説明

耐食性部材及びその製造方法

【課題】耐食性、耐水素吸収性を改善した表面層を有する多機能材を提供する。
【解決手段】少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる基体10と、この基体の表面層の少なくとも表面側に設けられたジルコニウム又はジルコニウム合金の酸化物に白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素並びに炭素がドープされた白金炭素ドープ酸化物層13と、この上に連続的に形成された少なくとも白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素を含む金属の金属酸化物層14とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酸化ジルコニウム層又はジルコニウム合金酸化物層に白金及び炭素がドープされた白金炭素ドープ酸化物層を有する耐食性部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジルコニウムは、熱中性子吸収断面積が金属中で最も小さく(0.16バーン)、耐食性に優れるので、原子炉材料として重要視され、また、医療機器の耐食材などに用いられている。また、ジルコニウム合金としては、原子炉などの燃料被覆管などに用いられている原子炉規格のものであるジルカロイや、ジルコニウム鉄合金、ジルコニウムニオブ合金、ジルコニウム銅合金、ジルコニウムアルミ合金、ジルコニウムマグネシウム合金などがある。ジルコニウム合金は、熱中性子吸収断面積が小さく、また機械的強度が高く、耐食、耐熱に優れるという特性を有する。
【0003】
一方、酸化ジルコニウム(ジルコニア)は、常温では単斜晶、1170℃で正方晶となり、さらに2370℃で立方晶となるが、正方晶から単斜晶への破壊的な相転移のため、そのままでは焼結体とすることができず、安定化もしくは部分安定化する必要がある。このような安定化もしくは部分安定化ジルコニアは、高強度且つ高靱性特性によりセラミック材料として広範囲な用途が期待されている。
【0004】
このようにジルコニウム並びに酸化ジルコニウムはセラミック材料として広範囲に使用されているが、セラミック自体の特性から、種々の問題がある。例えば、セラミックで構造体を形成する場合、特に比較的大きな構造体とするためには、金属などと比較して肉厚とする必要がある。また、溶射によりコーティング層を形成することができるが、セラミック粒子からなる膜なので、緻密ではないという問題がある。
【0005】
そこで、本出願人は、ジルコニウムや酸化ジルコニウムの表面に緻密な炭素ドープ酸化ジルコニウム皮膜を形成することにより、耐食性や硬度、耐摩耗性、光触媒活性を向上させる技術を開発した(特許文献1、2参照)。
【0006】
しかしながら、原子力被覆管材などの原子炉構造部材として用いる場合には、さらに、耐食性、耐水素吸収性の改善が要望される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−270316号公報
【特許文献2】特開2007−270317号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、耐食性、耐水素吸収性を改善した表面層を有する多機能材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記の目的を達成するために鋭意検討した結果、所定の条件下で白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素を含む金属の酸化物層、並びに炭素ドープ酸化ジルコニウム層に、白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素をドープした白金炭素ドープ層を形成することにより、耐食性、耐水素吸収性を改善することを知見し、本発明を完成させた。
【0010】
かかる本発明は、少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる基体と、この基体の表面層の少なくとも表面側に設けられたジルコニウム又はジルコニウム合金の酸化物に白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素並びに炭素がドープされた白金炭素ドープ酸化物層と、この上に連続的に形成された少なくとも白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素を含む金属の酸化物層とを具備することを特徴とする耐食性部材にある。
【0011】
また、少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、ジルコニウム合金酸化物又は酸化ジルコニウムからなる基体の表面に、金属酸化物に変換可能で白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素を少なくとも含む金属化合物を含むコーティング液の塗布層を形成し、次いで、塗布層を有する基体を、炭素、酸素を含む化学種が当該表面に供給される雰囲気下で加熱処理することにより前記ジルコニウム又はジルコニウム合金の酸化物に前記少なくとも一種の白金族元素並びに炭素がドープされた白金炭素ドープ酸化物層を形成すると共にその上に前記少なくとも一種の白金族元素を含む金属の酸化物層を形成することを特徴とする耐食性部材の製造方法にある。
【発明の効果】
【0012】
本発明の耐食性部材は、白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素の酸化物層及び白金炭素ドープ酸化物層を有するので、耐久性(高硬度、耐スクラッチ性、耐摩耗性、耐薬品性、耐熱性)に優れ且つ光触媒として機能し、さらに、白金ドープにより、耐食性、耐水素吸収性が向上したものであり、種々の技術分野にも有意に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の多機能材の製造プロセスを説明する概略図である。
【図2】本発明のオートクレーブ腐食試験の結果を示す図である。
【図3】本発明のオートクレーブ腐食試験後の水素吸収量を示す図である。
【図4】本発明のオートクレーブ腐食試験後の水素吸収率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の耐食性部材は、例えば、少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、ジルコニウム合金酸化物又は酸化ジルコニウムからなる基体の表面に、金属酸化物に変換可能で白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素を少なくとも含む金属化合物を含むコーティング液の塗布層を形成した後、炭素、酸素を含む化学種が当該表面に供給される雰囲気下で加熱処理することにより形成できる。これにより、塗布層中の白金族元素は、基体の表面に炭素ドープ酸化ジルコニウム層又は炭素ドープジルコニウム合金酸化物層(以下、両者を炭素ドープ酸化ジルコニウム層と呼ぶことがある)が形成される際に内部に拡散し、これにより、白金族元素及び炭素ドープ酸化ジルコニウム層又は白金族元素及び炭素ドープジルコニウム合金酸化物層(両者を、白金炭素ドープ酸化物層と呼ぶ)が形成される。また、この際、白金炭素ドープ酸化物層の上には、白金族元素を含む酸化物層が形成される。
【0015】
このプロセスを図示すると図1のようになる。図に示すように、基体のジルコニウム、ジルコニウム合金、ジルコニウム合金酸化物又は酸化ジルコニウムからなる表面層10上に、金属酸化物に変換可能で少なくとも白金族元素を含む金属化合物を含むコーティング液の塗布層11を形成した後、炭素、酸素を含む化学種が当該表面に供給される雰囲気下で加熱処理12を行う(図1(a)参照)。これにより、炭素ドープ酸化物層を形成すると共に、白金族元素が炭素ドープ酸化物層内に拡散し、白金炭素ドープ酸化物層13を表面層10の表面側の内部に形成する。白金炭素ドープ酸化物層13内における白金族元素の含有量は、白金炭素ドープ酸化物層13の表面近傍に含有される。また、表面層10上の塗布層11は酸化されて白金族金属を含む金属の酸化物層14となる(図1(b)参照)。ここで、酸化物層14に含まれる白金族金属が、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムは酸化物として存在するが、白金は酸化されずに金属として存在すると推定される。
【0016】
ここで、白金炭素ドープ酸化物層において、白金族元素の含有量は、表面から内部に向かって徐々に減少するが、例えば、5μm以下程度の深さまで白金族元素がドープされている。なお、ここで、白金族元素、炭素がドープされているとは、基体の表面層が白金族元素、炭素を含有するジルコニウム合金の場合には、元々の含有量以上に白金族元素、炭素が含有されていることをいう。
【0017】
本発明の多機能層は、セラミックの溶射などにより形成されたコーティング層とは異なり、緻密な層である。
【0018】
本発明の白金炭素ドープ酸化物層には、炭素と共に白金族元素がドープされているが、炭素はZr−C結合した状態でドープされているのが好ましい。すなわち、白金炭素ドープ酸化物層において炭素が酸化ジルコニウムZrOの酸素を置換するようにドープされているのであり、Zr−C結合が生成されている。このようにZr−C結合が存在することにより、耐久性が著しく向上し、光触媒としての特性が向上する。また、白金族元素の存在により、耐食性、耐水素吸収性が向上する。なお、白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素のうち、イリジウムは中性子吸収断面積が大きいことから原子炉被覆管などの用途には好適ではない。
【0019】
本発明の白金炭素ドープ酸化物層は、表面層以外がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物以外の材質からなる基体の表面に設けられていてもよいが、白金炭素ドープ酸化物層の下層側は、ジルコニウム、ジルコニウム合金、ジルコニウム合金酸化物又は酸化ジルコニウムの何れかで構成されていることになる。何れにしても、基体を金属で形成したその表面に白金炭素ドープ酸化物層を連続的に設けることができるため、従来のセラミックである安定化又は部分安定化ジルコニアとは全く異なった特性を有するものである。
【0020】
例えば、ジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物以外の材質からなる基体の表面にジルコニウム、ジルコニウム合金、ジルコニウム合金酸化物又は酸化ジルコニウムからなる表面層を設け、さらに、この上に金属酸化物に変換可能で少なくとも白金族元素を含む金属化合物を含むコーティング液の塗布層を設けた後、これを炭素、酸素を含む化学種が当該表面に供給される雰囲気下で加熱処理することにより、表面層全体を白金炭素ドープ酸化物層とすると、ジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物以外の材質からなる基体の表面に白金炭素ドープ酸化物層を形成した状態となり、また、表面層の表面側の一部を白金炭素ドープ酸化物層とすると、白金炭素ドープ酸化物層の下層はジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物となる。なお、基体全体がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる場合も、多機能層の下層はジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物となる。このように白金炭素ドープ酸化物層はその下層のジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物と連続的且つ一体的に形成される緻密な層であり、剥離等の問題がないものである。
【0021】
また、その基体の形状については、高硬度、耐スクラッチ性、耐摩耗性、耐薬品性、耐熱性等の耐久性が望まれる最終商品形状(平板状や立体状)や、表面に光触媒機能を有することが望まれる最終商品形状であっても、或いは粉末状であってもよい。
【0022】
本発明においては、表面層の表面側に白金炭素ドープ酸化物層を有する基体の表面上には、白金族元素を含む酸化物層を有する。かかる白金族元素を含む金属の酸化物層は、金属酸化物に変換可能で少なくとも白金族元素を含む金属化合物を含むコーティング液の塗布層が、炭素ドープ酸化物形成処理により、高温酸化処理されて形成されたものである。
【0023】
以下、本発明の耐食性部材の製造方法をさらに詳述する。
【0024】
本発明では、まず、少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、ジルコニウム合金酸化物又は酸化ジルコニウムからなる基体の表面に、金属酸化物に変換可能で少なくとも白金族元素を含む金属化合物を含むコーティング液の塗布層を形成する。
【0025】
ここで、金属酸化物に変換可能な白金族元素を含む金属化合物のコーティング液は、例えば、白金族元素を含む金属の塩、アルコキシドなどの金属化合物の溶液である。
【0026】
また、このようなコーティング液の塗布層は、浸漬、刷毛塗り、スピンコートなどの各種塗布法により形成することができる。
【0027】
ここで、塗布層の形成前に、基体の比表面積を増大させる処理を施してもよい。例えば、20%沸騰塩酸などを用いて、例えば、20分間程度のエッチング処理を行うことにより、比表面積を増大させることができる。
【0028】
また、塗布層が良好に形成でき、金属酸化物層の密着性を向上させるため、比表面積を増大させた後、又はかかる処理を行わないで、例えば、大気中で500〜550℃で加熱処理してもよいし、又は後述する炭素ドープ酸化物形成処理を行ってもよい。
【0029】
このように形成した塗布層を有する基体を、以下に詳述する炭素ドープ酸化物形成処理を施すことにより、塗布層は金属酸化物層となり、その下層側に、白金炭素ドープ酸化物層が形成される。
【0030】
なお、塗布層の形成及び炭素ドープ酸化物形成処理を複数回繰り返し行って形成してもよい。
【0031】
本発明において、炭素、酸素を含む化学種が表面に供給される雰囲気下で加熱処理する(以下、炭素ドープ酸化物層形成処理ともいう)とは、例えば、炭素及び酸素を含む化合物を含むガス(炭素原子と酸素原子がガス雰囲気中に存在していればよく、炭素を含む化合物を含むと共に酸素を含むガス、炭素及び酸素の両者を含む化合物を含むと共に必要に応じて酸素を含むガスなどをいう)の燃焼炎を用いて加熱処理すること、又はこのような燃焼炎の雰囲気ガスを表面に供給しながら必要に応じて加熱処理することである。すなわち、炭素、酸素を含む化学種、すなわち、活性化された炭素原子又は炭素原子を含む原子団、活性化された酸素又は酸素原子を含む原子団、炭素及び酸素を含む原子団などが表面に供給される状態で加熱処理をすればよく、好適には燃焼炎を用いて直接表面を加熱処理するか、燃焼炎の雰囲気ガスを表面に供給しながら加熱処理することにより、表面を酸化しつつ炭化するという複雑な表面改質を実現し、炭素を表面にドープして炭素ドープ酸化物層を形成する。また、この際、表面に存在する白金族元素を含む金属も内方へ拡散し、白金炭素ドープ酸化物層が形成される。すなわち、本発明の炭素ドープ酸化物層形成処理は、基体の表面に存在する白金族元素を内部に拡散させる方法として有効であるともいえる。
【0032】
アセチレン、メタン、プロパンなどの(より好ましくは二重結合か三重結合を含む)炭化水素を燃焼させ、その雰囲気内に基体を設置することにより表面にカーボンドープ酸化ジルコニウム層を形成させる。燃焼を伴わない場合にもカーボンドープ酸化ジルコニウム層が得られるが、好ましくは燃焼雰囲気がよい。炭化水素の代わりに、炭素と酸素を含む一酸化炭素や二酸化炭素などを用いても良い。この処理によりドープした炭素の一部はZr−C結合を有している。
【0033】
具体的には、基体の表面にガスの燃焼炎を直接当てて高温で加熱処理しても、そのような基体の表面を燃焼ガスの雰囲気中で加熱処理してもよく、この加熱処理は例えば炉内で実施することができる。燃焼炎を直接当てて高温で加熱処理する場合には、上記のようなガスを炉内で燃焼させ、その燃焼炎を該基体の表面に当てればよい。燃焼ガス雰囲気中で加熱処理する場合には、上記のようなガスを炉内で燃焼させ、その高温の燃焼ガス雰囲気を利用する。なお、少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる基体が粉末状である場合には、そのような粉末を火炎中に導入し、火炎中に所定時間滞留させて加熱処理するか、或いはそのような粉末を流動状態の高温の燃焼ガス中に流動床状態に所定時間維持することにより粒子全体を炭素ドープ酸化ジルコニウムとするか、表面が炭素ドープ酸化ジルコニウム層を有する粉末とすることができる。
【0034】
このように炭素ドープ酸化ジルコニウム層を形成する条件は、表面改質する表面の素材や処理方法によって異なり、一概に設定することはできない。すなわち、例えば、加熱処理の温度や時間は、表面に供給される炭素、酸素を含む化学種の種類や濃度の違い、例えば、燃焼炎を用いる場合には、燃焼ガスの種類や燃焼炎の用い方により異なるが、炭素ドープ酸化ジルコニウム層、特に、Zr−C結合が形成される炭素ドープ酸化ジルコニウム層が形成できる条件を選択する必要がある。
【0035】
このような白金炭素ドープ酸化物層は、下層のジルコニウム層、酸化ジルコニウム層、ジルコニウム合金層、ジルコニウム合金酸化物層から連続して一体的に形成されている。なお、かかる白金炭素ドープ酸化物層の厚さは加熱処理の温度及び時間により変化するものである。
【0036】
このような炭素ドープ酸化物層形成処理の好ましい方法としては、炭素、酸素を含む化合物を含む燃焼ガス、例えば、アルコール系化合物、炭化水素などを含むガスの燃焼炎を用いて加熱処理するのが望ましい。
【0037】
このような燃焼炎を用いて加熱処理して本発明の白金炭素ドープ酸化物層を得る場合、特に、炭化水素、好ましくは不飽和結合を含む炭化水素、特にアセチレンを主成分とするガスの燃焼炎、特に還元炎を利用することが望ましい。炭化水素含有量が少ない燃料を用いる場合には、炭素のドープ量が不十分であったり、皆無であったりし、その結果として硬度が不十分となる。
【0038】
ここで、炭化水素、特にアセチレンを主成分とするガスとは、炭化水素を少なくとも50容量%含有するガスを意味し、例えば、アセチレンを少なくとも50容量%含有し、適宜、空気、水素、酸素等を混合したガスを意味する。このような多機能材の製造においては、炭化水素を主成分とするガスがアセチレンを50容量%以上含有することが好ましく、炭化水素がアセチレン100%であることが最も好ましい。不飽和炭化水素、特に三重結合を有するアセチレンを用いた場合には、その燃焼の過程で、特に還元炎部分で、不飽和結合部分が分解して中間的なラジカル物質が形成され、このラジカル物質は活性が強いので炭素ドープが生じ易いと考えられる。勿論、後述する実施例に示すように、プロパンなどの炭化水素を用いても、炭素ドープすることができる。
【0039】
なお、このように燃焼炎を用いて耐食性部材を製造する場合、加熱処理する基体の表面層がジルコニウム又はジルコニウム合金である場合には、該ジルコニウム又はジルコニウム合金を酸化する酸素が必要であり、その分だけ空気又は酸素を含んでいる必要がある。
【0040】
本発明の耐食性部材の製造においては、表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる基体の表面を、炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を用いて高温で加熱処理するが、この場合に、基体の表面に炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を直接当てて高温で加熱処理しても、そのような基体の表面を炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で加熱処理してもよく、この加熱処理は例えば炉内で実施することができる。燃焼炎を直接当てて高温で加熱処理する場合には、上記のような燃料ガスを炉内で燃焼させ、その燃焼炎を該基体の表面に当てればよい。燃焼ガス雰囲気中で加熱処理する場合には、上記のような燃料ガスを炉内で燃焼させ、その高温の燃焼ガス雰囲気を利用する。なお、少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる基体が粉末状である場合には、そのような粉末を火炎中に導入し、火炎中に所定時間滞留させて加熱処理するか、或いはそのような粉末を流動状態の高温の燃焼ガス中に流動床状態に所定時間維持することにより粒子全体を炭素がZr−C結合の状態でドープされた鉄炭素ドープ酸化物とするか、炭素がZr−C結合の状態でドープされた鉄炭素ドープ酸化物層を有する粉末とすることができる。
【0041】
アセチレンを主成分とするガスの燃焼炎を用いた加熱処理の場合には、基体の表面温度が200〜1100℃、好ましくは400〜660℃となり、基体の表面層が炭素ドープ酸化ジルコニウム層となるように加熱処理する必要がある。加熱処理が不十分の場合には、炭素ドープ酸化ジルコニウム層とはならず、基体の耐久性は不十分となり、且つ光触媒活性も不十分となる。一方、基体の表面温度が660℃を超える加熱処理の場合には、耐食性、耐水素吸収性の上昇が小さくなる。
【0042】
本発明の耐食性部材の白金炭素ドープ酸化物層は、炭素を、例えば、0.1〜10at%含有するものである。かかる炭素含有量は、加熱処理の条件、表面層の材質などによって異なり、特に限定されないが、炭素含有量が上昇するほど耐久性等の特性の向上が見られる傾向となる。
【0043】
本発明の白金炭素ドープ酸化物層の厚さは、10nm以上であることが好ましく、高硬度、耐スクラッチ性、耐摩耗性を達成するためには50nm以上であることが一層好ましい。白金炭素ドープ酸化物層の厚さが10nm未満である場合には、得られる炭素ドープ酸化ジルコニウム層を有する多機能材の耐久性は不十分となる傾向がある。白金炭素ドープ酸化物層の厚さの上限については、コストと達成される効果とを考慮する必要があるが、特に制限されるものではない。
【0044】
本発明の白金炭素ドープ酸化物層は、上述したとおり、ジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物以外の材質からなる基体の表面に設けられていてもよいし、ジルコニウム、ジルコニウム合金、ジルコニウム合金酸化物又は酸化ジルコニウムの何れかで構成されている下層上に設けられていてもよく、この場合の下層の下地はジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物以外の材質となる。
【0045】
ここで、ジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物以外の材質からなる基体とは、上述したような製造方法における加熱処理の際に燃焼したり、溶融したり、変形したりするものでなければ、特に制限されることはない。このような基体としては、鉄、鉄合金、非鉄合金、セラミックス、その他の陶磁器、高温耐熱性ガラス等を用いることができる。このような基体上に形成される薄膜状の表面層は、ジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる皮膜をスパッタリング、蒸着、溶射等の方法で形成したもの等を挙げることができるが、緻密で下層との密着力の優れた層とするのが好ましい。
【0046】
また、少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる基体が粉末状である場合には、その粉末の粒径が小さい場合に上記のような加熱処理により粒子全体を炭素ドープ酸化ジルコニウムとすることが可能であるが、本発明においては表面層のみが炭素ドープ酸化ジルコニウムとなれば良いのであり、従って、粉末の粒径については何ら制限されることはない。しかし、加熱処理の容易性、製造の容易性を考慮すると15nm以上であることが好ましい。
【0047】
さらに、本発明において、ジルコニウム合金としては、公知の種々のジルコニウム合金を用いることができ、特に制限されることはない。例えば、原子炉規格のジルカロイ2またはジルカロイ4などのジルカロイや、ジルコニウム鉄合金、ジルコニウム銅合金、ジルコニウムニオブ合金、ジルコニウムスズ合金、ジルコニウムアルミ合金、ジルコニウムマグネシウム合金などを挙げることができる。
【0048】
本発明の耐食性部材の白金炭素ドープ酸化物層は、酸化ジルコニウム層よりも優れたビッカース硬度を有し、酸化ジルコニウム層より15%程度高いビッカース硬度を有する。
【0049】
また、本発明の耐食性部材の炭素ドープ酸化ジルコニウム層は、酸化ジルコニウム層と同様に耐薬品性にも優れており、1M硫酸及び1M水酸化ナトリウムのそれぞれの水溶液に一週間浸漬した後、皮膜硬度、耐摩耗性及び光電流密度を測定し、処理前の測定値と比較したところ、有為な変化はみられなかった。
【0050】
本発明の耐食性部材の白金炭素ドープ酸化物層は、光触媒として有効に作用するものである。
【0051】
以上説明したように、本発明の白金炭素ドープ酸化物層は、緻密であり、下層と連続的に形成されるので、下層との密着性も良好である。従って、従来、安定化ジルコニアや部分安定化ジルコニアを溶射、PVD、CVDなどにより形成したコーディング層の代替品として使用した場合、より緻密で、下層との密着性の高い白金炭素ドープ酸化物層を形成できるので、各種用途に使用可能である。
【実施例】
【0052】
試験片として、ジルカロイ2(ジルコニウム合金, Zircaloy-2)板材を用いておこなった。組成分析の結果、ジルコニウム98.25w%、スズ1.45w%、クロム0.10w%、鉄0.135w%、ニッケル0.055w%、ハフニウム0.01w%であった。また、圧延後の最終焼鈍は真空中で580℃、2時間実施した。試験片寸法は、幅20mm×長さ30mm×厚さ0.6mmである。
【0053】
試験前に、以下の洗浄と乾燥を実施した。まず、超音波洗浄機を用いてアセトン中で10分間の脱脂、その後エタノール中で10分間、水中で10分間、最終的に50℃の恒温槽で4時間乾燥させた。
【0054】
(実施例1)
まず、比表面積を増大させるため、20%沸騰塩酸に試験片を浸漬し、20分間のエッチング処理を行う。これを、純水で塩酸の掛け流し洗いを行い、乾燥器にて60℃で水分を蒸発させる。
【0055】
次いで、白金族元素コーティング液を塗りやすくし、密着性を高めるために、予め520℃に加熱した電気炉に入れ、15分間大気酸化処理を行い、所定時間経過後、試料片を取り出し、空冷する。
【0056】
次に、試験片に白金族元素コーティング液である1mol/Lの塩化白金酸溶液をはけ塗りする。そして、治具でコーティング面に触れないようにして、10分間常温にて乾燥させる。次に、10分経過後、乾燥機(60℃)に入れ、さらに10分乾燥させる。
【0057】
次に、予め520℃に加熱した電気炉に入れ、プロパンと空気の燃焼ガスを供給し、500℃にて2時間保持する炭素ドープ酸化物層形成処理を行い、電気炉から取り出して空冷する。
【0058】
白金族元素コーティング液の塗布の工程に戻り、4回繰り返し、金属酸化物層とした。
【0059】
(実施例2)
白金族元素コーティング液として、1mol/Lの塩化白金イリジウム酸を含有する溶液を用いた以外は実施例1と同様にして金属酸化物層を形成した。なお、白金とイリジウムの比率は2:1とした。
【0060】
(比較例1)
まず、比表面積を増大させるため、20%沸騰塩酸に試験片を浸漬し、20分間のエッチング処理を行う。これを、純水で塩酸の掛け流し洗いを行い、乾燥器にて60℃で水分を蒸発させる。
【0061】
次いで、白金族元素コーティング液を塗りやすくし、密着性を高めるために、予め520℃に加熱した電気炉に入れ、15分間大気酸化処理を行い、所定時間経過後、試料片を取り出し、空冷する。
【0062】
次に、試験片に白金族元素コーティング液である1mol/Lの塩化白金酸溶液をはけ塗りする。そして、治具でコーティング面に触れないようにして、10分間常温にて乾燥させる。次に、10分経過後、乾燥機(60℃)に入れ、さらに10分乾燥させる。
【0063】
次に、予め520℃に加熱した電気炉に入れ、500℃にて2時間保持する大気加熱形成処理を行い、電気炉から取り出して空冷する。
【0064】
白金族元素コーティング液の塗布の工程に戻り、4回繰り返し、金属酸化物層とした。
【0065】
(オートクレーブ腐食試験)
容量900mlの静置式オートクレーブに水を約500ml入れて、実施例1、2及び比較例1並びに未処理試験片(標準品)を水中に浸漬させた。脱気後に温度約360℃、圧力18.7MPaに昇温昇圧した。試験の前後にて腐食重量増を測定した。
【0066】
図2に静置式オートクレーブにて、360℃で所定日時維持した後の腐食重量増を示す。縦軸に単位面積当たりの重量増加を、横軸に腐食時間(360℃保持時間)を示す。また、HillnerE.(ASTM STP633,211(1977))に基づいた実験式を図2に示す。
【0067】
実施例1、2のように白金含有コーティング層を形成した後、炭素ドープ酸化物形成処理を行うことで、白金含有コーティング層を形成した後、大気中酸化処理を行った比較例1や未処理材(標準品)と比較しても腐食重量増を大幅に低減させる相乗効果が得られることがわかった。
【0068】
(水素吸収試験)
容量900mlの静置式オートクレーブに水を約500ml入れて、実施例1、2及び未処理試験片(標準品)を水中に浸漬させた。脱気後に温度約360℃、圧力18.7MPaに昇温昇圧した。試験の前後にて水素吸収量を測定した。この結果を図3に示す。
【0069】
また、水素吸収量を酸化で発生する水素量で除した値である水素吸収率を求め、図4に示した。
【0070】
この結果、実施例1、2では、未処理試験片(標準品)と比較して水素吸収量が大幅に低減し、また、水素吸収率も小さいことがわかった。
【符号の説明】
【0071】
10 表面層
11 塗布層
12 加熱処理
13 白金炭素ドープ酸化物層
14 酸化物層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物からなる基体と、この基体の表面層の少なくとも表面側に設けられたジルコニウム又はジルコニウム合金の酸化物に白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素並びに炭素がドープされた白金炭素ドープ酸化物層と、この上に連続的に形成された少なくとも白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素を含む金属の酸化物層とを具備することを特徴とする耐食性部材。
【請求項2】
請求項1記載の耐食性部材において、
前記白金炭素ドープ酸化物層中の炭素がZr−C結合した状態でドープされていることを特徴とする耐食性部材。
【請求項3】
請求項1又は2記載の耐食性部材において、
前記白金炭素ドープ酸化物層の白金及び炭素の含有量は、前記基体を構成するジルコニウム、ジルコニウム合金、酸化ジルコニウム又はジルコニウム合金酸化物に含有される白金及び炭素の含有量よりも大きいことを特徴とする耐食性部材。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の耐食性部材において、
原子炉構造材であることを特徴とする耐食性部材。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の耐食性部材において、
原子炉被覆管材、または被覆管支持部材、チャンネルボックス、制御棒案内管材であることを特徴とする耐食性部材。
【請求項6】
少なくとも表面層がジルコニウム、ジルコニウム合金、ジルコニウム合金酸化物又は酸化ジルコニウムからなる基体の表面に、金属酸化物に変換可能で白金、パラジウム、イリジウム、ルテニウム、ロジウム及びオスミウムからなる白金族元素から選択される少なくとも一種の白金族元素を少なくとも含む金属化合物を含むコーティング液の塗布層を形成し、
次いで、塗布層を有する基体を、炭素、酸素を含む化学種が当該表面に供給される雰囲気下で加熱処理することにより前記ジルコニウム又はジルコニウム合金の酸化物に前記少なくとも一種の白金族元素並びに炭素がドープされた白金炭素ドープ酸化物層を形成すると共にその上に前記少なくとも一種の白金族元素を含む金属の酸化物層を形成することを特徴とする耐食性部材の製造方法。
【請求項7】
請求項6記載の耐食性部材の製造方法において、
前記加熱処理は、少なくとも炭素を含む化合物を含有するガスの燃焼炎を用いて行うか、又は少なくとも炭素を含む化合物を含有するガスの燃焼ガス若しくは燃焼排ガスを用いて形成した雰囲気中で加熱するかによることを特徴とする耐食性部材の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は7記載の耐食性部材の製造方法において、
前記加熱処理は、炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を用いて行うか、又は少なくとも炭素を含む化合物を含有するガスの燃焼ガス若しくは燃焼排ガスを用いて形成した雰囲気中で加熱するかによることを特徴とする耐食性部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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