説明

胆道がんの新規バイオマーカー

【課題】胆道がんと関連する新規バイオマーカーの検出に、質量分析を使用する方法を提供する。
【解決手段】被験体における胆道がんと関連する異常量のバイオマーカーを検出する方法であって、a)質量分析を使用して該被験体由来の生物学的試料における約4204m/zのm/z値を有するプロトロンビンの断片の量を定量化すること、及びb)(a)において取得した定量化した値を閾値と比較することを含み、ここで該定量化した値が該閾値を上回る場合異常量の該バイオマーカーが該生物学的試料中に存在する、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胆道がんと関連する新規バイオマーカーの検出に、及び例えば質量分析を使用する、胆道がんと関連するバイオマーカーの検出に関する。
【背景技術】
【0002】
胆道がん(BTC)は、全胃腸がんの3%、及び全原発性肝がんの15%を占める新生物である。この20年間で、BTCの発症率は主に肝内型の増大により上昇している(非特許文献1、非特許文献2)。タイ国北部は発症率が最も高い(非特許文献3)。唯一の治癒の可能性は、完全な外科的切除である。完全な切除のために、初期段階での診断が重要であるが、困難である。余すところなく切除(margin free resection)しても、5年後の生存率は20%〜40%にしか到達しない(非特許文献4、非特許文献5)。切除不可能な疾患は通常、6ヶ月〜1年の生存期間を示す(非特許文献4)。BTCの患者のほぼ3分の1は、切除しても手遅れ(too rate)である。したがって、BTCの初期段階に対する診断プロセスを確立する必要がある。
【0003】
現在、BTCの診断は、臨床症状を有する患者における胆道系(biliary tree)の画像化、例えばコンピュータ断層撮影又は超音波検査又は内視鏡的逆行性胆道造影(endscopic retrogradal cholangiograpy)(ERC)に依存している。ERCによるブラシ細胞診は組織診断を可能とするが、BTCの高い線維形成性(desemoplasitc nature)のために、感度が低い(非特許文献5、非特許文献6)。したがって臨床医は多くの場合悪性腫瘍に関する他の診断の手掛かりを解明し、その中でも腫瘍マーカーがより多くの情報を提供する。
【0004】
血清腫瘍マーカーである癌胎児性抗原(CEA)及び糖鎖(carbon hydorate)抗原19−9(CA19−9)は、BTCの診断に世界的に使用されているが感度及び特異性が低い。多くの報告により、これらマーカーの特異性がそれぞれ50%及び70%であることが示されている(非特許文献7)。それ故にBTCの新たなマーカーに対する必要性が存在する。現在まで、表面増強レーザー脱離イオン化質量分析(SELDI−TOF−MS)を使用して、例えば卵巣(非特許文献8、非特許文献9、非特許文献10)、膵臓(非特許文献11、非特許文献12、非特許文献13)、頭頚部(非特許文献13、非特許文献14)等の有望なマーカーを発見するために、多数の他の悪性腫瘍でプロテオミクス技法が使用されている。
【0005】
マトリクス支援レーザー脱離/イオン化飛行時間型(MALDI−TOF)質量分析は、臨床的な血液試料を迅速に解析するための主要なツールである。この方法の利点は、そのハイスループット能、及び解析に必要な試料サイズが小さいことである。それ故に本発明者らは、この技法によりBTCの新たなバイオマーカーを同定しようとし、BTCを有する患者においてMALDI−TOF質量分析により低分子量のペプチドの血清プロファイリングを分析した。
【0006】
参考文献(全ての参考文献について、その全体が参照により本明細書に援用される)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Khan SA, Thomas HC, Davidson BR,Taylor-Robinson SD et alCholangiocarcinoma Lancet 2005;366:1303-14
【非特許文献2】Patel T et al CholangiocarcinomaNat Clin Pract Gastroentel Hepatol2006;3:33-42
【非特許文献3】Shaib Y, Davilia JA, McGlynn K,El-Serag HB,. The epidemiology of cholangiocarcinoma.Semin Liver Dis2004;24:115-125
【非特許文献4】Jarmagin WR, Shoup M. Surgicalmanagement of cholangiocarcinoma.Semin Liver Dis 2004;24:18
【非特許文献5】Gores GJ.Cholangiocarcinoma:current concepts and insight.Hepatology 2003;37:961-969
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【非特許文献7】Nehls 0, Gregor M, Klump B. Serumand Bile markers forcholangiocarcinoma. Semin Liver Dis2004;24:139-154
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【非特許文献22】Cullen SN, Chapman RW. Reviewarticle: current management of primarysclerosing cholangitis. Aliment PharmacolTher 2005;21:933-948.
【発明の概要】
【0008】
被験体における胆道がんと関連する異常量のバイオマーカーを検出する方法が提供される。被験体における胆道がんと関連する異常量のバイオマーカーを検出するこの方法は、a)質量分析を使用して被験体由来の生物学的試料における約4204m/zのm/z値を有するプロトロンビンの断片の量を定量化すること、及びb)(a)において取得した定量化した値を閾値と比較することを含み得る。定量化した値が閾値を上回る場合、異常量のバイオマーカーが生物学的試料中に存在し得る。バイオマーカーは、配列番号2のアミノ酸配列を有するプロトロンビンの断片であり得る。異常量のプロトロンビンの断片は、被験体が胆道がんを有することを示し得る。バイオマーカーを検出するために使用することができる質量分析技法は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI−TOF MS)であり得る。生物学的試料は血清又は他の好適な試料であり得る。閾値は少なくとも322AUであり得る。
【0009】
胆道がんを検出するためのバイオマーカーを同定する方法は、a)胆道がんを有する患者、良性胆道疾患を有する患者、及び健常患者から採取した生物学的試料に関する質量スペクトルを生成すること、b)(a)において生成したスペクトルを比較すること、並びにc)良性胆道疾患を有する患者、及び健常患者に関する質量スペクトルよりも胆道がん患者に関する質量スペクトルにおいて有意に高い質量スペクトルピークを同定することを含み得る。
【0010】
被験体における胆道がんを検出する方法は、a)質量分析を使用して被験体由来の試料におけるプロトロンビンの断片の量を定量化すること、ここで該プロトロンビンの断片は約4204m/zのm/z値を有するものである、及びb)(a)において取得した定量化した値を閾値と比較することを含むことができ、定量化した値が閾値を上回る場合胆道がんが検出される。質量分析は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI−TOF MS)であり得る。本方法は、被験体由来の試料中の少なくとも1つのさらなるバイオマーカーを定量化することを含み得る。少なくとも1つのさらなるバイオマーカーは、糖鎖抗原19−9(CA19−9)であり得る。少なくとも1つのさらなるバイオマーカーは、癌胎児性抗原(CEA)であり得る。
【0011】
添付の図面を参照して本教示を説明する。図面は本教示を例示することを意図するものであり、限定することを意図するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】健常ボランティア、良性胆道疾患患者、及びBTC患者由来の血清の間で差示的に発現したピークを強調する、m/z0〜m/z10000のタンパク質質量プロファイルのセグメントを示す図である。良性患者及び健常ボランティアと比較するとがん患者において、m/z4204のピークが上方調節されて(upregulated)いる。
【図2】健常ボランティア由来の血清よりも胆道がん(BTC)患者から取得した血清において4204Daペプチドの正規化強度が有意に増大したことを示す図である。良性胆道疾患(BB)血清では、4204Daペプチドの正規化強度は有意に増大しなかった(マンホイットニーのU検定)。
【図3a】m/z4204、CA19−9及びCEAの性能に関するROC解析を示す図である。AUC値=m/z4204ピークに関しては0.752、CA19−9に関しては0.732、及びCEAに関しては0.608。
【図3b】m/z4204、CA19−9及びCEAの性能に関するROC解析を示す図である。AUC値=m/z4204ピーク+CA19−9に関しては0.833、CA19−9+CEAに関しては0.708、及びm/z4204ピーク+CEA+CA19−9に関しては0.836。
【図4】CEA陰性及びCA19−9陰性のBTC患者における4204ペプチドの陽性の数を示す図である。
【図5】4204Daペプチドの精製を示す図である。(A)粗血清をCMセラミックHyperDFスピンカラムによるイオン交換分画に供した。(B)部分的に精製した画分を第2のHPLCに供し、4204Daペプチドを成功裏に精製した。
【発明を実施するための形態】
【0013】
被験体における胆道がんと関連する異常量のバイオマーカーを検出する方法が提供される。この方法は、a)質量分析を使用して被験体由来の生物学的試料における約4204m/zのm/z値を有するプロトロンビンの断片の量を定量化すること、及びb)(a)において取得した定量化した値を閾値と比較することを含み得る。定量化した値が閾値を上回る場合、異常量のバイオマーカーが生物学的試料中に存在し得る。
【0014】
バイオマーカーは、プロトロンビンの断片であり得る。プロトロンビンの断片は、約4200m/z〜約4210m/zの範囲のm/z値を有し得る。プロトロンビンの断片は、約4204m/zのm/z値を有し得る。プロトロンビンの断片は、配列番号2のアミノ酸配列を含む(comprising)アミノ酸配列を有し得る。プロトロンビンの断片は、配列番号2のアミノ酸配列のみを含むものであってもよい。プロトロンビンの断片は、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも80%の相同性を有するアミノ酸配列を含み得る。プロトロンビンの断片は、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも85%の相同性を有するアミノ酸配列を含み得る。プロトロンビンの断片は、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも90%の相同性を有するアミノ酸配列を含み得る。プロトロンビンの断片は、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも95%〜99%の相同性を有するアミノ酸配列を含み得る。
【0015】
定量化した値が閾値を上回る場合異常量のバイオマーカーが生物学的試料中に存在し得る。生物学的試料は、血液、血清、尿、前立腺液、精漿、精液、組織抽出試料又は生検材料であり得る。閾値は少なくとも322AU(任意単位)であり得る。異常量のプロトロンビンの断片は、被験体が胆道がんを有することを示し得る。
【0016】
生物学的試料中のバイオマーカーを、質量分析を使用して定量化することができる。バイオマーカーを定量化するために使用することができる質量分析は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化/飛行時間型(MALDI−TOF)質量分析、表面増強レーザー脱離イオン化飛行時間型(SELDI−TOF)質量分析、液体クロマトグラフィ質量分析、タンデム質量分析(MS−MS)、エレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI−MS)又は脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)質量分析であり得る。質量分析は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI−TOF MS)であり得る。
【0017】
胆道がんを検出するためのバイオマーカーは、a)胆道がんを有する患者、良性胆道疾患を有する患者、及び健常患者から採取した生物学的試料に関する質量スペクトルを生成すること、b)胆道がんを有する患者、良性胆道疾患を有する患者、及び健常患者の質量スペクトルを比較すること、並びにc)良性胆道疾患を有する患者、及び健常患者に関する質量スペクトルよりも胆道がん患者に関する質量スペクトルにおいて有意に高い質量スペクトルピークを同定することにより、同定することができる。当業者は、有意に高い質量スペクトルピーク、又は換言すれば有意に上方調節された(upregulated)ペプチドピークを決定することができる。例えば、胆道がんを有する患者に関して少なくとも50AUの平均増大を、有意であるとみなすことができる。
【0018】
被験体における胆道がんは、a)質量分析を使用して被験体由来の試料におけるプロトロンビンの断片の量を定量化すること、ここで該プロトロンビンの断片が約4204m/zのm/z値を有するものである、及びb)定量化した値を閾値と比較することにより検出することができる。定量化した値が閾値を上回る場合、胆道がんが検出され得る。質量分析は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI−TOF MS)であり得る。この方法は、被験体由来の試料中の少なくとも1つのさらなるバイオマーカーを定量化することを含み得る。少なくとも1つのさらなるバイオマーカーは、糖鎖抗原19−9(CA19−9)であり得る。少なくとも1つのさらなるバイオマーカーは、癌胎児性抗原(CEA)であり得る。
【実施例】
【0019】
以下の実施例及び得られたデータを参照することで、本教示をさらにより十分に理解することができる。
【0020】
方法
患者及び血液試料調製:血清を、62人の胆道がん患者(男性36人、年齢の中央値64.7歳、27歳〜81歳)から採取した。30人の健常ボランティア(男性18人、年齢の中央値65.5歳、61歳〜69歳)由来の血清を正常対照とした。疾患対照として、30人の良性胆道疾患患者(男性18人、年齢の中央値64.4歳、27歳〜90歳)由来の血清を採取した。胆道がん患者全員を、放射線学的画像化又は細胞診により診断した。良性胆道疾患患者全員を12ヶ月以上経過観察し、彼らが悪性腫瘍でないことを確認した。血液試料を採取した後、室温で約2時間凝固させ、1200gで15分間遠心分離した。血清を一定分量とし(in aliquots)−80℃で保存した。表1は、患者の臨床病理学的詳細事項を示す。肝内胆管癌(Intarhepatic cholangicocarcinomas)(n=17)、クラッキン(Klaskin)腫瘍(n=7)、肝外(extraheptaic)胆管癌(n=16)、ファーター乳頭腫瘍(n=6)、胆嚢腫瘍(n=16)。62個のBTC試料を、国際対がん連合(Union Internationale Contre le Cancer)の段階分けの腫瘍結節転移分類(tumor node metastasis classification of staging)(P)に従う病理学的段階に分類した。16個の初期段階(段階I、n=6;段階II、n=10)、46個の後期段階(段階III、n=16;段階IV、n=30)が含まれていた。
【0021】
【表1】

【0022】
良性の胆道の病態に関して内視鏡的逆行性(retrogradae)胆膵管造影を受けた30人の良性胆道疾患群の患者(胆石症、n=24;良性線維性狭窄症、n=4;原発性硬化性胆管炎、n=2)。健常ボランティア群は、6ヶ月間一般開業医への訪問をしていない、又は入院していない健常ボランティア30人由来の血清より成っていた。全ての試料を、総タンパク質及びアルブミンの量を測定するための生化学的検査、並びにアルカリホスファターゼ、アスパラギン酸(aspirate)アミノトランスフェラーゼ、アラニンアミノトランスフェラーゼ、γ−グルタミルトランスペプチダーゼ、総ビリルビン、直接ビリルビン、C反応性タンパク質、及び腫瘍マーカーCA19−9及びCEAを含む肝機能検査に供した。
【0023】
ClinProt RobotによるWCX磁気ビーズでの血清前処理。ClinProt(商標)Robot自動機により磁気ビーズベースの弱陽イオン交換クロマトグラフィ樹脂(MB−WCX)(Bruker Daltonics, Germany)を使用して血清試料(5μl)を予備分画した。5μlの血清試料を10μlの結合溶液と混合した後、5μlのMB−WCXを添加し、溶液を混合した。次に、磁気ビーズセパレータ中に管を配置して未結合溶液を分離し、上清を除去した。その後100μlの洗浄緩衝液でビーズを3回洗浄した後、タンパク質及びペプチドを10μlの溶出溶液及び10μlの安定化溶液で磁気ビーズから溶出した。溶出液を、CHCAマトリクス溶液(BrukerDaltonics, Germany)中に1:10希釈した。その後1μlの混合物をAnchorChip(商標)ターゲット(Bruker Daltonics, Germany)上にスポットし、乾燥するまで室温で数分間放置した。全ての手順を、前に記載(非特許文献16、非特許文献17)のプロトコルに従って行った。
【0024】
化学物質及び標準物質(Calibrators)。2−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)マトリクス溶液(BrukerDaltonics, Bremen, Germany)は、エタノール:アセトン(2:1)溶液中で0.3g/lとなるように希釈した。アセトン及びエタノールはHPLCグレードのものとし、和光純薬工業株式会社(日本、大阪)から購入した。標準物質は、Peptide Calibration Standard II(Bruker Daltonics, Bremen, Germany)とした。
【0025】
質量分析。AnchorChip(商標)ターゲットプレートを、Flexcontrol(商標)2.4ソフトウェア(Bruker Daltonics, Germany)により制御されるAutoFlex(登録商標)II TOF/TOF質量分析計(Bruker Daltonics, Germany)中に配置した。この機器には337nm窒素レーザー、遅延引き出し電子機器及び25Hzデジタイザーが備え付けられている。全ての取得データを、機器ソフトウェア中に含まれており1000のランダム化ショットの平均化に基づく自動データ取得法により生成した。スペクトルを、600Da〜10000Daの質量範囲で、ポジティブリニアーモードで取得した。第二通過ピークセクション(シグナル対ノイズ比>5)を使用してピーククラスターを完成させた。600〜10000の間のm/zの総イオン電流に対して正規化した相対的ピーク強度を、任意単位として表した。MALDI−TOF MSから取得した1000m/z〜4000m/zの範囲の全てのスペクトルを、Bruker Daltonics社のflexAnalysis2.1ソフトウェア及びClinProtools2.1ソフトウェアで解析した。
【0026】
タンパク質同定。血清試料を、CMセラミックHyperDFスピンカラム(Bio-RAD)を使用して予備分画した。簡潔に述べると、カラムを結合緩衝液(400μl)により3回洗浄した。40μlの血清試料を160μlの結合緩衝液と混合した後、カラム中に添加し混合した。次に、カラムを4℃で1時間インキュベートし、80Gで1分間遠心分離し、その後上清を除去した。その後カラムを400μl洗浄緩衝液で3回洗浄した後、タンパク質及びペプチドを40μlの溶出溶液でカラムから溶出した。溶出液をアセトン中に1:10で混合し、−20℃で2時間インキュベートした。その後混合物を20000gで10分間遠心分離し、上清を除去した。沈降物を0.1% TFAで再懸濁し、逆相カラムに適用して他のタンパク質からのさらなる分離、及び分画を行った。目的のピークを含む画分をMALDI−TOF MSにより確認し、N末端アミノ酸配列により解析した。
【0027】
統計解析。ノンパラメトリックなマンホイットニーのU検定(P値<0.05)を使用して個々のピークの単変量解析を行った。推定マーカーに関する識別能力を、statFlex5.0(株式会社アーテック、日本、大阪)を使用して受信者動作特性(ROC)曲線下面積(AUC)解析によりさらに示した。
【0028】
結果
BTCの血清中のペプチドのMALDI−TOF−MS解析。最初に本発明者らは、胆道がんから取得した低分子ペプチドスペクトルを、正常対照及び良性胆道疾患から取得した低分子ペプチドスペクトルと比較した(トレーニングセット)。23種類のペプチドのピーク強度が、BTC群と正常対照群とで有意に異なっていた。BTC群においては、その23種類のペプチドのうち、15種類は上方調節されて(upregulated)おり、8種類は下方調節されて(downregulated)いた(表2a)。その後本発明者らは、MALDI−TOF質量分析を使用することにより、BTC群及び良性胆道疾患群及び正常対照群の間のペプチドプロファイリングを比較した(テストセット)。BTC群及び良性胆道疾患群及び正常対照群のピークパターンは有意に異なっていた(図1)。BTC群と正常な良性胆道疾患群とで異なっており、またBTC群と正常対照群とで異なっていた23種類のペプチドピークのうち、4204Daのm/z値を有する1種類のペプチドピークの強度のみが、BTC群で有意に上方調節された(upregulated)(表2b)。図2は、4204Daペプチドの血清レベルが、正常対照血清(平均316.06AU)と比較してBTC血清において有意に増大した(平均388.84AU:p<0.001)ことを示す。良性胆道疾患では、4204Daペプチドの血清レベルは増大しなかった(平均317.36任意単位:p<0.01)。
【0029】
【表2a】

【0030】
【表2b】

【0031】
CA19−9、CEA、4204Daの診断精度の解析を受信者動作特性により行った(図3a)。曲線下面積は、胆道がん患者対健常ボランティア及び良性胆道疾患患者で、CA19−9に関しては0.732、CEAに関しては0.608、4204Daに関しては0.752であった。
【0032】
このアプローチの識別(discriminary)能力は、腫瘍マーカーCA19−9及びCEAを含めることによりさらに向上した。これらの組合せのROC値を図3bに示す。ROC値は、胆道がん患者対健常ボランティア及び良性胆道疾患患者で、m/z4204+CA19−9に関しては0.833、m/z4204+CEA+CA19−9に関しては0.836、CEA+CA19−9に関しては0.708であった。
【0033】
本発明者らは、CEA陰性、CA19−9陰性のBTC患者の4204Daペプチド陽性率も評価した(図4)。62人のBTC患者のうち19人の患者が、CEA、CA19−9の両方に関して陰性を示した。カットオフ値を322AUに設定した場合、これらの患者のうち15人の患者(79%)が4204Daペプチド陽性を示した。
【0034】
4204Daがプロトロンビンの断片であると、CMセラミックHyperDFスピンカラム、アセトン(acetic)沈殿、HPLC分画及びN末端アミノ酸配列解析により同定。4204Daペプチドのピークは相対的に、質量スペクトルピーク高さが高く、他のピークから明確に分離され、胆道がん患者において有意に高く発現されていた。4204Daペプチドを精製及び同定するために、血清試料をCMセラミックHyperDFスピンカラム上で分画した。溶出物をアセトンにより沈殿させた後、沈降物を0.1% TFAで再懸濁し、逆相カラムに適用して他のタンパク質からのさらなる分離を行い、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)を使用して段階的グラジエントにより分画を実施した。これらの手順を使用して、標的である4204Daペプチドを首尾よく精製した(図5)。
【0035】
精製したペプチドのN末端アミノ酸配列解析により、該ペプチドがプロトロンビンの断片であることが明らかとなった。N末端の10個のアミノ酸を同定することで、この解析を実施した(表3)。
【0036】

【表3】

【0037】
考察
マトリクス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI−TOF−MS)は、血清及び任意の生体液中の新規バイオマーカーを同定することができるプロテオミクス技法である。胆道がん(BTC)は診断することが困難でありまた予後不良であることから、胆道がんの新たなバイオマーカーを同定するためにこの技法を使用した。BTC患者62人、良性胆道疾患患者30人、及び健常ボランティア30人由来の血清を、ClinProt(商標)システム(Bruker Daltonics Inc)により解析した。CC患者を識別するのに最も効率的なタンパク質ピークは、質量対電荷比4204(p<0.05)である。m/z4204は、糖鎖抗原19−9(CA19−9)及び癌胎児性抗原(CEA)よりも優れた識別(discriminary)能力を有していた(曲線下面積[AUC]=0.752、0.732、0.608)。アミノ酸配列解析(Sequential amino acid analysis)により、このペプチド(peptitde)がプロトロンビン断片であることが同定された。MALDI−TOF−MSはBTC患者を、良性胆道疾患患者及び健常ボランティアから正確に識別し、BTCの同定において伝統的なバイオマーカーよりも正確であった。
【0038】
胆道がんの診断のためのより良いマーカーの必要性は、臨床研究者にとっての重要な標的である。プロテオミクスは、がんと関連するタンパク質プロファイルの血清学的認識に関する潜在的に強力なツールである。そのプロテオームの低分子量部分は、過去には2次元ゲル電気泳動の限定的な分解では見出されなかったが、腫瘍の発病の診断及び理解の両方を改善する可能性を有する豊富な腫瘍特異的情報を保有するようである。プロテオームの低分子量部分を探索するプロテオミクスアプローチであるMALDI−TOF MSは、それ自体が発見用ツールとして使用されるだけでなく、診断用ツールでもあり得る。本研究では、本発明者らはMALDI−TOF MS解析を使用して、胆道がんにおける低分子量ペプチドの中から新規な血清バイオマーカーを見出し、このペプチドは分子量4204Daのプロトロンビンの断片と同定された。
【0039】
血清CA19−9及びCEAレベルは、胆道がんに関するマーカーとして使用されている。BTCにおけるこれらの使用が、近年Nehlsらにより評価された(非特許文献7)。彼らは、71%及び51%の平均感度、並びに78%及び88%の平均特異性を報告した。MALDI−TOF MSピーク(m/z4204)が良性血清からがんを識別する上で腫瘍マーカーCEA又はCA19−9と同様に効果的であったこと、及びこれらのマーカーの組合せが分類を有意に改善したことは、本研究における最も興味深い発見である。
【0040】
胆道がんは胆道系における持続性炎症のバックグラウンドの上に生じると考えられている。胆石症、胆管嚢腫、硬化性胆管炎の存在がこの炎症を引き起こす(非特許文献21、非特許文献22)。血清タンパク質プロファイルの変化は、悪性プロセス自体と、炎症性応答の二次的症候、例えば肝臓からのサイトカイン及び急性期タンパク質の放出との両方の結果として生じる可能性がある。したがって、がんを有しないが肝機能障害と適合した様々な胆道炎症プロセスを有する患者の対照群を設定することが重要であった。
【0041】
最近、MALDI−TOF MS及びSELDI−TOF MS等のプロテオミクスアプローチを使用する多くの研究により新生物のタンパク質発現が示されているが、これらは臨床的な応用にまで発展してはいない。幾つかの研究により、幾つかのタンパク質ピークの組合せを有するバイオマーカーパネルが有用であることが報告されている。バイオマーカーパネルは複雑であり臨床的な状況で使用するのが困難である。したがって本発明者らは、単純なバイオマーカーを明らかにし、m/z4204ペプチドとしてのプロトロンビン断片を同定した。
【0042】
α−トロンビンの前駆体であるプロトロンビンは肝細胞中で合成され、ビタミンK依存性カルボキシラーゼによりそのアミノ末端でγ−カルボキシル化される(非特許文献18)。このカルボキシル化反応は肝細胞癌(hepatocelluercarcinoma)(HCC)組織では欠損しており、該組織はデス−γカルボキシプロトロンビンを分泌する(非特許文献19)。最近、DCPは、肝細胞腫細胞増殖に関する刺激物質として働くことが示されている(非特許文献20)。
【0043】
本発明者らはプロトロンビンの断片を新たなCCのバイオマーカーとして同定したが、プロトロンビンの分解のメカニズムは未知であった。CC組織がDCP等のプロトロンビンの断片を分泌することはあり得る。4204Daペプチドは、静脈穿刺及び血清調製の間の時間間隔、並びに凍結方法(Q)により影響を受けないので、臨床的な応用が期待される。
【0044】
本研究では、本発明者らはプロテオミクスアプローチに基づく新たな戦略を使用した。本発明者らは、胆管癌患者において強く発現される血清タンパク質を同定した。本発明者らは、未だに従来の技法によっては検出されていない低分子量ペプチドを解析する重要性を示唆している。質量分析により、小ペプチドの検査を導入することができ、臨床業務において胆管癌を含む様々な肝胆道障害における病態生理学に新たな見識をもたらすことができた。
【0045】
出願人は、本開示における全引用文献の全体の内容を具体的に援用する。さらに、量、濃度、又は他の値若しくはパラメータが或る範囲、好ましい範囲、又は好ましい上方値及び好ましい下方値のリストのいずれかとして与えられる場合、これは、範囲が別個に開示されているか否かに関わらず、任意の上方範囲限界又は好ましい上方値と任意の下方範囲限界又は好ましい下方値との任意の対から成る全範囲を具体的に開示するものと理解すべきである。数値範囲が本明細書中に記載されている場合、他に特に指示がなければ、その範囲は、その端点、並びにその範囲内の全ての整数及び分数を含むことが意図される。或る範囲が規定された場合、本発明の範囲が記載された特定の値に限定されることは意図されない。
【0046】
本教示の他の実施形態は、本明細書の検討、及び本明細書に開示の本教示の実施から当業者に明らかであろう。本明細書及び実施例は例示を目的とするものにすぎないと考えられることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体における胆道がんと関連する異常量のバイオマーカーを検出する方法であって、a)質量分析を使用して該被験体由来の生物学的試料における約4204m/zのm/z値を有するプロトロンビンの断片の量を定量化すること、及びb)(a)において取得した定量化した値を閾値と比較することを含み、ここで該定量化した値が該閾値を上回る場合異常量の該バイオマーカーが該生物学的試料中に存在する、方法。
【請求項2】
バイオマーカーが配列番号2のアミノ酸配列を有するプロトロンビンの断片である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
異常量の該プロトロンビンの断片が該被験体が胆道がんを有することを示す、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
質量分析がマトリクス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI−TOF MS)である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
生物学的試料が血清である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
閾値が少なくとも322AUである、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
胆道がんを検出するためのバイオマーカーを同定する方法であって、a)胆道がんを有する患者、良性胆道疾患を有する患者、及び健常患者から採取した生物学的試料に関する質量スペクトルを生成すること、並びにb)(a)において生成したスペクトルを比較すること、c)良性胆道疾患を有する患者、及び健常患者に関する質量スペクトルよりも胆道がん患者に関する質量スペクトルにおいて有意に高い質量スペクトルピークを同定することを含む、方法。
【請求項8】
被験体における胆道がんを検出する方法であって、a)質量分析を使用して該被験体由来の試料におけるプロトロンビンの断片の量を定量化すること、ここで該プロトロンビンの断片が約4204m/zのm/z値を有するものである、及びb)(a)において取得した定量化した値を閾値と比較することを含み、ここで該定量化した値が該閾値を上回る場合胆道がんが検出される、方法。
【請求項9】
質量分析がマトリクス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI−TOF MS)である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
被験体由来の該試料中の少なくとも1つのさらなるバイオマーカーを定量化することをさらに含む、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
少なくとも1つのさらなるバイオマーカーが糖鎖抗原19−9(CA19−9)である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
少なくとも1つのさらなるバイオマーカーが癌胎児性抗原(CEA)である、請求項10に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3a】
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【図3b】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−99858(P2011−99858A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2010−248021(P2010−248021)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】