説明

耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼およびその製造方法、ならびに固体高分子型燃料電池セパレータおよび固体高分子型燃料電池

【課題】接触抵抗が低く、かつCrが過不動態溶解する電位域における耐食性を確保することが可能であり、固体高分子型燃料電池セパレータとして好適な耐食性および電気伝導性に優れたステンレス鋼を提供すること。
【解決手段】質量%で、C:0.001〜0.05%、Si:0.001〜0.5%、Mn:0.001〜1.0%、Al:0.001〜0.5%、N:0.001〜0.05%、Cr:17〜23%、Mo:0.1%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、その表面に、弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度を[HF]、硝酸濃度を[HNO]と表した場合に、[HF]≧[HNO]の関係を有する浸漬処理溶液に浸漬することで得られた皮膜を有する耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メッキなどの表面処理を施さずに鋼表面そのままで耐食性、電気伝導性に優れるフェライト系ステンレス鋼およびその製造方法、ならびにそれを用いた固体高分子型燃料電池セパレータおよびそのようなセパレータを使用した固体高分子型燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、発電効率に優れ、COを排出しない燃料電池の開発が進められている。燃料電池には使用される電解質の種類により、りん酸型燃料電池、固体電解質型燃料電池、固体高分子型燃料電池などがある。その中でも、固体高分子型燃料電池は100℃以下の低温で動作可能であり、短時間で起動でき、小型化に適しているため、家庭用の定置型発電機、燃料電池車の搭載用電源などに利用されている。
【0003】
固体高分子型燃料電池では、固体高分子膜をセパレータで挟んだセルを多数直列に重ねることで必要な電力を得ている。このセパレータには、良好な電気伝導性と高電位での耐食性が必要であるため、従来、黒鉛が使用されているが、黒鉛は衝撃に弱く、水素などを流す流路の加工に手間がかかるという問題がある。そのため、衝撃に強く、加工も容易なステンレス鋼のセパレータへの適用が検討されている。
【0004】
しかし、ステンレス鋼は、その表面に不動態皮膜が形成されているため、接触抵抗が高く、そのままでは燃料電池のセパレータとしては使用することは難しい。
【0005】
その問題を解決するため、ステンレス鋼の不動態皮膜に着目し、その改質によって接触抵抗を低減することが検討されている(例えば特許文献1〜3)。
【0006】
特許文献1には、鋼の組成が質量%でC≦0.03%、N≦0.03%、20%≦Cr≦45%、0.1%≦Mo≦5.0%であり、不動態皮膜に含有されるCrとFeの原子数比Cr/Feが1以上であることを特徴とする固体高分子型燃料電池セパレータ用ステンレス鋼が開示されている。
【0007】
特許文献2には、鋼の組成が質量%で15%≦Cr≦40%、1%≦Mo≦5%であり、不動態皮膜に含まれるMo、Cr、Feの原子数比Mo/(Mo+Cr+Fe)が0.3以下で、かつ、基材のMo/(Mo+Cr+Fe)の1.5倍以上であることを特徴とする固体高分子型燃料電池用ステンレス鋼製セパレータが開示されている。
【0008】
特許文献3には、鋼の組成が質量%で16%≦Cr≦40%、1%≦Mo≦5%であり、0.01〜1μmのマイクロピットが表面全域に形成されており、不動態皮膜に含まれるCr、Feの原子数比Cr/Feが4以上である固体高分子型燃料電池用セパレータが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−149920号公報
【特許文献2】特開2006−253107号公報
【特許文献3】特開2008−91225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、これらの方法を用いても、燃料電池が発電中に到達する可能性がある、Crが過不動態溶解する電位域における耐食性は必ずしも確保できないという問題がある。
【0011】
具体的には、特許文献1の技術では、Crの含有量、Moの含有量が多いためCrが過不動態溶解する電位域(例えば、pH3の硫酸溶液中で、電位が1.0V(vs.SHE)の環境)でのイオン溶出が激しく、燃料電池が発電中にその電位域まで到達した場合に電解質膜の性能低下を引き起こすという問題が残る。また特許文献2の技術では、不動態皮膜にMoを含有させることで不動態皮膜を薄い状態のまま維持し、接触抵抗を長期間にわたって低位に維持しているが、燃料電池の起動時には高電位の酸化性環境となるため不動態皮膜中のMoが溶解し、頻繁に起動・停止が行われる自動車用途などの燃料電池の環境では薄い不動態皮膜を維持できなくなるという問題が残る。さらに特許文献3の技術では、マイクロピットの形成によりカーボンペーパーとの接触面を増加させているが、不動態皮膜中にCrが濃化しており、かつ、マイクロピットの形成により表面積が増加しているため、Crが過不動態溶解する電位域では不動態皮膜からのイオン溶出が多いという問題が残る。
【0012】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、接触抵抗が低く、かつCrが過不動態溶解する電位域における耐食性を確保することが可能であり、固体高分子型燃料電池セパレータとして好適な耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼およびその製造方法、ならびにそれを用いた固体高分子型燃料電池セパレータおよびそのようなセパレータを使用した固体高分子型燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、フェライト系ステンレス鋼の組成や酸への浸漬が接触抵抗や過不動態溶解に対して及ぼす影響について検討した。その結果、組成を特定組成とした上で、特定の酸を主体とする浸漬処理の溶液に浸漬して不動態皮膜を改質することにより、低い接触抵抗を確保しつつ、Crが過不動態溶解する電位域における耐食性を確保することができることを見出した。
【0014】
本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、以下の(1)〜(13)を提供する。
【0015】
(1) 質量%で、C:0.001〜0.05%、Si:0.001〜0.5%、Mn:0.001〜1.0%、Al:0.001〜0.5%、N:0.001〜0.05%、Cr:17〜23%、Mo:0.1%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、その表面に、弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度を[HF]、硝酸濃度を[HNO]と表した場合に、以下の式[1]の関係を有する浸漬処理溶液に浸漬することで得られた皮膜を有することを特徴とする、耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
[HF]≧[HNO] …[1]
【0016】
(2) 前記浸漬処理溶液中の弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]とが、下記の式[2]の関係を満たすことを特徴とする、(1)に記載の耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
[HF]≧2.5[HNO] …[2]
【0017】
(3) 前記皮膜に含まれるFeに対するMnの原子数の比Mn/Feが0.01以下であることを特徴とする、(1)または(2)に記載の耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【0018】
(4)さらに質量%で、Ti:0.6%以下、Nb:0.6%以下、Zr:0.6%以下、Cu:1.00%以下、Ni:1.00%以下のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする、(1)〜(3)のいずれかに記載の耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【0019】
(5)さらに質量%で、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Ca:0.1%以下、Mg:0.1%以下、REM(Rare Earth Metals):0.1%以下、B:0.1%以下のうち、1種または2種以上を含有することを特徴とする、(1)〜(4)のいずれかに記載の耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【0020】
(6) (1)〜(5)のいずれかのフェライト系ステンレス鋼で形成された固体高分子型燃料電池セパレータ。
【0021】
(7) (1)〜(5)のいずれかのフェライト系ステンレス鋼をセパレータとして用いた固体高分子型燃料電池。
【0022】
(8) (1)、(4)、または(5)に記載の化学組成のステンレス鋼の冷延板または冷延焼鈍板を、弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度[HF]および硝酸濃度[HNO]の関係が[HF]≧[HNO]となるように調整した浸漬処理溶液を用いて浸漬処理を行うことを特徴とする、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【0023】
(9) 前記浸漬処理溶液中の弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]とが、下記の式[2]の関係を満たすことを特徴とする、(8)に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
[HF]≧2.5[HNO] …[2]
【0024】
(10) 弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]が[HF]≧[HNO]の関係を満たす浸漬処理溶液を用いて浸漬処理されるフェライト系ステンレス鋼であって、質量%で、C:0.001〜0.05%、Si:0.001〜0.5%、Mn:0.001〜1.0%、Al:0.001〜0.5%、N:0.001〜0.05%、Cr:17〜23%、Mo:0.1%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。
【0025】
(11)前記浸漬処理溶液中の弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]とが、下記の式[2]の関係を満たすことを特徴とする、(10)に記載のフェライト系ステンレス鋼。
[HF]≧2.5[HNO] …[2]
【0026】
(12) さらに質量%で、Ti:0.6%以下、Nb:0.6%以下、Zr:0.6%以下、Cu:1.00%以下、Ni:1.00%以下のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする、(10)または(11)に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【0027】
(13) さらに質量%で、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Ca:0.1%以下、Mg:0.1%以下、REM(Rare Earth Metals):0.1%以下、B:0.1%以下のうち、1種または2種以上を含有することを特徴とする、(10)から(12)のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、めっき等の表面処理を行わずに、長時間の発電の間も接触抵抗の増加を抑制し、かつ、Crが過不動態溶解する電位域における耐食性を確保することが可能である、固体高分子型燃料電池セパレータとして好適なステンレス鋼が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】弗硝酸浸漬後の接触抵抗におよぼす弗酸濃度および硝酸濃度の影響を示す図である。
【図2】過不動態溶解をおこす電位域における耐久試験後の接触抵抗におよぼす鋼のCr含有量とMo含有量の影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼は、特定組成を有し、その表面に、弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度を[HF]、硝酸濃度を[HNO]と表した場合に、以下の式[1]の関係を有する浸漬処理溶液に浸漬することで得られた皮膜を有する。
[HF]≧[HNO] …[1]
さらに、下記の式[2]の関係を満たすことがより好ましい。
[HF]≧2.5[HNO] …[2]
なお、本発明において、弗硝酸とは、硝酸と弗酸の混合液を示す。また、本発明における弗酸濃度[HF]、硝酸濃度[HNO]は、質量%で規定するものである。さらに、[HNO]は0を含む。
【0031】
本発明者らは、種々の組成をもつフェライト系ステンレス鋼を塩酸、硫酸、弗硝酸などの各種酸に浸漬し、接触抵抗の低下が起こる条件を検討した。その結果、所定の組成のフェライトステンレス鋼を、上述のように弗酸濃度[HF]≧硝酸濃度[HNO]を満たす浸漬処理溶液へ浸漬することにより不動態皮膜を改質して得られた皮膜が、接触抵抗を低下させ、固体高分子型燃料電池セパレータとして好適な値となることが明らかとなった。
【0032】
このような知見は、後述する実施例1から導かれたものである。すなわち、実施例1をまとめた図1から、
1)弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]とが、上記(1)式の関係、すなわち[HF]≧[HNO]を満たす浸漬処理溶液に浸漬することで接触抵抗が目標値である20mΩ・cmを下回る。
2)さらに上記(2)式の関係、すなわち[HF]≧2.5[HNO]を満たす浸漬処理溶液に浸漬することで、より一層接触抵抗が低下し、10mΩ・cmを下回る値となる。
といった点が導かれ、この結果に基づいて本発明では、固体高分子型燃料電池セパレータとして適用可能な接触抵抗を得るために、上記(1)式を満たす浸漬処理溶液に浸漬することで形成された皮膜を有することを要件とし、より好ましい条件として、上記(2)式を満たす浸漬処理溶液に浸漬することで得られた皮膜を有することとする。
【0033】
また、弗酸または弗硝酸を主体とするという意味は、浸漬処理溶液には、弗酸と硝酸のほか、塩酸、硫酸、有機酸、酸洗促進剤、酸洗抑制剤などを含有させてもよいということである。それらを含有する場合の含有量は、塩酸、硫酸、有機酸はそれぞれ20質量%以下、合計で50質量%以下とすることが好ましい。酸洗促進剤、酸洗抑制剤の場合は、それぞれ3.0体積%以下とすることが好ましい。
【0034】
次に、本発明に係る固体高分子型燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の成分組成について説明する。本発明に係るステンレス鋼は、各成分が以下の範囲であるフェライト系ステンレス鋼である。なお、成分に関する「%」表示は特にことわらない限り質量%を意味するものとする。
【0035】
・Cr:17〜23%
Crはステンレス鋼の耐食性を決定付ける重要な元素であり、電位が不動態域にある場合にはCr含有量が多いほど耐食性は良好である。燃料電池セパレータの使用環境は通常は不動態域にあり、そこでの高い耐食性が求められるが、Cr含有量が17%未満では十分な耐食性が確保できず、長時間の発電により接触抵抗が増加する。一方、発明者らが、過不動態域(例えば、pH3の硫酸溶液中で、電位が1.0V(vs.SHE)の環境)における定電位保持試験を行い、定電位保持試験後の接触抵抗を評価した結果、鋼中のCr含有量が増加すると過不動態溶解が促進される傾向が確認された。すなわち、電位が過不動態域にまで上昇した場合、Crが6価のイオンとなって溶出するため、Cr含有量が多いほど過不動態溶解が促進されるのである。過不動態溶解が促進されることで、不動態皮膜の成長、あるいは、腐食生成物の形成が助長され、接触抵抗が増加する。また、Crイオン溶出は燃料電池の電解質膜の性能を低下させる。このような過不動態溶解の促進は、Cr含有量が23%超えとなると顕著となる。以上から、鋼中のCr含有量を17〜23%とする。より好ましくは20〜22%未満である。
【0036】
・Mo:0.1%以下
Moは一般的にはステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。その効果を得るためには、0.005%以上が好ましい。しかし、同一Cr含有量では、鋼中にMoを0.1%を超えて含有するステンレス鋼は含有しないステンレス鋼と比較して過不動態域における定電位保持試験を行った後の接触抵抗の増加がより顕著となることが明らかとなった。16〜21%のCrを含有するステンレス鋼を用いて、60℃の12%HF+4%HNO溶液に60sec浸漬し、耐久試験としてpH3の硫酸溶液中で、1.0V(vs. SHE)にて、1hの定電位保持試験を行い接触抵抗を測定した。その結果を図2に示す。Cr含有量が17%以上のステンレス鋼ではMoが0.1%以下においては、接触抵抗が目標値の20mΩ・cm以下となったが、鋼中にMoを0.1%超えて含有することで、接触抵抗の増加が顕著となることが明らかとなった。これは0.1%を超えるMoを含有したことで過不動態溶解が促進されたために、接触抵抗の増加が顕著になったと考えられる。よってMo含有量は少ないほうが望ましく、その含有量を0.1%以下とする。より好ましくは0.08%以下である。一層好ましくは0.02%未満である。
【0037】
・C:0.001〜0.05%
Cはステンレス鋼に不可避的に含まれる元素であり、固溶強化により鋼の強度を上昇させる効果がある。その効果は0.001%未満では得られない。一方で、含有量が多くなるとCr炭化物の析出を促進してCr炭化物周囲の地鉄のCr含有量を局所的に減少させ、ステンレス鋼の耐食性を低下させる。そしてその傾向は0.05%を超えると顕著になる。よってC含有量を0.001〜0.05%とする。より好ましくは0.002〜0.04%である。
【0038】
・Si:0.001〜0.5%
Siは脱酸に有用な元素であり、その効果は0.001%以上で得られる。しかし、過剰に含有させると加工性が低下し、セパレータの成型加工を困難にする。その傾向は0.5%を超えると顕著となる。よってSi含有量を0.001〜0.5%とする。より好ましくは、0.002〜0.4%である。
【0039】
・Mn:0.001〜1.0%
Mnは鋼中に不可避的に混入する元素であり、鋼の強度を高める効果がある。その効果は0.001%未満では得られない。しかし、MnSを析出し腐食の起点となるため、過剰に含有させると耐食性が低下する。また、不動態皮膜中に存在することによって接触抵抗を増加させる傾向が確認された。これらの悪影響は1.0%を超えると顕著となる。よって、Mn含有量を0.001〜1.0%とする。より好ましくは、0.002〜0.8%である。
【0040】
・Al:0.001〜0.5%
Alは脱酸に有用な元素であり、その効果は0.001%以上で得られる。しかし、0.5%を超えて過剰に含有させると加工性が低下しセパレータの成型加工を困難にするうえ、酸化被膜を形成した場合に酸洗による脱スケールが困難となるため、製造性が低下する。よって、Al含有量を0.001〜0.5%とする。より好ましくは、0.002〜0.4%である。
【0041】
・N:0.001〜0.05%
NはCと同様にステンレス鋼に不可避的に含まれる元素であり、固溶強化により鋼の強度を上昇させる効果がある。さらに、鋼中に固溶することで耐食性を向上する効果もある。それらの効果は0.001%未満では得られない。一方で、含有量が0.05%を超えるとCr窒化物を析出してステンレス鋼の耐食性を低下させる。よって、N含有量を0.001から0.05%とする。より好ましくは0.002〜0.04%である。
【0042】
以上の必須成分に加え、以下の元素を適宜含有させることができる。
・Ti:0.6%以下
TiはC,Nと優先的に結合してCr炭窒化物の析出による耐食性の低下を抑制する元素である。しかし、0.6%を超えると加工性が低下するとともに、Ti炭窒化物が粗大化し、表面欠陥を引き起こす。よってTiを含有させる場合には、その含有量を0.6%以下とする。上記効果は0.01%以上でより有効に発揮されるため、好ましくは0.01〜0.6%である。より好ましくは0.05〜0.4%である。
【0043】
・Nb:0.6%以下
NbはC,Nと優先的に結合してCr炭窒化物の析出による耐食性の低下を抑制する元素である。しかし、0.6%を超えると熱間強度が増加して熱間圧延の負荷が増大するため、製造が困難となる。よってNbを含有させる場合には、その含有量を0.6%以下とする。上記効果は0.01%以上でより有効に発揮されるため、好ましくは0.01〜0.6%である。より好ましくは0.05〜0.4%である。
【0044】
・Zr:0.6%以下
ZrはC,Nと優先的に結合してCr炭窒化物の析出による耐食性の低下を抑制する元素である。しかし、0.6%を超えると加工性が低下する。よってZrを含有させる場合には、その含有量を0.6%以下とする。上記効果は0.01%以上でより有効に発揮されるため、好ましくは0.01〜0.6%である。より好ましくは0.05〜0.4%である。
【0045】
・Cu:1.00%以下
Cuはステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。しかし、過剰の含有は、金属イオンの溶出を増加させ燃料電池の電解質膜の性能を低下させるため好ましくなく、その傾向は1.00%を超えることで顕著となる。よって、Cuを含有させる場合には、その含有量を1.00%以下とする。上記効果は0.05%以上でより有効に発揮されるため、好ましくは0.05〜1.00%である。より好ましくは、0.2〜0.8%である。
【0046】
・Ni:1.00%以下
Niはステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。しかし、1.00%を超えて含有させると過不動態溶解を促進し、過不動態域での耐食性を低下させる。よって、Niを含有させる場合には、その含有量を1.00%以下とする。上記効果は0.05%以上でより有効に発揮されるため、好ましくは0.05〜1.00%である。より好ましくは、0.2〜0.8%である。
【0047】
また、その他にも、耐食性の改善を目的として、V、Wをそれぞれ1.0%以下で含有させることができる。その効果を得るためには、それぞれ0.01%以上、0.01%以上の含有が好ましい。さらに熱間加工性の向上を目的として、Ca、Mg、REM(Rare Earth Metals)、Bをそれぞれ0.1%以下で含有させることもできる。その効果を得るためには、それぞれ0.0005%以上、0.0005%以上、0.0005%以上、0.0001%以上の含有が好ましい。
【0048】
残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物のうちOは0.02%以下、Pは、0.05%以下、Sは、0.01%以下、Snは、0.5%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Oは0.01%以下、Pは、0.03%以下、Sは、0.008%以下、Snは、0.3%以下である。
【0049】
次に、上述した浸漬処理溶液に浸漬して得られた皮膜の組成について説明する。
最終焼鈍工程で光輝焼鈍処理を行い、その後、酸浸漬を行わないフェライト系ステンレス鋼の不動態皮膜にはMnが検出されることが多いが、不動態皮膜中のMnの存在と接触抵抗の相関について調査を行った結果、Mnが不動態皮膜中に観察された場合、接触抵抗が高くなる傾向が確認された。したがって、上述した浸漬処理溶液に浸漬することによって不動態皮膜を改質して得られた皮膜中のMn量は少なくなる。このため、不動態皮膜中のMn/Feの好ましい範囲を原子数比で0.01以下とすることが好ましい。
【0050】
次に、本発明のフェライト系ステンレス鋼の好適な製造方法について説明する。
本発明において、基材であるステンレス鋼の製造方法については、特に制限はなく、従来公知の方法に従えばよいが、好適な製造条件を述べると次のとおりである。
上記化学組成のステンレス鋼を溶製し、鋳造した後、1100〜1300℃に加熱し、仕上温度を700〜1000℃、巻取温度を400〜700℃として熱間圧延を施し、板厚2.0〜5.0mmの熱間圧延鋼帯とする。こうして作製した熱間圧延鋼帯を800〜1200℃の温度で焼鈍し酸洗を行い、次に、冷間圧延、冷延板焼鈍を1回または複数回繰り返し、所定厚さの冷延鋼帯とする。冷延板焼鈍後には酸洗を行ってもよい。その後、最終焼鈍として水素を含む雰囲気中において700〜1000℃の温度で光輝焼鈍を行い、次いで酸洗を行う。
【0051】
最終焼鈍後の酸洗は、弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度[HF]および硝酸濃度[HNO]の関係が[HF]≧[HNO]、より好ましくは[HF]≧2.5[HNO]となるように調整した上述の浸漬処理溶液を用い、50〜70℃の温度とした酸洗浴に10〜300秒浸漬することにより行う。このときの弗酸濃度[HF]は3.0%以上が望ましい。浸漬処理とあわせて、電解処理を行ってもよい。これにより本発明のステンレス鋼が得られる。
【0052】
本発明のステンレス鋼を固体高分子型燃料電池セパレータとして用いる場合には、上記冷間圧延、冷間焼鈍を複数回繰り返して厚さ0.03〜0.3mmの箔状の冷延鋼帯とした後、最終焼鈍として上述した光輝焼鈍を行い、さらに上述した浸漬処理溶液による酸洗を行って固体高分子型燃料電池セパレータ用ステンレス鋼とし、これを所定形状に仕上げて固体高分子型燃料電池セパレータとする。
【0053】
このようにして得られたセパレータを、固体高分子電解質膜を挟むようにして設けることによりセルが構成され、このセルを多数直列に重ねることにより固体高分子型燃料電池が得られる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明の実施例について説明する。
[実施例1]
以下の表1の記号3に示すステンレス鋼を真空溶製し、鋳造した後、1250℃に加熱し、次いで熱間圧延、熱延板焼鈍(850〜1050℃)、酸洗を行った。さらに、冷間圧延、冷延板焼鈍(800〜900℃)、酸洗を行い、光輝焼鈍を行って、板厚0.3mmのステンレス鋼箔とした。
【0055】
まず、光輝焼鈍を行ったままの記号3のステンレス鋼について、カーボンペーパーとの接触抵抗を測定した。押し付け圧力は1MPaとした。その結果、接触抵抗は289mΩ・cmであり、目標値である20mΩ・cmを大きく上回った。次に記号3のステンレス鋼を種々の濃度に調整した弗硝酸溶液に浸漬したのち接触抵抗を測定した。浸漬条件は、液温度60℃、浸漬時間60secとした。浸漬後の接触抵抗測定の結果を図1に示す。図1は横軸に弗硝酸溶液の硝酸濃度をとり縦軸に弗硝酸溶液の弗酸濃度をとって、液組成と接触抵抗との関係を示すものであり、接触抵抗が10mΩ・cm以下となった溶液を●、20mΩ・cm以下となった溶液を○、20mΩ・cmを超えた溶液を×と表記した。
【0056】
この図1から、弗酸濃度[HF]≧硝酸濃度[HNO](図1中の点線から上の領域)となる浸漬処理溶液に浸漬することで接触抵抗が目標値である20mΩ・cm以下となることがわかる。さらに、[HF]≧2.5[HNO](図1中の一点鎖線から上の領域)となる混合液に浸漬することで10mΩ・cm以下となりより一層接触抵抗が低下することがわかる。
【0057】
[実施例2]
表1の鋼種No.1〜15に示す組成のステンレス鋼を真空溶製し、鋳造した後、1250℃に加熱し、次いで熱間圧延、熱延板焼鈍(850〜1050℃)、酸洗を行った。さらに、冷間圧延、冷延板焼鈍(800〜900℃)、酸洗を行い、光輝焼鈍を行って、板厚0.3mmのステンレス鋼箔とした。その後、7質量%HF+5質量%HNO溶液(A液、[HF]=1.4×[HNO])、および、12質量%HF+4質量%HNO溶液(B液、[HF]=3×[HNO])のそれぞれの溶液に浸漬して供試材を作成し、接触抵抗を測定した。浸漬条件は、液温度60℃、浸漬時間60secとした。接触抵抗の測定結果をA液の場合を表2に、B液の場合を表3に示す。なお、鋼種No.1〜15のうちNo.2〜4、6〜8、11〜13は本発明の組成範囲内のものであり、No.1、5、9、10、14、15は本発明の組成範囲から外れるものである。No.1〜14の組成ではA液およびB液のいずれの溶液への浸漬によっても接触抵抗が目標値である20mΩ・cm以下となったが、No.15の組成ではA液およびB液のいずれの溶液への浸漬によっても接触抵抗が目標値である20mΩ・cmを超えた値となった。
【0058】
その後、作成した供試材に、耐久試験として、燃料電池環境を模擬したpH3の硫酸溶液中で、Crの過不動態溶解が起こる1.0V(vs. SHE)において、1hの定電位保持試験を行い接触抵抗を測定した。押し付け圧力は1MPaとした。耐久試験後の接触抵抗も、耐久試験前と同様に20mΩ・cm以下を合格とした。また、A液とB液への浸漬の後において、皮膜の組成をX線光電子分光法により分析した。特に結合エネルギーで638〜645eVに得られるMnの電子軌道2p3/2のピークと709〜713eVに得られるFeの電子軌道2p3/2のピークから金属状態のピークを除いたピーク面積を測定し、それぞれの相対感度係数で除して、原子数比Mn/Feを算出した。これらの結果についても表2、3に示す。なお、表2、3において、Mn/Feが0.000のものはMnが検出されなかったことを示す。
【0059】
No.2〜4、6〜8、11〜13の組成のものをA液、B液への浸漬した本発明例においては、耐久試験を行った後も、接触抵抗が20mΩ・cm以下を維持した。さらに、これらの中でも、B液へ浸漬したものは、A液へ浸漬したものと比較して接触抵抗がより低下し、耐久試験前後の接触抵抗の増加幅が減少した。このことから、耐久試験前の接触抵抗が低いほど、耐久試験による接触抵抗の増加幅が小さくなるものと考えられる。B液へ浸漬した本発明例の耐久試験前の接触抵抗はいずれも10mΩ・cm以下となった。これより、耐久試験後の接触抵抗の増加を考慮に入れると、B液へ浸漬することにより耐久試験前の接触抵抗がより好ましい値となることが確認された。
【0060】
耐久試験後のサンプルを観察すると、接触抵抗の高いものでは表面の色が黄色がかっており、高電位で保持したことによって、不動態皮膜の成長、あるいは、腐食生成物が形成されたものと思われる。
【0061】
さらに、A液、B液への浸漬後の皮膜において、原子数比でMn/Feが0.01以上となったサンプルでは、耐久試験による接触抵抗の増加が顕著であった。弗硝酸浸漬および耐久試験による接触抵抗の増減については、そのメカニズムは十分に明らかになっていないが、皮膜中のMn/Feが原子数比で0.01以上となる量のMnが含まれることで、皮膜の保護性が低下し、皮膜の成長や腐食生成物の形成が容易になり、接触抵抗増加に影響を及ぼしているのではないかと考えられる。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、めっき等の表面処理を行わずに、長時間の発電の間も接触抵抗の増加を抑制し、かつ、Crが過不動態溶解する電位域における耐食性を確保することが可能であるため、固体高分子型燃料電池セパレータとして好適である。また、本発明のステンレス鋼は固体高分子型燃料電池セパレータに限らず、電気伝導性を有するステンレス鋼製電気部品としても広く利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.001〜0.05%、Si:0.001〜0.5%、Mn:0.001〜1.0%、Al:0.001〜0.5%、N:0.001〜0.05%、Cr:17〜23%、Mo:0.1%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、その表面に、弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度を[HF]、硝酸濃度を[HNO]と表した場合に、以下の式[1]の関係を有する浸漬処理溶液に浸漬することで得られた皮膜を有することを特徴とする、耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
[HF]≧[HNO] …[1]
【請求項2】
前記浸漬処理溶液中の弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]とが、下記の式[2]の関係を満たすことを特徴とする、請求項1に記載の耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
[HF]≧2.5[HNO] …[2]
【請求項3】
前記皮膜に含まれるFeに対するMnの原子数の比Mn/Feが0.01以下であることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【請求項4】
さらに質量%で、Ti:0.6%以下、Nb:0.6%以下、Zr:0.6%以下、Cu:1.00%以下、Ni:1.00%以下のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【請求項5】
さらに質量%で、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Ca:0.1%以下、Mg:0.1%以下、REM(Rare Earth Metals):0.1%以下、B:0.1%以下のうち、1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかのフェライト系ステンレス鋼で形成された固体高分子型燃料電池セパレータ。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれかのフェライト系ステンレス鋼をセパレータとして用いた固体高分子型燃料電池。
【請求項8】
請求項1、請求項4、または請求項5に記載の化学組成のステンレス鋼の冷延板または冷延焼鈍板を、弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度[HF]および硝酸濃度[HNO]の関係が[HF]≧[HNO]となるように調整した浸漬処理溶液を用いて浸漬処理を行うことを特徴とする、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項9】
前記浸漬処理溶液中の弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]とが、下記の式[2]の関係を満たすことを特徴とする、請求項8に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
[HF]≧2.5[HNO] …[2]
【請求項10】
弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]が[HF]≧[HNO]の関係を満たす浸漬処理溶液を用いて浸漬処理されるフェライト系ステンレス鋼であって、質量%で、C:0.001〜0.05%、Si:0.001〜0.5%、Mn:0.001〜1.0%、Al:0.001〜0.5%、N:0.001〜0.05%、Cr:17〜23%、Mo:0.1%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。
【請求項11】
前記浸漬処理溶液中の弗酸濃度[HF]と硝酸濃度[HNO]とが、下記の式[2]の関係を満たすことを特徴とする、請求項10に記載のフェライト系ステンレス鋼。
[HF]≧2.5[HNO] …[2]
【請求項12】
さらに質量%で、Ti:0.6%以下、Nb:0.6%以下、Zr:0.6%以下、Cu:1.00%以下、Ni:1.00%以下のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項10または11に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項13】
さらに質量%で、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Ca:0.1%以下、Mg:0.1%以下、REM(Rare Earth Metals):0.1%以下、B:0.1%以下のうち、1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項10から請求項12のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−97352(P2012−97352A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−219755(P2011−219755)
【出願日】平成23年10月4日(2011.10.4)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】