説明

肝疾患診断剤及び予防治療剤

【課題】薬物性肝障害等の肝疾患の治療に有用な新たな肝疾患予防治療剤および肝疾患の診断剤を提供する。
【解決手段】ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩を含有する肝疾患予防治療剤。該肝疾患としては、特に、ウイルス性肝炎、薬物性肝障害、アルコール性肝障害、脂肪肝及び肝硬変に有用である。ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の測定試薬を含有する肝疾患診断剤。該診断剤は、血中のヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の濃度を測定することによる判定方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物性肝障害等の肝疾患診断剤及び肝疾患の予防及び治療に有用な肝疾患予防治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓は、体内で最大の臓器であり、代謝、排出、解毒、体液の恒常性の維持など極めて多くの機能をしている。しかし、ウイルス、薬物、アルコール等の種々の原因により、急性及び慢性的に障害を受け、ウイルス性肝炎、薬物性肝障害、アルコール性肝障害等の肝疾患を引き起こす。
【0003】
これらの肝疾患に対する治療手段としては、食事療法、安静療法に加えて、グリチルリチン製剤、副腎皮質ステロイド、インターフェロン等の投与が行なわれている。しかし、これらの治療においても十分な治療効果が得られておらず、副腎皮質ステロイドやインターフェロンの投与では副作用が問題となっている。
【0004】
また、薬物性肝障害においては、薬物性肝障害が疑われた時点で、原因となっている可能性の高い薬剤の投与を中止し、その後肝障害の経過を観察するのが一般的であり、一般的には薬物による治療は適用されない。原疾患治療上必須の薬物に関しては、肝障害軽快後に再開することが必要となり、肝障害の再発と休薬を繰り返しながら、経過を観察しつつ治療を行なっているのが現状である(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】重篤副作用疾患別対応マニュアル薬物性肝障害(平成20年4月、厚生労働省)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、薬物性肝障害等の肝疾患診断剤及び肝疾患の治療に有用な新たな肝疾患予防治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者は、薬物性肝障害患者における症状の進展と血中成分の変化について検討してきたところ、全く意外にも多数の核酸関連代謝物質の中で、ヒポキサンチンとイノシンが特異的に肝障害の進展とともに有意に低下することから、ヒポキサンチン及びイノシンが肝疾患の診断マーカーとして有用であることを見出した。さらに、肝疾患モデル動物を用いて肝疾患予防治療剤のスクリーニングを行なったところ、多数の核酸関連代謝物質の中で、ヒポキサンチンとイノシンが特異的に、極めて優れた肝疾患予防治療作用を有することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩を含有する肝疾患予防治療剤を提供するものである。
【0009】
また本発明は、血中のヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の濃度を測定することを特徴とする肝疾患の判定方法を提供するものである。
【0010】
さらに本発明は、ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の測定試薬を含有する肝疾患診断剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
ヒポキサンチン及びイノシンは、いずれも生体内に存在する物質であることから、安全性も高く、副作用のない肝疾患予防治療剤である。また、経口投与も可能であり、用法的にも容易である。特に薬物性肝障害に対しても有効であるので、肝障害の副作用があり治療上必要な原疾患の薬物による治療が継続できるという効果も有する。
また本発明の診断剤によれば、肝疾患の発症、進展、薬物による治療効果等が的確に判定できるため、原因となる薬物の投与中止、肝疾患治療手段の選択等の判定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】薬物性肝障害患者における肝障害重症度とヒポキサンチン濃度との関係を示す図である。
【図2】ラット肝障害モデルにおけるヒポキサンチン、イノシン、グアノシン及びアデノシン血中濃度を示す図である。
【図3】ANIT肝障害モデルにおける血中直接ビリルビン濃度の変化を示す。図3〜5中、A:オリーブI.P+生理食塩水S.C、B:ANIT I.P+生理食塩水S.C、C:オリーブI.P+ヒポキサンチンS.C、D:ANIT I.P+ヒポキサンチンS.C、E:ANIT I.P+イノシンS.C、F:ANIT I.P+アデニンS.C、G:ANIT I.P+アデノシンS.C、H:ANIT I.P+グアニンS.C、I:ANIT I.P+グアノシンS.C。
【図4】ANIT肝障害モデルにおける血中間接ビリルビン濃度の変化を示す。
【図5】ANIT肝障害モデルにおける血中ALT濃度の変化を示す。
【図6】CCl4肝障害モデルにおける血中ALT濃度の変化を示す。図6中、A:オリーブI.P+生理食塩水S.C、B:CCl4 I.P+生理食塩水S.C、C:生理食塩水I.P+ヒポキサンチンS.C、D:CCl4 I.P+ヒポキサンチンS.C、E:CCl4 I.P+イノシンS.C。
【図7】抗真菌薬(ボリコナゾール)肝障害モデルにおける血中ALT濃度の変化を示す。図7中、A:LPS I.P+ボリコナゾールI.V+生理食塩水S.C、B:LPS I.P+ボリコナゾールI.V+ヒポキサンチンS.C、C:LPS I.P+ボリコナゾールI.V+イノシンS.C。
【発明を実施するための形態】
【0013】
ヒポキサンチン及びイノシンの血中濃度は、後記実施例に示すように、薬物性肝障害が発症している患者において有意に低値を示すことが判明した。また、ラット肝障害モデルにおいても、ヒポキサンチン及びイノシン血中濃度は有意に低値を示すことが判明した。一方、核酸関連物質であるグアノシンやアデノシンは、ラット肝障害モデルにおいて明確に低下しなかった。
従って、ヒポキサンチン又はイノシンは、肝疾患判定マーカーとして有用であり、血中ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の濃度を測定すれば、肝疾患の診断が可能である。また、当該患者が、後述のヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩による治療対象であるか否かを判定することができる。
【0014】
ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の測定対象としては、肝疾患が疑われる患者の血液、例えば血清、血漿が挙げられるが、血清が特に好ましい。
【0015】
血中のヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の測定手段は特に限定されず、例えばGC−MS法、HPLC法、免疫学的測定法、生化学的測定法、キャピラリー電気泳動−飛行時間型質量分析法、HPLC-タンデム四重極質量分析法等により測定できる。
【0016】
血中のヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の濃度を測定して、肝疾患を診断するには、これらの成分の血中の濃度が健常者のそれと対比して有意に低下している場合に、肝疾患陽性と判定することができる。このとき、通常の肝疾患マーカー、例えばALT、AST、γ−GTP、ALP等と組み合せて判定することもできる。
【0017】
肝疾患診断剤には、ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の測定試薬が含まれ、これには測定のためのプロトコールを含むキットの形態とするのが好ましい。このキットには、ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の測定試薬、測定試薬の使用方法、肝疾患の有無を判定するための基準等が含まれる。当該基準には、ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の標準濃度、高いと判断される濃度、低いと判断される濃度、測定結果に影響を与える要因とその影響の程度等が含まれる。
【0018】
本発明肝疾患診断剤の診断対象としては、ヒトを含む哺乳動物における、薬物性肝障害、アルコール性肝障害、脂肪肝、ウイルス性肝炎、肝硬変が挙げられる。
【0019】
本発明の肝疾患予防治療剤の有効成分はヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩である。ヒポキサンチンは、プリン系核酸の一種であり、またイノシンはヒポキサンチンにD−リボースが結合した化合物であり、両者ともに生体内に存在するが、化学的にも合成可能である。ヒポキサンチン又はイノシンの塩としては、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、酢酸塩等の酸付加塩が挙げられる。
【0020】
ヒポキサンチン及びイノシンは、後記実施例に示すように、肝疾患モデル動物に対して、優れた肝機能改善作用を有する。すなわち、ヒポキサンチン及びイノシンは肝細胞の障害モデルである四塩化炭素肝障害モデル、及び胆道閉塞性タイプであるANIT(α−ナフチルイソチオシアネート)肝障害モデルのいずれに対しても優れた肝機能改善作用を示す。より詳細には、ヒポキサンチン及びイノシンは、これらのモデル動物における、ビリルビンの上昇、及びALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)の上昇を顕著に抑制する。
また、ヒポキサンチン及びイノシンは、実際に肝障害を起こすことが知られている薬物を投与して生じた肝障害モデルの肝機能を顕著に改善することも確認された。
従って、ヒポキサンチン及びイノシンは、ヒトを含む哺乳動物における、薬物性肝障害、アルコール性肝障害、脂肪肝、ウイルス性肝炎、肝硬変等の肝疾患の予防治療剤として有用である。また、ヒポキサンチン、イノシン又はその塩は、肝機能改善を目的とした特定保健用食品等の機能性食品とすることもできる。
【0021】
本発明の肝疾患予防治療剤は、特に薬物性肝障害の予防治療剤として有用であり、肝障害を起こす薬物としては、解熱消炎鎮痛薬、カルバマゼピン等の精神神経用薬、抗不整脈薬、カルシウム拮抗薬、血小板凝集抑制剤、H2受容体拮抗薬、プロトンポンプ阻害剤、抗がん剤、化学療法薬(抗真菌剤、抗菌剤)、糖尿病剤、高脂血症治療薬、免疫抑制剤等が知られている(非特許文献1)。
【0022】
本発明の医薬の投与形態は、経口、非経口のいずれでもよく、ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩に薬学的に許容される担体を配合して、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、坐剤等の固形製剤;水剤、シロップ剤、懸濁剤、乳剤、注射剤等の液剤に調製することができる。固形製剤にあっては、腸溶性製剤又は徐放性製剤等に調製してもよい。
【0023】
薬剤的に許容される担体としては、例えば、トウモロコシ澱粉、デキストリン、ブドウ糖、乳糖、ショ糖、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、結晶セルロース、ポリビニルアルコールなどの賦形剤、結合剤、崩壊剤;タルク、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、軟質無水ケイ酸などの滑沢剤;セラック、酢酸フタル酸セルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、メチルメタアクリレートメタアクリル酸コポリマーなどの被覆剤;グリセリン、プロピレングリコール、マンニトールなどの溶解補助剤;乳化剤;アラビアゴムもしくはポリビニルピロリドンなどの懸濁化剤;必要に応じ、安定化剤、各種の溶剤又は適当な香料が挙げられる。
【0024】
本発明の医薬におけるヒポキサンチン、イノシン又はその塩の投与量は、患者の年令、症状、体重等により適宜決定されるが、その一日用量は、経口で10mg〜5g、好ましくは50mg〜1gが、非経口で1mg〜1g、好ましくは5mg〜300mgが夫々適当である。用法としては、上記用量の範囲内で一日あたり1〜4回、好ましくは1〜3回に分けて投与するのが適当である。
【実施例】
【0025】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0026】
実施例1
薬物性肝障害と診断された患者から得られた血清検体(n=60)中のヒポキサンチン濃度を、キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析法を用いて測定した。その結果をALT、AST、γ−GTP及びALPの測定値と対比した。すなわち、患者のALT、AST、γ−GTP及びALP濃度と、健常者のALT、AST、γ−GTP及びALP濃度の正常上限値(UL:upper limit of normal)との比率を、肝障害の重症度(Degree of Hepatic Injury)とした。そして、この肝障害の重症度とヒポキサンチン濃度との関係を図1に示す。
その結果、肝障害重症度が高い患者ほどヒポキサンチン濃度が低下していることが判明した。
【0027】
実施例2
ウィスター系ラット(9週齢、1群7匹)に、オリーブオイルに溶解したα−ナフチルイソチオシアネート(ANIT)50mg/kgを腹腔内投与した。ANIT投与24時間後に静脈血を採取し血漿中ヒポキサンチン濃度及びイノシン濃度を、高速液体クロマトグラフィー−タンデム四重極質量分析法を用いて測定した。
また、ウィスター系ラット(9週齢、1群7匹)に、オリーブオイルで希釈した四塩化炭素(CCl4)25μL/kgを腹腔内投与した。CCl4投与24時間後に、静脈血を採取し、血漿中ヒポキサンチン濃度及びイノシン濃度を測定した。
また、同様に血漿中グアノシン及びアデノシン濃度も測定した。その結果を図2に示す。
その結果、肝障害モデル動物においては、ヒポキサンチン及びイノシン濃度が有意に低下していた。一方、グアノシン及びアデノシン濃度は肝障害との相関性はなかった。
【0028】
実施例3
ウィスター系ラット(9週齢、1群4匹)に、オリーブオイルに溶解したα−ナフチルイソチオシアネート(ANIT)50mg/kgを腹腔内投与した。ANIT投与0、6、12及び24時間後に核酸関連物質2.5mg/kgを皮下投与した。ANIT投与12、24及び48時間後に静脈血を採取し、血中ALT、直接ビリルビン及び間接ビリルビン濃度を測定した。これらの測定は、和光純薬工業株式会社(Lタイプワコー GPT・J2)及び第一化学薬品株式会社(クリニメイトBIL−2試薬、クリニメイトD−BIL−2試薬)製の各キット及び、自動分析装置(日立7180,日立7181,日立7182/日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて行なった。
【0029】
その結果、図3〜5に示すように、アデニン、アデノシン、グアニン及びグアノシンではALT及びビリルビンの両方の上昇を抑制しなかったのに対し、ヒポキサンチン及びイノシンのみがこれら両方の肝機能マーカーの上昇を強力に抑制した。
【0030】
実施例4
ウィスター系ラット(9週齢、1群4〜6匹)に、オリーブオイルで希釈した四塩化炭素(CCl4)25μL/kgを腹腔内投与した。CCl4投与0、6、12、18及び24時間後に核酸関連物質2.5mg/kgを皮下投与した。CCl4投与12、24及び48時間後に、血中ALT濃度を測定した。これらの測定は、和光純薬工業株式会社(Lタイプワコー GPT・J2)のキット及び、自動分析装置(日立7180,日立7181,日立7182/日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて行なった。
【0031】
その結果、図6に示すように、ヒポキサンチン及びイノシンはALTの上昇を強力に抑制した。
【0032】
実施例3及び4の結果から、ヒポキサンチン及びイノシンは肝疾患モデルであるANIT及び四塩化炭素による肝機能障害を強力に改善することが判明した。これらの肝疾患モデルは、それぞれ胆道閉塞性モデル及び肝細胞障害性モデルであることから、ヒポキサンチン及びイノシンは、種々の肝疾患、薬物性肝障害、アルコール性肝障害、ウイルス性肝炎、脂肪肝、肝硬変の予防又は治療に有効である。
【0033】
実施例5
ウィスター系ラット(9週齢、1群3匹)に、LPS(44.4EU/kg)を生理食塩水で溶解して腹腔内投与した。その2時間後に抗真菌薬であるボリコナゾール(30mg/kg)を静脈内投与した。LPS投与0、6、12、18、24時間後に、ヒポキサンチン及びイノシンを2.5mg/kg皮下投与した。12時間後及び24時間後に血中ALT濃度を測定した。これらの測定は、和光純薬工業株式会社(Lタイプワコー GPT・J2)
のキット及び、自動分析装置(日立7180,日立7181,日立7182/日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて行なった。
【0034】
その結果、図7に示すように、ヒポキサンチン及びイノシンはALTの上昇を強力に抑制した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩を含有する肝疾患予防治療剤。
【請求項2】
肝疾患が、ウイルス性肝炎、薬物性肝障害、アルコール性肝障害、脂肪肝及び肝硬変から選ばれる疾患である請求項1記載の肝疾患予防治療剤。
【請求項3】
血中のヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の濃度を測定することを特徴とする肝疾患の判定方法。
【請求項4】
肝疾患が、ウイルス性肝炎、薬物性肝障害、アルコール性肝障害、脂肪肝及び肝硬変から選ばれる疾患である請求項3記載の判定方法。
【請求項5】
ヒポキサンチン、イノシン又はそれらの塩の測定試薬を含有する肝疾患診断剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−163410(P2010−163410A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−25464(P2009−25464)
【出願日】平成21年2月6日(2009.2.6)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】