説明

耐摩耗鋼の連続鋳造方法及び耐摩耗鋼

【課題】 Tiを含有する耐摩耗鋼を連続鋳造するにあたり、溶鋼中のTiがモールドパウダー中のSiO2を還元してモールドパウダー中のSiO2が減少しても、モールドパウダーの粘度の上昇を抑えることのできる耐摩耗鋼の連続鋳造方法を提供する。
【解決手段】 C:0.05〜0.35質量%、Si:0.05〜1.0質量%、Mn:0.1〜2.0質量%、B:0.0003〜0.0030質量%、Al:0.002〜0.1質量%、Ti:0.1〜1.0質量%、Cr:0.1〜1.0質量%、Mo:0.05〜1.0質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶鋼を連続鋳造機で鋳造するにあたり、連続鋳造用鋳型の振動条件を、振幅:3.0〜9.0mm、振動数:60cpm以上120cpm未満とし、0.1〜5.0質量%の脂肪酸を配合したモールドパウダーを使用して、0.6〜1.0m/minの鋳造速度で鋳造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業機械や運搬機器などに使用される耐摩耗鋼の連続鋳造方法及びこの連続鋳造方法によって鋳造された鋳片から製造される耐摩耗鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
土、砂などによる摩耗を受ける部材には、長寿命化を目的として耐摩耗性に優れる鋼材つまり耐摩耗鋼が使用される。鋼材の耐摩耗性は、鋼材を高硬度化することによって向上することが知られており、優れた耐摩耗性を要求される耐摩耗鋼としては、Cr、Moなどの合金元素を大量に添加した鋼材に焼入れなどの熱処理を施し、高硬度化した鋼材が使用されてきた。
【0003】
例えば、特許文献1には、C:0.10〜0.19質量%を含有し、Si、Mnを適正量含有し、残部をFe及び不可避的不純物とし、Ceqを0.35〜0.44とする鋼を熱間圧延後、直接焼入れし、または900〜950℃に再加熱した後に焼入れし、引き続いて300〜500℃で焼戻しを行い、表面硬さを300HV(ビッカース硬さ)以上とする耐摩耗鋼の製造方法が提案されている。
【0004】
特許文献2には、C:0.10〜0.20質量%を含有し、Si、Mn、P、S、N、Al、Oを適正量に調整し、残部をFe及び不可避的不純物とし、或いは更にCu、Ni、Cr、Mo、Bのうちの1種以上を含有する鋼を熱間圧延後、直接焼入れし、または放冷した後に再加熱して焼入れし、340HB(ブリネル硬さ)以上の硬さを有する耐摩耗鋼の製造方法が提案されている。
【0005】
特許文献3には、C:0.07〜0.17質量%を含有し、Si、Mn、V、B、Alを適正量に調整し、残部をFe及び不可避的不純物とし、或いは更にCu、Ni、Cr、Moのうちの1種以上を含有する鋼を熱間圧延後、直接焼入れし、または一旦空冷した後に再加熱して焼入れし、表面硬さが321HB(ブリネル硬さ)以上で且つ曲げ加工性に優れた耐摩耗鋼の製造方法が提案されている。
【0006】
特許文献1〜3に記載される技術は、合金元素を多量に添加し、固溶硬化、変態硬化、析出硬化などを活用して高硬度化することで、耐摩耗特性を向上させている。しかしながら、合金元素を多量に添加し、固溶硬化、変態硬化、析出硬化などを活用して鋼のマトリックスを高硬度化した場合には、溶接性及び加工性が著しく低下する。
【0007】
これに対して、特許文献4には、C:0.10〜0.45質量%、Ti:0.10〜1.0質量%を含有し、Si、Mn、P、S、N、Alを適正量に調整し、残部をFe及び不可避的不純物とし、或いは更にCu、Ni、Cr、Mo、Bのうちの1種以上を含有し、0.5μm以上の大きさを有するTiCを主体とする析出物を1mm2あたり400個以上含み、連続鋳造で鋳造された耐摩耗鋼が提案されている。
【0008】
特許文献4においては、高い硬度を有するTiCを主体とする粗大な析出物を凝固時に生成させ、この析出物によって耐摩耗性を向上させるので、鋼のマトリックス自体は高硬度化させる必要はなく、曲げ加工性及び溶接性に優れた耐摩耗鋼を製造することが可能となる。
【0009】
ところで、高濃度のTiを含有する鋼の連続鋳造では、炭素鋼に比較して縦割れ、ノロカミなどの鋳片表面欠陥が発生しやすいことが知られている。そこで、このようなTi含有鋼の表面欠陥を低減するべく、特許文献5には、0.05〜1.5質量%のTiを含有する溶鋼を連続鋳造するにあたり、鋳型振動ストロークSを2〜5mm、鋳型振動数fを120サイクル/min以上とし、且つ、f×S≦600を満たす条件で、0.8〜1.2m/minの鋳造速度の範囲で鋳造する技術が提案されている。
【0010】
特許文献5によれば、鋳型振動条件を低ストローク且つ高振動数とするので、炭素鋼の鋳造に一般的に使用されるモールドパウダーを使用しても、オシレーションマークを浅くすると同時に、ノロカミなどの表面欠陥を防止することができるとしている。
【0011】
また、特許文献6には、Ti含有鋼を対象としていないが、Ti含有鋼と同様に表面欠陥の発生しやすいステンレス鋼の連続鋳造において、高粘性のモールドパウダーを使用することによる、鋳型と凝固シェルとの潤滑不良を防止するために、高粘性のモールドパウダーを鋳型内に添加すると同時に、鋳型の溶鋼湯面下における鋳型と凝固シェルとの間に、植物油、脂肪酸エステル類、鉱物油、これらの混合物などの液体潤滑剤を流入させて鋳造する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭62−142726号公報
【特許文献2】特開昭63−169359号公報
【特許文献3】特開平1−142023号公報
【特許文献4】特開平6−256896号公報
【特許文献5】特開平7−251251号公報
【特許文献6】特開昭61−165253号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
高濃度のTiを含有する鋼の連続鋳造では、溶鋼中のTiがモールドパウダー中のSiO2を還元してTiO2が形成され、モールドパウダーの特性が変わってしまい、安定した鋳造を維持することが困難になる。特に、モールドパウダー中のSiO2が減少すると、溶融状態でのモールドパウダーの粘度が上昇して、モールドパウダーの消費量が低下し、つまり、鋳型と凝固シェルとの間隙への溶融したモールドパウダーの流れ込み量が低下し、鋳片表面に縦割れが発生したり、鋳型と凝固シェルとの焼き付きによる拘束性ブレークアウトが発生したりする。また、モールドパウダーの特性が変わってしまうことで、凝固シェルと溶融したモールドパウダーとの界面張力、濡れ角などの物性値が変化し、ノロカミが発生しやすくなる。
【0014】
更に、モールドパウダーの消費量が低下することで、鋳型内溶鋼湯面上の溶融したモールドパウダー層(モールドパウダー溶融層という)の厚みが厚くなり、モールドパウダー溶融層の厚みが厚くなると、モールドパウダー溶融層の上部は冷却されやすくなり、鋳型内溶鋼湯面の変動などに起因してモールドパウダーと溶鋼とが混在して凝固する所謂「ディッケル」が発生しやすくなる。このディッケルの発生は、溶鋼の流動によって凝固シェルに付着(ノロカミとなる)したり、モールドパウダーの流れ込みを阻害したりする。
【0015】
また更に、モールドパウダーの粘度が上昇することにより、ノズル閉塞防止のために浸漬ノズル内孔に吹き込んだArガスなどの不活性ガスのモールドパウダー溶融層への離脱が妨げられ、凝固シェルに捕捉される不活性ガス気泡が増加する。
【0016】
特許文献5及び特許文献6について、このようなTi含有鋼の連続鋳造時の問題点を解消可能か否かを検証すれば、特許文献5は、鋳型振動条件を低ストローク且つ高振動数に制御するだけであり、溶鋼中のTiがモールドパウダー中のSiO2を還元してモールドパウダー中のSiO2が減少し、モールドパウダーの特性が変化することに起因する問題点を解消するには十分とはいえない。即ち、Ti含有鋼に最適なモールドパウダーが必要である。また、特許文献5は、低ストローク且つ高振動数とするので、モールドパウダー消費量が基本的に少なく、鋳型と凝固シェルとの焼き付きによる拘束性ブレークアウトに対しては不利である。
【0017】
特許文献6は、液体潤滑剤による鋳型と凝固シェルとの潤滑改善効果が期待できるが、液体潤滑剤を鋳型内の溶鋼湯面下で供給しており、従来の菜種油を潤滑剤として鋳型内溶鋼湯面上方から供給した設備に比較して、鋳型の構造が複雑になり、設備コストが高くなるという問題点がある。また、鋳型の壁面に液体潤滑剤供給口が開口しており、鋳造開始時にこの液体潤滑剤供給口に溶鋼が差し込んで、液体潤滑剤が閉塞する、或いは、凝固シェルの引き抜き抵抗となってブレークアウトが発生するなどのトラブルの発生する恐れがある。
【0018】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、Tiを含有する耐摩耗鋼を連続鋳造するにあたり、溶鋼中のTiがモールドパウダー中のSiO2を還元してモールドパウダー中のSiO2が減少しても、モールドパウダーの粘度の上昇を抑えることができ、それにより、モールドパウダーの消費量が確保され、鋳片表層部の縦割れ、ノロカミ、捕捉ガス気泡の少ない、表面性状の良好な鋳片を鋳造することのできる、耐摩耗鋼の連続鋳造方法を提供するとともに、この連続鋳造方法によって製造される耐摩耗鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決するための本発明に係る耐摩耗鋼の連続鋳造方法は、C:0.05〜0.35質量%、Si:0.05〜1.0質量%、Mn:0.1〜2.0質量%、B:0.0003〜0.0030質量%、Al:0.002〜0.1質量%、Ti:0.1〜1.0質量%、Cr:0.1〜1.0質量%、Mo:0.05〜1.0質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶鋼を連続鋳造機で鋳造するにあたり、連続鋳造用鋳型の振動条件を、振幅:3.0〜9.0mm、振動数:60cpm以上120cpm未満とし、0.1〜5.0質量%の脂肪酸を配合したモールドパウダーを使用して、0.6〜1.0m/minの鋳造速度で鋳造することを特徴とする。
【0020】
また、本発明に係る耐摩耗鋼は、第1の発明に記載の耐摩耗鋼の連続鋳造方法によって鋳片に鋳造され、その後、該鋳片の熱間圧延によって製造されたものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、連続鋳造用鋳型の振動条件を、振幅:3.0〜9.0mm、振動数:60cpm以上120cpm未満とし、0.1〜5.0質量%の脂肪酸を配合したモールドパウダーを使用して、0.6〜1.0m/minの鋳造速度でTi含有耐摩耗鋼を連続鋳造するので、モールドパウダーに配合された脂肪酸の燃焼熱により、溶融したモールドパウダーと溶鋼との界面の温度が上昇して、該界面でのモールドパウダーの粘度の上昇が抑制され、その結果、モールドパウダーの消費量が確保され、鋳片表層部の縦割れ、ノロカミ、捕捉ガス気泡の少ない、表面性状の良好な耐摩耗鋼用鋳片を鋳造することが実現される。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0023】
本発明で対象とする耐摩耗鋼は、特許文献4に提案される耐摩耗鋼と同様に、曲げ加工性及び溶接性に優れる耐摩耗鋼であり、高い硬度を有するTi炭化物(TiC)を主体とする粗大な析出物(0.5μm以上)を連続鋳造工程の凝固時に生成させ、この析出物を後工程の熱間圧延工程において可能な限り固溶させずに残留させ、鋼の耐摩耗性を向上させるというものである。ここで、Ti炭化物を主体とする析出物とは、TiC単体、或いはTiCとTiN、TiSとの複合析出物などである。
【0024】
このようにして耐摩耗性を発現する、本発明の対象とする耐摩耗鋼は、C:0.05〜0.35質量%、Si:0.05〜1.0質量%、Mn:0.1〜2.0質量%、B:0.0003〜0.0030質量%、Al:0.002〜0.1質量%、Ti:0.1〜1.0質量%、Cr:0.1〜1.0質量%、Mo:0.05〜1.0質量%を含有し、残部をFe及び不可避的不純物とする。以下に、本発明の対象とする耐摩耗鋼の成分組成を上記範囲に限定した理由を説明する。
【0025】
C:0.05〜0.35質量%
Cは、金属組織においてマトリックス硬度を向上させて耐摩耗性を向上させるとともに、硬質な第二相(以下、硬質相ともいう)としてのTi炭化物を形成し、耐摩耗性の向上に有効な元素であり、このような効果を得るためには、0.05質量%以上の含有量を必要とする。一方、含有量が0.35質量%を超える場合は、硬質相としてのTi炭化物が粗大になり、曲げ加工時にTi炭化物を起点として割れが発生する。従って、C含有量を0.05〜0.35質量%の範囲に限定した。尚、好ましくは0.15〜0.30質量%の範囲である。
【0026】
Si:0.05〜1.0質量%
Siは、脱酸元素として有効な元素であり、その効果を得るためには0.05質量%以上を含有する必要がある。また、Siは鋼に固溶して固溶強化により高硬度化に寄与する有効な元素であるが、1.0質量%を超えて含有させると、延性、靭性が低下し、更に、介在物が増加するなどの問題を生じる。従って、Si含有量を0.05〜1.0質量%の範囲に限定した。尚、好ましくは0.05〜0.40質量%の範囲である。
【0027】
Mn:0.1〜2.0質量%
Mnは、固溶強化により高硬度化に寄与する有効な元素であり、その効果を得るためには0.1質量%以上を含有する必要がある。一方、2.0質量%を超えて含有させた場合には溶接性が劣化する。従って、Mn含有量を0.1〜2.0質量%の範囲に限定した。尚、好ましくは0.1〜1.60質量%の範囲である。
【0028】
B:0.0003〜0.0030質量%
Bは、粒界に偏析し、粒界を強化して靭性向上に有効に寄与する元素であり、この効果を得るためには0.0003質量%以上を含有させる必要がある。一方、0.0030質量%を超えて含有させた場合には溶接性が低下する。従って、B含有量を0.0003〜0.0030質量%の範囲に限定した。尚、好ましくは0.0003〜0.0015質量%の範囲である。
【0029】
Al:0.002〜0.1質量%
Alは、脱酸剤として作用し、この効果を得るためには0.002質量%以上を含有させる必要がある。一方、0.1質量%を超えて含有させた場合には鋼の清浄性を低下させる。従って、Al含有量を0.002〜0.1質量%の範囲に限定した。
【0030】
Ti:0.1〜1.0質量%
Tiは、硬質な第二相としてのTi炭化物を形成し、耐摩耗性の向上に有効な元素であり、このような効果を得るためには、0.1質量%以上の含有量を必要とする。一方、含有量が1.0質量%を超える場合は、硬質相としてのTi炭化物が粗大になり、曲げ加工時にTi炭化物を起点として割れが発生する。更には、Ti合金添加量の増加によるコスト上昇やモールドパウダーの変質の影響度が大きくなる。従って、Ti含有量を0.1〜1.0質量%の範囲に限定した。尚、好ましくは0.1〜0.5質量%の範囲である。
【0031】
Cr:0.1〜1.0質量%
Crは、焼入性を向上させる効果を有し、この効果を得るためには0.1質量%以上を含有させる必要がある。一方、1.0質量%を超えて含有させた場合には溶接性が低下する。従って、Cr含有量を0.1〜1.0質量%の範囲に限定した。尚、好ましくは0.1〜0.40質量%の範囲である。
【0032】
Mo:0.05〜1.0質量%
Moは、焼入性を向上させる効果を有し、この効果を得るためには0.05質量%以上を含有させる必要がある。一方、1.0質量%を超えて含有させた場合には溶接性が低下する。従って、Mo含有量を0.05〜1.0質量%の範囲に限定した。尚、好ましくは0.05〜0.40質量%の範囲である。
【0033】
このようにして、本発明の対象とする耐摩耗鋼は、その成分組成が限定されている。転炉及びRH真空脱ガス装置などを用いて上記の成分範囲に調製した耐摩耗鋼用の溶鋼を、スラブ連続鋳造機やブルーム連続鋳造機で連続鋳造する。この連続鋳造にあたり、連続鋳造用鋳型の振動条件を、振幅:3.0〜9.0mm、振動数:60cpm以上120cpm未満とし、0.1〜5.0質量%の脂肪酸(脂肪族モノカルボン酸)を配合したモールドパウダーを使用して、0.6〜1.0m/minの鋳造速度で鋳造する。
【0034】
使用するモールドパウダーは、鋼の連続鋳造において一般的に使用されているモールドパウダーに、所定量の脂肪酸を添加し、混合することで、作製することができる。即ち、CaO、SiO2、Al23、Fe23、MgO、MnO、BaO、B23などの酸化物を基材とし、これら基材に、Na2O、K2O、Li2Oなどのアルカリ金属の酸化物、NaF、KF、LiF、CaF2、MgF2、AlF3、Na3AlF3などのフッ化物、及びこれら金属の炭酸化物や硝酸化物などの、基材の物性を調整するための物性調整材と、カーボンブラックや人造黒鉛などのモールドパウダーの溶融速度を調整するための溶融速度調整材と、更に、必要に応じて、基材の主成分であるCaOやSiO2などの成分調整材と、が添加されて構成された一般的なモールドパウダーに、所定量の脂肪酸を添加して混合することで、作製することができる。脂肪酸としては、ステアリン酸(融点69〜70℃)、パルミチン酸(融点63〜64℃)などを用いることができる。
【0035】
ステアリン酸などの脂肪酸を配合したモールドパウダーを鋳型内の溶鋼湯面に添加すると、溶鋼からの熱付与によってモールドパウダーが溶融する際に、配合した脂肪酸が燃焼して発熱する。この発熱により、溶鋼と溶融したモールドパウダーとの界面の温度が上昇する。本発明においても、溶融したモールドパウダー中のSiO2は溶鋼中のTiによって還元され、溶融状態のモールドパウダー中のSiO2は初期濃度よりも減少し、溶融したモールドパウダーの粘度は上昇する傾向にあるが、物質の粘度は温度上昇によって低下することから、溶鋼と溶融したモールドパウダーとの界面の温度が脂肪酸の燃焼熱によって上昇し、溶融したモールドパウダーの粘度の上昇が抑制される。
【0036】
これにより、Tiを高濃度に含有した溶鋼の連続鋳造においても、モールドパウダーの消費量が確保され、鋳片表層部の縦割れ、ノロカミ、捕捉ガス気泡の少ない、表面性状の良好な耐摩耗鋼用鋳片を鋳造することが可能となる。また、凝固シェルと鋳型との潤滑が確保され、拘束性ブレークアウトを発生することなく、安定した操業が達成される。尚、スラブ連続鋳造機においては、凝固シェルと鋳型との焼き付きを防止し、拘束性ブレークアウトを防止するためには、モールドパウダーの消費量を、鋳片の単位表面積あたり0.20kg/m2以上、望ましくは0.25kg/m2以上確保する必要のあることが知られている。
【0037】
モールドパウダー中の脂肪酸の配合量が0.1質量%未満では、脂肪酸の燃焼による発熱効果を十分に得ることができない。一方、脂肪酸の配合量が5.0質量%を超えるとモールドパウダーが溶解しにくくなり、好ましくない。
【0038】
本発明では、鋳造対象の耐摩耗鋼が高合金鋼であることから、高温での鋳片の脆化を考慮して、定常鋳造域の鋳造速度を、近年の連続鋳造操業では比較的遅い鋳造速度である0.6〜1.0m/minの範囲内で設定する。1.0m/minを超える鋳造速度では、鋳片に横割れ、横ヒビ割れ、巨大縦割れなどの欠陥の発生する恐れがあり、一方、0.6m/min未満では、生産性が低下する。
【0039】
そして、この鋳造速度の範囲で、連続鋳造用鋳型の振動条件を、振動波形を正弦波或いは偏移正弦波とし、振幅:3.0〜9.0mm、振動数:60cpm以上120cpm未満に設定する。つまり、特許文献5に提案される、「低ストローク且つ高振動数」に制御するのではなく、特許文献5よりも振動数を下げ、炭素鋼の連続鋳造で一般的に行われている範囲を含む鋳型振動条件に設定する。尚、この振動条件は、「低ストローク且つ高振動数」に比較して、モールドパウダーの消費量が増大するという作用・効果がある。ここで、鋳型の振幅とは、鋳型振動の変位の上限位置から下限位置までの距離、つまり鋳型の振動ストロークの1/2の値である。
【0040】
鋳造された鋳片は、必要に応じて表面手入れが施された後、次工程の熱間圧延工程に搬送されて熱間圧延され、厚鋼板、薄鋼板、形鋼などの製品となる。
【0041】
以上説明したように、本発明によれば、モールドパウダーに配合された脂肪酸の燃焼熱によって、溶融したモールドパウダーと溶鋼との界面の温度が上昇し、該界面でのモールドパウダーの粘度の上昇が抑制され、その結果、モールドパウダーの消費量が確保され、鋳片表層部の縦割れ、ノロカミ、捕捉ガス気泡の少ない、表面性状の良好な耐摩耗鋼用鋳片を鋳造することが実現される。
【実施例】
【0042】
連続鋳造機長さ26m、スラブ厚み250mm、スラブ幅1500〜1900mmの垂直曲げ型スラブ連続鋳造機を用い、Ti含有鋼の試験鋳造を行った。鋳造速度は0.6〜1.0m/minとし、モールドパウダーは、脂肪酸としてステアリン酸を0.8〜4.5質量%の範囲で含有する脂肪酸含有モールドパウダーと、脂肪酸を含有しない通常のモールドパウダーとを使用し、鋳型振動条件を種々変更した。表1に試験鋳造の試験条件及び試験結果を示す。尚、鋳型の振動数が60cpm未満の試験は行っていないが、これは、振動数を60cpm未満とすると、モールドパウダーの消費量が低下してブレークアウトの発生する頻度が高いことによる。また、比較例6では、鋳型振動数を180cpmとしたが、鋳造中に連続鋳造機全体が異常な振動を起こし、鋳造の継続が不可能となったため、試験を中止した。
【0043】
【表1】

【0044】
鋳造終了後、スラブの長辺面及び短辺面の計4面の全ての面を表面手入れすることなく、直径が0.5mm以上の気泡を顕微鏡により測定した。測定対称スラブは、鋳造速度、二次冷却条件などの鋳造条件が安定した状態下で鋳造されたスラブとし、測定面積を1.95m2とした。この測定値をその鋳造条件での代表値とした。そして、観察された気泡の密度が200個/m2未満の場合を「○」、200個/m2以上の場合を「×」と評価して、表1の「鋳片での気泡欠陥評価」の欄に記載した。気泡の密度が200個/m2以上の場合は圧延後の製品の表面性状が大幅に悪化することから、評価の閾値とした。
【0045】
スラブに表面手入れを施すことなく、スラブを厚鋼板に熱間圧延し、厚鋼板において、深さが0.2mm以上の欠陥の面積を目視により測定し、この面積が25cm2/m2未満の場合を「○」、この面積が25cm2/m2以上の場合を「×」と評価して、表1の「圧延後の製品評価」の欄に記載した。
【0046】
また、パワーショベル、ブルドーザー、ホッパー、バケットなどの産業機械や運搬機器などに必要な耐摩耗性の評価結果を、「材料特性」として評価した。耐摩耗性はASTM G−65に準拠した摩耗試験によって行い、SS400(軟鋼)の耐摩耗性を1.0として耐摩耗比で評価した。耐摩耗比が大きいほど耐摩耗性に優れていることを意味する。尚、摩耗砂としては、100質量%SiO2砂を使用した。表1では、SS400との耐摩耗比で5.0を超えるものを「○」、5.0未満のものを「×」として表示した。
【0047】
表1からも明らかなように、本発明例においては、「鋳片での気泡欠陥評価」、「圧延後の製品評価」及び「材料特性」の全てが良好であり、表面性状の良好な耐摩耗鋼を製造できることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.05〜0.35質量%、Si:0.05〜1.0質量%、Mn:0.1〜2.0質量%、B:0.0003〜0.0030質量%、Al:0.002〜0.1質量%、Ti:0.1〜1.0質量%、Cr:0.1〜1.0質量%、Mo:0.05〜1.0質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶鋼を連続鋳造機で鋳造するにあたり、連続鋳造用鋳型の振動条件を、振幅:3.0〜9.0mm、振動数:60cpm以上120cpm未満とし、0.1〜5.0質量%の脂肪酸を配合したモールドパウダーを使用して、0.6〜1.0m/minの鋳造速度で鋳造することを特徴とする、耐摩耗鋼の連続鋳造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の耐摩耗鋼の連続鋳造方法によって鋳片に鋳造され、その後、該鋳片の熱間圧延によって製造されたものであることを特徴とする耐摩耗鋼。

【公開番号】特開2012−20316(P2012−20316A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160246(P2010−160246)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】