説明

肉盛層の組織予測方法

【課題】 実際に肉盛りすることなく、簡便かつ正確に肉盛層の組織を予測することのできる肉盛層の組織予測方法を提供する。
【解決手段】 溶融して二液相分離反応を生じる肉盛り材料を溶融、凝固させて形成する肉盛層の組織予測方法を、肉盛り材料を、マトリックスに分散する分散相が晶出する分散相晶出温度より高い温度で溶融する溶融工程と、溶融した肉盛り材料を急冷凝固させる急冷凝固工程と、溶融後に凝固した肉盛り材料の組織を観察する組織観察工程と、を含んで構成し、観察された組織に基づいて、肉盛りすることなく肉盛層の組織を予測する。また、同肉盛り材料の二液相分離温度と分散相晶出温度とを特定し、二液相分離温度と分散相晶出温度との差に基づいて、肉盛りすることなく肉盛層の組織を予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉盛り材料を溶融、凝固させて形成する肉盛層の組織を予測する肉盛層の組織予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム系材料は軽量であるため、自動車等の種々の分野で使用されている。アルミニウム系材料から成形された部材では、所定の部位の機械的特性等を高めるため、当該部位に肉盛層を形成する肉盛り加工が施される。例えば、自動車エンジンのシリンダヘッドのバルブシートには、高温下で吸気バルブ又は排気バルブが繰り返し当接する。このため、バルブシートには、熱伝導性が高く、耐熱性、耐摩耗性に優れた銅合金からなる肉盛層が形成される。肉盛層は、肉盛り材料に熱源となるレーザ光を照射して、肉盛り材料を溶融、凝固させて形成される(例えば、特許文献1、2参照。)。
【特許文献1】特開平5−50273号公報
【特許文献2】特開2001−105177号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
例えば、自動車エンジンのシリンダヘッドのバルブシートに形成される肉盛層には、耐熱性、耐摩耗性等といった種々の特性が要求される。よって、上記特許文献1、2に記載されているように、通常、肉盛り材料には、所望の特性を満足するよう、複数の成分からなる合金粉末が用いられる。この場合、肉盛り材料は、例えば、耐摩耗性の観点からある成分の添加量を変化させ、また、クラッド性の観点から別の成分の添加量を変化させる、というように、構成成分を変化させて設計される。そして、設計した肉盛り材料は、実際に肉盛りすることにより評価される。
【0004】
このように、従来は、一つの肉盛り材料を設計する度に、その肉盛り材料粉末の製造→肉盛り試験→評価という一連の作業を行う必要があった。このため、肉盛り材料の開発には、多くの時間と費用とが必要となり、このことは、肉盛り材料の成分の増加に伴い、大きな問題となっている。
【0005】
肉盛り材料の評価には、形成された肉盛層の組織観察が有効である。つまり、肉盛層の組織から、耐摩耗性等の機械的特性が予測される。よって、肉盛り材料の成分の変化に対して、肉盛層の組織がどのように変化するのかを予め知ることができれば、実際に肉盛りを行わなくても肉盛り材料を評価することが可能となる。しかし、肉盛り材料の成分の変化から肉盛層の組織変化を予測できる手法は、未だ見出されていない。
【0006】
本発明は、このような実状に鑑みてなされたものであり、実際に肉盛りすることなく、簡便かつ正確に肉盛層の組織を予測することのできる肉盛層の組織予測方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、肉盛り材料のうち、溶融して二液相分離反応を生じる二液相分離系の材料について、成分の変化と形成される肉盛層の組織との関係を得るべく鋭意研究を重ねた。その結果、肉盛り材料の成分の変化から肉盛層の組織を予測することのできる方法を、二種類発明するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の第一の肉盛層の組織予測方法は、溶融して二液相分離反応を生じる肉盛り材料を溶融、凝固させて形成する肉盛層の組織予測方法であって、該肉盛り材料を、マトリックスに分散する分散相が晶出する分散相晶出温度より高い温度で溶融する溶融工程と、溶融した肉盛り材料を急冷凝固させる急冷凝固工程と、溶融後に凝固した肉盛り材料の組織を観察する組織観察工程と、を含み、観察された該組織に基づいて、肉盛りすることなく該肉盛層の組織を予測することを特徴とする。
【0009】
本発明の第一の肉盛層の組織予測方法では、溶融して二液相分離反応を生じる二液相分離系の肉盛り材料を対象とする。この肉盛り材料は偏晶系の材料であって、溶融した状態において、ある温度範囲では二液相に分離する。ここで、二液相は、マトリックス成分とマトリックスに分散する分散相成分とからなる。また、その温度範囲の上限より高温では、マトリックス成分と分散相成分とが溶けあい一液相状態となる。
【0010】
図1に、偏晶系合金の状態図の一例を示す。図1に示す状態図は、偏晶系合金を成分A、Bの二元系と仮定した場合の概念図である。図1に示すように、組成Xの合金は、温度T1を超える温度では一液相状態の融液となっている。この状態から除々に温度を下げると、温度T1よりL22濃度の融液が新たな相として現れ、二液相状態(L1+L2)となる。本明細書では、この温度T1を二液相分離温度という。T1は変態点の一つである。温度の降下とともに、旧融液濃度はL12−L1M線に沿って変化し、新しい相の融液濃度はL22−L2M線に沿って変化する。温度T2で、新しい相の融液濃度はL2Mとなり、ここで偏晶反応により、L2M濃度融液はβ結晶とL1M融液とを生成する。本明細書では、この温度T2を分散相晶出温度という。T2も変態点の一つである。偏晶反応が終わり、L2M濃度融液が消滅すると、温度の降下とともにβ結晶が晶出し続け、残った融液の濃度はL1M−L1E線に沿って変化する(L1+β)。温度TEに至ると、共晶反応によりα相とβ相とになる(α+β)。
【0011】
例えば、温度T1で生じるL2相の核数が少なく、二液相(L1相、L2相)の比重差が大きい場合には、T1とT2との間の温度で長時間保持すると、二液相は重力により上下に分離する。よって、温度T1から温度T2へ、適当な冷却速度で冷却すれば、L2相がL1相の中に分散した状態となる。この場合、L2相の大きさは、T1からT2への冷却速度によって変化する。L2相は、温度T2でβ結晶(固相)とL1M融液(液相)とに分離する。比較的速い冷却速度で温度TEに至る場合、L2相の粒子は、「β結晶が分散した粒子」としてマトリックス中に分散すると考えられる。以下、本明細書では、この「β結晶が分散した粒子」を「分散粒子」と称する。また、ここでは、偏晶系合金を二元系と仮定して説明したが、実用合金である多元系合金であっても、同じように考えることができる。
【0012】
本発明の第一の肉盛層の組織予測方法の溶融工程では、温度の低下に伴い二液相状態から分散相が晶出し始める温度(分散相晶出温度)よりも高い温度、換言すれば、分散相が完全に溶融する温度で、肉盛り材料を溶融する。次の急冷凝固工程では、溶融した肉盛り材料を、その溶融温度から急速に冷却して凝固させる。急冷することで、溶融時の状態をそのまま反映した組織を得ることができる。つまり、実際の肉盛層と同等の、あるいは比較対照して類推可能な組織を得ることができる。次の組織観察工程では、上記二つの工程を経た肉盛り材料の組織を観察する。
【0013】
溶融工程で溶融し、急冷凝固工程で凝固した肉盛り材料は、マトリックスに分散粒子が分散した組織を有する。この溶融後に凝固した肉盛り材料の組織(以下、適宜「材料組織」と称す。)は、溶融した温度や、肉盛り材料の成分により変化する。具体的には、分散粒子の大きさや、マトリックス中に占める分散粒子の体積割合が、肉盛り材料の溶融温度、成分により変化する。本発明者は、この材料組織の変化と、実際に肉盛りして形成された肉盛層の組織変化とが、同様の傾向を示すことを見出した。
【0014】
したがって、本発明の第一の肉盛層の組織予測方法により、成分の異なる種々の肉盛り材料を溶融、凝固させ、各々の組織を観察すれば、その組織変化により、成分の変化に対する肉盛層の組織を予測することができる。これより、実際に肉盛りすることなく、肉盛り材料を評価することができるとともに、所望の組織を有する肉盛り材料の最適組成を、容易に決定することができる。
【0015】
本発明の第二の肉盛層の組織予測方法は、溶融して二液相分離反応を生じる肉盛り材料を溶融、凝固させて形成する肉盛層の組織予測方法であって、該肉盛り材料の二液相分離温度と、マトリックスに分散する分散相が晶出する分散相晶出温度と、を特定し、該二液相分離温度と該分散相晶出温度との差に基づいて、肉盛りすることなく該肉盛層の組織を予測することを特徴とする。
【0016】
本発明の第二の肉盛層の組織予測方法においても、上記第一の肉盛層の組織予測方法と同様、二液相分離系の肉盛り材料を対象とする。ここで、二液相分離温度は、肉盛り材料の溶融状態において、一液相から二液相に分離する温度であり、前出図1中のT1に相当する。二液相分離温度と分散相晶出温度との差は、二液相が共存する温度範囲を示し、肉盛り材料の成分により変化する。本発明者は、この温度差が、実際に肉盛りして形成された肉盛層の組織と関係があることを見出した。すなわち、二液相分離温度と分散相晶出温度との差の変化と、実際に肉盛りして形成された肉盛層の組織における分散粒子の大きさの変化とが、同様の傾向を示すことを見出した。
【0017】
したがって、本発明の第二の肉盛層の組織予測方法により、成分の異なる種々の肉盛り材料について、二液相分離温度と分散相晶出温度との差を求めれば、その温度差変化から、成分の変化に対する肉盛層の組織を予測することができる。これより、実際に肉盛りすることなく、肉盛り材料を評価することができるとともに、所望の組織を有する肉盛り材料の最適組成を、容易に決定することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の第一の肉盛層の組織予測方法により、成分の異なる種々の肉盛り材料を溶融、凝固させ、各々の組織を観察すれば、その組織変化により、成分の変化に対する肉盛層の組織を予測することができる。また、本発明の第二の肉盛層の組織予測方法により、成分の異なる種々の肉盛り材料について、二液相分離温度と分散相晶出温度との差を求めれば、その温度差変化から、成分の変化に対する肉盛層の組織を予測することができる。このように、本発明の二つの肉盛層の組織予測方法によれば、実際に肉盛りすることなく、肉盛り材料を評価することができるとともに、所望の組織を有する肉盛り材料の最適組成を、容易に決定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の二つの肉盛層の組織予測方法を詳しく説明する。本発明の二つの肉盛層の組織予測方法では、いずれも、溶融して二液相分離反応を生じる肉盛り材料を対象とする。したがって、まず、対象となる肉盛り材料について説明し、次に、各々の方法について説明する。なお、本発明の二つの肉盛層の組織予測方法は、いずれも下記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【0020】
〈肉盛り材料〉
本発明の二つの肉盛層の組織予測方法で対象とする肉盛り材料は、溶融して二液相分離反応を生じる材料であれば、その成分が特に限定されるものではない。例えば、銅合金、アルミニウム合金、鉄合金、ニッケル合金、コバルト合金等が挙げられる。肉盛り材料の成分は、肉盛層を形成する母材の材質や、肉盛層に要求される特性に応じて適宜選択すればよい。例えば、アルミニウム合金製のシリンダヘッドのバルブシートに肉盛層を形成する場合、肉盛層には、高い耐熱性および耐摩耗性が要求される。この場合の肉盛り材料としては、銅合金が好適である。銅合金としては、例えば、銅(Cu)−ニッケル(Ni)−シリコン(Si)−モリブデン(Mo)−鉄(Fe)系、Cu−Ni−コバルト(Co)−Fe−Mo−Si系、Cu−Fe−B系の他、これらに新たな元素を加えた改良型合金等が挙げられる。肉盛り材料には、実際の肉盛りに使用する合金粉末を用いることができる。しかし、コスト等を考慮すれば、溶解に適したサイズの純金属、母合金等を目的の組成となるよう秤量して肉盛り材料とすることが望ましい。また、目的の組成となるよう秤量調整した金属粉末材料を、圧粉成形して用いてもよい。
【0021】
〈第一の肉盛層の組織予測方法:急冷凝固法〉
本発明の第一の肉盛層の組織予測方法は、溶融工程と、急冷凝固工程と、組織観察工程とを含み、観察された該組織に基づいて、肉盛りすることなく肉盛層の組織を予測する。以下、各工程等について順に説明する。
【0022】
(1)溶融工程
本工程は、上記肉盛り材料を、マトリックスに分散する分散相が晶出する分散相晶出温度より高い温度で溶融する工程である。すなわち、本工程では、肉盛り材料を溶解用るつぼ等に収容し、加熱炉で分散相晶出温度よりも高い温度に加熱する。そして、肉盛り材料を完全に溶融させる。加熱炉としては、高周波加熱炉、タンマン炉等を用いればよい。また、肉盛り材料の酸化を抑制するため、アルゴンガス等の不活性ガス雰囲気、あるいは真空雰囲気で溶融することが望ましい。肉盛り材料を溶融する温度(溶融温度)は、分散相晶出温度より高ければよいが、好ましくは、実際の肉盛り加工の際に、肉盛り材料が加熱される温度程度とするとよい。例えば、レーザ光を照射して銅合金を肉盛りする場合には、レーザ出力にもよるが、銅合金は1800℃程度の温度まで加熱されると考えられる。よって、この銅合金を肉盛り材料とした場合には、1800℃程度で溶融させればよい。
【0023】
(2)急冷凝固工程
本工程は、先の溶融工程で溶融した肉盛り材料を急冷凝固させる工程である。本工程では、先の溶融工程で肉盛り材料を溶融した温度から、急速に冷却する(溶融温度=冷却開始温度)。本工程における冷却速度は、実際の肉盛層と同等の、あるいは比較対照して類推可能な組織を得るという観点から、実際の肉盛り時の冷却速度と同程度にすることが望ましい。具体的には、50℃/秒以上とすることが望ましい。100℃/秒以上1000℃/秒以下とするとより好適である。冷却方法は、特に限定されるものではない。例えば、通常の金型鋳造法、溶融した肉盛り材料の一部を吸引して金型鋳造する方法、液滴を金型間に挟んでのスプラットクール等が挙げられる。
【0024】
(3)組織観察工程
本工程は、先の二つの工程を経て溶融後に凝固した肉盛り材料の組織を観察する工程である。組織の観察は、通常の合金組織の観察手法に従えばよく、凝固した肉盛り材料の断面を、光学顕微鏡等で観察すればよい。組織の観察では、主として分散粒子の状態、つまり、分散粒子の大きさ、形状、観察視野における面積割合等を測定すればよい。なかでも、分散粒子の大きさは、肉盛層の摩擦特性への影響が大きい。よって、組織観察では、分散粒子の大きさを測定することが望ましい。具体的には、分散粒子の最大径を測定すればよい。ここで、「分散粒子の最大径」とは、分散粒子を2本の平行線で挟んだ場合の最大長さを意味する。
【0025】
(4)組織観察工程にて観察された組織は、肉盛り材料の溶融温度や成分の違いにより異なったものとなる。例えば、分散粒子の大きさに着目した場合、肉盛り材料の溶融温度や成分の違いにより、分散粒子の最大径は変化する。そして、この変化と同じ傾向で、実際に肉盛りした肉盛層の組織における分散粒子も変化する。よって、例えば、肉盛り材料の成分の違いによる分散相の最大径の変化から、実際に肉盛りした肉盛層の組織における分散粒子の大きさの変化を予測すればよい。
【0026】
〈第二の肉盛層の組織予測方法:変態点特定法〉
本発明の第二の肉盛層の組織予測方法は、上記肉盛り材料の二つの変態点である二液相分離温度と、分散相晶出温度と、を特定し、二液相分離温度と分散相晶出温度との差に基づいて、肉盛りすることなく肉盛層の組織を予測する。
【0027】
二液相分離温度および分散相晶出温度の測定方法としては、例えば、以下の二つの方法が挙げられる。一つは、肉盛り材料を一液相状態となるよう溶融した後、加熱を停止し冷却する過程の熱分析を行う方法である。上述したように、二液相分離系の肉盛り材料の溶融状態は、温度の低下に伴い、二液相分離温度を境にして、一液相状態から二液相状態へ変化する。溶融状態が変化する時には、状態変化に伴うエネルギーが放出される。よって、一液相状態となるよう溶融した後、ゆるやかに冷却し、冷却過程の温度の経時変化を測定(熱分析)すると、一液相→二液相となる温度では、放出されるエネルギーにより冷却速度が遅くなる。つまり、肉盛り材料温度の経時変化を示す熱分析曲線の傾斜がゆるやかになる。同様に、分散相が晶出する時にも、状態変化に伴うエネルギー(晶出に伴う凝固熱)が放出される。前出図1に示した二元系合金で説明すれば、分散相が晶出する温度(T2)では、相律により自由度が0となり、β結晶が晶出し尽くすまで温度が一定に保たれる。本方法では、熱分析曲線の傾斜が変化する温度を、高温側から順に二液相分離温度、分散相晶出温度を特定する情報とする。
【0028】
もう一つは、肉盛り材料を種々の温度で溶融し、各々の温度から急冷して得られる組織を観察する方法である。肉盛り材料を溶融し、急冷することで、他の相の出現を抑制し、溶融時の状態をできるだけ反映させた組織を得ることができる。よって、本方法では、溶融した温度ごとに得られる組織を観察することで、その温度では一液相状態か、二液相状態か、分散相晶出状態かを判断し、二液相分離温度および分散相晶出温度を特定する情報とする。
【0029】
後の実施例で示すように、二液相分離温度と分散相晶出温度との差は、肉盛り材料の成分により変化する。一方、実際に肉盛りした肉盛層の組織も、肉盛り材料の成分により変化する。例えば、ある成分の含有量の変化に伴い、二液相分離温度と分散相晶出温度との差が小さくなると、肉盛層の組織における分散粒子の大きさも小さくなる。このように、二液相分離温度と分散相晶出温度との差の変化と、肉盛層の組織における分散粒子の大きさの変化とは同様の傾向を示す。したがって、成分の異なる種々の肉盛り材料について、二液相分離温度と分散相晶出温度との差を求め、その温度差変化から、成分の変化に対する肉盛層の組織を予測すればよい。
【実施例】
【0030】
上記実施形態に基づいて、本発明の二つの肉盛層の組織予測方法を実施し、実際に肉盛りして形成した肉盛層の組織と比較した。以下、順に説明する。
【0031】
(1)第一の肉盛層の組織予測方法(急冷凝固法)による組織観察
肉盛り材料として、Cu−Ni−Si−Mo−Fe系の銅合金を対象とした。この銅合金において、Cu−12.5%Ni−2.3%Si−8.5%Mo−9%Fe(単位:質量%、以下同じ)の組成を基本組成とした。
【0032】
まず、上記基本組成となるよう秤量した溶解原料70gを、高周波溶解炉中で1500℃、1600℃、1700℃、1800℃の各温度で溶融した。溶解雰囲気は、アルゴンガス雰囲気とした。次いで、各々の温度の溶湯を、外径φ6mm、厚さ2mmのSUS316製パイプ中に吸引鋳造した。この時の冷却速度は高温時で約100℃/秒であった。
また、上記基本組成に対してNi量のみを増加した組成(Cu−20.5%Ni−2.3%Si−8.5%Mo−9%Fe)について、同組成となるよう秤量した溶解原料を、上記同様に各温度で溶融した後、急冷した。
【0033】
図2に、両組成の合金組織の光学顕微鏡写真を各溶融温度ごとに示す。いずれの組成の合金も、Cu基マトリックス中に、分散粒子である硬質粒子(Fe、Moのシリサイド)が分散した組織を有する。図2より、同じ組成では、溶融温度が低いほど硬質粒子の大きさが大きくなることがわかる。溶融温度が低いほど二液相分離が進行していると考えられる。つまり、各温度での溶融状態が異なるため、溶融温度により組織に差が生じる。また、同じ溶融温度では、Ni量が増加すると、硬質粒子の大きさは小さくなる。つまり、Ni量の増加により組織が微細化することがわかる。
【0034】
また、上記基本組成に対してNi、Si、Mo、Feの量をそれぞれ増加した組成について、同組成となるよう秤量した溶解原料を、1800℃で溶融した後、約100℃/秒の冷却速度で急冷し、各組織を観察した。これらの結果については、後の(4)にまとめて示す。
【0035】
(2)第二の肉盛層の組織予測方法(変態点特定法)による温度測定
上記(1)と同様、Cu−Ni−Si−Mo−Fe系の銅合金を対象とし、Cu−12.5%Ni−2.3%Si−8.5%Mo−9%Feの組成を基本組成とした。この基本組成となるよう秤量した溶解原料、および同組成に対して、Ni、Si、Mo、Feの量をそれぞれ変化させた組成となるよう秤量した各溶解原料を、1800℃(一液相状態で溶融する温度)で溶融し、その後2〜6℃/秒程度の冷却速度で冷却した。この冷却過程の熱分析を行い、各々について二液相分離温度と分散相晶出温度とを特定した。
【0036】
図3(a)〜(d)に、各成分の変化に対する二液相分離温度(T1)および分散相晶出温度(T2)の変化を示す。図3(a)、(b)、(d)に示すように、Ni、Si、Feの各量の増加に伴って、T1とT2との差(ΔT=T1−T2)は小さくなった。一方、図3(c)に示すように、Mo量の増加に伴って、ΔTは大きくなった。
【0037】
(3)成分の変化に対する肉盛層の組織
上記(1)、(2)で使用した基本組成の合金粉末(Cu−12.5%Ni−2.3%Si−8.5%Mo−9%Fe)を用い、Al−Si(アルミニウム−シリコン)合金製の母材表面に実際に肉盛りして肉盛層を形成した。肉盛りは、レーザ光を用いた公知の方法により、レーザ出力3.5kW、送り速度900mm/minの条件で行った。そして、形成された肉盛層の断面組織を観察し、分散粒子である硬質粒子の最大径を測定した。「硬質粒子の最大径」とは、硬質粒子を2本の平行線で挟んだ場合の最大長さである。この場合の硬質粒子の最大径は0.9mmであった。
【0038】
また、上記基本組成に対して、Ni、Si、Mo、Feの量をそれぞれ変化させた各合金粉末を用い、上記同様に母材表面に肉盛りして肉盛層を形成した。そして、形成された各々の肉盛層の断面組織を観察し、分散粒子である硬質粒子の最大径を測定した。図4に、各成分の変化に対する硬質粒子の最大径の変化を示す。
【0039】
図4に示すように、Ni量またはSi量が増加すると、硬質粒子の最大径は小さくなった。また、Ni量を18%に増加し、かつ、Fe量を増加した場合も、硬質粒子の最大径は小さくなった。これより、Ni、Si、Feの各量の増加に伴い、硬質粒子が微細化されることがわかる。一方、Mo量が増加すると、硬質粒子の最大径は大きくなった。
【0040】
(4)上記二つの方法で得られた結果と実際の肉盛層の組織との対比
上記(1)の組織観察により、成分の異なる各組織における硬質粒子の最大径(D’)を測定した(溶融温度1800℃)。また、上記(2)の温度測定により、各成分ごとに、二液相分離温度(T1)と分散相晶出温度(T2)との差(ΔT)を算出した。表1に、合金成分に対して、D’、ΔT、および上記(3)で測定した実際の肉盛層の硬質粒子の最大径(D)を示す。
【0041】
【表1】

まず、Niに着目した場合、Ni量が増加すると、D’は小さくなる。同様に、ΔTも小さくなる。この傾向は、実際の肉盛層の組織における硬質粒子の最大径Dの傾向と一致する。また、Si、Feに関しても同様のことがいえる。次に、Mo量に着目した場合、Mo量が増加すると、D’は大きくなる。同様に、ΔTも大きくなる。この傾向も、実際の肉盛層の組織における硬質粒子の最大径Dの傾向と一致する。このように、成分の変化に対する硬質粒子の最大径D’の変化から、あるいは、ΔTの変化から、実際に肉盛りした肉盛層の組織における硬質粒子の大きさの変化を予測することができる。
【0042】
また、別途摩耗試験を行い、硬質粒子の最大径と肉盛層の摩擦摩耗量との関係を調べた。図5に、摩耗試験装置の概略図を示す。図5に示すように、摩擦試験装置1は、ホルダ5とバルブ材3と高周波加熱コイル4とからなる。バルブ材3は、SUE50製であり、円柱状を呈する。バルブ材3は、軸芯を中心に、回転可能である。高周波加熱コイル4は、バルブ材3に巻装される。高周波加熱コイル4は、バルブ材3を加熱する。ホルダ5は、円柱状を呈する。ホルダ5は、バルブ材3と軸方向に対向して配置される。ホルダ5の、バルブ材3側の端面には、凹部が形成されている。ホルダ5は、バルブ材3側に向かって、移動可能である。短軸円柱状の試験片2は、ホルダ5の凹部に配置される。試験片2の表面には、肉盛層20が形成される。摩擦試験は、ホルダ5をバルブ材3方向に移動させ、肉盛層20をバルブ材3の表面に摺接させて行った。摩擦試験の条件は、大気中、無潤滑、加熱温度600℃、面圧1.96MPa、回転速度0.3m/sとした。そして、30分間摺接させた後の肉盛層20の摩耗量を測定した。
【0043】
図6に、硬質粒子の最大径と肉盛層の摩擦摩耗量との関係を示す。図6より、硬質粒子の最大径が大きいほど、摩耗量は少なく、肉盛層の耐摩耗性は高くなることがわかる。このように、硬質粒子の大きさによって、肉盛層の機械的特性は変化する。したがって、肉盛層の組織、具体的には、分散粒子の大きさを予測することは、肉盛層の機械的特性の予測を可能とし、肉盛り材料を設計する上で有用である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】偏晶系合金の状態図の一例である。
【図2】Ni量の異なる二種類の合金の各溶融温度ごとの組織を示す光学顕微鏡写真である。
【図3】合金粉末の成分変化に対する二液相分離温度(T1)および分散相晶出温度(T2)の変化を示すグラフであり、(a)はNi量、(b)はSi量、(c)はMo量、(d)はFe量について示す。
【図4】合金粉末の成分変化に対する硬質粒子の最大径の変化を示すグラフである。
【図5】摩耗試験装置の概略図である。
【図6】硬質粒子の最大径と肉盛層の摩擦摩耗量との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0045】
1:摩耗試験装置 2:試験片 20:肉盛層 3:バルブ材 4:高周波加熱コイル
5:ホルダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融して二液相分離反応を生じる肉盛り材料を溶融、凝固させて形成する肉盛層の組織予測方法であって、
該肉盛り材料を、マトリックスに分散する分散相が晶出する分散相晶出温度より高い温度で溶融する溶融工程と、
溶融した肉盛り材料を急冷凝固させる急冷凝固工程と、
溶融後に凝固した肉盛り材料の組織を観察する組織観察工程と、
を含み、
観察された該組織に基づいて、肉盛りすることなく該肉盛層の組織を予測することを特徴とする肉盛層の組織予測方法。
【請求項2】
前記肉盛り材料は、銅合金からなる請求項1に記載の肉盛層の組織予測方法。
【請求項3】
前記急冷凝固工程では、前記肉盛り材料を50℃/秒以上の冷却速度で急冷凝固する請求項1に記載の肉盛層の組織予測方法。
【請求項4】
溶融して二液相分離反応を生じる肉盛り材料を溶融、凝固させて形成する肉盛層の組織予測方法であって、
該肉盛り材料の二液相分離温度と、マトリックスに分散する分散相が晶出する分散相晶出温度と、を特定し、
該二液相分離温度と該分散相晶出温度との差に基づいて、肉盛りすることなく該肉盛層の組織を予測することを特徴とする肉盛層の組織予測方法。
【請求項5】
前記肉盛り材料は、銅合金からなる請求項4に記載の肉盛層の組織予測方法。
【請求項6】
前記二液相分離温度および前記分散相晶出温度は、前記肉盛り材料を一液相状態となるよう溶融した後、冷却過程での熱分析により特定する請求項4に記載の肉盛層の組織予測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−98085(P2006−98085A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−281372(P2004−281372)
【出願日】平成16年9月28日(2004.9.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】