説明

耐震パネル

【課題】軸組構造を有する構造物に適用される耐震パネルであって、耐力が大きく、大地震の際にも軸組みの損傷及び構造物の倒壊を可及的に防止する耐震パネルを提供すること。
【解決手段】耐震パネル10は、所定値以下の大きさの揺れに対しては弾性変形し、所定値を超える大きさの揺れに対しては塑性変形することにより、軸組み12に印加される負荷を軽減する矩形状の薄板1と、薄板1の全辺に設けられ、軸組み12に取り付けられることにより薄板1を全辺に亘って軸組み12に拘束させる枠2と、薄板1の隅部(四隅)にそれぞれ配置され、枠2と一体化されると共に薄板1と面接触する複数の火打ち板3,3,3,3と、を有し、軸組み12の開口部13に挿入されて軸組み12に装着される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸組構造を有する構造物に装着される耐震パネルに関し、例えば、一般住宅の軸組み、或いは、寺社などの伝統的建築物の軸組みに装着される耐震パネルに関する。
【背景技術】
【0002】
軸組構造を有する構造物が、地震によって損傷したり、倒壊したりすることを防止するため、鉄骨架橋、油圧ダンパー、又は、パネルなどを、軸組みの開口部に後から装着する耐震補強構造が提案されている。
【0003】
特許文献1及び2には、木造建物の軸組みの開口部に薄板を取り付け、薄板が軸組みと共に耐力壁を形成する構造が提案されている。
【0004】
特許文献3には、パネルを梁と土台の間に配置し、このパネルを梁には固定するが、土台には固定しないで載置する構造が提案されている。
【0005】
特許文献4には、二枚の金属平板の間に発泡体を挟み、さらに、金属平板の周囲四辺に額縁状の金属枠組を取り付けた複層金属平板を、木造建物の木枠に取り付ける構造が提案されている。
【0006】
特許文献5には、軸組みを成す柱材に釘を用いて面材を取り付け、さらに、面材の裏面に断面がコの字状の受材を取り付け、受材の裏面にゴム等からなる粘弾性ダンパーを貼り付け、受材に粘弾性ダンパーを介して断面がL字状の取付部材の一面を取り付け、取付部材の他面を柱材に取り付けた、構造が開示されている。
【0007】
特許文献6には、木造軸組みの矩形空間に嵌める金属製外枠の内部に、二つの筋交いを交叉させて配置し、筋交いと外枠が接する四隅と筋交い同士が交叉する中心部に補強板を取り付けた、筋交いパネルが提案されている。この筋交いパネルにおいて、外枠の内部は、X字状の筋交い以外の部分、すなわち、左側中間部、右側中間部、上側中間部及び下側中間部は、空間である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−172812号公報
【特許文献2】特開2007−40023号公報
【特許文献3】特許4098334号公報
【特許文献4】特開2007−2416号公報
【特許文献5】特開2010−222899号公報
【特許文献6】特開2002−106067号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1〜5の発明は、軸組みに薄板などを含む制震部材を取り付けることにより、軸組みの高剛性化を図るものとなっている。このため、大地震の場合には、軸組みに大きな負荷がかかり、制震部材を取り付けたことが、却って、軸組みの損傷を招くことが考えられる。
【0010】
また、特許文献1〜5の発明は、薄板などを、基本的には弾性域で使用するものであって、実質的には塑性域で使用することを想定していない。したがって、特許文献1〜6の制震構造等は、小地震の場合には、小さな地震エネルギーを弾性的に吸収できるが、大地震の場合には、大きな地震エネルギーを十分に吸収することができず、この結果、軸組みの損傷を十分に防止することが困難である。
【0011】
特に、特許文献3の発明のように、耐震パネルの四辺が固定されていない構造では、制震機能はあるが、耐震機能が十分ではなく、大地震の場合、大きな地震エネルギーを十分に吸収することができないという問題がある。
【0012】
特に、特許文献5の発明のように、面材と軸組みの間に粘弾性ダンパーを設けた場合には、粘弾性ダンパーを設けたことによって、地震エネルギーが面材に十分に伝達されずに軸組みに伝達され、軸組みが損傷を受ける可能性が高まるという問題がある。
【0013】
或いは、特許文献6の発明のように、薄板ではなく、棒状の筋交いを用いた構造によれば、筋交いの面積ないし容量が小さいため、耐力が小さく、特に、大地震の場合、大きな地震エネルギーを十分に吸収することができないという問題がある。
【0014】
本発明の目的は、軸組構造を有する構造物に適用される耐震パネルであって、耐力が大きく、大地震の際にも軸組みの損傷及び構造物の倒壊を可及的に防止する耐震パネルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、第1の視点において、軸組構造を有する構造物の耐震性を改善するよう軸組みの開口部に挿入されて該軸組みに装着される耐震パネルであって、所定値以下の大きさの揺れに対しては弾性変形し、該所定値を超える大きさの揺れに対しては塑性変形することにより前記軸組みに印加される地震エネルギーを吸収する矩形状の薄板と、前記薄板の全辺に設けられ、前記軸組みに取り付けられることにより該薄板を全辺に亘って該軸組みに拘束させる枠と、前記薄板の隅部にそれぞれ配置され、前記枠と一体化されると共に前記薄板と面接触する複数の火打ち板と、を有する耐震パネルを提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の耐震パネルによれば、枠及び火打ち板によって、耐震パネルの耐力を負担できる薄板の有効部分が拡大されて、薄板が大きな耐力を負担することができ、又、薄板の広い範囲が弾性ないし塑性変形して大きな地震エネルギーを吸収できる。この結果、本発明の耐震パネルが装着された軸組みを有する構造物の耐震性が大幅に改善される。さらに、本発明の耐震パネルは、社殿又は寺院のような文化財の外観を維持しながら、それらの耐震性を改善することもできる。以下、本発明の作用効果を詳細に説明する。
【0017】
(1)薄板の隅部に配置された火打ち板と薄板の全辺に配置される枠との両方によって、薄板が拘束されていることにより、薄板の中央付近だけが局所的に表側又は裏側に向かって大きく突出することが防止され(面外変形の抑制)、薄板の広い範囲が略波状に変形するようになる。これによって、薄板の局所的な破壊が防止され、薄板の耐力が向上され、薄板による大きな地震エネルギーの吸収が期待される。
(2)薄板の隅部に、それぞれ火打ち板が配置され、火打ち板が薄板と面接触して薄板を押圧していることにより、薄板において、大きな耐力を負担できる領域が拡大される。
(3)薄板の全周ないし全辺が枠によって拘束されていることにより、薄板において、火打ち板により大幅な耐力向上が期待される領域以外の部分に対しても、応分の耐力を負担させることができる。
(4)本発明の耐震パネルは、軸組みの全ての開口部に装着しなくても耐震性が改善できるため、耐震パネルが装着される構造物の外観、特に、社殿又は寺院のような文化財の外観を維持しながら、その耐震性を改善することができる。
(5)本発明の耐震パネルの薄板は、汎用の材料、例えば、建築基準法で定められた鋼、ステンレス鋼から形成することができる。
(6)本発明の耐震パネルにおいては、軸組みの変形特性ないし耐震要求に適合させて、例えば、火打ち板の寸法を可変することにより、耐力等の耐震性を自在に変化させることができる。
(7)本発明の耐震パネルは、薄板、枠及び火打ち板の寸法変更が容易であるため、様々な開口幅を有する軸組みに対応することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施例に係る耐震パネルの正面図である。
【図2】(A)は、図1のA矢視部分図であり、(B)は、図1のB部分断面図であり、(C)は、図1のC部分断面図である。
【図3】(A)〜(E)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルの部品図である。
【図4】(A)及び(B)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルにおける火打ち板及び枠の効果を説明する図であり、(C)は、(A)の耐震パネルが有する薄板及び火打ち板の変形例を示す図である。
【図5】(A)及び(B)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルにおける全辺拘束効果を説明する図である。
【図6】本発明の一実施例に係る耐震パネルの適用例を示す図である。
【図7】(A)〜(D)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルの軸組みへの装着例又は表装例を示す図である。
【図8】本発明の一実施例に係る耐震パネルの荷重−変形曲線を示すグラフである。
【図9】(A)及び(B)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルの耐力試験前後の状態を示す写真であって、(A)は荷重印加前、図9(B)は荷重印加後の状態を示している。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、極めて稀な大地震に際して、薄板は、広範囲に塑性変形して大きな地震エネルギーを吸収することにより、軸組みの破壊や構造物の倒壊を可及的に防止する。
【0020】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、薄板の材質及び厚さは、構造物が設置されている地盤、想定される地震などの外部要因を考慮して、最適に設定される。
【0021】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、前記薄板は、前記薄板の隅部に配置された複数の火打ち板によって拘束される領域と、前記枠によって拘束される領域と、を有することにより、耐震パネルの耐力を負担する領域がさらに拡大され、より大きな耐震性能が発揮される。
【0022】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、前記枠及び複数の火打ち板は、前記薄板を挟持するよう該薄板の表裏両側に設けられる。
【0023】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、前記枠及び複数の火打ち板は、前記薄板の表側に設けられ、前記枠及び複数の火打ち板の裏側と前記軸組みの表側との間で、前記薄板が挟持されるよう、該枠が該軸組みに取り付けられる。
【0024】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、対角配置されている一方の火打ち板と他方の火打ち板は、完全に対向していなくてもよい。地震時、薄板において、一方の火打ち板によって拘束されて変形する領域と、他方の火打ち板によって拘束されて変形する領域が、薄板の対角線上で繋がることによって、耐震パネル全体の耐力が向上され、耐震パネルが装着される軸組みの損傷が防止される。本発明の耐震パネルでは、薄板の左右方向の幅と、上下方向の長さの比は、1(左右幅)/2(上下長さ)程度よりも大きく設定することにより、火打ちの板の効果をより得ることができる。
【0025】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、枠は、軸組みに、ねじ等の締結部材を用いて固定される。枠は、薄板と面接触することがよい。なお、枠を薄板と一体に形成してもよい。
【0026】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、火打ち板は、枠に、ねじ等の締結部材を用いて固定される。また、火打ち板を、枠と一体に形成してもよい。
【0027】
本発明の好ましい実施の形態において、本発明による耐震パネルは、耐震建具として、一般住宅の他、社殿や寺院のような軸組構造による伝統的木造建築物に装着され、文化財としての価値を有する建築物の外観ないし機能を維持させながら、それらの耐震性を改善することができる。
【0028】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルは、軸組みの様々に箇所に装着することができ、例えば、床上、床下、或いは、天井下などに装着できる。本発明の耐震パネルを、床下に設置する場合、耐震パネルの下辺を土台(基礎)に取り付けることができる。本発明の耐震パネルを、天井下に設置する場合、欄間に取り付けることができる。
【0029】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルは、金属、又は、その他の材料から製作することができ、特に、建築基準法で規定されている構造材に使用される材質の金属を好適に採用することができる。
【0030】
本発明の好ましい実施の形態に係る耐震パネルにおいて、薄板には、SS400等の構造材用の鋼板、好ましくは、例えば、SUS304、SUS307等の構造材用のステンレス鋼板を用いることができる。
【0031】
本発明による耐震パネルにおいて、薄板が薄すぎると極めて稀な大地震における地震エネルギーを十分に吸収できず、又、薄板が厚すぎて剛性が高すぎると、軸組みに過負荷が加わる。したがって、薄板の厚さは、目的とする耐震能力に合わせて定められるものであるが、一例として、0.4〜2.3mmの範囲が好ましい。
【実施例1】
【0032】
以下、図面を参照して本発明の一実施例を説明する。図1は、本発明の一実施例に係る耐震パネルの正面図であって、耐震パネルを構造物の軸組みに取り付けた様子を示している。図2(A)は、図1のA矢視部分図であり、図2(B)は、図1のB部分断面図であり、図2(C)は、図1のC部分断面図である。図3(A)〜(E)は、図1に示した耐震パネルの部品図である。
【0033】
[耐震パネル10の構造]
図1及び図2(A)を参照すると、本発明の一実施例に係る耐震パネル10は、軸組構造を有する構造物の耐震性を改善するよう、軸組み12の開口部13に挿入されて軸組み12(梁12a,柱12b等)に装着される。
【0034】
耐震パネル10は、所定値以下の大きさの揺れに対しては弾性変形し、所定値を超える大きさの揺れに対しては塑性変形することにより、軸組み12に印加される負荷を軽減する矩形状の薄板1と、薄板1の全辺に設けられ、軸組み12に取り付けられることにより薄板1を全辺に亘って軸組み12に拘束させる枠2と、薄板1の隅部(四隅)にそれぞれ配置され、枠2と一体化されると共に薄板1と面接触する複数の火打ち板3,3,3,3と、を有している。
【0035】
[薄板1]
図3(A)に示す薄板1は、鋼板やステンレス鋼板などの金属板から形成され、薄板1の周縁には、枠取付用の複数の孔1aが形成され、薄板1の四隅には、火打ち板取付用の複数の孔1bがそれぞれ形成されている。
【0036】
[枠2]
図3(C)に示す枠2は、図3(B)に示すような山型鋼(アングル形鋼)20を、複数本組み合わせて、それらの端部同士を溶接により一体化して形成することができる。枠2は、互いに直交する二つの面21,22を有し、一方の面(正面)21は薄板1に面接触し、他方の面(上下左右の側面)22は、軸組み12に取り付けられる。一方の面21には複数の孔2a、他方の面22には複数の孔2bがそれぞれ形成されている。
【0037】
[火打ち板3]
図3(D)を参照すると、火打ち板3は、略三角片状であって、薄板1を挟持するための複数の孔3eが形成されている。図3(E)は、火打ち板3の変形例を示す正面図である。図3(E)を参照して、火打ち板3は、底辺ないし斜辺の一部を面取りすることができ、又、斜辺を複数の辺の組み合わせから構成したり、円弧状に形成したりすることができる。
【0038】
[耐震パネル10の製造方法]
(1)枠2の薄板1への取り付け
図2(B)を参照して、薄板1の表裏面にそれぞれ枠2を取り付ける場合には、薄板1の表面に表側の枠2を載置し、薄板1の裏面に裏側の枠2を載置し、孔2a,1a,2aにボルト4を通し、ボルトにナット5を締め込み、表裏の枠2,2の一方の面(正面)21,21を薄板1の表裏面にそれぞれ面接触させて、表裏の枠2に、薄板1を強固に挟持させる。
(2)枠2と火打ち板3の一体化
火打ち板3は、枠2の四隅に溶接等によってそれぞれ取り付けられる。火打ち板3は、その一角が薄板1ないし枠2の角に合うよう配置され、その両底辺が薄板1ないし枠2の上下辺又は左右辺に沿って延在するよう配置され、その斜辺が、対角にある別の火打ち板3の斜辺と向き合うよう配置される。
(3)火打ち板3と薄板1の密着
図2(C)を参照して、薄板1の表側に配置された火打ち板3の孔3e、薄板1の孔1b、薄板1の裏側に配置された火打ち板3の孔3eに、ボルト4を通し、ボルト4にナット5を締め込み、表裏の火打ち板3,3を薄板1の表裏面にそれぞれ面接触させて、表裏の火打ち板3,3に、薄板1を強固に挟持させる。
【0039】
[耐震パネル10の軸組み12への取付け]
図1に示したネジ(釘)6が、枠2の他方の面(上下左右の側面)22に形成された孔2bを通じて、軸組み12に打ち込まれ(ないしネジ込まれ)、耐震パネル10が軸組み12に固定される。なお、ボルトやナットを用いて、耐震パネル10を軸組み12に取り付けてもよい。
【0040】
[火打ち板及び枠の効果]
図4(A)及び(B)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルにおける火打ち板及び枠の効果を説明する図であり、(A)は、耐震パネルの正面図、(B)は、(A)の対角線上断面(B−B断面)を模式的に示す断面図であって、塑性変形前後の薄板の状態を示し、(C)は、(A)の耐震パネルが有する薄板及び火打ち板の変形例を示す図である。
【0041】
図4(A)を参照すると、薄板1は、長方形状であり、図中、左上隅、右下隅、左下隅及び右上隅に配置された四枚の火打ち板3a,3b,3c及び3dはいずれも、直角二等辺三角形状である。以下、左上隅と右下隅に対角配置された二枚の火打ち板3a,3bに関して、上記効果を説明するが、右上隅と左下隅に対角配置された二枚の火打ち板3d,3cに関しても同様である。なお、薄板1上で対角配置されている左上隅と右下隅の二枚の火打ち板3a,3bにおいて、薄板1の角に位置する火打ち板3a,3bの頂角から火打ち板3a,3bの斜辺に下ろした垂線30a,30bが互いにずれている。換言すると、薄板1上で対角配置されている二枚の火打ち板3a,3bにおいて、火打ち板3a,3bの頂角の二等分線が互いにずれている。
【0042】
図4(A)及び(B)を参照すると、火打ち板3a,3bによって、薄板1は、垂線30a,30bの間の領域、すなわち、薄板1の対角線上に延在する有効幅Wの領域で、大きな荷重を負担することができる。また、薄板1の隅部に配置された火打ち板3a,3bと薄板1の全辺に配置される枠2との両方によって、薄板1が拘束されていることにより、薄板1の中央付近だけが局所的に表側又は裏側に向かって大きく突出することが防止され(面外変形の抑制)、薄板1の広い範囲が略波状に変形するようになる。これによって、薄板1の局所的な破壊が防止され、薄板1の耐力が向上され、薄板1による大きな地震エネルギーの吸収が期待される。
【0043】
なお、薄板1の厚み(t)ないし火打ち板3a,3b,3c,3dの斜辺の幅(有効幅Wに関係する)は、耐震パネル10に要求される耐力と、薄板1の材質に応じて定まる降伏荷重を考慮して、設定することが好ましい。
【0044】
図4(C)を参照して、薄板1の形状は長方形に限定されず、正方形でもよく、正方形の場合、対角配置された火打ち板3a,3b同士、火打ち板3c,3d同士がそれぞれ完全に対向してもよい。
【0045】
[全辺拘束の効果]
図5(A)及び(B)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルにおける全辺拘束効果を説明する図であって、(A)は、本発明の一実施例に関し、(B)は、比較例に関する。
【0046】
図5(A)を参照すると、実施例に係る薄板1は、矩形状であって、全辺が軸組みに拘束される。薄板1は、四隅に設けた火打ち板3の効果によって、対角線付近上の領域で、大きな荷重を負担することができる。加えて、薄板1は、薄板1の四辺が枠2によって拘束されていることにより、薄板1は、対角線付近上の領域以外の領域、すなわち、左側中間部、右側中間部、上側中間部及び下側中間部の領域も、荷重を負担することができる。さらに、火打ち板3a,3bと枠2の両方によって、薄板1が拘束されていることにより、薄板1の面外変形が抑制され、薄板1の広い範囲が略波状に変形するようになる。これによって、薄板1の局所的な破壊が防止され、薄板1の耐力が向上され、薄板1による大きな地震エネルギーの吸収が期待される。
【0047】
図5(B)を参照すると、比較例に係る薄板1は、対角線付近上の領域の外側の領域が切り抜かれて4箇所の窓が形成されて、側面拘束がされていない。これによって、薄板1は、対角線付近上の領域でしか、荷重を負担することができない。よって、比較例に係る薄板1は、実施例に係る薄板1に比べて、耐力が劣る。また、比較例に係る薄板1は、枠2による側面拘束がないため、薄板1の中央付近だけが局所的に表側又は裏側に向かって大きく突出する(面外変形の発生)。これによって、薄板1の局所的な破壊が発生しやすくなり、薄板1の耐力が低下する。なお、筋交いをX字状に交差させて軸組みの開口部に取り付けた場合も、図5(B)に示した薄板1を用いた場合と同様である。
【実施例2】
【0048】
本実施例においては、上述した本発明の一実施例に係る耐震パネル10を、社殿の軸組みに適用する例を説明する。図6は、本発明の一実施例に係る耐震パネルを社殿に装着する適用例を示す図であって、木造軸組構造を有する社殿を模式的示す正面図である。
【0049】
図6を参照すると、耐震パネル10は、下記に例示するように、社殿40の軸組み12の開口部13の様々な箇所に、図1に示したネジ6等を用いて装着することができる。
(1)社殿40の床下の軸組み12に耐震パネル10を装着する場合、耐震パネル10の下辺は、基礎を介して軸組み12に間接的に固定され、耐震パネル10の左右辺は、軸組み12の左右の柱に固定され、耐震パネル10の上辺は、軸組み12の梁に固定される。
(2)社殿40の床上の軸組み12に耐震パネル10を装着する場合、耐震パネル10の上下辺は、軸組み12の上下の梁に固定され、耐震パネル10の左右辺は、軸組み12の左右の柱に固定される。
(3)社殿40の天井下の軸組み12に耐震パネル10を装着する場合、耐震パネル10の上下左右辺は、軸組み12の一部を構成する欄間に固定される。
【0050】
なお、耐震パネル10は、軸組み12の全ての開口部13に装着しなくてもよく、一部の開口部13に装着しても、社殿40の耐震性を改善することができる。これによって、耐震パネル10が装着されていない開口部13から、社殿40の奥を見ることができるため、社殿40の外観が維持される。また、耐震パネル10を、例えば、欄間に装着する場合、枠2及び複数の火打ち板3を薄板1の表側に設け、枠2及び複数の火打ち板3の裏側と軸組み(欄間)12の表側との間で、薄板1が挟持されるよう、枠2を軸組み12に取り付けてもよい。
【0051】
図7(A)〜(C)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルの軸組みへの装着例を示す図である。図7(D)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルの表装例を示す図である。
【0052】
図7(A)を参照すると、耐震パネル10は、軸組み12の開口部13に挿入され、梁、柱、柱及び梁(又は基礎)にネジ6等によって固定される。図7(B)を参照すると、耐震パネル10は、欄間において、梁、柱、柱及び梁にネジ6等によって固定される。図7(C)を参照すると、軸組み12の幅広な開口部13に中間柱が立てられ、耐震パネル10は、梁、柱、中間柱及び梁(又は基礎)にネジ6等によって固定される。図7(D)を参照すると、耐震パネル10の表面及び/又は裏面には、格子戸が装着される。
【実施例3】
【0053】
上述した構造を有する、本発明の一実施例に係る耐震パネルの耐力試験を行った。本試験においては、耐震パネルを実際の建築物の軸組みを模擬した軸組みに装着し、軸組みや薄板に変形量を検出する検出器を取り付けた。そして、アクチュエータによって、軸組み及び耐震パネルに水平方向の荷重を印加して、耐震パネル(軸組み)の変形量と荷重の関係、及び、耐震パネルの薄板の変形状態などを調査した。
【0054】
[実験に用いた耐震パネル]
・SS鋼製耐震パネル 材質は全てSS400鋼
薄板 :厚さ1.2又は1.6mm、縦2240mm×横1250mm
枠 :正面幅40mm×奥行幅40mm×厚さ5mm×縦長2240mm×
横長1250mmのアングル状、
火打ち板:頂辺30mm×頂辺30mmの直角二等辺三角形状、厚さ4.5mm
・SUS鋼製耐震パネル 材質は全てSUS304鋼
薄板 :厚さ1.2mm、縦2240mm×横1250mm
枠 :正面幅40mm×奥行幅40mm×厚さ5mm×縦長2240mm×
横長1250mmのアングル状、
火打ち板:頂辺40mm×頂辺40mmの直角二等辺三角形状、厚さ5mm
【0055】
[試験1]
耐震パネル(SS鋼製、薄板の厚さ1.6mm)を、その上下左右の全辺で軸組みに拘束して耐力試験を行った。比較のため、同様の耐震パネルを、その側面(左右辺)を軸組みに拘束しないで耐力試験を行った。なお、側面拘束の効果を調べるため、いずれの耐震パネルとも、火打ち板を設けなかった。
【0056】
これらの耐力試験の結果、全辺拘束される耐震パネルは、側面拘束されない耐震パネルに比べて、破壊耐力が20%以上高かった。したがって、耐震パネルないし薄板の側面を含めた全辺を枠によって拘束することにより、耐震パネルの耐震性が向上することが確認された。さらに、薄板の厚さを1.2mmとして、上下左右の全辺で軸組みに拘束される耐震パネルの耐力試験を行ったところ、薄板を薄くしても同様に側面拘束及び全辺拘束の効果が得られることを確認した。
【0057】
[試験2]
図5(A)に示すように、四角形状であって窓や切り欠きのない矩形状(全面)な薄板を有する耐震パネルと、図5(B)に示すように、四箇所の窓(切り欠き)が形成されたX字状の薄板を有する耐震パネルと、を用いて、耐力試験を行った。用いた耐震パネルはいずれも、SUS鋼製であって、薄板の厚さは1.2mmとした。なお、いずれの耐震パネルとも、火打ち板を設けている。
【0058】
これらの耐力試験の結果、矩形状で全面な薄板を有する耐震パネルは、X字状の薄板を有する耐震パネルに比べて、破壊耐力が20%以上高かった。したがって、全面な薄板においては、火打ち板によって特に耐力等が向上される対角線付近上の領域の外でも、荷重が負担され、薄板全体として、さらに耐力等が向上されることが確認された。
【0059】
[試験3:耐震パネルの荷重−変形特性]
図5(A)に示すような、本発明の一実施例に係る耐震パネルに水平方向の荷重を印加して、耐震パネルやそれが装着された軸組みの変形を調べた。図8は、本発明の一実施例に係る耐震パネルの荷重−変位特性を示すグラフである。図8の変位角は、軸組みの水平方向変位量を階高で除したものである(変位角=軸組みの水平方向変位量/階高)。図9(A)及び(B)は、本発明の一実施例に係る耐震パネルの変形状態を示す写真であって、図9(A)は荷重印加前、図9(B)は荷重印加後の状態を示している。以下、図8並びに図9(A)及び(B)を参照して、本発明の一実施例に係る耐震パネルの荷重−変形特性、さらに、この耐震パネルによる社殿の耐震性改善を考察する。
【0060】
図8を参照すると、荷重−変位特性線の直線部分が薄板の弾性域に相当し、曲線部分が薄板の塑性域に相当し、ヒステリシスを示すループ内の面積が吸収できる地震エネルギーに相当する。本発明の一実施例に係る耐震パネルは、稀な地震(中地震)時の地震力に相当する荷重(約15kN)を受けても変位が小さく、高い復元力を示し、又極めて稀な地震(大地震)時の地震力に相当する領域の荷重(約50kN)を受けても、塑性変形しながらも変位は小さく、破壊しなかった。したがって、本発明の一実施例に係る耐震パネルは、薄板の弾性領域における耐力が高く、薄板の塑性領域におけるエネルギー吸収力も高いことが確認された。
【0061】
また、図9(B)の66.3kNの荷重印加後の写真を参照すると、極めて稀な大地震時の地震力に相当する荷重を受けた後でも、耐震パネルないし薄板は、全体として形状を維持している。また、薄板において、対角に配置された火打ち板に挟まれた領域(図5(A)参照)で、大きな張力場が発生していることから、この領域で、大きな地震力が吸収されたことが確認された。また、薄板は、波状に変形して、大きな面外変形は抑制されていた。なお、図9(B)の薄板においては、左上隅から右下隅に張力場が発生しているが、これは、水平方向荷重の方向に関係するものであり、写真時と反対方向に荷重を印加したときには、右上隅から左下隅に張力場が発生する。図8中、荷重−変形角曲線が横にスリップしている部分を参照して、このような張力場の逆転が発生しても、本発明の一実施例に係る耐震パネルは、耐力を維持した。
【0062】
次に、図8に示した荷重−変形特性を有する本発明の一実施例に係る耐震パネルを、伝統的木造建築である社殿の軸組みに装着することによる、社殿の耐震性改善を検討した。
【0063】
社殿の揺れの許容値は、建築基準法、神戸地震および“重文基礎診断実施要綱”(文化庁)を参照すると、変形角(rad)に関して、稀な地震時(中地震時)に対しては1/200、極めて稀な地震時(大地震時)に対しては1/30と、設定できる。
【0064】
[稀な地震時(中地震時)]
図8を参照すると、変形角1/200(=0.005)以上でも、本発明の一実施例に係る耐震パネルは、荷重の増加に対応して変形角が増加し、変形能力が高いから、本発明の一実施例に係る耐震パネルを軸組みに装着することによって、社殿の耐震性が改善されることがわかる。
【0065】
[極めて稀な地震時(大地震時)]
図8を参照すると、変形角1/30(=0.033)以上でも、本発明の一実施例に係る耐震パネルは、荷重の増加に対応して変形角が増加し、変形能力が高いから、本発明の一実施例に係る耐震パネルを軸組みに装着することによって、社殿の耐震性が改善されることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の耐震パネルは、軸組構造を有する構造物に装着され、特に、木造軸組からなる建築物に装着され、一般住宅、或いは、寺社などの伝統的木造建築物の軸組みにも装着される。
【符号の説明】
【0067】
1 薄板
1a 孔
1b 孔
2 枠
2a 孔
2b 孔
20 山型鋼(アングル型鋼)
21 一方の面(正面)
22 他方の面(上下左右の側面)
3 火打ち板
3a 左上隅の火打ち板
3b 右下隅の火打ち板
3c 左下隅の火打ち板
3d 右上隅の火打ち板
3e 孔
4 ボルト
5 ナット
6 ネジ(釘)
10 耐震パネル
12 軸組み
12a 梁
12b 柱
13 開口部
30a,30b 火打ち板の頂角から同斜辺に下ろした垂線
40 社殿(軸組み構造物、伝統的木造建築物)
W 有効幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸組構造を有する構造物の耐震性を改善するよう軸組みの開口部に挿入されて該軸組みに装着される耐震パネルであって、
所定値以下の大きさの揺れに対しては弾性変形し、該所定値を超える大きさの揺れに対しては塑性変形することにより前記軸組みに印加される地震エネルギーを吸収する矩形状の薄板と、
前記薄板の全辺に設けられ、前記軸組みに取り付けられることにより該薄板を全辺に亘って該軸組みに拘束させる枠と、
前記薄板の隅部にそれぞれ配置され、前記枠と一体化されると共に前記薄板と面接触する複数の火打ち板と、
を有する、ことを特徴とする耐震パネル。
【請求項2】
前記薄板は、前記薄板の隅部に配置された複数の火打ち板によって拘束される領域と、前記枠によって拘束される領域を有する請求項1記載の耐震パネル。
【請求項3】
前記枠及び複数の火打ち板は、前記薄板を挟持するよう該薄板の表裏両側に設けられる、請求項1又は2記載の耐震パネル。
【請求項4】
前記枠及び複数の火打ち板は、前記薄板の表側に設けられ、
前記枠及び複数の火打ち板の裏側と前記軸組みの表側との間で、前記薄板が挟持されるよう、該枠が該軸組みに取り付けられる、請求項1又は2記載の耐震パネル。
【請求項5】
前記薄板は、鋼板又はステンレス鋼板製である請求項1〜4のいずれか一に記載の耐震パネル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−19211(P2013−19211A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−154803(P2011−154803)
【出願日】平成23年7月13日(2011.7.13)
【特許番号】特許第4825940号(P4825940)
【特許公報発行日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(501061319)学校法人 東洋大学 (68)
【出願人】(000221535)東電工業株式会社 (25)
【Fターム(参考)】