説明

耐食性溶射皮膜および溶射皮膜の封孔被覆方法

【課題】貫通気孔や開気孔を通して、海水成分、酸、アルカリなどが内部へ浸入し、基材を腐食させて皮膜を剥離が起きやすいとい溶射皮膜の欠点を解消できる技術を提案する。
【解決手段】溶射皮膜の開気孔部が、10〜45原子%の水素を含有するアモルファス状炭素水素固形物によって充填され、かつ該溶射皮膜表面には0.5〜80μmの膜厚のアモルファス状炭素水素固形物膜が被覆されてなる耐食性溶射皮膜と、高水素含有アモルファス状炭素水素固形物によって、該溶射皮膜の気孔を封孔し、その皮膜表面への膜形成を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性溶射皮膜および溶射皮膜の封孔被覆方法に関し、とくに開気孔を有する溶射皮膜の表面に耐食性を付与するために行う封孔処理および保護皮膜の形成処理のための方法、ならびにこの技術を利用して得られた耐食性溶射皮膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶射法は、金属、セラミック、サーメットなどの粉末をプラズマ炎や可燃性ガスの燃焼炎によって溶融させつつ、被溶射体(基材)の表面に向けて高速で吹き付けることにより、その表面に溶融した粒子を堆積させ、これを皮膜化(肥厚化)させ、溶射皮膜被覆部材とする表面処理技術である。このようなプロセスによって形成される溶射皮膜は、皮膜を構成する粒子の大部分が扁平化した状態で堆積して皮膜化しているが、ミクロ的に観察すると、粒子と粒子の間には不可避に空隙が存在し、これが溶射皮膜の気孔となって多くの障害の原因となっている。特に、融点の高い各種のセラミック溶射皮膜には多くの開気孔が存在していることことが知られている。そのため、従来の溶射技術の開発目標は、
(1)高温の熱源を有効に利用して溶射粒子の完全な溶融をはかり、粒子の相互融着面積の増加と未溶粒子の生成をなくすこと、
(2)溶射熱源に大きな運動エネルギーを加えて、この中を飛行する溶射粒子に大きな加速力を付加し、被溶射体の表面に強い衝突エネルギーを発生させることによって、粒子の相互結合面積を増加させること、
などに置かれている。
【0003】
この点に関し、従来、特許文献1では、50〜200hPaのアルゴン雰囲気中で、減圧プラズマ溶射することによって、溶射粒子どうしの結合力を増加させたり、気孔発生原因の一つである金属粒子表面に生成する酸化膜を低減させる方法を提案している。このような技術開発によって近年、溶射皮膜の気孔率は低下の傾向にあるが、未だに気孔を完全に消滅させることはできていない。特に、高融点で雰囲気中の空気(酸素)の影響を受けない酸化物系セラミックについては、減圧プラズマ溶射の効果が非常に小さく、気孔率低下は金属系溶射皮膜に比較するとなお改善の余地があった。
【0004】
このような状況にある溶射皮膜は、気孔は不可避に存在するという前提の下で、成膜後に封孔処理しようとする方策が奨励されている。例えば、JIS−H9302セラミック溶射作業標準では、セラミック溶射皮膜を形成した後、その表面に対して無機系および有機高分子系の封孔剤を塗布する方法が記載されている。
【0005】
さらに、溶射皮膜の気孔を封孔するための方法および封孔剤とには、次のような提案がある。
(1)特許文献2〜4には、耐食性を有するシリコーン、エチルシリケートなどの珪素化合物、合成樹脂などの有機高分子材料を用いて封孔する方法が開示されている。
(2)特許文献5、6には、金属アルコキシドや金属酸化物を含む電解液中に溶射皮膜を浸漬した後これを電解し、電気泳動法の原理を利用して気孔中に溶質成分や酸化物を充填して封孔する方法が開示されている。
(3)特許文献7には、可視光線によって硬化する有機高分子剤を溶射皮膜の表面に塗布し、気孔内を充填して封孔するとともに、自然光によって硬化させる技術が開示されている。
(4)特許文献8には、溶射皮膜表面に封孔剤を塗布した後、その表面をレーザー照射して皮膜粒子を溶融させることによって封孔する技術が開示されている。
【特許文献1】特開平1−139749号公報
【特許文献2】特開昭54−32422号公報
【特許文献3】特開昭57−70275号公報
【特許文献4】特開昭64−62453号公報
【特許文献5】特開昭62−260096号公報
【特許文献6】特開平7−41927号公報
【特許文献7】特開平5−106014号公報
【特許文献8】特開平10−306363号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、溶射皮膜にある気孔を封孔するための従来技術の欠点を補い、溶射皮膜が有する優れた物理化学的機能は阻害することがないように、この皮膜を改質する技術を提案することにある。即ち、本発明は、従来技術が抱えている下記のような課題を解決するための技術である。
(1)珪素系封孔剤を用いる技術では、気孔を完全に封孔することができないうえ、アルカリ性水溶液中では珪素化合物が溶出して封孔効果が消失する。
(2)有機高分子系の封孔剤は、酸、アルカリなどにはよく耐え得るが、温度の影響を受けやすく、とくに高分子系の樹脂では150〜180℃で軟化したり、また分解がはじまり、200℃以上の高温環境で長時間の使用に耐えることができない。
(3)電気泳動現象を利用する封孔技術は、大きな形状の溶射皮膜の処理が困難であるうえ、電気泳動作用が及ばない微細な気孔中には電解液のみが浸入するため、封孔処理が不完全となって赤さびを発生する。
(4)溶射皮膜の表面をレーザーによって溶融し封孔する技術は、高価な設備を必要とするうえ、溶融した溶射皮膜が凝固する際に、体積収縮を起して微細な割れを発生させることがある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を実現するために鋭意研究を重ねた結果、発明者らは、下記のような要旨構成に係る耐食性溶射皮膜および封孔被覆方法を開発した。
即ち、本発明の第1のものは、溶射皮膜の開気孔部が、10〜45原子%の水素を含有するアモルファス状炭素水素固形物によって充填され、かつ該溶射皮膜表面には0.5〜80μmの膜厚のアモルファス状炭素水素固形物膜が被覆されていることを特徴とする耐食性溶射皮膜の提案である。
【0008】
この耐食性溶射皮膜において、前記アモルファス状炭素水素固形物層は、炭素含有量90〜55原子%、水素含有量10〜45原子%の微小固体粒子からなること、硬さ(Hv)が700〜2800の特性を有するものであること、前記溶射皮膜材料は、金属、サーメットおよびセラミックスから選ばれるいずれか1種以上のものであることが好ましい。また、前記溶射皮膜は、その表面に電子ビーム照射処理またはレーザー照射処理などの高エネルギー照射処理を施すことによって生成する2次再結晶層を形成したものも使用可能である。
【0009】
また、本発明の第2のものは、排気した反応容器内に、被処理溶射皮膜を保持すると共に炭化水素系ガスを導入し、その溶射皮膜に高周波電力と高電圧パルスとを印加して、導入した前記炭化水素系ガスのプラズマを発生させると同時に該溶射皮膜を負の電位になるように保持することによって、該溶射皮膜の開気孔中ならびにその表面に10〜45原子%の水素を含有するアモルファス状炭素水素固形物を吸着させ、溶射皮膜内開気孔を封孔すると同時にその表面にも被覆して皮膜を形成することを特徴とする溶射皮膜の封孔被覆方法の提案である。
【0010】
上記の方法において、前記アモルファス状炭素水素固形物は、炭素含有量90〜55原子%、水素含有量10〜45原子%の微小固体粒子からなること、皮膜上に生成する膜は、0.5〜80μmの膜厚とすること、前記アモルファス状炭素水素固形物ならびにその膜は、硬さHv:700〜2800の特性を有することが好ましい。また、前記溶射皮膜は、その表面に電子ビーム照射処理またはレーザー照射処理などの高エネルギー照射処理を施すことによって生成する2次再結晶層を有するものを用いることが好ましい。
【0011】
本発明によると、被処理溶射皮膜を負の電位に設定することにより、プラスに帯電してイオン化しラジカル状態になった炭化水素系ガス成分が、溶射皮膜の表面に電気化学的に引き付けられるため溶射皮膜の微細な開気孔はもとより、複雑な形状をした該皮膜部材の隠れた部分などに対しても均等に皮膜の形成が行われる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、溶射皮膜の表面に、炭素と水素を主成分とするアモルファス状の微小固形粒子を生成させ、これを溶射皮膜の開気孔部内に充填する一方で、該皮膜の表面全体にも被覆させることによって、溶射皮膜の最大欠点であった気孔の存在による腐食損傷原因を解決できることができる。
【0013】
本発明によれば、アモルファス状炭素水素固形物膜は、緻密性を有するとともに適度の延性を有し、かつ化学的にも安定していて、海水や酸、アルカリ、有機溶剤に大しても影響されないうえ、適度の硬さをもち、さらには溶射皮膜と良好な密着性を有するので、搬送時においても接触傷や剥離が発生しない耐食性に優れた溶射皮膜とすることができる。
【0014】
また、本発明によれば、アモルファス状炭素水素固形物膜を部材の形状に影響を受けることなく、ほぼ均等に成膜することができる。
【0015】
さらに、本発明に係るアモルファス状炭素水素固形物膜で被覆された金属、セラミック、サーメットなどの溶射皮膜は、それぞれの溶射皮膜材料が有する特性、機能をそのまま発揮させることができることに加え、この溶射皮膜を被覆した部材の寿命を向上させ、溶射皮膜の適用分野の拡大に大きく貢献するものが得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、溶射皮膜の表面に、炭素と水素を主成分とするアモルファス状炭素水素固形物膜を形成し、該溶射皮膜の気孔中に充填して封孔し、さらには皮膜を形成する方法についてまず説明する。
【0017】
上記アモルファス状炭素水素固形物膜を形成するのに適した溶射皮膜としては、金属(合金を含む)、セラミック(酸化物、珪化物、窒化物、ホウ化物およびこれらの混合物等)、およびサーメット(炭化物系、酸化物系)のいずれの材料であってよく、そして、これらの溶射皮膜を被覆してなる基材としては、金属(合金を含む)材料や非金属材料、例えばプラスチックやガラスなどが適用可能である。
【0018】
本発明で対象としている溶射皮膜は、電気アーク溶射法、フレーム溶射法、高速フレーム溶射法、大気プラズマ溶射法、減圧プラズマ溶射法、水プラズマ溶射法、爆発溶射法、コールドスプレイ溶射法などの各種溶射法を適用して形成した全ての皮膜が対象となる。特に、セラミック材料を各種プラズマ溶射法によって形成した溶射皮膜に対しては有効である。その理由は、こうしたセラミック溶射皮膜は、金属系サーメット系溶射皮膜と比較すると、より多孔質であり、本発明の効果が現れやすいからである。もちろんPVD法やCVD法によって形成された皮膜に対しても適用は可能である。
【0019】
適用される溶射皮膜は、基本的には溶射状態のまま(as sprayed)のものもよく、またそうした溶射皮膜表面を機械的に研削−研磨したもの、あるいは電子ビーム照射やレーザー照射して表面の皮膜を再溶融処理して2次再結晶層を形成したものであってもよい。
後者の場合、例えば、IIIa族元素の酸化物からなる多孔質溶射皮膜の上に、この溶射皮膜の最表層の部分を変質させる態様で新たな層、即ち前記IIIa族元素の酸化物からなる多孔質層を二次変態させて得られる二次再結晶層を形成したものが考えられる。
【0020】
一般に、IIIa族元素の金属酸化物、たとえば酸化イットイリウム(イットリア:Y)の場合、結晶構造は正方晶系に属する立方晶である。その酸化イットリウムの粉末を、プラズマ溶射すると、溶融した粒子が基材に向って高速で飛行する間に超急冷されながら、基材表面に衝突して堆積するときに、その結晶構造が立方晶(Cubic)の他に単斜晶(monoclinic)を含む混晶からなる結晶型に一次変態をする。即ち、前記多孔質層の結晶型は、溶射の際に超急冷されることによって、一次変態して斜方晶系と正方晶系とを含む混晶からなる結晶型で構成されている。これに対し、前記二次再結晶層とは、一次変態した前記混晶からなる結晶型が、正方晶系の結晶型に二次変態した層である。
【0021】
このように、主として一次変態した斜方晶系の結晶を含む混晶構造からなるIIIa族酸化物の前記多孔質層を、高エネルギー照射処理することによって、該多孔質層の堆積溶射粒子を少なくとも融点以上に加熱することによって、この層を再び変態(二次変態)させて、その結晶構造を正方晶系の組織に戻して結晶学的に安定化させたものである。このような層では、溶射による一次変態時に、溶射粒子堆積層に蓄積された熱歪みや機械的歪みを解放して、その性状を物理的化学的に安定させ、かつ溶融に伴なうこの層の緻密化と平滑化をも実現できるので、この上にアモルファス状炭素水素固形物層を形成すると、使用環境の腐食作用を防いで溶射皮膜を構成する粒子の結晶型の特性を発揮させることが可能となる。
【0022】
また、被処理対象となる前記溶射皮膜は、その表面に、上述した方法の他、予めCrやSi、Ta、Nb、Tiなどの炭素と化学的親和力の強い金属イオンや金属の薄膜を形成したものもよい。即ち、このような表面処理をした溶射皮膜の表面に前記アモルファス状炭素水素固形物を吸着することもまた有効である。
【0023】
次に、本発明に係る耐食性溶射皮膜を形成するための装置について説明する。図1は、前記アモルファス状炭素水素固形物微粒子を溶射皮膜の気孔中に充填し、その表面に被覆するための装置(以下、「プラズマCVD処理装置」という)を示す。このプラズマCVD処理装置は、主として、接地された反応容器1と、この反応容器1内の所定の位置に配設される被処理溶射皮膜2と、これに接続されている導体3とを備える他、この反応容器1内に成膜用の有機系ガス導入装置(図示せず)や反応容器を真空引きする真空装置(図示せず)等を介して、高電圧パルスを印加するための高電圧パルス発生電源4とを備えている。
【0024】
上記プラズマCVD処理装置にはまた、被処理溶射皮膜2の周囲に炭化水素系ガスプラズマを発生させるためのプラズマ発生用電源5が配設されている他、前記導体3および被処理溶射皮膜2に、高電圧パルスおよび高周波電圧の両方を同時に印加するために、高電圧パルス発生電源4およびプラズマ発生用電源5との間に重畳装置6が介装設置されている。なお、ガス導入装置および真空装置は、それぞれバルブ7aと7bを介して反応容器1に接続され、導体3は高電圧導入部9を介して重畳装置6に接続されている。
【0025】
上記装置を用い、被処理溶射皮膜の気孔内および皮膜表面に、アモルファス状炭素水素固形物を吸着させるには、被処理溶射皮膜2を反応容器1内の所定の位置に設置し、真空装置を稼動させて該反応容器1中の空気を排出して脱気したあと、ガス導入装置によって有機系ガスを該反応容器1内に導入する。次いで、プラズマ発生用電源5からの高周波電力を被処理溶射皮膜2に印加する。反応容器1は、アース線8によって電気的に中性状態にあるため、被処理溶射皮膜2は、相対的に負の電位を有することになる。このため、印加によって発生する導入ガスのプラズマ中のプラスイオンは、負に帯電した被処理溶射皮膜2のまわりに発生することになる。
【0026】
そして、高電圧パルス発生電源4からの高電圧パルス(負の高電圧パルス)を被処理溶射皮膜2に印加すると、炭化水素系ガスプラズマ中のプラスイオンを該被処理溶射皮膜2の表面に誘引吸着される。このような処理によって、該被処理溶射皮膜2の気孔内および皮膜表面には、アモルファス状炭素水素固形物の微粒子が充填され、また表面に膜状に成長して保護膜を形成する。即ち、反応容器1内では、最終的には炭素と水素を主成分とするアモルファス状炭素水素固形物が、被処理溶射皮膜2のまわりに気相析出し、同時に皮膜気孔内に侵入すると共に、該皮膜表面を覆うようにして皮膜を形成するものと考えられる。
【0027】
即ち、上記プラズマCVD処理装置によって、溶射皮膜上にアモルファス状炭素水素固形物の層が形成されるプロセスは、以下の(a)〜(d)を経て形成されるものと考えられる。
(a)導入された炭化水素系ガスのイオン化(ラジカルと呼ばれる活性な中性粒子も存在する)が起る。
(b)炭化水素系ガスから変化したイオンおよびラジカルは、負の電圧が印加された被処理体の面に衝撃的に衝突する。
(c)衝突時のエネルギーによって、結合エネルギーの小さいC−H間が切断され、その後、活性化されたCとHが重合反応を繰り返して高分子化し、炭素と水素を主成分とするアモルファス状の炭素水素固形物を気相析出する。
(d)そして、上記(c)の反応が被処理溶射皮膜の気孔内で起こると、該気孔内がアモルファス状炭素水素固形物の微小固体粒子で充填され、一方、皮膜表面上はアモルファス炭素水素固形物の堆積層からなる皮膜が形成されることになる。
【0028】
なお、図1に示す上記装置では、高電圧パルス発生電源4の出力電圧を、下記(a)〜(d)のように変化させることによって、被処理溶射皮膜2に対して金属等のイオン注入も可能である。
(a)イオン注入を重点的に行う場合:10〜40kV
(b)イオン注入と皮膜形成の両方を行う場合:5〜20kV
(c)皮膜形成のみを行う場合:数百V〜数kV
(d)スパッタリングなどで重点的に行う場合:数百V〜数kV
【0029】
なお、前記高電圧パルス発生電源4では、パルス幅:1μsec〜10msecで、1〜複数回のパルスを繰り返し発生させることができる。また、プラズマ発生用電源5の高周波電力の出力周波数は、数十kHzから数GHzの範囲で変化させることができる。
【0030】
この装置の反応容器1内に導入する有機系ガスとしては、炭素と水素からなる炭化水素系ガスおよびこれにBやSi、O、Clなどが添加したガスなどが用いられる。
(イ)常温(18℃)で気相状態のもの
CH、CHCH、C、CHCHCH、CHCHCHCH
(ロ)常温で液相状態のもの
CH、CCHCH、C(CH、CH(CHCH、C12、CCl
(ハ)有機Si化合物(液相)
(CO)Si、(CHO)Si、[(CHSi]
【0031】
上記の反応容器内への導入ガスは、常温で気相状態のものは、そのままの状態で反応容器内に導入できるが、液相状態の化合物はこれを加熱してガス化させ、そのガス(蒸気)を反応容器内に導入する。有機Si化合物を用いてアモルファス状固形物の皮膜を形成すると、皮膜中にSiが混入することがあるが、Siは炭素と強く結合するとともに、アモルファス状炭素水素固形物の表面を疏水性から親水性に変えるものの、特に問題となることはない。
【0032】
次に、上記のプラズマCVD処理装置を使って、溶射皮膜の封孔と、その表面にアモルファス状炭素水素固形物の皮膜を形成する方法についてさらに詳しく説明する。
本発明において、前記アモルファス状炭素水素固形物の侵入、堆積によって溶射皮膜表面に形成される層は、上述したように、炭化水素系ガスプラズマ発生下において、高周波電圧と高電圧パルスとを重畳印加して被処理部材である溶射皮膜を負の電位に保護することにより、この雰囲気中に気相析出した炭素と水素を主成分とするアモルファス状微小固体粒子をこの基材表面に誘引吸着させる方法によって形成される。このような成膜環境では、成膜材料源としての炭化水素系ガスが、プラズマによって容易に分解するとともに、活性な炭素や水素のイオンやラジカルを発生し、これが溶射皮膜の表面層気孔内部にまでも侵入するだけでなく、その表面を一定の厚さで被覆することになる。例えば、該溶射皮膜表面部分にある開気孔中にもアモルファス状の前記微小固体粒子が密に侵入してこれを封孔し、あるいはその表面にも堆積して一定の厚みの成膜となる。
【0033】
上記プラズマCVD処理では、炭化水素系ガスのプラズマによって分解生成した低分子の炭化水素をはじめ炭素や水素のイオンやラジカルは、気相状態のまま基材全体を覆うように発生し、そして、これらが溶射皮膜の表面に誘引吸着されることで、一方では開気孔内にも侵入し充填されてこの孔を塞ぎ、他方、気相析出したこれらのアモルファス状の前記微小固体粒子は処理時間の経過に伴って次第に、該開気孔以外の皮膜表面にも堆積して皮膜全面を被覆するようになる。発明者らの実験によると、このときの膜厚は80μm程度の厚さまでに形成することが可能である。
【0034】
このような高周波電圧と高電圧パルスとを重畳するプラズマCVD法の処理では、反応容器1内で被処理溶射皮膜2は、負の電位(負電圧)が印加された状態であり、それ故に、プラズマによって励起されプラスに帯電した炭化水素系ガスのイオンやラジカルは、雲状、霧状となって該被処理溶射皮膜2の全面を覆うように発生し、その表面において炭素と水素のアモルファス状の微小固体粒子の放電析出を繰り返して吸着されていく。従って、たとえ該溶射皮膜2の形状が複雑であったとしても、封孔と被覆が比較的均等に行われる特徴がある。例えば、被処理溶射皮膜が図2に示すようなT字型をしていたとしても、正に必要な部分のみに、アモルファス状炭素水素の固形物を吸着(負電位をもたない部分は吸着作用が生じない)させることができる。このように、被処理溶射皮膜を負の電位にして、上記の封孔と皮膜形成の両方の処理ができ、しかも、どの部分も均等に成膜できる点が本発明方法の特徴である。
【0035】
この点、負電位を印加せずに単に炭化水素系ガスのプラズマ放電を行うと、形成されるアモルファス状炭素水素固形物からなる皮膜の厚さは、均等になることはない。その理由は、プラズマエネルギーのみの場合は、炭化水素系ガス濃度によってガスの分解効率が変化するとともに、前掲のT字型試料の形、位置によって、ガス濃度自体も変化するためである。
【0036】
また、本発明の上記高周波電圧と高電圧パルスとを重畳したプラズマCVD法の処理では、炭化水素系ガスを成膜原料として生成したアモルファス状炭素水素固形物からなる層を、疎水性にすることができる。その結果、被処理溶射皮膜が使用時に、たとえ腐食性水溶液と接するようなことがあっても、その水溶液との濡れ性を低下させて、腐食反応が物理的に起こり難い表面に仕上げることができるようになる。その一方で、親油性のアモルファス状炭素水素固形物の成膜時または成膜後に、雰囲気ガス中にNやSiを含むガスを用いて処理すると、親水性に変化させることも可能である。従って、本発明で形成する上記のアモルファス状炭素水素固形物皮膜は、界面特性に応じて適宜に変化させることができるものである。
【0037】
かかるアモルファス状炭素水素固形物の層は、この層の炭素と水素の含有量を、成膜用の炭化水素系ガスの種類を変化させることによって、制御することができる。例えば、炭化水素系ガス成分のC/H比が大きいほど、形成されるアモルファス状炭素水素固形物層中の炭素含有量が高くなる。ただし、この場合、得られる層の硬さは高く、かつ電気抵抗率の高い層となるので、耐摩耗性は向上するものの延性に乏しく内部応力も大きくなるので、厚膜の形成が難しいという問題がある他、多数の微小気孔も生じやすくなる。従って、アモルファス状炭素水素固形物からなる膜自体は、耐食性には優れるものの、環境の腐食成分がこうした微小気孔から浸入し、基材面に達してこれを腐食させることによって、皮膜の剥離を促すという問題がある。このような問題を克服するために、本発明では、該アモルファス状炭素水素固形物層の炭素含有量を、90原子%未満を上限として含有させることにした。
【0038】
従って、本発明において、前記アモルファス状炭素水素固形物の水素含有量は10原子%以上を含有させることになる。この理由は、アモルファス状炭素水素固形物層の熱的および機械的な曲げ変形に対する抵抗、耐食性を向上させるという観点からは、水素の含有量が多い方が有利だからである。ただし、この水素の含有量が45原子%を超えると、炭素含有量が相対的に少なくなり、軟質で耐摩耗性が低下するうえ、成膜が困難となるなどの点で好ましくない。
【0039】
即ち、本発明では、成膜用の炭化水素系ガス中のC/H比を小さくすること、即ち、アモルファス状炭素水素固形物層中の水素含有量を多くすることにより、基材の曲げ変形に対する抵抗力が大きくなり、生成した皮膜の剥離も起りにくくなる。このように、水素含有量を多くしたアモルファス状炭素水素固形物の皮膜は、硬さHvが700〜2800の特性を示すようになり、これは一般のDLCに比較すると極めて低い物性値と言えるものである。しかも、得られる皮膜の内部応力値も小さいため、最高膜厚80μmのアモルファス状炭素水素固形物層の形成も可能である。
このような理由により、アモルファス状炭素水素固形物層は、炭素含有量:90〜55原子%、水素含有量:10〜45原子%とした。好ましくは、炭素含有量:85〜62原子%、水素含有量:15〜38原子%がよい。
【0040】
本発明において最も特徴的な構成である上記アモルファス状炭素水素固形物層の特徴についてまとめると、以下のとおりである。
(a)アモルファス状炭素水素固形物の主成分は、炭素と水素から構成されている。従って、海水、各種の酸、アルカリ、有機溶剤にも冒されず、化学的に安定である。
(b)炭化水素系ガスのプラズマ活性分解反応によって生成する、炭素と水素のアモルファス状微小固体粒子(ナノオーダの超微粒子で、1×10−9m程度以下の大きさである)の集合体は、各粒子および粒子堆積層がアモルファス状態を呈しているため、欠陥のできやすい粒界というものがなく、緻密で優れた密着性を有し、基材等から剥離することがない。
(c)アモルファス状炭素水素固形物の層(皮膜)は、平滑(Ra:0.5μm以下)で、摺動や回転条件下における耐摩耗性に優れ(摩擦係数μ:0.11〜0.2)るため、異物が付着しにくい。
(d)アモルファス状炭素水素固形物層は、成膜時に炭化水素ガス中にN、Siを共存させたり、成膜後に、その表面にSiを注入するなどの方法によって、親油性(疎水性)、親水性のいずれにも制御することができるため、界面特性が重要視される産業分野への展開が可能である。
(e)半導体加工装置用部材は、ハロゲンガス環境でプラズマエッチング作用を受けると部材の表面が破壊されることが知られているが、本発明のアモルファス状炭素水素固形物層、とくに水素含有量が15〜45原子%と多い層は、分解時、特に雰囲気中にOが含まれていると、C,CO、CO、H、HOなどの気体となるものが多く、環境汚染源のパーティクルが発生しにくい。
【0041】
図3は、本発明の上記方法によって、アモルファス状炭素水素固形物を吸着させて、被処理溶射皮膜の気孔を封孔し、皮膜表面に膜を被覆形成した溶射皮膜被覆材料の断面を示す。図3(a)は、基材31の表面に金属質溶射皮膜32を形成した後、アモルファス状炭素水素固形物膜34を被覆したもの、図3(b)は、基材31の上にまずセラミック溶射皮膜33を形成した後、その上にアモルファス状炭素水素固形物膜33を被覆した例を示し、図3(c)は、基材1の上に金属質溶射皮膜32(アンダーコート)を形成し、その上に、トップコートとしてセラミック溶射膜33を形成したものの上に、アモルファス状炭素水素固形物膜34を被覆した例を示すものである。
【0042】
図4は、基材41上に成膜したセラミック溶射皮膜42の表面に、アモルファス状炭素水素固形物膜45を被覆した部材の断面を示すものである。基材41上に形成されたセラミック溶射皮膜42は、貫通気孔43や開口しているものの基材まで達していない開気孔44が存在しており、皮膜中には密閉された状態の空隙46もある。このようなセラミック溶射皮膜42に対して、アモルファス状炭素水素固形物膜45を被覆すると、処理のはじめに貫通気孔43や開気孔44中にアモルファス状炭素水素固形物が析出して充填され、その後、該セラミック溶射皮膜42の表面全体がアモルファス状炭素水素固形物膜45によって被覆されるようになる。
【実施例】
【0043】
(実施例1)
この実施例では、アモルファス状炭素水素固形物膜の基本的な防食性能を調査するために、基材上に直接、アモルファス状炭素水素固形物を膜厚0.5〜50μmで形成した。また、腐食性の環境として(a)高湿度、(b)塩水噴霧、(c)5%HSO、(d)5%NaOHなど、腐蝕特性の異なる雰囲気中に曝露して耐食性を調査した。
(1)基材および試験片
基材としては、次の2種類を用い、それぞれから幅30×長さ50mm×厚さ2mmの試験片を作製した。
(a)SS400鋼 (b)Al(JIS−H4000規定No.1070)
(2)膜の形成と厚さ
図1に示す装置を用い、試験片の全面に、アモルファス状炭素水素固形物の膜を0.5〜50μmの厚さに形成した(水素含有量13〜22原子%)。
(3)腐食試験
腐食試験は、次のような条件で行った。
(イ)高湿度雰囲気:恒温恒湿槽を用いて30℃、相対湿度90%の雰囲気中に試験片を曝露した(200時間)。
(ロ)塩水噴霧:JIS−Z2371規定の塩水噴霧試験方法によって96時間の試験を行った。
(ハ)5%HSO浸漬:5%HSO水溶液中(20〜25℃)に100時間浸漬した。
(ニ)5%NaOH浸漬:5%NaOH水溶液中(30〜35℃)に100時間浸漬した。
(4)評価方法
腐食試験結果の評価は、試験前後における試験片表面の変化およびHSO、NaOH水溶液の色調の変化を目視観察により行った。なお、比較用の試験片として無処理状態のSS400鋼とAlを同じ条件の腐食試験に供した。
(5)腐食試験結果
表1に腐食試験結果を示した。この結果から明らかなように、無処理のSS400鋼試験片は5%NaCl浸漬を除く全ての試験雰囲気(No.1、3、5)において、赤さびを発生したり、溶解(No.5)した。また、Alの無処理試験片(No.2、4、6、8)では、高湿度雰囲気中以外の条件で白さびを発生(No.4)するとともに、酸(No.6)、アルカリによっても水素ガスを発生しながら溶解した。
【0044】
これに対して、基材上にアモルファス状炭素水素固形物膜を形成した試験片では、基材質の種類に関係なく優れた耐食性を発揮し、膜厚1μm以上では全ての腐食環境において十分な耐食抵抗を示した。ただ、膜厚0.5μmでは高湿度雰囲気およびアルカリ水溶液浸漬では赤さびの発生を抑制できたが、塩水噴霧、硫酸浸演では僅かながら赤さびや白さびの発生が認められた。
【0045】
以上の結果からアモルファス状炭素水素固形物膜の有効防食作用は、膜厚0.5〜50μmの範囲において認められ、特に1〜50μmの範囲が好適であることが判明した。
【0046】
【表1】

【0047】
(実施例2)
この実施例は、基材の表面に直接、酸化物系セラミック溶射皮膜を形成した後、その表面にアモルファス状炭素水素固形物の膜を被覆処理し、塩水噴霧試験に供して、その耐食性を調査した。
(1)基材および試験片(数値はmass%)
SS400鋼(寸法:幅50mm×長さ70mm×厚さ3.2mm)
(2)溶射皮膜の種類と溶射法
試験片の表面に直接、下記酸化物系セラミック(a)〜(f)を大気プラズマ溶射法によって70μm厚さに形成した。セラミック溶射皮膜をやや薄く施工した理由は、アモルファス状炭素水素固形物膜の封孔−被覆効果を短時間の試験によって判別するためである。
(a)Al、(b)Cr、(c)8%Y・92%ZrO、(d)Al・MgOスビネル、(e)98%Al・2%TiO、(f)Y
(3)アモルファス状膜の形成と厚さ
実施例1と同じ装置を用い、膜厚5μmに形成した(水素含有量16〜36原子%)。
(4)腐食試験条件
JIS−Z2371規定の塩水噴射試験方法により、96時間の腐食試験を行った。
(5)評価方法
腐食試験の評価は、試験前後における酸化物系セラミックの表面における赤さびの発生の有無によって判定した。なお、比較例として、アモルファス状炭素水素固形物膜を被覆しない溶射皮膜を同条件で試験した。
(6)試験結果
表2に上記腐食試験結果を示した。この結果から明らかなように、無処理の溶射皮膜(No.2、4、6、8、10、12)には、すべて赤さびの発生が認められた。即ち、セラミック溶射皮膜の気孔から塩水が内部に浸入してSS400鋼を基材を腐食させ、溶出した鉄イオンが皮膜表面に浮上して赤さびを発生したものと考えられる。これに対して、アモルファス状炭素水素固形物膜を被覆した試験片(No.1、3、5、7、9、11)は、いずれのセラミック皮膜に対しても良好な封孔性と被覆性能を発揮し、赤さびの発生は認められなかった。
【0048】
【表2】

【0049】
(実施例3)
この実施例では、基材の表面に形成した金属系溶射皮膜に対するアモルファス状炭素水素固形物膜の封孔−被覆の効果を調査した。
(1)基材および試験方法
実施例2に同じ
(2)溶射皮膜の種類と溶射法(数字はmass%)
溶射皮膜として次のような金属系材料を用い、各種の溶射法によって膜厚50μmに形成した。
(a)95%Ni−5%Al、SUS304鋼……フレーム溶射
(b)Cr、Mo、50%Ni−50%Cr合金……大気プラズマ溶射法
(c)Ti……減圧プラズマ溶射法
(d)Cu……アーク溶射方法
(3)アモルファス状炭素水素固形物膜の形成と厚さ
実施例2に同じ(水素含有量16〜36原子%)
(4)腐食試験
実施例2に同じ
(5)評価方法
実施例2に同じ
(6)腐食試験結果
表3に腐食試験結果を示した。この結果から明らかなように、無処理の金属系溶射皮膜(No.2、4、6、8、10、12、14、16)は塩水噴霧環境中においてすべて赤さびを発生した。これらの溶射皮膜の金属は、SS400鋼に比較して電気化学的に貴な電位を示すため皮膜の気孔から浸入した塩水によって、基材がアノードとなって腐食が促進されたものと考えられる。
これに対して、アモルファス状炭素水素固形物膜を被覆した試験片(No.1、3、5、7、9、11、13、15)には、赤さびの発生は認められず、塩水の浸入を防ぎ基材の腐食[赤さびの発生]を抑制したものと考えられる。
【0050】
【表3】

【0051】
(実施例4)
この実施例では、SS400鋼基材に電気化学的に防食作用を示す金属および炭化物系サーメット溶射皮膜を形成したものについて、アモルファス状炭素水素固形物膜の防食効果を調査した。基材の種類、試験片寸法、アモルファス状膜の形成方法と膜、腐食試験方法、評価方法などは前掲の実施例と同じである。
(1)溶射皮膜の種類と溶射法(数字はmass%)
(a)Al、(b)15%Zn−85%Al、(c)5%Mg−95%Al、(d)12%Co−88%WC、(e)20%Ni−5%Cr−75%Cr、(f)25%Ni−7%Cr−68%TiC
(a)〜(c):フレーム溶射、(d)〜(f):高速フレーム溶射
(2)腐食試験
腐食試験として塩水噴霧試験を用いたが、この実施例では、防食作用を示すAl、Zn−Al、Mg−Alなどの皮膜を供試したため、腐食時間を最大1500時間まで延長した。
(3)腐食試験結果
表4に腐食試験結果を示した。この結果から明らかなように、SS400鋼に対して防食作用を示す皮膜は無処理の状態(No.2、4、6)においても、96時間の試験に耐え、赤さびの発生は認められなかった。しかし、腐食試験が500時間に達すると局部的に赤さびが発生し、特に1000時間ではすべて赤さびの発生が認められた。これらの試験片に形成されている溶射皮膜の大部分は消耗し、防食作用を消失したと考えられる。これに対し、アモルファス状炭素水素固形物膜を形成した試験片(No.1、3、5)は1500時間後も赤さびの発生は認められなかった。
一方、炭化物サーメット溶射皮膜では、電気化学的防食作用がないため、無処理の溶射皮膜(No.8、10、12)では96時間の試験によって全面に赤さびが発生した。しかしこの皮膜にアモルファス状炭素水素固形物膜を形成した試験片(No.7、9、11)では1500時間後でも異常は認められず、優れた耐食性を発揮した。
【0052】
【表4】

【0053】
(実施例5)
この実施例では、市販されている溶射皮膜用の封孔剤と本発明に係るアモルファス状炭素水素固形物膜との封孔効果を比較した。
(1)基材および試験片
実施例3に同じ
(2)溶射皮膜の種類と溶射法
皮膜材料としてAlを用い大気プラズマ溶射法によって120μm厚に施工した。
(3)封孔剤の種類
溶射皮膜の表面に対して下記の封孔剤を処理した。
(a)アモルファス状膜:前掲の方法で3μm厚施工した(水素含有量24〜38原子%)。
(b)珪素系封孔剤:市販の無機珪素酸化物を2μm厚に形成した。
(c)有機高分子系封孔剤:市販のアクリル樹脂系封孔剤を5μm厚に形成した。
(4)腐食試験条件
この実施例では、無機系および有機系封孔剤の処理にあたっては、封孔処理後110〜140℃の温度で乾燥したり、硬化させることが必要であったので、これらの加熱処理を行った。その後さらに、すべての封孔処理後の試験片について210℃×3時間の大気加熱を行い封孔剤の耐熱性についても調査した。
これらの熱処理を行った後、塩水噴霧試験(96時間)によって耐食性の効果を調べた。
(5)腐食試験結果
表5に腐食試験結果を示した。この結果から明らかなように、210℃の加熱を行わない条件では市販の封孔剤においてもそれなりの防食効果が認められ、特に有機系封孔剤(No.6)は外観上全く異常は認められなかった。ただ無機系の封孔剤(No.4)の効果は、有機系に比較すると防食作用が弱い傾向にあった。しかし、有機系封孔剤(No.5)においても、210℃の加熱を行うと高分子膜が劣化し、樹脂膜に多数のき裂が発生して防食効果を完全に消失した。この傾向は無機系封孔剤にも認められた。これに対しアモルファス状炭素水素固形物膜(No.1、2)は、210℃加熱の有無に拘らず良好な封孔効果を発揮して赤さびの発生は全く観察されなかった。
【0054】
【表5】

【0055】
(実施例6)
この実施例では、腐食性の厳しい雰囲気や有機溶剤を取扱う環境で使用する場合を想定し、SS400鋼基材に金属系のアンダーコートを施工した上に、さらに酸化物セラミック溶射皮膜を形成したものについて、こうした複合皮膜を対象として形成したアモルファス状炭素水素固形物膜の防食効果を調査した。
(1)基材および試験片
実施例3に同じ。
(2)溶射皮膜の種類と溶射法(数字はmass%)
(a)アンダーコート:80%Ni−20%Cr(大気プラズマ溶射法)
(b)トップコート:Al、Y、8%Y−92%ZrO(大気プラズマ溶射法)
なお、膜厚は、アンダーコート50μm、トップコート150μmである。
(c)アモルファス状炭素水素固形物膜の形成法と膜厚
実施例1と同じ方法で膜厚5μmにした(水素含有量15〜24原子%)。
(4)腐食試験
(イ)5%HCl:5%HCl水溶液を入れたビーカを20〜23℃に維持し、この中に試験片を浸漬し、耐食性を評価した。
(ロ)5%NaOH:5%NaOH水溶液を入れたビーカ中に試験片を浸漬し、20〜23℃の温度で24時間耐アルカリ性を評価した。
(ハ)95%トルエン:試薬用の95%トルエン溶液中(15〜20℃)に試験片を24時間浸漬して、耐有機溶剤性を評価した。
(5)腐食試験結果
表6に腐食試験結果を示した。この結果から明らかなように、アンダーコートおよびアモルファス状炭素水素固形物膜の有無にかかわらず、5%NaOH水溶液中では赤さびの発生は全くなく外観状態には変化は認められなかった。しかし、5%HCl水溶液中では、アンダーコートを施工していても、アモルファス状炭素水素固形物膜が被覆されていない皮膜(No.2、4、6、8、10、12)では、トップコートの種類に関係なくすべて腐食され、HCl水溶液の色調が黄色〜淡黄色に変化し、基材のSS400鋼およびアンダーコート成分の溶解が推定された。これに対し、アモルファス状炭素水素固形物膜を被覆した皮膜(No.1、3、5、7、9、11)を浸漬したHCl水溶液の色調は変化せず、皮膜は健全な状態を維持していた。
【0056】
【表6】

【0057】
(実施例7)
この実施例では、半導体化加工装置部材としての利用を考慮して、Al基材に酸化物セラミック溶射皮膜を直接形成した後、各種のハロゲン系ガス中における耐食性を調査した。
(1)基材および試験片
Al合金(JIS−H4000)を基材とし、寸法:幅20mm×長さ30m×厚さ2.3mmの試験片を採取した。
(2)溶射皮膜の種類と溶射法
溶射皮膜の種類:Al、YAG(YAl12)、Y
合金製基材に、大気プラズマ溶射法によって直接、厚さ150μmの溶射皮膜を形成した。
(3)アモルファス状炭素水素固形物膜の形成方法と膜厚
実施例1と同じ方法で膜厚5μmにした(水素含有量22〜35原子%)。
(4)腐食試験
(イ)活性ハロゲンガス試験;この試験には図5に示す装置を用いた。この試験では、試験片51を電気炉52の中心部に設けられたステンレス鋼管53の内部の設置台56上に静置した後、腐食性のガス54を左側から流した。配管途中に設けた石英放電管55に出力600Wのマイクロ波を付加させて、腐食性ガスの活性化を促した。また、活性化した腐食性のガスは電気炉中に導き、試験片51を腐食した後、右側から系外に放出させた。この試験では、試験片温度180℃、腐食性ガスCFを150ml/min、Oを75ml/minを流しつつ10時間の腐食試験を行った。
(ロ)HCl蒸気試験:化学実験用のデシケーターの底部に30%HCl水溶液を入れ、その上にガラス製の多孔板を配設した後、そのガラス板の上に試験片を静置しHCl蒸気によってガラス板の孔から上昇したHCl蒸気によって試験片が腐食されるようにした。なお、無処理のSS400鋼板は、1時間の試験によって前面赤さびが発生するほどである。
(ハ)HF蒸気試験:容量3LのSUS316製のオートクレーブの中に試験片を静置した後、外部からHFガスを500ppm注中し、150℃で24時間の腐食試験を行った。
(5)腐食試験結果
表7に腐食試験結果を示した。この結果から明らかなように、アモルファス状炭素水素固形物膜を形成しない試験片(No.2、4、6)では、セラミック溶射皮膜自体は比較的良好な耐食性を示すものの、皮膜の気孔を通って内部へ侵入した腐食性ガスによって基材のAlが腐食され、セラミック皮膜との結合力を消失した結果、剥離する現象が認められた。これに対し、アモルファス状炭素水素固形物膜を形成した試験片では、すべての腐食ガスに対して十分な耐食性を示すとともに、膜自体が轍密であるため外観上全く異常は認められなかった。
【0058】
【表7】

【0059】
(実施例8)
この実施例では、酸化物セラミック溶射皮膜の表面を電子ビームおよびレーザーなどの高エネルギーを照射して、皮膜表面の成膜粒子を溶融させたものに対するアモルファス状膜の防食効果について調査した。
(1)基材および試験片
SS400鋼を用い、幅20mm×長さ30m×厚さ3.2mmの試験片を採取した。
(2)溶射皮膜の種類と溶射法
溶射皮膜の種類:Y 大気プラズマ溶射法を用いて膜厚80μmに形成した。
(3)高エネルギー照射の種類とその条件
(a)電子ビーム照射:下記仕様の電子ビーム照射装置を用い、皮膜表面深さ3μmを再溶融した。
照射雰囲気:1×10−1〜5×10−3MPa
照射出力:10〜30KV
照射速度:1〜20mm/s
(b)レーザー照射:下記仕様のレーザー照射装置を用い、皮膜表面から10μmを再溶融した。
レーザー出力:2〜4kW
ビーム面積:5〜10mm
ビーム走査速度:5〜20mm/s
(4)アモルファス状炭素水素固形物膜の形成と膜厚
実施例1と同じ装置を用い膜厚3μm(水素含有量24〜32原子%)
(5)腐食試験
(イ)塩水噴霧試験:JIS−Z2371規定により96時間の試験を実施
(ロ)活性ハロゲンガス試験:実施例7と同じ条件で実施
(ハ)HCl蒸気試験:化学実験用デシケーターの底部に30%HCl水溶液を入れ、その上部に多孔質ガラス板を配設した後、そのガラス板の上に試験片を静置し24時間の腐食試験を実施した。この環境では蒸気圧の大きいHCl溶液から多量のHCl蒸気が発生し、SS400鋼は1時間の曝露によって赤さびが全面に発生した。
(6)腐食試験結果
表8に腐食試験結果を示した。この結果から明らかなように、Y溶射皮膜をビームおよびレーザ照射しても、そのままの状態の皮膜(No.2、6)では、すべての腐食試験において局部的な赤さびの発生が認められ、腐食成分の内部侵入を完全に防ぐことができなかった。この原因を解明するため、電子ビームおよびレーザ照射した溶射皮膜の表面を拡大鏡で観察すると、溶射膜特有の気孔は溶融現象によって消失しているが、微小な割れが多数発生していることが判明した。これらの割れは、高エネルギー照射によって溶融した溶射皮膜を通って内部に侵入したものと考えられる。高エネルギー照射を行なわない皮膜(No.4、8)ではすべての腐食試験において多量の赤さびが発生しているのに比較すると、高エネルギー照射の効果が認められるものの十分な対策とはなっていない。これに対し、アモルファス状炭素水素固形物膜を被覆した皮膜(No.1、3、5、7)では、腐食成分の侵入を完全に防ぎ、赤さびの発生は全く認められなかった。
【0060】
【表8】

【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の技術は、デポシールド、バッフルプレート、フォーカスリング、インシュレータリング、シールドリング、ベローズカバー、電極などの半導体加工装置用部材として用いられる。その他、本発明は、Si薄膜やSi薄膜の加工品などの搬送用部材の表面処理としても好適であり、また、液晶デバイスなどのプラズマ処理容器内部材、部品に対しても適用が可能である。さらに、本発明は、鏡面研磨した溶射皮膜製品への用途、具体的には印刷用ロール、フィルム用ロール、感光紙用ロールなどの技術としても有効である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】プラズマCVD処理装置の略線図である。
【図2】T形溶射皮膜試験片に、アモルファス状炭素水素固形物膜を形成したの例を示す略線図である。
【図3】溶射皮膜被覆部材に、アモルファス状炭素水素固形物膜を形成した例を示す断面図である。
【図4】セラミック系溶射皮膜の表面に、アモルファス状炭素水素固形物膜を形成した場合の封孔・被覆状況の模式図である。
【図5】ハロゲン化合物を含むガスを用いた腐食試験装置の略線図である。
【符号の説明】
【0063】
1 反応容器
2 溶射皮膜
3 導体
4 高電圧パルス発生電源
5 プラズマ発生用電源
6 重畳装置
7a、7b バルブ
9 高電圧導入部
21 鋼製基材
22 溶射皮膜
23 アモルファス状炭素水素固形物膜
31 基材
32 金属質溶射皮膜
33 セラミック溶射皮膜
34 アモルファス状炭素水素固形物膜
41 基材
42 セラミック溶射皮膜
43 貫通気孔
44 開気孔
45 アモルファス状炭素水素固形物膜
46 空隙部
51 試験片
52 電気炉
53 ステンレス鋼管
54 腐食性ガス
55 石英放電管
56 試験片設置台

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射皮膜の開気孔部が、10〜45原子%の水素を含有するアモルファス状炭素水素固形物によって充填され、かつ該溶射皮膜表面には0.5〜80μmの膜厚のアモルファス状炭素水素固形物膜が被覆されていることを特徴とする耐食性溶射皮膜。
【請求項2】
前記アモルファス状炭素水素固形物層は、炭素含有量90〜55原子%、水素含有量10〜45原子%の微小固体粒子からなり、硬さ(Hv)が700〜2800の特性を有するものであることを特徴とする請求項1に記載の耐食性溶射皮膜。
【請求項3】
前記溶射皮膜材料が、金属、サーメットおよびセラミックスから選ばれるいずれか1種以上のものであることを特徴とする請求項1または2に記載の耐食性溶射皮膜。
【請求項4】
前記溶射皮膜は、その表面に高エネルギー照射処理を施すことによって生成する2次再結晶層を有するものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1に記載の耐食性溶射皮膜。
【請求項5】
排気した反応容器内に、被処理溶射皮膜を保持すると共に炭化水素系ガスを導入し、その溶射皮膜に高周波電力と高電圧パルスとを印加して、導入した前記炭化水素系ガスのプラズマを発生させると同時に該溶射皮膜を負の電位になるように保持することによって、該溶射皮膜の開気孔中ならびにその表面に10〜45原子%の水素を含有するアモルファス状炭素水素固形物を吸着させ、溶射皮膜内開気孔を封孔すると同時にその表面にも被覆して皮膜を形成することを特徴とする溶射皮膜の封孔被覆方法。
【請求項6】
前記アモルファス状炭素水素固形物は、炭素含有量90〜55原子%、水素含有量10〜45原子%の微小固体粒子からなり、被覆膜は、0.5〜80μmの膜厚を有することを特徴とする請求項5に記載の溶射皮膜の封孔被覆方法。
【請求項7】
前記アモルファス状炭素水素固形物ならびにその膜は、硬さHv:700〜2800の特性を有することを特徴とする請求項5または6に記載の溶射皮膜の封孔被覆方法。
【請求項8】
前記溶射皮膜は、その表面に高エネルギー照射処理を施すことによって生成する2次再結晶層を有するものを用いることを特徴とする請求項5〜7のいずれか1に記載の溶射皮膜の封孔被覆方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−321194(P2007−321194A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−152423(P2006−152423)
【出願日】平成18年5月31日(2006.5.31)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】