説明

耐水素脆化特性に優れた高圧ガス容器用アルミニウム合金材

【課題】耐水素脆化特性および機械的性質などを兼備する高圧ガス容器用7000系アルミニウム合金材を提供することを目的とする。
【解決手段】高圧ガス容器用アルミニウム合金材を、特定組成を有する高強度化させた7000系合金材とするとともに、このアルミニウム合金材組織における分散粒子を水素のトラップサイトとして一定量確保し、ライナー、口金あるいはガス管などの部材として275MPa以上の耐力とした上で、耐水素脆化特性を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐水素脆化特性に優れ、高圧ガス容器のライナーや、口金あるいはガス管などの周辺部材用に適した、Al−Zn−Mg系合金材ならびにAl−Zn−Mg−Cu系合金材(以下、7000系アルミニウム合金材)に関するものである。本発明では、ライナーなどの高圧ガス容器部材や、口金あるいはガス管などの高圧ガス容器周辺部材の用途を全て含めて、高圧ガス容器用と一括して言う。
【背景技術】
【0002】
高圧ガス容器としては、例えば、自動車などに搭載される天然ガス等のガスボンベがある。これらのガスボンベとしては、鉄製のものが主流であるが、軽量化のために、アルミニウム製ライナーの外面に強化用繊維を巻き付けたもの(フィラメントワインディング)や、プラスチック製ライナーの外面に強化用繊維を巻き付けたものが種々提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、このようなアルミニウム製ライナーを用いた高圧ガス容器を、アルミニウム合金押出材から製造する方法が開示されている。即ち、7000系アルミニウム合金押出材に抽伸加工を施し、この抽伸加工材を溶体化処理し、その後インパクト加工を施すことにより、有底円筒体に成形する。その後冷間型鍛造によりガス取出口を形成し、時効処理して、小型高圧ガス容器を製造する。
【0004】
また、この特許文献1に開示されるようなアルミニウム製ライナーの耐力を更に向上させ、かつ前記した製造方法をも改善することが、特許文献2、3などで提案されている。特許文献2では、7000系などの析出硬化型アルミニウム合金からなるアルミニウム素材に溶体化処理を施し、しかる後円筒部と該円筒部の両端の半球部からなる形状をもつ素材の前記円筒部または全部をしごき加工して塑性ひずみを付与し、その後端口部をスピニング加工により成形してライナー形状にし、溶体化処理後における時効処理を除去することが提案されている。
【0005】
更に、特許文献3では、耐力を向上できるとともに、時効処理を廃止でき、溶体化処理による容器の変形を残さずに高精度に加工できるアルミニウム製ライナーの製造方法が開示されている。この特許文献3は、7000系も含むが、望ましくは6061などの6000系のような析出硬化型のアルミニウム合金からなるシームレスパイプ等のアルミニウム押出素材を意図している。そして、このアルミニウム押出素材に溶体化処理を施した後に、しごき加工などで塑性ひずみを付与し、その後に端口部を成形してライナー形状にする。
【特許文献1】特開平6−63681号公報
【特許文献2】特許第3750449号公報
【特許文献3】特開2000−233245公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、クリーンなエネルギーとして、燃料電池の燃料となる水素が注目されている。しかし、この水素は、鉄やアルミニウムなどの金属材料の水素脆化をもたらすので、高圧ガス容器による、高圧化での効率的な貯蔵が難しい。この点は、一般的な素材である鉄製の高圧ガス容器だけではなく、アルミニウム製ライナーを用いた高圧ガス容器でも同様であって、高圧ガス容器としての信頼性から、耐水素脆化特性に優れることが要求される。
【0007】
ただ、アルミニウム製ライナーを用いた高圧ガス容器において、耐水素脆化特性に優れるための提案は、これまであまり無く、現状は6061等のアルミニウム6000系合金が主として使用されている。これは、アルミニウム6000系合金材には水素脆化はないと言われ、これが技術常識化していることとも関連している。
【0008】
しかし、水素燃料電池を搭載した燃料電池自動車において、水素充填1回当たりの航続距離増大要求に対応するため、水素充填圧力は高くなりつつある。従来材の適用では、水素容器材ならびにその周辺部材の肉厚は大きくなり、重量増をもたらす。このため、水素容器材ならびにその周辺部材には、薄肉軽量化を目的に、より高強度な材料が求められている。6000系合金に対してより高強度な材料として7000系合金がある。ただし、高強度な7000系合金においては、水素脆化も関与する応力腐食割れ(SCC)が問題となることが一般的に知られている。Zn、Mgなどの他の主要元素含有量が多く、過時効処理に対するピーク時効処理などで強度を高くした、高強度な7000系合金においては、耐水素脆化性がより低下することが明白である。
【0009】
したがって、高強度化させた7000系合金アルミニウム材を、高圧ガス容器ならびにその周辺部材に用いる場合には、高圧水素中での耐水素脆化特性を向上させないと、高圧ガス容器、その周辺部材、また水素貯蔵用の高圧ガス容器としての信頼性が高まらない。これは、前記したアルミニウム合金ライナーだけでなく、プラスチック製ライナーの外面に強化用繊維を巻き付けた高圧ガス容器であっても、口金あるいはガス管をアルミニウム7000系合金材とした場合でも同様である。
【0010】
本発明は、かかる問題に鑑みなされたもので、耐水素脆化特性および強度などの機械的性質を兼備した高圧ガス容器用7000系アルミニウム合金材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的を達成するために、本発明の耐水素脆化特性に優れた高圧ガス容器用アルミニウム合金材の要旨は、質量%にて、Zn:4.0〜6.7%、Mg:0.75〜2.9%、Cu:0.001〜2.6%、Si:0.05〜0.40%、Ti:0.005〜0.20%、Fe:0.01〜0.5%を各々含み、更に、Mn:0.01〜0.7%、Cr:0.02〜0.3%、Zr:0.01〜0.25%、V:0.01〜0.10%の一種または二種以上を、1.0%≧Fe+Mn+Cr+Zr+V≧0.1%の関係を満足した上で含み、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金組成を有するとともに、導電率(%IACS)が、前記Fe、Mn、Cr、Zr、Vの合計含有量との関係で、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+40.0の関係を満足し、かつ、0.2%耐力が275MPa以上であることとする。
【0012】
ここで、前記アルミニウム合金材が、ピーク時効処理、過時効処理から選択された調質が施されていることが好ましい。また、前記アルミニウム合金材の導電率が、前記Fe、Mn、Cr、Zr、Vの合計含有量との関係で、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+41.5の関係を満足することが好ましい。また、前記アルミニウム合金材の耐水素脆化特性が、歪み速度を1.0×10-6-1以下として雰囲気条件のみを変えて、このアルミニウム合金材を引張変形させた場合の、10%RH以下の乾燥雰囲気中での伸び値δ1に対する、90%RH以上の高湿潤雰囲気中での伸び値δ2の低下率として、[(δ1−δ2)/δ1]×100%で示される脆化感受性指標が10%以下であることが好ましい。また、前記アルミニウム合金材が水素貯蔵用の高圧ガス容器用であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、耐水素脆化特性を向上させるために、7000系アルミニウム合金材の分散粒子に注目した。そして、この粒内の分散粒子を、水素のトラップ(捕捉)サイトとして活用するために、本発明では、これら粒内の分散粒子を一定量だけ確保する。
【0014】
従来から、Ni合金材料や鉄鋼材料などでは、析出物は、水素脆化やクラック発生の起点として規制されたり、逆に、有効な水素のトラップ(捕捉)サイトとして扱われたりしている。
【0015】
しかし、アルミニウム7000系合金材の分野では、このような分散粒子について、耐水素脆化特性との関係はあまり知られていなかった。これは、アルミニウム7000系合金製ライナーを用いた高圧ガス容器(ガスボンベ)が、水素の高圧貯蔵用容器としては、これまで、あまり注目されていなかったことにもよると推考される。
【0016】
これに対して、本発明によれば、粒内の分散粒子の量を制御することによって、高圧ガス容器のライナーや口金あるいはガス管などの部材として用いられる7000系アルミニウム合金材の耐水素脆化特性を著しく向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
(アルミニウム合金材組成)
先ず、本発明アルミニウム合金材の化学成分組成について、各元素の限定理由を含めて、以下に説明する。なお、元素の含有量の%表示は全て質量%の意味である。本発明アルミニウム合金材の化学成分組成は、Al−Zn−Mg系合金材ならびにAl−Zn−Mg−Cu系合金材である7000系アルミニウム合金材として、高圧ガス容器のライナーや口金あるいはガス管などの部材として要求される、強度や延性などの機械的な特性を保証するために決定される。また、主要元素の含有量が多い場合や、調質としての過時効処理(T7)に対して、ピーク時効処理(T6)を施した場合では、強度がより高くなる。そして、耐水素脆化性を向上させるには、後述する通り、Fe、Mn、Cr、Zr、Vなどの含有量と調質とによって定まり、導電率によって測定され、水素のトラップ(捕捉)サイトとなる、分散粒子の量をより正確に制御する必要がある。
【0018】
これらの観点から、本発明アルミニウム合金材の化学成分組成は、質量%にて、Zn:4.0〜6.7%、Mg:0.75〜2.9%、Cu:0.001〜2.6%、Si:0.05〜0.40%、Ti:0.005〜0.20%、Fe:0.01〜0.5%を各々含み、更に、Mn:0.01〜0.7%、Cr:0.02〜0.3%、Zr:0.01〜0.25%、V:0.01〜0.10%の一種または二種以上を、1.0%≧Fe+Mn+Cr+Zr+V≧0.1%の関係を満足した上で含み、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金組成とする。
【0019】
(Zn、Mg)
必須の合金元素であるZn、Mgは、合金材の人工時効処理によって、GPゾーンあるいは中間析出相と呼ばれるη’相、T’相などの微細分散相を形成して強度を向上させる。特にZnは強度−延性のバランス向上効果が高い。Znが4.0未満、Mgが0.75%未満など、Zn、Mgの含有量が少な過ぎると、これら微細分散相が不足して、強度が低下する。
【0020】
一方、Znが6.7%超え、Mgが2.9%超えなど、Zn、Mgの含有量が多過ぎると、強度が高くなり過ぎ、耐食性や耐水素脆化特性が低下する。また、Zn、Mgの含有量が多過ぎると、アルミニウム中に固溶できないため、粗大な晶出物を形成し、アルミニウム合金材の強度、伸びなどの低下の原因となり、また加工性も低下する。したがって、Zn、Mgの含有量は、Zn:4.0〜6.7%、Mg:0.75〜2.9%の範囲と各々する。
【0021】
(Cu)
Cuの含有は、強度の向上、耐食性の向上をもたらす。但し、Cuが2.6%を超えて添加されると、強度が高くなり過ぎ、また粗大な晶出物の形成により加工性の低下をもたらす。また、Cu含有量が0.001%未満となると、強度の向上、耐食性の向上の効果は小さくなる。したがって、Cu含有量は0.001〜2.6%の範囲とする。
【0022】
(Ti)
Tiには、鋳塊の結晶粒を微細化し、鋳造時の割れ防止、熱間加工時の加工性を向上、製品加工時に割れ防止、表面の外観の改善に効果がある。含有量が少なすぎると、このような効果が期待できず、これらの含有量が多すぎると、粗大なTi化合物が形成され、割れ発生、加工性の低下、表面の外観の不良をもたらす。したがって、Tiは0.005〜0.20%の範囲で含有させる。
【0023】
(Si)
Siは、鋳造時にAl−Fe−Si系の晶出物を形成し易い。0.40%を超
えるSiの添加は、破壊の起点となる粗大な晶出物の原因となり、加工性、伸び、疲労特性、靱性、耐水素脆化性の低下をもたらす。一方、Siの一部は分散粒子を形成することも期待されるため、0.05%以上の添加が望ましい。したがって、Siは0.05〜0.40%の範囲で含有させる。
【0024】
(Fe、Mn、Cr、Zr、V)
Feは0.01〜0.5%の含有を必須とし、更に、Mn:0.01〜0.7%、Cr:0.02〜0.3%、Zr:0.01〜0.25%、V:0.01〜0.10%の一種または二種以上を含有させる。これらFe、Mn、Cr、Zr、Vは、均熱処理時の加熱中に、保持中に水素のトラップサイトとなる分散粒子を形成する。これら分散粒子は、粒界の移動を抑制する作用があり、未再結晶化や再結晶粒の微細化に効果がある。また、これら分散粒子は、ミクロ組織のファイバー化に寄与し、強度を向上させる効果もある。
【0025】
通常、Zn、Mgなどの他の主要元素量が大きい場合や、過時効処理に対するピーク時効処理で強度を高くした場合には、耐水素脆化性は低下する。しかし、このような場合であっても、これらFe、Mn、Cr、Zr、Vの元素が形成する分散粒子の量を多くすることにより、水素のトラップ(捕捉)サイトとして機能し、耐水素脆化性を向上させることが出来る。
【0026】
この効果を確実に発揮させるために、Feの含有は必須として、Mn、Cr、Zr、Vは選択的な含有とし、これら各々の元素の前記下限値以上含有させる。また、各々含有量が多過ぎると、却って、破壊の起点となる粗大な晶出物の原因となり、加工性、伸び、疲労特性、靱性、耐水素脆化性の低下をもたらし、また、多量の分散粒子は焼入感受性をも高くする。このため、これら各々の元素の前記上限値以下含有させる。
【0027】
但し、耐水素脆化性を確実に向上させるためには、前記した通り、各元素の含有量と調質とによって定まり、導電率によって測定され、水素のトラップ(捕捉)サイトとなる、分散粒子の量をより正確に制御する必要がある。
【0028】
このため、これらの元素の合計含有量(総量)が多過ぎると、却って耐水素脆化性の低下をもたらすので、Fe+Mn+Cr+Zr+Vの合計含有量は1.0%以下とする。また、一方で、これらの元素の合計含有量(総量:%)が少な過ぎると、耐水素脆化性向上の効果が見込まれないため、Fe+Mn+Cr+Zr+Vの合計含有量は0.1%以上とする。
【0029】
更に、耐水素脆化性を確実に向上させるために、各元素の含有量と調質の状態とを、導電率(%IACS)との関係で最適化する。即ち、Fe、Mn、Cr、Zr、Vの合計含有量[(Fe+Mn+Cr+Zr+V)で示す、これらの元素の総量(%)]は、前記個別の含有量とともに、下記の関係(式)を満足させる。即ち、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+40.5を満足させるようにする。また、耐水素脆化性をより確実に向上させるためには、好ましくは、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+41.5を満足させるようにする。
【0030】
(不純物)
以上記載した元素以外のその他の元素は不純物であり、本発明の意図する特性を阻害しない範囲において、Al−Zn−Mg系、Al−Zn−Mg−Cu系の7000系アルミニウム合金材に通常含まれる範囲までは許容する。ただ、酸素など、特に介在物を生じやすい不純物元素は、アルミニウム合金材組織中に介在物を生じて、破壊の起点となり、強度や伸びを低下させる可能性が高い。したがって、これらの不純物はできるだけ少なくすることが好ましい。
【0031】
(ミクロ組織)
以上のような7000系アルミニウム合金材組成を前提として、本発明では、特徴的には、耐水素脆化特性を向上させるために、7000系アルミニウム合金材のミクロ組織における、分散粒子の量を制御し、水素のトラップ(捕捉)サイトとして一定量確保する。
【0032】
前記した通り、分散粒子(粒内析出物)は、水素のトラップサイトとして耐水素脆化特性を向上させる。しかし、この分散粒子の量を、耐水素脆化特性を向上させる量(水素のトラップサイトとしての機能を発揮する量)だけ、直接定量的に規定することは難しい。分散粒子は、SEMやTEMなどによって組織分析可能な大きさから、これらによる組織分析が難しい微細なものまで含めて、水素のトラップサイトとして耐水素脆化特性を向上させると推考されるからである。言い換えると、組織分析が難しい微細な粒内析出物が、水素のトラップサイトとして耐水素脆化特性を向上させない理由が何も無いからである。
【0033】
(導電率)
したがって、本発明では、水素のトラップサイトとして耐水素脆化特性を向上させる粒内析出物量を、その成分である前記各元素の含有量や合計量、そして7000系アルミニウム合金材の導電率(%IACS)で規定する。また、主要組成の添加量が大きい場合や、過時効処理に対するピーク時効処理で、強度が高い場合で、耐水素脆化性を向上させるには、より多くの分散粒子が必要となる。したがって、規定する導電率も、導電率単独で規定するのではなく、前記した通り、Fe、Mn、Cr、Zr、Vの合計含有量[(Fe+Mn+Cr+Zr+V)で示す、これらの元素の総量(%)]との関係で、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+40.5を満足させるようにする。また、耐水素脆化性をより確実に向上させるためには、好ましくは、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+41.5を満足させるようにする。
【0034】
(製造方法)
次ぎに、本発明の、高圧ガス容器用7000系アルミニウム合金材の製造方法について以下に説明する。7000系アルミニウム合金材は、通常の溶解鋳造法により製作した鋳塊を、各々常法により、押出、圧延(熱間、冷間)、鍛造などした、押出材、圧延板材、鍛造材などが適宜選択できる。即ち、高圧ガス容器におけるライナーや口金あるいはガス管などの部材形状や特性を得るために適した製造方法、加工方法が適宜選択できる。ここでは、ライナーの製造方法として汎用的な製造につき、好適な条件を含めて以下に説明する。
【0035】
溶解、鋳造:
先ず、上記7000系成分組成のアルミニウム合金鋳塊をスラブに鋳造する。この溶解、鋳造工程では、上記7000系成分組成範囲内に溶解調整されたアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。
【0036】
均質化熱処理:
次いで、鋳塊(スラブ)を均質化熱処理する。均質化熱処理の温度自体は、常法通り、400℃以上で融点未満の均質化温度範囲、最適には420〜520℃の温度範囲から選択される。この均質化熱処理(均熱処理)は、組織の均質化、すなわち、鋳塊組織中の結晶粒内の偏析をなくし、合金元素や粗大な化合物を十分に固溶させることを目的とする。この均熱処理温度が低いと結晶粒内の偏析を十分に無くすことができず、これが破壊の起点として作用するために、加工性などが低下する。
【0037】
圧延材の場合、均質化熱処理後の鋳塊を、熱間圧延温度まで冷却するか、一旦室温まで冷却後に熱間圧延温度まで再加熱して、熱間圧延し、所定の板厚の板材とし、その後、必要に応じて加熱処理し軟質材とする。なお、熱間圧延と焼鈍の間には、必要に応じて焼鈍、冷間圧延を行ってもよい。
【0038】
押出材の場合、均質化熱処理後の鋳塊を再加熱し、熱間押出で所定の形状に押出し、その後必要に応じて加熱処理し軟質材とする。なお、熱間押出と焼鈍の間には、必要に応じて抽芯、焼鈍を行ってもよい。
【0039】
鍛造材の場合、均質化熱処理後の鋳塊を再加熱し、熱間鍛造で所定の形状に鍛造し、その後必要に応じて加熱処理し軟質材とする。なお、熱間鍛造と焼鈍の間には、必要に応じて再加熱、熱間鍛造、冷間鍛造を行ってもよい。
【0040】
これら圧延材、押出材、鍛造材から、高圧ガス容器用の、ライナー等の容器材や、周辺部材を作製する場合には、前記した軟質材を、必要に応じて加熱を行いながら、絞り、しごき、スピニング、切削、孔開けなどの必要な加工を行う。但し、これら容器材、周辺部材を作製後に、調質を、高圧ガス容器の前記各部材の各々の要求特性に応じて、各々選択して行うことが望ましい。この調質は、例えばJIS−H−0001に記載の熱処理条件内にて、調質記号で、T6(溶体化処理および焼入処理+ピーク時効処理)、T7(溶体化処理および焼入処理+過時効処理)と称される調質を各々選択して行う。
【0041】
なお、前記焼入処理とピーク時効処理や過時効処理などの高温時効処理との間に、必要に応じて室温時効、歪み矯正を行ってもよい。また、溶体化処理に使用される熱処理炉は、バッチ炉、連続炉、溶融塩浴炉のいずれを用いてもよい。また、溶体化処理後の焼入れ処理は、水浸漬、水噴射、ミスト噴射、空気噴射、空気中放冷のいずれを用いてもよい。更に、溶体化及び焼入れ処理後に行われる高温時効処理も、バッチ炉、連続炉、オイルバス、温湯浴槽等のいずれを用いてもよい。
【0042】
また、これら板材、押出材、鍛造材に対して、予め、高圧ガス容器用の部材を作製する前に、前記した調質を各々選択して行っても良い。押出材の場合には、押出出口側の押出材温度が溶体化温度域になるように、前記鋳造ビレットを再加熱して熱間押出し、引き続き、押出直後から押出材を室温近傍の温度まで水噴射、ミスト噴射、空気噴射等で強制冷却し焼入れ処理を行う。その後、必要に応じて必要に応じて室温時効、歪み矯正した後、高温時効処理を行う(T6、T7)。また、必要に応じて抽芯加工を行った後、たとえばJIS−H−0001に記載の熱処理条件内にて、溶体化処理、焼入し、必要に応じて室温時効、歪み矯正した後、高温時効処理(T6、T7)を行ってもよい。

【実施例】
【0043】
次に、本発明の実施例を説明する。高圧ガス容器におけるライナーを想定して、表1に示す各成分組成で、7000系アルミニウム合金板(圧延板)を、表2に示す条件で製造し、表2に示すように、機械的特性、導電率、耐水素脆化特性を調査、評価した。なお、表2において、導電率の項目におけるFe、Mn、Cr、Zr、Vの合計含有量(総量:質量%)は(Fe〜V)と略記している。
【0044】
より具体的に、板材の製造は、先ず、表1に示す各成分組成の各アルミニウム合金溶湯から、各々スラブを鋳造した。このスラブを表2に示す各温度(℃)×各時間(hr)で均質化熱処理後、一旦、室温まで冷却した。そして、50mm厚さに面削した後、再加熱して、2mmの板厚へ400℃の開始温度で熱間圧延して、その後、冷間圧延にて1.0mmの板厚の板とした。そして、表2示す各温度(℃)×各時間(hr)で溶体化処理後に、水焼入や強制空冷にて焼入を行い、3日間の室温時効(15〜35℃)後、レベラーで板の歪みを矯正した後、ピーク時効処理、過時効処理し、調質記号で、T6(溶体化処理および焼入後にピーク時効処理)、T7(溶体化処理および焼入後に過時効処理)の各調質材を作製した。均熱処理、熱延温度への加熱、高温時効処理には空気炉を用いた。表2に示す溶体化処理直後からの焼入の冷却手段で、水焼入の場合(表2にはWQと記載)の冷却速度は約250℃/秒程度であり、ファンによる強制空冷(表2には強制空冷と記載)の場合の冷却速度は50℃/分程度である。なお、発明例3、5〜9、比較例12、16は、高温時効処理を、表2に記載の温度、時間条件にて、2段階で行っている。なお、表2において、各熱処理の温度×時間の「×」表示は「*」にて記載している。
【0045】
(供試材特性)
これら製作した調質後の板材の外寸形状は、各例とも共通して、厚さ1.0mm、幅200mmとした。そして、これら高温時効処理後30日間の室温時効後の板材から、供試材(板状試験片)を切り出し、これら各供試材の導電率、引張特性、耐水素脆化特性を測定、評価した。これらの結果を表2に示す。
【0046】
導電率:
前記供試材の板両面の導電率(%IACS)を、市販の渦電流式導電率測定装置により、片面づつそれぞれ5点、計10点測定し、それらの平均値を各供試材の導電率とした。
【0047】
引張試験:
引張試験は、前記供試材からJISZ2201の号試験片(平行部25mm幅×50mm長さ)を圧延方向に対して試験片長手方向が直角となるように採取し、室温大気中で、クロスヘッド速度5mm/分で引張試験を行った。測定N数は5として、各機械的性質はこれらの平均値とした。
【0048】
耐水素脆化特性試験:
前記供試材の耐水素脆化特性は、歪み速度を1.0×10-6-1以下として雰囲気条件のみを変えて、このアルミニウム合金材を引張変形させた場合の、10%RH以下の乾燥雰囲気中での伸び値δ1に対する、90%RH以上の高湿潤雰囲気中での伸び値δ2の低下率として、[(δ1−δ2)/δ1]×100%で示されるものを、脆化感受性指標(%)とした。具体的には、前記供試材から幅5mm、長さ12mmの平行部、肩部半径7.5mmの小型引張試験片を、板の圧延方向に対して試験片長手方向が直角となるように採取し、初期歪速度1.4×10−6s−1で、雰囲気条件を10%RH以下の乾燥雰囲気中、90%RH以上の高湿潤雰囲気中との2つの条件で、各々破断まで引張試験を行った。そして、10%RH以下の乾燥雰囲気中の伸び値δ1に対する、90%RH以上の高湿潤雰囲気中の伸び値δ2の低下率を上記式にて算出した。これら伸び値の低下率が10%以下、より好ましくは5%以下と小さいほど、耐水素脆化特性が優れていると評価出来る。
【0049】
ここで、この伸び値の低下率5%とは、水素容器部材で耐水素脆化特性が優れていると実績のある6061−T6材を、前記した同じ条件で耐水素脆化特性試験して求めた基準値である。また、この伸び値の低下率10%とは、水素容器部材ではないが、耐食性に優れた構造部材として実績のある7050−T7材を前記した同じ条件で耐水素脆化特性試験して求めた基準値である。
【0050】
表1、2から分かる通り、発明例1〜11は、高強度と耐水素脆化特性とを兼備している。即ち、発明例は本発明アルミニウム合金組成を有するとともに、組成と調質とが適切で、導電率(%IACS)が、前記Fe、Mn、Cr、Zr、Vの含有量の組成との関係を満足している。この結果、0.2%耐力が275MPa以上の高強度と、脆化感受性指標が10%以下である優れた耐水素脆化特性とを兼備している。
【0051】
なお、発明例1、2は脆化感受性指標がマイナスとなっているが、これは90%RH以上の高湿潤雰囲気中での伸び値δ2が、10%RH以下の乾燥雰囲気中での伸び値δ1よりも大きくなっているためで、耐水素脆化性に優れることを示す一つの特性と言える。
【0052】
これに対して、表1、2から分かる通り、比較例12〜15は、高強度と耐水素脆化特性とを兼備できていない。比較例12、15はMg含有量が少なすぎる。比較例13、14は、導電率(%)が、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+40.5の関係を満足していない。
【0053】
したがって、以上の実施例の結果から、本発明における成分や組織の各要件、あるいは好ましい製造条件の、耐水素脆化特性および機械的性質などを兼備するための臨界的な意義乃至効果が裏付けられる。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0056】
以上説明したように、本発明によれば、耐水素脆化特性に優れる高圧ガス容器用7000系アルミニウム合金材を提供することができる。したがって、アルミニウム合金製やプラスチック製ライナーの外面に強化用繊維を巻き付けた高圧ガス容器へ、7000系アルミニウム合金材をライナー、口金あるいはガス管などの部材として適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、Zn:4.0〜6.7%、Mg:0.75〜2.9%、Cu:0.001〜2.6%、Si:0.05〜0.40%、Ti:0.005〜0.20%、Fe:0.01〜0.5%を各々含み、更に、Mn:0.01〜0.7%、Cr:0.02〜0.3%、Zr:0.01〜0.25%、V:0.01〜0.10%の一種または二種以上を、1.0%≧Fe+Mn+Cr+Zr+V≧0.1%の関係を満足した上で含み、残部がAlおよび不可避不純物からなるアルミニウム合金組成を有するとともに、導電率(%IACS)が、前記Fe、Mn、Cr、Zr、Vの合計含有量との関係で、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+40.0の関係を満足し、かつ、0.2%耐力が275MPa以上であることを特徴とする耐水素脆化特性に優れた高圧ガス容器用アルミニウム合金材。
【請求項2】
前記アルミニウム合金材が、ピーク時効処理、過時効処理から選択された調質が施されている、請求項1に記載の耐水素脆化特性に優れた高圧ガス容器用アルミニウム合金材。
【請求項3】
前記アルミニウム合金材の導電率が、前記Fe、Mn、Cr、Zr、Vの合計含有量との関係で、導電率(%)≧−4.9×(Fe+Mn+Cr+Zr+V)+41.5の関係を満足する請求項1または2に記載の耐水素脆化特性に優れた高圧ガス容器用アルミニウム合金材。
【請求項4】
前記アルミニウム合金材の耐水素脆化特性が、歪み速度を1.0×10-6-1以下として雰囲気条件のみを変えて、このアルミニウム合金材を引張変形させた場合の、10%RH以下の乾燥雰囲気中での伸び値δ1に対する、90%RH以上の高湿潤雰囲気中での伸び値δ2の低下率として、[(δ1−δ2)/δ1]×100%で示される脆化感受性指標が10%以下である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の耐水素脆化特性に優れた高圧ガス容器用アルミニウム合金材。
【請求項5】
前記アルミニウム合金材が水素貯蔵用の高圧ガス容器用である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の耐水素脆化特性に優れた高圧ガス容器用アルミニウム合金材。

【公開番号】特開2009−221566(P2009−221566A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−69683(P2008−69683)
【出願日】平成20年3月18日(2008.3.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願〔平成19年度 独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの〕
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000002277)住友軽金属工業株式会社 (552)
【出願人】(000176707)三菱アルミニウム株式会社 (446)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)
【出願人】(000004743)日本軽金属株式会社 (627)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)