説明

耐食性に優れる溶接継手および原油タンク

【課題】原油タンクにおいて耐局部腐食性に優れる溶接継手と、その溶接継手を有する原油タンクを提供する。
【解決手段】mass%で、C:0.03〜0.16%、Si:0.05〜1.50%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.025%以下、S:0.010s%以下、Al:0.005〜0.10%、N:0.008%以下、Cr:0.1%超0.5%以下、Cu:0.03〜0.4%を含有し、かつ、W:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜0.5%、Sn:0.001〜0.2%およびSb:0.001〜0.4%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する鋼材同士を溶接して形成され、溶接金属がCu:0.05〜0.5%および(Mo+W):0.03〜1.0%を含有し、鋼材の腐食電位と溶接金属の腐食電位との差が60mV以下である溶接継手を有する原油タンク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材を溶接して形成される原油タンカーの油槽や原油を輸送あるいは貯蔵するためのタンク(以下、「原油タンク」と総称する)に関するものであり、具体的には、上記原油タンクにおける局部腐食(孔食)を軽減した溶接継手と、その溶接継手を有する原油タンクに関するものである。なお、本発明の原油タンクに用いられる鋼材には、厚鋼板、薄鋼板および形鋼が含まれる。
【背景技術】
【0002】
従来、タンカーの原油タンク等の底板に用いられる鋼材には、原油そのものの腐食抑制作用や原油タンク内面に形成される原油由来の保護性コート(オイルコート)の腐食抑制作用によって、腐食は生じないものと考えられていた。しかし、最近の研究によって、タンク底板の鋼材には、お椀型の局部腐食(孔食)が発生することが明らかになった。この局部腐食が起こる原因としては、
(1)塩化ナトリウムを代表とする塩類が高濃度に溶解した凝集水の存在、
(2)過剰な洗浄によるオイルコートの離脱、
(3)原油中に含まれる硫化物の高濃度化、
(4)結露水に溶け込んだ、原油タンク防爆用に封入されたイナートガス中のO、CO、SO等の高濃度化、
などの項目が挙げられている。実際、実船のドック検査時に、原油タンク内に滞留した水を分析した結果では、高濃度の塩化物イオンと硫酸イオンが検出されている。
【0003】
ところで、上記のような全面腐食や局部腐食を防止する最も有効な方法は、鋼材表面に重塗装を施し、鋼材を腐食環境から遮断することである。しかし、原油タンクの塗装作業は、その塗布する面積が膨大であること、また、塗膜の劣化により、約10年に1度は塗り替えが必要となるため、検査や塗装に膨大な費用が発生する。さらに、重塗装した塗膜が損傷を受けた部分は、原油タンクの腐食環境下では、却って腐食が助長されることが指摘されている。
【0004】
上記のような腐食問題に対しては、鋼材自体の耐食性を改善して、原油タンクの腐食環境下における耐食性を改善する技術が幾つか提案されている。例えば特許文献1には、質量%で、C:0.001〜0.2%、Si:0.01〜2.5%、Mn:0.1〜2%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、Cu:0.01〜1.5%、Al:0.001〜0.3%、N:0.001〜0.01%を含有し、さらに、Mo:0.01〜0.5%およびW:0.01〜1%の1種または2種を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼材同士を溶接して溶接継手を形成するに際して、溶接金属中のCu,Mo,Wの含有量が下記3式を満たすよう溶接継手を形成する技術が開示されている。
3≧溶接金属のCu含有量(質量%)/鋼材のCu含有量(質量%)≧0.15
3≧(溶接金属のMo含有量+W含有量(質量%))/(鋼材のMo含有量+W含有量(質量%))≧0.15
−0.3≦(溶接金属のCu含有量(質量%)−鋼材のCu含有量(質量%))≦0.5
【0005】
また、特許文献2には、質量%で、C:0.001〜0.2%、Si:0.01〜2.5%、Mn:0.1〜2%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、Cu:0.01〜1.5%、Al:0.001〜0.3%、N:0.001〜0.01%を含有し、さらに、Mo:0.01〜0.5%およびW:0.01〜1%の1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼材同士を溶接して原油油槽を形成するに際して、溶接金属中のCu,Mo,Wの含有量が下記の2式を満たすよう溶接継手を形成する技術が開示されている。
3≧溶接金属のCu含有量(質量%)/鋼材のCu含有量(質量%)≧0.15
3≧(溶接金属のMo含有量+W含有量(質量%))/(鋼材のMo含有量+W含有量(質量%))≧0.15
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−021981号公報
【特許文献2】特開2005−023421号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1および特許文献2に記載された技術では、タンカー底板および溶接継手に発生する局部腐食(孔食)を、2.5年間で4mm以下に抑制することは困難である。というのは、近年における実船の腐食調査では、タンカー底板および溶接部に発生する孔食内部の溶液のpHは1.0以下であることが判明している(第242研究部会編「原油タンカーの新形コロージョン挙動の研究 平成13年度報告書」、社団法人日本造船研究部会発行)。一般に、酸性液中における鋼材腐食は、水素還元反応に律速されており、pHの低下と共に飛躍的に腐食速度が大きくなることはよく知られている。したがって、上記特許文献1および特許文献2の実施例に記載されているようなpH2.0での浸漬試験では、実船における腐食環境を十分に反映していないからである
【0008】
また、上記特許文献1および特許文献2等の従来技術の鋼材は、耐食性向上元素としてCuを必須として添加しているが、Cuの添加は、熱間圧延時に表面割れを引き起こすため、製造安定性を害するという問題を抱えている。
【0009】
そこで、本発明の目的は、熱間圧延時に割れなどの問題を起こすことのない製造性に優れた鋼材を溶接して形成された、タンカー油槽部における耐局部腐食性に優れる溶接継手と、その溶接継手を有する原油タンクを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記課題の解決に向けて鋭意研究を重ねた。その結果、鋼の成分組成を適正範囲に制御して耐食性を向上した鋼材を溶接して原油タンクを形成するに際して、溶接継手の溶接金属中に含まれるCu,MoおよびWの含有量を適正範囲に制御することによって、原油タンクの溶接継手に発生する局部腐食を著しく軽減できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、C:0.03〜0.16mass%、Si:0.05〜1.50mass%、Mn:0.1〜2.0mass%、P:0.025mass%以下、S:0.010mass%以下、Al:0.005〜0.10mass%、N:0.008mass%以下、Cr:0.1mass%超0.5mass%以下、Cu:0.03〜0.4mass%を含有し、かつ、W:0.01〜1.0mass%、Mo:0.01〜0.5mass%、Sn:0.001〜0.2mass%およびSb:0.001〜0.4mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、さらに上記成分が、下記(1)式;
X値=(1−0.8×Cu0.5)×{1−(0.8×W+0.4×Mo)0.3}×{1−(Sn+0.4×Sb)0.3}×{1−(0.05×Cr+0.03×Ni+0.03×Co)0.3}×{1+2×(S/0.01+P/0.025)} ・・・(1)
で定義されるX値が0.5以下、下記(2)式;
Z値=(1+10×Sn)×(Cu−0.7×Ni) ・・・(2)
で定義されるZ値が0.15以下となるよう含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼材同士を溶接して形成される原油タンクの溶接継手において、溶接継手の溶接金属がCu:0.05〜0.5mass%および(Mo+W):0.03〜1.0mass%を含有し、鋼材の腐食電位と溶接金属の腐食電位との差が60mV以下であることを特徴とする溶接継手である。ここで、上記各式中の元素記号は、その元素の含有量(mass%)を示す。
【0012】
本発明の溶接継手に用いる鋼材は、上記成分組成に加えてさらに、下記A〜D群のうちの少なくとも1群の成分を含有することを特徴とする。

A群;Ni:0.005〜0.4mass%およびCo:0.01〜0.4mass%のうちから選ばれる1種または2種
B群;Nb:0.001〜0.1mass%、Ti:0.001〜0.1mass%、Zr:0.001〜0.1mass%およびV:0.002〜0.2mass%のうちから選ばれる1種または2種以上
C群;Ca:0.0002〜0.01mass%、REM:0.0002〜0.015mass%およびY:0.0001〜0.1mass%のうちから選ばれる1種または2種以上
D群;B:0.0002〜0.003mass%
【0013】
また、本発明は、上記溶接継手を有することを特徴とする原油タンクである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鋼材を溶接して形成される原油タンカーの油槽や原油を輸送あるいは貯蔵するタンク等の原油タンクに発生する局部腐食を、溶接継手を含むすべての部位において抑制することができるので、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例の局部腐食(孔食)試験に用いた試験装置を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、本発明の原油タンクに用いる鋼材の成分組成について説明する。
C:0.03〜0.16mass%
Cは、鋼の強度を高める元素であり、本発明では、所望の強度を確保するため、0.03mass%以上添加する。一方、0.16mass%を超える添加は、溶接性および溶接熱影響部の靭性を低下させる。よって、Cは0.03〜0.16mass%の範囲とする。好ましくは0.06〜0.16mass%の範囲である。
【0017】
Si:0.05〜1.50mass%
Siは、脱酸剤として添加される元素であるが、鋼の強度を高めるのに有効な元素でもある。そこで、本発明では、所望の強度を確保するため、0.05mass%以上添加する。しかし、1.50mass%を超える添加は、鋼の靭性を低下させる。よって、Siは0.05〜1.50mass%の範囲とする。好ましくは0.15〜0.50mass%の範囲である。
【0018】
Mn:0.1〜2.0mass%
Mnは、鋼の強度を高める元素であり、本発明では、所望の強度を得るため、0.1mass%以上添加する。一方、2.0mass%を超える添加は、鋼の靭性および溶接性を低下させる。よって、Mnは0.1〜2.0mass%の範囲とする。なお、高強度を確保しつつ耐食性を低下させる介在物の形成を抑制する観点からは、0.5〜1.6mass%の範囲が好ましく、0.7〜1.4mass%の範囲がより好ましい。
【0019】
P:0.025mass%以下
Pは、粒界に偏析して鋼の靭性を低下させる有害な元素であり、できる限り低減するのが望ましい。特に、0.025mass%を超えて添加すると、靭性が大きく低下する。また、Pは0.025mass%を超えて添加すると、タンク油槽内の耐食性にも悪影響を及ぼす。よって、Pは0.025mass%以下とする。好ましくは0.015mass%以下である。
【0020】
S:0.010mass%以下
Sは、非金属介在物であるMnSを形成して局部腐食の起点となり、耐局部腐食性を低下させる有害な元素であり、できる限り低減するのが望ましい。特に、0.010mass%を超える添加は、耐局部腐食性の顕著な低下を招く。よって、Sの上限は0.010mass%とする。好ましくは、0.005mass%以下である。
【0021】
Al:0.005〜0.10mass%
Alは、脱酸剤として添加される元素であり、本発明では0.005mass%以上添加する。しかし、0.10mass%を超えて添加すると、鋼の靭性が低下するので、Alの上限は0.10mass%とする。好ましくは0.01〜0.05mass%、より好ましくは0.02〜0.04mass%の範囲である。
【0022】
N:0.008mass%以下
Nは、靭性を低下させる有害な元素であり、できる限り低減するのが望ましい。特に、0.008mass%を超えて添加すると、靭性の低下が大きくなるので、上限は0.008mass%とする。好ましくは0.006mass%以下、より好ましくは0.004mass%以下である。
【0023】
Cr:0.1mass%超0.5mass%以下
Crは、腐食の進行に伴って錆層中に移行し、Clの錆層への侵入を遮断することによって、錆層と地鉄の界面へのClの濃縮を抑制する。また、Zn含有プライマーを塗布したときには、Feを中心としたCrやZnの複合酸化物を形成して、長期間にわたり鋼板表面にZnを存続させることができるため、飛躍的に耐食性を向上することができる。上記効果は、特に、タンカー油槽の底板部のように、原油油分から分離された高濃度の塩分を含む液と接触する部分において顕著であり、Crを含有した上記部分の鋼材にZn含有プライマー処理を施すことにより、Crを含有しない鋼材と比較して、格段に耐食性を向上することができる。上記Crの効果は、0.1mass%以下の添加では十分ではなく、一方、0.5mass%を超える添加は、溶接部の靭性を低下させる。よって、Crは0.1mass%超0.5mass%以下の範囲とする。好ましくは0.11〜0.3mass%、より好ましくは0.12〜0.2mass%の範囲である。
【0024】
Cu:0.03〜0.4mass%
Cuは、鋼の強度を高める元素であるとともに、鋼の腐食によって生成した錆中に存在して耐食性を高める効果がある。これらの効果は、0.03mass%未満の添加では十分に得られず、一方、0.4mass%を超えて添加すると、耐食性向上効果が飽和するほか、熱間加工時に表面割れなどの問題を引き起こす。よって、本発明の鋼材を安定して製造する観点から、Cuは0.03〜0.4mass%の範囲で添加する必要がある。なお、Cu添加の効果は、添加量の増加にともない飽和するため、費用対効果の点からは、0.008〜0.15mass%の範囲が好ましく、0.01〜0.14mass%の範囲がより好ましい。
【0025】
本発明の鋼材は、上記成分の他に、W,Mo,SnおよびSbのうちから選ばれる1種または2種以上を下記の範囲で含有する必要がある。
W:0.01〜1.0mass%
Wは、タンカー油槽部底板における孔食を抑制する効果があるほか、タンカー上甲板部の全面腐食を抑制する効果がある。上記効果は、0.01mass%以上の添加で発現する。しかし、1.0mass%を超えると、その効果が飽和する。よって、Wは0.01〜1.0mass%の範囲で添加する。好ましくは0.01〜0.5mass%、より好ましくは0.02〜0.3mass%の範囲である。
【0026】
なお、Wが上記のような耐食性向上効果を有する理由は、鋼板が腐食するのに伴って生成する錆中にWO2−が生成し、このWO2−の存在によって、塩化物イオンが鋼板表面に侵入するのが抑制され、さらに、鋼板表面のアノード部などのpHが下がった部位では、FeWOが生成し、このFeWOの存在によっても塩化物イオンの鋼板表面への侵入が抑制されるからである。また、WO2−の鋼材表面への吸着によるインヒビター作用によっても、鋼材の腐食が抑制されると考えられる。
【0027】
Mo:0.01〜0.5mass%
Moは、タンカー油槽部底板における孔食を抑制するだけでなく、タンカー上甲板裏面部の耐全面腐食性や、バラストタンクのように塩水浸漬と高湿潤を繰り返す腐食環境における塗装後の耐食性を向上させる効果がある。上記Moの効果は0.01mass%以上の添加で発現するが、0.5mass%を超えると、その効果は飽和する。よって、Moは0.01〜0.5mass%の範囲とする。好ましくは0.02〜0.5mass%、より好ましくは0.03〜0.4mass%の範囲である。
なお、Moが上記のような耐食性向上効果を有する理由は、Wと同様、鋼板の腐食に伴い生成する錆中にMoO2−が生成し、このMoO2−の存在によって、塩化物イオンの鋼板表面への侵入が抑制されるからと考えられる。
【0028】
Sn:0.001〜0.2mass%、Sb:0.001〜0.4mass%
SnおよびSbは、タンカー油槽部底板における孔食を抑制する効果を有する他、タンカー上甲板部の全面腐食を抑制する効果がある。上記効果は、Sn:0.001mass%以上、Sb:0.001mass%以上の添加で発現する。一方、Sn:0.2mass%超えおよびSb:0.4mass%超え添加しても、その効果は飽和する。さらに、Snの多量の添加は、Cuによる熱間加工時の表面割れを助長する。よって、SnおよびSbは、それぞれ上記範囲で添加するのが好ましい。
【0029】
また、本発明の鋼材は、上記必須とする成分の他に、NiおよびCoのうちから選ばれる1種または2種を下記の範囲で含有することが好ましい。
Ni:0.005〜0.4mass%、Co:0.01〜0.4mass%
NiおよびCoは、生成した錆粒子を微細化して、裸状態での耐食性およびジンクプライマーにエポキシ系塗装が施された状態での耐食性を少なからず向上する効果を有する。したがって、これらの元素は、耐食性をより向上したい場合に、補助的に添加するのが好ましい。上記効果は、Ni:0.005mass%以上、Co:0.01mass%以上の添加で発現する。一方、Ni:0.4mass%超え、Co:0.4mass%超え添加しても、その効果が飽和する。また、Niは、CuやSnを含有する鋼において発生する熱間加工時の表面割れを抑制する効果がある。よって、NiおよびCoは、それぞれ上記範囲で添加するのが好ましい。
【0030】
また、本発明の鋼材は、上記必須成分および選択的添加成分(Ni,Co)が上記の適正範囲で含有していることに加えてさらに、下記(1)式;
X値=(1−0.8×Cu0.5)×{1−(0.8×W+0.4×Mo)0.3}×{1−(Sn+0.4×Sb)0.3}×{1−(0.05×Cr+0.03×Ni+0.03×Co)0.3}×{1+2×(S/0.01+P/0.025)} ・・・(1)
ここで、上記式中の元素記号は、その元素の含有量(mass%)を示しており、含有していない元素は0(ゼロ)として計算する。
で定義されるX値が0.5以下を満たすよう含有している必要がある。
【0031】
上記(1)式は、タンカー油槽内の腐食に及ぼす各成分の影響を評価する式であり、耐食性を向上させる成分の係数はマイナス、また、耐食性を劣化させる成分の係数はプラスとして表されている。したがって、Xの値が小さい鋼材ほど耐食性に優れている。発明者らは、上記Xの値と、タンカー油槽内の腐食環境での鋼材の耐食性との関係を調査した結果、Xが0.5以下であれば、タンカー油槽内の腐食環境での耐食性に優れるが、Xが0.5を超えると上記耐食性は劣化することを見出した。よって、本発明の鋼材は、P,S,Cr,Cu,W,Mo,Sn,Sb,NiおよびCoの含有量を決定するに当たっては、上記X値が0.5以下となるよう成分設計する必要がある。
【0032】
さらに本発明の鋼材は、上記成分を上記の適正範囲で含有していることに加えて、Cu,SnおよびNiが、下記(2)式;
Z値=(1+10×Sn)×(Cu−0.7×Ni) ・・・(2)
ここで、上記式中の元素記号は、その元素の含有量(mass%)を示しており、含有していない元素は0(ゼロ)として計算する。
で定義されるZ値が0.15以下となるように含有していることが必要である。その理由は、Cuは、熱間加工時の表面割れを引き起こす元素であり、また、Snは、上記Cuによる割れを助長する元素である。一方、Niは、上記元素による弊害を防止するのに有効な元素であるが、Niの上記効果を発現させるためには、上記(2)式を満たしてNiを添加する必要があるからである。
【0033】
また、本発明の鋼材は、鋼の強度を高める目的で、上記成分に加えてさらに、Nb,Ti,VおよびZrのうちから選ばれる1種または2種以上を下記の範囲で添加することができる。
Nb:0.001〜0.1mass%、Ti:0.001〜0.1mass%、Zr:0.001〜0.1mass%およびV:0.002〜0.2mass%
Nb,Ti,ZrおよびVは、いずれも鋼材強度を高める元素であり、必要とする強度に応じて適宜選択して添加することができる。上記効果を得るためには、Nb,Ti,Zrはそれぞれ0.001mass%以上、Vは0.002mass%以上添加するのが好ましい。しかし、Nb,Ti,Zrはそれぞれ0.1mass%を超えて、Vは0.2mass%を超えて添加すると、靭性が低下するため、Nb,Ti,Zr,Vは、それぞれ上記範囲で添加するのが好ましい。
【0034】
さらに、本発明の鋼材は、強度を高めたり、靭性を向上させたりするために、上記成分に加えてさらに、Ca,REMおよびYのうちから選ばれる1種または2種以上を下記の範囲で添加することができる。
Ca:0.0002〜0.01mass%、REM:0.0002〜0.015mass%およびY:0.0001〜0.1mass%
Ca,REMおよびYは、いずれも、溶接熱影響部の靭性向上に効果があり、必要に応じて添加することができる。上記効果は、Ca:0.0002mass%以上、REM:0.0002mass%以上、Y:0.0001mass%以上の添加で得られるが、Ca:0.01mass%、REM:0.015mass%、Y:0.1mass%を超えて添加すると、却って靭性の低下を招くので、Ca,REM,Yは、それぞれ上記範囲で添加するのが好ましい。
【0035】
さらに、本発明の鋼材は、上記成分に加えてさらに、Bを下記の範囲で含有することができる。
B:0.0002〜0.003mass%
Bは、鋼材の強度を高める元素であり、必要に応じて添加することができる。上記効果を得るためには、0.0002mass%以上添加するのが好ましい。しかし、0.003mass%を超えて添加すると、靭性が低下する。よって、Bは0.0002〜0.003mass%の範囲で添加するのが好ましい。
【0036】
なお、本発明の原油タンクに用いる鋼材は、以下の方法で製造するのが好ましい。
すなわち、本発明の鋼材は、本発明に適合する成分組成に調整した鋼を、転炉や電気炉、真空脱ガス等、公知の精錬プロセスを用いて溶製し、連続鋳造法あるいは造塊−分塊圧延法で鋼素材(スラブ)とし、次いで、この素材を再加熱してから熱間圧延し、厚鋼板、薄鋼板および形鋼等の鋼材とするのが好ましい。
【0037】
上記熱間圧延前の再加熱温度は、900〜1200℃の温度とするのが好ましい。加熱温度が900℃未満では、変形抵抗が大きく、熱間圧延することが難しくなる。一方、加熱温度が1200℃を超えると、オーステナイト粒が粗大化し、靭性の低下を招くほか、酸化によるスケールロスが顕著となって歩留まりが低下するからである。より好ましい加熱温度は1000〜1150℃である。
【0038】
また、熱間圧延で所望の形状、寸法の鋼材に圧延するに当たっては、仕上圧延終了温度は750℃以上とするのが好ましい。750℃未満では、鋼の変形抵抗が大きくなって圧延負荷が増大し、圧延することが難しくなったり、圧延材が所定の圧延温度に達するまでの待ち時間が発生するため、圧延能率が低下したりするからである。
【0039】
熱間圧延後の鋼材の冷却は、空冷、加速冷却のいずれの方法でもよいが、より高強度を得たい場合には、加速冷却するのが好ましい。なお、加速冷却を行う場合には、冷却速度を2〜80℃/sec、冷却停止温度を650〜300℃の範囲とするのが好ましい。冷却速度が2℃/sec未満、冷却停止温度が650℃超えでは、加速冷却の効果が小さく、十分な高強度化が達成されない。一方、冷却速度が80℃/sec超え、冷却停止温度が300℃未満では、得られる鋼材の靭性が低下したり、鋼材の形状に歪が発生したりすることがあるからである。
【0040】
次に、本発明の鋼材を溶接して形成した原油タンクの溶接継手について説明する。
上記適正成分に調整して製造した鋼板同士を溶接して形成した原油タンクの溶接継手は、溶接金属中のCu,MoおよびWを下記の範囲で含有していることが必要である。
Cu:0.05〜0.5mass%、(Mo+W):0.03〜1.0mass%
発明者らは、溶接継手の耐食性に及ぼす溶接金属中の合金成分の影響は、CuおよびMoとWの合計含有量の影響が支配的であり、Cuと、Moおよび/またはWを複合して添加した場合には、これらの元素の相乗効果によって、溶接継手の耐食性が大幅に向上することを見出した。しかし、溶接継手の溶接金属中のCuが0.05mass%未満、あるいは、溶接金属中のMoとWとの合計量が0.03mass%未満の場合には、上記の相乗効果が期待できず、溶接継手の耐食性が低下する。一方、溶接金属中のCuが0.5mass%超え、あるいは、溶接金属中のMoとWとの合計量が1.0mass%超えの場合には、母材(鋼材)部に比して溶接金属の耐食性が格段に向上するが故に、母材部に集中して腐食が発生するようになる。また、溶接継手の低温靭性が低下するという弊害もある。よって、本発明においては、溶接金属中のCu含有量およびMoとWの合計含有量をそれぞれ上記の範囲に制限する。なお、MoとWの含有量は、その合計量が上記範囲内にあれば、MoおよびWのうちいずれか一方を含まなくてもよい。
【0041】
なお、上記溶接金属中のCu,MoおよびWの含有量を上記範囲に制御するには、鋼材(母材)の成分組成および溶接条件に応じて、溶接に用いる溶接材料(溶接ワイヤ)を適宜選択するのが好ましい。例えば、溶接金属中のCu,MoおよびWの目標組成を母材の希釈率で割り戻して求めた組成を有する溶接ワイヤを作製し、これを用いて溶接する方法である。
【0042】
また、本発明の原油タンクの溶接に用いる溶接方法は、片面1パスのサブマージアーク溶接法であるFAB溶接やFCB溶接、RF溶接のような大入熱溶接や、炭酸ガスアーク溶接(CO溶接)のような小入熱溶接などを用いることができるが、溶接金属の化学成分組成を適正範囲に制御する観点から、溶接ワイヤを用いる溶接方法であることが必要である。
ここで、上記FAB溶接とは、(株)神戸製鋼所の溶接方法に関する登録商標で、ガラステープ、固形フラックス等で構成した裏当て材を鋼板裏面に直接当てて、1パス溶接で裏波ビードを形成する方法をいう。また、上記FCB溶接とは、(株)神戸製鋼所の溶接方法に関する登録商標で、銅板の上に裏当てフラックスを散布して、鋼板裏面に押し当てて、1パス溶接で裏波ビードを形成する方法をいう。また、上記RF法とは、(株)神戸製鋼所の溶接方法に関する登録商標で、溶接熱硬化性樹脂を含んだ裏当てフラックスの下に下敷きフラックスを重ねた冶具枠を鋼板裏面に当て、枠中のフラックスを押し当てて、1パス溶接で裏波ビードを形成する方法をいう。
【0043】
また、本発明の原油タンクの溶接継手は、良好な耐食性を得るためには、鋼材(母材)単独の腐食試験溶液中における腐食電位と、溶接金属単独の腐食試験溶液中における腐食電位との差が60mV以下であることが必要である。鋼材の腐食電位が溶接金属の腐食電位より60mVを超えて高い場合には、溶接金属に集中して腐食が発生し、逆に、溶接金属の腐食電位が、鋼材の腐食電位より60mVを超えて高い場合には、鋼材に集中して腐食が発生するようになる。よって、腐食試験溶液中における鋼材の腐食電位と溶接金属の腐食電位との差は60mV以下に限定する。
【0044】
ここで、上記腐食電位は、板厚1/4の位置における母材部および溶接金属部から切り出したそれぞれの試験片を、所定の試験溶液に浸漬し、浸漬開始から10分後の腐食電位をAg/AgCl標準電極を用いて測定した値である。なお、上記腐食電位の測定に用いる試験溶液は、実船のタンカー底板の腐食環境を模擬したものであることが好ましく、例えば、タンカー底板に滞留する原油由来の塩水を模擬する場合には、Clが2.0mass%以上の水溶液を、タンカー底板に発生する孔食内部の腐食液を模擬する場合には、pH2.0以下の酸性水溶液を用いるのが好ましい。なお、上記酸性水溶液は、Clを含有していてもよい。
【実施例】
【0045】
表1−1および表1−2に示したNo.1〜36の異なる成分組成を有する鋼を真空溶解炉で溶製して鋼塊とし、または転炉で溶製し、連続鋳造して鋼スラブとし、これらを1150℃に再加熱後、仕上圧延終了温度を800℃とする熱間圧延を施して、板厚25mmの厚鋼板とした。
斯くして得られたNo.1〜36の厚鋼板について、磁粉探傷試験で鋼板表面における割れの有無を調査し、割れが検出されなかったものを○、割れが検出されたものを×と判定した。
【0046】
【表1−1】

【0047】
【表1−2】

【0048】
次いで、上記No.1〜36の各鋼板同士を、表2に記載の溶接方法で溶接して溶接継手を作製した。なお、各溶接方法の入熱量は、FCB溶接は146kJ/cm、FAB溶接は180kJ/cm、CO溶接は1.5kJ/cmとした。開先は全てV開先とした。ここで、各溶接継手の溶接金属中のCu,MoおよびWの組成制御は、Cu,MoおよびWの目標組成を母材希釈率(CO溶接11%程度、FAB溶接47%程度、FCB溶接67%程度)で割り戻して求めた組成を有する溶接ワイヤを作製し、これを用いて溶接することで行った。なお、FCB溶接には、フラックス(PF−I55E/(株)神戸製鋼所製)と裏フラックス(PF−I50R/(株)神戸製鋼所製)、FAB溶接には、フラックス(PF−I52E/(株)神戸製鋼所製)、充填剤(RR−2/(株)神戸製鋼所製)および裏当て材(FA−B1/(株)神戸製鋼所製)をそれぞれ用いた。
なお、前述したようにFCB溶接とは、銅板の上に裏当てフラックスを散布して、鋼板裏面に押し当てて、1パス溶接で裏波ビードを形成する方法を、また、FAB溶接とは、ガラステープ、固形フラックス等で構成した裏当て材を鋼板裏面に直接当てて、1パス溶接で裏波ビードを形成する方法をいう。
【0049】
次いで、上記溶接継手について、溶接金属中のCu,MoおよびWの含有量を、原子吸光分析法を用いて測定した。
さらに、Ag/AgCl標準電極とポテンショスタットを用いて10mass%NaCl(pH0.85)腐食試験液中における母材単独の腐食電位と溶接継手の溶接金属単独の腐食電位を測定し、それらの電位差を求めた。
【0050】
さらに、溶接継手のタンカー油槽部の底板における孔食に対する耐食性を評価するため、以下の要領でタンカー底板環境を模擬した局部腐食(孔食)試験を行った。まず、上記No.1〜36の厚鋼板溶接継手の板厚1/4の位置から、溶接金属が試験片の幅方向と並行かつ中央に位置するよう、幅25mm×長さ60mm×厚さ4mmの矩形の小片を切り出し、その全面を600番手のエメリー紙で研磨した。
次いで、10mass%NaCl水溶液を、濃塩酸を用いてClイオン濃度10mass%、pH0.85に調製した試験溶液を作製し、試験片の上部に開けた3mmφの孔にテグスを通して吊るし、1試験片につき2Lの試験溶液に168時間浸漬する腐食試験を行った。なお、試験溶液は、予め30℃に加温・保持し、24時間毎に新しい試験溶液と交換した。
上記腐食試験に用いた装置を図1に示す。この腐食試験装置は、腐食試験槽2、恒温槽3の二重型の装置で、腐食試験槽2には上記試験溶液4が入れられ、その中に試験片1がテグス5で吊るされて浸漬されている。試験液4の温度は、恒温槽3に入れた水6の温度を調整することで保持している。
上記腐食試験後、試験片表面に生成した錆を除去した後、質量を測定し、試験前後の質量差を全表面積で割り戻し、1年当たりの板厚減少量(両面の腐食速度)を求めた。その結果、腐食速度が1.0mm/y以下でかつ母材部および溶接部に局部腐食が目視で認められない場合を耐局部腐食性が良好(○)、腐食速度が1.0mm/y超、あるいは、母材部か溶接部のいずれか一方にでも局部腐食が目視で認められる場合を耐局部腐食性が不良(×)と評価した。
【0051】
上記磁粉探傷試験の結果、溶接金属の分析結果、腐食電位差の測定結果および耐食性試験の結果を、各鋼板の成分組成から求められるX値およびZ値とともに表2に示した。この表2から、母材および溶接金属が本発明の成分組成を満し、X値およびZ値の条件を満たし、さらに腐食電位差が本発明の条件を満たすNo.1〜4,6,7および10〜29の厚鋼板は、圧延時に割れの発生が無く、かつタンカー底板環境を模擬した耐食性試験でも良好な耐食性を示しているのに対し、本発明の条件を満たさないNo.5,8,9および30〜36の厚鋼板は、圧延時に割れが発生し、および/または、良好な耐食性が得られていない。
【0052】
【表2】

【符号の説明】
【0053】
1:試験片
2:腐食試験槽
3:恒温槽
4:試験液
5:テグス
6:水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.03〜0.16mass%、
Si:0.05〜1.50mass%、
Mn:0.1〜2.0mass%、
P:0.025mass%以下、
S:0.010mass%以下、
Al:0.005〜0.10mass%、
N:0.008mass%以下、
Cr:0.1mass%超0.5mass%以下、
Cu:0.03〜0.4mass%を含有し、かつ、
W:0.01〜1.0mass%、Mo:0.01〜0.5mass%、Sn:0.001〜0.2mass%およびSb:0.001〜0.4mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、さらに上記成分が、下記(1)式で定義されるX値が0.5以下、下記(2)式で定義されるZ値が0.15以下となるよう含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼材同士を溶接して形成される原油タンクの溶接継手において、
上記溶接継手の溶接金属がCu:0.05〜0.5mass%および(Mo+W):0.03〜1.0mass%を含有し、鋼材の腐食電位と溶接金属の腐食電位との差が60mV以下であることを特徴とする溶接継手。

X値=(1−0.8×Cu0.5)×{1−(0.8×W+0.4×Mo)0.3}×{1−(Sn+0.4×Sb)0.3}×{1−(0.05×Cr+0.03×Ni+0.03×Co)0.3}×{1+2×(S/0.01+P/0.025)} ・・・(1)
Z値=(1+10×Sn)×(Cu−0.7×Ni) ・・・(2)
ここで、上記式中の元素記号は、その元素の含有量(mass%)を示す。
【請求項2】
上記鋼材は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.005〜0.4mass%およびCo:0.01〜0.4mass%のうちから選ばれる1種または2種を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接継手。
【請求項3】
上記鋼材は、上記成分組成に加えてさらに、Nb:0.001〜0.1mass%、Ti:0.001〜0.1mass%、Zr:0.001〜0.1mass%およびV:0.002〜0.2mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の溶接継手。
【請求項4】
上記鋼材は、上記成分組成に加えてさらに、Ca:0.0002〜0.01mass%、REM:0.0002〜0.015mass%およびY:0.0001〜0.1mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接継手。
【請求項5】
上記鋼材は、上記成分組成に加えてさらに、B:0.0002〜0.003mass%を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の溶接継手。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の溶接継手を有することを特徴とする原油タンク。

【図1】
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【公開番号】特開2012−669(P2012−669A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−108208(P2011−108208)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】