説明

耐酸化性に優れる表面処理チタン材及びその製造方法、エンジン排気管

【課題】 耐酸化性に優れ、長期間に渡ってその耐酸化性が維持されるとともに、表面処理自体も安価で安全な、表面処理チタン材及びその製造方法、更に、その排気管を提供することを目的とする。
【解決手段】 純チタン又はチタン基合金よりなる基材上に5 μm 以上の耐酸化性焼成被覆層が形成された表面処理チタン材であって、前記焼成被覆層は、10at% 以下のSiを含むAl合金又は純Alよりなる粒子間に、金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる化合物が充填されていることとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの排気管など耐酸化性が必要となる部品に使用される、耐酸化性に優れる表面処理チタン材及びその製造方法、更に、その排気管に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン合金は一般的な鉄鋼材料に比較して、比強度が高く、軽量化が強く指向されている自動車を中心とする輸送機分野への適用が進んでいる。その中でエンジン周りの排気系の排気管材料は、現在ステンレス鋼が主流であるが、上記軽量化目的のために排気管のチタン化が検討されている。しかしながら排気管の温度は部位によっては500℃以上の高温になるため、表面処理されないチタン合金材では、酸化の進行が早く、耐高温酸化性が劣るため、耐久性に問題がある。
【0003】
そのために、チタン材の耐高温酸化性 (以下、単に耐酸化性とも言う) を高めるために、従来から各種表面処理が提案されている。例えば、チタン合金表面にAl板をクラッド化した材料が提案されている(特許文献1参照)。また、チタン合金表面にAl−Ti系の蒸着めっきを施す方法が提案されている(特許文献2参照)。あるいは、チタン合金表面にPVD法によりTiCrAlN系皮膜を形成する方法なども提案されている(特許文献3参照)。
【0004】
しかしながら、上記クラッド法ではコストが高い。また、蒸着法やPVD法では、処理コストが高い上に、前記排気管など、チタン材が管形状である場合に、管内面への耐酸化性皮膜形成が困難であるなどの問題を有している。
【0005】
これに対して、チタン合金表面に、無機質バインダーとAl粉末とを付着させ、焼成して、材料内部への酸素の拡散を防止する酸素バリヤ被膜(耐酸化性皮膜)を形成する方法、あるいは前記焼成後に、Al粉末間に生じた空隙を埋めるためにクロム酸をベースとしたシール材にて封孔を実施する処理方法が提案されている(特許文献4参照)。
【特許文献1】特開平10-99976号公報 (請求項)
【特許文献2】特開平6-88208 号公報 (請求項)
【特許文献3】特開平9-256138号公報 (請求項)
【特許文献4】特許第3151713 号公報 (請求項、第1 〜第3 頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
チタン合金表面に、Al粉末を焼成させた酸素バリヤ被膜は、前記高温での耐酸化性皮膜として有効である。しかし、焼成後のAl粉末間には空隙が必然的に生じる。したがって、耐酸化性皮膜として十分機能するためには、前記特許文献4 のように、この生じた空隙を、クロム酸をベースとしたシーラ材などで埋める (封孔する) 必要がある。
【0007】
このため、Al粉末をチタン基材上に付着させるための無機バインダーを使用した工程、更に、前記焼成後のAl粉末間に生じた空隙を埋めるのにクロム酸を使用する工程、が必要で、これら処理が2段階となっており効率的ではない。また、無機バインダーとして唯一記載されているクロム酸溶液は極めて有毒であり、上記処理工程だけではなく、部材としての用途においても、その安全性が懸念される。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、耐酸化性に優れ、長期間に渡ってその耐酸化性が維持されるとともに、表面処理自体も安価で安全な、表面処理チタン材及びその製造方法、更に、その排気管を提供しようとすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するための、本発明耐酸化性に優れる表面処理チタン材の要旨は、純チタン又はチタン基合金よりなる基材上に5 μm 以上の耐酸化性焼成被覆層が形成された表面処理チタン材であって、前記焼成被覆層は、10at% 以下のSiを含むAl合金又は純Alよりなる粒子間に、金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる化合物が充填されていることである。
【0010】
また、上記目的を達成するための、本発明耐酸化性に優れた表面処理チタン材の製造方法の要旨は、チタン又はチタン基合金よりなる基材上に、10at% 以下のSiを含むAl合金粒子又は純Al粒子、並びに金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる有機金属化合物を含む溶液を塗布して、焼成し、耐酸化性被覆層を形成させることである。
【0011】
更に、上記目的を達成するための、本発明耐酸化性に優れたエンジン排気管の要旨は、排気管が上記表面処理チタン材で構成されていることである。
【発明の効果】
【0012】
前記した通り、チタン合金表面にAl粉末を焼成させた酸素バリヤ被膜は、高温での耐酸化性皮膜として有効である。しかし、これも前記した通り、焼成後のAl粉末間には空隙が必然的に生じるため、耐酸化性皮膜として十分機能するためには、この生じた空隙を封孔材 (シーラ材) などで埋める (封孔する) 必要がある。
【0013】
この点、本発明においては、この封孔材として、上記要旨の通り、焼成後に金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる化合物となるものを用いる。従来公知の純Al系の、あるいはSiを10at% 以下含有するAl-Si 合金粉末の焼成被覆層中の粒子間に、前記金属元素M とC 及び/又はO からなる化合物が存在する場合に、焼成被覆の高温での耐酸化性が著しく向上する。
【0014】
しかも、これら前記金属元素M とC 及び/又はO からなる化合物は、Al粉末のバインダーの役割も果たし、焼成被覆層のAl粉末同士、あるいは焼成被覆層とチタン材表面との密着性を向上させる。また、これら化合物原料である金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる有機金属化合物のチタン材表面への被覆は、上記本発明表面処理チタン材の製造方法の要旨の通り、Al粉末の被覆と同時に処理でき、簡便である。また、これら化合物は、前記した従来のクロム酸のような毒性は無く、表面処理工程だけではなく、部材としての用途においても安全である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明の実施態様と、本発明の各要件の限定理由とを具体的に説明する。
【0016】
(Al粉末)
本発明の純Al粉末、またはSiを10at% 以下含有するAl-Si 合金粉末は、チタン材表面の焼成被覆層の耐酸化性向上のための基本構成要素である。使用するAl粉末は、純Al (純Al系粉末) 、Siを10at% 以下含有するAl-Si 合金粉末のいずれでも、これらを混合したものでも良く、またAl-Si 合金粉末としては、Al粉末とSi粉末とを混合したものでも良い。
【0017】
Al-Si 合金粉末の場合、Siを含むために、より高温側での耐酸化性が向上する。但し、Siの含有量の効果は約10at% 程度で飽和し、かつ、Siを10at% 以上含ませる場合、粉末を作製すること自体が困難となる。したがって、Si含有量は10at% 以下とする。
【0018】
これらAl粉末の製造は、溶湯直接粉化として、アトマイズ法や溶湯攪拌法、回転円盤滴下法、機械的粉化として、スタンプミル法、ボールミル法、振動ミル法、アトライター法など、公知の方法で製造された粉末が適用できる。これらの粉末製造方法では、平均粒径が約2 〜500 μm 程度の幅を持ってAl粉末が製造される。
【0019】
ただ、これらAl粉末の粒子径は、焼成被覆層の厚みにも依存するが、粒子径が大きすぎると、粒子間に空隙がより多く形成されるため、好ましくない。この点、前記した粒子間の空隙形成をできるだけ抑制するためには、被覆するAl粉末の平均粒径を20μm 以下とし、平均粒径が20μm 以下のAl粉末を選択、選別して用いることが好ましい。
【0020】
(封孔材)
封孔材としての、金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる化合物は、本発明において、Al粉末粒子間の空隙を埋めて、焼成被覆層の耐酸化性を向上させる役割を果たす。また、これら化合物はAl粉末のバインダーの役割も果たし、焼成被覆層のAl粉末同士、あるいは焼成被覆層とチタン材表面との密着性を向上させる。
【0021】
焼成被覆層中に、金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる化合物をAl粒子間に形成するには、金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる有機金属化合物を、焼成前にチタン材表面に予め塗布する。
【0022】
これら有機金属化合物としては、ナーセムチタン、ナーセムジルコニウム、酢酸クロム、シリコーン、シリカゾル、アルミナゾルおよびアルミニウムイソプロポキシドなどの有機金属化合物を使用することが好ましい。これらの有機金属化合物は安定で取り扱いが容易で毒性が低いからである。
【0023】
金属元素M としては、特にSiが、焼成被覆層の高温での耐酸化性向上効果の点から好ましい。したがって、金属元素M としては、他の金属元素を含んでも良いが、Siを必須に含むものが特に好ましい。例えば、SiとC 及び/又はO からなる有機金属化合物として、シリコーン樹脂を選択し、Al粉末とシリコーン樹脂とを含む溶液をチタン表面に塗布して、焼成した場合、Al粉末粒子間に、Si-O-Cからなる化合物が形成され、封孔材の役割を果たす。また、バインダーとしての役割も優れている。
【0024】
通常、シリコーン樹脂中のSi/O の比率はほぼ1であるが、適切な焼成温度を選択することで、O とSiの反応が促進され、Si/O比が減少する。これにより粒子間の化合物はより安定となり、高い耐酸化性を示す。これは焼成温度を選択することで、最も安定な酸化物であるSiO2に近づくためであると考えられる。このために焼成温度は200 〜400 ℃の間が好ましい。ただし、焼成によりバインダー部分が硬化し、割れが生じやすくなることから、曲げなどの加工を行う場合には、この曲げ加工などの加工後に焼成を行うことが推奨される。Si-Oの化学結合量は、焼成温度を適宜変更することにより制御することができる。
【0025】
この他、金属元素M としてSi、また、有機金属化合物としてシリコーン樹脂以外であっても、前記ナーセムチタン、ナーセムジルコニウム、酢酸クロム、シリカゾル、アルミナゾルおよびアルミニウムイソプロポキシドなどの有機金属化合物は、高温焼成後に最も安定な酸化物、例えば、TiO2、ZrO2、Al2O3 、Cr2O3 等を形成でき、高い耐酸化性を示す。また、バインダーとしての役割も優れている。
【0026】
これらのケースでは、金属元素M としてSiを用いた場合のSi-O-Cや、Tiを用いた場合のTi-O、Zrを用いた場合のZr-O、Al-O、Crを用いた場合のCr-O、Alを用いた場合のAl-Oなど、焼成被覆層中に金属元素と酸素とのM-O の化学結合が存在している。このように、焼成被覆層中に金属元素と酸素とのM-O の化学結合が存在する場合に、焼成被覆層の高温での耐酸化性は特に向上する。この際、このM/O の比率は0.4 〜2 の範囲であることが好ましい。
【0027】
(焼成被覆層)
金属元素M とC 及び/又はO との化合物は、バインダーの機能及び封孔材の機能を果たすためには、焼成被覆層中に、体積割合で5 〜50vol%程度含まれることが好ましい。例えば、大きさの等しい球形のAl粉末粒子が理想的に充填された場合でも、焼成被覆層中の体積割合で約26% は空隙となり、これを埋める必要がある。即ち、化合物の最密充填では、化合物の焼成被覆層中の体積割合で74vol%となる。一方、大きさが異なるAl粉末粒子同士が混在している場合は、更に空隙の焼成被覆層中の体積割合は高くなり、化合物の充填度は上がるので、上記体積割合で5 〜50vol%程度とする。
【0028】
(焼成被覆層厚み)
焼成被覆層の厚みは5 μm 以上とする。5 μm 未満以下では、薄過ぎて焼成被覆層自体の酸素バリア効果がなくなる。一方、200 μm を超えても酸素バリア効果は飽和するので、好ましい厚みの上限は200 μm とする。
【0029】
シリコーン樹脂などを用いた場合の焼成被覆層のAl/Si の比はEDX 等の通常の表面元素分析方法で測定が可能である。また、焼成被覆層のAl粒子間のM/C-O からなる化合物の存在を確認する方法は、焼成被覆層断面(切断面or破面)の元素分析を実施することにより、元素の存在を確認することができる。更に、XPS で測定すれば、焼成被覆層のM-O 、M-C の結合を検出することができる。金属元素M とO とのM-O 、例えばSi-Oなどの化学結合の分析は、XPS あるいはFTIRで測定することが可能である。
【0030】
(チタン酸化物層)
焼成被覆層を形成する前に、純チタン又はチタン基合金よりなる基材表面を酸化し、予め酸化皮膜を形成することにより、焼成被覆層と基材の密着性が向上し、より高い耐酸化性を得ることが出来る。この場合、表面処理チタン材としては、焼成被覆層と基材との間にチタン酸化物層を有していることとなる。
【0031】
Al粉末粒子の表面に存在する封孔材 (金属元素M とC 、O の化合物) は、用途によっては、基材表面との密着性が不足する場合がある。このような場合、前記特許文献4 などではショットブラストなどの表面粗化処理を行い、アンカー効果により密着性を向上させている。しかし、用途によっては、基材の粗化処理が実施できない場合もある。これに対し、酸化処理を行い基材表面に予めチタンの酸化皮膜を形成すると、封孔材は、この形成されたチタンの酸化皮膜との密着性が格段に優れる。
【0032】
この酸化処理は大気中での加熱(推奨温度300 〜500 ℃)あるいは陽極酸化などの湿式方によっても良い。酸化層の厚みは0.1 μm から5 のμm 間であれば効果はほぼ変わらない。尚、酸化層は、断面のSEM あるいは薄い場合はTEM で観察および膜厚測定が可能である。
【0033】
(溶融アルミめっき層)
焼成被覆層を形成する前に、純チタン又はチタン基合金よりなる基材表面に溶融アルミめっき層を予め形成することにより、基材の耐食性を更に向上させることができる。この場合、表面処理チタン材としては、焼成被覆層と基材との間に溶融アルミめっき層を有していることとなる。溶融アルミめっきは、それ自体が耐酸化性を有するが、その上に、本発明の焼成被覆層を積層することにより、基材の耐食性を更に向上させることができ、また、溶融アルミめっきの外観性も改善される。
【0034】
(表面処理チタン材の製造方法)
本発明における表面処理チタン材の製造方法は、前記した通り、チタン又はチタン基合金よりなる基材上に、10at% 以下のSiを含むAl合金粒子又は純Al粒子、並びに金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる有機金属化合物を含む溶液を塗布して、焼成し、耐酸化性被覆層を形成させる。
【0035】
(塗布溶液)
この際、基材表面に塗布する溶液については、各化合物が均一に分散あるいは溶解せしめるものであれば水溶液あるいは溶剤の種類については問わない。また塗布溶液中の金属粒子(Al/Si 、および/または金属元素M )とC/O の固形分比率においては、少なくとも、これら金属粒子をC/O 化合物に対して少なくとも5 wt% 以上含有していることが好ましい。これら金属粒子が5 wt% 未満であると、焼成被覆層中の金属粒子(Al/Si 、および/または金属元素M )が不足し、耐酸化性および密着性に対して十分な効果は得られない可能性がある。一方、逆にこれら金属粒子がC/O 化合物に対して80wt% を越えて含有されると、粒子を保持する塗膜の形成能が低下するため、却って、焼成被覆層の密着性や耐久性に問題が生じる可能性がある。よって、5 〜80wt% の範囲内にあることが好ましい。
【0036】
(焼成)
焼成では、上記塗布された有機金属化合物を酸化させ、Al粒子間に、金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる化合物を充填した焼成被覆層を形成し、焼成被覆層の耐酸化性、密着性や耐久性を向上させる。
【0037】
このための焼成温度は、有機金属化合物毎に、また、その他の塗布原料条件に応じて、適切な温度が選択されるが、前記シリコーン樹脂の場合に例示した通り、焼成化合物における、高い耐酸化性を示すM-O の化学結合量を得るための焼成温度を適宜選択する。前記シリコーン樹脂の場合は焼成温度は200 〜400 ℃の間であったが、ナーセムチタン、ナーセムジルコニウム、酢酸クロム、シリカゾル、アルミナゾルおよびアルミニウムイソプロポキシドから選ばれる1種以上の有機金属化合物の焼成の場合には、焼成温度は200 〜500 ℃の間とするが好ましい。また、焼成時間は、選択された温度によって、上記焼成効果を生む必要時間とする。
【0038】
なお、焼成雰囲気は、通常の焼成雰囲気と同様、酸化雰囲気であれば良く、大気、酸素含有雰囲気などが適宜選択される。
【0039】
(後処理)
これら耐酸化性の焼成被覆層を形成後、より高い耐酸化性が要求されるときは焼成被覆層を形成後に、後処理として、焼成被覆層の表面にわずかに残留するAl粒子間の空隙を消失させることが出来る。この後処理は、ショットブラストなどの硬質粒子によるブラスト処理が好ましく、ブラスト処理によって、焼成被覆層表面に衝撃を与えて、わずかに残留するAl粒子間の空隙を消失させることが出来る。
【0040】
また、このようなブラスト処理によれば、焼成時に表面に形成されるAlの酸化皮膜あるいは金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる化合物を、表面のみ除去することで、金属光沢を有する美麗な表面を得ることも出来る。
【0041】
(適用チタン材)
本発明で言うチタン基材とは、圧延などの塑性加工によって種々の形状とされた、純チタンまたはチタン基合金などのチタン材のことを言う。本発明では、表面処理される対象となるチタン材を規定するものではなく、用途の要求特性 (機械的性質等) に応じて、α合金、α−β合金、β合金のいずれでもよい。例えば、純チタン(JIS 2 種)、Ti-1.5Al、Ti-0.5Al-0.45Si-0.2Nb 、Ti-6Al-4V 、Ti-3Al-2.5V 、Ti-15V-3Al-3Sn-3Cr等が使用できる。
【0042】
また、特に排気管用途に使用する場合は、発明者らが先に出願した特願2004-071275 号に記載されたチタン合金を使用することが好ましい。即ち、質量% で、Al:0.30 〜1.5%、Si:0.10〜1.0%を含有するチタン合金材であり、好ましくはSi/Al が質量比で1/3 であり、更には、選択的にNb:0.1〜0.5%を含むものが好ましい。Alは耐熱性や耐高温酸化性を向上させるために0.30% 以上含有させ、延性低下や耐食性低下防止のために、1.5%以下の含有とする。SiはAlとの複合添加によって、高温強度を向上させるとともに、耐食性の低下を最小限に抑えつつ、耐高温酸化性、特に耐スケールロス性や耐酸素拡散層形成性を向上させる。また、結晶粒の成長の抑制によって疲労特性や脆性も向上させる。このためにSiは0.10% 以上含有させ、成形性や耐食性低下防止のために1.0%以下の含有とする。更に、選択的にNbを0.1%以上含むと、耐食性の低下を最小限に抑えつつ、耐高温酸化性、特に耐スケールロス性や耐酸素拡散層形成性を向上させる。一方で、成形性低下防止のために、Nbは0.5%以下の含有とする。
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより、下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例1】
【0044】
チタン基材表面に、表1に示す塗布条件で、Al粉末およびシリコーンを混合した溶液を塗布し、焼成して、表1に示す、Alの粒子間における化合物 (金属元素M とC 及び/又はO からなる化合物) として種々のSi/O比からなる耐酸化性焼成被覆層を形成した。これらの供試材に関して、高温酸化試験を実施し、酸化試験後における重量増加より耐酸化性を評価した。表1に評価結果を各々示す。
【0045】
チタン基材として、純チタン圧延板(JIS3種、厚さ1mm)を使用した。塗布溶液は、エタノールあるいはイソプロパノールの有機溶媒中に、平均粒径5μmの純Al粒子 (表にはAlと記載) または異なるSi含有量を有するAl合金粒子 (表にはAl-Si と記載) と、シリコーンとを混合した溶液を作製した。
【0046】
塗布は、浸漬 (ディップ) にて行い、120℃で0.5 時間乾燥後、250℃で0.5 時間焼成し、各例とも共通して、膜厚約30μmの耐酸化性被覆層を形成した。
【0047】
また、表面のチタン酸化層 (予備酸化層) の影響を確認するために、予めチタン基材を500 〜700 ℃の範囲で酸化を行い、酸化層の厚みを変えて形成した基材にも、上記耐酸化性焼成被覆層の形成を実施した (表1 の番号9 〜12) 。この酸化層の厚みも表1 に記載する。
【0048】
高温酸化試験は、これらの供試材を、800℃で100時間の高温大気中に曝した場合の、酸化試験後における重量増加を測定して、耐高温酸化性を評価した。
【0049】
表1の発明例3 〜12 (但し、7 、8 は参考例) は、酸化試験後における重量増加が多いものでも2.5mg/cm2 程度である。これに対して、比較例1 は、器材の表面処理をしておらず、耐酸化性焼成被覆層自体が無い。このため、高温酸化試験後における重量増加が12mg/cm2と多い。また、比較例2 は、耐酸化性焼成被覆層がAlの粒子のみであって、Al粒子間における化合物 (金属元素M とC 及び/又はO からなる化合物) が無い。このため、高温酸化試験後における重量増加が8.9mg/cm2 と多い。したがって、発明例3 〜12は、これら比較例1 、2 に比して、著しく、耐高温酸化性が優れていることが分かる。
【0050】
また、発明例の中でも、基材にチタン酸化層 (予備酸化層) を設けた発明例9 〜12は、チタン酸化層を設けない発明例3 〜8 に比して、総じて、耐高温酸化性が比較的優れている。
【0051】
なお参考例7 、8 は、耐高温酸化性には優れるものの、Al中のSi含有量が10at% を超えている。したがって、Al粉末を作製すること自体が困難となり、工業的には不適であるため、参考例とした。
【0052】
【表1】

【実施例2】
【0053】
チタン基材表面に、表2 に示す塗布条件で、実施例1 と同様の条件にて、Al粉末および種々の有機金属化合物( シリコーン以外は化学式を記載) を混合した溶液を塗布し、焼成して、表2 に示す、Alの粒子間における化合物 (金属元素M とC 及び/又はO からなる化合物) からなる耐酸化性焼成被覆層を形成した。これらの供試材に関して、実施例1 と同様に、高温酸化試験を実施し、酸化試験後における重量増加より耐酸化性を評価した。表2 に評価結果を各々示す。
【0054】
チタン基材、塗布溶液、Al粒子、塗布−焼成、高温酸化試験の具体的な条件は、有機金属化合物の種類を除いて、実施例1 と同様の条件とした。
【0055】
表2 の発明例13〜18は、シリコーン以外の有機金属化合物を用いたものでも、酸化試験後における重量増加が多いものでも2.4mg/cm2 程度である。ただ、シリコーンを用いた発明例13、18の方が、シリコーン以外の有機金属化合物を用いた発明例14〜17よりも、比較的耐高温酸化性が優れている。この点、金属元素M としては、特にSiが、焼成被覆層の高温での耐酸化性向上効果の点から好ましいことが分かる。
【0056】
比較例1 、2 は、実施例1(表1)の比較例1 、2 と同じである。したがって、発明例13〜18は、比較例1 、2 に比して、著しく、耐高温酸化性が優れていることが分かる。
【0057】
【表2】

【実施例3】
【0058】
チタン基材として、質量% で、Al:1.0% 、Si:0.33% を含有し、Si/Al が質量比で1/3 であり、選択的にNb:0.2% 含む、前記した好ましいチタン合金材に本発明表面処理を施した。即ち、このチタン合金材表面に、表3 に示す塗布条件で、実施例1 と同様の条件にて、Al粉末およびシリコーンを混合した溶液を塗布し、焼成して、表3 に示す、Alの粒子間における化合物 (金属元素M とC 及び/又はO からなる化合物) からなる耐酸化性焼成被覆層を形成した。これらの供試材に関して、実施例1 と同様に、高温酸化試験を実施し、酸化試験後における重量増加より耐酸化性を評価した。表3 に評価結果を各々示す。
【0059】
なお、予め上記チタン基材には、溶融アルミめっき層を、表3 に示す厚みで設けた。表3 の発明例19、21のチタン基材は、上記チタン合金材の内Nbを含有しないもの、表3 の発明例20、22、23のチタン基材は、上記チタン合金材の内Nbを含有するものを用いた。
【0060】
更に、表3 の発明例20、22のチタン基材は、形成した焼成被覆層に対し、市販のショットブラスト処理機により、アルミナ製硬質粒子 (平均粒径50μm)によるブラスト処理 (ガス圧力:3kg/cm2) を10秒施した。
【0061】
これ以外の、チタン基材、塗布溶液、Al粒子、塗布−焼成、高温酸化試験などの具体的な条件は、実施例1 と同様の条件とした。
【0062】
表3 において、予めチタン基材に溶融アルミめっき層を設けた、発明例20〜23の表面処理チタン材は、実施例1 と同じ比較例1 、2 に比して、著しく、耐高温酸化性が優れている。また、表3 における、溶融アルミめっき層を設けない発明例19や溶融アルミめっき層の厚みが薄い発明例21に比して、溶融アルミめっき層を設けた、あるいは、より厚い溶融アルミめっき層を設けた発明例20や、発明例22、23の方が耐高温酸化性が優れている。発明例20や発明例22の耐高温酸化性向上には、ショットブラスト処理も寄与している。
【0063】
これら各実施例の結果から、チタン材の耐高温酸化性向上に関する、本発明の各要件の臨界的な意義や、好ましい要件の意義が裏付けられる。また、本発明によれば、表面処理チタン材が、耐酸化性に優れ、長期間に渡ってその耐酸化性が維持されるとともに、表面処理自体も安価で安全なことが分かる。
【0064】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明によれば、耐酸化性に優れ、長期間に渡ってその耐酸化性が維持されるとともに、表面処理自体も安価で安全な、表面処理チタン材及びその製造方法、更に、そのエンジン排気管を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
純チタン又はチタン基合金よりなる基材上に5 μm 以上の耐酸化性焼成被覆層が形成された表面処理チタン材であって、前記焼成被覆層は、10at% 以下のSiを含むAl合金又は純Alよりなる粒子間に、金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる化合物が充填されていることを特徴とする耐酸化性に優れる表面処理チタン材。
【請求項2】
前記粒子が2 〜10at% のSiを含有するAl合金である請求項1に記載の表面処理チタン材。
【請求項3】
前記金属元素M がSiを含む請求項1または2に記載の表面処理チタン材。
【請求項4】
前記焼成被覆層中にSi-Oの化学結合が存在し、かつ、このSi/Oの比率は0.4 ≦Si/O≦2 である請求項3に記載の表面処理チタン材。
【請求項5】
前記焼成被覆層と基材との間にチタン酸化物層を有している請求項1乃至4のいずれか1項に記載の表面処理チタン材。
【請求項6】
前記基材上に予め溶融アルミめっき層を有し、溶融アルミめっき層上に耐酸化性焼成被覆層が形成されたものである請求項1乃至5のいずれか1項に記載の表面処理チタン材。
【請求項7】
前記金属元素M とC/O よりなる化合物は、ナーセムチタン、ナーセムジルコニウム、酢酸クロム、シリコーン、シリカゾル、アルミナゾルおよびアルミニウムイソプロポキシドから選ばれる1種以上の有機金属化合物の焼成により形成されたものである請求項1乃至6のいずれか1項に記載の表面処理チタン材。
【請求項8】
チタン又はチタン基合金よりなる基材上に、10at% 以下のSiを含むAl合金粒子又は純Al粒子、並びに金属元素M (但しM は、Ti、Zr、Cr、Si、Alの一種または二種以上)とC 及び/又はO からなる有機金属化合物を含む溶液を塗布して、焼成し、耐酸化性被覆層を形成させることを特徴とする耐酸化性に優れた表面処理チタン材の製造方法。
【請求項9】
前記焼成被覆層に対し、硬質粒子によるブラスト処理を施す請求項8に記載の表面処理チタン材の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜7記載の表面処理チタン材で構成されたエンジン排気管。


【公開番号】特開2006−9115(P2006−9115A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−190705(P2004−190705)
【出願日】平成16年6月29日(2004.6.29)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】