説明

耐熱性ポリエステルワニス劣化診断方法

【課題】耐熱性ポリエステルワニスの劣化診断を微量の試料で精度よく行う。
【解決手段】耐熱性ポリエステルワニスを熱分解GC−MS方法により測定し、該測定で得られるトータルイオンクロマトグラム(TIC)のピークに基づき耐熱性ポリエステルワニスの劣化度を診断する方法である。TICのピークにおいて耐熱性ポリエステルワニスの劣化により増加するピークを劣化ピークとし、TICのピークにおいて耐熱性ポリエステルワニスの劣化に依存しないピークを基本ピークとする。耐熱性ポリエステルワニスの劣化度の診断は、劣化ピークの面積を基本ピークの面積で除したピーク面積比率に基づき行う。劣化度合いの違うサンプルで、熱分解GC−MS方法と、従来の劣化診断方法(例えば、重量減少率)により測定し、測定結果の相関関係であるマスターカーブを作成すると、より精度よく劣化度合いを測定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
電気機器等に使用されている耐熱性ポリエステルワニスの劣化診断技術に関する。熱分解GC−MS方法により、絶縁材料の劣化により増加するピーク面積を測定し、このピーク面積に基づいて絶縁材料の劣化度を診断する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子絶縁材料に代表されるポリエステル樹脂等は、その耐熱性、電気特性、機械強度、接着性及び加工性(流動性)がよく、古くから使用されている。加工時には、樹脂の流動性が良いので、水車発電機等の回転機固定子コイル導体に巻いてあるガラステープに樹脂を含浸させたり、H種含浸モールド形乾式変圧器等の静止機器導体に巻いてあるセルロース系絶縁紙に樹脂を含浸させたりして電気絶縁保持に使用される。
【0003】
静止機器のH種含浸モールド形乾式変圧器に適用されている絶縁材料であるポリエステルワニスの耐熱区分はH種で規格としてはJIS C−4003又はMIL E−917Dに規格されており、許容最高温度は180℃と定められている。一般的な耐熱性ポリエステルワニスの分子構造を図6に示す。
【0004】
H種含浸モールド形乾式変圧器等の電気機器類の絶縁診断方法としては、一般的に電気特性試験(各種耐電圧試験、部分放電測定等)による方法が主に用いられている。
【0005】
回転機に適用されているポリエステル樹脂の劣化診断方法としての寿命判定基準として、IEC Pub.216「電気絶縁材料の耐熱特性決定のためのガイド」では、材料の推奨寿命基準点を質量減少率5%としている。したがって、回転機に対して、この寿命判定基準を適用する場合、質量減少率5%以上を寿命領域区分とし、安全領域を質量減少率3%以下、警戒領域を質量減少率3%〜5%とする暫定的な判定基準が設けられる。
【0006】
このように、絶縁材料の劣化診断方法は確立されているが、特許文献1に示すように、利便性や実用性の観点から確立されている従来の劣化診断方法と他の診断方法の相関をとり、簡便な測定により絶縁材料の劣化診断が行われている。また、特許文献2に示すように、劣化により生成する分解生成物を検出し定量することにより劣化診断を行う方法もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−338045号公報
【特許文献2】特開2003−107075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
静止機器に使用されている絶縁材料は、回転機に用いられているものとは異なるため、上記従来技術で説明した回転機の暫定判定基準を直接、静止機器のH種含浸モールド形乾式変圧計に適用できない。
【0009】
また、現在のH種含浸モールド形乾式変圧器の寿命予測は電気特性試験で約10年単位での予測が行われており、この方法では電気特性試験の実施時の状態は把握できるが、寿命予測の精度が悪く信頼性に欠ける等の問題を有している。
【0010】
したがって、このような電気特性試験では、補強部材の特性低下や加熱等による絶縁材料自体の化学的な構造変化による材質変質(劣化)等は分からないので、実際に電気特性試験では問題がないにもかかわらず、事故に至るケースがある。
【0011】
そこで、本発明は精度よく耐熱性ポリエステルワニスの劣化診断を行う方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成する本発明の耐熱性ポリエステルワニス劣化診断方法は、耐熱性ポリエステルワニスを熱分解GC−MS方法により測定し、該測定で得られるトータルイオンクロマトグラムのピークに基づき前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化度を診断する方法である。前記ピークのうち前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化により増加するピークを劣化ピークとし、前記ピークのうち前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化に依存しないピークを基本ピークとし、前記劣化ピークの面積を前記基本ピークの面積で除したピーク面積比率に基づき前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化度を診断することを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
したがって、以上の発明によれば、微量の試料を採取することにより、精度よく耐熱性ポリエステルワニス劣化診断ができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】耐熱性ポリエステルワニスのTIC(トータルイオンクロマトグラム)。
【図2】(a)耐熱性ポリエステルワニスの分解生成物であるピーク成分(10分のピーク)の質量スペクトル、(b)標準データベース(安息香酸)の質量スペクトル。
【図3】耐熱性ポリエステルワニスの分解模式図。
【図4】(a)劣化していない耐熱性ポリエステルワニスのTIC、(b)劣化した耐熱性ポリエステルワニスのTIC。
【図5】ピーク面積比率と質量減少率の関係図。
【図6】耐熱性ポリエステルワニスの構造式。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、熱分解ガスクロマトグラフ質量分析装置(Pyrolisis−Gas Chromatography−Mass Spectrometory、以下熱分解GC−MS装置と略す)を用いて静止機器のH種含浸モールド形乾式変圧器に使用されている耐熱性ポリエステルワニスの劣化診断を行うものである。
【0016】
この熱分解GC−MS方法の測定原理を説明する。不活性ガス雰囲気の加熱炉において高分子材料等の試料を加熱し、試料から脱離発生するガスをガスクロマトグラフに導入する。そして、このガスクロマトグラフ内の分離カラムによって各成分に分離された分解ガスは質量分析装置に入り、電子衝撃イオン化法(EI法)により発生ガスである有機物質がイオン状態となり、四重極ロッド内で質量を振り分けて光電子倍増管で質量を検出する。
【0017】
熱分解GC−MS方法を用いて測定した耐熱性ポリエステルワニスのトータルイオンクロマトグラム(以下TICと略す)を図1に示す。
【0018】
熱分解GC−MS方法での測定に用いた測定装置及び測定条件を示す。
測定装置
・ガスクロマトグラフ質量分析計((株)島津製作所)
GC−MS装置(Gas Chromatography−Mass Spectrometer)
QP−2010型[データ処理ソフト:GC−MS solution Ver.2.20]
・熱分解装置(フロンティア・ラボ(株))
D−SP(Double−Shot Pyrolzer)装置
PY−2020iD型
測定条件
ガスクロマトグラフ(GC)
・カラムオーブン温度:50℃(3min)→[10℃/min]→250℃(5min)
・気化室温度:330℃
・イオン源温度:200℃、注入モード:スプリット
・制御モード:圧力制御、キャリアガス圧力:100kPa
・全流量:89.3ml/min、カラム流量:1.69ml/min
・線速度:47.2cm/sec、パージ流量:3ml/min
・スプリット比:71.5対1.0
検出器
・検出モード:EI(Electron Impact)、検出器電圧:0.8kV
質量検出
・測定モード:スキャン、測定時間[開始〜終了]:0.1min〜28min
・質量範囲:35m/z〜500m/z、計測インターバル:0.5sec
・スキャン速度:1000
試料投入量
・重量:約50μm
図1に示すTICにおいて、約10分に検出される分解生成物のピーク成分の質量スペクトル分析を行った結果を図2(a)に示す。
【0019】
図2(b)は、標準データベース(安息香酸)の質量スペクトルである。
【0020】
図2(a)、図2(b)に示した質量スペクトルから、耐熱性ポリエステルワニスの分解生成物が安息香酸であると判断できる。そこで、耐熱性ポリエステルワニスの分解メカニズム図3を参照して説明する。
【0021】
図3に示す耐熱性ポリエステルワニスの主骨格の分子構造中において、分子結合力の弱いC−C結合とC−O結合が熱分解により切断される(図3の点線部分)。生成した分解物のエステル結合の酸素部分に水素が1個付加して、耐熱性ポリエステルワニスの主骨格に起因する分解物(安息香酸)が生成する。
【0022】
劣化度の判定手法について図4、図5を参照して説明する。
【0023】
劣化していない耐熱性ポリエステルワニスと劣化した耐熱性ポリエステルワニスを熱分解GC−MS方法で測定して、TIC(図4(a)、図4(b))を得る。そして、この得られたTICを比較する。
【0024】
図4(b)のTICにおいて矢印で示すように、劣化した耐熱性ポリエステルワニスでは約7分に、劣化度合いに応じて増加するピークが検出される。このピークを劣化ピークとする。劣化ピークは、劣化していない耐熱性ポリエステルワニス(図4(a))と比較して明らかなように、劣化により増加している。
【0025】
また、劣化していない耐熱性ポリエステルワニスと劣化した耐熱性ポリエステルワニスの両者に共通するTICのピークとして約10分に検出された主骨格に起因するピークを基本ピークとする。
【0026】
熱分解GC−MS方法による測定時に、試料を天秤で秤量して約50μg程度入れる。試料をμgオーダーで一定採取して測定試料容器に秤量することは非常に困難である。
【0027】
そこで、TICで示されるピークにおいて劣化に伴ってピーク強度が強くなるピークを劣化ピークとし、劣化に依存しないピークを基準ピークとして定める。そして、この劣化ピークに基づく劣化ピーク面積を前記基準ピークに基づく基準ピーク面積で割ってピーク面積比率を算出する。
【0028】
つまり、試料採取重量を一定にすれば、劣化に伴って劣化ピーク面積値は大きくなる。一方、基本ピークは試料採取重量と相関関係を持つので、試料採取重量が一定であれば劣化しても基本ピーク面積は変化しない。したがって、劣化ピーク面積を基本ピーク面積で割ることで算出されるピーク面積比率で各試料を比較評価することにより、試料採取重量を補正することができるのでサンプル重量に依存しない測定結果を得ることができる。
【0029】
このピーク面積比率により、耐熱性ポリエステルワニスの劣化度を評価する。
【0030】
まず、耐熱性ポリエステルワニスを220℃の一定温度の熱風循環式恒温槽内で熱加速劣化試験を行った。熱加速劣化試験時間は、1h、24h、72h、120h、240h、480h毎に恒温槽内の試料を取り出し、質量減少率の測定を行った。表1に熱加速劣化試験による試料の質量減少率の測定結果を示す。
【0031】
【表1】

【0032】
また、熱加速劣化試験のサンプルを熱分解GC−MS方法で測定した。各サンプルを試料容器に約50μg天秤で秤量した。この試料容器をヘリウム雰囲気中の熱分解炉に設置して、炉中の温度を600℃に加熱して試料から発生する熱分解ガスを測定した。
【0033】
熱分解GC−MS方法による前記熱分解ガスの測定結果であるTICより、劣化ピーク面積を基本ピーク面積で除したピーク面積比率を算出した。
【0034】
そして、質量減少率とピーク面積比率の相関関係をプロットし、図5に示すマスターカーブを得た。
【0035】
暫定的な寿命判定として、IEC Pub.216「電気絶縁材料の耐熱特性決定のためのガイド」では、材料の推奨寿命基準点を質量減少率5%としている。これは、回転機に対しての推奨寿命基準点である。
【0036】
今回のH種含浸モールド形乾式変圧器に用いられる絶縁材料である耐熱性ポリエステルワニスの熱分解による質量減少率の増加は、質量減少率が約7%から急激に増加している。
【0037】
そこで、回転機の推奨寿命基準に2%上乗せした質量減少率7%以上を寿命領域区分とし、安全領域を5%未満、警戒領域を5%〜7%以内とした暫定的な判定基準を定め、劣化度判定を行えばよい。
【0038】
劣化度の判定に供する試料の採取は、実際にフィールドで稼動しているH種含浸モールド形乾式変圧器の定期点検時にモールド部から数mg程度削り取った後に、削った部分に耐熱性ポリエステルワニスを塗布及び乾燥させて補修する。
【0039】
この採取した試料を熱分解GC−MS方法で測定し、ピーク面積比率を算出し、図5のマスターカーブに照らし合わせて質量減少率を求めることで、耐熱性ポリエステルワニスの劣化判定を行うことができる。
【0040】
以上説明したように、本発明に係る耐熱性ポリエステルワニス劣化診断方法によれば、極微量の試料を採取することにより、重電機器等に用いられる耐熱性ポリエステルワニスの劣化診断が可能となった。微量の試料により劣化診断ができるので、機器から採取される試料が微量であり機器への損傷度合いが非常に少なくなる。
【0041】
また、劣化診断する絶縁材料が異なる場合には、劣化判定マスターカーブを事前に作成することで異なる絶縁材料の劣化度を判定することもできる。なお、劣化判定マスターカーブは、絶縁材料の熱加速劣化試験した試料があれば熱分解GC−MS方法により数日で作成することができる。
【0042】
劣化診断において、指標となるマスターカーブは、実施例に示したように熱加速劣化試験により作成することが可能である。そして、重電機器の回転機、乾式変圧器、高電圧配電盤等に使用されている耐熱性ポリエステルワニスから試料を採取し、ピーク面積比率と従来手法(例えば、重量減少率又は引張強度、曲げ強度測定等)による測定値との相関をとったマスターカーブを作成すれば、より精度よく劣化診断・余寿命推定を行うことができる。
【0043】
本発明は上記実施例に限定されるものではなく、測定条件、TICのピーク面積比率と相関をとるための従来の劣化測定方法等は適宜選択可能である。特に、測定対象も耐熱性ポリエステルワニスに限定するものではなく劣化により増加するピークがあれば、熱分解GC−MS方法により劣化診断することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐熱性ポリエステルワニスを熱分解GC−MS方法により測定し、該測定で得られるトータルイオンクロマトグラムのピークに基づき前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化度を診断する方法において、
前記ピークのうち前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化により増加するピークを劣化ピークとし、
前記ピークのうち前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化に依存しないピークを基本ピークとし、
前記劣化ピークの面積を前記基本ピークの面積で除したピーク面積比率に基づき前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化度を診断する
ことを特徴とする耐熱性ポリエステルワニス劣化診断方法。
【請求項2】
前記ピーク面積比率と質量減少率又は引張強度又は曲げ強度との相関をとり前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化度を診断する
ことを特徴とする請求項1に記載の耐熱性ポリエステルワニス劣化診断方法。
【請求項3】
重電機器の回転機、乾式変圧器、高電圧配電盤に使用された耐熱性ポリエステルワニスを定期的に採取し、
該採取した耐熱性ポリエステルワニス毎に、前記ピーク面積比率と質量減少率又は引張強度又は曲げ強度との相関をとる
ことを特徴とする請求項2に記載の耐熱性ポリエステルワニス劣化診断方法。
【請求項4】
前記ピーク面積比率と前記質量減少率との相関をとり前記耐熱性ポリエステルワニスの劣化度を診断する場合、
前記質量減少率が7%以上である場合、前記耐熱性ポリエステルワニスが劣化により使用に適さない寿命領域にあると判断する
ことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の耐熱性ポリエステルワニス劣化診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−243224(P2010−243224A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−89682(P2009−89682)
【出願日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】