説明

肉盛溶接方法及び構造材

【課題】液滴による構造材の侵食を軽減させるとともに、溶接作業の工期の短縮化とコストの低減化を図る。
【解決手段】腐食環境下で使用される構造材の肉盛溶接方法において、前記構造材の腐食環境に晒される部位を除去し、前記除去した部位にHv.400以上のソリッドワイヤを用いた短絡移行ガスメタルアーク溶接により硬質層15を形成することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腐食環境下にある例えばタービン翼等の構造材の侵食を防止するための肉盛溶接方法及び構造材に関する。
【背景技術】
【0002】
通常の蒸気タービンの全体構成図を図3に示す。蒸気タービンは、主蒸気管1、再熱蒸気管2、タービンロータ3、低圧外部ケーシング4、クロスオーバー管6、等から構成され、低圧外部ケーシング4内部には低圧内部ケーシング5が収納され、この低圧内部ケーシング5の内側にタービン動翼7およびタービン静翼8が配置されている。
【0003】
このタービン動翼7及びタービン静翼8は、蒸気中に含まれる水滴や酸化スケールの微粉によって浸食を受ける浸食環境下にある。特に、最終段の大型翼に使用される材料は、Cr、Moを含む強度に優れた鉄基材料を用いることが一般的であるが、この高い延靭性を備えつつ、硬さの大きい翼材料でも、タービンの運転条件によっては、作動蒸気中に含まれる液滴による侵食が発生することがあり、タービン翼寿命の支配的な因子となっている。
【0004】
この液滴によるタービン翼の侵食対策として、従来から、局部的な火炎焼入れ、ステライトに代表される硬質なコバルト基材料の板を、ろう付けや溶接により翼の一部に接合させ侵食による影響を小さくするような技術が用いられている。
【0005】
しかし、局部的な火炎焼入れは、鋼のマルテンサイト変態を用いた局部硬化法であるため、析出強化により強度を高めてある17−4PHのような鉄鋼材料ではこの火炎焼入れによる局部硬化ができない。
【0006】
また、ステライトに代表される硬質なコバルト基材料の板を、ろう付けや溶接により翼の一部に接合させる手法では、ステライト板素材のコスト、長期の納期等の入手性の悪さに加え、析出強化型の鋼に対しては、溶接、接合時の熱影響で大幅な強度低下が懸念される。
【0007】
一方、レーザー溶接によりステライト粉末を翼の一部に積層させる技術が提案されている(特許文献1)。これにより、溶接による熱影響を最小にすること、及び溶接後に時効処理することで、析出強化型の鋼に対しても強度を低下させることなく、ステライトの肉盛溶接をおこなうことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−93725号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述したレーザー溶接によるステライト粉末の肉盛溶接法では、単位時間当たりに積層できるステライトの量が小さく、大型のタービン翼に対して適用するには、作業工程が長期化し、高コストになるという課題があった。
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、液滴による侵食を軽減させることができるとともに、作業期間の短縮化とコストの低減化を図ることができる肉盛溶接方法及びその構造材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明に係る肉盛溶接方法は、腐食環境下で使用される構造材の肉盛溶接方法において、前記構造材の腐食環境に晒される部位を除去し、前記除去した部位にHv.400以上のソリッドワイヤを用いた短絡移行ガスメタルアーク溶接により硬質層を形成することを特徴とする。
また、本発明に係る構造材は、本発明の肉盛溶接方法を用いて腐食環境に晒される構造材の部位に硬質層及び中間層が形成された構造材であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、タービン翼等の構造材の液滴による侵食を軽減させることができるとともに、作業期間の短縮化と低コスト化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】(a)は本実施形態に係る肉盛溶接法が適用されるタービン回転翼の全体構成図、(b)はタービン回転翼先端部の拡大図、(c)は肉盛溶接後のタービン回転翼先端部の模式図。
【図2】図1(c)の肉盛溶接部の部分拡大断面図。
【図3】一般的な蒸気タービンの構成図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
ステライト粉末を用いた肉盛溶接を短期間で効率的におこなう際に、ステライト層に含まれる炭素の希釈を防止し、高温による溶接割れを防ぐために、溶接入熱量を小さく制御する必要があるが、本発明者等は、液滴移行を短絡移行によりおこなうガスメタルアーク溶接(以下、「短絡移行ガスメタルアーク溶接」という。)を用いることにより、入熱量を適切に制御できることを新たに知見した。
【0015】
また、この短絡移行ガスメタルアーク溶接は、その溶接電源をデジタル制御することによりおこなわれるが、液滴移行形態としてスプレー移行又はグロビュール移行を用いるガスメタルアーク溶接に比べ、溶接による溶け込みが非常に小さいため母材と溶接金属が交じり合う希釈が非常に小さいこと、及び溶接金属部近傍の熱影響部が非常に小さいことを実証試験により確認した。
【0016】
さらに、本発明者等は、この短絡移行ガスメタルアーク溶接の溶接電源とHv.400以上の硬質な材料のソリッドワイヤを用い、タービン翼試験体の先端部を削り取り、肉盛溶接で翼形状の一部をステライト層等で置き換える溶接試験におこなったところ、ステライトからなりソリッドワイヤを割れることなく溶接できること、これにより液滴による侵食が発生する可能性があるタービン翼の侵食を軽減できることを確認した。
【0017】
以下、本発明に係る肉盛溶接方法をタービン回転翼(動翼)に適用した実施形態を、図面を参照して説明する。
本実施形態において、図1の(a)はタービン回転翼11の全体構成図、(b)はタービン回転翼11の先端部12の拡大図で、肉盛溶接のために先端部12の翼前縁13の一部が削り取られている。また、図1(c)は肉盛溶接後のタービン回転翼先端部12の模式図で、肉盛溶接部14が翼前縁13に形成されている。図2は肉盛溶接部14の部分拡大断面図で、タービン回転翼11の先端部12に硬質層15と中間層16が形成されている。
【0018】
本実施形態の蒸気タービン翼の材質は、15Cr−6.5Ni−1.5Cu−Nb−Fe合金であり、鉄基の析出強化型の鋼である。
【0019】
このタービン回転翼に対し、以下の手順で肉盛溶接を実施する。
まず、肉盛溶接を実施する前に、タービン回転翼11の先端部12における翼有効部の70%高さ以上の翼前縁13の部位を約10mm以上削り取る(図1(b))。この切除した部位は、翼の周速が大きく、液滴による侵食を受けやすい部位である。
【0020】
次に、前工程で削り取った翼前縁13に短絡移行ガスメタルアーク溶接により肉盛溶接部14を形成する。この肉盛溶接部14は、図2に示すように、ステライトからなる硬質層15とオーステナイト系の溶接材料からなる中間層16を短絡移行ガスメタルアーク溶接で肉盛溶接することにより形成される。
【0021】
中間層16は、ステライト中に含まれる炭素の希釈を防ぐために、炭素を固溶しないニッケル基合金を配したもので、同時にステライト肉盛部の大きな残留応力を緩和させる。この中間層16は、ステライトからなる硬質層15と同様に短絡移行ガスメタルアーク溶接により積層することが可能であり、中間層16の硬さは、Hv.300以下であることが望ましい。なお、本実施形態では、Hv.260のインコネル625を用いている。
【0022】
溶接の施工条件は、上述の炭素の希釈を防ぎ、高温割れのリスクを低減させるために、3000J/cm以下の溶接入熱で溶接を行うことが望ましい。また、溶接材料を1分間当たり20g以上で肉盛溶接をおこなう。
【0023】
短絡移行ガスメタルアーク溶接では、連続的に溶接ワイヤを供給する必要があり、ソリッドワイヤは必需品である。本実施形態ではステライトNo.6のようなHv.400以上の硬質材からなるソリッドワイヤが用いられる。
【0024】
この硬質のソリッドワイヤを用い、短絡移行ガスメタルアーク溶接で3000J/cm以下の溶接入熱、20g/分以上で肉盛溶接をおこなったところ、ステライト中に含まれる炭素の希釈を防ぐとともに、高温割れを生じずに、高融着性のステライト硬質層及び中間層を形成できることが確認された。
【0025】
このように、タービン回転翼の翼前縁等、液滴による侵食を受けやすい部位を本実施形態に係る肉盛溶接方法により硬質な材料と置き換えることにより、侵食による影響を軽減し、翼の寿命を延ばすことができる。
【0026】
なお、本実施形態では、タービン回転翼の基材として析出強化型のステンレス鋼を用いているが、マルテンサイト系ステンレス鋼に対しても、同様の肉盛溶接が可能である。また、タービン静翼に対しても実施できることはもちろんである。
【0027】
また、本実施形態では、タービン翼を製作する段階で本溶接肉盛を実施しているが、既に運転に供され、侵食されたタービン翼の翼前縁に対して適用することが可能である。施工方法は、タービン翼製作時と同様で、侵食部位を削り取り、短絡移行ガスメタルアーク溶接で肉盛溶接する。
【0028】
さらに、本実施形態で使用する短絡移行ガスメタルアーク溶接は、溶接姿勢の制約が殆どないため、実際の補修溶接、修理作業の際に、タービン翼をタービンロータから分解しないで肉盛溶接をおこなうことが可能である。これは、実際の修理工事の工期に大きな影響を与えることなく修理可能であり、本発明の大きな利点となると考えられる。
【0029】
以上、本発明の実施形態によれば、硬質のソリッドワイヤを用いた短絡移行ガスメタルアーク溶接により肉盛溶接をおこなうことにより、低溶接入熱量で肉盛溶接をおこなうことが可能となり、ステライト中に含まれる炭素の希釈を防ぐとともに、高温割れを生じずに、高融着性のステライトからなる硬質層及び中間層を形成することができる。これにより、液滴による侵食を軽減させることができるとともに、溶接作業期間の短縮化とコストの低減化を図ることができる。
【0030】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の範疇を逸脱しない限りにおいて、あらゆる変形や変更が可能である。
例えば、上記実施形態では、タービン翼を対象としているが、コルモノイとポンプ用インペラ等の他の部材の侵食対策用に用いることができる。
【符号の説明】
【0031】
1…主蒸気管、2…再熱蒸気管、3…タービンロータ、4…低圧外部ケーシング、5…クロスオーバー管、6…、7…タービン回転翼、8…タービン静翼、11…タービン回転翼、12…タービン回転翼の先端部、13…翼前縁、14…肉盛溶接部、15…硬質層、16…中間層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腐食環境下で使用される構造材の肉盛溶接方法において、
前記構造材の腐食環境に晒される部位を除去し、前記除去した部位にHv.400以上のソリッドワイヤを用いた短絡移行ガスメタルアーク溶接により硬質層を形成することを特徴とする肉盛溶接方法。
【請求項2】
前記ソリッドワイヤはステライトからなることを特徴とする請求項1記載の肉盛溶接方法。
【請求項3】
前記構造材と硬質層の間にHV.300以下の中間層を短絡移行ガスメタルアーク溶接により形成することを特徴とする請求項1又は2記載の肉盛溶接方法。
【請求項4】
前記短絡移行ガスメタルアーク溶接を、溶接入熱量が3000J/cm以下、溶接量が20g/分以上でおこなうことを特徴とする請求項1又は2記載の肉盛溶接方法。
【請求項5】
前記構造材は析出強化型のステンレス鋼であることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の肉盛溶接方法。
【請求項6】
前記中間層はオーステナイト系材料からなることを特徴とする請求項3記載の肉盛溶接方法。
【請求項7】
前記請求項1乃至6に記載の肉盛溶接方法を用いて腐食環境に晒される構造材の部位に硬質層及び中間層が形成されたことを特徴とする構造材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−86241(P2012−86241A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−234491(P2010−234491)
【出願日】平成22年10月19日(2010.10.19)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】