の酸素との比、(Cu+Zn)/Oが0.3〜1.0の範囲、平均膜厚が50〜500nmの範囲と各々することが好ましい。Cu−Zn化合物層がこれの範囲を上下限に外れた場合、特により厳しい腐食性雰囲気下では、いずれも上記効果が低下する可能性がある。また、後述するNi−Cu拡散層もできにくくなる。更に、Cu−Zn化合物層とせずとも、Ni−Pめっき皮膜側にZn層、基材側にCu層という具合に、CuとZnとを別々の層として、積層しても、Cu−Zn化合物層と同様の効果が得られる。
【0052】
なお、Cu−Zn化合物層は界面層であるため、前記Cu/Zn、(Cu+Zn)/Oは、Cuの深さ(厚み)方向の濃度分布がピークとなる深さでの、Cu、Zn、Oの各量から算出する。また、Cu−Zn化合物層の厚みは500倍のSEM(走査型電子顕微鏡)にて断面を観察して平均膜厚を求めるか、または、Cuの深さ(厚み)方向の濃度分布のピークトップとベースとの中間濃度を示す2点間の平均距離とする。
【0053】
(硬質Crめっき)
本発明では、用途からくるより高硬度化の要求に応じて、必要により、前記Ni−Pめっき皮膜の上層として、更に、平均膜厚が0.1〜5μmで、硬度が900Hv以上の、硬質Crめっきを施しても良い。硬質Crめっきは、他部材の接触時に、初期当たり(衝撃)を緩和する役割を果たす。但し、高荷重では、特にチッピング(割れによる摩耗)が生じやすく、Ni−Pめっき皮膜の潤滑性を低下させる。このため、硬質Crめっきを設ける場合には、初期の摩耗で硬質Crめっき皮膜が無くなり、部材のなじみが出てからは、硬質Crめっき皮膜が無い状態で使用されるように、皮膜厚みを調整することが好ましい。
【0054】
以上のように形成したNi−Pめっき皮膜は、硬度が500Hv以上、より好ましくは、靱性が50kN以上、めっき引張応力が5kgf/mm2 以下の基本特性を有する。硬度が500Hv未満では耐磨耗性が不足する。靱性が50kN未満では疲労寿命などの耐久性が不足する可能性がある。めっき引張応力が5kgf/mm2 未満では残留応力が高過ぎ、密着性が低下するとともに割れやすくなり、耐久性が不足する可能性がある。
【0055】
また、以上のように形成した、下地:Cu−Zn化合物層、上層:Ni−Pめっき皮膜からなる皮膜、特に無電解めっき皮膜は、最大の膜厚と最小の膜厚との差が、最も良い状態では、例えば0.5μm以内の範囲に均一化され、膜厚分布が均一で、めっき皮膜も均一化される。この結果、疲労寿命および耐磨耗性、密着性などの特性を部品のどの部位においても保障しうる利点もある。
【0056】
(皮膜形成方法)
以上説明した本発明皮膜の形成方法につき、以下に、具体的に説明する。
本発明皮膜の形成方法は、必要により粗面化処理されたアルミニウム合金基材またはチタン合金基材を、先ず、市販アルカリ脱脂剤にて脱脂を行う。その後、アルミニウム合金基材では硝酸洗浄(例えば、5%水溶液、常温、60秒洗浄)、水洗など、チタン合金基材では酸洗(例えば、3:1程度の硝弗酸で常温で約10分洗浄するか、10g/l程度の濃度の塩酸で常温で約10分洗浄する)、活性化処理(10g/l程度の濃度の硫酸で常温で約2分洗浄する)、水洗などの適当な前処理を必要により行なう。なお、本発明の皮膜形成方法では、以下に説明する各めっき工程間に、水洗などの適当な中間処理あるいは前処理を必要により適宜加えることを含む。
【0057】
(Cu−Zn化合物層形成方法)
アルミニウム合金基材の場合、この前処理後に、Cu−Zn化合物層を、公知の亜鉛置換めっき法により選択的に設ける。この場合の亜鉛置換めっきは、例えば上記硝酸洗浄(例えば、5%水溶液、常温、60秒洗浄)および水洗などを間に挟んで、2回行なう。1回目の亜鉛置換めっきは、1%Ni、24%Cu、75%Znを含むめっき浴で、常温で60秒程度浸漬して行なう。2回目の亜鉛置換めっきは、1%Ni、14%Cu、85%Znを含むめっき浴で、常温で30秒程度浸漬して行なう。この亜鉛置換めっき処理の回数や金属イオン濃度、あるいは浸漬時間を調整して、上記Cu−Znの組成、Cu/Zn、(Cu+Zn)/Oなどや、膜厚を制御する。
【0058】
また、アルミニウム合金基材またはチタン合金基材に処理する別な方法として、30g/lシアン化銅+10g/lシアン化亜鉛+50g/lシアン化ナトリウム+30g/l炭酸ナトリウム+2ml/lアンモニアを各々含むめっき浴で、浴温40℃程度、1A/dm2 程度通電して、所定時間の電気めっきを行なってCu−Zn化合物層を得ることも可能である。この電気めっき処理の回数や、金属イオン濃度、あるいは通電時間や通電量を調整して、上記Cu−Zn化合物の組成、Cu/Znなどや、膜厚を制御する。ただし、本方法では、皮膜中にOが含まれないため、結晶子サイズ、配向度が高くなる傾向にある。
【0059】
なお、Ni−Pめっき皮膜側にZn層、アルミニウム合金基材またはチタン合金基材側にCu層を各々積層して設ける場合も、本発明に準ずるが、本発明品よりも工程・コストの増加となるのみならず、性能の低下が見られる。
【0060】
上記したCu−Zn化合物層に変えて、NiまたはNi合金層、PdまたはPd合金層などによって代替しても、本発明の膜質を達成させることが可能である。但し、その場合には、NiまたはNi合金層はNi99%以上からなること、また、PdまたはPd合金層はPd90%以上からなること(いずれも質量%)が必要であるのみならず、析出するNiめっきの結晶子サイズ、配向度の制御は難しく、結晶子サイズが大きく、配向度が強くなりがちであり、それらを最適範囲に制御するためにはめっき浴・処理条件のかなり厳しい管理が必要である。なお、NiあるいはPdの純度がこれ以上低くなると、これら中間層の効果が達成できない可能性が生じる。
【0061】
(Ni−Pめっき方法)
Ni−Pめっき皮膜を得るためには、電気めっきでも可であるが、膜厚(膜厚分布)の均一性の点で、前記Ni−Pめっき皮膜が無電解めっきであることが好ましい。以下に、好適な無電解めっき条件を説明する。
【0062】
上記前処理後、あるいは選択的に設ける上記Cu−Zn化合物層形成後に、Ni−P無電解めっき皮膜を無電解めっき法により形成する。めっき浴の浴組成は、上記めっき皮膜組成範囲内となるように、例えば、硫酸ニッケル10〜50g/l、ホスフィン酸ナトリウム10〜30g/l、NH4 基を含む化合物(例えばクエン酸水素第二アンモニウム)30〜70g/l、を含み、更に添加剤として、酢酸ナトリウム、コハク酸、クエン酸、リンゴ酸もしくはそれらのナトリウム塩等の有機添加剤を含むものとする。浴温は、80〜90℃の比較的高温が採用される。
【0063】
浴の最適PHは6〜7の中性範囲である。このめっき浴の中性範囲のPHが、上記Cu−Zn化合物層の箇所で説明した最適中間層の形成を可能にする。通常、Ni−P無電解めっきのPHは、多くは酸性、場合によってはアルカリ性とされるが、これでは、最適中間層の形成が困難となる。
【0064】
これら組成と温度、PHを制御しためっき浴に、上記Cu−Zn化合物層(皮膜)形成後のアルミニウム合金またはチタン合金基材を所定時間浸漬する。このNi−P無電解めっき浴の組成と温度、PH、あるいは浸漬時間を調整して、上記Ni−Pの組成や膜厚を制御する。
【0065】
(熱処理)
Ni−P無電解めっき皮膜の密着性を更に向上させるためには、Cu−Zn化合物層とNi−P無電解めっき皮膜とを設けた上で、50〜350℃の温度で、皮膜あるいは皮膜を設けたアルミニウム合金またはチタン合金材を熱処理することが好ましい。
【0066】
この熱処理によって、密着性が更に向上するのは、めっき皮膜のNiと、化合物層のCuとが、相互に熱拡散され、Ni−Cu拡散層を形成するものと推考される。この点、熱処理温度が高い方が、上記NiとCuとを相互に熱拡散は促進され、熱処理に要する時間も短時間となる。ただし、熱処理温度が高すぎると、基材の軟化、歪みが生じるだけでなく、めっき靭性も低下するため、基材と使用用途によって熱処理温度を選択するのが望ましい。
【0067】
この熱処理温度が50℃未満では、皮膜の密着性向上効果が薄く、熱処理時間も長時間を要する。一方、熱処理温度が350℃を超えた場合、特にアルミニウム合金基材では、アルミニウム合金自体が軟化して、機械的な特性が低下する。したがって、この熱処理温度は50〜350℃の範囲とする。
【0068】
(Crめっき)
Crめっきは公知の方法で可能で、クロム酸100〜500g/l、硫酸3〜7g/l、三価クロム3〜7g/l、有機スルホン酸6〜10g/l、程度含むめっき浴を、45〜55℃、通電量約40〜60A/dm2 程度で電気めっきを行なう。このめっき浴の組成と温度、あるいは通電量、通電時間を調整して、Crめっきの膜厚を制御する。
【0069】
(アルミニウム合金基材)
皮膜の素材(母材)であるアルミニウム合金基材は、本発明における動力伝達部品に用いるAl合金の種類を、プーリなどの動力伝達部品の要求特性や機械的性質に応じて適宜選択して用いる。ただ、特にプーリのアーム部などの疲労破壊は、母材であるAl合金特性にも大きく影響を受ける。
【0070】
このため、動力伝達部品の中でも、特に疲労寿命が要求される場合には、Al合金の中でも、特にプーリ用途に要求される疲労破壊特性を具備している、引張強さが190N/mm2以上のJIS 5052、5056などの5000系や、JIS 6063などの6000系、あるいはJIS 7075などの7000系などのAl合金展伸材 (鍛造材、押出形材、圧延板材) 、Al-Si-Cu系のA DC10〜12、A C4B 、A C8C などの鋳物、を用いることが好ましい。しかし、用途によっては、粉末冶金材や、JIS 2014、2017などの2000系や、JIS4032 などの4000系などの合金を用いることも可能である。
【0071】
(チタン合金基材)
皮膜の素材(母材)であるチタン基材の種類は、公知の純チタンやα、βチタン合金などが、要求特性や機械的性質に応じて適宜選択して用いることができる。
【0072】
(その他合金基材)
それ以外の合金基材へと適用する場合も、本発明に準ずるが、特に軽量材料としてマグネシウム合金も本発明の基材として用いることができる。
【実施例】
【0073】
以下に本発明の実施例を説明する。
12%Si−1.3%Fe−3.5%Cu−1.0%Znを各々含み残部がAlからなるADC12規格アルミニウム合金ダイカスト鋳物によって、摩耗試験用の44mmφ×5mmのディスク材を製作し、アルミニウム合金基材とした。また、Ti−6%Al−4%V板から、摩耗試験用の44mmφ×5mmのディスク材を製作し、チタン基材とした。
【0074】
これらのアルミニウム合金基材またはチタン合金基材を被処理材として、前記した方法により、下記条件で、選択的に、下地:Cu−Zn化合物層、そして、上層:Ni−P無電解めっき皮膜からなる皮膜を各々形成した。発明例では、硬質Crめっきも熱処理後のNi−P無電解めっき皮膜の上層に選択的に形成した。
【0075】
アルミニウム合金基材へのめっき処理は以下の順番で処理した。各工程間は水洗を実施した。
(前処理)
脱脂:市販アルカリ脱脂剤にて油脂を除去。
硝酸洗浄:5%硝酸、60秒、常温。
(第1亜鉛置換)
浴組成:1%Ni、24%Cu、75%Znを基本成分とし、0〜5%Ni、0〜50%Cu、50〜100%Znの範囲で各成分を調整、処理時間60秒、常温。
(硝酸洗浄)
5%硝酸、処理時間60秒、常温。
(第2亜鉛置換)
浴組成:1%Ni、14%Cu、85%Znを基本成分とし、0〜5%Ni、0〜50%Cu、50〜100%Znの範囲で各成分を調整、処理時間30秒を基本条件とし、10〜120秒の範囲で調整、常温。
(Ni-Pめっき)
浴条件:pH6〜7、温度85℃、20〜50g/l硫酸ニッケル+20〜30g/lホスフィン酸ナトリウムに、クエン酸ナトリウム、クエン酸水素二アンモニウム、酢酸ナトリウム、塩化アンモニウム、ヒ゜ロリン酸ナトリウム、琥珀酸ナトリウム、乳酸を選択して各10〜50g/l添加した浴を用いた無電解Ni-Pめっきとし、皮膜厚みによって処理時間を調整した。また、その他の浴中の金属成分としては、硫酸銅を加え、Ni-Cu-Pめっきとしたもの、タングステン酸ナトリウムを加え、Ni-W-Pめっきとしたものを作製した。
以上の工程により、それぞれ10μm、75μmの厚みのNi-Pめっき皮膜を作製し、一部サンプルについては、更に以下のCrめっき処理も実施した。
(Crめっき)
処理条件:50A/dm2、温度50℃、所定処理時間、浴組成:300g/lクロム酸+5g/l硫酸+5g/l三価クロム+8g/l有機スルフォン酸、での電気めっきにより、3μmの皮膜を作製し、その後、150℃1時間または350℃1時間の大気熱処理を行った。
【0076】
また、チタン合金基材へのめっき処理は以下の順番で処理した。各工程間は水洗を実施した。
(前処理)
脱脂:市販アルカリ脱脂剤にて油脂を除去。
(酸洗)
浴組成:3:1程度の硝弗酸で常温で約10分洗浄。
(活性化)
10g/l程度の濃度の硫酸で常温で約2分洗浄。
(Cu-Znめっき)
30g/lシアン化銅+10g/lシアン化亜鉛+50g/lシアン化ナトリウム+30g/l炭酸ナトリウム+2ml/lアンモニアを各々含むめっき浴で、浴温40℃程度、1A/dm2 程度通電して、所定時間、電気めっきすることで、Cu−Zn化合物層を、形成した。
(Ni-Pめっき)
浴条件:pH6〜7、温度85℃、20〜50g/l硫酸ニッケル+20〜30g/lホスフィン酸ナトリウムに、クエン酸ナトリウム、クエン酸水素二アンモニウム、酢酸ナトリウム、塩化アンモニウム、ヒ゜ロリン酸ナトリウム、琥珀酸ナトリウム、乳酸を選択して各10〜50g/l添加した浴を用いた無電解Ni-Pめっきとし、皮膜厚みによって処理時間を調整した。また、その他の浴中の金属成分としては、硫酸銅を加え、Ni-Cu-Pめっきとしたもの、タングステン酸ナトリウムを加え、Ni-W-Pめっきとしたものを作製した。
以上の工程により、それぞれ10μm、75μmの厚みのNi-Pめっき皮膜を作製し、一部サンプルについては、更に以下のCrめっき処理も実施した。
(Crめっき)
処理条件:50A/dm2、温度50℃、所定処理時間、浴組成:300g/lクロム酸+5g/l硫酸+5g/l三価クロム+8g/l有機スルフォン酸、での電気めっきにより、3μmの皮膜を作製し、その後、150℃1時間または350℃1時間の大気熱処理を行った。
【0077】
これら作製した各皮膜性状を以下の通り測定した。これらの結果を表1に示す。
(Cu-Zn中間層)
Cu/Zn比、Cu+Zn/O比、Cu-Zn層の厚さ。
(Ni−Pめっき皮膜)
Ni量、P量、NH4 + ( NH4 基) 量、結晶子サイズ、
XRDでの測定ピーク強度比:Ni(111)/Ni(200)、
【0078】
なお、これら各皮膜性状は、それぞれ以下の方法により測定した。
(Ni−Pめっき皮膜)
Ni−Pめっき皮膜のNi、P量は、ICP発光分光法、NH4 + 量はイオンクロマトグラフ法を使用した。但し、これらの分析は、めっき皮膜がついた状態の試料で行い、標準基板にはアルミニウム基材の場合はADC12(JIS規格ダイカストアルミニウム合金) 、チタン基材の場合はTi−6Al−4Vを用いたが、それら基板中にはNi、P、NH4 のいずれも実質的に含有していなかった。また、測定により得られた下地層などからのCu、Zn、Alなどの元素は、Ni、P量やNH4 + 量算出のための計算からは除外した。
【0079】
Ni−Pめっき皮膜の結晶子サイズは、同じくめっき皮膜がついた状態の試料表面より、X線回折装置により、特性X線Cu-Kα(波長:1.54Å)を用い、Ni(200)回折面で行い、回折プロファイルの広がり(積分幅)の測定結果を下記のScherrerの式に算入して求めた。なお、積分幅にはCauchy関数により補正した値を用いた。D=K・λ/βcosθ、D:結晶氏の大きさ(Å)、K:定数(1.05)、λ:測定X線波長(Å)、β:結晶子の大きさによる回折線の広がり、積分幅(ラジアン)、θ:回折線のブラック角。
【0080】
Ni−Pめっき皮膜のXRDでの測定ピーク強度比は、同じくめっき皮膜がついた状態の試料表面より、X線回折装置により、特性X線Cu-Kα(波長:1.54Å)を用い、得られたX線回折チャートより{111}、{200}のピーク高さからピーク強度を求め、Ni(111)/Ni(200)を算出した。
【0081】
(Cu-Zn層)
Cu-Zn層中の、Cu、Zn、O量は、オージェ電子分光法の深さ方向濃度分布より、前記した、Cu量がピークとなる深さでの定量分析(なお、Zn、O量もそこで最大ピークとなり、Ni濃度は約半分の強度となる)
【0082】
(各層あるいは皮膜の厚み)
なお、各層あるいは皮膜の厚みは、各10箇所の500倍のSEM(走査型電子顕微鏡)にて断面を観察して、各層あるいは皮膜の平均膜厚を求めた。
【0083】
(Ni−Pめっき皮膜特性)
また、作製した各Ni−Pめっき皮膜特性を以下の通り測定した。これらの結果も表1に示す。
硬度:ビッカース硬度を荷重50gfにて断面より測定。
靭性:ビッカース圧子押し込みによって、皮膜に割れが発生する最小荷重にて評価した。ただし、装置の最大荷重(50kgf)で割れが発生しない場合、>50kgfとした。
めっき引張応力:スパイラルめっき応力計により応力を測定した。
【0084】
その上で、これら皮膜の耐摩耗性(疲労特性)評価、耐食性を各々以下の条件で評価した。これらの評価結果も表1に示す。
(耐摩耗性評価)
耐摩耗性試験1として、ショットブラスト(5kg/cm2、カ゛ラスヒ゛ース゛#100、直上10cmより吹き付け)により、被膜が摩滅または剥離し基材が露出するまでの時間を測定した。この試験の評価は以下の通りとした。>60sec :◎、30〜60sec :○、10〜30sec :△、<10sec :×。
【0085】
耐摩耗性試験2として、ボールオンディスク試験を行った。この試験条件は、相手材のボールをSUJ2とし、荷重1kgf(最大接触面圧100kgf/mm2−ヘルツ圧より計算)、無潤滑、摺動速度1m/s、摺動距離1km での摩耗減量(mg)により評価した。この試験の評価は以下の通りとした。<3mg で◎、3 〜6mg で○、6 〜10mgで△、>10mgで×。
【0086】
(耐食性評価)
共通して、Ni−P無電解めっき皮膜を10μm成膜したものについて、5%塩水噴霧試験を実施した。白錆び発生時間にて評価し、200hr以上◎、100〜200hr○、50〜100hr△、<50hr×として評価した。
【0087】
表1から分かる通り、発明例S〜Zは、Ni−Pめっき皮膜において、組成、結晶子平均サイズが本発明範囲を満足し、かつ、好ましい条件であるNi(111)とNi(200)との測定ピーク強度比Ni(111)/Ni(200)、Cu−Zn化合物層の好ましい条件である、CuとZnとの含有量の比Cu/Zn、CuとZnとの合計含有量と被覆層中の酸素との比(Cu+Zn)/Oを全て満足する。このため、Ni−Pめっき皮膜のめっきままでの硬度が500Hv以上と高硬度であり、靱性が50kN(kgf)以上、めっき引張応力が5kgf/mm2 以下と高靱性、高疲労特性である。
【0088】
この結果、発明例Q〜Zは、耐摩耗性や疲労特性、耐食性に優れているが、特にCrめっきとの複層とした発明例X〜Zは、耐摩耗性アルミニウム合金材として、あるいはこれを用いた動力伝達部品として、厳しい使用環境でも適用可能であることが分かる。
【0089】
一方、発明例I〜P、AAは、Ni−Pめっき皮膜において、組成、結晶子平均サイズが本発明範囲を満足するものの、上記好ましい条件のいずれかが外れる。このため、発明例I〜P、AAは、発明例Q〜Zに比して、耐摩耗性や疲労特性、耐食性のいずれかが比較的低い結果となっている。
【0090】
例えば、表1より、ピーク強度比が外れると、耐摩耗性2の結果が低下し、Cu/Zn比が外れると、耐摩耗性1や耐食性が低下し、(Cu+Zn)/O比が外れると、膜厚10μmでの耐摩耗性2や耐食性が低下し、Cu−Zn層の厚さが外れると、耐摩耗性1が低下する傾向にある。逆に、発明例の中でも、硬度が高いほど、いずれの耐摩耗性も向上し、熱処理温度を高くすることによって耐摩耗性1が向上し、靭性が高く、膜応力(めっき引張応力)が低いほど、膜厚75μmでの耐摩耗性2が向上する傾向にある。したがって、これらの結果から、本発明要件や好ましい条件の意義が裏付けられる。
【0091】
また、比較例A〜Hは、Ni−Pめっき皮膜において、組成、結晶子平均サイズのいずれかが、本発明範囲外であり、Ni−Pめっき皮膜のめっきままでの硬度、靱性、めっき引張応力のいずれかが、発明例S〜Zに比して著しく低い。この結果、比較例A〜Hは、耐摩耗性や疲労特性、耐食性のいずれかが劣っており、耐摩耗性アルミニウム合金材として、あるいはこれを用いた動力伝達部品として適用できないことが分かる。したがって、これらの結果から、本発明要件の耐摩耗性や疲労特性、耐食性に対する臨界的な意義が裏付けられる。
【0092】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0093】
以上説明したように、本発明によれば、耐摩耗性や疲労特性、耐食性の優れたNi−Pめっきを施した耐摩耗性部材、およびプーリなどのアルミニウム合金またはチタン合金などの軽量合金製動力伝達部品を提供することができる。この結果、耐摩耗部品を軽量化したい用途、あるいは、耐摩耗性を含めてより信頼性の高い耐摩耗部品を求める用途に、アルミニウム合金またはチタン合金などの軽量合金材料の適用を拡大できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni−Pめっき皮膜を設けた部材であって、前記Ni−Pめっき皮膜が、質量%で、Ni:85%以上、P:1〜5%、NH4 基:0.1〜1%を含むNi合金からなるとともに、X線回折法によるNi−Pめっき皮膜組織解析における皮膜の結晶子平均サイズが1〜5nmである結晶性めっき皮膜からなり、かつ、Ni−Pめっき皮膜のめっきままでの硬度が500Hv以上であることを特徴とする耐摩耗性部材。
【請求項2】
前記X線回折法によるNi−Pめっき皮膜組織解析における、Ni(111)とNi(200)との測定ピーク強度比Ni(111)/Ni(200)が0.3〜0.5である請求項1に記載の耐摩耗性部材。
【請求項3】
前記部材とNi−Pめっき皮膜との界面に、CuとZnとの含有量の比Cu/Znが2〜10であるCu−Zn化合物層を形成している請求項1または2に記載の耐摩耗性部材。
【請求項4】
前記Cu−Zn化合物層におけるCuとZnとの合計含有量と被覆層中の酸素との比(Cu+Zn)/Oが0.3〜1.0である請求項3に記載の耐摩耗性部材。
【請求項5】
前記Cu−Zn化合物層とNi−P無電解めっき皮膜とを設けた上で、50〜350℃の温度で熱処理されている請求項1乃至4のいずれか1項に記載の耐摩耗性部材。
【請求項6】
前記Ni−Pめっき皮膜の上層として、更に、硬度が900Hv以上の硬質Crめっきが施されている請求項1乃至5のいずれか1項に記載の耐摩耗性部材。
【請求項7】
前記Ni−Pめっき皮膜の、靱性が50kN以上、めっき引張応力が5kgf/mm2 以下である請求項1乃至6のいずれか1項に記載の耐摩耗性部材。
【請求項8】
前記Ni−Pめっき皮膜が無電解めっきである請求項1乃至7のいずれか1項に記載の耐摩耗性部材。
【請求項9】
前記部材がアルミニウム合金材またはチタン合金材である請求項1乃至8のいずれか1項に記載の耐摩耗性部材。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれかの耐摩耗性部材を用いた動力伝達部品。

【公開番号】特開2007−23316(P2007−23316A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−204617(P2005−204617)
【出願日】平成17年7月13日(2005.7.13)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(591081055)神鋼メタルプロダクツ株式会社 (17)
【Fターム(参考)】