説明

肝細胞培養基質

【課題】肝細胞の増殖を可能にする肝細胞培養基質およびその使用を提供する。
【解決手段】マウスまたはヒトラミニン由来の少なくとも1つの合成ペプチドを含む肝細胞培養基質、該基質を使用する肝細胞の増殖方法。並びに、前記の合成ペプチドが支持体表面の全体または一部にに結合されており、当該支持体が天然高分子、合成高分子、金属、セラミックまたはガラス、織布または不織布からなる、該基質と培養肝細胞を含む細胞性複合材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝細胞培養基質、これを用いた肝細胞増殖方法、および肝細胞培養基質と増殖肝細胞を含む細胞性複合材料に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓は多種類の特異機能を有する臓器であり、生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。肝臓の主な機能として血漿タンパクの合成、分泌、糖新生やグリコーゲン代謝による血糖調節、脂質合成、尿素合成、薬物の代謝、解毒などがあげられる。これらの肝機能は神経、ホルモン、栄養素などによって複雑に調節されている。それゆえ、in vivoレベルの研究では個々の要素が複雑に絡み合い、得られた結果から明確な結論を導き出すことがしばしば困難になる。従って、肝機能の生化学的研究には、in vivoの多種多様な肝機能を正確に模倣したin vitro実験系で行う必要がある。肝機能は肝臓を構成する6種類の細胞(肝実質細胞、胆管上皮細胞、Kuppfer細胞、伊東細胞、類洞内皮細胞、線維芽細胞)のうち細胞数にして65%を占める肝実質細胞、すなわち肝細胞にて行われている。肝細胞を研究することは人工肝臓の開発、肝臓の諸機能の解析、創薬への応用、毒性試験への応用といった応用性が非常に高い。特に人工肝臓は、肝硬変、肝癌といった疾患における肝移植のドナー数が限られているため早急な開発が望まれている。肝細胞が接着する基質の開発は、人工肝臓の開発において重要である。この肝細胞を肝臓から単離すると急速にその機能は低下していく。このため肝機能を維持した培養肝細胞株の樹立をめざして、多くの研究者によって努力がはらわれてきた。しかし、現在に至るもin vivoの示す多様な肝機能とホルモン応答性を維持した肝細胞株の樹立には成功していない。
【0003】
従来の肝細胞培養の基質にはコラーゲンやマトリゲルなどが用いられてきた。例えば、特許文献1には、細胞接着活性を有するタイプIコラーゲン、フィブロネクチンまたはラミニンを用いる肝細胞培養キットが開示されている。しかし、コラーゲンなどには人畜共通感染症(BSEなど)などの危険性があり、肝細胞移植など実際の医療現場で用いる際には様々な問題が残されている。そのため、安全な肝細胞培養基質を目指して、天然由来の基質だけでなく合成ポリマーなどの化学合成品が検討されてきたが、未だ実用化可能な合成基質はほとんど開発されていないのが現状である。
【0004】
これに関連して、特許文献2には、ビトロネクチン、シンデカン、カドヘリンまたはセレクチン中の細胞接着に関わるペプチドをプラスチックなどのポリマー担体表面にコーティングした細胞培養基質が開示されており、また、この基質を用いて肝癌細胞株を培養した例が開示されている。この文献でラミニンペプチドとして具体的に記載されたものは、マウスまたはヒトラミニンのα鎖Gドメイン由来のペプチドである。
【0005】
特許文献3には、細胞接着を促進するラミニンβ1鎖由来の合成ペプチド(本明細書において配列番号28で表される配列、後記表2参照)を用いた細胞培養基質が開示されているが、本発明者らの研究によれば、この合成ペプチドは肝細胞に対して接着活性がないようである。
【0006】
本発明者らは、以前より、マトリゲルの主成分であるラミニンに着目し、ラミニンの細胞接着部位について研究を行ってきた(非特許文献1〜4)。ラミニンの多数のペプチドを合成して、HT−1080ヒト線維肉腫細胞株またはB16−F10マウスメラノーマ細胞株からなる腫瘍細胞株を用いて細胞接着活性について調べ、細胞接着活性を有する多数のペプチドを同定した。しかし、これらのペプチドが、他の細胞、特に正常細胞(株)で細胞接着活性を有するかどうかは明らかにされていない。
【0007】
【特許文献1】特開2000−245449号公報
【特許文献2】特開2006−87396号公報
【特許文献3】米国特許第5120828号
【非特許文献1】Nomizuら,“The Journal of Biological Chemistry”,Vol.270,No.35,September 1,1995,pp.20583−20590,U.S.A.
【非特許文献2】Nomizuら,“The Journal of Biological Chemistry”,Vol.272,No.51,December 19,1997,pp.32198−32205,U.S.A.
【非特許文献3】Nomizuら,“The Journal of Biological Chemistry”,Vol.273,No.46,December 4,1998,pp.32491−32499,U.S.A.
【非特許文献4】Nomizuら,“Archives of Biochemistry and Biophysics”,Vol.378,No.2,June 15,2000,pp.311−320
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、有効な細胞接着活性を有し、かつ、肝細胞の増殖を可能にする肝細胞培養基質、それを用いた肝細胞の増殖方法、および肝細胞移植などの医療に使用可能な細胞性複合材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、細胞接着活性を有するある種のラミニンペプチドが肝細胞、特に正常肝細胞の増殖のための肝細胞培養基質成分として有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
したがって、本発明は、以下の特徴を有する。
(1)配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号5、配列番号7、配列番号8、配列番号10、配列番号14、配列番号16、配列番号17、配列番号24、配列番号34、配列番号36、配列番号37、配列番号39、配列番号53、配列番号55、配列番号56、配列番号57、配列番号59、配列番号61、配列番号62、配列番号63、配列番号64、配列番号65、配列番号66、配列番号67、配列番号68、配列番号71、および配列番号72で表されるアミノ酸配列を有する合成ペプチド、並びに前記アミノ酸配列と70%以上の相同性を有する合成ペプチドから成る群から選択され、かつ、肝細胞接着活性を有する少なくとも1つの合成ペプチドを含む、肝細胞培養基質。
【0011】
(2)前記ペプチドが、配列番号1、配列番号5、配列番号7、配列番号16、配列番号24、配列番号36または配列番号37で表されるアミノ酸配列を含む、(1)に記載の基質。
(3)前記ペプチドが、配列番号5、配列番号16または配列番号37で表されるアミノ酸配列を含む、(1)または(2)に記載の基質。
【0012】
(4)前記ペプチドが、配列番号56、配列番号59、配列番号64、配列番号66または配列番号68で表されるアミノ酸配列を含む、(1)に記載の基質。
(5)前記ペプチドが、配列番号59及び/又は配列番号64である、(1)または(4)に記載の基質。
【0013】
(6)前記ペプチドが支持体に結合されている、(1)〜(5)のいずれかに記載の基質。
(7)前記支持体が、天然高分子、合成高分子、金属、セラミックまたはガラスである、(6)に記載の基質。
(8)前記支持体が、生体適合性物質である、(6)または(7)に記載の基質。
(9)前記支持体が、織布または不織布である、(8)に記載の基質。
【0014】
(10)前記ペプチドが、支持体表面の全体または一部に結合されている、(6)〜(9)のいずれかに記載の基質。
(11)前記結合が、物理的結合または化学的結合である、(6)〜(10)のいずれかに記載の基質。
(12)培養培地の存在下で、(1)〜(11)のいずれかに記載の基質と肝細胞とを接触させ、それによって肝細胞を増殖することを含む、肝細胞の増殖方法。
【0015】
(13)前記基質の支持体表面積1cmあたり肝細胞約2×10個〜約6×10個を接触して培養することを含む、(12)に記載の方法。
(14)前記肝細胞が、層状または球状に増殖する、(12)または(13)に記載の方法。
(15)(1)〜(11)のいずれかに記載の基質と、該基質の支持体上で増殖された肝細胞とを含む、細胞性複合材料。
(16)前記肝細胞が基質の支持体上に固定化されている、(15)に記載の材料。
(17)前記肝細胞が層状または球状形態である、(15)または(16)に記載の材料。
(18)前記支持体が、生体適合性物質である、(16)または(17)に記載の材料。
(19)医療用である、(15)〜(18)のいずれかに記載の材料。
【発明の効果】
【0016】
本発明の肝細胞培養基質を用いることによって、感染症などの不都合な問題を引き起こすことがない安全な培養肝細胞を得ることができる。また、本発明の肝細胞培養基質は、肝細胞の増殖を可能とし、これによって得られる培養肝細胞は、生体適合性支持体上で増殖されるときには、肝細胞が本来もつ機能を維持するため、肝細胞移植などの医療用の細胞性複合材料として安全に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
1.肝細胞培養基質
本発明の肝細胞培養基質は、配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号5、配列番号7、配列番号8、配列番号10、配列番号14、配列番号16、配列番号17、配列番号24、配列番号34、配列番号36、配列番号37、配列番号39、配列番号53、配列番号55、配列番号56、配列番号57、配列番号59、配列番号61、配列番号62、配列番号63、配列番号64、配列番号65、配列番号66、配列番号67、配列番号68、配列番号71、および配列番号72で表されるアミノ酸配列を含む(または、からなる)合成ペプチド、並びに前記アミノ酸配列と70%以上の相同性を有する合成ペプチドから成る群から選択され、かつ肝細胞接着活性を有する少なくとも1つの合成ペプチドを含むことによって特徴付けられる。
【0018】
配列番号で規定される上記ペプチドは、マウスラミニンまたはヒトラミニンのアミノ酸配列に由来するものであり、今回、(腫瘍細胞でない)正常肝細胞において細胞接着活性が実際に確認されたペプチドである。この活性のために、上記ペプチドは、適当な支持体上に結合させることによって、支持体上での肝細胞の培養および増殖を可能にする。
【0019】
ラミニンは、基底膜の主役的な糖タンパク質である。基底膜は組織と組織の境界に存在する薄い膜状の細胞外マトリックスの一種で、細胞の分化、増殖、運動といったことに深く関与していることが近年明らかになってきた。ラミニンは、細胞接着を初め細胞の分化、増殖、遊走といった基底膜が示す機能を持つだけでなく、神経突起伸長、癌の浸潤転移、血管新生、創傷治癒といった多彩な機能を持つ。このタンパク質は、α、β、γのサブユニットから成り、5種類のα鎖,3種類のβ鎖とγ鎖の組み合わせにより15種類のアイソフォームが同定されている。これらアイソフォームが組織特異的にあるいは発生時の各段階で特異的に発現し、様々な生命現象に関与していることが知られている。肝臓においては、肝部分切除による肝再生においてラミニンα1鎖が一過性に発現してくることが報告されている。3つの鎖の中で、α鎖はC末端に球状ドメイン(LGドメイン)を持ち、このLGドメインはインテグリン、ジストログリカン、ルテラングリコプロテイン、そしてシンデカンといった受容体に結合することが知られている。
【0020】
上記のとおり、ラミニンは多彩な生物活性をもつ巨大分子であり、この分子のレセプターとして、現在までに20種類以上のラミニンレセプターが報告されている。以前よりラミニンの生物活性部位は、ラミニンの酵素消化によって得られる分解フラグメント、組み換えタンパク質、合成ペプチドなどを用いた方法で探索が行われてきた。アイソフォームのなかでもラミニン−111(α1β1γ1)は最もよく研究されており、その機能が解明されている。本発明者らは先に、ラミニン−111のアミノ酸配列を網羅した673種類のペプチドを合成し、いくつかの細胞を用いて生物活性を測定することによって、ラミニンの生物活性部位を同定した。
【0021】
本発明者らは今回、マウスラミニンα1鎖、β1鎖、γ1鎖およびGドメイン由来の多数の合成ペプチドを合成し、これを用いて、肝細胞(特に、正常細胞)が接着し増殖可能とする肝細胞培養基質と成りうるペプチドの探索を行った。
【0022】
具体的には、配列番号1〜55で表される合成ペプチドを合成して肝細胞に対する接着活性を測定し、その結果を下記の表1〜表4に示した。接着の程度は、−(接着せず)、+(接着弱い)、++(A13より接着弱い)、+++(A13と同等の接着)で表した。また、+以上の接着活性を示した配列について、対応するヒトラミニンのアミノ酸配列を、同様に表1〜4に示した。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
【表4】

【0027】
上記の表から明らかなように、55種類のマウスラミニン由来のペプチドのうち、17種類に肝細胞接着活性が確認された。この17種類の合成ペプチドは、上に記載したとおりの、配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号5、配列番号7、配列番号8、配列番号10、配列番号14、配列番号16、配列番号17、配列番号24、配列番号34、配列番号36、配列番号37、配列番号39、配列番号53、配列番号55、配列番号56、配列番号57、配列番号59、配列番号61、配列番号62、配列番号63、配列番号64、配列番号65、配列番号66、配列番号67、配列番号68、配列番号71、および配列番号72で表されるアミノ酸配列からなるペプチドである。なお、上記表の配列番号58、60、69及び70の配列は、それぞれ配列番号3、7、37及び39と同一である。
【0028】
好ましい合成ペプチドは、肝細胞接着活性が++以上を示したペプチド、すなわち、A3(配列番号1)、A13(配列番号5)、A24(配列番号7)、A119(配列番号16)、B7(配列番号24)、B160(配列番号36)、C16(配列番号37)およびそれらに対応するヒト由来のペプチド(配列番号56、配列番号59、配列番号64、配列番号66、配列番号68)である。
【0029】
更に好ましい合成ペプチドは、肝細胞接着活性が+++を示したペプチド、すなわち、A13(配列番号5、mouse laminin α1 chain residues 121−133)、A119(配列番号16、mouse laminin α1 chain residues 1321−1332)、C16(配列番号37、mouse laminin γ1 chain residues 139−150)、およびそれらに対応するヒト由来のペプチド(配列番号59、配列番号64)である。
【0030】
本発明において使用可能なペプチドは、肝細胞接着活性を有する限り、上記ペプチドの変異体も包含する。変異体は、上記ペプチドのアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸の欠失、置換、付加または挿入を含むアミノ酸配列を有し、かつ、肝細胞接着活性を有するものである。ここで、数個とは、通常、2〜5個、2〜4個、または2〜3個を意味する。変異のうち、アミノ酸の置換、特に保存的置換が好ましい。
【0031】
保存的置換は、構造的に、電気的に、または極性の点で類似の特性をもつアミノ酸間での置換をいう。そのような特性が類似したアミノ酸群は、例えば、正電荷をもつアミノ酸類(リジン、アルギニンおよびヒスチジン)、負電荷をもつアミノ酸類(アスパラギン酸およびグルタミン酸)、極性の非電荷型アミノ酸類(例えばセリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギンおよびグルタミン)、非極性の脂肪族アミノ酸類(例えばグリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシンおよびプロリン)、ならびに芳香族アミノ酸類(フェニルアラニン、チロシンおよびトリプトファン)に分類することができる。
【0032】
或いは、上記ペプチドの変異体は、該ペプチドのアミノ酸配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、更に好ましくは90%以上の相同性を有し、かつ、肝細胞接着活性を有するペプチドである。ここで、%相同性は、全アミノ酸数に対する同一アミノ酸数の割合である。また、2つのペプチドのアミノ酸配列間の相同性を決定するときには、ギャップを導入してもよいし、またはギャップを導入しなくてもよい。
ペプチドの肝細胞接着活性は、例えば次のようなアッセイ系で測定することができる。
【0033】
ペプチドをコートしたプレートに2×10細胞/ウエルに調整し0.1%BSAを含むDMEMに懸濁した肝細胞を各ウエルに添加し、37℃、5%COインキュベーター内で2時間インキュベーションする。未接着の細胞と培地を除去し、接着した細胞を0.2%クリスタルバイオレット溶液にて室温で10分間固定、染色する。Milli−Q水で3回洗浄し、風乾し、接着した細胞数を計数する。
【0034】
本発明のペプチドは、公知のペプチド合成技術を用いて合成することができる。合成は、液相法または固相法のいずれでもよいが、操作のし易さの点で固相法が好ましい。固相ペプチド合成法は、Merrifield(J. Am. Chem. Soc., 85:2149 (1963))によって開発された方法であり、この方法は、固相担体樹脂上で、保護アミノ酸の縮合反応およびNα−アミノ保護基の脱保護反応を、目的のアミノ酸連鎖が形成されるまで繰り返し、これによって保護ペプチド樹脂を得ることを含む。目的のペプチドは、脱保護の後、目的のペプチドを樹脂から切り離すことによって得ることができる。ペプチド生成物の精製は、通常、逆相HPLCを用いて行うことができる。
【0035】
固相として使用される樹脂は、例えばジビニルベンゼンで架橋したポリスチレン樹脂である。樹脂にはアミノ酸のα位カルボキシル基が結合可能な官能基が存在する。官能基の例は、クロロメチル基、4−(ヒドロキシメチル)フェニルアセトアミドメチル(PAM)基、ベンズヒドリルアミン(BHA)基、p−メチルベンズヒドリルアミン(MBHA)基、p−アルコキシベンジルアルコール基、ヒドロキシメチルフェノキシ酢酸(HMPA)基、ジアルコキシベンジルアルコール基などを含む。
【0036】
ペプチド合成法は、アミノ酸保護基の種類によって、例えばBoc(t−ブトキシカルボニル)法、Fmoc(9−フルオレニルメトキシカルボニル)法などを使用することができる。Boc−アミノ酸またはFmoc−アミノ酸を樹脂に結合させたのち、Boc基またはFmoc基の脱保護と洗浄、Boc−アミノ酸またはFmoc−アミノ酸の縮合と洗浄を繰り返す。縮合は、Boc法の場合、ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)/塩化メチレン(CHCl)を使用して行なうことができるし、また、Fmoc法の場合、N,N’−ジイソプロピルカルボジイミド(DIPCDI)/N−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)/ジメチルホルムアミド(DMF)を使用することができる。このような縮合法は、混合酸無水物法、DCC−添加剤法などと呼ばれているが、その他の縮合法には、活性エステル化法、アジド法などを含む。また、脱保護は、Boc法の場合、50%トリフルオロ酢酸(TFA)/CHClによる処理、Fmoc法の場合、20%ピペリジン/DMFによる処理によって行うことができる。結合するアミノ酸は、側鎖の官能基の種類に応じて、既知の保護基、例えばベンジルオキシ、ベンジル、トシル、2,6−ジクロロベンジル、2−ブロモベンジルオキシカルボニル、Boc、メシチレン−2−スルホニルなどの基で保護することができる。
【0037】
ペプチド合成に関する詳細については、例えば日本生化学編、新生化学実験講座1、タンパク質VI合成および発現、1章(藤井信孝、大高章)および2章(相本三郎、崎山文夫)、東京化学同人(1992年)に記載されている。
【0038】
本発明の実施形態により、肝細胞培養基質は、肝細胞接着活性を有する上記ペプチドが支持体上に結合されたような形態を有する。
【0039】
ここで、結合とは、物理的結合および化学的結合の両方を含む。物理的結合の例は、ペプチドを支持体表面に塗布またはコーティング、あるいは吸着し、これを乾燥することを含む。一方、化学的結合の例は、ペプチドを支持体表面の結合基を介して共有結合または非共有結合(例えばイオン結合)させることを含む。共有結合する場合、ペプチドの例えばアミノ末端またはリジンεアミノ基にスペーサーを結合し、このスペーサーを介して支持体表面に結合することができる。スペーサーの例は、アルデヒド基、N−ヒドロキシスクシンイミジル基などのアミノ基と反応性の基を含む二官能性結合試薬を含む。
【0040】
支持体の材質は、肝細胞培養に適していれば特に限定されないが、例えば、天然高分子、合成高分子、金属、セラミック、ガラスなどが挙げられる。
【0041】
天然高分子の例として、多糖類、タンパク質、ポリペプチドなどを含み、例えばキトサン、キチン、セルロース、アルギン酸などが含まれる。
【0042】
合成高分子の例として、ポリウレタン、ポリ乳酸、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリエステル、ポリビニルアセテート、ポリアクリル酸メチル、デキストラン、ナイロン、ポリアミノ酸、ポリグリコール酸、ポリグラクチン(グリコール酸と乳酸の共重合体)などが挙げられる。
【0043】
金属の例として、金、白金、タングステン、チタニウム、ニッケル、ステンレススチール、チタン/ニッケル合金などが挙げられる。
【0044】
セラミックの例は、ハイドロキシアパタイト、ジルコニアセラミック、ガラスセラミック、アルミナセラミックなどを含む。
【0045】
また、支持体は、生体適合性物質からなるものである。生体適合性物質の例として、キトサン、ポリウレタン、セルロース、ポリグリコール酸、ポリグラクチンなどが挙げられるが、これらに限定されない。生体適合性物質からなる支持体の場合、その表面上で培養、増殖させた肝細胞は、医療用、例えば肝細胞移植用として使用することができる。このような用途の支持体の形態として、織布または不織布の形態が挙げられる。
【0046】
支持体の形態の他の例は、材質に応じて、例えばフィルム、膜、プレート、ゲル、メッシュ、スポンジ、中空糸、ホロファイバー、ビーズなどの形態を挙げることができるが、肝細胞の培養、増殖に適した形態であれば特に限定されない。具体的には、例えばキトサン膜、ハイドロゲル薄膜、プラスチック製ウエルプレート、プラスチックまたはガラスなどのシャーレまたはディッシュ、綿などのガーゼ、ポリウレタンまたはポリグリコール酸などの多孔性スポンジ、ナイロンもしくはポリエステルなどの中空糸またはホロファイバー、セラミックなどの無機材料ビーズ、ハイドロキシアパタイトをコーティングしたマイクロキャリアーなどが挙げられる。
【0047】
本発明の肝細胞培養基質では、合成ペプチドが支持体表面の全体または一部に結合されることが好ましい。
【0048】
本発明の肝細胞培養基質は、上記合成ペプチドを支持体表面に結合することによって製造することができる。結合の仕方は、上記のとおり、物理的または化学的結合によって行うことができる。簡便で好適な結合方法は、塗布またはコーティング、あるいは共有結合による方法である。
【0049】
合成ペプチドを支持体に塗布またはコーティングする場合、例えば、1mg/l〜1g/lに調製したペプチド溶液(水、生理食塩水、PBS、エタノールなどの適する溶媒中の溶液)を支持体に塗布し、乾燥する。又、必要に応じて、乾燥後、適切なタンパク質(例えばBSA)でブロッキングすることができる。
【0050】
なお、従来のラミニンを用いた細胞培養基質で肝細胞を培養しても、その培養肝細胞は肝細胞の機能を十分に維持することができなかったが、本発明の肝細胞培養基質の合成ペプチド、例えばA13ペプチド(配列番号5)を用いると、肝細胞が本来もつ機能を維持できる(実施例6を参照されたい)。
【0051】
2.肝細胞の培養、増殖方法
本発明はさらに、培養培地の存在下で、上記定義の肝細胞培養基質と肝細胞とを接触させ、それによって肝細胞を増殖することを含む、肝細胞の増殖方法を提供する。
【0052】
本発明において、肝細胞は、正常肝細胞(すなわち肝実質細胞)、初代培養肝細胞、継代肝細胞株、遺伝子組換え法によって形質転換された肝細胞株などを含む。
【0053】
肝細胞は、通常用いられている方法で生体組織から分離すればよく、例えば酵素法(コラゲナーゼによる細胞外マトリクスの灌流消化)、外移植法(細切組織片を培養基質上で培養して組織片構成細胞を栄養分の豊富な培養基質上へ遊走させる方法)などを用いることができる。ヒト肝細胞の場合は、例えばバイプシーや外科手術により採取された肝臓組織片を、コラゲナーゼ液(コラゲナーゼおよびHEPESを含むHanks液)で灌流したのち、低速遠心(約50×g)で細胞を回収することができる。また、マウスまたはラットの場合には、例えば、two−steps collagenase perfusion法(例えば、実験医学別冊、黒木登志夫ら編、培養細胞実験ハンドブック、第10章3「肝細胞」(宮崎正博)、羊土社(2004年))によって、肝細胞を得ることができる。簡単に説明すると、麻酔した動物を開腹し、門脈からカニューレを挿入し、一方、右心房から胸部下大静脈にカニューレを挿入し、ペリスタポンプを介してコラゲナーゼ液を37℃で灌流し、低速遠心にかけて肝細胞を分離する。
【0054】
肝細胞の培養培地として、例えばDulbecco modified Eagle’s medium(DMEM)、Eagle’s minimum essential medium(MEM)、Williams’E(WE)、Leibovits−15(L−15)、Ham F12、Waymouth’s MB75 1/2、MaCoy 5A、HGM(深谷憲一ら、組織培養工学、23:292−297, 1997)が挙げられる。培地には、血清が添加されてもよいし無添加でもよい。
【0055】
基質上で肝細胞を培養する前に、予めフィーダー細胞含有ディッシュ上、上記のような培地の存在下で前培養することができる。
【0056】
適切な培養培地の存在下で、合成ペプチドを結合した肝細胞培養基質を、肝細胞(例えばポリスチレン支持体表面積1cmあたり約2×10〜約6×10細胞を接触させ、COインキュベーター内で静置培養することができる。培養条件は、肝細胞の増殖に適していれば特に限定されないが、例えば37℃、5%COインキュベーター内で約0時間〜100時間培養する。このとき、合成ペプチドの肝細胞接着活性により肝細胞同士の接着が促進され、肝細胞を有効に増殖することができる。A13などの本発明の合成ペプチドを用いれば、肝細胞の本来の機能を維持することが出来る。
【0057】
肝細胞の増殖形態は、用いる基質の形態により異なるが、単層増殖、多層増殖、球状増殖(多細胞性球状凝集塊(スフェロイドともいう))をとり得る。
【0058】
3.細胞性複合材料
本発明の細胞性複合材料は、本発明の肝細胞培養基質と、該基質の支持体上に増殖された肝細胞を含む。この細胞性複合材料は、基質の形状や材質に依存して種々の形態、例えばシート状、球状、棒状、ディスク状などをとることができる。また、肝細胞の増殖の仕方によって、単層、多層、球状等の形態をとることができる。支持体としてキトサン膜などの生体適合性物質を使用する場合、培養肝細胞を単層もしくは多層形態に増殖することによって、医療用に使用可能な細胞性複合材料を作製することができる。このような材料は、例えば肝細胞移植用に安全に用いることができる。
【0059】
肝細胞移植の方法として、例えば、支持体上で肝細胞を大量に培養し、その後支持体から肝細胞を剥がし、脾髄から正常な肝細胞を注入する。すると正常な肝細胞が障害を受けた肝細胞と入れ替わる。このようにして肝細胞移植をしていく方法などがある。
【0060】
本発明の細胞性複合材料はまた、人工肝臓の開発においても非常に有用なツールとなりうる。患者から取り出した肝臓組織から肝細胞を分離し、本発明の肝細胞培養基質を用いて、分離肝細胞を培養、増殖し、人工肝臓(部分)を形成することができる。この肝臓(部分)を前記患者に移植することができる。本発明の肝細胞培養基質は、従来の生体成分由来の基質とは異なり、ペプチドが合成品であるために、感染症といった問題がなく安全性の高いものである。
【0061】
本発明者らは、細胞接着ペプチドを、すでに医療現場で用いられている多糖類のキトサン膜に結合させた機能性膜の開発に成功している。さらに、この機能性膜に表皮細胞を接着させ、創傷部位にアプライすることにより、in vivoでの表皮細胞移植にも成功している。従って、本発明に用いる合成ペプチドをキトサン膜に固定化し、その膜上に肝細胞を接着させることにより、肝細胞を移植することができる。本発明者らはさらに、ラミニン由来の合成ペプチドで、血管新生を促進するペプチドや、細胞増殖を促進するペプチドを同定してきた。本発明の肝細胞接着ペプチドとこれらのペプチドを組み合わせることで、類洞内皮細胞との共培養系の開発、増殖せず継代培養が困難とされる肝細胞の肝細胞培養の新しいシステムの構築といった肝細胞の機能をコントロールすることができる新しい材料の開発に応用可能である。また、レセプター特異的に接着し、細胞の機能を制御するペプチドも数種類あることから肝細胞と他の細胞とを共培養することで、肝細胞と他の細胞間の相互作用への応用、創薬のスクリーニングへの応用といったことにも応用が可能である。
【実施例1】
【0062】
ペプチド合成
全てのペプチドはFmoc法によってマニュアルで合成し、C末端はアミドの形に調製した。ペプチドは8〜14アミノ酸残基で、システイン残基は省いた。まず始めに、ペプチド合成の土台となるリンクアミドレジンをカラムに入れる。そしてレジンを溶媒のDMFで3回洗浄し、20%ピペリジンを含むDMFを加え20分間振とうし、レジンのFmoc基の脱保護を行った。再びレジンをDMFで4回洗浄し、レジンのアミノ基の活性化を行った。次に各アミノ酸をレジンに対して10当量加え、さらに縮合剤としてDIC、HOBt、そしてDMFを適量加え、約1時間振とうして縮合させた。アミノ酸が付加したレジンをDMFで3回洗浄し、20%ピペリジンを含むDMFを加え、アミノ酸のFmoc基の脱保護を行った。以後、各アミノ酸の縮合と、アミノ酸のFmoc基の脱保護の操作を繰り返し、最後にメタノールで3回洗浄し、乾燥させたのち目的のペプチドが付加したレジンを得た。
【0063】
次に、残っているペプチド保護基を除去するために、TFA:m−クレゾール:エタンジチオール:チオアニソール:Milli−Q水(80:5:5:5:5、v/v/v/v/v)の混合溶液をレジンの入ったカラムに加え、室温で3時間振とうした。さらにレジンをフィルターで除去し、目的のペプチドを含むろ液を得た。ろ液にジエチルエーテルを加え、析出した沈殿物を遠沈させ、沈殿物をジエチルエーテルで3回洗浄した。沈殿物を室温で乾燥させ、0.1%TFAを含む酢酸を適量加えて溶解させ、粗ペプチドを得た。得られた粗ペプチドを、0.1%TFAを含むMilli−Q水と0.1%TFAを含むアセトニトリルで濃度勾配をかけたカラムを用いて、HPLCにて分析、精製した。精製したペプチドを凍結乾燥し、白色羽毛状の粉末を得た。ペプチドの純度をHPLCで確認し、分子量をESI法にてMassスペクトルで確認した。
【実施例2】
【0064】
ペプチドをコートしたプレートの作製
96wellプレートにMilli−Q水で様々な濃度(400μg/mlから2倍希釈を12回繰り返す濃度まで、つまり400、200、100と12回2倍希釈を繰り返していく)に溶解させたペプチド水溶液を加え、室温で風乾させた。風乾後、各wellに1%BSAを含むDMEMを加え、37℃、5%COインキュベーター内で1時間インキュベートしブロッキングを行った。0.1%BSAを含むDMEMで3回洗浄し、ペプチドをコートしたプレートを作製した。
【実施例3】
【0065】
肝細胞の単離、及び細胞溶液の調製
肝細胞はSprague−Dawley(SD)系雄性ラット(8週齢:250g−300g)からtwo−steps collagenase perfusion法にて単離した。ラットの腹腔内にペントバルビタールで麻酔し、70%エタノールで身体を清浄した。ラットを解剖台に固定し、ハサミで皮膚を正中切開し、四肢の方へ開き、腹膜を切開した。腸を右側に寄せ、門脈を露出させておいた。縫合糸で総胆管と脾静脈を結紮した。門脈にカニューレを挿入し、クリップで固定し、Hanks Balanced Salt Solution(HBSS(−))を流した(30mL/min)。腹部下大静脈を切断し、脱血させさらに胸部を切開し心臓にハサミを入れ胸部からも脱血させた。約5分後、コラゲナーゼ溶液(23.75mgコラゲナーゼ/100mL HBSS(+)を流し始めた。約7分後に送液をやめ、とろけた状態の肝臓を切離してシャーレに移した。切離した肝臓を、ピンセットで裂きL15中に遊離させた。この細胞懸濁液を250μm,70μmのフィルターを通し結合組織を除去した。得られた細胞懸濁液を二回遠心し(50g,1min)、その沈殿をPercoll溶液で懸濁し密度勾配遠心(50g,15min)した。その沈殿をDMEMで懸濁し、トリパンブルー色素排除試験にて生存率85%以上のものを実験に用いた。
【実施例4】
【0066】
細胞接着実験
ペプチドをコートしたプレートに2×10cells/wellに調整し0.1%BSAを含むDMEMで懸濁した肝細胞を各ウエルに添加し、37℃、5%COインキュベーター内で2時間インキュベーションした。未接着の細胞と培地を除去し、接着した細胞を0.2%クリスタルバイオレット溶液にて固定、染色した(室温、10min)。Milli−Q水で3回洗浄し、風乾し接着した細胞数を比較した。
【実施例5】
【0067】
肝細胞増殖における合成ペプチドの効果
A13およびC16ペプチドを用いて肝細胞増殖における効果を調べた。ペプチドをコートしたプレート(ブロッキングは行っていない。ペプチド水溶液を風乾後、DMEMで3回洗浄した。)に2×10cells/wellに調製し、10μM BrdUを含むDMEMで懸濁した肝細胞を各ウェルに添加し、37℃、5%COインキュベーター内で16時間インキュベーションした。16時間後、培地を除去した後、細胞を固定した。次に、ペルオキシダーゼ標識抗BrdU抗体を各ウェルに添加し90分間反応させ、その後PBS(−)にて各ウェルを3回洗浄し基質液(テトラメチルベンジジン)を各ウェルに添加し30分間発色させ、1M HSOを各ウェル添加し基質反応を停止した。そして、450nm(参照波長690nm)にて吸光度を測定し定量化した。
【実施例6】
【0068】
Reverse transcription−polymerase chain reaction(RT−PCR)解析による肝機能遺伝子発現に及ぼす合成ペプチドの効果
A13(5μg/well)、C16(5μg/well)、ラミニン−111(0.1μg/well)をコートしたプレート、さらにコントロールとして何もコートしていないプレートに、肝細胞用培地(10% FBS、20mM HEPES、30mg/L L−プロリン、0.5mg/L インシュリン、10−7M デキサメサゾン、10mM ニコチンアミド、1mM アスコルビン酸、10ng/ml EGF、そして抗生物質を含むDMEM)で懸濁した肝細胞(2×10cells/well)を添加し、37℃、5%COインキュベーター内で2、6、24、72時間培養した。インキュベーション後、培地を除去し、細胞からRNAを抽出した。ポジティブコントロールとして、単離直後の新鮮な肝細胞からRNAを抽出した。逆転写反応はプライマーとしてランダムヘキサマーを使用し、逆転写酵素としてSuper ScriptIIIを使用した。PCRはDNAポリメラーゼとしてKOD−plus−を使用し、各遺伝子に特異的なプライマー(アルブミン、チロシンアミノトランスフェラーゼ(TAT)、トリプトファン−2,3−ジオキシゲナーゼ(TO)、CYP3A1、CYP4A3、ハウスキーピング遺伝子としてグリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH))を使用して行った。PCR産物は1%アガロースゲル電気泳動で解析した。
【実施例7】
【0069】
肝細胞のキトサン膜への固定化および培養
まずキチンを脱アセチル化し、キトサンを作製する。キトサンに二価反応性試薬であるMBS(N−(maleimidobenzoyloxy)−succinimide)で修飾したMB−キトサンを作製する。それをプレートにコートして一晩乾燥させ膜状にする。次に、N末端にシステイン残基を付加したペプチドを加え、ペプチドのシステイン残基とMBキトサンのMB基を化学的に結合させる。こうして、ペプチド-キトサン膜を作製する。(Mochizukiら、The FASEB Journal、2003、Laminin−1 peptide−conjugated chitosan membranes as a novel approach for cell engineering参照)。ペプチド−キトサン膜に3%BSAを含むDMEMを加え、37℃、5%COインキュベーター内で1時間インキュベートする。0.1%BSAを含むDMEMで3回洗浄し、A13ペプチドを結合したキトサン膜を作製する。
【0070】
次に、0.1%BSA含有DMEM培地中の約2×10〜約6×10細胞/cmに調整した培養肝細胞の浮遊液を、ペプチド-キトサン膜上で37℃、5%COインキュベーター内で72時間インキュベーションし、肝細胞の培養を行う。得られた培養肝細胞は層状の形態を有する。
【0071】
[結果]
上記表1に示したように55種類のペプチドを合成した。ラット肝細胞を用いて、これらのペプチドの接着活性を測定した。その結果、17種類のペプチドに肝細胞接着活性が認められた。中でも特に、A13、A119、C16が用量依存的な強い肝細胞接着活性を示した。A13およびC16は100μg/mlの濃度の時に接着する細胞数が最高となった。その他の14種類のうち、A3、A24、B7およびB160は、A13等よりも少し弱い肝細胞接着活性を示した。A4、A10、A25、A51、A99、A167、B62、C28、AG73およびAG97は、弱い肝細胞接着活性を示した。今回用いた55種類のペプチドはラミニン−111の配列を網羅した673種類のペプチドの中で、線維芽細胞、血管内皮細胞など様々な細胞を用いた細胞接着活性のスクリーニングでいずれかの細胞に対して接着活性を示したものである。今回の実験で、肝細胞に対してA13、A119、C16の3種類が特に強い接着活性を示したことから、この3種類は肝細胞の接着に対して顕著に特異的な作用を持つことが示された。これらの肝細胞接着に対して強い接着活性を持つ合成ペプチドは、肝細胞培養において有用な基質となることが分かった。
【0072】
C16ペプチドは肝細胞でのBrdUの取り込みを促進したが、A13はそのような効果を示さず、これらのペプチドの細胞における効果は異なることが示唆された。
【0073】
さらに、RT−PCR解析から肝細胞は基質がない状態で培養すると、TATは24時間後に発現が消失し、72時間後ではTO、CYPsの発現が見られなくなった。ラミニン上で培養した場合、72時間後においてTOの発現が見られたが、他の遺伝子の発現は消失又は弱くなった。一方、A13上で培養した肝細胞では72時間後においてTAT、TO、CYP4A3の発現が見られた。さらに、C16上でも72時間後でTOの発現が見られた。このように、A13ではラミニンで発現が消失する肝細胞の遺伝子についても維持することができた。
【0074】
これらの結果から、A13およびC16ペプチドは肝細胞間接着と肝細胞の増殖と代謝遺伝子に関与していることが明らかとなった。これらの機能性ペプチドを組み合わせてやることでより肝細胞培養に適した基質が出来るものと考えられる。合成ペプチドは、長期培養でも肝細胞の機能を維持する可能性を有し、医用材料として人工肝臓の開発に有用である。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の肝細胞培養基質は、肝細胞をターゲットにした医療分野に重要な材料になることが期待される。また、安全な肝細胞移植の実現を可能にする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号5、配列番号7、配列番号8、配列番号10、配列番号14、配列番号16、配列番号17、配列番号24、配列番号34、配列番号36、配列番号37、配列番号39、配列番号53、配列番号55、配列番号56、配列番号57、配列番号59、配列番号61、配列番号62、配列番号63、配列番号64、配列番号65、配列番号66、配列番号67、配列番号68、配列番号71、および配列番号72で表されるアミノ酸配列を含む合成ペプチド、並びに前記アミノ酸配列と70%以上の相同性を有する合成ペプチドから成る群から選択され、かつ、肝細胞接着活性を有する少なくとも1つの合成ペプチドを含む、肝細胞培養基質。
【請求項2】
前記ペプチドが、配列番号1、配列番号5、配列番号7、配列番号16、配列番号24、配列番号36または配列番号37で表されるアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の基質。
【請求項3】
前記ペプチドが、配列番号5、配列番号16または配列番号37で表されるアミノ酸配列を含む、請求項1または2に記載の基質。
【請求項4】
前記ペプチドが、配列番号56、配列番号59、配列番号64、配列番号66または配列番号68で表わされるアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の基質。
【請求項5】
前記ペプチドが、配列番号59または配列番号64で表わされるアミノ酸配列を含む、請求項1または4に記載の基質。
【請求項6】
前記ペプチドが支持体に結合されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載の基質。
【請求項7】
前記支持体が、天然高分子、合成高分子、金属、セラミックまたはガラスである、請求項6に記載の基質。
【請求項8】
前記支持体が、生体適合性物質である、請求項6または7に記載の基質。
【請求項9】
前記支持体が、織布または不織布である、請求項8に記載の基質。
【請求項10】
前記ペプチドが、支持体表面の全体または一部に結合されている、請求項6〜9のいずれか1項に記載の基質。
【請求項11】
前記結合が、物理的結合または化学的結合である、請求項6〜10のいずれか1項に記載の基質。
【請求項12】
培養培地の存在下で、請求項1〜11のいずれか1項に記載の基質と肝細胞とを接触させ、それによって肝細胞を増殖することを含む、肝細胞の増殖方法。
【請求項13】
前記基質の支持体表面積1cmあたり肝細胞約2×10個〜約6×10個を接触して培養することを含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記肝細胞が、層状または球状に増殖する、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の基質と、該基質の支持体上で増殖された肝細胞とを含む、細胞性複合材料。
【請求項16】
前記肝細胞が基質の支持体上に固定されている、請求項15に記載の材料。
【請求項17】
前記肝細胞が層状または球状形態である、請求項15または16に記載の材料。
【請求項18】
前記支持体が、生体適合性物質である、請求項16または17に記載の材料。
【請求項19】
医療用である、請求項15〜18のいずれか1項に記載の材料。

【公開番号】特開2008−142004(P2008−142004A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−332355(P2006−332355)
【出願日】平成18年12月8日(2006.12.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年10月5日 インターネットアドレス「http://www.ascb.org/meetings/am2006/index.cfm」に発表
【出願人】(592068200)学校法人東京薬科大学 (32)
【Fターム(参考)】