説明

耐疵付き性、滑り性に優れたラミネート鋼板およびそれを用いた缶体

【課題】 耐疵付き性、滑り性に優れたラミネート鋼板およびそれを用いた缶体を提供する。
【解決手段】鋼板の少なくとも缶外面となる面に、ポリエステル樹脂からなる延伸フィルムをラミネ−トしたラミネート鋼板であって、前記ポリエステル樹脂は、ジカルボン酸成分とジオール成分からなり、前記ジカルボン酸成分はテレフタル酸、またはイソフタル酸であり、前記ジオール成分はエチレングリコールからなり、さらに、エチレンテレフタレートからなる繰り返し単位がモル%比率で85%以上であり、かつ、ラミネート鋼板のポリエステル樹脂層における面配向係数が0.05以上0.09以下であるラミネート鋼板。前記ラミネート鋼板は、さらに、前記ポリエステル樹脂層の厚さが7μm以上30μm以下が好ましい。また、前記ラミネート鋼板を使用した缶体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、18リットル缶、ペール缶などの大型缶種に適した、優れた耐疵付き性を有し、かつ滑り性にも優れたラミネート鋼板およびそれを用いた缶体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、缶分野においては、塗装缶からラミネート缶への転換が進んでいる。ラミネート化へ転換が進む社会的な背景としては、環境問題が重要視されていくなかで、製造プロセスや商品においても、低環境負荷型であることが望まれている為である。即ち、ラミネート缶は、その製造プロセスや商品において、塗装缶よりも環境負荷が著しく低いのである。具体的には、塗装プロセスにおいては、塗料の塗布や乾燥工程は必須であり、これに付随して、廃液や排ガス処理の問題が生じる。一方、ラミネートプロセスは、鋼板上に樹脂を溶融圧着する方式であるので、廃液や排ガス処理の問題は発生しない。更に、内容物が食品である場合は樹脂の成分も問題となる。即ち、一般的にエポキシ樹脂が用いられる塗装缶においてはビスフェノールAなどの環境ホルモンを完全にフリーにすることが困難であるが、ラミネート缶においては、ポリエステルやポリオレフィンが用いられる為、その心配がない。ラミネート化への転換が、飲料缶、食缶分野において先行しているのは、このような事情も大きな要因になっていると思われる。
【0003】
このような背景のもと、ラミネート化への転換の流れは、今後益々加速していくものと考えられる。しかし、未だラミネート化への転換が遅い缶種もある。例えば、18リットル缶やペール缶などの大型缶種である。これは、これらの缶種に固有の問題が存在し、その為、従来のラミネート鋼板(飲食缶用)を単純に適用することができないからである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
大型缶種固有の問題として、主要なものは、製造ラインでの滑り性や、缶同士の接触による表面の疵付き性が挙げられる。これらの問題は、大型缶の重量が飲料缶や食缶に比較して、非常に重いことに起因する。
【0005】
一般的に、滑り性は、重量物ほど悪くなる。これは、摩擦力が摩擦係数と重量の積で表せる為である。従って、例え摩擦係数が同じてあっても重量が大きくなるにつれて滑り性は悪化する。飲料缶や食缶においては缶重量が小さいことで問題にならなかった滑り性も、大型缶においては深刻な問題となる。例えば、ライン内での自動搬送において、滑り性が悪いと缶が突っかかり、流れを止めたり、突っかかることで缶が変形したりして、生産性や品質が著しく悪化する。
【0006】
また、大型缶は搬送時に数缶をまとめて結束させ搬送させるのが一般的である。これら結束された缶は、缶同士が互いに接触している状態にあるため、トラックなどによる搬送の際、密着部が擦れ合って疵付くという問題(以下、アブレージョンと称す)が生じる。缶同士の擦れ合いは、言わば摩擦現象であるから、この問題も缶重量が大きいほど深刻となる。
【0007】
このように、大型缶種においては、飲料缶や食缶で用いられるラミネート鋼板を単純に適用しても解決が図れない大型缶固有の問題が存在する。
【0008】
本発明は上記実情に鑑みなされたものであって、滑り性やアブレージョン問題を解決し、耐疵付き性、滑り性に優れたラミネート鋼板およびそれを用いた缶体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた。その結果、面配向係数が高いほど表面の摩擦係数が低くなる、面配向係数が高いほど疵付きにくいという新たな知見を得た。そして得られた知見に基づき、具体的な樹脂種、面配向係数の範囲、フィルム厚を見出した。
【0010】
本発明は、以上の知見に基いてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
[1]鋼板の少なくとも缶外面となる面に、ポリエステル樹脂からなる延伸フィルムをラミネ−トしたラミネート鋼板であって、前記ポリエステル樹脂は、ジカルボン酸成分とジオール成分からなり、前記ジカルボン酸成分はテレフタル酸、またはイソフタル酸であり、
前記ジオール成分はエチレングリコールからなり、さらに、エチレンテレフタレートからなる繰り返し単位がモル%比率で85%以上であり、かつ、ラミネート鋼板のポリエステル樹脂層における面配向係数が0.05以上0.09以下であることを特徴とする耐疵付き性、滑り性に優れたラミネート鋼板。
[2]上記[1]において、前記ポリエステル樹脂層の厚さが7μm以上30μm以下であることを特徴とする耐疵付き性、滑り性に優れたラミネート鋼板。
[3]上記[1]または[2]に記載のラミネート鋼板を使用したことを特徴とする缶体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、耐疵付き性、滑り性に優れたラミネート鋼板を得ることができる。本発明のラミネート鋼板を大型缶用鋼板として用いた場合、大型缶固有の課題であった滑り性や耐疵付き性の問題を解決される。さらに、従来の塗装缶からラミネート缶への転換が可能となり、廃液や排ガス処理の問題が無い、より環境に優しいプロセスでの製造が可能となり、産業上有益といえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のラミネ−ト鋼板は、樹脂の成分と樹脂層における面配向係数を0.05以上0.09以下と規定したことを、さらには樹脂層の厚さを7μm以上30μm以下に規定したこと特徴とする。そして、このような特徴を有することにより、優れた耐疵付き性、滑り性が得られる。
【0013】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明が解決しようとしている課題は、滑り性、耐アブレージョン性であるが、これら2つの特性は、摩擦現象に起因するという点で共通する。摩擦力を低減するには缶重量を低減する方法と摩擦係数を低減する方法が考えられるが、缶重量の大幅な低減は現実的ではない。そこで、まず、摩擦係数を下げることが摩擦力を低減し滑り性、耐アブレージョン性の向上に対して有効であると考えた。
【0015】
摩擦係数を下げる手段としては、表面の形状(接触面積等に影響)を制御する手段と、表面の性状を変える手段が考えられる。発明者らは、まず前者の方法に取り組んだ。
【0016】
まず、下地鋼板の粗さを変化させ、摩擦係数に変化があるかを調査した。その結果、現実的な範囲では、有効に摩擦係数を変化させることができなかった。次に、樹脂フィルム中に滑材を分散させ、摩擦係数を低下させる手法を試みた。結果、飲料缶等に用いられている通常の滑材濃度よりも高い濃度を大型缶に添加しても、加工性は阻害されるが、有効に摩擦力を低減させることはできなかった。滑材の添加により、表面形状は大きく変化するが、この手法によって有効に摩擦力を低減させることができなかった。
【0017】
次に、表面性状を変化させる検討を行った。まず、表面エネルギーを減少させることで、樹脂種やワックスを様々に変化させて、調査を行った。しかし、滑り性が有効に改善される結果とはならなかった。表面エネルギーを減少させ、エネルギー的には滑りやすくしたとしても滑り性が有効に改善されないことから、滑り性に対しては想定していなかったメカニズムが関与している可能性があると考えられる。
【0018】
そこで、一連の試験結果を整理した結果、無延伸系よりも延伸系、オレフィン系よりもポリエステル系、厚膜厚よりも薄膜厚の樹脂が、滑り性は良好になる傾向があることがわかった。そして、これらの因子が滑り性に影響を与えるメカニズムを考察する内に、発明者らは新しいモデルを考えるに到った。 即ち、無延伸、オレフィン、厚膜厚に共通する因子として、柔らかく塑性変形しやすいという特性がある。逆に、延伸、ポリエステル、薄膜厚に共通する因子としては、硬く弾性に富む特性を持つと考えられる。つまり、飲料缶や食缶と比較して非常に重たい大型缶が、滑る際、あるいはこすれ合う際には、局部的に塑性変形が起こっており、局部的に塑性変形が起こる場合、その部分においては変形抵抗が生じ、滑り性を阻害すると考えられる。これに対して、硬く弾性に富む表面を持つものでは、変形に到らず、弾き易い為、滑リ易いと考えられる。
【0019】
延伸フィルムは、ラミネートフィルム状態では、配向結晶部と非晶部から構成される。一般に、結晶部は弾性的で塑性変形しにくいが、非晶部は塑性的で、塑性変形し易い性質を持つ。熱圧着方式のラミネート法では延伸フィルムを圧着する場合、この配向結晶を融解させながらラミネートすることとなる。そして、ラミネート後に結晶量が多ければ、塑性変形しにくく、弾性に富む樹脂層を有するラミネート鋼板となり、結晶量が少なければ柔らかく塑性変形しやすい樹脂層を持つラミネート鋼板となる。滑り性のメカニズムが上述の通りするのであるとすれば、結晶量を多く残存させる事が望ましいといえる。以上の考察を基に調査を行った結果、結晶量を多く残存させるすなわち延伸フィルムの配向結晶を多く残存させることで滑り性の改善が図れることが判明した。
【0020】
また、アブレージョン問題に対しては、滑り性の他に、疵付き性も影響してくる。樹脂が疵つくのは、疵部において樹脂層が削れるか塑性変形するからであり、削れにくく塑性変形しにくい樹脂層とするには、硬くて弾性に富む樹脂層が望ましいと考えられる。即ち、滑り性改善の方法と同様の手法でアブレージョン問題解決が図れることになる。
【0021】
以上から、ラミネート鋼板のポリエステル樹脂層における面配向係数を規定するに至り、本発明において、ラミネート鋼板のポリエステル樹脂層における面配向係数は0.05以上0.09以下とする。
【0022】
上述の通り、滑り性や耐疵付き性に最も影響を及ぼすのは表層付近の結晶量であり、面配向係数は0.05未満では、滑り性、疵つき性が悪化する。一方で、塑性変形しにくい結晶を樹脂層に多く残存させることは、ラミネートフィルムの密着力にも影響を及ぼす。即ち、残存結晶量を多く残す条件でラミネートすると、鋼板との界面における樹脂の溶融が十分ではなく、十分な密着性が確保できない。その為、配向結晶量の上限を規定する必要があり、樹脂層と鋼板との密着性の観点から面配向係数は0.09以下とする。
【0023】
以上より、本発明において、面配向係数は0.05以上0.09とする。これは本発明において最も重要な要件である。さらに、本発明においては面配向係数を上記範囲内とし、良好な滑り性や耐疵付き性を得るために、樹脂種、フィルム厚をも規定した。以下に詳細に説明する。
【0024】
鋼板の少なくとも缶外面となる面に、ラミネ−トするフィルムはポリエステル樹脂からなる延伸フィルムであり、ポリエステル樹脂は、ジカルボン酸成分とジオール成分からなり、前記ジカルボン酸成分はテレフタル酸、またはイソフタル酸であり、前記ジオール成分はエチレングリコールからなる。また、エチレンテレフタレートからなる繰り返し単位がモル%比率で85%以上とする。これは、滑り性、耐疵付き性がよく、本特許の目的を満たすための必要条件である。
【0025】
ポリエステル樹脂はジカルボン酸成分とジオール成分を縮重合して得られる樹脂であり、ポリエチレンテレフタレ−ト−ポリエチレンイソフタレ−ト共重合体、及びポリエチレンテレフタレ−トに相当する。
【0026】
ジカルボン酸成分としては、テレフタル酸、またはイソフタル酸であり、ジオール成分はエチレングリコールである。
【0027】
さらに、エチレンテレフタレートからなる繰り返し単位がモル%比率で85%以上とする。85%未満では樹脂の製膜が困難となりコストが増大するため、好ましくない。
【0028】
ポリエステル樹脂層の厚さは7μm以上30μm以下が好ましい。7μmを下回るとフィルムの生産コストが高くなる。30μmを超えると耐疵つき性が悪化する場合がある。また、高コストとなる。尚、膜厚はその他の要求性能に応じて適宜選択することが可能である。
【0029】
上記により得られたポリエステル樹脂を、例えば、熱(溶融)圧着により、鋼板にラミネ−トすることにより本発明のラミネ−ト鋼板が得られる。ここで、鋼板としてはティンフリースチール、錫めっき鋼板、ニッケル錫めっき鋼板など、従来用いられていためっき鋼板及び相当品が適用できる。
【0030】
このように本発明は、大型缶に適用可能な具体的な樹脂種、面配向係数の範囲、フィルム厚を規定しているため、大型缶へのラミネート化を可能とする。そして、本発明のラミネ−ト鋼板は、18リットル缶やペール缶等の大型缶用に用いることで最大の効果を発揮し、大型缶種に対して最適といえる。しかし、本発明のラミネ−ト鋼板の用途としては上記大型缶種に限定されず、滑り性、耐疵付き性を問題とする缶に対しても有効である。
【実施例1】
【0031】
「ラミネート鋼板の作製」
下地金属板(鋼板)として厚さ0.32mmのT4CA、TFSを用い、表1に示す樹脂を熱圧着によるフィルムラミネート法を用いてラミネ−トしラミネート鋼板を作製した。樹脂層の厚みは5μm以上33μm以下とした。次いで、得られたラミネート鋼板に対し、面配向係数を測定し、静止摩擦係数、耐疵つき性および密着性を評価した。結果を表1に併せて示す。なお、面配向係数、静止摩擦係数、耐疵つき性および密着性の測定方法及び評価方法を以下に示す通りである。
「面配向係数の測定」
アッベ屈折計を用い、光源はナトリウム/D線、中間液はヨウ化メチレン、温度は25℃の条件で屈折率を測定して、フィルム面の縦方向の屈折率Nx、フィルム面の横方向の屈折率Ny、フィルムの厚み方向の屈折率Nzを求め、下式から面配向係数Nsを算出した。
【0032】
面配向係数(Ns)=(Nx+Ny)/2−Nz
「静止摩擦係数」
静止摩擦係数の測定は、新東科学株式会社製、静摩擦係数測定機 Heidon TYPE10を用いて測定した。供試材を水平な試験台に固定し、その表面に鏡面仕上げを施した滑子を静置した。試験台を徐々に傾斜させ、滑子がサンプル表面を滑り出すときの傾斜角を測定し、そのtanθを静摩擦係数として求めた。1供試材に付き、30回の測定を行い、その平均値が0.160以下であるものを○、越えるものを×とした。静止摩擦係数は、実ライン搬送時の滑り性と良好な相関があることがわかっている。
「耐疵つき性評価」
「JIS K5600-5-4」、「ISO/DIS 15184」に定められる手法に従って疵つき性の評価を行った。鉛筆硬度が2H以上のものを○、H未満のものを×とした。
「密着性評価」
各種ラミネート鋼板を打ち抜き金型を用いて、120mm×15mmの長方形に打ち抜いた。次に、長辺の端から30mmの位置までを1:1塩酸に浸漬しこの部分の鋼板のみを溶解した。この様に調整されたサンプルを用いて、引張り試験機にてフィルムの剥離強度を測定し、その最大値が10N/15mm以上であれば○、未満であれば×とした。
【0033】
【表1】

【0034】
表1より、本発明例である実施例1〜11は、静止摩擦係数、耐疵つき性および密着性のいずれも優れていることがわかる。
【0035】
一方、面配向係数が本発明範囲外で高い比較例1は、密着性が劣っている。面配向係数が本発明範囲外で低い比較例2,3は、静止摩擦係数、耐疵つき性が劣っている。樹脂成分が本発明範囲外である比較例4、5は耐疵つき性および密着性が劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0036】
耐疵付き性、滑り性に優れることから、缶用途を中心に広範な分野で適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の少なくとも缶外面となる面に、ポリエステル樹脂からなる延伸フィルムをラミネ−トしたラミネート鋼板であって、前記ポリエステル樹脂は、
ジカルボン酸成分とジオール成分からなり、
前記ジカルボン酸成分はテレフタル酸、またはイソフタル酸であり、
前記ジオール成分はエチレングリコールからなり、
さらに、エチレンテレフタレートからなる繰り返し単位がモル%比率で85%以上であり、
かつ、ラミネート鋼板のポリエステル樹脂層における面配向係数が0.05以上0.09以下であることを特徴とする耐疵付き性、滑り性に優れたラミネート鋼板。
【請求項2】
前記ポリエステル樹脂層の厚さが7μm以上30μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の耐疵付き性、滑り性に優れたラミネート鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載のラミネート鋼板を使用したことを特徴とする缶体。

【公開番号】特開2006−168122(P2006−168122A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−362590(P2004−362590)
【出願日】平成16年12月15日(2004.12.15)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】