説明

耐食導電性皮膜とその製造方法および耐食導電材

【課題】耐食性および導電性に優れる耐食導電性皮膜を提供する。
【解決手段】本発明の耐食導電性皮膜は、P、TiおよびOからなるアモルファス相を少なくとも一部に有してなる。この耐食導電性皮膜が基材表面に形成された耐食導電材は、従来になく優れた耐食性および導電性を発現する。特にTi原子比(Ti/Ti+P)が0.5〜0.8である場合やNが導入された場合、その耐食導電性皮膜の耐食性は、導電性を低下させることなく著しく向上する。本発明の耐食導電性皮膜は、腐食環境下で高い導電性が要求される電極等に用いられると好ましい。例えば、本発明の耐食導電性皮膜により表面が被覆された燃料電池用セパレータは、耐食性および導電性に優れて好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性または導電性に優れる耐食導電性皮膜とその製造方法およびその耐食導電性皮膜を基材の表面に有する耐食導電材(例えば燃料電池用セパレータ等に用いられる各種の電極材)に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池用の金属セパレータ等に代表されるように、最近では、耐食性と導電性とを高次元で両立できる部材が求められている。
【0003】
もっとも、それら特性を両立させる耐食導電材を得ることは容易ではない。例えば、Ti系またはステンレス系の金属材料は、表面に強固で安定な不働態皮膜を形成して優れた耐食性を発揮する。しかし、その不働態皮膜は安定な絶縁性化合物からなり、通常は非常に抵抗が大きく導電性に乏しい。このような事情のもと、耐食導電材に関する提案が下記特許文献等でなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−123850号公報
【特許文献2】特表2006−524896号公報
【特許文献3】特開2009−203519号公報
【特許文献4】特開2011−32507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、ステンレス鋼またはチタン合金等からなる基材に化学的に安定な貴金属めっき層を設けたセパレータを提案している。しかし、このような貴金属の使用は高コストである。また、貴金属の使用量を低減すると、密着性の悪化やめっき層の剥離などのおそれがある。さらに、基材がAl等の場合、めっき層のピンホール部分で局部電池が形成され、基材に孔食などの局部腐食が生じるおそれもある。
【0006】
特許文献2は、燃料電池の集電板をバルク凝固アモルファス合金製とすることを提案している。しかし特許文献1には、そのアモルファス合金が(Zr、Ti)a(Ni、Cu、Fe)b(Be、Al、Si、B)cを構成元素としていることは記載されているものの、その具体的な特性については何ら記載されていない。
【0007】
特許文献3は、鉄系金属材料の表面に形成され、耐食性および導電性に優れるFe−(Zr、Ti、Hf)酸化物層を提案している。しかし、その酸化物層は、接触抵抗が数十Ωから百数十Ωと高く、必ずしも導電性に優れるものではない。
【0008】
特許文献4は、オゾン水の電解生成用電極材を提案している。この電極材も貴金属である白金および銀の合金からなり、やはり高コストである。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、従来の皮膜等とは異なり、比較的低コストであり、優れた耐食性または導電性を示す耐食導電性皮膜およびその製造方法を提供することを目的とする。また、その耐食導電性皮膜を基材表面に有する耐食導電材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し試行錯誤を重ねた結果、Ti−P−Oからなるアモルファス相を有する皮膜が非常に優れた耐食性および導電性を発現することを新たに見出した。さらに窒化処理が施された皮膜は、さらに優れた耐食性および導電性を発現することも新たにわかった。本発明者はこれらの成果を発展させることで以降に述べる種々の発明を完成させるに至った。
【0011】
《耐食導電性皮膜》
(1)すなわち本発明の耐食導電性皮膜は、チタン(Ti)、リン(P)および酸素(O)からなるアモルファス相を少なくとも一部に有し、基材の少なくとも一部の表面に形成された耐食性または導電性に優れることを特徴とする。
【0012】
(2)本発明の耐食導電性皮膜は、優れた耐食性または導電性を発現し、貴金属元素などを必要としないので比較的安価に形成が可能であり、工業的な実用性が非常に高い。
【0013】
ところで、本発明の耐食導電性皮膜が優れた耐食性や導電性を発現するのは、それを構成するアモルファス相が化学的安定性に優れ、大きな電気(電子)伝導性を有するためと考えられる。もっとも、そのアモルファス相が何故、化学的安定性や電気伝導性に優れるのか、必ずしもその詳細は定かではない。現状では次のように考えられる。
【0014】
先ず、本発明のアモルファス相は、TiおよびPを構成元素としていることから、金属リン化物の特性と類似した電子電導性を発現していると考えられる。もっともTiとPとからなるアモルファス相の耐食性は、これまで殆ど着目されてこなかった。この理由として、例えば、Ni−Pのアモルファス相は酸化雰囲気でNiOを形成して耐食性が劣化することがよく知られているためと考えられる。
【0015】
これに対して本発明のアモルファス相は、理由は定かではないが、リン酸塩を形成し難いため、導電性のみならず優れた耐食性をも発現するようになったと考えられる。なお、本発明に係るアモルファス相の表面は、結晶性材料よりも表面が均質化されて滑らかである。この点も、結晶性材料のみからなる従来の皮膜よりも本発明の耐食導電性皮膜が耐食性に優れる理由の一つと思われる。
【0016】
(3)本発明の耐食導電性皮膜の耐食性および導電性は、高次元で同時に満足され得る。但し、本発明の耐食導電性皮膜は、耐食性または導電性の一方のみに特化したものでも良い。例えば、皮膜または部材の要求仕様に応じて、皮膜の組成や形成方法を適宜変更して、その耐食性または導電性のいずれか一方を他方に優先して高めたものでもよい。
【0017】
(4)本発明の耐食導電性皮膜は、その少なくとも一部に上記のアモルファス相を有すれば足る。このため本発明の耐食導電性皮膜は、非晶質構造の非晶質相(アモルファス相)と結晶構造の結晶相とが混在したものでもよい。さらにアモルファス相以外の部分は、構成元素が必ずしも上記のTi、PおよびOである必要もない。勿論、本発明の耐食導電性皮膜の全体がアモルファス相で構成されていると、より好ましいことはいうまでもない。
【0018】
《耐食導電材》
(1)本発明は、耐食導電性皮膜としてのみならず、基材の表面上にその耐食導電性皮膜を設けた耐食導電材としても把握される。すなわち、本発明は、基材と、該基材の少なくとも一部の表面に形成された本発明の耐食導電性皮膜と、からなることを特徴とする耐食導電材であってもよい。
【0019】
(2)本明細書でいう基材は、材質、形状、大きさ等を問わない。例えば、所定形状をした部材であってもよいし、これから加工、成形等される素材、粉末などでもよい。従って、本発明でいう耐食導電材は、本発明の耐食導電性皮膜を有する部材のみならず、素材または原料(粉末など)なども含み得る。
【0020】
また、本発明の耐食導電性皮膜が形成される限り、基材のベース(中核部分)は、Ti、Al、Fe(ステンレスを含む)、Mgなどの金属でも良いし、さらには樹脂、セラミック等でも良い。もっとも、基材自体が純チタン、チタン合金、ステンレスなどからなると、より耐食性に優れる耐食導電材が得られ易い。
【0021】
(3)上記の耐食導電材の一例として、例えば、固体高分子型燃料電池用セパレータがある。すなわち本発明は、中央に設けられた固体高分子電解質膜と該固体高分子電解質膜の一方側に接して設けられた燃料電極と該固体高分子電解質膜の他方側に接して設けられた酸化電極と該燃料電極および該酸化電極の外側に設けられたセパレータとからなる単位電池を積層してなり、該セパレータと該燃料電極との間に燃料ガスを供給すると共に該セパレータと該酸化電極との間に酸化剤ガスを供給して直流電力を発生させる固体高分子型燃料電池において、前記セパレータは、少なくとも一部の表面に上述した本発明の耐食導電性皮膜を有することを特徴とする固体高分子型燃料電池用セパレータとしても把握できる。
【0022】
《耐食導電性皮膜の製造方法》
本発明の耐食導電性皮膜(または耐食導電材)はその形成方法や製造方法等を問わないが、例えば、次のような本発明に係る方法により得られる。すなわち本発明の耐食導電性皮膜(または耐食導電材)は、ターゲットから蒸発させた原子を基材上に付着させてアモルファス相を形成するアモルファス相形成工程により得られると好適である。つまり、蒸着などの物理的気相成長法(PVD)を用いることで、アモルファス相を有する耐食導電性皮膜を比較的容易に形成可能となる。
【0023】
《その他》
(1)本明細書でいう「アモルファス相」は、適宜、「アモルファス層」といい得る。
【0024】
(2)本発明の耐食導電性皮膜は、Ti、PまたはO(さらにN)以外に、耐食導電性皮膜の特性を改善するか悪影響を与えない「改質元素」を含んでもよい。また、本発明の耐食導電性皮膜は、改質元素以外に「不可避不純物」を含有し得る。不可避不純物は、コスト的または技術的な理由等により除去することが困難な元素である。このような不可避不純物は、アモルファス相の構成元素の供給源などに元々含まれる場合の他、耐食導電性皮膜の形成時に不可避に混入等し得る。なお、ある耐食導電性皮膜から観れば不可避不純物であっても、別の耐食導電性皮膜から観れば改質元素となる場合もあり得る。
【0025】
(3)本明細書でいう「耐食性」は、酸性雰囲気下や酸化雰囲気下や高電位雰囲気下でも腐食しない耐酸性、高温酸素雰囲気下でも酸化されない耐酸化性など、いずれでもよい。この耐食性は、腐食速度、交換電流密度などにより指標される。
【0026】
「導電性」は、皮膜自体の電気抵抗が小さい場合でも、他の導電材と接触したときの接触抵抗が小さい場合でもよい。
【0027】
(4)特に断らない限り、本明細書でいう「x〜y」は、下限値xおよび上限値yを含む。さらに本明細書中に記載した数値やその「x〜y」に含まれる任意の数値を適宜組合わせて、新たな任意の数値範囲「a〜b」を構成し得る。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】各試料の原子比と交換電流密度の関係を示すグラフである。
【図2A】固体高分子型燃料電池の1セルを示す断面図である。
【図2B】固体高分子型燃料電池の1セルの分解斜視図である。
【符号の説明】
【0029】
S 試験片
F 固体高分子型燃料電池
1 固体高分子電解質膜
2 燃料電極
3 酸化電極
5 セパレータ
【発明を実施するための形態】
【0030】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。本明細書で説明する内容は、本発明に係る耐食導電性皮膜のみならず耐食導電材、それらの製造方法等にも該当し得る。本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を、上述した本発明の構成要素に付加することができる。プロダクトバイプロセスとして理解すれば、製造方法に関する内容も耐食導電性皮膜や耐食導電材に関する構成要素ともなり得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0031】
《アモルファス相》
(1)組成
本発明の耐食導電性皮膜は、アモルファス相を有することにより優れた耐食性または導電性を発現し得る。このアモルファス相は、Ti、PおよびO(これら元素を適宜「基本元素」という。)を必須元素とする。これらの組成範囲は特に限定されない。上記の基本元素を有するアモルファス相である限り、広い組成範囲で優れた耐食性または導電性を示し得ると考えられる。
【0032】
もっとも、Ti、PおよびOを基本元素とするアモルファス相(適宜「Ti−P−Oアモルファス相」という。)は、アモルファス相全体を100原子%(単に「%」という。)としたときに、Pが5〜50%さらには12〜35%、Oが5〜50%さらには7〜30%、残部がTiと不可避不純物および/または改質元素であると好適である。なお、敢えていうと、Tiは10〜80%さらには20〜75%であると好適である。これら基本元素はいずれも、過少または過多になると、耐食導電性皮膜の耐食性または導電性が低下し得る可能性がある。
【0033】
本発明に係るアモルファス相は、特に、Tiの原子数とPの原子数との合計に対するTiの原子数の割合であるTi原子比(Ti/Ti+P)が0.5〜0.8さらには0.66〜0.72であると、高導電性を維持しつつ、耐食性をより向上させることができる。
【0034】
さらに、このアモルファス相が窒素(N)を含む場合(このアモルファス相を適宜「Ti−P−O−Nアモルファス相」という。)、本発明の耐食導電性皮膜はTi−P−Oアモルファス相からなる耐食導電性皮膜よりも、さらに優れた耐食性を発揮し得る。
【0035】
この傾向は、アモルファス相中で、Tiの原子数とNの原子数との合計に対するNの原子数の割合であるN原子比(N/Ti+N)が0.3〜0.7さらには0.4〜0.6のときに顕著である。
【0036】
なお、本発明のアモルファス相は、前述したように種々の改質元素を含み得る。このような改質元素として、例えば、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、クロム(Cr)、バナジウム(V)、ボロン(B)などがあり得る。
【0037】
(2)構造
アモルファス相は、明確な結晶構造をとらないため、基本的に均質的または等方的である。このため、腐食の起点などになる結晶粒界や格子欠陥などがほとんどなく、耐食性の向上が図られる。
【0038】
もっとも本発明でいうアモルファス相は、X線回折装置(XRD)で強い回折が検出されない程度であれば足る。つまり本発明のアモルファス相は、結晶構造を完全にもたない非晶質でも、XRDで弱い回折が検出される潜晶質でもよい。
【0039】
またアモルファス相は、最表層から基材に至る厚さ方向に関して組成範囲が変化してもよい。またアモルファス相の領域によって組成範囲が変化してもよい。
【0040】
本発明の耐食導電性皮膜は、基材の表面を薄く被覆するだけで十分な耐食性または導電性を発現し得る。具体的には、耐食導電性皮膜の厚さ(特にアモルファス相の厚さ)は、10〜1000nmさらには50〜300nmでも十分である。
【0041】
《耐食導電性皮膜》
本発明の耐食導電性皮膜は、アモルファス相を少なくとも一部に有し、基材の少なくとも一部の表面に形成されたものである。この耐食導電性皮膜は、組成の異なるアモルファス相が多層に積層されたもので良い。なお、基材の表面にアモルファス相の下地層または支持層となる中間層を設けてもよい。この場合、アモルファス相とそれらの中間層とを含めて本発明の耐食導電性皮膜と考えることができる。中間層として、例えば結晶構造をもつTiP層がある。
【0042】
このTiP層は、それ自体が導電性を備えている。また、そのTiP層が何らかの原因で腐食環境下に露出しても、その表面には耐食性を有するTi−P−O皮膜が形成される。このため仮に本発明のアモルファス相が欠如または変態しても、本発明の皮膜の耐食導電性は確保され得る。従って、このような中間層をアモルファス相の下層に設けると、本発明の皮膜は一層安定した耐食導電性を発現し得る。
【0043】
《製造方法》
(1)アモルファス相形成工程
アモルファス相の形成には、基本元素の供給が必要である。この基本元素の供給は、基材とは独立した供給源から供給されてもよいし、基材側から基本元素の一部が供給されてもよい。基材と独立した供給源から基本元素が供給されると、種々の基材上に、所望組成の耐食導電性皮膜を形成し易くなって好ましい。
【0044】
アモルファス相の形成方法は問わない。例えば、スパッタ法(スパッタリング)、蒸着法(PVD)、反応性雰囲気下での蒸着法(CVDまたはPVD+CVD)を用いることができる。基材の材質・形態・特性、アモルファス相の組成、耐食導電性皮膜の厚さなどを考慮して適切な方法が選択される。そのなかでも、均一なアモルファス相を効率的に形成できる蒸着法、特に物理気相蒸着(PVD)法が好ましい。
【0045】
PVDは、真空中で、蒸着原料(ターゲット)から発生させたアモルファス相の基本元素を基材表面に付着させる方法である。ターゲットのアブレーション(気化、昇華、剥離など)には、抵抗加熱、電子ビーム、高周波誘導、レーザーなどを用いることができる。
【0046】
真空チャンバー内に設置したターゲットに、チャンバー外部からレーザー光を照射して、ターゲットから発生させた基本元素の原子を基材上に堆積させるパルスレーザーデポジション(PLD)法を用いてもよい。PLDを用いると、ターゲットアモルファス相との成分元素のずれが少なく、所望組成のアモルファス相を有する耐食導電性皮膜を形成し易い。また(アブレーション)レーザーパルス数を調整することで、成膜速度の精密な制御が可能である。
【0047】
また、スパッタ法や蒸着法等で用いるターゲットは、形成されるアモルファス相ひいては耐食導電性皮膜の組成や均一性などに影響を与え得る。本発明のように、アモルファス相からなる耐食導電性皮膜を成膜する場合、放電プラズマ焼結(SPS)法により得られたターゲットを用いると好ましい。ちなみにSPSは、ターゲットとなる原料粉末の圧粉体の粒子間隙へ、低電圧でパルス状の大電流を投入し、粒子間に瞬時に発生する放電プラズマエネルギーにより、各粒子間を焼結させる方法である。
【0048】
(2)窒化工程
耐食導電性皮膜へのNの導入は、ガス窒化、イオン窒化、塩浴窒化などの窒化法により行える。さらには、PVD雰囲気に窒化を導入しても、耐食導電性皮膜へNを導入することができる。
【0049】
《用途》
本発明の耐食導電性皮膜の用途は特に限定されず、種々の物へ利用が考えられる。また、この耐食導電性皮膜を基材上に有する耐食導電材は、最終製品またはそれに近い形態に限らず、中間材や粉末等の原料的なものであってもよい。耐食導電材の好例は、前述した固体高分子型燃料電池用セパレータ等、腐食環境下で使用される電極等の通電部材などである。
【実施例】
【0050】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《試料の製造》
(1)アルミナシリカガラスからなるガラス基板(基材)を用意した。これら基板上に、マグネトロンスパッタ法を用いて、皮膜を成膜した(アモルファス相形成工程)。このとき用いたターゲットを構成するTiおよびPの原子割合(Ti原子比:Ti/Ti+P)を表1および表2に示した。
【0051】
ターゲットは、TiP粉末(10〜100μm)とTi粉末(10〜100μm)の配合を種々調整した混合粉末から製造した。この際、混合粉末は揺動混合器を用いて均一に混合した。なお、皮膜中に含まれるOは、それら原料粉末の粒子表面に付着している酸素(酸化物)またはスパッタ雰囲気に導入した酸素により供給されたものである。もちろん、O供給源として、酸化チタン粉末等を用いてもよい。
【0052】
マグネトロンスパッタは、100W、1時間、0.5Paの条件下で、スパッタガスにAr、雰囲気調整ガスに酸素または窒素を用いて行った。
【0053】
(2)さらに、一部の試料(試料No.B1〜B6)には、成膜後の基板に窒化処理を施した(窒化工程)。この窒化処理は、試験片を850℃のアンモニアガス雰囲気中に2時間おいて行った。
【0054】
こうしてガラス基板上に成膜した表1および表2に示す各試料を製造した。
【0055】
《皮膜の観察》
(1)表1および表2に示した一部の試料について、ラザフォード後方散乱分析(RBS)により皮膜の組成分析を行った。このときの測定は、イオン種:He、イオンエネルギー:1.8MeV、散乱角:160°、散乱槽の真空度:3×10−6Torrの条件下で行った。その結果を表1および表2に併せて示した。また、それらの分析結果に基づいて求めた原子比も表1および表2に併せて示した。
【0056】
(2)各試料の皮膜の結晶構造をX線回折装置(XRD)で解析した。いずれの場合も、シャープなピークが現れず、各皮膜はアモルファス状であることが確認された。
【0057】
(3)いずれの試料の皮膜も金属光沢を示しており、ガラス基板との段差から求めた厚さはいずれも約160nm程度であった。
【0058】
《耐食性・導電性》
(1)ガラス基板上に成膜された各皮膜の交換電流密度を測定した。具体的には、硫酸(HSO)の1規定度(H:1mol/L)の水溶液(1NHSO:pH〜0)中に紳士した試料(皮膜)のアノード分極を測定した。この際の掃引速度は50mV/分とし、参照電極には飽和塩化銀電極(SSE:Ag/AgCl/飽和KCl水溶液)を用いた。これにより得られた結果を表1および表2に併せて示した。なお、いずれの試料も、印加電圧が増加しても電流密度が安定していた。
【0059】
(2)各試料の皮膜の体積抵抗率を四端子法で測定した。いずれも体積抵抗率は1〜10(×10−6Ω・m)であった。
【0060】
《評価》
表1および表2に基づき、各皮膜中のTi原子比(Ti/Ti+P)と交換電流密度との関係を図1に示した。表1、表2および図1から明らかなように、いずれの試料も優れた耐食性および導電性を示していることがわかる。
【0061】
特に、窒化処理を施さない試料(Ti−P−Oアモルファス相)の場合、皮膜(アモルファス相)中のTi原子比が0.66〜0.75のときに、交換電流密度が急激に低下して非常に高い耐食性を発現することがわかった。なお表1から、この皮膜中のTi原子比は、ターゲット中のTi原子比とほぼ同じになった。
【0062】
窒化処理した試料(Ti−P−O−Nアモルファス相)の場合、腐食速度に比例する交換電流密度が一層低下して、さらに優れた耐食性を示した。この耐食性は、上記の原子比の増加と共に向上する傾向にあることもわかった。しかも、皮膜中のN原子比(N/Ti+N)が0.05〜0.6の広い範囲で変化しても、その耐食性は安定していた。ちなみに表2から、皮膜中にNが導入されることにより、皮膜中のTi原子比はターゲット中のTi原子比より5〜10%程度低くなった。
【0063】
《固体高分子型燃料電池》
本発明に係る耐食導電性皮膜または耐食導電材の一実施形態として、チタン基板の表面に耐食導電性皮膜を形成した固体高分子型燃料電池用セパレータを備える固体高分子型燃料電池を図2Aおよび図2Bに示す。
【0064】
固体高分子型燃料電池は、分子中にプロトン交換基をもつ固体高分子電解質膜がプロトン導電性電解質として機能することを利用したものである。具体的には図2A、図2Bに示すように、固体高分子型燃料電池Fは、固体高分子電解質膜1の両側にそれぞれ酸化電極2と燃料電極3が接合されている。さらに、それら電極の外側に、ガスケット4を介しセパレータ5が配置される。酸化電極2側のセパレータ5には空気供給口6と空気排出口7が設けられ、燃料電極3側のセパレータ5には水素供給口8と水素排出口9が設けられる。
【0065】
セパレータ5には、水素g及び空気oの導通及び均一分配のため、水素g及び空気oの流動方向に延びる複数の溝10が形成されている。また、給水口11から送り込んだ冷却水wはセパレータ5の内部を循環した後、排水口12から排出させる。このセパレータ5に内蔵された水冷機構により、発電時の発熱に依る固体高分子電解質膜等の過熱が抑制される。
【0066】
水素供給口8から燃料電極3とセパレータ5との間隙に送り込まれた水素gは、電子を放出したプロトンとなって固体高分子電解質膜1を透過し、酸化電極2とセパレータ5との間隙を通過する空気o中の酸素と反応して燃焼する。そして、酸化電極2と燃料電極3との間の負荷に電力が供給され得る。
【0067】
一般的に燃料電池は、1セル当りの発電量が極く僅かである。このため、一対のセパレータ5、5間を1単位としたセルを複数積層することで、所望の出力(電力量)が確保される。もっとも、多数のセルを積層した場合、セパレータ5と各電極2、3との間の接触抵抗が大きくなり、電力損失も大きくなって、固体高分子型燃料電池Fの発電効率が低下し易い。
【0068】
ここで本実施例のセパレータ5は、その表層に導電性に優れた耐食導電性皮膜を有するため、その耐食性が確保されつつも、酸化電極2および燃料電極3との間の接触抵抗が低減される。従って、本実施例に係る耐食導電材を用いれば、加工性や耐衝撃性等に優れると共に、耐食性と導電性の両立を図った固体高分子型燃料電池用セパレータが容易に得られる。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン(Ti)、リン(P)および酸素(O)からなるアモルファス相を少なくとも一部に有し、基材の少なくとも一部の表面に形成された耐食性または導電性に優れることを特徴とする耐食導電性皮膜。
【請求項2】
前記アモルファス相は、全体を100原子%(単に「%」という。)としたときに、P:5〜50%、O:5〜50%およびTi:10〜80%である請求項1に記載の耐食導電性皮膜。
【請求項3】
前記アモルファス相は、Tiの原子数とPの原子数との合計に対するTiの原子数の割合であるTi原子比(Ti/Ti+P)が0.5〜0.8である請求項1または2に記載の耐食導電性皮膜。
【請求項4】
前記アモルファス相は、さらに窒素(N)を含む請求項1〜3のいずれかに記載の耐食導電性皮膜。
【請求項5】
前記アモルファス相は、Tiの原子数とNの原子数との合計に対するNの原子数の割合であるN原子比(N/Ti+N)が0.3〜0.7である請求項4に記載の耐食導電性皮膜。
【請求項6】
ターゲットから蒸発させた原子を基材上に付着させてアモルファス相を形成するアモルファス相形成工程を有し、
請求項1〜5のいずれかに記載した耐食導電性皮膜を該基材上に形成することを特徴とする耐食導電性皮膜の製造方法。
【請求項7】
さらに、前記耐食導電性皮膜に窒化処理を施す窒化工程を備える請求項6に記載の耐食導電性皮膜の製造方法。
【請求項8】
基材と、
該基材の少なくとも一部の表面に形成された請求項1〜5のいずれかに記載の耐食導電性皮膜と、
からなることを特徴とする耐食導電材。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【公開番号】特開2012−246559(P2012−246559A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−121276(P2011−121276)
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】