説明

胃食物受容能障害治療薬

【課題】本発明の医薬を用いれば、胃底部弛緩作用及び胃の食物受容能障害を改善することから、当該障害により生じる早期満腹感、上腹部鼓腸等の症状が著明に改善される。
【解決手段】2−〔N−(4,5−ジメトキシ−2−ヒドロキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕−1,3−チアゾール又はその酸付加塩を有効成分とし、食後の胃底部弛緩作用により食後の早期満腹感及び上腹部鼓腸を改善する胃食物受容能改善薬であって、該化合物を50〜1000mg/日の投与範囲で1日1〜3回に分けて経口投与するものである胃食物受容能改善薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胃の食物受容能障害に基づく症状を改善するための医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、消化管運動障害治療薬としてはドンペリドン、メトクロプラミド等の抗ドパミン薬、マレイン酸トリメブチン等のオピエート作動薬、シサプリド等の5HT3拮抗・5HT4作動薬、塩化アセチルコリン等のアセチルコリン作動薬等が臨床に用いられている。また、本発明者らは、特定のアミノチアゾール誘導体及びベンゾイルアミン誘導体が優れた消化管運動改善作用を有することを見出し、先に特許出願した(特許文献1、2)。
これら従来の消化管運動障害治療薬は、動物実験において、胃運動の改善、すなわち胃幽門部の収縮能の有無を基準にスクリーニングされており、臨床的には、胃内容物の排出遅延の改善効果が判断されていた。
しかしながら、最近、胃内容物の排出促進効果だけでは、食物摂取後の早期満腹感や上腹部鼓腸等に対して充分な効果が得られないことが判明し、これらの症状を改善するためには胃運動の改善、すなわち胃の食物排出能ではなく、胃底部の弛緩、すなわち胃の食物受容能障害を改善する必要があることが判明した(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO96/36619
【特許文献2】特開平10−212271号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Aliment Pharmacol. Ther. 1998: 12: 761-766
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の消化管運動障害治療薬のうちシサプリドについては、健常人における食後の胃底部の弛緩作用が知られている(同上)が、臨床における食物受容機能障害の改善効果については知られていない。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明者は、種々の化合物を対象として食物受容能障害の改善効果を検討してきたところ、下記化合物が優れた胃底部弛緩作用、すなわち食物受容能障害改善作用を有し、早期満腹感及び上腹部鼓腸に対して顕著な改善効果を有すること、さらには当該化合物は安全性が高いことを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は次の一般式(1)
【0008】
【化1】

【0009】
(式中、R1は水素原子、ヒドロキシ基又はハロゲン原子を示し、Aはフリル基、チエニル基、チアゾリル基又はオキサゾリル基を示し、R2及びR3は炭素数1〜5のアルキル基を示し、nは2〜4の整数を示す)
で表される化合物又はその酸付加塩を有効成分とする胃食物受容能障害治療薬を提供するものである。
また本発明は、上記一般式(1)の化合物又はその酸付加塩の、胃食物受容能障害治療薬製造のための使用を提供するものである。
さらに本発明は、上記一般式(1)の化合物又はその酸付加塩の有効量を投与することを特徴とする胃食物受容能障害の処置方法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
一般式(1)中、ハロゲン原子としてはフッ素原子、臭素原子、塩素原子及びヨウ素原子が挙げられるが、塩素原子が特に好ましい。Aとしては、フリル基又はチアゾリル基が好ましく、チアゾリル基が特に好ましい。R2及びR3で示されるアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基等が挙げられるが、イソプロピル基が特に好ましい。またnは2が特に好ましい。
【0011】
一般式(1)の化合物のうち、2−〔N−(4,5−ジメトキシ−2−ヒドロキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕−1,3−チアゾール(化合物a)、2−〔N−(2−クロロ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕−1,3−チアゾール(化合物b)、2−〔N−(4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕−1,3−チアゾール(化合物c)、2−〔N−(4,5−ジメトキシ−2−ヒドロキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕フラン(化合物d)、又はこれらの酸付加塩が好ましい。さらに2−〔N−(4,5−ジメトキシ−2−ヒドロキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕−1,3−チアゾール(化合物a)、2−〔N−(2−クロロ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕−1,3−チアゾール(化合物b)、又はこれらの酸付加塩が好ましく、特に2−〔N−(4,5−ジメトキシ−2−ヒドロキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕−1,3−チアゾール(化合物a)又はその酸付加塩が好ましい。
【0012】
これらの一般式(1)の化合物(以下、化合物(1)という)又はその酸付加塩はWO96/36619及び特開平10−212271号に記載されている。ここで酸付加塩としては、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの無機酸塩、マレイン酸塩、酢酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩等の有機酸塩が挙げられるが、特にマレイン酸塩、塩酸塩、それらの水和物が好ましい。
前記WO96/36619及び特開平10−212271号においては、化合物(1)が胃幽門前庭部における収縮能を有することが示されている。これに対し、本発明者はイヌを対象としたバロスタット試験により、化合物(1)が優れた食物受容能改善作用、すなわち胃収縮能でなく、食後の胃底部弛緩作用を有することを見出したものである。かかる作用により、化合物(1)又はその酸付加塩を投与すれば、早期満腹感、上腹部鼓腸等の症状が有意に改善される。
【0013】
化合物(1)又はその酸付加塩はICR系マウスに500mg/kgを経口投与しても何ら異常は認められず、安全性も高い。また、前記シサプリドはQT延長などの心臓に対する重篤な副作用を有することが知られているが、化合物(1)又はその酸付加塩にはそのような副作用がないことが判明した。
【0014】
化合物(1)又はその酸付加塩は製薬上許容される担体を配合して、経口投与用あるいは非経口投与用組成物とすることができる。経口投与用組成物としては、化合物(1)又はその酸付加塩を適当な添加剤、例えば乳糖、マンニット、トウモロコシデンプン、結晶セルロース等の賦形剤、セルロース誘導体、アラビアゴム、ゼラチン等の結合剤、カルボキシメチルセルロースカルシウム等の崩壊剤、タルク、ステアリン酸マグネシウム等の滑沢剤などを適宜使用することにより錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤とすることができる。また、これらの固形製剤をヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、セルロースアセテートフタレート、メタアクリレートコポリマーなどの被覆用基剤を用いて腸溶性製剤とすることができる。非経口投与用組成物としては、例えば水、エタノール、グリセリン、慣用な界面活性剤等を組み合わせることにより注射用溶剤に、また坐剤用基剤を用いて坐剤とすることができる。
化合物(1)又はその酸付加塩の投与量は年齢、体重、症状、治療効果、投与方法、投与期間により異なるが、通常、経口投与の場合には0.1〜2000mg/日、好ましくは50〜1000mg/日の投与範囲で1日1〜3回に分けて投与する。
【実施例】
【0015】
次に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに何ら限定されるものではない。
【0016】
実施例1(イヌにおけるバロスタット試験)
(1)方法
雄性雑種成犬の胃体部前壁中央に胃ろう管(KN−365,D−14−C,夏目製作所)を慢性的に装着し、エアバッグの挿入に用いた。
胃ろう管を慢性縫着したイヌを18時間以上絶食させ、実験開始前に胃ろう管を開放し、生理食塩液を注入して胃内を洗浄した。必要に応じてこの作業は2〜3回繰り返した。市販のポリエチレン袋を加工したエアバッグ(最大容積:約750mL)を胃ろう管より挿入しシリコン栓にて固定し、バロスタット装置(ISOBAR-3,G & J Electronics Inc.)に接続し無拘束状態で測定を開始した。エアバッグ容量変化をレコーダおよびコンピューターに記録した。
【0017】
エアバッグの挿入後に一旦500mLまで空気を注入し、直ちに空気を完全に抜き、エアバッグ内圧の設定を6±2mmHgにて記録を開始した。15分間以上安定させた後に、温湯(30〜40℃)に溶解させた液体試験食50mL(12.5kcal,ベスビオン(登録商標),藤沢薬品)を胃内投与し、試験食投与5分後に溶媒あるいは薬物を静脈内投与した。試験食投与前、薬物投与前および薬物投与後それぞれ5分間毎の平均エアバッグ容量(mL)をコンピューター解析システムより算出し、各薬物投与前後の平均エアバッグ容量差(mL)を比較した。
【0018】
(2)結果
試験食の胃内投与により胃底部弛緩反応が発現し、エアバッグ容量は増加した。その後、増大したエアバッグ容量は時間の経過と共に減少した。
試験食投与後すなわち薬物投与前5分間の平均エアバッグ容量に対し、薬物投与後のエアバッグ容量の変化を表1に示した。溶媒投与後5分間のエアバッグ容量は39.2mL減少した。一方、化合物a塩酸塩の投与は胃の弛緩を増大させ、エアバッグ容量を50.8mL増加させた。その効果は、シサプリドの効果を上回るものであった。
【0019】
【表1】

【0020】
実施例2(イヌにおけるバロスタット試験)
実施例1の方法に準じて化合物bのマレイン酸塩、化合物cの塩酸塩及び化合物dのマレイン酸塩についてバロスタット試験を行った。その結果、表2に示すように化合物b、c及びdも優れた胃食物受容能改善作用を示した。
【0021】
【表2】

【0022】
実施例3(ヒトにおけるバロスタット試験)
(1)記録方法
Rome II基準に準拠したFunctional Dyspepsia患者を一晩(12時間以上)絶食させた。化合物a塩酸塩300mgあるいはプラセボは治験責任医師が経口投与する。30分後に、二重管腔ポリビニール製粘着プラスチック・バッグ(Medtronic-Synetics Medecal Ltd, Enfield, UK)(1100mL、最大径17cm)を小さく折りたたんで口または鼻から導入し、粘着テープにより被験者の顎で止める。胃底のバッグの位置は、X線透視により確認した。
【0023】
次に、ポリビニール製チューブをコンピューター制御式容積置換圧調節器に接続した。この圧調節器は圧力と容積を毎秒8回のサンプリング速度で同時にモニタリングしながら、容積ランプまたは圧力ステップを様々な速度で負荷することができる。胃内バッグを開くため、被験者を臥位した状態で一定の量の空気(300mL)を供給して2分間胃内バッグを膨らませ、その後再度空気を完全に抜いた。10分間平衡させた後、被験者にベッド上で膝をやや曲げ、リラックスした姿勢をとってもらった。
【0024】
(2)試験設計
30分間の適応期間後、バック内圧を毎分1mmHg増加し、最小侵襲性胃内拡張圧(MDP)、すなわちバッグ内容積が30mL以上となる最低圧力を測定した。この圧力は腹腔内圧を平衡化させる。その後、段階的等圧膨張により、MDPから2mmHgずつ増加させた。各段階は対応する胃内容積を記録しながら、2分間持続させた。患者には、各膨張段階の終りに、膨張刺激によって上腹部に感じる感覚を、言葉による説明を付した0〜6の図式評価スケールを用いてスコア化してもらった。これら膨張手段は、バッグ内容積が1000mLになるか、被験者が不快感または苦痛(スコア:5または6)を訴えた時点で終了した。
さらに30分の適応期間をおいた後、90分間、圧力レベルをMDP+2mmHgに設定した。30分後、混合流動食(200mL、300kcal、タンパク質13%、炭水化物39%、NutridrinkTM、Nutricia)を経口摂取させた。その後さらに60分間にわたって胃緊張度を測定した。
【0025】
(3)データ解析
2分間の各膨張期間について、記録値を平均してバルーン内容積を求めた。知覚及び不快感の閾値は、各膨張段階に対応する知覚スコアを分析することにより求める。知覚閾値は知覚スコアが1以上になる最初の圧力、不快感閾値は知覚スコアが5以上になる最初の圧力と定義する。
食前・食後の胃緊張を評価するため、5分間隔で連続的に平均バルーン容積を求めた。最大弛緩度は、平均食前容積と食後最大容積及び食後5分毎に測定した平均容積の差として求めた。
【0026】
疼痛スコア
0=疼痛なし
1=わずかな痛覚あり
2=軽度痛覚あり
3=中等度の痛覚あり
4=高度の痛覚あり
5=不快
6=苦痛あり
【0027】
(4)結果
食後の胃の最大弛緩度、すなわち食物受容能の結果を表3に示す。
【0028】
【表3】

【0029】
表3から明らかなように、化合物a塩酸塩は、食後の胃の最大弛緩度を有意に増加させた。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の医薬を用いれば、胃底部弛緩作用及び胃の食物受容能障害を改善することから、当該障害により生じる早期満腹感、上腹部鼓腸等の症状が著明に改善される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2−〔N−(4,5−ジメトキシ−2−ヒドロキシベンゾイル)アミノ〕−4−〔(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル〕−1,3−チアゾール又はその酸付加塩を有効成分とし、食後の胃底部弛緩作用により食後の早期満腹感及び上腹部鼓腸を改善する胃食物受容能改善薬であって、該化合物を50〜1000mg/日の投与範囲で1日1〜3回に分けて経口投与するものである胃食物受容能改善薬。

【公開番号】特開2011−68692(P2011−68692A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−499(P2011−499)
【出願日】平成23年1月5日(2011.1.5)
【分割の表示】特願2003−581777(P2003−581777)の分割
【原出願日】平成15年4月8日(2003.4.8)
【出願人】(000108339)ゼリア新薬工業株式会社 (30)
【Fターム(参考)】