説明

耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法

【課題】耐水素脆化特性を評価する試験方法において、水素を吸蔵させた試験片からの水素放出を防止できる亜鉛めっきを施す表面処理方法を提供する。
【解決手段】ZnCl2:80g/l超300g/l以下、NH4Cl:100〜300g/l、光沢剤:10〜50ml/lを含有する塩化アンモン浴を用いることを特徴とする水素脆化評価方法。ねじ部、切り欠き部を有する試験片への適用も可能である。また、陰極電流密度は0.5〜50A/dm2、めっき浴の温度は10〜60℃、めっき浴のpHは4.5〜6.5、めっき時間は1〜30分であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料、特に鋼材の耐水素脆化特性を評価する方法、特に、限界拡散性水素量を測定する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属材料は高強度であるほど水素脆化を引き起こす可能性が高い。特に、高強度鋼の開発では、水素脆化の一種である遅れ破壊特性の優れた鋼材に関する提案がなされている(例えば、特許文献1〜3)。
【0003】
また、様々の耐水素脆化特性の評価方法が提案されており、特許文献1には限界拡散性水素量を測定する方法が、特許文献2は遅れ破壊強度を求める方法が、および特許文献3には、定荷重試験により破断時間を求める方法が用いられている。耐水素脆化特性の評価では、試験片に水素を強制的に含有させるため、電解や高温高圧の水素雰囲気内で保持する水素チャージが施される。その後、めっきを施すことによって試験中に試験片からの水素の放出を抑制する。
【0004】
特許文献1では、水素の放出の防止にカドミウムめっきが用いられている。しかし、カドミウムは有害であることから、安全および環境の観点からその取扱には細心の注意を必要とする短所がある。これに対し、亜鉛めっきによって水素の放散を抑制する方法が提案されている(例えば、非特許文献1、特許文献4)。非特許文献1では硫酸亜鉛浴による亜鉛めっきを利用した方法、特許文献4では塩化アンモン浴による亜鉛めっきを利用した方法が提案されている。
【0005】
【特許文献1】特開平11−270531号公報
【特許文献2】特開平10−036940号公報
【特許文献3】特開平09−078182号公報
【特許文献4】特開2005−69815号公報
【非特許文献1】中山武典、外3名、「カドミウム代替水素逃散防止めっきの開発」、材料とプロセス、社団法人日本鉄鋼協会、2000年、第13巻、第6号、p.1376
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らが、これらの亜鉛めっき方法を検討した結果、従来の方法では、鋼種や試験片形状によっては水素放出防止能力が不充分であることが判明した。本発明は、水素脆化が発生しない最大の水素量である限界拡散性水素量の測定、定荷重負荷による遅れ破壊特性の評価など、耐水素脆化特性を評価する方法において、試験片の材質、形状に影響を受けることなく、試験中の水素放出量が極めて少ない亜鉛めっきを試験片の表面に効率良く施す方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法は、金属材料、特に鋼材からなる試験片に陰極チャージによって水素をチャージした後、水素の放散を抑制するために、適正な条件で亜鉛めっきを施すものである。また、この試験片を用いれば、引張強度の数十パーセントの定荷重引張応力を負荷し、破断に至る最大の拡散性水素量を決定することができる。本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
(1) 水素を含有させた金属材料からなる試験片に、
ZnCl2:80g/l超300g/l以下、
光沢剤:10〜50ml/l、
NH4Cl、KClの一方または双方の合計:100〜300g/l
を含むめっき浴中で電気めっきを施した後、水素脆化特性評価試験を行うことを特徴とする耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
(2) 試験片が、ねじ部を有することを特徴とする上記(1)に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
(3) 試験片が切欠き部、穴の一方または双方を有することを特徴とする上記(1)または(2)記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
(4) 陰極電流密度が0.5〜50A/dm2であることを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
(5) めっき浴の温度が10〜60℃であることを特徴とする上記(1)〜(4)の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
(6) めっき浴のpHが4.5〜6.5であることを特徴とする上記(1)〜(5)の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
(7) めっき時間が1〜30分であることを特徴とする上記(1)〜(6)の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
(8) 試験片が鋼材からなることを特徴とする上記(1)〜(7)の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、カドミウムめっきを用いた方法より安全かつ環境負荷が低く、かつ従来よりも試験中の水素放出防止能力が高い亜鉛めっきを施した試験片を用いた限界拡散性水素量の測定、定荷重試験などの遅れ破壊試験を、高精度かつ高効率で行うことが可能な、耐水素脆化特性の評価方法を提供することが可能になり、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法は、水素チャージなどによって水素を吸蔵させた試験片の表面に亜鉛めっきを施すものである。これにより、試験前および試験中に試験片からの水素の放出を防止し、耐水素脆化特性を正確に求めることができる。
【0010】
試験前にあらかじめ水素チャージし、めっきを施した後の耐水素脆化特性を評価する試験方法の一例として限界拡散性水素量の測定方法を説明する。陰極チャージによって水素を試験片に吸蔵させ、亜鉛めっきを施した後、定荷重負荷試験を行い、破断または一定時間経過後(例えば100時間後)直ちに回収し、ガスクロマトグラフィー等によって鋼中水素量を求める。陰極チャージ時に電流密度を変化させることにより吸蔵水素量を変化させ、破断しない最大の水素量を限界拡散性水素量と定義し、耐水素脆化特性を評価する。
【0011】
本発明の表面処理方法におけるめっき浴組成の限定理由について述べる。
【0012】
ZnCl2は、亜鉛めっきの主成分である亜鉛を供給するために添加するが、添加量が80g/l以下であると、めっきの付着量が不均一になり、特に、付着量が少ない部分では、つき廻りや被覆力が低下するため、水素放出防止能力が低い。一方、ZnCl2の添加量が、300g/lを超えると均一電着性が劣化するため、均一なめっきを付与することができず、水素放出防止能力が低下するため、80g/l超300g/l以下の範囲に限定した。
【0013】
光沢剤は、均一電着性を向上させるために添加するものであり、汎用の光沢剤を用いれば良いが、添加量が10g/l未満であると均一電着性が劣るため均一なめっきを付与することができず、水素放出防止能力が低下する。一方、50g/lを越えて光沢剤を添加するとめっきがもろくなり水素放出防止能力が低下するため、10〜50g/lの範囲に限定した。
【0014】
更に、KCl、NH4Clの一方または双方を、めっき液の電導性をよくするために加える。KCl、NH4Clの一方または双方の添加量が、100g/l未満であるとつき廻りや被覆力が低下するため十分な水素放出防止能力が得られず、300g/lを超えてもつき廻りや被覆力が低下することによって水素放出防止能力が低下するため、100〜300g/lの範囲に限定した。
【0015】
試験片の形状は特に限定せず、丸棒、更に、ねじ部、ノッチを有する試験片の何れでも良い。上述の本発明のめっき浴はつき廻り性が良好であるため、特に、形状が不均一な試験片、例えば、ねじ部、ノッチ、穴を有する試験片でも、特定の部位のめっき付着量が減少することがなく、試験片の形状に依らず、水素の放散を確実に抑制することができる。特に、ねじ部や穴を有する試験片を用いれば、様々な定荷重負荷形式の試験の実施が可能になる。さらに、ノッチを有する試験片での遅れ破壊試験は応力集中率の異なる試験を実施することができ、実際の部品を模擬した試験が可能となる。
【0016】
陰極電流密度は、0.5A/dm2未満でめっきを行うと均一電着性が劣化するため、めっきが不均一になり、水素放出防止能力が低下することがある。また、50A/dm2を超える陰極電流密度でめっきを行うとめっき中にピンホールを生じ、十分な水素放出防止能力が得られないことがある。そのため、緻密で均一なめっきを付与するには、陰極電流密度を0.5〜50A/dm2の範囲とすることが好ましい。
【0017】
めっき浴の浴温は、10℃未満、または60℃超でめっきを行うと、均一電着性が低下する。そのため、めっきが不均一になり、水素放出防止能力が低下することがある。したがって、めっき浴の浴温は10〜60℃の範囲とすることが好ましい。
【0018】
めっき浴のpHは、4.5未満であるとつき廻りや被覆力が低下し、水素放出防止能力が不十分になることがある。また、めっき浴のpHが6.5を超えてもつき廻りや被覆力が低下したり、白色沈殿が生じることがあるため、4.5〜6.5の範囲とすることが好ましい。
【0019】
めっき時間は、1分未満であるとめっき浴の組成によっては、水素放出防止のための十分な亜鉛めっきの被覆が得られないことがあるため、1分以上とすることが好ましい。また、めっき時間が30分を超えると水素放出防止能力は飽和し作業効率が悪くなる。さらに、ねじ部を有する試験片では、めっき厚が適正値を超えると試験片をねじ込み治具に取り付けられなくなる不具合も生じる。したがって、めっき時間は30分以下が望ましい。
【実施例】
【0020】
1000MPa級鋼材を図1または図2に示す試験片に加工し、電界陰極チャージによって鋼中に水素をチャージした。陰極電界チャージは3% NaCl+3g/l NH4SCN水溶液中に試験片を浸し、0.5mA/cm2の電流密度で18hr行った。その後、表1に示す条件にて亜鉛めっきを施した。めっきの光沢剤は汎用の塩化亜鉛浴用光沢剤を用いた。めっき後、100hr室温にて放置した後にめっきを除去し、ただちにガスクロマトグラフィーを用いた昇温水素分析によって鋼中に残存する水素量を測定した。また、予備試験として、めっき後放置せずにただちにめっき除去し昇温水素分析をした結果、残存する水素量は2.6ppmであった。
【0021】
本発明を検討する際に、陰極水素チャージ後、非特許文献1に記載されているような硫酸亜鉛浴や特許文献4に記載されている条件の塩化アンモン浴を用いてめっきを行い、100hr室温放置後の水素量を測定したが、いずれも2.6ppm未満の水素量であり、水素放出防止能力が不十分であった。その原因としては、マクロな外観観察からねじ部や切欠き部および穴において亜鉛めっきのつき廻りが不十分であることが考えられる。すなわち、これらのめっき浴はつき廻り特性が不十分であることが明らかとなった。これを踏まえ、つき廻り特性に優れ、水素放出防止能力に優れる浴組成およびめっき条件を探索した結果を以下に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
表1のNo.1〜17は本発明例であり、残存する水素量は2.6ppmで減少しておらず、すなわち水素放出防止能力が十分優れている。
【0024】
No.18〜24は、本発明例ではあるが、めっきの浴温、pH、陰極電流密度、めっき時間のうち少なくとも1つを好ましい範囲外とした例である。No.18は浴温が10℃未満であり、No.19は浴温が60℃を超えているため、残存する水素量がやや減少している。No.20はめっき浴のpHが4.5未満であり、No.21はめっき浴のpHが6.5を超えているため、残存する水素量がやや減少している。No.22は、めっきの陰極電流密度を0.5A/dm2未満とした例である。No.23はめっきの陰極電流密度が50A/dm2を超えており、No.24は、めっき時間が1分よりも短く、残存する水素量がやや減少している。
【0025】
一方、No.25〜33は比較例であり、ZnCl2、光沢剤、NH4Cl、KClのうち少なくとも1つの濃度が本発明の範囲外である。No.25は、ZnCl2濃度が80g/l未満であり、残存する水素量が減少している。No.26はZnCl2濃度が80g/l未満およびめっきの陰極電流密度が0.5A/dm2未満であるため、残存する水素量が減少している。No.27はZnCl2濃度が300g/l超およびめっきの陰極電流密度が50A/dm2を超えており、めっき時間が1分未満のため、残存する水素量が少なかった。
【0026】
No.28はNH4Cl濃度が100g/l未満であり、No.29はNH4Cl濃度が300g/lを超えているため、残存する水素量が少なかった。No.30はKCl濃度が100g/l未満であり、No.31はNH4Cl濃度が300g/lを超えているため、残存する水素量が少なかった。No.32は光沢剤の量が10ml/l未満であり、No.33は光沢剤の量が50ml/lを超えているため、残存する水素量が少なかった。
【0027】
表1のNo.6のめっき液を用いて、1000MPa級の本試験材の遅れ破壊試験を実施した。試験片形状は図1と図2に示すものを用い、陰極チャージ後にめっきを行い、引張強さの90%の定荷重を負荷し、破断しない最大の水素量(限界拡散性水素量HC)を求めた。その結果、この条件における当該材の限界拡散性水素量HCは1.2ppmであり、また図3に示した破断したA点と未破断のB点において水素量の差が鋼中の水素量の10%以内であることから、試験中に水素は放出しておらず、的確に限界拡散性水素量が求められているものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】ねじ部および切欠き部を有する遅れ破壊試験片の模式図である。
【図2】穴および切欠き部を有する遅れ破壊試験片の模式図である。
【図3】遅れ破壊試験片の模式図である。
【図4】ねじ部を有する遅れ破壊試験片の模式図である。
【図5】穴を有する遅れ破壊試験片の模式図である。
【図6】図1に示す試験片形状の1000MPa級鋼材を引張強さの90%負荷したときの限界拡散性水素量測定結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素を含有させた金属材料からなる試験片に、
ZnCl2:80g/l超300g/l以下、
光沢剤:10〜50ml/l、
NH4Cl、KClの一方または双方の合計:100〜300g/l
を含むめっき浴中で電気めっきを施すことを特徴とする耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
【請求項2】
試験片が、ねじ部を有することを特徴とする請求項1に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
【請求項3】
試験片が切欠き部、穴の一方または双方を有することを特徴とする請求項1または2記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
【請求項4】
陰極電流密度が0.5〜50A/dm2であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
【請求項5】
めっき浴の温度が10〜60℃であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
【請求項6】
めっき浴のpHが4.5〜6.5であることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
【請求項7】
めっき時間が1〜30分であることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。
【請求項8】
試験片が鋼材からなることを特徴とする請求項1〜7の何れか1項に記載の耐水素脆化特性評価試験片の表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−261742(P2008−261742A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−104942(P2007−104942)
【出願日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】