説明

肉煮込み風味付与剤およびその製造方法

【課題】肉を煮込んだ際に得られる独特の肉風味を飲食品に付与でき、かつローストフレーバーは弱い肉煮込み風味付与剤を提供すること。
【解決手段】アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩と、チアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩とを共存させて加熱して得られることを特徴とする肉煮込み風味付与剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉煮込み風味付与剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食生活の洋風化や多様化、あるいは本格志向に伴い、カレー、シチューなどの煮込み料理、コンソメスープ、中華風スープなどのスープ類、さらに、ホワイトソース、パスタソースなど多くの食品に、調理感、濃厚感、高級感を付与するために、肉を煮込むことにより生じる複雑な風味(肉煮込み風味)は欠かせない。
【0003】
肉様の風味(肉風味)を付与する調味料およびその製造方法としては、グルタチオンまたはグルタミルシステインを含有する酵母エキスに糖類を添加して加熱することを特徴とする方法(特許文献1参照)、5'−ヌクレオチド含有酵母エキスにグルタチオン含有酵母エキスと糖を加えて加熱することを特徴とする方法(特許文献2参照)、食用植物油脂とグルタチオン含有酵母エキス粉末の混合物を粉末状態で加熱することを特徴とする方法(特許文献3参照)や該方法により製造される調味料が知られている。
【0004】
しかし、これら従来の調味料では肉様風味は付与できても肉煮込み風味は十分に付与できなかった。また、食品によっては、肉様風味調味料に特徴的な焦がしたような臭い(ローストフレーバー)が好まれないものもあるため、肉煮込み風味は強いがローストフレーバーは弱い肉煮込み風味付与剤の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2903659号公報
【特許文献2】特許第3742584号公報
【特許文献3】特開2008−125361号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、肉を煮込んだ際に生じる独特の風味(肉煮込み風味)は強いがローストフレーバーは弱い肉煮込み風味付与剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の(1)〜(5)の発明を包含する。
(1)アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩と、チアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩とを共存させて加熱して得られることを特徴とする肉煮込み風味付与剤。
(2)アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩と、チアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩とを共存させて加熱することを特徴とする肉煮込み風味付与剤の製造方法。
(3)上記(1)の肉煮込み風味付与剤を飲食品の素材に添加することを特徴とする、飲食品の製造方法。
(4)アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩と、チアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩とを飲食品の素材に添加して加熱する工程を含むことを特徴とする、飲食品の製造方法。
(5)上記(3)または(4)の方法により得られる飲食品。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来の肉様風味調味料とは異なり、肉を煮込んだ際に生じる独特の風味を付与することのできる肉煮込み風味付与剤を提供することができる。
【0009】
本発明の肉煮込み風味付与剤を添加した飲食品は、肉煮込み風味は強いが、焦がしたような臭いのローストフレーバーが弱いという特性を有するため、肉煮込み料理に特有なまろやかさや穏やかな風味を感じることができ、嗜好性の多様化、高級化に対応した飲食品として提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、肉煮込み風味付与剤1(本発明品)と比較組成物5(比較品)を添加した醤油ラーメンスープの官能評価結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の肉煮込み風味付与剤は、アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩と、チアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩とを共存させて加熱して得られることを特徴とする。
【0012】
本発明に用いられるアスコルビン酸は、L体およびD体のいずれであってもよい。アスコルビン酸の誘導体としては、アスコルビン酸の脂肪酸エステル、リン酸エステル、硫酸エステル等があげられる。ここで、脂肪酸エステルの脂肪酸は、直鎖または分岐状の飽和または不飽和の脂肪酸のいずれであってもよいが、直鎖脂肪酸が好ましく、直鎖飽和脂肪酸がさらに好ましい。該脂肪酸の炭素数は1〜24が好ましく、6〜20がさらに好ましい。例えば、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸などがあげられる。
【0013】
本発明においては、アスコルビン酸またはその誘導体に代えてアスコルビン酸の異性体であるエリソルビン酸を用いてもよい。
【0014】
アスコルビン酸もしくはその誘導体、またはエリソルビン酸は、それらの塩を用いてもよく、塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等の金属塩があげられる。
【0015】
本発明に用いられるチアミンの誘導体としては、チアミンのリン酸エステル、二リン酸エステル、三リン酸エステル、チアミンピロリン酸などのチアミンシアル型誘導体、チアミンラウリル硫酸などのチアミン脂肪酸エステル、ジベンゾイルチアミンなどのチアミン芳香族カルボン酸エステル、チアミンアルキルジスルフィドやアリチアミン等のチオール型誘導体等があげられる。
【0016】
チアミンまたはその誘導体は、それらの塩を用いてもよく、塩としては、塩酸塩、硝酸塩等があげられる。
【0017】
アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩(以下、それぞれ単にアスコルビン酸またはエリソルビン酸という)、およびチアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩(以下、単にチアミンという)は、市販のものを用いてもよいが、これらの含有物を用いてもよい。
【0018】
アスコルビン酸含有物としては、例えば、アケビ、アセロラ、アボカド、イチゴ、柿、カボス、カムカム、キウイフルーツ、グアバ、グレープフルーツ、サツマイモ、ジャガイモ、シークアーサー、スダチ、パセリ、パパイア、ピーマン、ユズ、ライム、レモンなど、あるいはこれらの抽出物があげられる。
【0019】
チアミン含有物としては、例えば、イクラ、うなぎ、カシューナッツ、かつお、こい、玄米、酵母、米ぬか、ごま、小麦胚芽、昆布、大豆、たらこ、海苔、ピスタチオ、ひまわりの種、豚肉、落花生など、あるいはこれらの抽出物があげられる。
【0020】
アスコルビン酸またはエリソルビン酸とチアミンとを共存させる方法としては、たとえば、アスコルビン酸またはエリソルビン酸とチアミンとを混合して混合物とする方法があげられる。アスコルビン酸またはエリソルビン酸とチアミンとを混合して混合物とする場合、それぞれそのまま混合してもよいが、水、緩衝液等に溶解させてから混合してもよい。
また、混合物は固形分濃度を高める目的で還元デキストリン等を含有してもよい。
【0021】
アスコルビン酸またはエリソルビン酸とチアミンの含有量は、各々0.001〜100%、好ましくは0.01〜100%、さらに好ましくは0.1〜100%である。
【0022】
また、アスコルビン酸またはエリソルビン酸とチアミンは、重量比で1:0.0001〜99、好ましくは1:0.001〜10、より好ましくは1:0.01〜3の割合で混合する。
【0023】
アスコルビン酸またはエリソルビン酸とチアミンとを共存させて加熱する際の温度および時間の条件は、通常60〜200℃、好ましくは70℃〜180℃、さらに好ましくは90℃〜120℃で、通常1分間〜24時間、好ましくは10〜180分間、さらに好ましくは20〜60分間である。加熱する際のpHは、pH2〜13、好ましくはpH3〜9、さらに好ましくはpH4〜7である。
【0024】
加熱して得られる加熱反応物は、そのまま本発明の肉煮込み風味付与剤として用いてもよいが、さらに脱色処理、固液分離処理、濃縮処理、乾燥処理等の処理を、単独でまたは組み合わせて行い、これを本発明の肉煮込み風味付与剤としてもよい。
【0025】
本発明の肉煮込み風味付与剤は、その性質を損なわない範囲で必要に応じて飲食品に使用可能な他の成分を添加して肉煮込み風味付与剤としてもよい。添加可能な成分としては、澱粉、デキストリン、還元デキストリン、糖アルコール、グリセリン、食塩等の賦形剤;塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム等の無機塩;フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、脂肪酸等のカルボン酸;グルタミン酸ナトリウム、グリシン、アラニン等のアミノ酸;イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウム等の核酸;ショ糖、ブドウ糖、乳糖等の糖類;醤油、味噌、ソース類、たれ類、マヨネーズ類、ドレッシング類、トマト加工調味料、畜肉エキス、家禽エキス、魚介エキス等の調味料;スパイス類、ハーブ類等の香辛料;pH調整剤、酸味料、甘味料、増粘安定剤、酸化防止剤、着色料等が挙げられる。
【0026】
本発明の肉煮込み風味付与剤は、液状、粉状、顆粒状等のいずれの形状を有するものであってもよい。あるいは、油脂と乳化剤および必要に応じて増粘安定剤を添加して乳化することにより、乳液状とすることもできる。
【0027】
本発明の肉煮込み風味付与剤を、カレー、シチュー、ラーメン、スープ類、ソース類、つゆ類、惣菜類、畜産・水産・農産加工品等の肉を煮込んで得られる風味が好ましいとされる飲食品、好ましくは肉を煮込んで得られる風味は好まれるが、ローストフレーバーは好まれない飲食品の素材に添加し、これらの飲食品の通常の製造法にしたがって飲食品を調理、製造することにより、これらの飲食品に肉を煮込んだ際に得られる好ましい風味を付与することができる。
【0028】
ここで、肉煮込み風味における肉はいわゆる食肉全般を指し特に限定されない。例えば牛肉、豚肉、鶏肉、家兎肉、猪肉、鹿肉、馬肉、鴨肉、山羊肉、綿羊肉、熊肉、アヒル肉、きじ肉、七面鳥肉、うずら肉、すずめ肉、はと肉、ほろほろちょう肉、イノブタ肉、だちょう肉、鯨肉、イルカ肉、ワニ肉、ヘビ肉等のいずれであってもよい。
【0029】
本発明の飲食品の製造方法としては、例えば、本発明の肉煮込み風味付与剤を、上記飲食品を製造する際に素材の一部として添加する方法、喫食の際に添加する方法、製品となっている飲食品を加熱調理、電子レンジ調理等で調理する際に添加する方法等があげられる。
【0030】
あるいは、本発明の飲食品の製造方法としては、アスコルビン酸またはエリソルビン酸とチアミンとを上記飲食品の素材に添加し、加熱調理する方法、または、アスコルビン酸またはエリソルビン酸とチアミンとを製品となっている飲食品に添加して加熱する方法等もまた挙げられる。
【0031】
上記の方法により製造される飲食品は、肉煮込み風味が強く、かつローストフレーバーが弱い、特に喫食した際に最初の方で感じるトップノートにおけるローストフレーバーが弱いという特性を有する。
【0032】
本発明の肉煮込み風味付与剤の飲食品への添加量は、添加する飲食品の種類によって異なるが、例えば、上記の加熱反応物を含む肉煮込み風味付与剤を、飲食品100重量部に対して、0.0001重量部〜20重量部添加すればよい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものでない。
【0034】
(実施例1)
水48重量部にチアミン塩酸塩0.3重量部、アスコルビン酸ナトリウム3重量部、還元デキストリン42.7重量部、食塩6重量部を加えて完全に溶解し、水酸化ナトリウムでpHを8に調整した後、100mL容のメジウム瓶に入れ、120℃で30分間加熱して肉煮込み風味付与剤1を製造した。
【0035】
(比較例1)
アスコルビン酸ナトリウムを用いない以外は実施例1と同様の操作を行なって比較組成物1を得た。
【0036】
(比較例2)
チアミン塩酸塩を用いない以外は実施例1と同様の操作を行なって比較組成物2を得た。
【0037】
(比較例3)
アスコルビン酸ナトリウムのかわりにキシロースを用いる以外は実施例1と同様の操作を行なって比較組成物3を得た。なお、キシロースは従来知られている肉様風味調味料の製造(たとえば、特許第2903659号公報、特許第3742584号公報を参照)に使用される糖の中で多く使用されているものとして用いた(以下、同じ)。
【0038】
(比較例4)
チアミンの代わりに還元型グルタチオンを用いる以外は実施例1と同様の操作を行なって比較組成物4を得た。なお、還元型グルタチオンは従来知られている肉様風味調味料の製造(たとえば、特許第2903659号公報、特許第3742584号公報を参照)に多く使用されている物質として用いた(以下、同じ)。
【0039】
(比較例5)
チアミンの代わりに還元型グルタチオンを用い、アスコルビン酸ナトリウムのかわりにキシロースを用いる以外は実施例1と同様の操作を行なって比較組成物5を得た。
【0040】
(比較例6)
チアミン塩酸塩およびアスコルビン酸ナトリウムを用いない以外は実施例1と同様の操作を行なって比較組成物6を得た。
【0041】
(実施例2)
水96重量部にチアミン塩酸塩2重量部、アスコルビン酸ナトリウム2重量部を加えて完全に溶解し、水酸化ナトリウムでpHを5に調整した後、100mL容のメジウム瓶に入れ、120℃で30分間加熱して肉煮込み風味付与剤2を製造した。
【0042】
(試験例1)
実施例1および2で得た肉煮込み風味付与剤1および2、ならびに比較組成物1〜6の固形分含有量を測定した。また、これらの組成物に、それぞれ固形分が2%となるように水を加え、70℃に加熱した。得られた70℃の溶液のローストフレーバーおよび肉煮込み風味について3人のパネラーにより官能評価した。評価は、各項目において標準品の評点を3点とし、全く感じられない場合を0点とした。
【0043】
なお、ローストフレーバーの標準品は、5gの鶏皮を片面15秒ずつ家庭用コンロであぶり、95gの熱湯を注いで1分間かき混ぜ、灰汁を除去して調製したものを用いた。また、肉煮込み風味の標準品は、皮を剥いだ鶏むね肉60gを3cm角に切り、容器に水78gとともに入れて4時間煮込んだ後、遠心分離して得た上清を用いた。
結果を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表1に示すとおり、チアミン塩酸塩とアスコルビン酸ナトリウムとを共存させて加熱して得た肉煮込み風味増強剤(実施例1および2)は、いずれも肉を煮込んだような香りが強く、ローストフレーバーは弱いものであった。なお、特に喫食の際に最初のほうで感じるトップノートにおけるローストフレーバーが弱いとの評価であった。
【0046】
(試験例2)
下記表2の組成の醤油ラーメンスープに、実施例1で得た肉煮込み風味付与剤1および比較例5で得た比較組成物5を、それぞれの組成物中の固形分量が、該醤油ラーメンスープ中の固形分含有量として0.4%となる量添加し、70℃に加熱した。
【0047】
なお、醤油ラーメンスープは、鶏がらを煮込んだ風味は好まれるが、ローストフレーバーは好まれない食品として用いた。
【0048】
【表2】

【0049】
得られた70℃の溶液の肉煮込み風味およびローストフレーバーを7人のパネラーにより官能評価した。評価は、無添加の醤油ラーメンスープ(無添加品)と同等のものを0点とし、無添加品よりやや強いものを1点とし、無添加品よりかなり強いものを2点とし、無添加品より非常に強いものを3点とし、無添加品よりやや弱いものを−1点とし、無添加品よりかなり弱いものを−2点とし、無添加品より非常に弱いものを−3点とした。
【0050】
結果を図1に示す。図1に示したとおり、肉煮込み風味付与剤1を添加した醤油ラーメンスープ(図中では本発明品と表示)は、比較組成物5を添加した醤油ラーメンスープ(図中では比較品と表示)と比べて肉煮込み風味が強く、ローストフレーバーは弱いものであった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、カレー、シチュー、ラーメン、スープ類、ソース類などの肉を煮込んで得られる風味が好ましいとされる飲食品の製造分野において利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩と、チアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩とを共存させて加熱して得られることを特徴とする肉煮込み風味付与剤。
【請求項2】
アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩と、チアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩とを共存させて加熱することを特徴とする肉煮込み風味付与剤の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の肉煮込み風味付与剤を飲食品の素材に添加することを特徴とする、飲食品の製造方法。
【請求項4】
アスコルビン酸もしくはその誘導体またはそれらの塩、あるいはエリソルビン酸もしくはその塩と、チアミンもしくはその誘導体またはそれらの塩とを飲食品の素材に添加して加熱する工程を含むことを特徴とする、飲食品の製造方法。
【請求項5】
請求項3または4に記載の方法により得られる飲食品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−115155(P2011−115155A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243044(P2010−243044)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(505144588)キリン協和フーズ株式会社 (50)
【Fターム(参考)】