説明

耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤および耐熱性好酸性菌の増殖抑制方法

【課題】加熱殺菌処理が施される加工飲食品の保存期間中に、耐熱性好酸性菌の増殖を抑制して、飲食品の変敗を防止して、商品価値を保持することができる天然素材由来の成分からなる耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤を提供すること。
【解決手段】カシスアントシアニンを有効成分として含有する耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤に関し、更に詳細には、加熱殺菌処理が施された加工飲食品の保存中における耐熱性好酸性菌の増殖を抑制する増殖抑制剤およびこれを用いる耐熱性好酸性菌の抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品衛生上、加工飲食品の製造においては、雑菌汚染の防止等、商業的無菌性を確保する目的から、何らかの加熱殺菌処理を行っている。この加熱殺菌は、一般に、高温で行うほど無菌性を高め、汚染事故の発生率を低下させるが、一方で、加熱による飲食品の品質や風味の劣化等に伴う商品価値の低下の原因となることがある。
【0003】
また、近年では、包装形態の多様化に伴い、PETボトル等、充填後に高温での加熱殺菌ができないプラスチック容器を用いる加工飲食品も数多く存在する。そのため、加工飲食品の殺菌条件は、その種類や形態に応じ、異なる条件が設定されている。例えば、果汁等を含む飲料等に代表される酸性の飲食品においては、一般に製品のpHが低ければ微生物が生育し難いと考えられていることから、pHが高いものに比べて緩やかな殺菌条件が設定されている。具体的には、pH4.0以下の清涼飲料水では、「65℃で10分間の加熱または同等以上の殺菌」、pH4.0以上4.6未満の清涼飲料水では、「85℃で30分間の加熱または同等以上の殺菌」を行うことが食品衛生法により義務付けられている。
【0004】
しかしながら、近年では、各種加工飲食品において、耐熱性好酸性菌による汚染の問題が顕著になっている。この耐熱性好酸性菌は、主にアリサイクロバチルス(Alicyclobacillus)属に属し、好気的もしくは通性嫌気的に生育可能なグラム陽性ないしグラム不定を示す耐熱性芽胞を形成する桿菌であって、20〜70℃の温度範囲や、pHが2〜6の範囲であっても良好に生育することができる微生物である。これらの酸性菌のなかでもアリサイクロバチルス・アシドテレストリス(Alicyclobacillus acidoterrestris)は、果汁や野菜汁から検出され、100℃以下の短時間殺菌では芽胞が死滅しないグラム陽性の有芽胞細菌であって、pH4前後の酸性の環境下を好んで生育し、グアイヤコール等の異臭成分を生成することも報告されている。
【0005】
このような特異的な性質を有する耐熱性好酸性菌は、加工飲食品の製造において、原材料等から常に混入し得るため、その増殖を抑制する必要がある。特に、品質や風味等の商品価値の保持や商品形態上の点から、緩やかな条件で加熱殺菌を行う各種飲食品においては、保存期間中における当該菌による汚染事故の発生が危惧されるため、その防止手段の確立が求められる。
【0006】
従来行われている、耐熱性好酸性菌の増殖を抑制する方法としては、例えば、ビタミンCパルミチンエステルを有効成分として用いる耐熱性好酸性菌の増殖抑制方法(特許文献1)、ジグリセリンミリスチンエステルを有効成分として用いる耐熱性好酸性菌の増殖抑制方法(特許文献2)等の、食品添加物を別途添加する方法を挙げることができる。また、上記以外にも、ホップ抽出物を添加することを特徴とする耐熱性好酸性菌の増殖抑制方法(特許文献3)、酢酸塩を添加することによる耐熱性好酸性菌の増殖抑制方法(特許文献4)等を挙げることができる。
【0007】
【特許文献1】特開2002−65231号公報
【特許文献2】特開2003−160411号公報
【特許文献3】特開2005−137241号公報
【特許文献4】特開2002−315546号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような現状に鑑みてなされたものであり、その目的は、加熱殺菌処理が施される加工飲食品の保存期間中に、耐熱性好酸性菌の増殖を抑制することにより、飲食品の変敗を防止し、商品価値を保持することができる天然素材由来の成分からなる耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤を提供することにある。
【0009】
また、本発明は、特に、PETボトル等、充填後に高温加熱殺菌ができないプラスチック容器に充填される飲食品や、風味の損失をできるだけ抑制することが望まれ、低温殺菌が行われる飲食品の変敗を防止し、良好な風味を保持することができる耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、カシス由来のポリフェノール成分であるカシスアントシアニンの存在下において、耐熱性好酸性菌の増殖が有意に抑制されることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、カシスアントシアニンを有効成分として含有することを特徴とする耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤である。
【0012】
また、本発明は、カシスアントシアニンを添加することを特徴とする加工飲食品中の耐熱性好酸性菌の増殖抑制方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤は、天然素材であるカシス由来のポリフェノール成分であるアントシアニンを有効成分として含有するので、安全性が高く、しかも、風味への影響を及ぼすことなく耐熱性好酸性菌の増殖を抑制することができる。
【0014】
従って、本発明の耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤は、各種飲食品、特に殺菌処理の必要な加工飲食品に好適に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤(以下、「本発明抑制剤」という)の有効成分は、ユキノシタ科の植物であるカシス(学名;Ribes nigrum、英名;Black Currant、和名;黒フサスグリ)に含まれるポリフェノール成分のうち、色素成分であるデルフィニジン配糖体のD3R(デルフィニジン−3−ルチノシド)、D3G(デルフィニジン−3−グルコシド)と、シアニジン配糖体のC3R(シアニジン−3−ルチノシド)、C3G(シアニジン−3−グルコシド)の4つの成分(以下、この4つの成分を総称して「カシスアントシアニン」という)の何れかまたはその組み合わせである。そして、これらのうち、D3R(デルフィニジン−3−ルチノシド)とC3R(シアニジン−3−ルチノシド)は、カシス特有の成分として知られており、ブルーベリー、ビルベリー等には含まれていないことも知られている(日本カシス協会ホームページ(http://j-cassis.jp/cassis/cs01-03.html)参照)。
【0016】
このカシスアントシアニンは、視覚改善機能、血液流動性改善機能および血圧低下機能を有していることが報告されており、機能性食品素材としても有用であることが明らかとされている。しかしながら、抗菌剤、中でも耐熱性好酸性菌の増殖に対して優れた抑制効果を有することは報告されていない。
【0017】
本発明抑制剤に使用するカシスアントシアニンは、既知の方法に従って製造したものを特に制限されることなく使用することができる。例えば、カシスの生果実、乾燥果実、果実破砕物、ピューレ、生果汁、濃縮果汁等のカシスアントシアニンを含むものをそのまま使用することもできるし、これらから膜分離、各種クロマトグラフィー分離、溶媒抽出等により抽出したカシスアントシアニンを使用することもできる。
【0018】
また、本発明抑制剤に使用するカシスアントシアニンとしては、上記のものの他に、食品用素材として市販されているカシスアントシアニン含有物等も好適に使用することができる。このようなものとしては、例えば、カシスエキスパウダー(松浦薬業(株)社製)等が挙げることができる。
【0019】
上記したカシスアントシアニンは、これを各種飲食品に配合することにより当該飲食品中の耐熱性好酸性菌の増殖を抑制することができる。各種飲食品におけるカシスアントシアニンの含有量は、風味や製造コストへの影響を考慮し、飲食品の種類等に応じて、適宜好適な使用量を設定することが好ましいが、例えば、アントシアニンの重量換算で0.015質量%(以下、単位「%」という)以上、好ましくは0.015%〜0.3%を飲食品中に配合する。なお、カシスアントシアニンの使用量が0.015%よりも少ないと、飲食品の保存期間中における耐熱性好酸性菌の増殖を十分に抑制できない場合があるため好ましくない。また、カシスアントシアニンの使用量が0.3%よりも多くなると、飲食品によってはカシス由来の渋味や酸味が風味に影響を与える場合が生じ、コストも高くなるので好ましくない場合がある。なお、カシスアントシアニンの使用量が多いほど耐熱性高酸性菌の増殖抑制作用が得られやすいため、カシスアントシアニンの使用量の上限値は、前記した範囲に何ら制限されるものではない。
【0020】
上記のカシスアントシアニンを有効成分とする本発明抑制剤を含有させることのできる飲食品としては、当該耐熱性好酸性菌による汚染が危惧されるものであれば特に制限されないが、殺菌処理後に密封される加工飲食品、特に、低温殺菌や短時間の殺菌法が施される加工飲食品が好ましい。具体的には、天然果汁飲料、果汁飲料、果汁入り清涼飲料、果汁入り茶系飲料、果肉入り果実飲料、果肉入り清涼飲料、果肉入り茶系飲料、果汁入り野菜飲料、果汁果肉入り野菜飲料、野菜飲料、乳飲料、乳酸菌飲料、乳類入り清涼飲料等の乳性飲料、コーヒー、ココア、お汁粉、スープ類、チョコレート、キャラメル飲料等の嗜好性飲料、紅茶、緑茶、麦茶、ウーロン茶、その他茶葉飲料、ジャスミン茶等の植物茶飲料、玄米茶等の穀物茶飲料等の茶類飲料、機能性飲料、栄養ドリンク、ゼリー状の栄養補助食品、スポーツ飲料等が挙げられる。
【0021】
また、本発明抑制剤は、上記加工飲食品の中でも、果汁入り飲料等の酸性飲料もしくは低酸性飲料等、特にpHが3〜7の範囲にある加工飲食品に適用することが特に好ましい。
【0022】
本発明抑制剤は、飲食品の製造工程の任意の段階で配合すればよく、その添加時期や添加方法は特に制限されない。例えば、飲料の製造においては、各種の原材料と一緒にカシスアントシアニンが所定量となる量の本発明抑制剤を混合・溶解し、pH調整等を行って殺菌処理を施すか、或いは、容器に充填した後に殺菌処理を施して最終製品の形態とすればよい。
【0023】
また、本発明抑制剤は、通常、飲食品に使用される保存料(日持ち向上剤)等と併用することもできる。このような保存料としては、例えば、有機酸類、グリシン、リゾチーム、ペクチン分解物、キトサン等の他、日持ち向上効果を有する各種植物抽出物等が挙げられる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例等に何ら制約されるものではない。
【0025】
実 施 例 1
カシスアントシアニンの耐熱性好酸性菌の増殖抑制効果(1):
(1)芽胞懸濁液の調製
耐熱性好酸性菌統一検査法((社)日本果汁協会)に従い、トルコ産紫ニンジン汁から検出されたアリサイクロバチルス・アシドテレストリス(Alicyclobacillus acidoterrestris)のコロニーをYSG寒天培地(酵母エキス;2g、グルコース;1g、可溶性デンプン;2g、寒天;15g、水;1,000ml、pH3.7(塩酸にて調整))に塗布し、45℃で8日間培養した。培養後、芽胞形成を確認し、0.1%の硫酸マグネシウム・7水和物および0.8%の塩化ナトリウムを含むpH4.5の滅菌緩衝液を用いて集菌し、更に同じ緩衝液を用いて洗浄・遠心分離(1,500G×10分間)を3回繰り返し行い、芽胞を得た。最後にこの芽胞を滅菌水に懸濁し、70℃で20分間ヒートショックを行って芽胞懸濁液を調製した。
【0026】
(2)耐熱性好酸性菌の増殖抑制試験
カシス濃縮果汁(オーストリア産)を、可溶性固形分(糖用屈折計示度)が25°Bx、pHを3.7になるように水と水酸化ナトリウムで調整し、これを90℃達温で加熱殺菌を行い、その後冷却した(カシス調整液A)。このカシス調整液Aと、2倍濃度の殺菌済みYSG寒天培地(酵母エキス;2g、グルコース;1g、可溶性デンプン;2g、寒天;15g、水;500ml、pH3.7(塩酸にて調整))及び滅菌水を表1のとおり混合し、これにアリサイクロバチルス・アシドテレストリス(Alicyclobacillus acidoterrestris)の芽胞を200cfu/mlとなるように接種して、45℃で3日間培養した。培養後、YSG寒天培地で生菌数を測定し、菌の増殖の有無を以下の基準により判定した。
また、カシスアントシアニンの含有量は、デルフィニジン−3−ルチノシド、デルフィニジン−3−グルコシド、シアニジン−3−ルチノシドおよびシアニジン−3−グルコシドの4成分の合計量をHPLCにより測定した。これらの結果を表1に示した。
【0027】
<耐熱性好酸性菌の増殖判定基準>
(評価) (内容)
− ; 培養後の菌数が200cfu/ml未満であるもの
+ ; 培養後の菌数が200cfu/ml以上であるもの
【0028】
【表1】

【0029】
実 施 例 2
カシスアントシアニンの耐熱性好酸性菌の増殖抑制効果(2):
カシスアントシアニンを30%含有するカシスエキス(松浦薬業(株)社製)を、可溶性固形分(糖用屈折計示度)が5°Bx、pHを3.7になるように水と水酸化ナトリウムで調整し、これを90℃達温で加熱殺菌を行い、その後冷却した(カシス調整液B)。このカシス調整液Bと、2倍濃度の殺菌済みYSG寒天培地(酵母エキス;2g、グルコース;1g、可溶性デンプン;2g、寒天;15g、水;500ml、pH3.7(塩酸にて調整))及び滅菌水をそれぞれ表2のとおり混合し、これにアリサイクロバチルス・アシドテレストリス(Alicyclobacillus acidoterrestris)の芽胞を200cfu/mlとなるように接種して、45℃で3日間培養した。培養後、YSG寒天培地で生菌数を測定し、菌の増殖の有無を実施例1と同様の基準により判定した。また、カシスアントシアニンの含有量も実施例1と同様にして測定した。これらの結果を表2に示した。
【0030】
【表2】

【0031】
表1および2に示す通り、耐熱性好酸性菌に対して、カシスアントシアニンが増殖抑制効果を有することが認められた。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤は、各種飲食品、特に、殺菌処理の必要な加工食品に好適に利用することができる。

以 上


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カシスアントシアニンを有効成分として含有する耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤。
【請求項2】
カシスアントシアニンが、デルフィニジン−3−ルチノシド、デルフィニジン−3−グルコシド、シアニジン−3−ルチノシドおよびシアニジン−3−グルコシドよりなる群より選ばれるものである請求項1に記載の耐熱性好酸性菌の増殖抑制剤。
【請求項3】
カシスアントシアニンを添加することを特徴とする加工飲食品中の耐熱性好酸性菌の増殖抑制方法。
【請求項4】
カシスアントシアニンが、デルフィニジン−3−ルチノシド、デルフィニジン−3−グルコシド、シアニジン−3−ルチノシドおよびシアニジン−3−グルコシドよりなる群より選ばれるものである請求項3に記載の耐熱性好酸性菌の増殖抑制方法。

【公開番号】特開2009−209098(P2009−209098A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−54218(P2008−54218)
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】