説明

耐水素脆化感受性に優れた溶接金属

【課題】高強度であっても、耐水素脆化感受性に優れたものとし、低温割れの生じないようにした溶接金属を提供する。
【解決手段】フラックス入りワイヤを用い、ガスシールドアーク溶接によって形成される溶接金属であって、所定の化学成分組成を有し、酸化物粒子全質量当たり20質量%以上のTiを含有する酸化物粒子で、円相当直径:0.15〜1.0μmのものが5000個/mm2以上存在すると共に、溶接金属中に化合物として存在する溶接金属全質量当たりのV量が0.002%以上であり、更に、溶接金属中に存在するV含有炭化物の平均円相当直径が15nm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接構造物に使用される溶接金属において、水素脆化に対する感受性を低減した溶接金属に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高張力鋼を溶接する際には、溶接金属部の低温割れ防止の観点から、予熱/パス間温度を厳密に管理する必要があり、施工効率低下の原因となっている。近年、溶接構造物に使用される鋼材は、ますます高強度化しており、溶接金属においても高強度化への要求が高まっている(例えばHT780:ハイテン780MPa級)。
【0003】
このような高強度化は、耐低温割れ性を低下させる傾向があり、耐低温割れ性を改善することが必要となる。特に、フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接では、優れた溶接作業性を有するため、この溶接法によって形成される溶接金属において、耐低温割れ性を確保する技術が求められている。
【0004】
上記のような低温割れは、拡散性水素が粒界に偏析し、粒界強度が低下する(以下、これを「水素脆化」と呼ぶ)ことが原因であると推察されており、耐低温割れ性の改善に対しては、拡散性水素をいかに低減するかが重要なポイントとなる。
【0005】
こうしたことから、溶接金属の耐低温割れ性を向上させるためには、溶接金属における水素脆化に対する感受性を低くすることが必要となり、こうした観点から、様々な技術が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1では、水素トラップ能力の高いMo炭化物(Moを含む炭化物)を溶接金属内に分散させることによって、低温割れの防止を図る技術が開示されている。しかしながらこの技術では、Mo炭化物を分散させるために、鋼材を突き合わせた後、内面側からサブマージアーク溶接するという特殊な溶接手法を採用する必要があり、鋼材の溶接一般に適用できない。
【0007】
また特許文献2には、拡散性水素をトラップするのに有効なSi−Mn−Ti−Al系複合酸化物を溶接金属に分散させることで、溶接継手の低温割れを防止する技術が開示されている。しかしながらこの技術では、想定する強度レベルが引張り強度にして588.4MPa以上であり、十分な強度が確保できているとは言えない。
【0008】
特許文献3には、拡散性水素量を低減すると共に、強度と化学成分組成を適切に制御することによって、耐低温割れ性を改善する技術が提案されている。しかしながら、この技術においても、満足すべき強度レベルが成分の影響を受けるため、実際の施工に際しては適用箇所が限られる。
【0009】
一方、V添加により溶接金属中の拡散性水素を吸蔵させると共に、微細炭化物を生成することで溶接金属中の炭素を固定し、耐低温割れ性を改善する技術(例えば、特許文献4、5)や、フラックス成分を詳細に制御することで、低温靭性、耐力および耐割れ性を兼備する技術(例えば、特許文献6、7)等も提案されている。これらの技術は、いずれも耐低温割れ性の改善を目的としたものであるが、実際の溶接施工においては、種々の要因で溶接金属中の水素量が増加する可能性があるため、より本質的な方向として、耐水素脆化感受性を改善することが必要である。
【0010】
また特許文献8には、TiやSi等を含む酸化物形態を精緻に制御し、これら酸化物を起点に微細アシキュラーフェライト組織を発現させることで強度と靭性を両立する技術も提案されている。しかしながらこの技術では、耐低温割れ性については何ら考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2005−40816号公報
【特許文献2】特開2001−348649号公報
【特許文献3】特開平11−147196号公報
【特許文献4】特開平8−257785号公報
【特許文献5】特許第3208556号公報
【特許文献6】特開2010−274304号公報
【特許文献7】特開2008−87043号公報
【特許文献8】特開2010−115701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、高強度であっても、耐水素脆化感受性に優れたものとし、低温割れの生じないようにした溶接金属を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決することのできた本発明に係る溶接金属とは、フラックス入りワイヤを用い、ガスシールドアーク溶接によって形成される溶接金属であって、C:0.02〜0.12%(「質量%」の意味。化学成分組成について、以下同じ)、Si:0.1〜0.80%、Mn:0.9〜2.5%、Ni:0.20〜3.5%、Mo:0.05〜1.50%、Ti:0.040〜0.15%、V:0.05〜0.60%、N:0.015%以下(0%を含まない)およびO:0.030%以上を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、酸化物粒子全質量当たり20%以上のTiを含有する酸化物粒子で、円相当直径:0.15〜1.0μmのものが5000個/mm2以上存在すると共に、溶接金属中に化合物として存在する溶接金属全質量当たりのV量が0.002%以上であり、更に、溶接金属中に存在するV含有炭化物の平均円相当直径が15nm以下である点に要旨を有するものである。
【0014】
尚、上記「化合物」とは、炭化物の他、窒化物、炭窒化物等の化合物を含む趣旨である。またV含有炭化物とは、VCは勿論のこと、他の元素(例えば、Ti,Nb,Mo等)を総量で25原子%程度以下まで含有するものをも含む趣旨である。上記「円相当直径」とは、光学顕微鏡や透過型電子顕微鏡(TEM)の観察面上で認められる酸化物粒子またはV含有炭化物の大きさに着目して、その面積が等しくなるように想定した円の直径である。
【0015】
本発明の溶接金属においては、更に他の元素として、(a)Cr:2.0%以下(0%を含まない)、Nb:0.15%以下(0%を含まない)およびCu:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(b)Al:0.020%以下(0%を含まない)および/またはZr:0.10%以下(0%を含まない)、(c)B:0.0050%以下(0%を含まない)、等を含有させることも好ましく、含有させる元素の種類に応じて溶接金属の特性が更に改善される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、化学成分組成と共に、所定の大きさのTi含有酸化物粒子の個数密度、溶接金属中に化合物として存在するV量、および溶接金属中に存在するV含有炭化物の大きさ等を適切に制御するようにしたので、耐水素脆化感受性に優れた溶接金属が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】溶接金属を作製するときの開先形状を示す概略説明図である。
【図2】丸棒試験片の採取位置を示す概略説明図である。
【図3】再熱サイクルを模擬した熱サイクル(時間と温度の関係)を示すグラフである。
【図4】引張り試験を行ったときの試験片の形状を示す説明図である。
【図5】水素吸蔵量を測定するときの試験片の形状を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、フラックス入りワイヤを用い、ガスシールドアーク溶接によって形成されるHT780クラスの高強度溶接金属において、耐水素脆化感受性を改善する手段について様々な角度から検討した。その結果、拡散性水素のトラップサイトとして作用するV含有炭化物を適正な形態で存在させると共に、酸化物起点のアシキュラーフェライト生成により組織を微細化させることで、耐水素脆化感受性が改善されることを見出し、本発明を完成した。
【0019】
即ち、溶接金属成分を所定の範囲に制御すると共に、酸化物粒子全質量当たり20%以上のTiを含有する酸化物(以下、これを「Ti酸化物」と呼ぶことがある)粒子で、円相当直径:0.15〜1.0μmのものを5000個/mm2以上確保すると共に、溶接金属中に化合物として存在する溶接金属全質量当たりのV量(以下、「化合物型V量」と呼ぶことがある)を0.002%以上とし、更に、溶接金属中に存在するV含有炭化物の平均円相当直径を15nm以下に制御することによって、HT780クラスの溶接金属において、耐水素脆化感受性が改善されることが判明した。
【0020】
耐水素脆化感受性を優れたものとするためには、拡散性水素の低減が有効である。拡散性水素を低減するためには、V含有炭化物を存在させることが有効であることが従来から知られていたが、溶接金属においては、特に溶接ままで適切に析出させることが困難であったため、十分に活用されているとは言い難い状況であった。そこで本発明者らは、V含有炭化物析出促進の観点から、溶接材料の成分および溶接条件を検討し、両者を適切に制御することで、水素脆化感受性改善に有効なV含有炭化物を分散させることに成功したのである。これらの要件を規定した理由は、下記の通りである。
【0021】
[Ti酸化物粒子で円相当直径が0.15〜1.0μmのものの個数:5000個/mm2以上]
Ti酸化物粒子が粒内変態の起点として作用することで、組織を著しく微細化し、水素脆化感受性を低下させるのに有効に作用する。こうした効果を発揮させるためには、その個数は5000個/mm2以上とする必要がある。Ti酸化物粒子の個数は、8000個/mm2以上であることが好ましい(より好ましくは、9000個/mm2以上)。Ti酸化物粒子の個数の上限は、特に規定するものではないが、好ましくは40000個/mm2以下であり、より好ましくは30000個/mm2以下(更に好ましくは20000個/mm2以下)である。尚、測定対象とするTi酸化物粒子の大きさを、円相当直径で0.15〜1.0μmとしたのは、円相当直径が0.15μmよりも小さいと粒内変態の起点としての能力が低下するためであり、また1.0μmより大きいものが多数存在すると、粒内変態がより高温で起こり、強度の低下をもたらすからである。
【0022】
[溶接金属中の化合物型V量:0.002%以上]
化合物型V量が0.002%未満となると、拡散性水素トラップサイトとなるV含有炭化物の量が不足する。尚、化合物型V量は0.003%以上であることが好ましい(より好ましくは0.005%以上)。また化合物型V量の好ましい上限は0.05%以下であり、より好ましくは0.03%以下(更に好ましくは0.02%以下)である。
【0023】
[溶接金属中に存在するV含有炭化物の平均円相当直径:15nm以下]
上記で化合物型V量が確保されていても、V含有炭化物の平均円相当直径が15nmを超えると、V含有炭化物粒子が粗大となり、V含有炭化物粒子数が減少するため、トラップ効果が十分に発揮されなくなる。溶接金属中に存在するV含有炭化物の平均円相当直径は、12nm以下であることが好ましく、より好ましくは10nm以下である。
【0024】
次に、本発明の溶接金属における化学成分組成について説明する。本発明の溶接金属において、その化学成分組成を適切に制御することも重要な要件であるが、その範囲設定理由は以下の通りである。
【0025】
[C:0.02〜0.12%]
Cは、溶接金属の強度を確保するために欠くことのできない元素であり、こうした効果を発揮させるには、0.02%以上含有させる必要がある。好ましくは0.04%以上であり、より好ましくは0.06%以上である。しかしながら、C含有量が0.12%を超えると、強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなる(耐水素脆化感受性が劣化する)。尚、C含有量の好ましい上限は、0.10%であり、より好ましくは0.08%以下である。
【0026】
[Si:0.1〜0.80%]
Siは、脱酸元素であり、溶接金属を清浄化する作用を有する。こうした効果を発揮させるためには、Si含有量は0.1%以上とする必要がある。好ましくは0.25%以上、より好ましくは0.28%以上含有させるのがよい。しかしながら、Si含有量が過剰になると、酸化物を起点とする粒界変態が抑制され、水素脆化感受性が高くなるので、0.80%以下に抑える必要がある。好ましくは0.7%以下であり、より好ましくは0.5%以下に抑えるのが良い。
【0027】
[Mn:0.9〜2.5%]
Mnは、溶接金属の強度を確保する上で必要な元素であり、こうした効果を発揮させるには、0.9%以上含有させる必要がある。好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.5%以上である。しかしながら、2.5%を超えて過剰に含有させると、強度の過大な上昇による水素脆化感受性が高くなる原因となる。好ましくは2.2%以下であり、より好ましくは2.0%以下である。
【0028】
[Ni:0.20〜3.5%]
Niは、溶接金属の強度を確保する上で必要な元素であり、こうした効果を発揮させるには、0.20%以上含有させる必要がある。好ましくは0.5%以上、より好ましくは
1.0%以上である。しかしながら、3.5%を超えて過剰に含有させると、強度の過大な上昇による水素脆化感受性が高くなる原因となる。好ましくは3.0%以下であり、より好ましくは2.8%以下である。
【0029】
[Mo:0.05〜1.50%]
Moは、溶接金属の強度を向上する上で必要な元素であり、こうした効果を発揮させるには、0.05%以上含有させる必要がある。好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.2%以上である。しかしながら、1.50%を超えて過剰に含有させると、強度の過大な上昇による水素脆化感受性が高くなる原因となる。好ましくは1.0%以下であり、より好ましくは0.50%以下である。
【0030】
[Ti:0.040〜0.15%]
Tiは、粒内変態の起点となる酸化物を形成し、組織を微細化することで耐水素脆化特性の改善に有効な元素である。こうした効果を発揮させるには、0.040%以上含有させる必要がある。好ましくは0.050%以上、より好ましくは0.055%以上である。しかしながら、0.15%を超えて過剰に含有させると、強度の過大な上昇による水素脆化感受性が高くなる原因となる。好ましくは0.12%以下であり、より好ましくは0.08%以下である。
【0031】
[V:0.05〜0.60%]
Vは、拡散型水素のトラップサイトとなるV含有炭化物を形成することで、耐水素脆化特性の改善に有効な元素である。こうした効果を発揮させるには、0.05%以上含有させる必要がある。好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.15%以上である。しかしながら、0.60%を超えて過剰に含有させると、強度を過大に上昇させ、水素脆化感受性が高くなる原因となる。
【0032】
[N:0.015%以下(0%を含まない)]
Nは、不可避的に混入してくる元素であり、溶接金属の強度を向上する上で有効であるが、過剰に含有させると、強度の過大な上昇により水素脆化感受性が高くなる原因となる。こうしたことから、N含有量は0.015%以下とする必要がある。好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.006%以下である。尚、Nは工業的に0%とすることは困難である。
【0033】
[O:0.030%以上]
Oは、粒内変態の起点となる酸化物を形成し、組織を微細化することで耐水素脆化特性の改善に有効な元素である。こうした効果を発揮させるには、0.030%以上含有させる必要がある。好ましくは0.035%以上、より好ましくは0.040%以上である。尚、O含有量の上限については、特に設定するものではないが、含有量が過剰になると、靭性に悪影響を及ぼすため、0.10%以下(より好ましくは0.080%以下)であることが好ましい。
【0034】
本発明で規定する含有元素は上記の通りであって、残部は鉄および不可避的不純物であり、該不可避的不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、P,S,Sn等)の混入が許容され得る。但し、一般に不純物は粒界に偏析することで粒界強度を低下させ、低温割れを助長するため、特にP:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.025%以下(0%を含まない)に夫々抑制することが好ましい。また、これら以外の不可避的不純物は、合計で0.010%以下(0%を含まない)とすることが好ましい。
【0035】
本発明の溶接金属においては、更に他の元素として、(a)Cr:2.0%以下(0%を含まない)、Nb:0.15%以下(0%を含まない)およびCu:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(b)Al:0.020%以下(0%を含まない)および/またはZr:0.10%以下(0%を含まない)、(c)B:0.0050%以下(0%を含まない)、等を含有させることが好ましく、含有させる元素の種類に応じて溶接金属の特性が更に改善される。これらの元素を含有させるときの範囲設定理由は下記の通りである。
【0036】
[Cr:2.0%以下(0%を含まない)、Nb:0.15%以下(0%を含まない)およびCu:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
Cr,NbおよびCuは、溶接金属の強度を向上する上で有効な元素である。このうちCuは、低温靭性の確保にも有効に作用する。しかしながら、これらの元素を過剰に含有させると、強度の過大な上昇により水素脆化感受性が高くなる原因となる。こうしたことから、Crで2.0%以下(より好ましくは1.5%以下、更に好ましくは1.0%以下)、Nbで0.15%以下(より好ましくは0.10%以下、更に好ましくは0.08%以下)、またはCuで1.0%以下(より好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.2%以下)に、夫々抑制することが好ましい。尚、上記効果を発揮させるための好ましい下限は、Crで0.05%以上、Nbで0.01%以上、またはCuで0.05%以上である(いずれも、0.01%未満で不可避的不純物レベル)。
【0037】
[Al:0.020%以下(0%を含まない)および/またはZr:0.10%以下(0%を含まない)
AlとZrは、いずれも強脱酸元素であり、溶接金属を清浄化させるのに有効である。しかしながら、過剰に含有させると、粒内変態の起点となる酸化物を減少させ、組織粗大化によって水素脆化感受性が高くなる原因となる。こうしたことから、Alで0.020%以下(より好ましくは0.018%以下)、Zrで0.10%以下(より好ましくは0.06%以下)に、夫々抑制することが好ましい。尚、上記効果を発揮させるための好ましい下限は、AlまたはZrのいずれも0.01%以上である(いずれも、0.01%未満で不可避的不純物レベル)。
【0038】
[B:0.0050%以下(0%を含まない)]
Bは、旧オーステナイト粒界からのフェライト生成を抑制することで、強度を向上させる元素であるが、過剰に含有させると、強度を過大に上昇させ、水素脆化感受性が高くなる原因となる。こうしたことから、Bは0.0050%以下(より好ましくは0.0030%以下)に抑制することが好ましい。尚、上記効果を発揮させるための好ましい下限は、0.0010%以上である(0.0008%未満で不可避的不純物レベル)。
【0039】
本発明の溶接金属は、フラックス入りワイヤを用い、ガスシールドアーク溶接によって形成されるものであれば、特にワイヤ成分、溶接条件を限定するものではないが、規定の様態を実現するためには、好ましい範囲は存在する。
【0040】
こうした観点から、好ましいワイヤ成分(溶接材料)は、例えば次の要件の全てを満たすものである。即ち、鋼材よりなる外皮とフラックスとを合わせた全ワイヤ質量に対し、
(a)金属、酸化物その他の形態で存在するTi量(全Ti量)が2.5〜4.5%(質量%)、
(b)金属、酸化物その他の形態で存在するAl量(全Al量)が0.10%(質量%)以上、
(c)金属として存在するAl量(金属Al量)が0.01〜0.05%(質量%)以上、
(d)金属、酸化物その他の形態で存在する金属として存在するZr量(全Zr量)が0.035%(質量%)以上、
(e)金属として存在するMg量(金属Mg量)が0.4%(質量%)以上、
(f)金属、酸化物その他の形態で存在するSi量(全Si量)と、Mn+Ti量(全Mn量と全Ti量の合計)との比[(Mn+Ti)/Si]が、下記(1)式の関係を満足すること。
(Mn+Ti)/Si>10.0 …(1)
【0041】
尚、その他の成分については、特に制限する必要はないが、規定の溶接金属成分範囲を満足するよう調整する必要があることは勿論である。
【0042】
上記した要件(a)〜(e)は、化合物型V量、V含有炭化物の平均円相当径を制御するためのものである。これらの範囲から逸脱すると、化合物型V量、V含有炭化物粒子径を所定の範囲に制御することができなくなる。そのメカニズムついては、詳細は不明であるが、以下のように推測できる。
【0043】
V含有炭化物を多量且つ微細に析出させるためには、その核となる第二相粒子を微細に分散させることが有効となる。Ti炭化物は、V含有炭化物と結晶構造が類似し、しかもより高温で安定であるため、溶接時の冷却過程でV含有炭化物に先立ち微細に生成し、より低温でV含有炭化物の析出核となると推定される。よって、V含有炭化物を所定の形態で得るためには、炭化物として生成するTiを確保する必要がある。しかしながら、Tiは脱酸元素であり、大部分は酸化物として固定されるため、より強脱酸のAl,Zr,Mg等を上記の範囲に制御することで[要件(b)〜(e)]、一部のTiが還元され、Ti炭化物が生成するものと考えられる。
【0044】
尚、Ti炭化物を確保するという観点からは、全Ti量は少なくとも2.5%以上確保する必要があり、また全Ti量は多いほうが好ましいが、その量が4.5%を超えると、溶接金属における含有量が規定範囲を超えてしまうことになる。また、金属Alが0.05%を超えると、組織微細化に寄与するTi酸化物が所定の個数得られなくなる[要件(a)]。
【0045】
上記した要件(f)は、組織微細化に寄与するTi酸化物を制御するためのものである。上記成分比を満たすことで、所定のTi酸化物が形成され、この酸化物を起点とした粒内変態によりベイナイト組織が微細化する。また上記比を10.0超とすることで[前記(1)式]、酸化物が高密度で分散するようになり、いっそうの組織微細化が達成されることで耐水素脆化感受性の改善にもつながる。
【0046】
溶接金属を形成するときの溶接条件としては、入熱量を2.5kJ/mm以下とし、シールドガスとして20%(体積%)のCO2を含み、残部がArからなる混合ガスを用いることが好ましい。上記入熱量が2.5kJ/mmを上回ると、溶接時の冷却速度が低下し、V含有炭化物の円相当直径が所定の上限を超えてしまう。また、シールドガスの組成は、組織微細化を達成するための酸化物形態制御を目的としたものである。尚、本発明はフラックス入りワイヤを用いて溶接を行うものであるが、用いるワイヤのフラックスの充填率は通常10〜20%程度である。
【実施例】
【0047】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0048】
ワイヤ径:1.2mm、フラックス充填率:13.5%で下記表1、2に示す化学成分組成のフラックス入りワイヤ(溶接材料)を用い、溶接金属を下記の手順で作製し、各種性能(引張強度、水素脆化感受性)を評価した。尚、表1、2中、「−」で示した欄は、無添加(含有せず)であることを示している。また、表1、2中、Mn,Si,TiおよびZrの量は、夫々全Mn量、全Si量、全Ti量および全Zr量を示し、Mg量は金属Mg量を示す。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
[溶接金属の作製]
SM490A鋼板を、図1に示す開先形状に加工し、下記の溶接条件でガスシールドアーク溶接を実施し、溶接金属を作製した。
【0052】
(溶接条件)
シールドガス:20体積%CO2−80体積%Ar混合ガス
電流−電圧−溶接速度:270A−29V−3.0〜4.5mm/秒
入熱条件:
(ア)1.74kJ/mm(270A−29V−4.5mm/秒)
(イ)2.37kJ/mm(270A−29V−3.3mm/秒)
(ウ)2.61kJ/mm(270A−29V−3.0mm/秒)
予熱−パス間温度:105〜150℃
積層法:3層13パス
【0053】
作製した溶接金属の最終パスより、直径:5mmの丸棒試験片を採取し(採取位置を図2に示す)、再熱サイクルを模擬した熱サイクルを付与した。このときの再熱サイクルを模擬した熱サイクル(時間と温度の関係)を図3に示す。また、作製した各溶接金属の化学成分組成を、用いた溶接材料、入熱条件と共に下記表3、4に示す。尚、表3、4中、「<」で示した欄は、不純物量(不純物レベル未満)であることを示している。
【0054】
【表3】

【0055】
【表4】

【0056】
熱処理済みの試験片より、引張り試験用試験片、および水素吸蔵量を測定するための試験片(水素吸蔵量測定用試験片)を採取した。引張り試験片の形状を図4に、水素吸蔵量測定用試験片の形状を図5に、夫々示す。これらの試験片を用い、水素脆化感受性を下記の方法によって評価した。
【0057】
[水素脆化感受性の評価]
上記で得られた水素吸蔵量測定用試験片を用い、拡散性水素量=1.5〜3.0ppmとなるような水素チャージ条件を選定した。このとき採用したチャージ条件は、下記の通りである。
【0058】
水溶液:(0.5mol/Lまたは2.5mol/LのH2SO4)+(1g/L−KSCN)、(30g/L−NaCl)+(1g/L−KSCN)
電流密度:0.1A/dm2、1.0A/dm2、5.0A/dm2
チャージ時間:24時間
【0059】
また、拡散性水素量は、四重極質量分析計を内蔵した昇温脱離分析装置(日電アネルバ製)を用い、昇温速度:12℃/分で300℃までに放出される水素量とした。
【0060】
上記条件下で、引張り試験片に水素チャージを行った後、水素逃散を防ぐための亜鉛めっきを、下記の要領で施した。
水溶液:(350g/L−ZnSO4・7H2O)+(20.6g/L−H2SO4(97
%))+(60g/L−Na2SO4
浴温:60℃
電流密度:50A/dm2
めっき時間:3分
【0061】
クロスヘッド速度:5.0×10-3mm/分(歪速度:6.94×10-6/秒)でSSRT(Slow Strain Rate Technique)試験を実施し、非水素チャージ材の破断伸びをE0、水素チャージ材の破断伸びをEhとしたときに、下記(2)式によって算出される水素脆化感受性指数S(%)が60%未満のものを、耐水素脆化感受性に優れると評価した。
S=(1−Eh/E0)×100(%) …(2)
【0062】
[引張り強度の評価]
板厚:20mmのSM490A鋼板に、45°V字開先を施し、下記の溶接条件で作製した溶接金属について(溶接材料については、表1、2に示したもの)、JIS−Z2202に準拠した引張り試験片を採取し、引張り試験を行い、引張り強度にして780MPaを超えるものを合格とした。
(溶接条件)
シールドガス:20体積%CO2−80体積%Ar混合ガス
電流−電圧−溶接速度:270A−29V−4.5mm/秒
入熱量:1.74kJ/mm
予熱−パス間温度:105〜150℃
積層法:8層17パス
【0063】
Ti酸化物粒子であって、円相当直径が0.15〜1.0μmのものの個数密度、溶接金属中の化合物型V量、および溶接金属中に存在するV含有炭化物の平均円相当直径については、下記の方法で測定した。
【0064】
[Ti酸化物粒子の個数密度の測定]
SSRT試験用に作製した溶接金属(前記「溶接金属の作製」の欄)の最終パスより、直径:5mmの丸棒試験片を採取し、輪切り断面を鏡面研磨した後、光学顕微鏡にて1000倍の画像を2視野撮影した。画像解析ソフト(「Image−Pro Plus」 Media Cybernetics社製)によって、円相当直径:0.15〜1.0μmの酸化物粒子を選定すると共に、撮影した酸化物中央部の組成をSEM−EDS(Energy−dispersive X−ray spectroscopy)にて分析した。検出された元素のうち、Tiの分析値(質量%)をSi,S,Ti,Mn,Al,Zr,Mgの分析値(質量%)の合計で規格化することで、酸化物粒子に含まれるTi濃度(質量%)を算出し、20%以上のTiを含有する酸化物粒子であって、円相当直径が0.15〜1.0μmのものの個数密度を算出した。
【0065】
[溶接金属中の化合物型V量]
SSRT試験用に作製した溶接金属(前記「溶接金属の作製」の欄)の最終パスより、直径:5mm×長さ30mmの丸棒試験片を採取し、10体積%アセチルアセトン−1体積%テトラメチルアンモニウムクロライド−メタノール溶液により電解抽出し、フィルター孔径:0.1μmのフィルターで濾過して残渣を得た後、この残渣をICP発光分析にかけ、化合物型V量を求めた。
【0066】
[溶接金属中に存在するV含有炭化物の平均円相当直径]
SSRT試験用に作製した溶接金属(前記「溶接金属の作製」の欄)の最終パスより、直径:5mmの丸棒試験片を採取し、輪切り断面から抽出レプリカTEM試験片を作製し、30万倍の画像を1視野撮影し、写りこんだV含有炭化物のうち、画像解析ソフト(「Image−Pro Plus」 Media Cybernetics社製)によって、面積が10nm2以上のものの全粒子の円相当直径を測定し、平均値を算出した。このとき、観察された化合物粒子について、TEMに付属のEDS(エネルギー分散型X線分析装置)にて元素分析を行い、V含有炭化物の判定を行った。
【0067】
これらの測定結果[水素脆化感受性指数S、引張り強度、Ti酸化物の個数密度、化合物型V量、およびV含有炭化物の平均円相当直径を、下記表5、6に示す。
【0068】
【表5】

【0069】
【表6】

【0070】
これらの結果から、次のように考察できる(尚、下記No.は、表3〜6の試験No.を示す)。No.1〜31は、本発明で規定する要件を満足する例であり、化学成分組成と共に、Ti酸化物の個数密度およびV含有炭化物の形態(化合物型V量、平均円相当直径)が適切に制御されているため、高強度で耐水素脆化感受性に優れた溶接金属が得られている。
【0071】
これに対し、No.32〜53は、本発明で規定するいずれかの要件を外れる例であり、引張り強度および耐水素脆化感受性の少なくともいずれかの特性が劣化している。
【0072】
No.32は、溶接時の入熱条件が適切でない例であり、V含有炭化物の平均円相当直径が大きくなっており、水素脆化感受性が高くなっている(耐水素脆化感受性が劣化している)。No.33は、溶接材料中の全Al量が不足している例であり、溶接金属中の化合物型V量が少なくなっており、水素脆化感受性が高くなっている。
【0073】
No.34は、溶接金属のNi含有量、および溶接材料中の金属Al量が不足している例であり、溶接金属中の化合物型V量が少なくなっており、水素脆化感受性が高くなると共に、引張り強度が低くなっている。No.35は、溶接材料中の金属Al量が過剰になっている例であり、溶接金属中のTi酸化物の個数密度が少なくなって水素脆化感受性が高くなっている。
【0074】
No.36は、溶接金属のMn含有量、および溶接材料中の金属Mg量が不足している例であり、溶接金属中の化合物型V量が少なくなって水素脆化感受性が高くなると共に、引張り強度が低くなっている。No.37は、溶接金属のMo含有量、および溶接材料中の金属Zr量が不足している例であり、溶接金属中の化合物型V量が少なくなって水素脆化感受性が高くなると共に、引張り強度が低くなっている。
【0075】
No.38は、溶接金属のC含有量および化合物型V量が少なくなっている例であり、水素脆化感受性が高くなると共に、引張り強度が低くなっている。No.39は、溶接金属のC含有量が過剰になっている例であり、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。
【0076】
No.40は、溶接金属のSi含有量が過剰になっている例であり[溶接材料の(Ti+Mn/Si)も小さくなっている]、Ti酸化物の個数密度が低くなって水素脆化感受性が高くなっている。No.41は、溶接金属のMn含有量が過剰になっている例であり、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。
【0077】
No.42は、溶接金属のNi含有量が過剰になっている例であり、また溶接材料の(Ti+Mn/Si)も小さくなっており、Ti酸化物の個数密度が低くなると共に、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。No.43は、溶接金属のMo含有量が過剰になっている例であり[溶接材料の(Ti+Mn/Si)も小さくなっている]、Ti酸化物の個数密度が低くなると共に、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。
【0078】
No.44は、溶接金属のTi含有量が不足している例であり(溶接材料中の全Ti量が少ない)、Ti酸化物の個数密度が低くなって水素脆化感受性が高くなっている。No.45は、溶接金属のTi含有量が過剰になっている例であり、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。
【0079】
No.46は、溶接金属のSi含有量が過剰になると共に、V含有量は不足している例であり[溶接材料の(Ti+Mn/Si)も小さくなっている]、Ti酸化物の個数密度が低くなると共に、溶接金属中の化合物型V量が少なくなり、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。No.47は、溶接金属のV含有量が過剰になっている例であり、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。
【0080】
No.48は、溶接金属のCr含有量が過剰になっている例であり、また溶接材料の(Ti+Mn/Si)も小さくなったため、Ti酸化物の個数密度が低くなって水素脆化感受性が高くなっている。No.49は、溶接金属のNb含有量が過剰になっている例であり、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。
【0081】
No.50は、溶接金属のCu含有量が過剰になっている例であり[溶接材料の(Ti+Mn/Si)も小さくなっている]、Ti酸化物の個数密度が低くなって水素脆化感受性が高くなっている。No.51は、溶接金属のAl含有量が過剰になっている例であり、Ti酸化物の個数密度が低くなって水素脆化感受性が高くなっている。
【0082】
No.52は、溶接金属のZr含有量が過剰になっている例であり、Ti酸化物の個数密度が低くなって水素脆化感受性が高くなっている。No.53は、溶接金属のB含有量が過剰になっている例であり、引張り強度が過大に上昇して水素脆化感受性が高くなっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラックス入りワイヤを用い、ガスシールドアーク溶接によって形成される溶接金属であって、
C:0.02〜0.12%(「質量%」の意味。化学成分組成について、以下同じ)、Si:0.1〜0.80%、Mn:0.9〜2.5%、Ni:0.20〜3.5%、Mo:0.05〜1.50%、Ti:0.040〜0.15%、V:0.05〜0.60%、N:0.015%以下(0%を含まない)およびO:0.030%以上を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、
酸化物粒子全質量当たり20%以上のTiを含有する酸化物粒子で、円相当直径:0.15〜1.0μmのものが5000個/mm2以上存在すると共に、溶接金属中に化合物として存在する溶接金属全質量当たりのV量が0.002%以上であり、
更に、溶接金属中に存在するV含有炭化物の平均円相当直径が15nm以下であることを特徴とする耐水素脆化感受性に優れた溶接金属。
【請求項2】
更に、Cr:2.0%以下(0%を含まない)、Nb:0.15%以下(0%を含まない)およびCu:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有するものである請求項1に記載の溶接金属。
【請求項3】
更に、Al:0.020%以下(0%を含まない)および/またはZr:0.10%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1または2に記載の溶接金属。
【請求項4】
更に、B:0.0050%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の溶接金属。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−218034(P2012−218034A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−86727(P2011−86727)
【出願日】平成23年4月8日(2011.4.8)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】