説明

肌の評価システムおよび評価方法

【課題】皮膚の平行層状モデルをより細分化し、MCシミュレーションにより皮膚組織の層ごとの生理状態を分析する。
【解決手段】肌に光を照射し波長域ごとの反射率を測定し皮膚の反射率計測スペクトルを表示した後、当該スペクトルとMC法によって作成された仮想スペクトルを比較する。各層にある色素濃度(Cmi,Cbi)、散乱係数(μsi)等のパラメータ値を変化させながらMC法を用いてグラフを繰り返し再描写させていくことにより反射率計測スペクトルにフィッティングさせる。フィッティングに用いられたパラメータから散乱係数とメラニンおよびヘモグロビンの色素濃度を取得できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人の皮膚の生理状態の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織に光が入ると吸収や散乱を伴った伝搬を続けるが、皮膚組織においても光が吸収、散乱される。光の侵達可能な深さは可視波長領域で1〜3mm程度といわれており、角層から表皮、真皮、皮下組織にかかるあたりまでが光の侵達領域となる。
また光の侵達領域における皮膚の組織編成や生理学的変化が光の伝搬に影響を与え、色彩をはじめとして皮膚の外観に反映される。
【0003】
このような皮膚組織内の条件により影響を受けた光の伝搬特性が反映される重要な物理特性の一つが、反射光の分光学的特性を与える分光反射率である。
したがって測定した分光反射率を手がかりとして、皮膚組織内での吸収や散乱状態を推定し、その因子となる色素濃度、ならびに組織を構成する細胞マトリックスや膜構造の変化の状態を判断することができれば、皮膚科学領域で従来から知られている多くの症例と関連付けることが出来るようになり、将来にわたる新規な皮膚組織診断手法の開発にも寄与できる。
【0004】
皮膚組織内の散乱や吸収を変数として定義し、その結果として得られる皮膚の分光反射率を解とすれば、変数に数値を与えて解を知ることを一般に順問題を解くという。一方、測定によって得られた分光反射率を手がかりとして、その因子となる各変数の値を知ることを逆問題を解くという。本発明は逆問題を解くことに対応する手法に関するものである。
【0005】
しかし、皮膚組織内での光伝搬は、散乱や吸収のランダム性、不均一性、非等方性などにより、理論的な解析式で厳密に表現することは困難なことが一般に知られている。よって、関係式を立て、必要な変数の数の分の独立な方程式を用意して連立方程式を解く手法は使用できない。そこで、測定量から何らかの手段により知りたい因子の数値を推定することが現実的に行われる。この推定手法の例としてはニューラルネットや各種の因子分析、回帰分析、多変量解析が考えられる。これらは、推定の精度を確保するために事前に大量の学習データ、サンプルデータのセットが必要とされる。
【0006】
つまり、皮膚科医により診断される多くの症例の一つ一つに対して、解剖学的所見に基づいて判断される皮膚組織の生理状態データであるメラニン濃度、ヘモグロビン濃度、酸素飽和度や、組織構造の顕微画像解析を行って判断される組織変性と、その症例毎に得られる分光反射率測定値のデータセットを大量に用意し、それらを使って最良と思われる対応関係を見出す作業を行う必要がある。しかし、これを現実に行うことは困難である。
【0007】
そこでこれまでに行われている手法として、皮膚組織内の光伝搬に対し適当なモデルを設定し、設定モデルに対する拡散理論に基づく近似解析や数値シミュレーションを行う方法が一般に採用されている。前者は解析解が得られるので計算等の手間がかからないが、近似が成立する条件が限られており、皮膚組織の種々の状態を想定すると利用が難しいといえる。それに対して後者の数値シミュレーションによる方法は皮膚組織の状態や条件を限定せず比較的自由度が高く汎用的である。本発明において使用されるそのシミュレーションの代表的手法がモンテカルロ法(MC法)である。
【0008】
皮膚組織の光伝搬モデルとして平行層状モデルがある。
平行層状モデルの中でも扱いやすさから表皮と真皮からなる2層、さらに皮下組織を加えた3層モデルが一般に用いられている。
しかし、皮膚組織の諸疾患に対応した様々な生理学的変化、組織学的変化を対象とするにはあまりに大雑把である。例えば真皮層一つをとっても層内における血管分布は一様でなく局在しており、厳密にはヘモグロビンの酸素飽和度も深さ方向において異なっている。線維成分の多少も真皮層内で明らかに異なっていて、不均一である。
【0009】
すなわち、MC法に3層以内のモデルを使用するとシミュレーション結果を実測値へフィッティングする際に調整に用いることの出来る散乱係数や吸収係数などの光学特性を示すパラメータの数の少なさが問題となり、それゆえに皮膚組織の生理状態を表現しきれない。
したがって、光の吸収効果や散乱効果を実際の皮膚組織に近い状況にパラメータ設定することができるように皮膚の層をより細分し、緻密に生理状態を分析し得るモデルが求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は前記従来技術に鑑みてなされたものであり、その解決すべき課題は皮膚の生理状態をより正確に分析するために平行層状モデルをより細分化し、皮膚の分光反射率の測定結果に基づき、各層の散乱係数、メラニンおよびヘモグロビンの色素濃度を、MCシミュレーションにより推定する方法を確立し、また、これに基づき皮膚組織の層ごとの生理状態を明らかにするシステムを構築するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の皮膚評価方法は、
人の皮膚に光を照射し、波長毎の反射率を測定する人の皮膚の反射スペクトル測定工程と、
X軸を波長とし、Y軸を反射率とするX−Y平面上に測定された前記皮膚の反射スペクトルを表示させる皮膚の反射スペクトル表示工程と、
人の皮膚組織のモデルとして、角層をL1層、顆粒層・有棘層をL2層、基底層をL3層、乳頭層をL4層、乳頭下層をL5層、上部毛細血管網をL6層、網状層をL7層、下部毛細血管網をL8層、皮下組織をL9層とし、少なくともこの9層からなる構成を基本モデルとして使用し、
前記基本モデルの各層ごとの散乱係数μsiと、吸収係数μaiと、非等方性散乱パラメータgと、屈折率nと、層の厚みtからなるパラメータに初期値をそれぞれ設定するパラメータ初期設定工程と、
前記パラメータ初期設定工程において設定されたパラメータを入力し、前記基本モデルでコンピューターにより仮想的な反射スペクトルをシミュレーションすることにより前記X−Y平面上に仮想スペクトルを表示する仮想スペクトル表示工程と、
前記皮膚の反射スペクトルと、前記仮想スペクトルと、を比較し、
少なくとも散乱係数μsiと、吸収係数μaiと、非等方性散乱パラメータgと、屈折率nと、層の厚みtよりなる群から選ばれた一又は二以上のパラメータを各層ごとに調整することにより、前記仮想スペクトルを前記皮膚の反射スペクトルにフィッティングさせるフィッティング工程と、を備え、
前記フィッティング工程において、少なくとも各層の散乱係数μsiと、吸収係数μaiと、非等方性散乱パラメータgと、屈折率nと、層の厚みtからなる前記パラメータを取得することにより皮膚組織の状態を評価することを特徴とする。
【0012】
また前記吸収係数μaiは、メラニンの色素濃度Cmiおよびヘモグロビンの色素濃度Cbiとそれぞれ比例関係にあり、その比例係数は単位色素量あたりの光の吸収量を表す吸光係数と呼ばれ、一般に知られる既知量である。よって色素濃度CmiおよびCbiを設定および調整することにより、前記吸収係数μaiが間接的に設定および調整され、前記フィッティング工程において各層のメラニンの色素濃度Cmiおよびヘモグロビンの色素濃度Cbiを取得することにより皮膚組織の状態を評価するのが好適である。
【0013】
前記フィッティング工程で行われるパラメータの調整は概形調整段階、微修正段階、仕上げ段階の3段階でなされる。
ここでパラメータの調整を適切に行うためには、皮膚の各層での散乱係数μsiと(吸収係数に比例する)色素濃度CbiまたはCmiの数値変化が分光反射率における反射光のどの波長領域に関与するかという関係をあらかじめ把握しておくことが重要であると考えた。これらの特性を事前に様々な代表的数値においてMCシミュレーションして得られた特性が後述の図5と図6に示す結果である。本発明では、この特性に基づいて、分光反射率のどの波長領域の部分をフィッティングするには、どの層のどのパラメータを変動させればよいかという方針を導いた。それが以下の手順となる。
【0014】
まず、前記概形調整段階において、μs4とCb4〜Cb9を調整する。
具体的には、第一工程として520〜590[nm]の前記仮想スペクトルと前記皮膚のスペクトルの反射率の平均値が同一になるようにμs4を調整する。これは、後述する図5の例から分かるように、このパラメータの数値変化が上述の波長領域の反射率に最も選択的に影響を及ぼしていると判断できるためである。次に、第二工程としてCb4、Cb5を調整し380〜540[nm]の前記仮想スペクトルをフィッティングさせる。これは、後述する図6の例から分かるように、このパラメータの数値変化が上述の波長領域の反射率に最も選択的に影響を及ぼしていると判断できるからである。以上の第一工程と第二工程を繰り返すことにより380〜590[nm]の前記仮想スペクトルをフィッティングさせ、
第三工程としてCb6〜Cb9の濃度比(Cb6:Cb7:Cb8:Cb9)を変化させずに増減することにより660〜780[nm]の前記仮想スペクトルの傾斜を皮膚のスペクトルの傾斜と平行になるように調整し、
第四工程としてのCb4を調整することにより前記仮想スペクトルの380〜590[nm]の反射率の平均値と660〜780[nm]の反射率の平均値の差を前記皮膚のスペクトルにおける上記の差と同一になるように調整し、
第一工程〜第四工程を経て仮想スペクトルの概形を調整することを特徴とする。これにより仮想スペクトルの概形が調整され、微修正段階に移る。
【0015】
前記従来技術の課題に鑑み本発明においては皮膚の9層モデルを採用している。
まず肌に光を照射し波長域ごとの反射率を測定し皮膚の反射率計測スペクトルを表示した後、当該スペクトルとMC法によって作成された仮想スペクトルを比較する。各層にある色素濃度、散乱係数等のパラメータ値を変化させながらMC法を用いてグラフを繰り返し再描写させていくことにより反射率計測スペクトルにフィッティングさせる。そして、フィッティングに用いられたパラメータから散乱係数とメラニンおよびヘモグロビンの色素濃度を取得することができる。
以下、皮膚の9層モデル、MC法の基本原理、フィッティングの手順についてそれぞれ説明する。
【0016】
最初に皮膚の9層モデルについて説明する。
図1にみられるように最表層には厚さ10μm程度の角層があり、その下に顆粒層・有棘層と基底層からなる表皮層が存在する。表皮層の厚さは通常100μm以下である。表皮層の下には厚さ1.5mm程度の真皮層が広がっており、それは上から順に乳頭層、乳頭下層、上部毛細血管網層、網状層、下部毛細血管網層の5層に分類することができる。真皮層の下には皮下組織が厚さ数mmオーダーで広がっている。
【0017】
構造的特徴としては、皮膚表面に皮溝が存在し、さらに表皮層と真皮層の境界(第3、4層間)が突起を含む独特な凹凸の波打つ形状を有している。一方、毛細血管は真皮下部(第8層)で一度網目状の血管層を形成し、さらに真皮上部(第6層)で再び血管網を作っている。そこから表皮層/真皮層境界面の乳頭突起まで毛細血管が延びている。
また、真皮層にはコラーゲンやエラスチンなどの線維成分が多く存在しており、光の散乱に深く関与していると言われている。
光の吸収に関与する色素については、顆粒層におけるカロテン、表皮層(主に基底層)におけるメラニン、真皮層内における酸化・還元ヘモグロビン、ビリルビン等がある。
【0018】
皮膚の9層モデルについて角層をL1層、顆粒層・有棘層をL2層、基底層をL3層、乳頭層をL4層、乳頭下層をL5層、上部毛細血管網をL6層、網状層をL7層、下部毛細血管網をL8層、皮下組織をL9層と定義する。本発明では少なくとも上記の9層からなるモデルを基本モデルとするが、必要に応じて各層をさらに細分化することももちろん可能である。例えば乳頭下層をさらに3分割し、その上部、中部、下部に個別に5つのパラメータ数値を与えれば、合計11層でのMCシミュレーションを実施することができる。これにより、乳頭下層内の一部の深さの領域に局在する散乱異常部を想定したり、ヘモグロビン色素濃度の異なる値を設定するといった状況での分光反射率のMCシミュレーションが実現できる。
【0019】
次にMC法の基本原理について図2を用いて説明する。
MC法は生体組織に光子を1つずつ入射させ、光子の伝搬軌跡について乱数を用いて計算する統計的なアプローチである。
皮膚上層と空気が接する境界表面を(x,y)面として座標を定義し、その面内のある対象領域の中心を(x,y)面の原点とする。さらに原点から皮膚組織内部に向かって深さ方向にz軸を定義する。ある波長において重み1を有する1つの光子が原点に入射したとして、光子が吸収も散乱もされずに距離lを進む確率rは、下記数式1のように表される。
【数1】

【0020】
光子の平均自由行程lは、下記数式2のように表される。
【数2】

ここでμとμは各々各層における散乱係数と吸収係数であり、rは0<r<1の範囲における乱数である。これが、図2におけるステップサイズであり、乱数を与える毎に1ステップごとの伝搬長が規定される。
【0021】
次にl進んだ光子はそこで吸収と散乱を同時に受けると仮定し、これによって光強度は下記数式3のwに表される重みで減衰する。
【数3】

【0022】
これにより、最初に重み1でスタートした光子は伝搬を続ける中で随時、重みが減少していくことになる。物理的には伝搬する過程で吸収を受けるとする考え方が自然であるが、計算のしやすさから、上記のようなアルゴリズムを採用することが一般に広く行われている。また、散乱を受けて方向が変わることを取り入れるため、次に散乱による新たな伝搬方向(θ,Ψ)を新たな乱数r、rを用いて下記数式4、数式5のように表される。
【数4】

【数5】

【0023】
ここでθ は天頂角、Ψ は方位角を表し、f(θ)は散乱の位相関数p(θ)の累積分布関数を表す。数式4は、本発明では具体的には散乱位相関数p(θ)としてHenyey-Greensteinの近似関数として下記数式6を用いている。
【数6】

この式でcosθは下記数式7で与えられる。
【数7】

【0024】
乱数r(0<r<1)を与えることでcosθが決まり、それによる位相関数の値に対応する角度θが決まる。ここで,上式のように非等方性散乱パラメータのgも関与している。乱数rも同様に0<r<1の範囲であり、方位角Ψは一様である。このようにして、方向と伝搬長がその都度与えられながら、かつ減衰を伴いながら光子の伝搬が計算により続けられる。
【0025】
以下、この過程を繰り返していく中で、光子の重みがあらかじめ設定した閾値を下回った場合はその光子は消滅したとみなし計算を中止して、新たな光子を入射させる。消滅せずに皮膚上層面から空気側に射出された光子を検出される光と考え、その光子が有していた重みを保存する。
【0026】
このプロセスを大量の光子について計算し、その重みを積算すれば検出光量が得られる。光子数は多いほどシミュレーション結果の精度が良くなることが知られている。一般に10万から1000万個の光子数が利用される。入射光子の重みは1であるから、その光子数がそのまま入射光量に対応する。そこで、この入射光量に対する上述の検出光量の比率を求めることで反射率が得られることになる。
【0027】
以上は、ある波長について行うプロセスである。これを必要な波長範囲、例えば本発明では可視波長領域として380〜780[nm]に渡って一定間隔、例えば5nmや10nm毎に行うことで、分光反射率が得られることになる。
また、光子がある一つの層内で何回ぐらい散乱による方向変化を繰り返すかは、層の厚みと、その層における散乱の特性である散乱係数や非等方性散乱パラメータの値に依存する。また、光子が強い吸収を受けるような状況にあると重みの減衰が著しくなり、短時間で閾値を下回り消滅したとみなされ、あらたな光子が投入される。この度合いは吸収係数または色素濃度に依存する。
【0028】
MC法において使用されるパラメータについて説明する。
前記アルゴリズムでは一つの層ごとに、μ、μのほかに非等方性散乱パラメータg、屈折率n、層の厚みtの計5つの入力パラメータが必要である。非等方性散乱パラメータgは下記数式8のように表される。
【数8】

【0029】
gは位相関数p(θ)の余弦平均であり、−1から+1までの値をとる。0で等方散乱、+1(−1)で完全な前方(後方)散乱を表す。屈折率nは皮膚と空気で一般に異なる値を取るため、入射、射出の際にスネルの法則に従った角度での偏向を受ける。また、9層の各層間で、値が異なる場合にも同様に光の伝搬方向の角度偏向がおこる。層の厚みtは、その層における散乱や吸収の起こる広さに関連しており、層が厚ければその影響が顕著になることになる。
一方、光子が前方散乱していくことにより9層よりも深部に透過する場合もあり、入射光量に対する9層を通過した光子の有する重みの積算値(=透過光量)の割合が透過率となる。
【0030】
MC法ではそれぞれの光子が、与えられた散乱係数や吸収係数などのパラメータによって決まる挙動を乱数に基づき計算機内で追跡し、大量の光子の挙動を統計的に見て反射率を決定している。
図2を用い光子に対し、パラメータがどのように関連するかを一つの光子の挙動を観察することにより説明する。
【0031】
ある光子がある層内に入射したとき屈折率nにより光子の進行方向が変化する。
m層の絶対屈折率をn、m−1層の絶対屈折率をnm−1とすると、m−1層からm層に入射した際の屈折率nはスネルの法則に従いn=n/nm−1により求まる。なお、第1層に入射するときの屈折率は空気の屈折率n=1とすると、n=n/1=nである。
光子は層内に入射した後、伝搬する過程で散乱、吸収が同時になされる。
これを光子が一定の距離lを進んだ後、いずれかの方向に散乱されると同時にW=μ/(μ+μ)の重みで光強度が減衰するという考え方で、吸収の分だけ光強度が減じられる演算を行っている。
【0032】
散乱される方向は非等方性パラメータgの特性を反映した天頂角θと、方位角Ψ に従った確率で乱数発生により決定される。
g=−1の場合は進行方向と逆の方向に進むことになりg=1の場合は直進することになる。皮膚組織は比較的前方散乱する性質があり、文献により数値が広く紹介されている。この値を用いることで非等方性パラメータgが規定される。
したがって、MCシミュレーションにより光子の軌道が決まる要因としては、屈折率nによる入射した後の光子の進行方向、非等方性パラメータgにより散乱された後の光子の進行方向が挙げられ、層の厚みtは、その層における散乱や吸収の起こる広さに関連しており、層が厚ければその影響が顕著になることになる。
【0033】
本発明のMCシミュレーションでは前記5つのパラメータの中で吸収係数μの代わりに色素濃度を使用するのが好適である。本発明においては色素濃度としては影響の大きいメラニン色素の濃度とヘモグロビン色素の濃度が使用される。メラニン色素の濃度をCとし、ヘモグロビン色素の濃度をCとしている。
【0034】
ここで散乱係数μ、吸収係数μと色素濃度CとCとの関連性について説明する。散乱係数μと各色素濃度の関係は実際の皮膚の中での物理現象としては一般には独立と考えることができる。メラニン色素は通常は表皮層に存在するが、層を形成する組織全体に占める体積割合は大きくなく、散乱の主要因は組織内の境界膜などの構造体であり、それに比べて色素の濃度が変わることによる散乱への影響は小さいと考えて良い。一方、ヘモグロビン色素を含む血液の非等方性散乱パラメータgは可視波長領域で0.97〜0.98であり、ほぼ1に近いことから、光はほとんど直進的に進むことを示しており、散乱の効果はきわめて低い。よってこの色素の濃度変化と散乱係数はほとんど独立と考えるのが一般的である。こうした物理的特性に基づき、フィッティングに用いるMCシミュレーションではパラメータは独立に設定するようになっている。片方の数値を変えたときに他方の数値が勝手に変わってしまうことはない。
【0035】
また、色素濃度CおよびCは吸収係数μと比例関係にあり、その比例係数は単位色素量あたりの光の吸収量を表す吸光係数Σである。メラニン色素とヘモグロビン色素の各吸光係数をそれぞれ、ε,ε とすると、メラニン色素の存在による吸収係数は、下記の数式9のように記述できる。
(数9)
μam=ε
ヘモグロビン色素の存在による吸収係数は、下記の数式10のように記述できる。
(数10)
μab=ε
【0036】
吸光係数は、文献やテキストなどにある一般に既知のものである。よって色素濃度と吸収係数は、どちらかの数値を与えれば自動的に他方の数値が規定されるので、どちらを調整に用いてもよいことになる。本発明では、直感的に分かり安い色素濃度を変化させて、結果的に吸収係数μを変化させている。
ただし、吸収係数μを直接調整することも上記の関係式から明らかなように理論的には可能であり本発明に含まれる。
【0037】
測定手順について説明する。
最初に人の皮膚について測定された波長−反射率のグラフ(皮膚反射率計測スペクトル)と、初期パラメータを設定しMCシミュレーションしたグラフ(仮想スペクトル)とを表示する。初期状態のパラメータ設定については実際の皮膚組織構造や生理学的特性を十分に取り入れたパラメータが必要となる。
【0038】
最も標準的に考えられる手段として、文献に公表されている角層、表皮、真皮、皮下組織における散乱係数、吸収係数、非等方性散乱パラメータ、屈折率、層の厚みの代表的値を初期値として設定することが妥当である。しかし、9層の各層毎に5種類のパラメータがあり、計9×5=45個の適切な数値を入力する必要がある。
【0039】
初期パラメータの設定が行われた後、MCシミュレーションした仮想スペクトルによるグラフを表示し変数を変化させながらフィッティングさせる。従来型の3層モデルと比較してパラメータが多く自由度を高くすることができるのでより正確なフィッティングが可能となる。
【0040】
従来型の3層モデルによるMCシミュレーション結果を図3に示す。
図3によるとC=5%、C=0.4%とすると460〜590[nm]の波長域においておおよそフィッティングしているが450nm以下の波長域、600nm以上の波長域において仮想スペクトルの反射率が計測スペクトルの反射率を下回っている。
また、450nm以下の波長域、600nm以上の波長域の部分を合わせるためにC、Cを調整すると460〜590[nm]の波長域の反射率まで増加してしまう。この結果から層の分割数が少なく大雑把な皮膚モデルのため、自由に調整できるパラメータの数の少ないことが原因となり正確なフィッティングができないことが分かる。
【0041】
そこで本発明においては9層モデルを使用したMCシミュレーションを行う。これにより9層モデルの各層の色素濃度を詳細に設定することができ、より正確にフィッティングすることができるようになった。
フィッティングを効率的に行うために各層の散乱係数μ、吸収係数μ(色素濃度CとCを代わりに用いる)のうち全体の反射率に影響の大きい変数から調整し、徐々に影響の小さい変数を調整するのが好適である。
また皮膚の組織学的知見と各パラメータが有する波長依存性に関する物理学的先見情報に基づいて、初期パラメータの設定およびパラメータの調整を行う必要がある。
【0042】
次にフィッティングの手順について説明する。
ここでフィッティングとは、作業者が皮膚の反射率スペクトルに仮想スペクトルのパラメータを変化させながら、これらのスペクトルのターゲットとなる波長域のスペクトルを他の波長域の影響を考慮しながら合わせることを言う。そのため以後の工程でのフィッティングで他の波長域をターゲットとして調整するときに皮膚の反射率スペクトルに仮想スペクトルを合わせこむことが不可能とならない範囲でパラメータ調整することを要する。
【0043】
本発明のフィッティングは、概形調整段階、微修正段階、仕上げ段階の順に行われる。
概形調整段階においては以下の手順でフィッティングが行われる。
L4における散乱係数μs4の変化が,分光反射率の比較的中心の波長領域である520−590nmの反射率スペクトルに選択的に反映されることが図5から分かる.したがって、本発明においてはμs4を最初に調整する。また吸収係数に大きく影響を与えるのはヘモグロビンの色素濃度である。図1に見られるように血管はL4−L9において分布しており、その中でも420−580nmの波長域においてL4、L5のヘモグロビンの色素濃度Cb4、Cb5の影響が比較的大きいことが図6から分かる。
したがって、比較的スペクトルに及ぼす影響の大きいL4のμs4およびL4−L9のCb4〜Cb9が調整されることにより概形が調整される。
【0044】
本発明の皮膚評価方法をするに際し、まず皮膚に波長全域(380nm〜780nm)の光を照射し、波長ごとの反射率を前記X−Y平面上に計測スペクトルとして表示する。
各層のパラメータを適切に設定し、MCシミュレーションによる仮想スペクトルを表示する。
図4には計測スペクトルとMCシミュレーションによる仮想スペクトルが表示されている。また図4のようにB1−B5の5つの波長域に分類する。380−450nmをB1、440−540nmをB2、520−590nmをB3、580−710nmをB4、660−780nmをB5と定義する。なお、各波長域が多少オーバーラップしているのは個人差により、境界となる波長域が変動することを考慮したことによる。
【0045】
次に概形調整段階におけるフィッティングの手順について説明する。
最初に仮想スペクトルと計測スペクトルとを比較し、L4の散乱係数μS4を調整することによりB3のスペクトルにみられるW字に似た形状の調整を行う。この形状はヘモグロビン色素の吸光スペクトルに起因した血液独特のもので皮膚の反射率スペクトルの形状の中でも特に特徴的であり、このW字の形状を形成する凹凸の出方が皮膚組織中の散乱係数やメラニン色素濃度、ヘモグロビン色素濃度と最も強く関わっていることがよく知られている。そこでこの部分のフィッティングを最初に行うことが妥当である。
散乱係数μS4を調整するとB3に見られるW型形状のスペクトルの反射率が変化する。散乱係数μS4を増加または減少させて、波長域520〜590[nm]の仮想スペクトルと皮膚の反射率スペクトルのW型形状が近似するように調整する。
【0046】
次にB1とB2のスペクトルを同時に調整し、フィッティングを行う。
具体的にはL4とL5のヘモグロビン色素濃度Cb4、Cb5を増加または減少させて、仮想スペクトルが皮膚の反射率スペクトルに一致するように調整していく。
また当該調整を行うことにより520〜590[nm]が変動した場合は前述の散乱係数μS4の再調整をすべきであり、またそれでもフィッティングしない場合は、μs4とヘモグロビン色素濃度Cb4、Cb5の調整を何回か交互に繰り返しフィッティングすることが好適である。以上の繰り返しは複数回行うことで通常は仮想スペクトルが皮膚計測反射スペクトルに近似するが、やがてそれ以上繰り返しても近似が改善されず、むしろ逆に形状差が増大する傾向を見せ始めるので、そこに至る手前で繰り返しを終えて次の調整へ進むのが妥当である。
【0047】
次にB5の傾斜を調整する。
L6からL9のヘモグロビンの色素濃度Cb6〜Cb9の濃度比(Cb6:Cb7:Cb8:Cb9)を変化させずに一様に増減し、660[nm]以上の部分において仮想スペクトルの傾斜が皮膚のスペクトルの傾斜と平行になるように調整するのが好適である。
【0048】
B5の傾斜が調整されるとB3のW型形状が影響を受けて再度ずれてしまうことがあるので、次にB1−B3の反射率レベルとB5の反射率レベルの段差を調整する。
具体的にはL4のヘモグロビンの色素濃度Cを調整することにより580〜660[nm]付近までの前記仮想スペクトルの傾斜を前記皮膚のスペクトルと平行になるように調整する。
【0049】
以上が概形調整段階において行われる手順である。これにより、必ずしも皮膚の反射率スペクトルと仮想スペクトルの反射率差が必ずしも十分に狭まるわけではないが、仮想スペクトルの概形が皮膚の反射率スペクトルに比較的近似され、微修正段階でのフィッティング作業を効率的に行うことができるようになる。
【0050】
その後は微修正段階を経て、仕上げ段階がなされてフィッティングが完了するが、これらの段階では経験的にパラメータを調整する。
概形調整段階においてスペクトルの凹凸形状への影響の大きい変数であるL4−L9の層のヘモグロビン色素濃度Cb4〜Cb9が調整されているので、ヘモグロビンと比較してスペクトルの凹凸形状への影響の小さいメラニン色素濃度Cを適切に調整することができる。メラニン色素は表皮層のL2とL3に存在することから,組織への侵達度の低い低波長域の分光反射率に影響し、長波長域の反射率には大きな影響を与えないが、B2−B3に見られるうねりのような凹凸形状はメラニン色素の濃度が関係している。この形状を適切にフィッティングすることによりCを適切に求めることができる。
仕上げ段階までに影響の大きい散乱係数μと、すべての色素濃度C、Cが求められるが、ズレが残留する場合はさらにこの最終段階で,上述の各種調整を繰り返すのが好適である。
【0051】
図5を用いて、μを変化させた場合にMCシミュレーションにおける仮想スペクトルの変化について説明する。
1.L1でのμS1の増加は、B1−B3における反射率を上昇させる。上がり方はB1、B2、B3の順に大きくなる。
2.L2でのμS2の増加は、B1、B2における反射率の上昇が比較的高いが全波長における反射率を上昇させる。またB3に見られるW字の形状を含めて全体的にフラットなスペクトル形状にさせる。
3.L3でのμS3の増加はB5における反射率を変えずにB1−B3における反射率を上昇させる。このときB1−B3間における反射率への影響の仕方は同程度で、B3のW形のスペクトル形状もフラットになる。
4.L4でのμS4の増加は、B3における反射率を選択的に上昇させる。ここでも上昇によりW形は傾斜のままであるがスペクトル形状がフラット化する。
5.L5でのμS5の増加は,B2−B5における反射率を上昇させる。特にB3における反射率の持ち上がりが大きい。ここでは5倍以上の変化はあまり影響が大きくないので5倍以下を調整に用いる。
6.L6でのμS6の増加はB2−B5における反射率を上昇させるが影響は小さく5%程度以下である。
7.L7でのμS7の増加はB4−B5における反射率を上昇させるが影響は小さく7%程度以下である。
8.L8でのμS8の増加は主にB5における反射率を上昇させるが影響は小さく2−3%程度以下である。
9.L9でのμS9の増加は主にB5における反射率を上昇させるが影響は小さく5%程度以下である。
【0052】
次に、図6に示されているように色素濃度変数C、Cを変化させた場合について説明する。
1.L1は特定の色素によらず組織自体が有する基礎的な光吸収成分のみを設定している。ここでの吸収成分の増加は全波長で反射率を低下させ、形状に変化はない。
2.L2とL3はメラニン色素による吸収が主であり、L2層とL3層のメラニンの色素濃度Cm2、Cm3の比率としてCm2:Cm3=1:10を固定して設定している。ここでのCの増加は全波長で反射率を低下させており、またB1−B3に見られるスペクトルの大きなうねりのような凹凸形状を抑制させる。
3.L4以降はヘモグロビン色素による吸収が主である。ここでの増加は、B4、B5のスペクトル形状を変えずにB2−B3における反射率を同程度に低下させる。また、ヘモグロビンの色素濃度Cb4が増加するに伴いB1−B3の反射率とB5の反射率の段差が大きくなる。
4.L5のCb5が増加するとCb4と同様にB2−B3の反射率を同程度に低下させるが、それに加えてB4−B5における反射率も低下する。またCb4およびCb5を高めた場合のB3に見られるW型の形状はフラット化する傾向にある。
5.L6でのCb6の増加は、580nm辺りを支点にB4−B5における反射率を低下させ、W型形状をフラット化させるが、短波長域の光はL6以下の深い層に到達しにくく、B1−B3における反射率にはほとんど影響がない。
6.L7でのCb7の増加に対する変化の傾向はL6とほぼ同様である。
7.L8、L9でのCb8、Cb9の増加は、600nm辺りを支点にB4−B5における反射率を僅かに低下させる程度で影響が小さい。
【0053】
以上のフィッティング工程を経て、各層の散乱係数μsiと、色素濃度CmiとCbi(あるいは吸収係数μai)と、非等方性散乱パラメータgと、屈折率nと、層の厚みt、からなるパラメータを取得することにより、皮膚の生理状態に関する情報が得られる。
【発明の効果】
【0054】
本発明はMCシミュレーションに皮膚の9層モデルを使用したことにより、従来の3層モデルと比較して精密かつ自由度の高いフィッティングを実現している。
また、本発明は9層モデルの各層のパラメータを皮膚の組織学的知見と各パラメータが有する波長依存性に関する物理学的先見情報に基づいて、初期パラメータの設定を適切にした後、先述の手順でパラメータを調整することにより効率的にフィッティングすることができる。
【0055】
パラメータ設定として吸収係数μを直接調整することも可能だが、皮膚の生理状態の評価と直接に関連して考えやすい色素濃度C、Cを調整することにより間接的に調整される。これは物理的には色素濃度がある状態にあることによって、その時の吸収係数が規定されるので、その意味でこれらを直接調整するパラメータとするのが妥当である。
【0056】
フィッティングの第一段階である概形調整段階を行うことにより、仮想スペクトルの概形を皮膚の反射率スペクトルに比較的近似することができ、以後のフィッティング作業を容易にするとともに、その後の微修正段階での調整を適切かつ容易にすることができる。
【0057】
このようにしてフィッティングが完了すると、その時の各パラメータが得られることになる。同一人について何らかの生理状態変化、薬剤などによる変化、経年変化、季節変化などがある場合に、変化前後での比較や、変化部位と隣接正常部位での各層の当該パラメータ(各層の散乱係数μsi、色素濃度Cmi、Cbi)の値の変化から、どの層に変化があったのかを推定することができる。
【0058】
例えば散乱係数μや非等方性散乱パラメータgが、正常値あるいは正常部位における代表値と比べて増加あるいは減少している場合、これは皮膚における組織が異常な変性をしていたり、異物が形成されているなどの疾患の疑いと関連付けられる。また、メラニン色素濃度の増減は表皮層における、露光や加齢などによる皮膚の組成変化や色素沈着と関連付けられる。そして、ヘモグロビン色素濃度の増減は、炎症や疾患による真皮層や皮下組織における血行動態の変化、血管分布・血管形状変化などと関連付けられる。一方、屈折率nの変化は組織内水分の含有量などと関連付けた考察が可能である。層の厚みtの変化は、加齢などによる組織構造の変化や弾力線維成分の過多と関連付けられる。このように層ごとに各パラメータからさまざまな皮膚の生理状態を評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】は皮膚の3層モデルおよび9層モデルの説明図である。
【図2】はMCシミュレーションで皮膚に入射した理論的な光子の挙動および計算に必要となる光学パラメータの説明図である。
【図3】は3層モデルを使用したMCシミュレーションの説明図である。
【図4】は計測スペクトルとMCシミュレーションにより表示される仮想スペクトルが表示されており、波長域ごとにB1−5に分類したことについての説明図である。
【図5】はMCシミュレーションで各層のμsiを変化させたとき表れるスペクトルを記載したものである。
【図6】はMCシミュレーションで各層のCmiまたはCbiを変化させたとき表れるスペクトルを記載したものである。
【図7】は、μa4を調整して仮想スペクトルの540〜580[nm]部分の調整をする説明図である。
【図8】は、仮想スペクトルの530[nm]以下の部分の弛みを調整する説明図である。
【図9】は、仮想スペクトルの620[nm]以上の部分の傾斜を調整する説明図である。
【図10】は、仮想スペクトルの580〜620[nm]の部分の段差を調整する説明図である。
【図11】は、肌画像を再構築するときのフローチャートを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0060】
前記フィッティング工程で行われるパラメータの調整は概形調整段階、微修正段階、仕上げ段階の3段階でなされるが、本発明で特徴的な概形調整段階について説明する。
概形調整段階はフィッティングする前段階として皮膚の反射スペクトルの形に仮想スペクトルの形をおおよそ合わせることを目的としている。
【0061】
最初にL4の散乱係数μs4を調整することで520〜590[nm]のW型部分の弛みを調整する。
具体的には図7のように波長域520〜590[nm]の仮想スペクトルと皮膚の反射率スペクトルのW型形状が近似するように調整する。
そうすると、図7の下図の例にみられるように530[nm]付近以下の波長域、620 [nm] 付近以上の波長域に弛みが出来ていることが分かる。したがって、次の工程で仮想スペクトルの概形を調整することが必要となる。
【0062】
そこで、まずL4、L5のヘモグロビン色素濃度Cb4、Cb5を調整することで530[nm]付近以下の部分の弛みを調整する。
図8のように530[nm]付近以下の部分の弛みが調整されるが、その弛みが大きいときは520〜590[nm]のW型部分の弛みが再び大きくなる場合がある。その時は再度μs4を調整する。
ヘモグロビン色素濃度Cb4、Cb5を調整、散乱係数μs4の調整を繰り返す。これによりB1−B3の形を調整することができる。
【0063】
次に仮想スペクトルの660[nm]以上の部分の傾斜を調整する。
図9の上図に見られるように仮想スペクトルの660[nm]以上の部分が皮膚の反射率スペクトルに比べて傾斜が大きい。したがってこの傾斜部分を調整する必要がある。
調整は(Cb6:Cb7:Cb8:Cb9)の比を維持しながら各ヘモグロビン色素濃度Cを増減することにより行われ、フラット化することにより660[nm]以上の部分の傾斜を整える。
【0064】
次に580〜620[nm]付近の部分の段差を調整する。
図10の上図によると仮想スペクトルの620[nm]以上の部分の傾斜を調整したことにより、580〜620[nm]の部分の仮想スペクトルの上昇の度合いが皮膚反射率スペクトルに比べて抑制されているのが分かる。
そこでCb4を調整して580〜620[nm]付近の部分の傾斜を調整する。
ここまでが概形調整段階である。
【0065】
以上の概形調整段階の手順に従いスペクトルの形をおおよそ合わせることにより、この後の微修正段階でB3〜B5の反射率レベルを上昇させる。これには主にL5のヘモグロビン色素濃度Cb5を調整するが、必要に応じL4のヘモグロビン色素濃度Cb4も付加的に調整する。再度520〜590[nm]のW型部分の調整をし、540[nm]以下の弛みをメラニン色素濃度C等の変更により調整する。以上のように概形調整段階を経てフィッティングさせることで、無駄な過程を排除し、少しの手間でフィッティングさせることができるので、大変効率よくフィッティングすることができる。
【0066】
以上のようにフィッティングを行うことにより各層のパラメータ値を取得し、パラメータ値を解析することにより皮膚組織の層ごとの生理状態を明らかにすることができる。
ところで、フィッティングにより得られたパラメータ値は、現在の皮膚の状態を分析すること以外の用途にも用いられる。取得された層のパラメータ値を使用して逆算的に肌の外観を表示することもできるので、部分的にパラメータ値を変更して肌の外観を画像表示することにより、将来的にパラメータ値が変化した場合を想定して肌の外観へ与える影響を見ることもできる。
【0067】
その場合は、皮膚からRGB肌画像を得て、色成分とテクスチャー成分に分離し、元画像の色成分の代わりに、所望の皮膚組織条件下の色成分を本発明による9層皮膚モデルを用いたMC法によって算出し、元画像のテクスチャー成分と合成することで、種々の肌状態における肌画像を再構成して提示する。
本発明は従来法に比較して緻密にパラメータ設定をすることができるので、現在の肌に対し、肌内部の状態が変化した際の見え方の違いをわずかな差であっても分かりやすく表示することができる。
【0068】
具体的な肌画像の再構成法を図11に示す。STEP1でヒト皮膚の分光反射率とRGB画像を同時取得する。次にSTEP2で、実測分光反射率から色情報[1]RGBrefを計算し、一方、画像はフーリエ変換により直流成分である色成分情報[2]RGBimgと残りの周波数成分である[3]テクスチャー成分に分離する。ここで、[2]RGBimgを[1]RGBrefを用いて色補正を行い([4]RGBcal)、これを[3]テクスチャー成分と合成し、画像を再構成することで[5]RGBrep1を得る。
以上は一般的な画像再構成法であり、色成分とテクスチャー成分の分離については他の手法を用いてもかまわない。
【0069】
次にSTEP3において本発明に基づくスペクトルフィッティングにより、実測分光反射率から測定対象ごとの各層のパラメータを推定し、これを基本設定値([6]MCS フィッティング)とする。次に、9層内の所望の層のメラニンCmiやヘモグロビン濃度Cbi、散乱係数μsi、非等方性散乱パラメータg、屈折率n、層の厚みtの増減を施した分光反射率を生成し、対応する[7]RGBctrを計算して[3]テクスチャー成分と合成することで、多様な組織条件下での画像再構成が可能となる([8]RGBrep2)。
メラニンCmiやヘモグロビン濃度Cbiなど様々な肌状態の変化に対応して、本発明における設定パラメータを変化させることにより、対応した肌画像を再構成して提示することが可能であり、皮膚科学や化粧品分野での応用が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人の皮膚に光を照射し、波長毎の反射率を測定する人の皮膚の反射スペクトル測定工程と、
X軸を波長とし、Y軸を反射率とするX−Y平面上に測定された前記皮膚の反射スペクトルを表示させる皮膚の反射スペクトル表示工程と、
人の皮膚組織のモデルとして、角層をL1層、顆粒層・有棘層をL2層、基底層をL3層、乳頭層をL4層、乳頭下層をL5層、上部毛細血管網をL6層、網状層をL7層、下部毛細血管網をL8層、皮下組織をL9層とし、少なくともこの9層からなる構成を基本モデルとして使用し、
前記基本モデルの各層ごとの散乱係数μsiと、吸収係数μaiと、非等方性散乱パラメータgと、屈折率nと、層の厚みtからなるパラメータに初期値をそれぞれ設定するパラメータ初期設定工程と、
前記パラメータ初期設定工程において設定されたパラメータを入力し、前記基本モデルでコンピューターにより仮想的な反射スペクトルをシミュレーションすることにより前記X−Y平面上に仮想スペクトルを表示する仮想スペクトル表示工程と、
前記皮膚の反射スペクトルと、前記仮想スペクトルと、を比較し、
少なくとも散乱係数μsiと、吸収係数μaiと、非等方性散乱パラメータgと、屈折率nと、層の厚みtよりなる群から選ばれた一又は二以上のパラメータを各層ごとに調整することにより、前記仮想スペクトルを前記皮膚の反射スペクトルにフィッティングさせるフィッティング工程と、を備え、
前記フィッティング工程において、少なくとも各層の散乱係数μsiと、吸収係数μaiと、非等方性散乱パラメータgと、屈折率nと、層の厚みtからなる前記パラメータを取得することにより皮膚組織の状態を評価することを特徴とする皮膚の評価方法。
【請求項2】
請求項1の皮膚の評価方法において、
前記吸収係数μaiは、前記パラメータ初期設定工程および前記フィッティング工程で、同じ層のメラニンの色素濃度Cmiおよびヘモグロビンの色素濃度Cbiを設定および調整することにより、間接的に設定および調整され、
前記フィッティング工程において各層のメラニンの色素濃度Cmiおよびヘモグロビンの色素濃度Cbiを取得することにより皮膚組織の状態を評価することを特徴とする皮膚の評価方法。
【請求項3】
請求項1の皮膚の評価方法において、
前記フィッティング工程で行われるパラメータの調整は概形調整段階、微修正段階、仕上げ段階の3段階でなされ、
前記概形調整段階において、μs4とCb4〜Cb9を調整することを特徴とする皮膚の評価方法。
【請求項4】
請求項5の皮膚の評価方法において、
前記概形調整段階において、第一工程として520〜590[nm]の前記仮想スペクトルと前記皮膚のスペクトルの反射率の平均値が同一になるようにμs4を調整し、第二工程としてCb4とCb5を調整し380〜540[nm]の前記仮想スペクトルをフィッティングさせ、第一工程と第二工程を繰り返すことにより380〜590[nm]の前記仮想スペクトルをフィッティングさせ、
第三工程としてCb6〜Cb9の濃度比(Cb6:Cb7:Cb8:Cb9)を変化させずに増減することにより660〜780[nm]の前記仮想スペクトルの傾斜を皮膚のスペクトルの傾斜と平行になるように調整し、
第四工程としてL4のヘモグロビンの色素濃度Cを調整することにより前記仮想スペクトルの380〜590[nm]の反射率の平均値と660〜780[nm]の反射率の平均値との差を前記皮膚のスペクトルにおける上記の差と同一になるように調整し、
第一工程〜第四工程を経て仮想スペクトルの概形を調整することを特徴とする皮膚の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−87907(P2011−87907A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45815(P2010−45815)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (発行者名)(社)応用物理学会 (刊行物名)第56回応用物理学関係連合講演会予稿集 (発行年月日)2009年 3月30日
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】