説明

耐腐食性イオン液体を用いた熱媒体

【課題】冷却液、不凍液、凍結防止剤および融雪剤等の熱媒体への使用時に接触する基材の腐食を抑制することができ、耐熱性に優れ、常温で液体であり、低温でも流動性を示し、さらに環境への負荷も低減することができる熱媒体の提供。
【解決手段】下記式(I):


(式中、R1、R2、R3、R4はそれぞれ独立に炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基、または−R5−Aで示される官能基(R5は炭素数1〜10の直鎖もしくは分岐のアルキレン基を示し、Aは官能基を示す。)を示し、R1、R2、R3、R4のうち1〜4個が−R5−Aで示される官能基である。X-はアニオンを示し、Aは改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基、アニオンX-は媒体との親和性を持つ官能基を有し、あるいは、Aは媒体との親和性を持つ官能基、アニオンX-は改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基を有する。)で表されるイオン液体からなる熱媒体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン液体を用いた熱媒体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般にイオン結合により構成される物質は溶融温度が高いが、特定のイオンで構成される物質は、例えば室温付近の温度で溶融している。このようなイオン液体は、不揮発性で耐熱性に優れるといった特徴を有し、さらに熱伝導性が高く、近年では各種用途への応用が広まっている。
【0003】
例えば、内燃機関、燃料電池等の冷却系には、冷却液や不凍液などの熱媒体の基剤としてグリコール類が広く用いられているが、エチレングリコールやプロピレングリコールは中枢神経の麻痺や慢性肝臓疾患の起因となることが知られており、また、PRTR法の第1種指定化学物質に指定されている。
【0004】
これに代替するものとして、イオン液体を基剤として用いることで、エチレングリコール等のグリコール類を基剤とした場合よりも耐熱性に優れた冷却液や不凍液などの熱媒体を得ることができる。近年では、自動車用エンジンは燃費向上や排出有害物質の低減のため稼働時の温度が高温化される傾向にあるが、これに伴って冷却液等の温度も高温となるため、このような背景においてイオン液体は基剤として好適である。
【0005】
例えば、特許文献1には、内燃機関、燃料電池等の冷却液として、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリド、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムエチルサルフェート等のイオン液体を基剤に用い、リン酸2カリウム、セバシン酸カリウム、トリルトリアゾール、硝酸ナトリウム等の防錆剤を併用することが提案されている。
【0006】
また、イオン液体はヒートパイプ装置の熱媒体(作動媒体)への使用も検討されている。想定されるヒートパイプ装置の使用温度範囲は-20〜200℃程度である。ヒートパイプの作動媒体として、蒸発潜熱が大きく環境性能やコスト面でも優れる水を用いた場合、使用温度が氷点下になると凍結してしまいヒートパイプとしての作動が停止してしまう。さらに凍結時の体積膨張によりヒートパイプが破裂してしまう可能性もある。そのため凍結防止を目的として水溶性ポリマーやグリコール類を添加して不凍化することが知られているが、添加物自体が蒸気圧を持つのでヒートパイプの沸騰凝縮性能に悪影響を及ぼす懸念があり、またヒートパイプの使用温度範囲が添加物の分解温度以下に制限されてしまう。これに対してイオン液体は不揮発性で耐熱性に優れるためヒートパイプの作動媒体への添加剤として適している。
【0007】
例えば、特許文献2には、ヒートパイプの作動媒体としてイオン液体の水溶液を用いることが提案されている。イオン液体としては1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムアイオダイド、および1-エチル-3-メチルイミダゾリウムトリフルオロスルホネートが用いられている。
【0008】
また、従来、路面等の凍結防止や融雪のために熱媒体と雪氷粒子が直接接触して熱交換する直接散水融雪技術がある。熱媒体として、例えば、水や、エチレングリコール、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム等の塩化物、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム等の酢酸塩(特許文献4)、グリセリンと界面活性剤の併用(特許文献5)、または、それらの水溶液が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010−235889号公報
【特許文献2】特開2009−145038号公報
【特許文献3】特開昭60−243186号公報
【特許文献4】特開2003−321668号公報
【特許文献5】特開2007−161807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、イオン液体を基剤として含有する冷却液や不凍液等の熱媒体では、イオン液体による金属への腐食性がある。例えば、イオン液体がイオン化することでこの解離したイオンが金属表面に作用することで、熱交換装置に用いられている金属の腐食性が高まり腐食を引き起こしやすくなる。
【0011】
そして特許文献1に記載の技術では、実施例に用いられているイオン液体単独では金属への腐食性があるため防錆剤を加えているが、経済性等に改善の余地があった。
【0012】
なお、特許文献3には、グリコールおよび水を含有する不凍液において、腐食抑制剤としてイオン液体ではないが第4級アンモニウム塩を用いることが提案されている。しかしながら、この第4級アンモニウム塩はpHが高いため、それ自体に金属への腐食性があり腐食抑制には限界がある。
【0013】
また特許文献2に記載の技術においても実施例に用いられているイオン液体は金属への腐食性があり、凝固点降下にもさらなる向上が求められている。
【0014】
また、従来の凍結防止剤や融雪剤のうちエチレングリコールは前記のとおり毒性の懸念がある。そして塩化物と酢酸塩は結晶化のため、濃度の制限や配管の目詰まり、粉塵等の問題点があり、酢酸塩は臭気の問題点もある。グリセリンと界面活性剤の併用は、グリセリンは消防法により危険物第4類(引火性液体)第3類石油類に分類され安全性に懸念があり、また特許文献6の実施例に用いられている界面活性剤は全て固体であり、塩化物と酢酸塩と同様に濃度の制限や配管の目詰まり、粉塵等の問題点がある。
【0015】
さらに、化学物質は一般的に、使用期間中はその性能を維持するが、使用後には環境中に排出される化学物質も少なくなく、そのため、地中、水中等の自然環境下において微生物の酵素反応等によって二酸化炭素や水、バイオマス等に分解され環境に負荷を与えないといった適性を備えていることが望ましく、特に近年では環境保護の観点からその重要性は高まっている。
【0016】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、冷却液、不凍液、凍結防止剤、融雪剤等の熱媒体への使用時に接触する基材の腐食を抑制することができ、高温下でも不揮発性で耐熱性、不燃性に優れ、常温で液体であり、粉塵、配管等の目詰まり等を抑制でき、さらに環境への負荷も低減できる熱媒体を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の課題を解決するために、本発明の熱媒体は、基材表面の耐腐食性を改質する熱媒体であって、下記式(I):
【0018】
【化1】

【0019】
(式中、R1、R2、R3、R4はそれぞれ独立に炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基、または−R5−Aで示される官能基(R5は炭素数1〜10の直鎖もしくは分岐のアルキレン基を示し、Aは官能基を示す。)を示し、R1、R2、R3、R4のうち1〜4個が−R5−Aで示される官能基である。X-はアニオンを示し、Aは改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基、アニオンX-は媒体との親和性を持つ官能基を有し、あるいは、Aは媒体との親和性を持つ官能基、アニオンX-は改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基を有する。)で表されるイオン液体からなることを特徴としている。
【0020】
この熱媒体においては、式(I)で表されるイオン液体は、基材に表面層を形成することが好ましい。
【0021】
この熱媒体においては、式(I)のAは、水酸基またはカルボキシル基であることが好ましい。
【0022】
この熱媒体においては、式(I)のアニオンX-は、水酸基を有していてもよい炭素数2〜4のモノカルボン酸イオンまたはジカルボン酸イオン、ヒドロキシシクロヘキサンカルボン酸イオン、または炭素数1〜3のアルキルスルホン酸イオンであることが好ましい。
【0023】
この熱媒体においては、式(I)のアニオンX-は、酢酸イオン、グリコール酸イオン、乳酸イオン、酒石酸イオン、1,3,4,5-テトラヒドロキシシクロヘキサンカルボン酸イオン、または炭素数1〜3のアルキルスルホン酸イオンであることが好ましい。
【0024】
本発明の冷却液は、前記の熱媒体を含有することを特徴としている。
【0025】
本発明の不凍液は、前記の熱媒体を含有することを特徴としている。
【0026】
本発明の凍結防止剤は、前記の熱媒体を含有することを特徴としている。
【0027】
本発明の融雪剤は、前記の熱媒体を含有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0028】
本発明の熱媒体によれば、冷却液、不凍液として使用した時に接触する基材の腐食を抑制することができ、高温下でも不揮発性で耐熱性に優れ、常温で液体であり、冷却系熱媒体としての使用時には凝固点が低く低温でも流動性を示し、さらに環境への負荷も低減することができる。
【0029】
本発明の熱媒体によれば、凍結防止剤や融雪剤として使用した時には、低腐食性のため、使用環境中における金属の腐食への影響は小さく、さらに生分解性を有し環境への負荷も低減することができる。また、イオン液体は常温で液状であるため水が揮発しても液状を保ち粉塵とならず、固体化による配管等の目詰まりはなく、高水溶性の構造のため、容易に流し落とすことも可能である。かつイオン液体は不燃性で安全性も高い。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の熱媒体による耐腐食作用を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0032】
本発明の熱媒体は、上記式(I)で表されるイオン液体からなる。
【0033】
式(I)において、R1、R2、R3、R4はそれぞれ独立に炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基、または−R5−Aで示される官能基(R5は炭素数1〜10の直鎖もしくは分岐のアルキレン基を示し、Aは官能基を示す。)を示し、R1、R2、R3、R4のうち1〜4個が−R5−Aで示される官能基である。X-はアニオンを示し、カチオンに改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基、アニオンに媒体との親和性を持つ官能基を有し、あるいはカチオンに媒体との親和性を持つ官能基、アニオンに改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基を有し、AまたはアニオンX-を構成する基材および媒体に親和性を持つ官能基は同一でも異なっていてもよい。
【0034】
−R5−Aで示される官能基において、R5の炭素数1〜10のアルキレン基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、トリメチレン基、プロピレン基、テトラメチレン基、メチルトリメチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、ヘプチレン基、オクチレン基、ノニレン基、デシレン基等が挙げられる。中でも、炭素数1〜5のものが好ましく、炭素数1〜3のものがより好ましく、メチレン基、エチレン基がさらに好ましい。
【0035】
式(I)のAは、基材もしくは媒体に親和性を持つ官能基を有するもの、具体的には、例えば、水酸基、アルデヒド基、ケトン基、カルボキシル基、カルボニル基、カルバミン酸基、エステル基、アミノ基、ヒドラジン基、ニトロ基、アミド基、尿素基、チオカルボキシル基、ジチオカルボキシル基、チオカルバミン酸基、ジチオカルバミン酸基、チオール基、スルホ基、スルホニル基、リン酸基、ホスホン酸基、シアノ基、エーテル基等の官能基が挙げられ、中でも、水酸基またはカルボキシル基が好ましい。
【0036】
R1、R2、R3、R4のうち、−R5−Aで示される官能基は1〜4個であり、−R5−Aで示される官能基を1〜4個導入することで、イオン液体の水溶性を高めることができる。また、この官能基により生分解性も向上し、環境適性に優れたイオン液体を得ることができる。
【0037】
R1〜R4の炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、iso-プロピル基、n-ブチル基、iso-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、1-メチルブチル基、2-メチルブチル基、3-メチルブチル基、1-エチルブチル基、1,1-ジメチルプロピル基、1,2-ジメチルプロピル基、2,2-ジメチルプロピル基が挙げられる。中でも、炭素数1〜3のものが好ましく、メチル基、エチル基がより好ましい。
【0038】
−R5−Aで示される官能基が2個以上の場合、それぞれのAは互いに独立であり、例えば、Aとして水酸基とカルボキシル基の両方を有するものであってもよい。
【0039】
本発明の熱媒体は、カチオンに改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基、アニオンに媒体との親和性を持つ官能基を有し、あるいはカチオンに媒体との親和性を持つ官能基、アニオンに改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基を有していることで、基材にイオン液体の表面層を形成し、腐食抑制作用の向上が可能となる。
【0040】
例えば、図1に示すように、カチオン側においては、金属表面との結合が起こる。具体的には、金属表面の金属酸化物と、結合性官能基(水酸基)が結合する。アニオン側においては、官能基が親水性官能基(ヒドロキシカルボン酸イオン)であるため、水との親和性が高まる。これらの作用によって、金属と水との間にイオン液体が層を形成すると考えられる。腐食は水、酸素、金属が接触することにより発生するため、イオン液体の表面層が形成されることによりこれらの接触を低減し、腐食を抑制することができる。なお、これは一例であって、例えば、カチオン側において親水性官能基を有し、アニオン側において基材表面との結合性官能基を有するものであってもよい。
【0041】
基材表面との結合性官能基による結合態様としては、水素結合、共有結合、配位結合、イオン結合、ファンデルワールス結合等が挙げられる。場合によっては、これらの結合を促進するために、例えば、加熱処理等を行うことができる。
【0042】
このような点から、式(I)において、アニオンX-としては、基材もしくは媒体に親和性を持つ官能基を有するもの、具体的には、例えば、炭素数2〜4のモノカルボン酸イオンやジカルボン酸イオン(ヒドロキシカルボン酸イオンを含む。)、ヒドロキシシクロヘキサンカルボン酸イオン、アルキルスルホン酸イオン等が挙げられる。中でも、酢酸イオン、グリコール酸イオン、乳酸イオン、酒石酸イオン、1,3,4,5-テトラヒドロキシシクロヘキサンカルボン酸イオン、および炭素数1〜3のアルキルスルホン酸イオンが好ましい。
【0043】
式(I)のイオン液体は、第4級アンモニウムカチオンの官能基や特性基およびアニオンの選択により、低融点でかつ水溶性が高いものを得ることが可能であり、イオン液体の融点は、常温で液体である。
【0044】
式(I)のイオン液体は、流動点が好ましくは-10℃以下、より好ましくは-20℃以下、さらに好ましくは-50℃以下である。なお、この流動点は、JIS K 2269-1980に準拠して測定した値である。
【0045】
式(I)のイオン液体は、常温(25℃)での水への溶解度が、好ましくは150g/100g water以上、より好ましくは550g/100g water以上、さらに好ましくは900g/100g water以上である。
【0046】
式(I)のイオン液体は、例えば、OECD(経済協力開発機構)テストガイドライン301C法に準拠した生分解性試験による28日間のBOD分解度を60%以上とすることができる。OECDテストガイドライン301のうち、OECDテストガイドライン301C法は、28日間の生化学的酸素要求量(BOD)から求めた分解度が60%以上を満たす化学物質は易分解性物質であり、実際の好気的な水環境では速やかに分解されるため、環境中に残留することがなく、環境に対する影響を低減することができる。
【0047】
すなわち、化学物質は、使用中は安定であるが、使用後は環境中に排出される場合も少なくないため、環境負荷が小さいことが望まれる。例えば、環境に対して開放の条件で使用する場合は、生分解性が高く、環境負荷が小さいほうが望ましい。そして近年では、産業廃棄物に代表される環境問題が深刻になり、廃棄物を削減することが企業の重要な責務となっている。この点において、生分解性の高い化学物質は、廃棄後は焼却処分などをしなくても微生物によって分解されるため廃棄物削減につながる。以上のような背景において、生分解性の高い式(I)のイオン液体は環境負荷低減に貢献するものである。
【0048】
式(I)のイオン液体は、具体的には、式(I)の構造に対応するアルキレンハロヒドリン、モノハロアルキルカルボン酸、アルキルハライド等の有機ハロゲン化合物と、アルキルアミン、アルカノールアミン、アミノ酸等のアミン系化合物との反応で合成することができる。
【0049】
例えば、−R5−Aで示される官能基としてAが水酸基を有するイオン液体は、式(I)の構造に対応する上記有機ハロゲン化合物とアミン系化合物を、アセトニトリル等の溶媒中で反応させる。反応後、析出した固体をろ別、洗浄した後、次の工程としてアニオン交換を行う。アニオン交換を行う際には、得られた反応物と式(I)のX-に対応する酸を水中で反応させる。あるいは、イオン交換樹脂等を使用し、一旦、第4級アンモニウムヒドロキシド塩を合成後、X-に対応する酸を水中で反応させることで得ることができる。使用するイオン交換樹脂は、例えば、水処理用または触媒用として市販されている強塩基性イオン交換樹脂が使用できる。その後、水を減圧留去し、洗浄することにより、目的の化合物を得ることができる。
【0050】
また、−R5−Aで示される官能基としてAがカルボキシル基を有するイオン液体は、上記有機ハロゲン化合物とアミン系化合物を、アミン系化合物過剰の条件にてアセトニトリル等の溶媒中で反応させる。反応後、目的とするアニオンを持つ酸で処理することにより、第4級アンモニウム塩中のアルキルカルボン酸アミン塩をカルボシキル基とすると同時に、アニオン交換することができる。目的のアニオンによっては、得られた第4級アンモニウム塩を、イオン交換樹脂等を使用し、第4級アンモニウムヒドロキシド塩を合成後、X-に対応する酸を水中で反応させることで得ることができる。使用するイオン交換樹脂は、例えば、水処理用または触媒用として市販されている強塩基性イオン交換樹脂が使用できる。その後、水を減圧留去し、洗浄することにより、目的の化合物を得ることができる。
【0051】
本発明の熱媒体は、使用条件により必要に応じて水、メタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール系溶剤、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶剤、酢酸エチルなどのエステル系溶剤、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテルなどのエーテル系溶剤、N,N−ジメチルホルムアミドなどのアミド系溶剤、トルエンなどの芳香族系溶剤、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、植物性油、動物性油、鉱物性油、合成油や他の添加剤成分を含有させてもよく、このような各種溶媒などを含有させた構成であっても、本発明の熱媒体が金属の基材表面に作用して金属の腐食が促進されるといった不具合を抑制し、良好に熱交換を作用することができる。
【0052】
本発明の熱媒体が耐腐食性を改質する基材としては、金属材料により形成された機器の部品や装置を挙げることができ、金属材料としては、例えば、アルミニウム、銅、鉄、亜鉛、マグネシウム、マンガン、モリブデン、クロム、ニッケル、ズズ、鉛等、これら金属の合金等を挙げることができる。媒体としては、前記した水、メタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール系溶剤、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶剤、酢酸エチルなどのエステル系溶剤、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテルなどのエーテル系溶剤、N,N−ジメチルホルムアミドなどのアミド系溶剤、トルエンなどの芳香族系溶剤、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、植物性油、動物性油、鉱物性油、合成油や他の添加剤成分などが相当する。
【0053】
本発明の熱媒体は、腐食を抑制することができるとともに、高温下でも不揮発性で、例えばエチレングリコール等のグリコール類を基剤とした場合よりも耐熱性に優れ、常温で液体であり、凝固点が低く低温でも流動性を示し、さらに環境への負荷も低減できることから、例えば、内燃機関、燃料電池、ヒートパイプ、モーター等の高温で使用される装置、機器等の冷却液や不凍液の基剤として、また、道路、滑走路、ガラス等への散布や塗布、あるいは循環式仮設トイレ、住宅用設備(玄関、ドア、トイレ、排水トラップ等)における散布や塗布により、凍結防止剤、融雪剤として好適に用いることができる。
【0054】
本発明の熱媒体を用いた冷却液や不凍液は、例えば、自動車エンジン等の液冷式内燃機関、住宅の暖房ヒーターの一部等の内部を循環させて用いることができ、凝固点降下により凍結を防止することができ、ラジエーター内の細管破裂等も防止することができる。
【0055】
本発明の熱媒体をヒートパイプ装置の作動媒体に用いることで、高温でも作動媒体が変質・分解することなく、さらに氷点下でも作動媒体が凍結せず、氷点下から高温まで使用温度範囲の広いヒートパイプ装置を提供することができる。また、イオン液体は蒸気圧が極めて低いため、ヒートパイプ装置の沸騰凝縮性能に悪影響を及ぼすこともない。
【0056】
なお、本発明の熱媒体は、イオン液体の表面層を基材表面に形成し、これにより酸素や水の透過を抑制して腐食性を低減させる。従って、その効果に基づいて、前記の冷却液、不凍液、凍結防止剤、融雪剤以外の用途への応用も可能である。例えば、本発明の熱媒体は潤滑油として用いることができる。この潤滑油は、耐腐食性イオン液体を基油として含有し摩擦や摺動に曝される部材の表面に用いることができる。潤滑油には、必要に応じて、例えば、鉱物性油や合成油等の他の基油成分やその他の添加剤を適宜配合することができる。
【0057】
この潤滑油は、腐食抑制に優れ、腐食防止剤は必要とせず、経済的に優れ、生分解性が高く低環境負荷であり、低粘度であっても蒸気圧が低く、引火の危険性もなく、さらに耐熱性に優れ、従来の炭化水素系潤滑油と比べて何ら遜色のない摩擦特性を有し、高温下、真空下等の極めて厳しい条件の下でも長期間使用することができる等の特性を有している。
【0058】
従って、例えば、内燃機関、トルク伝達装置、すべり軸受、ころがり軸受、ボールネジ、ころがり案内面等の転動装置、クラッチ内蔵回転伝達装置、パワーステアリング装置、含油軸受、流体軸受、圧縮装置、レシプロ型圧縮機、ターボチャージャー、チェーン、歯車、油圧、真空ポンプ、スパッタ等の蒸着装置、気化、昇華による真空蒸着装置、シリコンウェハー等への注入を目的としたイオン打ち込み装置、液晶、有機EL、プラズマ等の薄型ディスプレー製造に用いられるディスプレー素子製造装置、時計部品、ハードディスク、冷凍機、切削、圧延、絞り抽伸、転造、鍛造、熱処理、熱媒体、洗浄等の装置、ショックアブソーバ、ブレーキ、密封装置、航空機や人工衛星等の航空宇宙機器等に好適に用いることができる。
【0059】
また、イオン液体の表面層を形成することにより、水ぬれ性向上、帯電防止等の効果も期待され、その効果によっても、さらに幅広い用途展開が可能である。
【実施例】
【0060】
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<合成例1>
下記式で表される化合物を合成した。
【0061】
【化2】

【0062】
2-ブロモエタノール(167.26g、1.34mol)とジメチルエチルアミン(293.70g、4.02mol)をアセトニトリル(850ml)中で、室温下、24時間反応させた。反応後、析出した固体をろ別し、洗浄を行うことにより第4級アンモニウムブロマイド塩(246.14g、1.24mol)を得た。
【0063】
得られた第4級アンモニウムブロマイド塩(246.14g、1.24mol)とメタンスルホン酸(257.57g、2.68mol)を水(600ml)中で、室温下、24時間反応後、水を減圧留去し、黄色液体を得た。得られた液体を洗浄することにより、無色透明液体の上記化合物158.40gを得た。
FT-IR(KBr):3360cm-1:O-H伸縮振動 2923cm-1:C-H伸縮振動
1H-NMR (D2O 400MHz): δ 1.24 (t, 3H,CH3CH2N+), δ 2.72 (s, 3H,CH3SO3-),δ 3.03 (s, 6H, CH3N+),δ 3.38 (q, 4H, CH2N+), δ 3.95 (t, 2H, N+CH2CH2OH).
元素分析:実測値C:39.12% H:9.09% N:6.68% S:15.34%
理論値C:39.42% H:8.98% N:6.57% S:15.03%
<合成例2>
下記式で表される化合物を合成した。
【0064】
【化3】

【0065】
合成例1で得られた第4級アンモニウムブロマイド塩(100.00g、0.50mol)をイオン交換水に溶解し、OH型に置換したイオン交換樹脂(三菱化学(株)製ダイヤイオン SA10A)を充填したカラムに通液することによって第4級アンモニウムヒドロキシド塩(66.05g、0.49mol)を得た。
【0066】
得られた第4級アンモニウムヒドロキシド塩(50.00g、0.37mol)とグリコール酸(56.25g、0.74mol)を水(100ml)で、室温下、24時間反応後、水を減圧留去し、黄色液体を得た。得られた液体を洗浄することにより、黄色透明液体の上記化合物57.17gを得た。
FT-IR(KBr):3320cm-1:O-H伸縮振動 2985cm-1:C-H伸縮振動
1580cm-1:COO-伸縮振動
1H-NMR (D2O 400MHz): δ 1.23 (t, 3H, CH3CH2N+), δ 2.98 (s, 6H, CH3N+), δ 3.34 (q, 4H, CH2N+), δ 3.95 (m, 2H, N+CH2CH2OH), δ 3.96 (s, 2H, CH2COO-).
13C-NMR (D2O 100MHz): δ 177.85 (CH2COO-).
元素分析:実測値C:49.50% H:10.25% N:6.98%
理論値C:49.72% H:9.91% N:7.25%
<合成例3>
下記式で表される化合物を合成した。
【0067】
【化4】

【0068】
合成例2で得られた第4級アンモニウムヒドロキシド塩(50.00g、0.37mol)と酢酸(44.44g、0.74mol)を水(100ml)で、室温下、24時間反応後、水を減圧留去し、黄色液体を得た。得られた液体を洗浄することにより、黄色透明液体の上記化合物52.43gを得た。
FT-IR(KBr):3330cm-1:O-H伸縮振動 2980cm-1:C-H伸縮振動
1580cm-1:COO-伸縮振動
1H-NMR (D2O 400MHz): δ 1.26 (t, 3H, CH3CH2N+), δ 1.84 (s, 3H, CH3COO-), δ 3.02 (s, 6H, CH3N+), δ 3.38 (q, 4H, CH2N+), δ 3.94 (t, 2H, N+CH2CH2OH).
13C-NMR (D2O 100MHz): δ 183.09 (CH3COO-).
元素分析:実測値C:54.00% H:10.98% N:7.60%
理論値C:54.21% H:10.80% N:7.90%
<合成例4>
下記式で表される化合物を合成した。
【0069】
【化5】

【0070】
3-ブロモプロピオン酸(150.00g、0.98mol)とジメチルエチルアミン(358.39g、4.90mol)をアセトニトリル(750ml)中で、室温下、24時間反応させた。反応後、析出した固体をろ別し、洗浄を行うことにより第4級アンモニウムブロマイド塩(204.76g、0.68mol)を得た。
【0071】
得られた第4級アンモニウムブロマイド塩(204.76g、0.68mol)とメタンスルホン酸(235.47g、2.45mol)を水(500ml)中で、室温下、24時間反応後、水を減圧留去し、黄色液体を得た。得られた液体を洗浄することにより、無色透明液体の上記化合物85.60gを得た。
FT-IR(KBr):2961cm-1:C-H伸縮振動 1728cm-1:C=O伸縮振動
1H-NMR (D2O 400MHz): δ 1.35 (t, 3H,CH3CH2N+), δ 2.70 (s, 3H,CH3SO3-), δ 2.97 (t, 2H, N+CH2CH2COOH),δ 3.10 (s, 6H, CH3N+),δ 3.46 (q, 2H, CH3CH2N+), δ 3.66 (q, 2H, N+CH2CH2COOH).
13C-NMR (D2O 100MHz): δ 171.66 (CH2COOH).
元素分析:実測値C:39.51% H:8.12% N:5.76% S:12.98%
理論値C:39.82% H:7.94% N:5.80% S:13.29%
下記表に示した上記以外の実施例の化合物は、上記の合成例に準じて合成した。また比較例の化合物は、上記の合成例に準じて、あるいは公知の方法により合成したものを用いた。
[腐食性試験]
JIS K 2234を参考に、1/10スケール(1L→100ml)で試験を行った。試料22.5ml、水52.5ml、合計75mlとなるようにサンプルを混合調整した。JIS K 2234で規定された1/10スケールの金属片をサンプルに投入し、液温88℃、336時間保持した。洗浄後、質量、面積、溶液のpHを測定し、金属片の重量変化率、pH変化を算出して、腐食性を評価した。重量変化率は下記式に従って算出した。この試験方法にてエチレングリコール、プロピレングリコールの腐食性試験を行い、重量変化率を算出したところ、Alは5%未満、Cuは1%未満となった。この結果より、Alは5%未満、Cuは1%未満を低腐食性と評価した。pH変化はJIS K 2234の規格値を用いた。その他の条件、試験操作はJIS K 2234に準拠した。
【0072】
【数1】

【0073】
[生分解性試験]
生分解性試験は、OECDテストガイドライン301C法に準拠して行った。この試験には一般活性汚泥を微生物源として使用し、調製した標準試験培養液300mlに、微生物源30mg/l、被験物質100mg/lの濃度になるようにそれぞれ投入し、25±1℃、試験期間28日、標準物質にアニリンを使用して行った。分解率はアクタック製BODセンサーを使用して生化学的酸素要求量(BOD;biochemical oxygen demand)を測定し、算出した理論的酸素要求量の値から分解度を算出した。具体的には、28日間のBOD分解度が60%以上の場合を易分解性として評価した。
[流動点]
JIS K 2269-1980に準拠し、試験を行った。75%水溶液に調製した試料を、規定の試験管に45mL仕込み、45℃に加温した水浴に入れ、次いで、規定の方法で冷却した。規定通りに装置をセットした試験管を冷却浴に入れ、0℃から-70℃まで試料の温度が2.5℃下がるごとに、試験管を冷却浴から取り出し、静かに傾けて試験管内の試料が流動するかを確認した。試料が5秒間、全く動かなくなった温度を読み取り、この温度に2.5℃を加え、流動点とした。想定されるヒートパイプ装置の使用温度範囲下限の-20℃を、指標値とした。
[融氷試験]
直径90mmのシャーレに20gの水を入れて‐10℃の低温恒温室で24時間放置して氷を得た後、温度を‐10℃に保った状態で試料を1g散布した。散布して6時間後、融出した液体量を測定し、下記式に従って融氷率を算出した。
【0074】
【数2】

【0075】
<実施例1〜5、比較例1〜6>
表1〜表3に示す化合物について腐食性試験、生分解性試験、流動点の測定を行った。腐食性試験の金属片にはAlを用いた。
【0076】
その結果を表1〜表3に示す。
【0077】
【表1】

【0078】
【表2】

【0079】
【表3】

【0080】
表1〜3より、実施例1〜5の化合物(イオン液体)は腐食性試験ではpHが安定しており低腐食性で、生分解性試験では易分解性を示し、流動点はいずれも-50℃以下であった。
【0081】
一方、カチオンあるいはアニオンに、基材もしくは媒体に親和性を持つ官能基を有しない化合物を用いた比較例1〜3は、腐食性試験ではpH変動、腐食性があり、実施例1〜5と比べても差異が顕著に認められ、さらにイミダゾール系のカチオンを持つ化合物(イオン液体)を用いた比較例4〜6もpH変動、腐食性が認められた。いずれも実施例1〜5と比べて流動点が高く指標値の-20℃以上で、生分解性試験のBOD分解度は60%未満であった。
<実施例6〜13、比較例7〜13>
表4〜表6に示す化合物について腐食性試験、生分解性試験、流動点の測定を行った。腐食性試験の金属片にはCuを用いた。
【0082】
その結果を表4〜表6に示す。
【0083】
【表4】

【0084】
【表5】

【0085】
【表6】

【0086】
表4〜6より、(前記と重複するものも含むが)実施例6〜13の化合物(イオン液体)は腐食性試験ではpHが安定しており低腐食性で、生分解性試験では易分解性を示し、流動点はいずれも-50℃以下であった。
【0087】
一方、カチオンあるいはアニオンに、基材もしくは媒体に親和性を持つ官能基を有しない化合物を用いた比較例7〜9は、腐食性試験ではpH変動、腐食性があり、実施例6〜13と比べても差異が顕著に認められ、さらにイミダゾール系のカチオンを持つ化合物(イオン液体)を用いた比較例10〜13もpH変動、腐食性が認められた。いずれも実施例6〜13と比べて流動点が高く指標値の-20℃以上で、生分解性試験のBOD分解度は60%未満であった。
【0088】
以上の結果にも示されるように、実施例の化合物は、図1のようにカチオンに結合性官能基、アニオンに媒体との親和性がある官能基を有し、あるいは、アニオンに結合性官能基、カチオンに媒体との親和性がある官能基を有しているため、イオン液体の層が金属片の表面に形成されて比較例の化合物に比べて著しく低腐食性となったものと考えられる。このように実施例の化合物は腐食を抑制する熱媒体として特に適している。さらに流動点がいずれも-50℃以下であることから、冷却液や不凍液として好適である。
<実施例14〜18>
表7に示す化合物について融氷試験を行った。その結果を表7に示す。
【0089】
【表7】

【0090】
表7より、実施例14〜18のイオン液体はいずれも10%以上の融氷率を示し、流動点がいずれも-50℃以下で易分解性であることからも、凍結防止剤や融雪剤等として好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面の耐腐食性を改質する熱媒体であって、下記式(I):
【化1】

(式中、R1、R2、R3、R4はそれぞれ独立に炭素数1〜5の直鎖もしくは分岐のアルキル基、または−R5−Aで示される官能基(R5は炭素数1〜10の直鎖もしくは分岐のアルキレン基を示し、Aは官能基を示す。)を示し、R1、R2、R3、R4のうち1〜4個が−R5−Aで示される官能基である。X-はアニオンを示し、Aは改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基、アニオンX-は媒体との親和性を持つ官能基を有し、あるいは、Aは媒体との親和性を持つ官能基、アニオンX-は改質処理する基材表面との親和性を持つ官能基を有する。)で表されるイオン液体からなることを特徴とする熱媒体。
【請求項2】
式(I)で表されるイオン液体は、基材に表面層を形成することを特徴とする請求項1に記載の熱媒体。
【請求項3】
式(I)のAは、水酸基またはカルボキシル基であることを特徴とする請求項1または2に記載の熱媒体。
【請求項4】
式(I)のアニオンX-は、水酸基を有していてもよい炭素数2〜4のモノカルボン酸イオンまたはジカルボン酸イオン、ヒドロキシシクロヘキサンカルボン酸イオン、または炭素数1〜3のアルキルスルホン酸イオンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の熱媒体。
【請求項5】
式(I)のアニオンX-は、酢酸イオン、グリコール酸イオン、乳酸イオン、酒石酸イオン、1,3,4,5-テトラヒドロキシシクロヘキサンカルボン酸イオン、または炭素数1〜3のアルキルスルホン酸イオンであることを特徴とする請求項4に記載の熱媒体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の熱媒体を含有することを特徴とする冷却液。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の熱媒体を含有することを特徴とする不凍液。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれかに記載の熱媒体を含有することを特徴とする凍結防止剤。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれかに記載の熱媒体を含有することを特徴とする融雪剤。

【図1】
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