説明

胃癌発症危険群の選別方法

【課題】Helicobacterpylori保菌者において、H.pyloriに起因する疾患、特に胃癌の発症危険度を評価し、発症高危険群を選別するための手段及び方法を提供する。
【解決手段】特定な配列からなるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列を含有するH.pylori CagY抗原。特定な配列からなるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列をコードする遺伝子配列を含むベクター。H.pylori保菌被験体由来の検体中における上記抗原を認識する抗体の量を測定する工程と、測定された当該抗体の量に基づき、当該検体がH.pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来であると評価する工程とを含むことを特徴とする、H.pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来の検体の選別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、H. pyloriに起因する疾患の発症危険度評価に関する。
【背景技術】
【0002】
Helicobacter pylori(以下、H. pyloriとも称する)は、ヒト等の胃に生息するらせん型の細菌である(非特許文献1)。H. pyloriは、ヒトの萎縮性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等の炎症性の疾患、胃癌やMALTリンパ腫などの発症と密接に関連した病原性細菌であり、その病原性は、国際がん研究機関が発表しているIARC発がん性リスク一覧では、グループI(発がん性がある)に分類されている。但し、保菌者のうち、疾患が現れるのはその約3割程度であり、残りの7割は、持続感染しながらも症状が現れない無症候キャリアとされている。
【0003】
H. pyloriによる胃癌発症は、健常胃粘膜→表層性胃炎→胃潰瘍・慢性活動性胃炎→萎縮性胃炎→腸上皮化生→分化型早期胃癌→進行癌と段階的に進行するとされている。当初、胃潰瘍・慢性活動性胃炎から分化型早期胃癌に進行するためには、H. pyloriに対して高抗体価を示すことが必要であると考えられていた。そこで、H. pylori菌体成分に対する抗体価に関して数多くの検討が行われたが、結局、抗体価に基づく胃癌発症の危険度評価は、実現には至らなかった。現在では、胃癌発症には、抗体価以外に環境・遺伝的要因が必要であるとされている。
【0004】
H. pyloriには多くの病原因子が存在する。ウレアーゼは本菌の胃内定着に必須で、走化性や粘膜障害にも関与している。菌体外分泌毒素としては、細胞空胞化毒素(VacA)がよく研究されている。さらに、胃癌発症と最も関連性が高いことが示唆されているエフェクター分子としては、CagA蛋白質(以下、CagA)が最も注目されており、研究が進展している。
【0005】
H. pyloriのゲノム中には cag pathogenicity island (以下cag PAI)領域があり、この領域には、cagA遺伝子やIV型分泌装置関連遺伝子など30種余りの遺伝子が含まれている。CagAは、このcagA遺伝子から産生され、IV型分泌装置を通じて細胞内に注入され、宿主細胞内でチロシンリン酸化を受け、細胞の分化や増殖に重要な役割を担う細胞質内脱リン酸化酵素 Src homology phosphatase-2(SHP-2)と特異的に結合し、細胞の異常増殖を引き起こす(非特許文献2)。さらに、CagAのSHP-2結合部位にはH. pylori東アジア株に特異的なアミノ酸配列が存在すること、東アジア株のCagAは欧米株のCagAに比べSHP-2との結合が強いこと、及び日本の胃癌株のCagAは全て東アジア型であることが報告されている(非特許文献3)。これらのことより、CagAは、H. pyloriと宿主細胞間の相互作用に関与し、H. pylori感染の病態、特に胃癌発症を引き起こす、重要な因子であると考えられている。
【0006】
CagAの東アジア株に特徴的な配列をPCRにより検出することによる、胃癌発症高危険度群の選別方法が検討されている。しかし、本邦の株が殆ど東アジア株であること及び前述のように保菌者の7割が無症候性キャリアであることを考慮すると、CagA東アジア型を検出するのみでは、胃癌発症危険群の選別を行うことは困難である。尚、他の構成蛋白質又は遺伝子の検査による胃癌発症危険群選別法は知られていない。
【0007】
CagAの宿主細胞への注入に関与するIV型分泌装置とは、H. pylori以外にも大腸菌を含む多くの細菌が備える、病原因子を標的宿主細胞へ注入するためのデリバリーシステムである。IV型分泌装置のアミノ酸配列については、細菌種間で相同性があることが確認されている。H. pyloriがIV型分泌装置を有することは、1999年にCovacciらによって明らかにされた(非特許文献4)。H. pyloriのIV型分泌装置は、少なくとも6種類以上の蛋白質で構成されている。現在同定されている蛋白質は、CagE(HP0544)、CagT(HP0532)、CagX(HP0528)、CagY(HP0527)、Cagα(HP0525)及びCagβ(HP0524)である。
【0008】
H. pylori保菌者における血中抗IV型分泌装置抗体の報告は殆ど無い。CagYに対する抗体価に関する報告が1報のみである(非特許文献5)。この報告では、H. pylori保菌者における血中抗CagY抗体価は、非常に低いとされている。このことより、H. pylori保菌者における血中抗IV型分泌装置抗体価は、総じて非常に低いことが予想される。
【0009】
以上のように、H. pyloriと胃癌発症との関連については、かなり研究が進んでいる。しかしながら現状では、H. pylori保菌者の中から疾患を発症する上記3割の患者を選別する方法は、確立されていない。さらに、H. pylori保菌者より胃癌発症の高危険度群の感染者を選別する方法も確立されていない。
【非特許文献1】Marshall BJ (1983). Unidentified curved bacillus on gastric epithelium in active chronic gastritis. Lancet 1 (8336):1273-1275.
【非特許文献2】H Higashi, R Tsutsumi, S Muto, T Sugiyama, T Azuma, M Asaka, M Hatakeyama (2002). SHP-2 Tyrosine Phosphatase as an Intracellular Target of HELICOBACTER pylori CagA Protein. Science 295 (5555):683-686.
【非特許文献3】T Azuma (2004). Helicobacter pylori CagA protein variation associated with gastric cancer in Asia. J Gastroenterol 39:97-103.
【非特許文献4】A Covacci, JL Telford, GD Giudice, J Parsonnet, R Rappuoli (1999). Helicobacter pylori Virulence and Genetic Geography. Science 284 (5418):1328-1333.
【非特許文献5】RA Aras, W Fischer, GI Perez-Perez, ML Crosatli, T Ando, R Haes, MJ Blaser (2003). Plasticity of Repetitive DNA Sequences within a Bacterial (Type IV) Secretion System Component. J Exp Med. 198 (9):1349-1360.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、H. pylori保菌者において、H. pyloriに起因する疾患、特に胃癌の発症危険度を評価し、発症高危険群を選別するための手段及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、H. pyloriに起因する疾患の発症危険度の指標となり得る因子を鋭意探索した。その結果、H. pylori CagY蛋白質のアミノ酸配列中の特定領域が、H. pyloriに起因する疾患の患者の血中抗体と高反応性を有する抗体エピトープであることを見出した。さらに本発明者らは、H. pylori保菌者由来の検体中における、上記抗体エピトープを認識する抗体の量を測定することで、上記検体がH. pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来であるか否かを評価することができ、それによって当該疾患の高発症危険群を選別することができることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は、配列番号2で示されるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列を含有するHelicobacter pylori CagY抗原を提供するものである。
また本発明は、配列番号2で示されるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列をコードする遺伝子配列を含むベクターを提供するものである。
また本発明は、Helicobacter pylori保菌被験体由来の検体中における上記CagY抗原を認識する抗体の量を測定する工程と、測定された当該抗体の量に基づき、当該検体がHelicobacter pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来であると評価する工程とを含むことを特徴とする、Helicobacter pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来の検体の選別方法を提供するものである。
また本発明は、上記CagY抗原を含む、Helicobacter pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来の検体を選別するためのキットを提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、配列番号2で示されるH. pylori CagY蛋白質のアミノ酸配列の特定領域又はそれと実質的に同一なアミノ酸配列を含有するCagY抗原、及びそれらのアミノ酸配列をコードする遺伝子配列を含むベクターが提供される。また、H. pylori保菌者中における上記CagY抗原を認識する抗体の量を測定することで、当該検体がH. pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来であるか否かを評価することができ、それによって当該疾患の発症高危険群を選別するこが可能になる。本発明は、従来のCagA型検出に拠らない、新規なH. pylori関連疾患の発症危険度評価方法である。また本発明によれば、従来のCagA型検出では評価不可能であった、H. pylori東アジア株保菌者の発症危険度評価が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、配列番号2で示されるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列を含有するHelicobacter pylori CagY抗原を提供する。Helicobacter pyloriについては、本明細書以下において、H. pylori又は単にピロリ菌と称する。
【0015】
「配列番号2で示されるアミノ酸配列」とは、H. pyloriのCagY蛋白質(HP0527 Cag7)(以下、CagY)の第418番〜第429番アミノ酸配列(DPNRTLYNYLNI)を指す。後述の実施例1に記載されるように、このアミノ酸配列は、CagY抗原の抗体エピトープとして機能する。また、このアミノ酸配列は、実施例1で用いた異なるピロリ菌株のいずれにおいてもエピトープとして機能した。すなわち、配列番号2で示されるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列を含有する本発明のCagY抗原は、ピロリ菌株の種類に関わらず適用可能な、共通のピロリ菌抗原である。
【0016】
配列番号2で示されるアミノ酸配列と「実質的に同一なアミノ酸配列」とは、CagYの抗体エピトープとして機能する限りにおいて、配列番号2で示されるアミノ酸配列から1又は複数個(例えば、1〜10個、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列をいう。特定アミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸配列を置換、欠失、挿入又は付加する技術は公知であり、例えば、部位特異的突然変異誘発などのような各種方法を利用することができる。
【0017】
「実質的に同一なアミノ酸配列」としてはまた、CagYの抗体エピトープとして機能する限りにおいて、配列番号2で示されるアミノ酸配列と、80%以上の配列同一性、好ましくは85%以上の配列同一性、より好ましくは90%以上の配列同一性、さらにより好ましくは95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列が挙げられる。アミノ配列の同一性は、例えば、リップマン−パーソン法(Lipman−Pearson法;Science,227,1435(1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx−Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search Homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0018】
本発明のCagY抗原は、配列番号2で示されるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列をコードする遺伝子から生成することができる。本発明は、このような遺伝子配列を含むベクターを提供する。遺伝子配列としては、例えば、配列番号1(5'-GAT CCC AAT AGA ACC TTA TAC AAC TAT TTA AAT ATT-3')で示される遺伝子配列、及び配列番号1で示される遺伝子配列から1又は複数個(例えば、1〜30個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個)の塩基が欠失、置換、挿入又は付加され、かつ配列番号2で示されるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列をコードする遺伝子配列が挙げられる。
【0019】
本発明のベクターとしては、例えば、クローニングベクター及び発現ベクター等が挙げられる。使用されるベクターの種類としては、任意の宿主細胞中で保持、複製又は蛋白質発現可能である限り特に限定されないが、プラスミド、ファージ、コスミド、BAC、YAC、組換えウイルス等、当該分野で通常使用されるものが挙げられる。ベクターには、定法を用いて、本発明のCagY抗原をコードする遺伝子配列が挿入され得る。本発明のベクターは、発現ベクターである場合、作動可能に連結されたプロモーター、複製起点、及びベクターを導入した細菌の選択を容易にするための選択マーカーを有し、好ましくは、プロモーターの下流に、遺伝子の挿入を容易にするための制限酵素部位を有する。さらに、挿入された遺伝子の発現を増強および安定化させるための3’非翻訳領域を有していてもよい。
【0020】
本発明のベクターを定法により適切な宿主細胞に導入して当該宿主細胞を形質転換させることで、本発明のCagY抗原を発現させることができる。宿主細胞としては、例えば、E.coli等の細菌細胞、酵母等の真菌細胞、昆虫細胞、動物細胞、植物細胞、アデノウイルス等が挙げられる。適切な宿主細胞及び導入するベクターの選択は、当業者の選択事項である。
【0021】
本発明はまた、H. pylori保菌被験体由来の検体中における上記CagY抗原を認識する抗体の量を測定する工程と、測定された当該抗体の量に基づき、当該検体がH. pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来であると評価する工程とを含むことを特徴とする、H. pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来の検体の選別方法を提供する。本発明におけるH. pylori保菌被験体としては、H. pyloriを保有する任意の動物が挙げられる。被験体は、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒト、サル等の霊長類、ラット、マウス等のげっ歯類、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ等)であり、より好ましくは霊長類及びげっ歯類であり、さらに好ましくはヒトである。
【0022】
抗体の量は、H. pylori保菌被験体に由来する任意の検体において測定することができる。例えば、抗体の量は、H. pylori保菌被験体由来の組織、器官又は体液(例えば、血液、リンパ液、尿、糞便、唾液、脳脊髄液等)、及びこれらの培養物に由来する検体中の量として測定することができ、好ましくは、血中量として測定される。上記検体は、必要に応じて、濃縮、希釈、精製等の通常の前処理を施され得る。例えば、血中量を測定する場合、検体は、全血であっても、血清、血漿、又はその他の処理を施されたものでもよい。
【0023】
抗体の量は、ラジオイムノアツセイ(RIA)、エンザイムイムノアツセイ(EIA)、粒子凝集法、免疫沈降、免疫比濁法、免疫蛍光法、赤血球凝集試験、中和反応(NT)、クロマトグラフィー等、当該分野で公知の任意の方法により測定することができる。好ましくは、上記方法によって、血中抗体価が測定される。測定される抗体の種類は、特に限定されず、IgA、IgE、IgG、IgM及びIgDが挙げられる。好ましくは、IgA又はIgGである。あるいは、測定される抗体は、上記に列挙した抗体の断片であってもよい。
【0024】
測定された抗体の量に基づいて、上記検体がH. pyloriに起因する疾患の発症高危険群に由来するか否かが判断される。「H. pyloriに起因する疾患」又は「ピロリ菌関連疾患」としては、表層性胃炎、慢性活動性胃炎、萎縮性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等の炎症性疾患、腸上皮化生、胃癌、MALTリンパ腫等、H. pyloriに起因することが当該分野で公知である疾患が挙げられる。好ましくは、疾患は胃癌である。例えば、H. pylori保菌被験体由来の検体のうち、当該抗体の量がH. pylori保菌被験体由来検体全体についての抗体量と比較して高いものを、「発症高危険群由来」として選別することができる。あるいは、同一被験体由来の検体で経時的に抗体量を測定し、抗体量の上昇が観察された場合に、その検体を「発症高危険群由来」として選別することができる。さらに、そのようにして選別された検体が採取された被験体を、「発症高危険群」として選別することができる。
【0025】
上記方法を用いた、H. pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来の検体を選別するためのキットが提供される。本発明のキットには、本発明のCagY抗原が含まれる。このCagY抗原は、例えば、固相担体上に固定化された状態で提供され得る。本発明のキットはさらに、血中における抗体の量を測定するための上述の方法に必要な試薬を含んでいてもよい。
【実施例】
【0026】
以下に、本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0027】
(実施例1:抗CagY抗体エピトープの探索)
IV型分泌装置における高反応性抗体エピトープを同定した。標的蛋白質としては、IV型分泌装置を構成する蛋白の中で最も変異が多いとされているCagYを用いた。抗体エピトープの探索・同定にはペプチドディスプレイファージ技術及びELISAを用いた。抗体エピトープの探索方法を図1に示す。
【0028】
1.CagY断片ペプチドファージライブラリーの作製
CagY抗体エピトープの探索には、表1に示した12種類の臨床分離株由来のCagYをコードする遺伝子をPCRにより増幅したものを使用した。増幅した遺伝子を混合し、DNase Iにより不完全に消化した後、M13ファージの主要殻蛋白(P8)にディスプレイするためのベクターにクローニングした。このファージベクターで大腸菌を形質転換した後、ファージとして培養し、ファージライブラリーを作製した。このファージライブラリーをH. pylori感染胃癌患者から採血した血中の抗体と反応させ、患者抗体と反応したファージを抽出した。抽出したファージは大腸菌に再度感染させ、培養した。この操作を3回繰り返すことで、癌患者血中抗体との反応性を有するファージクローンを増幅した。
【0029】
【表1】

【0030】
2.エピトープ探索
3回目の増幅後、ファージを単一クローンとして培養し、培養液を用いて患者血中抗体と反応するファージクローンをELISAにより選択した。ELISA測定で陽性となったクローンの遺伝子配列を解析した。その結果、得られたクローンの全てが同じ遺伝子配列(5'-GAT CCC AAT AGA ACC TTA TAC AAC TAT TTA AAT ATT-3')(配列番号1)を有していた。この遺伝子配列をアミノ酸配列(DPNRTLYNYLNI:配列番号2)に変換して相同性解析を行った結果、CagY(HP0527 Cag7)の第418〜429番アミノ酸領域に一致した。この領域以外、もしくは他の細菌の配列には相同性を示さなかった。これらの結果より、CagYのN末端側定常領域に位置するDPNRTLYNYLNI配列が、CagYにおける患者主要抗体エピトープ(CagY-EP1)であることが示された(図2)。
【0031】
(実施例2:CagY主要抗体エピトープ(CagY-EP1)に対する患者血中抗体価の評価)
CagY-EP1における患者抗体価を評価するため、胃癌患者血清15例、十二指腸潰瘍患者血清15例、胃潰瘍患者血清8例、および萎縮性胃炎患者15例を用いて血中IgG抗体の測定を行った。比較のために、従来癌化に関与するとされているCagAのEPIYA領域のペプチドも同様に測定した。
【0032】
患者血中抗体価の測定はファージELISA法により行った。測定には、CagAの抗体でエピトープであるKNFSDIRKLNEKLFGNSNNNNNGLKNNTEPI(配列番号3)をディスプレイしたファージ(EPIYA-1)、CagYの抗体エピトープであるDPNRTLYNYLNI(配列番号2)をディスプレイしたファージ(CagY-EP1)、及びペプチドをディスプレイしていないファージ(ヘルパーファージ)を用いた。抗ファージ抗体を1 μg/ml濃度でマイクロタイタープレートに分注し(100μl/well)、4℃にて一晩固相化した。洗浄後、1% BSA溶液を添加して4℃にて一晩ブロッキングを行った。ブロッキングを行ったプレートは4℃にて保存した。
ペプチドディスプレイファージ培養液およびヘルパーファージ培養液(コントロール)をファージELISA緩衝液(1% BSA、0.05% Tritin X-100、10% NGSを含むPBS)にて10倍希釈し、抗ファージ抗体固相化wellに100μl添加した。37℃にて1時間反応させた後、3回洗浄し、ファージELISA緩衝液にて500倍希釈した患者血清を各wellに100μl添加した。37℃にて1時間反応させた後、3回洗浄し、ファージELISA緩衝液にて20000倍希釈したHRP標識抗ヒトIgG(Fc特異的)抗体もしくはファージELISA緩衝液にて5000倍希釈したHRP標識抗ヒトIgA抗体を、各wellに100μl添加した。37℃にて1時間反応させた後、3回洗浄し、TMBを添加して10分間発色反応を行った。1N 硫酸により発色反応を停止した後、OD 450 nmを測定した。
ペプチドディスプレイファージに対する特異的反応は、各血清検体のペプチドディスプレイファージに対するOD値とヘルパーファージに対するOD値の差を算出して評価した。
【0033】
その結果、CagY-EP1領域におけるIgG抗体価は、胃癌患者群において、十二指腸潰瘍患者群および萎縮性胃炎患者群に比較して有意に高いことが示された。胃潰瘍患者群では有意差は得られなかったが、胃癌患者群に比し低い傾向が示された(図3B)。有意差が得られなかったのは、胃潰瘍患者の症例数が少ないためと考えられる。一方、CagAのEPIYA領域のペプチドに対するIgG抗体価では有意差は得られなかった(図3A)。
【0034】
CagY-EP1に対する癌患者血中IgG抗体価が有意に高いことが示されたため、IgA抗体価の比較も行った。その結果、IgG抗体価と同様、胃癌患者群において、十二指腸潰瘍患者群および萎縮性胃炎患者群に比較して有意に高いことが示された。胃潰瘍患者群では、1例が高い抗体価を示した(図4)。
【0035】
以上の結果より、胃癌患者におけるCagY-EP1に対するIgGおよびIgA抗体価は、十二指腸潰瘍患者及び萎縮性胃炎患者に比し有意に高く、胃潰瘍患者に比し高い傾向が示された。特に、萎縮性胃炎患者ではIgGおよびIgA抗体ともに高値を示す患者は無く、CagY-EP1が胃癌発症の危険群選別のための抗原として有用であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】抗CagY抗体エピトープの探索方法
【図2】CagYにおける主要抗体エピトープ領域
【図3】ピロリ菌関連疾患患者血中IgG抗体価。A:CagA EPIYA-1領域に対する抗体価、B:CagY-EP1領域に対する抗体価。GCA:胃癌患者(15例)、DU:十二指腸潰瘍患者(15例)、GU:胃潰瘍患者(8例)、AG:萎縮性胃炎(15例)。
【図4】CagY-EP1領域に対するピロリ菌関連疾患患者血中IgA抗体価。GCA:胃癌患者(15例)、DU:十二指腸潰瘍患者(15例)、GU:胃潰瘍患者(8例)、AG:萎縮性胃炎(15例)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2で示されるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列を含有するHelicobacter pylori CagY抗原。
【請求項2】
配列番号2で示されるアミノ酸配列又はこれと実質的に同一なアミノ酸配列をコードする遺伝子配列を含むベクター。
【請求項3】
前記遺伝子配列が配列番号1で示される、請求項2記載のベクター。
【請求項4】
Helicobacter pylori保菌被験体由来の検体中における請求項1記載の抗原を認識する抗体の量を測定する工程と、測定された当該抗体の量に基づき、当該検体がHelicobacter pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来であると評価する工程とを含むことを特徴とする、Helicobacter pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来の検体の選別方法。
【請求項5】
前記抗体の量が、IgA抗体価又はIgG抗体価である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
請求項1記載の抗原を含む、Helicobacter pyloriに起因する疾患の発症高危険群由来の検体を選別するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−232743(P2009−232743A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−82885(P2008−82885)
【出願日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【出願人】(000206956)大塚製薬株式会社 (230)
【Fターム(参考)】