説明

耐水素吸収性ならびに造管性に優れるチタン合金溶接管および溶接管用フープ製品とそれらの製造方法

【課題】水素吸収により脆化が起る恐れのある環境下にて、耐食性および耐水素侵入性を必要とされる復水器や化学プラントなどの多管式熱交換器等に使用される、耐水素吸収性ならびにロール成形での造管性に優れるチタン合金溶接管製品と、その材料となるフープ製品およびそれらの製造法を提供する。
【解決手段】質量%で0.6〜1.8%のCu、0.03%以下のFe、0.16%以下のOを含有し、残部Tiおよび総量で0.3%以下の不純物からなり、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相を体積分率で0.5〜3.5%含むことを特徴とする、耐水素吸収性および冷間加工性に優れるチタン合金溶接管又はチタン合金フープ製品である。また、最終焼鈍を480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下の温度域で行うことを特徴とする該チタン合金溶接管又はチタン合金フープ製品の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸収により脆化が起る恐れのある環境下にて、耐食性および耐水素侵入性を必要とされる復水器あるいは化学プラントなどの多管式熱交換器用途に使用される溶接管製品と、その材料となるフープ製品に使用される、耐水素吸収性ならびに溶接管に造管する際のロール成形加工性に優れたチタン合金溶接管および溶接管用フープ製品とそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタンおよびチタン合金溶接管は優れた耐食性を有することから、復水器や化学プラント、海水淡水化プラントなどの多管式熱交換器に使用されている。この時、特に高い強度を要求されず、冷間加工性が最も重要とされる場合には、主に純チタンが使用されている。中でも、例えばJIS H4631(2001)「熱交換器用チタン管」に記載される2種材(TTH340W)、あるいは、ASTM B338 “Titanium tubes for heat exchanger”に記載されるGrade2が使用されることが多い。
【0003】
一方、これらチタンおよびチタン合金管が使用される環境において、厳しい腐食環境下に晒される場合、チタンおよびチタン合金管が多量の水素を吸収し、内部にチタン水素化物が形成される場合がある。チタン水素化物は母材に比べ著しく脆いため、大量に発生すると、チタンおよびチタン合金管は脆化してしまう。このような現象は、高温水蒸気に晒される熱交換器用チューブや、非酸化性の酸液環境に晒される管、あるいは接触する鋼材の電気防食を行う場合に起ることがある。したがって、チタンおよびチタン合金管がこれらの特に過酷な腐食環境下にて使用されると、水素を吸収して水素化物が生成しやすく、水素脆化割れを起しやすくなるため、チタンおよびチタン合金管を使用できないという問題があった。
【0004】
この問題を解決すべく、水素侵入を防止する製造方法や耐水素吸収特性に優れた種々の合金が提案されている。
【0005】
特許文献1には、窒化チタン層をチタン表面に被覆することにより水素吸収防止効果を高め、脆化を防ぐ方法が開示されている。比較的安価に耐水素吸収性が改善できる方法であるが、表面窒化チタン皮膜が異物との接触、特に、造管ロールと強く接触する連続式ロール成形による造管工程や、管製品として熱交換器等に使用される際に、サンドエロージョンなどで剥離してしまうと、その効果は損なわれてしまう。
【0006】
特許文献2には、表面にチタン水素化物含有層を予め設けることにより、水素吸収が進まなくなるという作用を利用して耐水素脆化特性を高める方法が開示されている。しかし、水素化物形成を制御することは困難であり、バルクの脆化が起る水素化物量に達する可能性も高い。また、そのような延性の低い水素化物層がフープ表面に存在すると、造管時のロール成形の際に表面割れなどの欠陥が発生してしまい、製品の歩留が低くなりやすいことから、実用性に乏しい。
【0007】
チタンに貴金属元素を添加して、耐食性を上げることにより耐水素吸収特性を高めた合金も提案されている。Pdを添加した合金が特許文献3に、また、Zr、Hfを添加した合金が特許文献4に開示されている。これら合金では、耐食性、耐水素吸収性は純チタンより大きく向上するが、上記添加元素はいずれもチタンよりも遥かに高価であり、合金の製造コストが大幅に高くなってしまう問題がある。
【0008】
これに対し、チタンよりも安価なAlを添加して合金とし、さらに最表面にAl富化層を設けると、水素の内方拡散が小さくなることを利用して、耐水素吸収性に優れるチタン合金が特許文献5に開示されている。この合金では、Al添加量を低く抑えることにより、純チタンと同等の冷間加工性が得られるとしている。しかし、Ti中でAlはOの存在下、Tiとの金属間化合物を形成しやすく、それに伴い、塑性変形能に大きな影響を与える双晶変形が抑制される。さらに、表面のAl富化層は硬くて脆いために、ロール成形による造管工程で表面欠陥を生成しやすく、溶接管を安定的に造管することは困難であった。
【0009】
さらに、水素化物が生成し難く電解銅箔製造用カソード電極板として最適であるとして、Cuを添加したチタン合金が、特許文献6に開示されている。これは、TiにCuを添加することにより固溶水素量が増加する機構に基づく。すなわち、当該技術では、Cuをできるだけ多くチタンに固溶させることにより、チタン合金中の水素の固溶限を高め、水素化物発生を抑えることを目的としたものである。しかし、熱交換器用途などの過酷な水素吸収環境下では、表面近傍のごく一部の領域において水素濃度が水素固溶限を上回り、僅かではあるが、水素化物を発生してしまう恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平3−243759号公報
【特許文献2】特開2005−36314号公報
【特許文献3】特開2000−248324号公報
【特許文献4】特開2006−291263号公報
【特許文献5】特開2003−129152号公報
【特許文献6】特開2004−250753号公報
【特許文献7】特開2005−298970号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、水素吸収により脆化が起る恐れのある環境下にて、耐食性および耐水素侵入性を必要とされる復水器あるいは化学プラントなどの多管式熱交換器用途に使用される、耐水素吸収性および造管性に優れたチタン合金溶接管、あるいはその材料となるチタン合金フープ製品およびそれらの製造法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
耐水素吸収性に優れ、水素化物による水素脆化が生じにくいと同時に、製造コストが比較的低いチタン合金溶接管ならびにその材料となるフープ材のニーズは高い。本発明者らは、Tiに、比較的安価な元素であるCuを適正量添加し、Ti2Cuを最大相とする析出相を生成させると共に、Fe添加量を低く抑えることにより、耐水素吸収特性が向上することを見出した。
【0013】
すなわち、本発明者らは、TiにCuを添加し、Ti2Cuを最大相とする析出相を積極的に生成させた場合は、添加Cuの大部分をチタンに固溶させることによってチタン合金中の水素の固溶限を高めた場合よりも、さらに耐水素吸収特性に優れることを見出した。
【0014】
また、Ti2Cuを最大相とする析出相は析出強化による強度上昇が僅かであり、溶接管を製造する際のロール成形工程での加工性を損ねることはないことが分った。
【0015】
本発明は、以上の事情を背景としてなされたものであり、耐水素吸収特性に優れた比較的低コストのチタン合金溶接管ならびにその材料となるフープ材、およびその製造方法を提供することを目的とするものである。
【0016】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を骨子とする。
(1)質量%で0.6〜1.8%のCu、0.03%以下のFe、0.16%以下のO、残部Tiおよび総量で0.3%以下の不純物元素からなり、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出物を体積分率で0.5〜3.5%含むことを特徴とする、耐水素吸収特性に優れるチタン合金溶接管。
(2)質量%で0.6〜1.8%のCu、0.03%以下のFe、0.16%以下のO、残部Tiおよび総量で0.3%以下の不純物元素からなり、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出物を体積分率で0.5〜3.5%含むことを特徴とする、耐水素吸収特性ならびに造管性に優れるチタン合金フープ製品。
(3)最終焼鈍温度を、480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下の温度域にて行うことを特徴とする上記(1)に記載の耐水素吸収特性に優れるチタン合金溶接管の製造方法。
ここで、[%Cu]は、該チタン合金のCu含有量化学分析値(質量%)である。
(4)最終焼鈍温度を、480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下の温度域にて行うことを特徴とする上記(2)に記載の耐水素吸収特性ならびに造管性に優れるチタン合金フープ製品の製造方法。
ここで、[%Cu]は、該チタン合金のCu含有量化学分析値(質量%)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは上記課題を解決すべく、チタンの耐水素吸収特性におよぼす成分元素の影響を詳しく調査した結果、チタンに一定量のCuを添加して、Ti2Cuを最大相とする析出物を微細に析出させるとともに、OならびにFeの含有量を適正に調整することにより、耐水素吸収特性ならびに冷間加工性を向上させることが可能であることを見出した。
【0018】
ここで、Ti2Cuを最大相とする析出物とは、Ti、Cuおよび不純物元素からなる析出物であって、Ti2Cuを体積率で、最大相とする析出物をいう。Ti2Cuを最大相とする析出物は、薄膜試料による、X線エネルギー分散型分析器装備の透過電子顕微鏡観察における電子線回折及び特性X線分析によってその存在を確認でき、その大きさと数量を測定できる。また、電解・化学処理等によって、母相の一部を溶解させ、析出物を表面に露出させた試料による、電解放射型電子銃およびX線エネルギー分散型分析器装備の走査電子顕微鏡観察によって、その存在を確認でき、その大きさと数量を測定できる。前記透過電子顕微鏡観察または、走査電子顕微鏡観察におけるX線エネルギー分散型分析により、析出相におけるCuの原子%濃度が、不純物元素よりも2倍以上高く、TiとCuの原子%比(Tiの原子%:Cuの原子%)が、1.8〜2.0:1の範囲に入る析出相は、本発明で言う、Ti2Cuを最大相とする析出物である。
【0019】
以下、本発明のチタン合金溶接管及び該チタン合金溶接管の材料となるチタン合金フープ製品について説明する。
【0020】
まず、本発明に示した各種含有元素を選択した理由と、その含有量範囲を限定した理由を示す。
【0021】
Cuはチタンα相中に質量%で最大1.5%まで固溶する。固溶状態のCuは、固溶体強化により高温強度を高めるとともに、双晶変形発生を損なわずに強化する作用があることが知られており、その効果は特許文献7等により公開されている。また、先に述べた特許文献6に開示されている技術は、TiにCuを添加し固溶させることにより、チタン合金中の固溶水素量を増加させ、水素化物生成を抑えることを目的としたものである。
【0022】
一方、Ti−Cu合金でα相中にTi2Cuを最大相とする析出相を適正量生成させると、析出強化による強度上昇はさほど大きくないが、α粒界へのピニング効果によりα相の粒成長を抑制する作用がある。これらの作用により、連続ロール成形による造管工程にて、オレンジピールと呼ばれる皺発生が抑えられ、造管性は向上することが分った。また、本発明者らは、Ti2Cuを最大相とする析出相は水素過電圧を下げて、不働態皮膜の強化をもたらすことを見出した。Ti2Cuを最大相とする析出相はチタン合金表面でカソード反応サイトとして作用し、水素ガス発生反応が当該析出相上で起りやすくなるが、この時、チタン合金内部への水素拡散に伴う水素吸収が抑制されることを新たに知見した。このTi2Cuを最大相とする析出相のサイズと生成量を制御すると、水素吸収が特に起りにくくなることも見出した。
【0023】
この時、Ti2Cuを最大相とする析出相の粒径が、10nm未満と超微細であると、カソード反応に伴う水素ガス発生サイトとして作用しにくく、母材で主に水素ガス発生反応が起り、母材中への水素吸収は抑制できない。一方、粒径が1000nmを超えると析出粒子は均一なカソード反応サイトとして作用しにくく、この場合も水素ガス反応は母材でも起り、母材中に水素が吸収されてしまい、耐水素吸収特性は劣化してしまう。したがって、Ti2Cuを最大相とする析出相の粒径は10〜1000nmとする必要がある。
【0024】
また、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相の体積分率が0.5%未満では、水素ガス発生反応が析出相上のみで起らず母材でも起ることから、母材への水素吸収は避けられない。一方、Ti2Cuを最大相とする析出相の体積分率が3.5%を超えると、析出相の偏在および凝集粗大化が起りやすくなる。この時、水素ガス発生反応サイトが不均一に分布することとなり、水素ガス発生反応は系内で不均一に起るようになり、母材中でもその反応が起ってしまうため耐水素吸収性は低下する。そのため、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相は、チタン溶接管が使用される腐食環境下で水素吸収を起させないためには、体積分率で0.5〜3.5%析出していることが必要である。さらに、特に、化学プラントや復水器用途でカソード防食する場合など、さらに高い耐水素脆性を要求される用途においては、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相は、体積分率で0.6〜2.0%析出していることが望ましい。
【0025】
Cu添加量の上限を1.8%としたのは、これを超えて添加すると、Ti2Cuを最大相とする析出相が体積分率で3.5%を超えて生成するため、析出相が偏在しやすくなり、さらに析出相粒径が1000nmを超えるような粗大化が起り、耐水素吸収性が低下してしまうからである。また、合金中に、Ti2Cuを最大相とする析出相を均一に分散析出させ、チタン溶接管が使用される腐食環境下で、水素ガス発生サイトとして有効に作用させるCuの最低添加量は0.6%であるため、Cuは0.6%以上添加する必要がある。
【0026】
Feはチタンのβ相を安定化する元素であり、室温から高温域にかけβ相を発現させる。さらに、チタンのβ相に固溶したFeは水素を吸収しやすい。Fe含有量が0.03%以下であれば、発生するβ相は、熱交換器用途やカソード防食を行っている環境など、高い耐水素吸収性が要求される分野において実用上問題のない量であるが、これを超えて添加されると、β相の量が増え、β相に濃化しやすいCuがβ相に集中しやすくなる。こうしてCuの濃化したβ相中に、Ti2Cuを最大相とする析出相が集中して析出するため、析出物は粗大化しやすくなり、均一な分布状態ならびに水素ガス発生サイトが得られないこととなる。同時に、0.03%超のFeを含有すると、熱交換器用途やカソード防食を行うなどの過酷な腐食条件下では、水素を吸収しやすい、Feの固溶したβ相の分率が高まるため、耐水素吸収性の低下を招いてしまう。したがって、Feの含有量は0.03%以下である必要がある。
【0027】
Oはα相中に固溶し固溶体強化する作用を有するため、過度に添加すると、ロール成形時の冷間加工性の低下をもたらすこととなる。この時、純チタン2種相当の高い冷間加工性を維持するには、O量は0.16%以下に抑える必要があるため、O量の上限を0.16%とした。
【0028】
その他に、不純物元素として、N、C、Ni、Cr、Al、Sn、Si、Hなど、通常のチタン材に含まれる元素については、これらの総和が0.3%を超えなければ、耐水素吸収性ならびに冷間加工性に悪影響をもたらさない。したがって、これら不純物元素の総和が0.3%以下であれば、含有しても問題はない。
【0029】
次に、本発明のチタン合金溶接管及び該チタン合金溶接管の材料となるチタン合金フープ製品の製造方法について説明する。
【0030】
本発明のチタン合金成分を有する製品の製造方法において、最終焼鈍を480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下の温度域にて行うことを特徴とする、耐水素吸収性ならびに冷間加工性に優れたチタン合金溶接管および溶接管用フープ材の製造方法である。最終焼鈍を当該温度範囲で行うことにより、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相を体積分率で0.5〜3.5%含むものとすることができる。
【0031】
すなわち、480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下の温度域はTi2Cuを最大相とする析出相が粒径10〜1000nm程の微細なサイズで、かつ、0.5〜3.5%の体積分率で均一に析出しやすい温度範囲であり、この温度域で最終焼鈍することにより、耐水素吸収特性を高めることができる。
【0032】
なお、730[%Cu]0.126℃は、Ti−Cu二元系平衡状態図における、Ti2Cu析出曲線から求めた式である。すなわち、480℃以上で、該Ti2Cu析出曲線よりも160℃低い温度以下で最終焼鈍することで、請求項1に示される化学組成範囲内のチタン合金においては、請求項1に示される、Ti2Cu析出相の所定の状態が、工業的に得られることを知見したものである。ただし、480℃未満の温度では効果を生み出す焼鈍時間が長くなることから、極力避けた方が望ましい。
【0033】
なお、上記最終焼鈍は、冷間圧延製品における冷間圧延後の最終焼鈍であっても、熱間圧延製品における熱間圧延後の最終焼鈍であっても良く、製品出荷前の最終焼鈍を示している。
【実施例】
【0034】
<実施例1>
真空アーク溶解法により表1に示す合金番号1〜18の組成のチタン材を溶解し、これを熱間鍛造してスラブとし、860℃に加熱した後、熱間圧延により厚さ3mmの板材とした。
【0035】
この熱間圧延した板材をショットブラストおよび酸洗して酸化スケールを除去した後、冷間圧延により厚さ0.5mmの薄板材とした。それに最終焼鈍として550℃×6時間、炉冷の真空焼鈍を施した後、形状矯正を施した。この薄板材より切出した25mm×50mmのクーポンサンプルを600番エメリー紙で湿式研磨した後、70℃、5%のH2SO4水溶液中に24時間浸漬した場合の耐食性を評価した。また、腐食試験後のサンプルより分析用試験片を切出して、溶融法により水素濃度を測定した。溶接管の造管性は、ロール成形およびTIG溶接により連続造管するラインにおいて、造管長さ10000mまでのロールキズ発生有無を目視検査することにより評価した。さらに、金属組織観察用試験片を採取し、長手方向断面を2%弗酸水溶液でエッチングして、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いてTi2Cuを最大相とする析出相を観察し、観察断面内で直径10〜1000nmの析出相の体積分率を調査した。析出相におけるCuの原子%濃度が、不純物元素よりも2倍以上高く、TiとCuの原子%比が、1.8〜2.4:1の範囲に入る析出相は、Ti2Cuを最大相とする析出物として、その大きさと数量を画像解析装置を併用して解析した。観察視野では、析出相の大きさによって適宜倍率を変え、50〜100視野を観察した。
【0036】
ここで求まった球相当直径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相の、球相当体積の総計を求めた。さらに、予め計測しておいた、試料の前記エッチング前後における重量差から、エッチングによる母相の溶出量を算出し、試料中に含まれていた前記Ti2Cuを最大相とする析出相の球相当体積による体積分率を求めた。
【0037】
これらの評価結果も併せて表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1において、試験番号1はJIS2種純チタンの例である。試験番号1では腐食速度はやや大きく、水素吸収性も十分ではない。一方、試験番号2はAlを数%含有する合金の例であり、耐水素吸収性を向上させるために、表面にAl濃化層を付与している。この合金の場合、耐水素吸収性は良好であるが、ロール成形を開始した直後にロールキズが発生した。これは表面のAl濃化層が硬くてロール成形時にその表面層の一部が割れ、ロール表面に破片が付着して、ロールキズとして溶接管表面に転写されたためであり、造管性は十分とはいえない。試験番号1、2ともに、Ti2Cu最大相とする析出相生成は認められない。
【0040】
これに対し、本発明の実施例である試験番号5、6、8、10、11、13〜18では、腐食速度、水素吸収量ともに低く抑えられている。また、造管性もJIS2種純チタンと同様であり、良好な加工性を有する。これらはいずれも、10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相を体積分率で0.5〜3.5%含んでおり、その析出量が適正な範囲にあることは明らかである。
【0041】
一方、試験番号4、7、9では腐食速度は低いものの、水素侵入量は本発明材に比べて高くなっていた。このうち、試験番号4は、Cu添加量が本発明の下限値である0.6%を下回っており、Ti2Cuを最大相とする析出相の生成量も0.5%未満である。この材料では、水素ガス発生サイトとして十分に機能するだけの析出相が得られなかったため、水素吸収量は比較的高かった。また、試験番号7では、Cu添加量が本発明の上限値である1.8%を越えて添加されたため、Ti2Cuを最大相とする析出相が、体積分率で3.5%を超えて多量に析出して凝集粗大化を招き、水素ガス発生反応サイトとして有効に機能しなかったためである。一方、試験番号9では、一部に1000nmを超える粗大なTi2Cuを最大相とする析出相が生成していた。これは、β安定化元素であるFeの含有量が、本発明の上限である0.03%を越えて添加されたためβ相の量が増え、Cuがそこに集中的に濃縮して粗大な析出相が生成し、化学プラント用途などの過酷な腐食環境下でカソード反応サイトとして有効に機能しなかったことと、固溶するFeが水素吸収を促進したことから、耐水素侵入性が低下したものである。
【0042】
また、試験番号12では、造管時に軽微ではあるがロールキズが発生していた。これはOが、当該発明の上限である0.16%を超えて添加されたため、強度が上昇し造管ロールとの接触応力が増加したためである。
【0043】
以上のように、本発明に規定された元素含有量およびTi2Cuを最大相とする析出相の体積分率からなるチタン合金は、JIS2種純チタンよりも優れた耐水素侵入性と、同等の造管特性を有しているが、本発明に規定された合金元素量ならびに、Ti2Cuを最大相とする析出相の体積分率を外れると、所望の耐水素侵入特性および冷間加工性を得ることはできない。
【0044】
<実施例2>
表1の合金番号8、11、18の素材を製造する際の中間製品である板厚3mmの熱間圧延板を使用して、ショットブラストおよび酸洗して酸化スケールを除去した後、冷間圧延により厚さ1mmの薄板材とした。それに最終焼鈍として表2に示す条件にて真空焼鈍を施した後、形状矯正を施した。この薄板材を25mm×50mmのクーポンサンプルに切断し、600番エメリー紙で湿式研磨した後、70℃、5%のH2SO4水溶液中に24時間浸漬した場合の耐食性を評価するとともに、腐食試験後に分析用試験片を切出して溶融法により水素濃度を測定した。溶接管の造管性は、ロール成形およびTIG溶接により連続造管するラインにおいて、ロールキズの発生有無を目視検査するとともに、表面肌荒れの発生有無を観察することにより評価した。また、金属組織観察用試験片を採取し、長手方向断面を2%弗酸水溶液でエッチングして、電解放射型電子銃およびX線エネルギー分散型分析器装備の走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、直径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相を観察し、体積分率を調査した。析出相におけるCuの原子%濃度が、不純物元素よりも2倍以上高く、TiとCuの原子%比が、1.8〜2.4:1の範囲に入る析出相は、Ti2Cuを最大相とする析出物として、その大きさと数量を画像解析装置を併用して解析した。観察視野では、析出相の大きさによって適宜倍率を変え、50〜100視野を観察した。
【0045】
ここで求まった球相当直径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相の、球相当体積の総計を求めた。さらに、予め計測しておいた、試料の前記エッチング前後における重量差から、エッチングによる母相の溶出量を算出し、試料中に含まれていた前記Ti2Cuを最大相とする析出相の球相当体積による体積分率を求めた。
【0046】
これらの評価結果も併せて表2に示す。また、表2中のT(℃)はT(℃)=730[%Cu]0.126−160℃により計算される、請求項2に示した焼鈍上限温度である。
【0047】
【表2】

【0048】
表2は、表1の合金番号8、合金番号11、合金番号18に示す組成を素材にした薄板試験材における結果である。最終焼鈍を480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下の温度域で実施した本発明例である試験番号20、21、24、25、28、29は、いずれも高い耐食性を有し、水素吸収量が非常に低く、優れた耐水素吸収性を示した。一方、比較例である試験番号19、22、23、26、27、30については、最終焼鈍温度が本発明範囲外であり、その結果、水素吸収量が高かった。これは、焼鈍温度が480℃未満である試験番号19、23、27では、Ti2Cuを最大相とする析出相で10nm以下の微細なものの割合が増えたためである。一方、焼鈍温度が730[%Cu]0.126−160℃を超える、試験番号22、26、30では、Ti2Cuを最大相とする析出相が一部再固溶して、析出相生成量がやや低くなったためである。これらの結果から、水素吸収による水素化物析出およびそれに伴う水素脆化が特に問題となる用途においては、焼鈍を480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下で行う本発明方法により、Ti2Cuを最大相とする析出相を均一微細に分散させるとこによって本発明のチタン合金溶接管および溶接管用フープ製品が得られることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のチタン合金溶接管およびフープ製品は、純チタンでは水素吸収による水素脆化が問題となる環境に使用されるとともに、純チタン2種材同等のロール成形加工性を有している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で0.6〜1.8%のCu、0.03%以下のFe、0.16%以下のOを含有し、残部Tiおよび総量で0.3%以下の不純物元素からなり、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相を体積分率で0.5〜3.5%含むことを特徴とする、耐水素吸収性に優れるチタン合金溶接管。
【請求項2】
質量%で0.6〜1.8%のCu、0.03%以下のFe、0.16%以下のOを含有し、残部Tiおよび総量で0.3%以下の不純物元素からなり、粒径10〜1000nmのTi2Cuを最大相とする析出相を体積分率で0.5〜3.5%含むことを特徴とする、耐水素吸収性ならびに造管性に優れるチタン合金フープ製品。
【請求項3】
最終焼鈍温度を、480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下の温度域にて行うことを特徴とする、請求項1に記載の耐水素侵入性に優れるチタン合金溶接管の製造方法。
ここで、[%Cu]は、該チタン合金のCu含有量化学分析値(質量%)である。
【請求項4】
最終焼鈍温度を、480℃以上、730[%Cu]0.126−160℃以下の温度域にて行うことを特徴とする、請求項2に記載の耐水素吸収性ならびに造管性に優れるチタン合金フープ製品の製造方法。
ここで、[%Cu]は、該チタン合金のCu含有量化学分析値(質量%)である。

【公開番号】特開2013−1973(P2013−1973A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−135652(P2011−135652)
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】