説明

耐炎ポリマーを含有する分散体、耐炎繊維および炭素繊維

【課題】
賦形性、特に糸形状への賦形性の高い耐炎ポリマーを含有する分散体を提供する。
【解決手段】
塩と耐炎ポリマーが分散媒中に分散されていることを特徴とする耐炎ポリマーを含有する分散体であって、耐炎ポリマーがアクリロニトリル系ポリマーを加熱処理することによって得られるものであり、分散媒が極性溶媒であり、そして、塩のカチオン種がアンモニウムイオンである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐炎ポリマーを含有する分散体、およびそれを賦形してなる耐炎繊維とその耐炎繊維を炭化して得られる炭素繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
耐炎繊維は、耐熱性と難撚性に優れていることから、例えば、溶接作業等で飛散する高熱の鉄粉や溶接火花等から人体を保護するスパッタシートや、さらには航空機等の防炎断熱材などで幅広く利用され、それらの分野における耐炎繊維の需要は増加している。
【0003】
また耐炎繊維は、炭素繊維を得るための中間原料としても重要である。炭素繊維は、優れた力学的特性、化学的諸特性および軽量性などにより、各種の用途、例えば、航空機やロケットなどの航空・宇宙用航空材料や、テニスラケット、ゴルフシャフトおよび釣竿などのスポーツ用品等に広く使用され、さらに船舶や自動車などの運輸機械用途分野などにも使用されようとしている。また、近年は炭素繊維の高い導電性や放熱性から、携帯電話やパソコンの筐体等の電子機器部品や、燃料電池の電極用途への応用が強く求められている。
【0004】
炭素繊維は、一般に耐炎繊維を窒素等の不活性ガス中で高温加熱し炭化処理することによって得られる。また、従来の耐炎繊維は、例えば、ポリアクリロニトリル(PAN)系耐炎繊維であれば、PAN系前駆体繊維を空気中200〜300℃の高温で耐炎化反応(PANの環化反応+酸化反応)させることによって得られる。この耐炎化反応は発熱反応であり、そして繊維形態、すなわち固相の状態の反応である。そのため、温度制御のためには長時間処理する必要があり、耐炎化を所望の時間内に終了させるには、PAN系前駆体繊維の単繊維繊度を特定の値以下の細繊度に限定する必要がある。このように、現在知られている耐炎化プロセスは、十分効率的なプロセスであるとは言い難い。
【0005】
上記の技術的課題を解決する一つの方法として、溶媒による溶液化が検討されてきた。
【0006】
例えば、アクリロニトリル系重合体粉末を不活性雰囲気中で密度が1.20g/cm以上となるまで加熱処理した後、それを溶剤に溶解して繊維化せしめ、得られた繊維状物を熱処理するという技術が提案されている(特許文献1参照。)。しかしながら、この提案は、耐炎化反応が進行していないアクリロニトリル系重合体粉末を使用しているため、溶液の経時的粘度変化が大きく糸切れが多発しやすいという課題があった。また溶剤として、一般の有機ポリマーを分解させやすい硫酸や硝酸等の強酸性の溶媒を使用しているため、耐腐食性のある特殊な材質の装置を用いる必要があるなど、コスト的にも現実的ではなかった。
【0007】
また、加熱処理したアクリロニトリル系重合体粉末と加熱処理しないアクリロニトリル系重合体粉末を混合して、同様に酸性溶媒中に溶解する方法が提案されているが(特許文献2参照。)、前述した装置への耐腐食性付与や溶液の不安定さについての課題が解決されないままであった。
【0008】
さらに、ポリアクリロニトリルのジメチルホルムアミド溶液を加熱処理して、ポリアクリロニトリルを環化構造を伴うポリマーへと転換させる方法が提案されているが(非特許文献1参照。)、この提案では、ポリマー濃度が0.5%と希薄溶液であり粘性が低すぎるため、実質的に繊維等への賦形や成形は困難であり、その濃度を高めるようとするとポリマーが析出し溶液として使用することができなかった。
【0009】
また、ポリアクリロニトリルを1級アミンで変性した溶液が開示されているが(非特許文献2参照。)、この溶液は、耐炎化が進行していないポリアクリロニトリル自体に親水性を与えたものであって、耐炎ポリマー含有溶液とは、技術思想が全く異なるものである。
【0010】
本発明者らは、ポリアクリロニトリルを極性溶媒中で求核剤および酸化剤を用いて反応させることによって、糸やフィルムに賦形することができる、耐炎ポリマーを含有する分散体得ることに成功し、既に提案している(特願2004−044074号および特願2004−265269号。)。この方法によって得られる耐炎品の生産性をさらに向上させるためのひとつの手段として、賦形体の生産工程における安定性、特に糸形状に賦形する際の紡糸安定性の向上が期待されている。
【特許文献1】特公昭63−14093号公報
【特許文献2】特公昭62−57723号公報
【非特許文献1】「ポリマー・サイエンス(USSR)」(Polym.Sci.USSR),1968年、第10巻,p.1537
【非特許文献2】「ジャーナル・オブ・ポリマー・サイエンス,パートA:ポリマー・ケミストリー」(J.Polym.Sci.Part A:Polym.Chem.),1990年,第28巻,p.1623
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、前記課題に鑑みて、賦形する際に口金離れの優れた、耐炎ポリマーを含有する分散体を提供し、耐炎繊維賦形時の工程安定性を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、かかる課題を解決するために、次の手段を採用するものである。すなわち、本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体は、塩と耐炎ポリマーが分散媒中に分散されている耐炎ポリマーを含有する分散体である。本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体の好ましい態様によれば、前記の塩の濃度は耐炎ポリマーを含有する分散体の全量に対して0.1重量部以上かつ10重量部以下の範囲である。
【0013】
本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体の好ましい態様によれば、前記の耐炎ポリマーはアクリロニトリル系ポリマーを加熱処理することによって得られるものである。また、本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体の好ましい態様によれば、前記の分散媒は、極性溶媒である。また、本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体の好ましい態様によれば、前記の塩のカチオン種はアンモニウムイオンである。
【0014】
本発明においては、前記の耐炎ポリマーを含有する分散体を賦形して耐炎繊維とすることができ、またその耐炎繊維を炭化して炭素繊維を製造することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、耐炎ポリマーを含有する分散体を賦形する際に吐出口からの離れが著しく良好な耐炎ポリマーを含有する分散体が得られる。この耐炎ポリマーを含有する分散体は、特に、糸形状に賦形する際には吐出口金部位の離れが良くなるため、吐出口金部位での単糸切れや接着を抑制することが可能になる。さらに、耐炎ポリマーを含有する分散体を糸形状に賦形する方法としては、湿式紡糸法と乾湿式紡糸法のいずれの方法でも単糸切れが抑制され、特に湿式紡糸法においてその抑制効果が大きい。さらに、本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体の口金離れの良さから、口金孔密度を高めることができ、省スペース化が図れるため生産効率が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明においては、塩が耐炎ポリマーを含む分散体中に分散されていることが必須である。これによって、耐炎ポリマーを含有する分散体を賦形する際に口金離れが著しく良くなるのである。これは、糸形状に賦形する際に顕著に現れ、紡糸性に大きな改善効果が見られるのである。その正確な理由は解明できていないが、塩が分散媒中に含まれることによって、賦形、特に糸形状に賦形する際に凝固浴へ耐炎ポリマーを含有する分散体中の分散媒が口金吐出後に直ちに脱溶媒され易くなり、耐炎ポリマーの凝固性ひいては紡糸性の著しい向上が発現されるものと考えられる。
【0017】
本発明において塩とは、例えば、化学辞典(東京化学同人 第一版)に規定されるように、酸に含まれている1つ以上の解離し得る水素イオンを金属イオンやアンモニウムイオンなどのカチオン種で置換した化合物の総称である。
【0018】
本発明で用いられる塩としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム、炭酸アンモニウム、硫酸ナトリウム、硫酸水素ナトリウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸銅、硫酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸カルシウム、硝酸バリウム、硝酸マグネシウム、硝酸水酸化ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、リン酸アルミニウムおよびリン酸アンモニウム等の無機酸から誘導される塩や、ギ酸カリウム、ギ酸アンモニウム、酢酸ナトリウム、酢酸カルシウム、酢酸アンモニウム、プロピオン酸アンモニウム、ステアリン酸ナトリウム、安息香酸ナトリウム、安息香酸アンモニウム、フタル酸カリウム、フタル酸アンモニウム、イソフタル酸アンモニウム、テレフタル酸アンモニウム、クエン酸カリウム、クエン酸アンモニウム、ヒドロキシ安息香酸アンモニウム、アジピン酸アンモニウム、メタンスルホン酸ナトリウム、メタンスルホン酸アンモニウム、ベンゼンスルホン酸アンモニウム、トシル酸アンモニウムおよびトシル酸ナトリウム等のような有機酸から誘導される塩が挙げられる。ナトリウムやカルシウムおよびその他の金属は微量でも繊維中に残っていると炭化した際に炭素繊維の強度が低下する場合があるために、塩のカチオン種はアンモニウムイオンであることが好ましい。カチオン種がアンモニウムイオンである塩としては、具体的には、安息香酸アンモニウムや酢酸アンモニウムやクエン酸アンモニウムやトシル酸アンモニウム等が挙げられる。
【0019】
本発明において、塩は1種類だけを用いても良いし、2種類以上の塩を混合して用いても良い。また、耐炎ポリマーを含有する分散体を賦形する際に塩が含まれていれば良いので、塩は耐炎ポリマーを含有する分散体の作成にあたって任意の時間に加えることができる。
【0020】
塩の耐炎ポリマー分散体への添加方法は特に規制されることはない。加熱処理する前の前駆体ポリマーを含有する分散媒に塩を加えるものであっても良いし、塩を加熱処理途中に加えても、また耐炎ポリマー分散体を作成してから塩を添加するものであっても良い。塩の種類によっては、加熱処理によって分解されて酸などの分解物が発生して、耐炎ポリマーの生成を阻害する場合があるため、耐炎ポリマー分散体に塩を添加する方法が好ましい。
【0021】
本発明において、塩の濃度は耐炎ポリマーを含有する分散体の全量に対して0.1重量部以上かつ10重量部以下の範囲であることが好ましい。耐炎ポリマーを含有する分散体に対して占める塩の割合が0.1重量部未満では、耐炎ポリマーを含有する分散体を賦形、特に糸形状に賦形する際に口金からの耐炎ポリマーの剥がれ易さの変化が乏しく、紡糸性の向上効果が確認できない場合がある。一方、塩の濃度が10重量部を超えると耐炎ポリマーを含有する分散体の分散安定性が著しく低下する場合があり、口金詰まりが発生し易くなる。そのため、塩の濃度は0.1重量部以上、10重量部以下の範囲であることが好ましく、より好ましくは0.5重量部以上、7.5重量部以下の範囲である。
【0022】
耐炎ポリマーを含有する分散体中の塩の濃度は、イオンクロマトグラフィー(IC)や液体クロマトグラフィー(HPLC)、さらにはガスクロマトグラフィー(GC)などの定量性のある測定法によって測定することが可能である。
【0023】
本発明では分散媒として、極性溶媒が好ましく用いられる。本発明において好ましく用いられる極性溶媒は、常温の下でLCRメータによって測定される比誘電率が2以上のものであることが好ましく、より好ましくは10以上のものである。比誘電率がこのような値にあると、耐炎ポリマーをより安定的に分散することが可能で、かつ凝固過程での分散媒抽出が容易で、取扱いが易しい。比誘電率が小さすぎると、凝固過程で水系凝固浴を用いる場合に分散媒の抽出が難しくなる。また、比誘電率の上限は特にないが、あまりに大きすぎると、耐炎ポリマーを安定的に分散することが難しくなることもあるので、比誘電率が80以下の極性溶媒を用いることが好ましい。
本発明で用いられる極性溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、Nメチル2ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、スルホラン、ジメチルイミダゾリジオン、エチレングリコールおよびジエチレングリコール等が挙げられる。極性溶媒としては、DMSO、NMP、DMFおよびDMAcがより好ましく、これらの中でも塩に対する溶解性の高さから特にDMSOとDMFが好ましく用いられる。これらの極性溶媒は、1種だけ用いてもよいし2種以上混合して用いてもよい。
本発明において、耐炎ポリマーとは耐炎性のあるポリマーであり、また、耐炎ポリマーを含有する分散体とは、耐炎ポリマーを主とする成分が塩と共に分散媒中に分散している分散体である。
【0024】
ここで、分散体は粘性流体であり、賦形や成形する際に流動性を有するものであればよく、常温で流動性を有するものはもちろんのこと、ある温度で流動性のない固体やゲル状物であっても、加熱やせん断力により加工温度付近で流動性を有するもの全てを含む。
【0025】
本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体において、耐炎ポリマーの含有率は、耐炎ポリマーを含有する分散体の全量に対して5重量部以上かつ45重量部以下であることが好ましい。耐炎ポリマーの含有率が5重量部より低くなると、賦形時に成形品に穴が開くなど品位が低下することがあり、一方、含有率が45重量部より多くなると、耐炎ポリマーを含有する分散体の流動性が低下して賦形が困難になる場合があるからである。耐炎ポリマーの含有率は、より好ましくは6重量部以上かつ30重量部以下である。
【0026】
また、分散媒の含有率は、耐炎ポリマーを含有する分散体の全量に対して45重量部以上かつ95重量部以下であることが好ましい。分散媒の含有率が45重量部より低くなると、耐炎ポリマーを含有する分散体の分散安定性が著しく低下し流動性を失うことがあり、一方、分散媒の含有率が95重量部を超えると、耐炎ポリマーを含有する分散体の粘度が低くなって賦形自体が困難になる場合があるからである。
【0027】
本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体において、加工温度付近での粘性は、加工のしやすい流動性付与という観点から、加工温度でB型粘度系を用いて測定した際の粘度が10Poise以上かつ500Poise以下であることが好ましい。
【0028】
また、本発明において、耐炎とは「防炎」という用語と実質的に同義であり、「難撚」という用語の意味を含んで使用する。具体的に、耐炎とは燃焼が継続しにくい、すなわち燃えにくい性質を示す総称である。耐炎性能の具体的評価手段として、例えば、JIS Z 2150(1966)には薄い材料の防炎試験方法(45°メッケルバーナー法)について記載されている。評価すべき試料(厚さ5mm未満のボード、プレート、シート、フィルム、厚手布地等)をバーナーで特定時間加熱し、着火後の残炎時間や炭化長等を評価することにより判定することができる。残炎時間は短い方が優秀であり、炭化長も短い方が耐炎(防炎)性能が優秀と判定される。また、繊維製品の場合、JIS L 1091(1977)に、繊維の燃焼試験方法が記載されている。この方法で試験した後に、炭化面積や残炎時間を測定することにより、同様にして耐炎性能を判定することができる。
【0029】
本発明において、耐炎ポリマーや耐炎成形品の形状・形態は多種多様であり、耐炎性能の度合いも非常に高度で全く着火しない耐炎性を持つものから着火後に燃焼がある程度継続するものまで広範囲にまたがるものであるが、本発明では、後述する実施例に示される具体的な評価方法によって耐炎性能が定めた水準以上で認められるものが対象となる。具体的には、後述する耐炎性の評価法における耐炎性能が優秀あるいは良好であることが好ましい。特に、耐炎ポリマーの段階においては単離の条件によってポリマーの形状・形態が変化し耐炎としての性質としてかなりバラツキを含みやすいので、一定の形状に成形せしめた後に評価する方法を採用する。耐炎ポリマーを賦形し成形して得られる耐炎繊維等の耐炎成形品の耐炎性能も、同様に後述の実施例に示される具体的な耐炎性の評価手段をもって測定することができる。
【0030】
本発明における耐炎ポリマーとは、通常、耐炎繊維や耐熱繊維と呼称されるものの化学構造と同一または類似するものであり、ポリアクリロニトリル系ポリマーを前駆体とし空気中で加熱したもの、石油や石炭等をベースとするピッチ原料を酸化させたものやフェノール樹脂系の前駆体等が例示される。溶液化が容易な点から、前駆体ポリマーとしてポリアクリロニトリル系ポリマーが好ましく用いられる。
【0031】
ポリアクリロニトリル系ポリマーを前駆体とする場合であれば、耐炎ポリマーの構造は完全には明確となっていないが、アクリロニトリル系耐炎繊維を解析した文献(ジャーナル・オブ・ポリマー・サイエンス,パートA:ポリマー・ケミストリー・エディション)(J.Polym.Sci.Part A:Polym.Chem.Ed.),1986年,第24巻,p.3101)では、ニトリル基の環化反応あるいは酸化反応によって生じるナフチリジン環やアクリドン環、水素化ナフチリジン環構造を有すると考えられており、その構造から一般的にはラダーポリマーと呼ばれている。もちろん、未反応のニトリル基が残存しても耐炎性を損なわない限り支障はなく、また分子間に微量架橋結合が生じることがあっても分散性を損なわない限りは支障がない。この観点から、ポリアクリロニトリル系ポリマーは、直鎖状であっても枝分かれしていても構わない。また、アクリレートやメタクリレートやビニル化合物等の他の共重合成分を、ランダムにもしくはブロックとして骨格に含むものを用いてもよい。
【0032】
耐炎ポリマーの分子量は、成形方法に応じた粘性を有する分子量とすればよいが、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)にて測定される前駆体ポリマーの質量平均分子量(Mw)は、1000〜1000000であることが好ましい。前駆体ポリマーの質量平均分子量が1000より低い場合、耐炎化にかかる時間は短縮できるが、耐炎ポリマー間の水素結合などの分子間相互作用が弱くなるために、賦型した成形品に十分な強度を達成することが困難となる。一方、前駆体ポリマーの質量平均分子量が1000000を超えると、耐炎化にかかる時間が長くなるために生産コストが高くなったり、耐炎ポリマー間の疎水結合などによる分子相互作用が強くなりすぎるために、冷却時にゲル化し、賦型温度で分散体の流動性を得にくくなることがある。前駆体ポリマーの質量平均分子量は、より好ましくは10000〜500000であり、さらに好ましくは20000〜300000である。
【0033】
ポリアクリロニトリル系ポリマーを前駆体ポリマーとする場合、その構造は完全に解明されていないが、上記のようにナフチジン環やアクリドン環が主構造であると考えられている。耐炎ポリマーとしては、その溶液を核磁気共鳴装置(NMR)によって13−Cを測定し、150〜200ppmにシグナルを有するものであることが好ましく、また、赤外分光測定(IR)によって1600cm−1付近に最大の吸収ピークを有するものであることが好ましい。両測定法で当該範囲にピークを有する場合、特に高い耐熱性を有する耐炎ポリマーということができる。
本発明において、賦型された耐炎ポリマーを含有する分散体から分散媒を除去する方法に特に制限はなく、例えば、加熱や減圧によって賦型された耐炎ポリマーを含有する分散体から分散媒を蒸発させる方法や、凝固液中に賦型された耐炎ポリマーを含有する分散体を浸し、分散媒を凝固液中に抽出する方法等が挙げられる。本発明では、制御が簡便でありプロセスの生産性が高い、分散媒を凝固液中に抽出する方法が好ましい。
【0034】
凝固液としては、耐炎ポリマーの貧溶媒であって、分散媒と相溶する液体が好ましく用いられる。本発明では、凝固液として水系凝固液を用いることが好ましく、抽出される分散媒の回収を容易にするためには、水と、耐炎ポリマーを含有する分散体で用いられる分散媒と同種の溶媒との混合の系凝固液を用いることが好ましい。これら凝固液には、耐炎ポリマーを含有する分散体で用いられる分散媒以外の溶媒が混合されていてもよいが、溶媒回収の観点からは、水と、耐炎ポリマーを含有する分散体で用いられる分散媒と同種の溶媒とのみで凝固液を構成することが好ましい。また、凝固液における水と溶媒の混合比は、好ましくは1:9〜9:1であり、より好ましくは2:8〜8:2であり、更に好ましくは3:7〜7:3である。このような混合比にすることによって凝固速度を制御することも可能となり、用途に応じた特性を凝固液によってコントロールすることができるようにもなる。また、凝固液には、分散媒の抽出を容易にする化合物としての無機塩、pH調整剤、工程処理剤および分散体の反応促進剤などが含まれていてもよい。
【0035】
本発明において、耐炎ポリマーを含有する分散体を繊維に賦型する方法としては、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法、フラッシュ紡糸法、エレクトロスピニング紡糸法、スパンボンド法、メルトブロー法および遠心力紡糸法等の方法を採用することができる。中でも、湿式紡糸法と乾湿式紡糸法は生産性が高く、本発明において好ましく適用される。特に、湿式紡糸法は、耐炎ポリマーを含有する分散体の賦型直後に分散媒が除去され始めるので、生産性が高く、また、賦型直後の繊維強度が低くても低速度で繊維を走行させることができ、取扱いが易しい。ここでいう湿式紡糸法とは、複数孔が空いた口金まで耐炎ポリマーを含有する分散体を計量・フィルトレーションなどの後に導入した後、耐炎ポリマーを含有する分散体にかかる圧力によって口金孔から吐出して賦型し、ただちに凝固液によって凝固する方法である。また、乾湿式紡糸とは、口金孔から耐炎ポリマーを含有する分散体を吐出して賦型し、気相中を走行させて後、凝固液によって凝固する方法である。
【0036】
ここで用いられる口金の材料としては、SUSあるいは金、白金等を適宜使用することができる。また、耐炎ポリマーを含有する分散体が口金孔に流入する前に、無機繊維の焼結フィルターあるいは合成繊維、例えば、ポリエステル繊維やポリアミド繊維からなる織物、編物および不織布などをフィルターとして用いて、耐炎ポリマーを含有する分散体をろ過あるいは分散させることが、得られる耐炎繊維の集合体において単繊維断面積のバラツキを低減される面から好ましい態様である。
【0037】
口金孔径は、好ましくは直径0.01〜0.5mmの範囲のものを、そして孔長は好ましくは0.01〜1mmの任意の範囲ものを使用することができる。また、口金孔数は、好ましくは10〜1000000の範囲まで任意のものとすることができる。孔配列は千鳥配列など任意とすることができるし、分繊しやすいように予め分割しておいても良い。
【0038】
凝固液の温度は、凝固の第一の工程では、凝固液の凝固点以上、沸点以下の任意の温度が可能であり、耐炎ポリマーの凝固性や工程通過性に合わせて適宜調整することができる。
凝固糸の構造を緻密なものにするために、凝固液の温度は20℃以上40℃以下の範囲であることが好ましい。また、凝固の第二の工程以降も凝固液の凝固点以上、沸点以下の任意の温度が可能であるが、凝固液に水を用いる場合には凝固液の温度は60℃以上85℃以下の範囲であることが好ましい。このような凝固液の温度にすることによって、第一工程で残存した分散媒が効率よく抽出される。また、凝固液中の貧溶媒の濃度は、凝固工程を経るに従って増加することが好ましい。
【0039】
水洗、延伸された後の水膨潤状態の繊維糸条に、後述するような油剤を付与することが好ましい。油剤の付与方法としては、油剤を繊維糸条内部まで均一に付与できることを勘案し、適宜選択して使用すればよいが、具体的には、繊維糸条の油剤浴中への浸漬、走行繊維糸条への噴霧および滴下などの手段が採用される。 ここで付与される際の油剤の濃度は、0.01〜20重量%の範囲とすることが好ましい。ここで油剤とは、例えば、シリコーンなどの主油剤成分とそれを希釈する希釈剤成分からなるものであり、油剤濃度とは主油剤成分の油剤全体に対する含有比率である。
【0040】
油剤成分の付着量は、繊維糸条の乾燥重量に対する純分の割合が、0.1〜5重量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは0.3〜3重量%の範囲であり、さらに好ましくは0.5〜2重量%の範囲である。油剤成分の付着量が少なすぎると、単繊維同士の融着が生じ、また、多すぎると焼成時に焼けムラとなることで、得られる炭素繊維の引張強度が低下することがある。
【0041】
繊維糸条の乾燥方法としては、乾燥加熱された複数のローラーに繊維糸条を直接接触させる方法や、繊維糸条に熱風や水蒸気を送る方法や、赤外線や高周波数の電磁波を繊維糸条に照射する方法や、減圧状態とする方法等を適宜選択し組み合わせることができる。通常、熱風を送る場合、繊維糸条の走行方向に並行流あるいは直交流させることによって行うことができる。輻射加熱方式の赤外線は、遠赤外線、中赤外線および近赤外線を用いることができるし、マイクロ波を照射することも選択できる。乾燥温度は、50〜450℃程度の範囲で任意にとることができるが、 一般的に低温の場合には長時間を要し、高温の場合には短時間で乾燥させることができる。
【0042】
本発明で耐炎ポリマーを含有する分散体を賦形成形して得られる繊維等の成形体には、多くの空隙が内包されていることがある。多くの場合、成形体の力学的な強度は更に増加させることが望ましい。この力学的強度を向上する手段として、上記のようにして得られた成形品を熱処理することによって空隙を塞ぐ焼結・焼成工程を経ることが好ましい。
【0043】
上記の工程において、温度プロファイルや工程通過速度などの条件は素材に依存するが、好ましくは成形品の軟化点温度よりも50℃低い温度以上の温度で熱処理され、より好ましくは軟化点以上で処理される。軟化点温度−50℃未満の処理温度では、成形品が内包する空隙を塞ぐことは困難である。また、温度に特に上限はないが、成形品が軟化して形状を保ちにくい場合は、処理温度を数段階に分けて上昇させるか、連続的に上昇させることが好ましい。
【0044】
また、その軟化点を可塑剤によって低下させると、熱分解反応を抑制しながら焼結・焼成することができる。可塑剤の成分はあらかじめ耐炎ポリマーを含有する分散体の中に含まれていても良いが、耐炎ポリマーを含有する分散媒の回収などの観点から、凝固工程から焼結・焼成工程の間で付与されることが好ましい。可塑剤は軟化点を低下させるものであれば特に制限はないが、成形品への均一付与や分散体への分散などの観点から、液体であることが好ましい。中でも環境に優しく安全性が高い水を用いることが好ましく、糸条への付着性を向上するために界面活性剤を含む水を使用することが更に好ましい態様である。
【0045】
本発明において、繊維等の成形体を焼結・焼成体になすに際しての熱処理では、成形品の化学構造が変化していても構わない。例えば、耐炎ポリマーが縮合系高分子化合物である場合、真空雰囲気下での固相重合によりその分子量が増大したり、アクリドン骨格やピリミジン骨格を持つような耐炎ポリマーの場合には、それが黒鉛構造へ変化したりすることもある。これら変化は、一旦熱処理によって成形品が含む空隙が減少した後、生じるようにする。このようにすることによって、空隙の少ない、力学特性が優れた焼結・焼成体を得ることができる。
【0046】
また、本発明において、成形品を焼結・焼成品になすに際しての熱処理では、成形品の化学構造変化を伴わなくても構わない。例えば、ゾルーゲル転移法によって得られたシリカやチタニアのような場合には、適切な温度にて熱処理することにより、実質的に粒子間空隙が塞がれるだけで、適切な焼結・焼成品となる。
【0047】
また、焼成・焼結に際しての熱処理工程では、成形品に延伸や圧縮などの変形を与えてもよい。これらの変形によって、得られる焼成・焼結品の形態がより好ましいものとなり、またその力学的特性やその他特性を向上させることができる。
【0048】
本発明において、賦形成形された耐炎繊維はマルチフィラメント等の繊維集合体の形態を呈していてもよい。本発明において、耐炎繊維集合体を、不活性成雰囲気で高温熱処理する、いわゆる炭化処理することにより炭素繊維集合体を得ることができる。炭素繊維集合体は、前記本発明の耐炎繊維集合体を、不活性雰囲気中最高温度を好適には300℃以上、2000℃未満の範囲の温度で熱処理することによって得ることができる。より好ましくは、最高温度の下の方は、800℃以上、1000℃以上、1200℃以上の順に好ましく、最高温度の上の方は、1800℃以下も使用することができる。また、得られた炭素繊維集合体を、さらに不活性雰囲気中、好ましくは2000〜3000℃の温度で加熱することによって、黒鉛構造の発達した炭素繊維集合体とすることもできる。
【0049】
得られた炭素繊維集合体の強度は、100MPa以上、200MPa以上、300MPa以上の順で好ましく、また、強度の上の方は10000MPa以下、8000MPa以下、6000MPa以下の順に適当である。強度が低すぎると、補強繊維として使用できない場合がある。強度は高ければ高いほど好ましいが、1000MPaあれば、本発明の目的として十分なことが多い。
【0050】
また、炭素繊維集合体を構成する単繊維の繊維直径は、1nm〜7×10nmであることが好ましく、より好ましくは10〜5×10nmであり、さらに好ましくは50〜10nmである。繊維直径が1nm未満では繊維が折れやすい場合があり、7×10nmを超えるとかえって欠陥が発生しやすい傾向にある。
【0051】
また、本発明で得られる炭素繊維集合体の比重は、1.3〜2.4であることが好ましく、より好ましくは1.6〜2.1であり、さらに好ましくは1.6〜1.75である。比重が1.3未満では繊維が折れ易い場合があり、比重が2.4を超えるとかえって欠陥が発生しやすい傾向にある。比重は、液浸漬法や浮沈法によって測定することができる。ここで、炭素繊維単繊維は、中空繊維のように中空部を含むものであってもよい。この場合、中空部は連続であっても非連続であってもよい。
【0052】
得られた炭素繊維集合体はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよびテトラエチルアンモニウムヒドロキシドのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維により適宜選択することができる。
【0053】
電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維材料とマトリックスとの接着性を適正化することができ、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維長さ方向の引張強度が低下する問題や、繊維の長さ方向における引張強度は高いものの、樹脂との接着性に劣り、繊維の横方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる複合材料において、バランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0054】
その後、得られる炭素繊維集合体に集束性を付与するため、サイジング剤を付与することもできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類応じて、樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0055】
具体的に、耐炎ポリマーから耐炎繊維集合体を経由して炭素繊維集合体を得る場合には、耐炎ポリマー含有溶液を紡糸し耐炎繊維集合体とした後に炭化処理まで巻き取り工程を入れることなく連続的に行い、さらに表面処理およびサイジング剤付与工程を含め連続した一つのプロセスとして製造することができる。
【0056】
低コスト化の観点から、耐炎ポリマーから炭素繊維集合体まで一つのプロセスで連続的に製造する方法を採用することかできる。
【実施例】
【0057】
次に、実施例により本発明を具体的に説明する。各実施例における各物性値および特性は、下記の方法により測定したものである。
【0058】
<紡糸性の評価>
30℃の温度に温調した耐炎ポリマーを含有する分散体を、30℃の温度に温調したジメチルスルホオキシド55重量部と水45重量部とからなる凝固浴中に、焼結フィルターを通した後、0.05mmの孔径を1000ホール有する口金から、毎分10ccの速度で吐出し、これによって賦形された繊維糸条を、駆動ローラーにて毎分1.5メートルの速度で1時間巻き取りを行った際の、この時間中に凝固浴中で発見される単繊維切れ本数を計測した際に、その単繊維切れ本数が5本以下である場合を◎、単繊維切れ本数が6本以上10本以下である場合を○、単繊維切れ本数が11本以上である場合を×として評価する。
【0059】
<耐炎ポリマーの単離と濃度測定>
耐炎ポリマーを含有する分散体を秤量し、約4gを500mlの水中に入れ、これを沸騰させた。一旦固形物を取り出し、再度500mlの水中に入れて、これを沸騰させた。残った固形分をアルミニウムパンに乗せ、120℃の温度のオーブンで1時間乾燥し耐炎ポリマーを単離した。単離した固形分を秤量し、元の耐炎ポリマーを含有する分散体の重量との比を計算して濃度を求めた。
【0060】
<耐炎ポリマーのNMR測定>
耐炎ポリマーのNMRスペクトルを、測定核周波数67.9MHz、スペクトル幅15015kHz、室温で既知である溶媒のスペクトルを内部標準として測定した。装置には、日本電子株式会社製GX−270を用いた。
【0061】
<IR(赤外分光光度計)測定>
耐炎ポリマーを高温熱水中で脱溶媒した後に、凍結粉砕した物2mgと赤外求光用KBr300mgとを乳鉢にて粉砕混合したものを錠剤成型器にて加工した錠剤を用い、FT−IR測定器(島津製作所社製)を用いて測定した。
【0062】
<繊維の比重測定>
電子天秤を付属した液浸法による自動比重測定装置を自作し、JIS Z 8807(1976)に従って測定を行った。液にはエタノールを用い、その中に試料を投入し測定した。予め投入前にエタノールを用い別浴で試料を十分濡らし、泡抜き操作を実施した。
【0063】
<繊維の耐炎性の評価法>
1500本の単繊維からなる束状の繊維集合体を用いて、試料長を30cmとしJIS L 1091(1977)に準じて、高さ160mm、内径20mmのメッケルバーナーの炎で10秒間加熱し、残炎時間および炭化長を求め、それらの値から次の基準で耐炎性を評価する。
[耐炎性優秀]:残炎時間が10秒以下、かつ炭化長が5cm以下、
[耐炎性良好]:残炎時間が10秒以下、かつ炭化長が10cm以下、
[耐炎性あり]:残炎時間が10秒以下、かつ炭化長が15cm以下、
[不良]:残炎時間が10秒を超える、あるいは炭化長が15cmを超える。
測定数はn=5とし、最も該当数が多かった状態をその試料の耐炎性とする。評価が決まらない場合にはさらにn=5の評価を追加し、評価が決まるまで繰り返し測定する。
【0064】
<単繊維の引張強度、引張弾性率および引張伸度>
いずれについても、JIS L1013(1999)に従って引張試験を行う。表面が滑らかで光沢のある紙片に、5mm幅毎に25mmの長さの単繊維を1本ずつ、試料長が約20mmとなるように両端を接着剤で緩く張った状態で固着する。試料を繊維引張試験器のつかみに取り付け、上部のつかみの近くで紙片を切断し、試料長20mm、引張速度20mm/分で測定する。測定数はn=50とし、平均値を引張強度、引張弾性率および引張伸度とする。実施例では、繊維引張試験器として、インストロン社製モデル1125を用いた。
【0065】
(実施例1)
アクリロニトリルホモポリマー10重量部とモノエタノールアミン3.5重量部とオルトニトロトルエン8.0重量部とジメチルスルホオキシド75.5重量部からなる溶液を、150℃の温度で8時間撹拌した後に室温まで冷却して耐炎ポリマーが分散した耐炎ポリマー分散体を得た。次に、この耐炎ポリマー分散体に、塩として安息香酸アンモニウム2.5重量部を室温にて加え撹拌して耐炎ポリマーを含有する分散体を得た。得られた耐炎ポリマーを含有する分散体における耐炎ポリマーの濃度は12.1重量%であり、単離した耐炎ポリマーについて13C−NMRで解析したところ、160〜180ppmには明確に前駆体ポリマーであるポリアクリロニトリルや溶媒、変性剤では確認されない耐炎ポリマーに由来するピークが存在した。また、IRで解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在した。この耐炎ポリマーを含有する分散体を、前記の<紡糸性の評価>の方法で1時間連続して紡糸したところ、凝固浴中の毛羽(単繊維切れ)は0本であって凝固性評価は◎であった。得られた繊維糸条を80℃の温度の温水浴において、溶媒類をほとんど水に置換しつつ1.3倍に延伸した。その後、温水浴中10m/分のローラー速度でローラーを通しさらに洗浄した。その後、アミノシリコーン油剤を付与した後に、熱風循環炉中220℃の温度で3分間乾燥した。乾燥繊維糸条の比重は1.30であり、伸度は3%であった。さらに、熱風循環炉中300℃の温度で1.5倍に延伸と同時に3分間熱処理して、耐炎繊維束を得た。
【0066】
得られた耐炎繊維束における単繊維の繊度は1.0dtexであり、強度は2.3g/dtexであり、伸度は18%であった。耐炎性を評価したところ、燃焼することなく赤熱し、炭化長1cmと優秀な耐炎性を有していることがわかった。さらに、耐炎ポリマーから得られた耐炎繊維束を窒素雰囲気中、300〜800℃の温度で予備炭化し、次いで窒素雰囲気中1400℃の温度で炭化処理して炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束の強度は3000MPaであり、弾性率は210GPaであり、比重は1.78であった。
【0067】
(実施例2)
塩として酢酸アンモニウムを3.0重量部用いたこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。得られた耐炎ポリマーを含有する分散体における耐炎ポリマーの濃度は12.1重量%であり、単離した耐炎ポリマーについて13C−NMRで解析したところ、160〜180ppmには明確に前駆体ポリマーであるポリアクリロニトリルや溶媒、変性剤では確認されない耐炎ポリマーに由来するピークが存在した。また、IRで解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在した。この耐炎ポリマーを含有する分散体を、前記の<紡糸性の評価>の方法で1時間連続して紡糸したところ、凝固浴中の毛羽は1本であって凝固性評価は◎であった。これから得られた炭素繊維束の強度は3100MPaであり、弾性率は195GP aあり、比重は1.75であった。
【0068】
(実施例3)
塩としてクエン酸ナトリウムを1.0重量部用いたこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。得られた耐炎ポリマーを含有する分散体における耐炎ポリマーの濃度は12.4重量%であり、単離した耐炎ポリマーについて13C−NMRで解析したところ、160〜180ppmには明確に前駆体ポリマーであるポリアクリロニトリルや溶媒、変性剤では確認されない耐炎ポリマーに由来するピークが存在した。また、IRで解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在した。この耐炎ポリマーを含有する分散体を、前記の<紡糸性の評価>の方法で1時間連続して紡糸したところ、凝固浴中の毛羽は8本であって凝固性評価は○であった。
【0069】
(比較例1)
塩を加えないこと以外は、実施例1と同様に実験を行った得られた耐炎ポリマー分散体における耐炎ポリマーの濃度は12.6重量%であり、単離した耐炎ポリマーについて13C−NMRで解析したところ、160〜180ppmには明確に前駆体ポリマーであるポリアクリロニトリルや溶媒、変性剤では確認されない耐炎ポリマーに由来するピークが存在した。また、IRで解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在した。この耐炎ポリマー分散体を前記の方法にて1時間連続して紡糸したところ、凝固浴中の毛羽は15本であって凝固性評価は×であった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体は、耐炎ポリマーを含有する分散体を賦形する際に吐出口からの離れが著しく良好で、糸形状に賦形する際には、単糸切れや接着を抑制することが可能になる。さらに、本発明の耐炎ポリマーを含有する分散体の口金離れの良さから、口金孔密度を高めることができ、省スペース化が図れるため生産効率が向上する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩と耐炎ポリマーが分散媒中に分散していることを特徴とする耐炎ポリマーを含有する分散体。
【請求項2】
塩の濃度が耐炎ポリマーを含有する分散体の全量に対して0.1重量部以上かつ10重量部以下の範囲であることを特徴とする請求項1記載の耐炎ポリマーを含有する分散体。
【請求項3】
耐炎ポリマーがアクリロニトリル系ポリマーを加熱処理することによって得られるものであることを特徴とする請求項1または2記載の耐炎ポリマーを含有する分散体。
【請求項4】
分散媒が極性溶媒であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の耐炎ポリマーを含有する分散体。
【請求項5】
塩のカチオン種がアンモニウムイオンであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の耐炎ポリマーを含有する分散体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の耐炎ポリマーを含有する分散体を賦形してなる耐炎繊維。
【請求項7】
請求項6記載の耐炎繊維を炭化してなる炭素繊維。

【公開番号】特開2007−332519(P2007−332519A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−168680(P2006−168680)
【出願日】平成18年6月19日(2006.6.19)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】