説明

耐溶剤性が改良された成形体の製造方法

【課題】 本発明は、有機蒸気分離用のガス分離膜として好適に使用可能である、有機溶剤に対する耐溶剤性が改良された成型体の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 芳香族ポリイミドからなる成形体を、ポリアジド化合物と接触させた後、熱処理を行うことで、耐溶剤性が改良されたことを特徴とする成形体の製造方法。特に、芳香族ポリイミドからなる非対称膜であって、有機溶剤に対する耐溶剤性が改良された非対称膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐溶剤性が改良された成形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子からなるガス分離膜は、現在注目を集めている。特に、芳香族ポリイミドは、良好なガス透過特性、機械的特性、及び耐熱性のため、ガス分離膜として有望であり、既に種々の分野で活用されている。ガス分離膜としては、良好なガス透過特性および、機械的特性を両立させるために、スキン層および多孔質層からなる非対称構造を有する非対称膜が多く用いられている。
【0003】
高分子からなる非対称膜は、例えばLoebらが特許文献1において提案している方法、すなわち高分子溶液をキャストなどの手段により成形し、空気中に放置した後で、凝固浴に浸漬させる乾湿式法により製造することができる。また、芳香族ポリイミドからなる中空糸非対称膜の製造方法が特許文献2において開示されている。芳香族ポリイミドがフェノール系化合物を主成分とする溶媒に溶解しているポリイミド溶液組成物を、中空糸用ノズルから押し出して中空糸状体を形成し、その中空糸状体を凝固液に浸漬させることにより中空糸非対称膜を製造することができる。
【0004】
近年、バイオエタノールの脱水などにおいて、有機化合物を含む液体混合物を加熱蒸発させて生成した有機蒸気混合物を、選択的透過性を有する分離膜を用いて分離する方法(有機蒸気分離)が、注目を集めている。有機蒸気分離においては、有機溶媒への接触あるいは有機蒸気を含有する雰囲気に曝されるため、高い耐溶剤性が求められている。
一方、有機溶媒に溶解しないポリイミドの場合は、非対称膜を形成するためにポリイミドの前駆体であるポリアミド酸を有機溶剤に溶解させたドープを用いなければならないが、ポリアミド酸では膜を形成後に高温の加熱処理などによってイミド化しなければならず、このような製造工程では良好なガス透過特性を示す非対称膜を得ることは難しかった。
【0005】
高分子からなる材料の耐溶剤性を改良する方法としては、架橋する方法が挙げられる。
例えば、有機溶媒可溶性の芳香族ポリイミドと、芳香族アジド化合物とからなる感光性ポリイミド組成物が特許文献3に開示されている。感光性ポリイミド組成物の有機溶媒溶液を塗布し乾燥することによって塗膜を得る。前記塗膜にマスクパターンを介して紫外光を照射し光照射部分を不溶化させ、現像液(モノエタノールアミン等の有機溶媒)で溶媒可溶性である未照射部分を溶解させ、光照射部分のパターンを得ている。
特許文献4には、スルホン基などの置換基を有する芳香族ポリイミドからなる非対称中空糸膜を、270℃以上の温度で加熱処理を行うことによる中空糸膜の不融化が開示されている。
【0006】
【特許文献1】米国特許3,133,132号
【特許文献2】特開昭57−167414号
【特許文献3】特開昭63−353号
【特許文献4】特開2004−267810号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
芳香族ポリイミドが、有機溶媒へ接触する、あるいは有機蒸気を含有する雰囲気に曝されるといった場合、有機溶媒によって芳香族ポリイミドが、膨潤および/もしくは可塑化が進行する場合がある。特に、芳香族ポリイミド非対称膜において、非対称膜を構成する材料が、膨潤および/もしくは可塑化が進行ずるために、本来有していた非対称構造が変化してしまう場合がある。非対称構造が保持されず変化した場合には、非対称膜の機械的特性およびガス透過特性が変化し、透過速度や分離度といったガス透過特性が維持できなくなる場合がある。すなわち、耐溶剤性が十分でない非対称膜は、有機蒸気分離において、当初に優れたガス透過特性を発揮したとしても、有機蒸気分離を行う間にガス透過特性が悪化するという問題を生じる。
【0008】
本発明は、耐溶剤性が改良された成形体の製造方法を提供することを目的とする。特に、ポリイミド骨格を含有して構成された非対称膜であって、有機溶剤に対する耐溶剤性が改良された非対称膜の製造方法を提供することを目的とする。好ましくは、前記非対称膜は有機蒸気に対して実用的な透過特性を安定して有する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、芳香族ポリイミドからなる成形体を、ポリアジド化合物に接触させた後、熱処理を行うことを特徴とする耐溶剤性が改良された成形体の製造方法に関する。
【0010】
前記成形体が非対称膜であることを特徴とする前記成形体の製造方法に関する。
【0011】
また、前記熱処理を、120℃〜350℃で行うことを特徴とする前記成形体の製造方法に関する。
【0012】
また、前記ポリアジド化合物が、芳香族ジアジド化合物であることを特徴とする前記成形体の製造方法に関する。
【0013】
また、前記ポリアジド化合物が、ビス(3−アジドフェニルスルホン)であることを特徴とする前記成形体の製造方法に関する。
【0014】
また、前記ポリアジド化合物との接触を、前記ポリイミドを前記ポリアジド化合物の溶液に浸漬させることで行うことを特徴とする前記成形体の製造方法に関する。
【0015】
また、前記ポリアジド化合物の溶液の溶媒が、ケトン類溶媒であることを特徴とする前記成形体の製造方法に関する。
【0016】
また、前記ポリイミドを前記ポリアジド化合物の溶液に浸漬させるときに,ポリアジド化合物の溶液を0℃〜80℃の温度の範囲で保持することを特徴とする前記成形体の製造方法に関する。
【0017】
また、前記製造方法で製造した成形体に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、耐溶剤性が改良された成形体の製造方法を提供する。
特に、ポリイミド骨格を含有する非対称膜であって、耐溶剤性が改良されている非対称膜の製造方法を提供する。
好ましくは、本発明の製造方法により製造された非対称膜は、有機溶媒と接触した場合、あるいは、有機蒸気を含有する雰囲気に曝された場合にも、本来有している機械的特性、およびガス透過特性を発揮することができる。そのため、有機溶媒の存在下においても、ガス分離膜として使用することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明者らは、種々検討した結果、芳香族ポリイミドからなる成形体を、ポリアジド化合物と接触させた後、熱処理を行うことを特徴とする、耐溶剤性が改良された成形体の製造方法を見出した。
【0020】
本発明の芳香族ポリイミドからなる成形体とは、芳香族ポリイミドを主成分(50重量%以上、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上、特に好ましくは100%が芳香族ポリイミドからなる)として成形されているものであり、特に限定するものではないが、例えば、繊維状、フィルム状などの形状を有する成形体のことを意味する。芳香族ポリイミドからなる成形体は緻密構造を持つものであっても、多孔質構造をもつものであってもよく、また、全体が緻密構造もしくは多孔質構造の均質構造からなるものであってもよく、緻密構造と多孔質構造の双方を有する非対称構造からなるものであってもよい。具体的には、均質緻密構造からなるポリイミド繊維、ポリイミドフィルム、均質多孔質構造からなるポリイミド多孔質膜、非対称構造からなる非対称膜などが挙げられる。
【0021】
本発明のポリイミド繊維は、直径が1mm以下であることが好ましく、500μm以下であることが更に好ましく、250μm以下であることがより好ましく、100μm以下であることが特に好ましく、0.1μm以上であることが好ましく、1μm以上であることが更に好ましく、5μm以上であることがより好ましく、10μm以上であることが特に好ましい。
【0022】
本発明のポリイミドフィルムは、膜厚が1mm以下であることが好ましく、500μm以下であることが更に好ましく、250μm以下であることがより好ましく、100μm以下であることが特に好ましく、1μm以上であることが好ましく、5μm以上であることが更に好ましく、10μm以上であることがより好ましい。
【0023】
本発明のポリイミド多孔質膜は、膜厚が1mm以下であることが好ましく、500μm以下であることが更に好ましく、250μm以下であることがより好ましく、100μm以下であることが特に好ましく、1μm以上であることが好ましく、5μm以上であることが更に好ましく、10μm以上であることがより好ましく、孔径が2μm以下であることが好ましく、1μm以下であることが更に好ましく、0.01μm以上であることが好ましく、0.03μm以上であることが更に好ましい。
【0024】
本発明の非対称膜は、緻密構造であるスキン層の厚さが10〜200nmであり、多孔質構造である多孔質層の厚さは20〜200μmであることが好ましい。スキン層の厚さが10nm未満は欠陥なく製造することが困難であり、200nmを越えるとガスの透過速度が小さくなって好ましくない。また、多孔質層が20μm未満では機械的強度が小さくなって実用的でなくなり、200μmを越えると多孔質のガスの透過速度が小さくなるので好ましくない。
本発明の非対称膜は、フィルム・シート状の平膜、中空糸状の中空糸膜等いずれの形状であってもよいが、分離膜として有効膜面積を大きくとれる中空糸膜が好適である。また、中空糸膜の内径は30〜500μmが好ましい。
【0025】
本発明において、芳香族ポリイミドからなる成形体が非対称膜であるときには、特に耐溶剤性が改良された分離膜として非常に有用であることを見出した。したがって、以下の説明においては、成形体が非対称膜であるものを中心にして説明する。
【0026】
本発明の非対称膜は、芳香族ポリイミドからなる非対称膜を形成し、次いで、その非対称膜をポリアジド化合物と接触させ、さらに、非対称膜のポリイミド骨格と非対称構造とが保持され耐溶剤性が改良される程度の温度条件で熱処理する方法によって好適に得ることができる。
この加熱処理は次のように説明できる。
1.この加熱処理はポリイミドの主鎖を構成するポリイミド骨格が実質的に保持される温度範囲でなされなければならない。この結果、非対称膜の機械的な強度が保持される。より高温で加熱処理してポリイミド骨格の分解が進むと機械的な強度が低下するという問題が生じる。
2.この加熱処理は非対称構造が保持される温度範囲でなされなければならない。このためには、加熱処理温度はポリイミドの主鎖のガラス転移温度よりも低い温度でなければならない。ガラス転移温度以上の温度で加熱処理すると非対称構造が損なわれてガス分離機能を失う。
3.この加熱処理によって少なくとも一部のポリアジド化合物がポリイミド骨格中の芳香環を架橋してポリイミドを不融化する。本発明において、不融化とは、50℃のパラクロロフェノール中に1時間浸漬しても溶解しないようになることである。この結果、非対称膜の耐溶剤性が改良される。
すなわち、本発明の非対称膜は、ポリイミド骨格を保持しているから機械的強度が優れており、有機蒸気に対する優れたガス透過特性を有しており、更に、優れた耐有機溶剤性を有している。このため、有機蒸気を分離回収するための実用的なガス分離膜として好適なものである。
【0027】
パラクロロフェノールは、ポリイミドに対し最も高い溶解性を示す有機溶媒の一つであり、しばしば、乾湿式法によりポリイミド非対称分離膜を製造するときにポリイミドを溶解させる溶剤として用いられている。このような最も高い溶解性を持っているパラクロロフェノールに対して高い耐溶剤性を示すものは、パラクロロフェノールよりも低い溶解性しか持っていないアルコール類、ケトン類、エステル類など他の有機蒸気に対しては十分な耐溶剤性を有する。耐溶剤性に優れていないガス分離膜を用いて有機蒸気分離を行った場合、分離を始めた際に優れたガス透過特性を発揮したとしても、時間の経過とともに非対称構造が損なわれてガス透過特性が悪化する。即ち、本発明の非対称ガス分離膜は、50℃のパラクロロフェノール中に1時間浸漬しても溶解しないだけの改良された耐有機溶剤性を有するから、アルコール類、ケトン類、エステル類などの有機蒸気を分離回収するのに十分な耐溶剤性を持っている。したがって、分離初期のガス透過特性を長期にわたり安定して発揮することができる。
【0028】
本発明は、公知の手法で得られた芳香族ポリイミドからなる成形体を、ポリアジド化合物と接触させ、熱処理を行うことを特徴とする耐溶剤性が改良された成形体の製造方法である。
特に、芳香族ポリイミドを非対称膜として成形した後、ポリアジド化合物と接触させ、熱処理を行うことを特徴とする耐溶剤性が改良された非対称膜の製造方法である。
【0029】
本発明に用いられる芳香族ポリイミドは、限定するものではないが、下記化学式(1)で示される繰り返し単位からなるポリイミド骨格を有する芳香族ポリイミドを好適に挙げることができる。
【0030】
【化1】

[ここで、Aは芳香族テトラカルボン酸からカルボン酸基を除いた4価の基である。また、Bは芳香族ジアミンのアミノ基を除く2価の基である。]
【0031】
Aの具体例としては、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン、2,2−ビス〔4−(3,4−ジカルボキシフェノキシ)フェニル〕プロパン、2,2−ビス〔4−(3,4−ジカルボキシフェノキシ)フェニル〕ヘキサフルオロプロパン、1,4,5,8−ナフタレンテトラカルボン酸、及び、ピロメリット酸などの芳香族テトラカルボン酸からカルボン酸基を除いた4価の基を好適に挙げることができる。
【0032】
Bの具体例としては、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、あるいは4,4’−ジアミノジフェニルエーテル等のジアミノジフェニルエーテル類、3,7−ジアミノ−2,8−ジメチルジベンゾチオフェン−5,5−ジオキシド等のジアミノジフェニレンスルホン類、ビス((アミノフェノキシ)フェニル)プロパン(BAPP)類、ビス((アミノフェノキシ)フェニル)ヘキサフルオロプロパン(HFBAPP)類、ジアミノジフェニルメタン類、ジアミノジフェニルスルホン類、ジアミノベンゾフェノン類、2,2−ビス(アミノフェニル)プロパン類、2−(4−アミノフェニル)−2−(3−アミノフェニル)プロパン、ビス〔(アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン類、トリジン類、フェニレンジアミン類、ジアミノ安息香酸類、ジアミノピリジン類などの芳香族ジアミンからアミノ基を除いた2価の基を好適に挙げることができる。
【0033】
本発明の非対称膜は、まず芳香族ポリイミドを合成し、前記芳香族ポリイミドを製膜することにより芳香族ポリイミド非対称膜を形成し、次いで前記芳香族ポリイミド非対称膜をポリアジド化合物と接触させた後、熱処理する方法によって好適に得ることができる。
本発明において、非対称膜をポリアジド化合物と接触させた後、熱処理する処理をアジド処理と記載することがある。
以下、限定するものではないが、本発明の非対称膜を製造する方法について説明する。まず、芳香族ポリイミドの合成方法について説明する。
【0034】
本発明の芳香族ポリイミドは、例えば以下に示す方法で合成することができる。
フェノール系などの溶媒中に芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミン化合物とを略等モル溶解させ、100〜250℃、好ましくは130〜200℃の反応温度で加熱し、脱離する水またはアルコールを除去しながら重合イミド化させる。前記反応温度において、重縮合反応とイミド化反応とが進行し、一段で溶媒に溶解したポリイミドの溶液が得られる。反応時間は10〜60時間程度である。その際、溶媒に対する芳香族テトラカルボン酸化合物と芳香族ジアミン化合物の使用量は、溶媒中のポリイミドの濃度が、5〜50重量%、特に重合液を直接中空糸膜等の製造に用いる場合には濃度が10〜40重量%、さらには12〜25重量%になるようにするのが好ましい。また、重合イミド化したポリイミド溶液の回転粘度(100℃で測定)が10〜8000ポイズ、特に100〜3000ポイズであることが好ましい。回転粘度が過度に高すぎたり低すぎたりすると、紡糸や製膜が困難になるので好ましくない。
【0035】
前記ポリイミドの重合イミド化に用いられる溶媒は、芳香族ポリイミドの溶解性が優れるフェノール系溶媒が特に好ましい。フェノール系溶媒としては、融点が約100℃以下、好ましくは80℃以下のものが好適である。具体的には、フェノール、クレゾールなどの1価のフェノール類、カテコール、レゾルシノールなどの2価フェノール類、1価のフェノールの芳香環に結合している水素をハロゲン原子で置換したハロゲン化フェノール、および、これらの混合物が好適である。ハロゲン化フェノールとしては、例えば、2−クロロフェノール、4−クロロフェノール、2−ブロモフェノール、2−クロロ−4−ヒドロキシトルエン、2−ブロモ−4−ヒドロキシトルエンなどであり、溶解性や取扱性が良好な4−クロロフェノール(パラクロロフェノールもしくはPCPとも記載することがある)が特に好ましい。
フェノール系以外の溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドンなどの極性溶媒を用いることができる。
【0036】
本発明の芳香族ポリイミド非対称膜は、前記の重合イミド化によって得られたポリイミドの溶液からなるドープを用いて、乾式法、湿式法、乾湿式法等の製膜方法で製造することができる。特にポリイミドの溶液を流延あるいは成形機から窒素ガスなどの気体雰囲気中に吐出又は押出した後、凝固液中に導いて凝固させ、洗浄後乾燥・熱処理する乾湿式法は、透過速度、分離度の良好な非対称膜を得ることができるので好適である。湿式法や乾湿式法で使用される凝固液としては、例えば水やメタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール系溶媒や、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトンなどのケトン系溶媒や、それらの混合溶媒など、ポリイミドを溶解せずポリイミド溶液の溶媒と相溶性を有する極性溶媒が使用される。
凝固させた非対称膜はメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール等のアルコール系溶媒で洗浄後、更に、イソペンタン、n−ヘキサン、イソオクタン、n−ヘプタンなどの脂肪族炭化水素系溶媒で洗浄しその後十分乾燥する。
【0037】
次いで、本発明におけるポリアジド化合物について説明する。
アジド化合物とは、分子内にアジド基(−N)を持つ化合物の総称であり、本発明におけるポリアジド化号物とは、分子内にアジド基を複数個共有結合している化合物を意味する。
本発明における芳香族ジアジド化合物とは、芳香族化合物に芳香環に直接共有結合したアジド基が二個共有結合している化合物を意味する。芳香環は、一個でも構わないし二個以上の複数個でも構わない。芳香環に直接共有結合したアジド基は、脂肪鎖に共有結合したアジド基と比較して反応性が高いため、また、芳香族ポリイミドとの親和性が高いため、好適である。
【0038】
芳香族ジアジド化合物としては、例えば、以下化学式(2)〜(4)に示すような芳香族ジアジド化合物が挙げられる。その中でも化学式(2)で示されるビス(3−アジドフェニル)スルホンが特に好ましい。
【0039】
【化2】

【0040】
【化3】

【0041】
【化4】

【0042】
本発明において、芳香族ポリイミド非対称膜とポリアジド化合物を接触させる手段は、特に限定されるものではないが、ポリアジド化合物を溶媒に溶解させたポリアジド化合物溶液に、芳香族ポリイミド非対称膜を浸漬させる方法、ポリアジド化合物溶液を芳香族ポリイミド非対称膜に塗布する方法、ポリアジド化合物溶液を芳香族ポリイミド非対称膜に噴霧する方法などが挙げられる。特に、ポリアジド化合物溶液に芳香族ポリイミド非対称膜を浸漬させる方法が、均一にポリアジド化合物と接触させることが容易であるため好適である。
【0043】
前記、ポリアジド化合物を溶解させる溶媒としては、特に制限はないが、ポリアジド化合物の溶解性の高い溶媒として、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、テトラヒドロフラン等のケトン系溶媒、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン等のアミン系溶剤、ジメチルスルホオキシド等が挙げられる。その中でも、直鎖脂肪族ケトン類が好ましく、特に、メチルエチルケトンが好ましい。
【0044】
ポリアジド化合物溶液に芳香族ポリイミド中空糸膜を浸漬させる際に、ポリアジド化合物溶液を0℃以上で、溶媒の沸点以下である温度に保持することが好ましい。
【0045】
本発明において、アジド処理における熱処理の温度は、120℃〜350℃であることが好ましく、150℃以上であることがより好ましく、180℃以上であることが更に好ましく、300℃以下であることが好ましく、270℃未満であることが更に好ましい。
熱処理は、ポリイミド非対称膜を加熱槽に所定時間入れるバッチ方式でもよいし、ポリイミド非対称膜を連続的に加熱トンネル内を通過させる連続方式でも構わない。雰囲気を制御して、バッチ方式で加熱することにより行う事が、条件を制御しやすく好ましい。
熱処理温度が100℃より低い場合には、アジド基の反応が十分に起こらないため好ましくない。熱処理温度が350℃を超えると、ポリイミドのガラス転移温度以上となってしまい、非対称構造が変化するため好ましくない。
【0046】
このようにして、アジド処理された本発明の非対称膜は、処理前のポリイミド非対称膜が有するポリイミド骨格と非対称構造を実質的に保持している。また、ポリアジド化合物に伴う架橋によって耐溶剤性が改良されている。このため、パラクロロフェノールのような処理前には溶解性を示した溶剤に対して溶解しない。更に、この加熱処理によって有機蒸気の透過特性が実用レベルにまで改良されている。
本発明の非対称膜は、耐熱性に優れるから少なくとも加熱処理温度近傍までの高温において有機蒸気を分離回収するガス分離に使用することが可能である。また、主鎖のポリイミド骨格を実質的に保持しているため、処理前と同程度の機械的強度を保持しており、膜形成、加熱処理、分離膜モジュール化などの各製造工程で、破損や破断しにくく容易に取扱うことができるし、分離膜モジュールとして使用した時にもガス流による変形などによって容易に破損や破断することがなく優れた耐久性を示す。
【0047】
本発明の非対称膜は、通常、ガス供給口、透過ガス排出口、非透過ガス排出口を備えた容器内に非対称膜のガス供給側とガス透過側の空間が隔絶するようにして装着した分離膜モジュールとして用いられる。この分離膜モジュールは、プレートアンドフレーム型、スパイラル型、中空糸型などの通常の形態で用いられるが、モジュール体積当たりの有効膜面積を高められるので中空糸型の分離膜モジュールが好ましい。中空糸分離膜を用いるときは、中空糸分離膜の糸束を形成し、少なくとも一方の端部をその端面で中空糸分離膜が開口するようにエポキシ樹脂などの樹脂で固着させて結束した中空糸膜束エレメントを前記の容器内に装着して分離膜モジュールを形成する。
【0048】
本発明の非対称膜は、飽和又は不飽和の脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、ハロゲン化炭化水素、ケトン類、アルコール類、及びエステル類などの有機蒸気を含む混合ガスから有機蒸気を分離回収や、大気中の有機蒸気(揮発性有機化合物)の分離回収に好適に用いることができる。更に、この分離膜を化学反応プロセスへ適用して、例えば反応系から一成分を選択的に分離除去して反応の平衡を生成系にずらすことによって反応効率を高めることなどがこの分離膜の特性を利用することによって可能である。
【実施例】
【0049】
以下、本発明を実施例によって更に詳しく説明する。尚、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0050】
以下の各例で用いた化学物質の略号は次のとおりである。
s−BPDA:3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物
TSN:3,7−ジアミノ−2,8−ジメチルジベンゾチオフェン−5,5−ジオキシド
DADE:4,4’−ジアミノジフェニルエーテル
DDS:ビス(3−アジドフェニル)スルホン
PCP:4−クロロフェノール
MEK:メチルエチルケトン
MeOH:メタノール
DMC:ジメチルカーボネート
【0051】
以下の各例における、測定や評価は次の方法でおこなった。
(耐溶剤性の測定)
1cmの長さに切断した中空糸膜3本を、温度50℃に調温されたパラクロロフェノール中に完全に浸漬し1時間保持した後で、目視により観察した。浸漬中に完全に溶解した場合は×、浸漬中に完全には溶解していないが、中空糸膜形状は保持していないもの、例えば、ゲル状の物質が残留しているものを△、浸漬後も中空糸形状を保っているものを○で示す。
(破断強度と破断伸度の測定)
引張試験機を用いて有効長20mm、引張速度10mm/分で測定した。測定は23℃で行った。中空糸断面積は中空糸の断面を光学顕微鏡で観察し、光学顕微鏡像から中空糸の内外径をそれぞれ計測し、非対称構造の空隙は無視し単純に中空断面積を算出した。引張り破断伸度は、元の中空糸の長さL、引張り破断時の長さLとしたとき、((L−L)/L)×100(単位:%)で示した。
(混合蒸気のガス透過特性の測定)
測定モジュールの作成:中空糸膜10本を束ね裁断して中空糸膜束を形成し、その糸束の一方の端を中空糸端部が開口するようにエポキシ樹脂で固着し、他方の端を中空糸端部が閉塞されるようにエポキシ樹脂で固着して中空糸膜エレメントを製造した。この中空糸膜束エレメントを、原料の混合蒸気供給口、透過ガス排出口、及び、非透過ガス排出口を有する容器内に内設し、中空糸膜の有効長さ7.5cm、有効膜面積9.4cmであるガス透過特性測定用のモジュールを製造した。
混合有機蒸気の調製:2種の有機物からなる混合溶液を大気圧下、蒸発器で加熱気化して混合有機蒸気を発生させ、更に、その混合有機蒸気を加熱器でスーパーヒートすることによって120℃の2種の有機物からなる大気圧の混合有機蒸気を発生させた。この混合有機蒸気は、混合溶液の組成比を調節することによって、両蒸気成分が等モルになるように制御された。具体的には、例えば、モル比が35:65の割合でメタノール(MeOH)とジメチルカーボネート(DMC)からなる混合溶液を調製し、その混合溶液を蒸発器で気化し更に加熱器でスーパーヒートして、蒸気モル組成比が1:1のMeOH蒸気とDMC蒸気からなる混合有機蒸気(120℃、大気圧)を調製した。
ガス透過特性の測定:混合有機蒸気の調製を2時間以上続けた後で調製した混合有機蒸気を−50℃の低温トラップで凝縮して捕集し、その凝縮物を分析してモル組成比を確認した。その後、混合有機蒸気を、前記測定モジュールの混合蒸気供給口から供給し、中空糸膜の供給側(中空糸膜の外側)の表面に接触させ、中空糸膜の透過側(中空糸膜の内側)を5mmHgの減圧に維持して、前記混合有機蒸気のガス分離を開始した。慣らし運転として30分以上ガス分離を続けた後で、測定モジュールの透過ガス排出口から得られる透過ガスを30分間−50℃の低温トラップに導いて凝縮物として捕集した。捕集した凝縮物の重量を求めると共に、各成分の濃度をガスクロマトグラフィー分析法によって測定することにより、中空糸膜を透過した有機蒸気の各成分の量を求めた。求めた各有機蒸気成分量から、各有機蒸気成分の透過速度を算出した。それぞれの透過速度の比からガス分離度を算出した。
尚、混合有機蒸気の組成が測定値に影響を与えるほど変化しないように、サンプルの中空糸膜を透過する有機蒸気量に比べて大過剰量の混合溶液を用いた。また、測定時に非透過ガス排出口から排出される非透過有機蒸気は前記蒸気発生器へ循環して使用した。
【0052】
(参考例1)
(芳香族ポリイミド溶液の調製)
3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(s−BPDA)100モル%からなるテトラカルボン酸成分と、3,7−ジアミノ−2,8−ジメチルジベンゾチオフェン−5,5−ジオキシド(TSN)90モル%および4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(44DADE)10モル%、からなるジアミン成分とを、パラクロロフェノール(PCP)185gとともに、加熱装置と攪拌機と窒素ガス導入管及び排出管とが付設されたセパラブルフラスコに秤取って入れ、窒素ガス雰囲気中で攪拌しながら、190℃の温度で20時間重合してPCP中に溶解しているポリイミド濃度が19重量%の芳香族ポリイミドのPCP溶液を調製した。
(中空糸型の芳香族ポリイミド非対称膜の紡糸)
前記ポリイミド溶液を400メッシュのステンレス製金網でろ過して、紡糸用ドープとした。このドープを中空糸紡糸用ノズル(円形開口部の外径:1000μm、円形開口部のスリット幅:200μm、芯部開口部の外径:400μm)を備えた紡糸装置に仕込み、中空糸紡糸用ノズルから窒素雰囲気中に中空糸状に吐出させ、次いで中空糸状成形物を70重量%エタノール水溶液からなる一次凝固浴に浸漬し、更に一対の案内ロールを備えた70重量%エタノール水溶液からなる二次凝固浴中の案内ロール間を往復させて凝固を完了させ、湿潤状態の非対称中空糸膜をボビンに巻き取った。この非対称中空糸膜をエタノール中で十分洗浄し、次いでイソオクタンでエタノールを置換した後、イソオクタンを蒸発乾燥し、300℃で30分間、熱処理を行うことによって芳香族ポリイミド非対称膜を得た。
その非対称膜は、外径が395μmであって、内径が200μmである連続した長尺の中空糸である。
(参考例2)
参考例1により製造した芳香族ポリイミド非対称膜を50℃のパラクロロフェノール(PCP)に浸漬させたところ、1時間以内に完全に溶解してしまい、耐溶剤性が不十分であった。また、この膜の引張試験における破断強度は6.7kgf/mm、破断伸度は32%であった。
前記の方法により、メタノール(MeOH)とジメチルカーボネート(DMC)との混合蒸気により初期ガス透過特性を測定した。その結果、メタノール蒸気の透過速度(P’MeOH)が22×10−5cm(STP)/cm・sec・cmHgとなり、ジメチルカーボネート蒸気に対するメタノール蒸気の透過速度比(αMeOH/DMC:P’MeOH/P’DMC)が2.3となった。
【0053】
(実施例1)
参考例1により製造した芳香族ポリイミド非対称膜を、20℃に保ったビス(3−アジドフェニル)スルホン(DDS)1重量%が溶解しているメチルエチルケトン(MEK)溶液(以降DDS/MEKと記載)に5分間浸漬した。DDS/MEKから取り出した後、非対称膜表面のDDSを除去するためにイソオクタンに1分間浸漬し洗浄した。100℃でイソオクタンを蒸発乾燥させた後、300℃で30分間熱処理を行うことにより非対称膜を作製した。
【0054】
この膜は、50℃のPCPに1時間浸漬させても中空糸形状を維持しており、耐溶剤性に優れていた。また、この膜の引張試験における破断強度は8.0kgf/mm、破断伸度は30%であった。ガス透過特性を測定した結果、P’MeOHが4.4×10−5cm(STP)/cm・sec・cmHgとなり、αMeOH/DMCが14となった。
【0055】
(比較例1)
芳香族ポリイミド非対称膜を、DDSのMEK溶液の代わりに、MEKに浸漬させた以外は実施例1と同様にして非対称膜を作製した。
50℃のPCPに浸漬させたところ、1時間以内に完全に溶解してしまい、耐溶剤性が不十分であった。また、この膜の破断強度は7.8kgf/mm、破断伸度は31%であった。ガス透過特性を測定した結果、P’MeOHが5×10−5cm(STP)/cm・sec・cmHgとなり、αMeOH/DMCが6.9となった。
【0056】
(実施例2〜4および比較例2〜4)
浸漬させる溶液および熱処理温度を表1に示した溶液および温度にした他は、実施例1と同様に処理を行い、非対称膜を作製した。製造した非対称膜について、耐溶剤性、機械的特性、ガス透過特性の測定を行った。その結果を表1に示す。
【0057】
【表1】


表中の項目
アジド処理:溶液に浸漬させ、熱処理温度に記載の温度で30分間保持した
浸漬液:アジド処理における浸漬液
DDS/MEK;1重量% ビス(3−アジドフェニル)スルホン/メチルエチルケトン溶液
MEK;メチルエチルケトン
温度:アジド処理における熱処理温度;単位℃
耐溶剤性:50℃のパラクロロフェノールに1時間浸漬させ、完全に溶解した場合は×、完全には溶解しないが中空糸形状を保持していないものを△、中空糸形状を保っているものを○と記載
機械的特性:中空糸を引張試験により評価
破断強度:破断したときの単位面積あたりの破断応力;単位 kgf/mm
破断伸度:破断したときの中空糸の伸度;単位 %
ガス透過特性:MeOHとDMCとからなる120℃の混合蒸気における透過特性
透過度:MeOHの透過速度(P’MeOH);単位 10−5 cm(STP)/cm・sec・cmHg
分離度:MeOH蒸気のDMC蒸気に対する透過速度比(αMeOH/DMC);P’MeOH/P’DMC
【0058】
以上の結果より、アジド処理を行うことにより製造した非対称膜は、処理を行う前の非対称膜と比較して耐溶剤性が改良されている。また、アジド化合物を接触させずに熱処理を行った非対称膜では、耐溶剤性は改良されていない。また、破断強度および破断伸度といった機械的特性、並びに、メタノール蒸気の透過速度およびジメチルカーボネートに対するメタノール蒸気の透過速度比といった有機蒸気に対するガス透過特性は、アジド処理を行わない非対称膜、および、アジド化合物を接触させずに熱処理を行った非対称膜と比較して同程度以上の性能を有している。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の非対称膜は、機械的特性および有機蒸気分離におけるガス透過特性を維持したままで、耐溶剤性が改良されている。
すなわち、本発明の製造方法による非対称膜は、有機溶媒への接触した場合、あるいは、有機蒸気を含有する雰囲気に曝された場合にも、本来有している機械的特性、およびガス透過特性を発揮することができる。そのため、有機溶媒の存在下においても、ガス分離膜として使用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ポリイミドからなる成形体を、ポリアジド化合物に接触させた後、熱処理を行うことを特徴とする耐溶剤性が改良された成形体の製造方法。
【請求項2】
前記成形体が非対称膜であることを特徴とする請求項1に記載の成形体の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理を、120℃〜350℃で行うことを特徴とする請求項1〜2のいずれかに記載の成形体の製造方法。
【請求項4】
前記ポリアジド化合物が、芳香族ジアジド化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の成形体の製造方法。
【請求項5】
前記ポリアジド化合物が、ビス(3−アジドフェニルスルホン)であることを特徴とする請求項4に記載の成形体の製造方法。
【請求項6】
前記ポリアジド化合物との接触を、前記芳香族ポリイミドを前記ポリアジド化合物の溶液に浸漬させることで行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の成形体の製造方法。
【請求項7】
前記ポリアジド化合物の溶液の溶媒が、ケトン類溶媒であることを特徴とする請求項6に記載の成形体の製造方法。
【請求項8】
前記ポリイミドを前記ポリアジド化合物の溶液に浸漬させるときに,ポリアジド化合物の溶液を0℃〜80℃の温度の範囲で保持することを特徴とする請求項6〜7のいずれかに記載の成形体の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれかの記載の製造方法により製造した成形体。

【公開番号】特開2009−191121(P2009−191121A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−31411(P2008−31411)
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【Fターム(参考)】