説明

胎子由来細胞の採取方法、クローン牛の作出方法、及び種雄牛候補の検定方法

【課題】種雄牛のクローン検定に使用するクローン牛を効率よく作出するため、経膣法により羊水から胎子由来細胞を高い精度で採取することができる採取方法等を提供する。
【解決手段】この発明の胎子由来細胞の採取方法は、妊娠牛の羊水中に浮遊する胎子由来細胞を経膣法によって採取する胎子由来細胞の採取方法において、採取した羊水のうち、採取開始直後の羊水を破棄することを特徴としている。そして、この採取方法によって得られた胎子由来細胞を核移植用ドナー細胞に使用してクローン牛を作出し、このクローン牛の産肉性を調査することによって、種雄牛候補の産肉能力を検定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、妊娠牛の羊水中から胎子由来細胞を採取する胎児由来細胞の採取方法、採取した胎子由来細胞を使用するクローン牛の作出方法、及びこのクローン牛を使用する種雄牛候補の検定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
雌牛が生涯に産む子牛は多くて10数頭であるのに対して、種雄牛はその精液がストローに詰めて凍結・保存され、農家の雌牛に人工授精されるため、1頭の種雄牛は何千頭もの子牛の生産に関係する。このように種雄牛の影響力は大きいため、優秀な種雄牛を安定して作出することは、畜産業において重要な課題である。
【0003】
肉用牛の種雄牛は、通常、発育の速さ、肉量、肉質等の遺伝的能力を調査し、優れたものを複数の種雄牛候補から選抜している。ただ、調査項目のうち、肉色や脂肪交雑といった産肉能力は、肥育牛をと殺しなければ調査することができない。そのため、種雄牛候補自身をと殺して調査するのでなく、その牛の雄子牛(後代検定牛)を多数生産・肥育したのち、と殺して産肉性を調査し、種雄牛候補の産肉能力を推定している(後代検定)。
【0004】
ただ、後代検定は、種雄牛候補の選抜、繁殖雌牛との試験交配、後代検定牛の検定のプロセスを必要とするため、検定終了まで長い時間と多大な費用がかかる。そこで、近年では、クローン技術を利用することによって検定期間の短縮、コスト低減が可能なクローン検定法が注目されている。
【0005】
クローン検定は、種雄牛候補と遺伝的に同一な複数の個体を生産・肥育したのち、と殺して産肉性を調査し、その成績から種雄牛候補として育成した牛の産肉能力を推定する検定方法である。そして、遺伝的に同一な個体を生産する方法としては、受精卵を分割する方法や体細胞クローン技術を利用する方法等が考えられている。
【0006】
体細胞クローン技術を利用する方法では、ドナー細胞として様々な細胞の利用が検討されているが、中でも、ドナー細胞をより早期に採取して、検定期間をより短縮できるとともに、検定費用をより削減できることから、妊娠牛の羊水中に浮遊する胎子由来細胞をドナー細胞として使用することが検討されている(非特許文献1を参照。)。なお、羊水中の胎子由来細胞は、一般的に、超音波診断装置と採卵針を使用して、経膣法により採取する。
【0007】
しかし、経膣法で羊水を採取する場合、妊娠牛の膣壁及び子宮壁を穿刺して羊水を採取するため、母牛由来の細胞が混入する可能性があった。そして、核移植する際に胎子由来細胞ではなく、混入した母牛由来の細胞を使用して核移植してしまう可能性があるため、目的とする体細胞クローン牛を効率よく生産できないとの問題点があった(非特許文献1参照。)。
【非特許文献1】岩手県農業研究センター畜産研究所、核移植技術による優良種畜の大量生産技術の開発、[2007年11月19日検索]、インターネット<http://ss.s.affrc.go.jp/docs/hyouka/kk hyouka/project hyouka/h15/jigo/bessi032/bessi0322bio/09.pdf>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、この発明は、種雄牛のクローン検定に使用するクローン牛を効率よく作出するため、経膣法により羊水中から胎子由来細胞を高い精度で採取することができる採取方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、経膣法による羊水の採取方法について鋭意研究した結果、採取した羊水のうち、膣壁、子宮壁などの細胞を多く含む採取開始直後、採取終了直前の部分を破棄することによって、羊水中に含まれる胎子由来細胞の割合を増やし、母体由来細胞の割合を減らせることに思い至った。
【0010】
すなわち、この発明の請求項1に記載の胎子由来細胞の採取方法は、妊娠牛の羊水中に浮遊する胎子由来細胞を経膣法によって採取する胎子由来細胞の採取方法において、採取した羊水のうち、採取開始直後の羊水を破棄することを特徴とする方法である。
【0011】
また、この発明の請求項2に記載の胎子由来細胞の採取方法は、採取開始直後の羊水とともに、採取終了直前の羊水も破棄することを特徴とする方法である。
【0012】
さらに、この発明の請求項3に記載のクローン牛の作出方法は、請求項1又は請求項2に記載の胎子由来細胞の採取方法により採取した胎子由来細胞を、核移植用ドナー細胞として使用することを特徴とする方法である。
【0013】
加えて、この発明の請求項4に記載の種雄牛候補の検定方法は、請求項3に記載のクローン牛の作出方法により作出したクローン牛の産肉性を調査することによって、種雄牛候補の産肉能力を検定することを特徴とする方法である。
【発明の効果】
【0014】
この発明の方法によって、羊水中の胎子由来細胞、クローン牛を効率よく得ることができ、種雄牛候補の中から種雄牛を効率よく選抜することができる。これによって、肉用牛の育種にかかる費用や時間を低減することができるとともに、高品質の肉が効率よく生産できるようになるため、肉用牛農家の生活向上に資することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
羊水中の胎子由来細胞の採取は、従来からある超音波診断装置と採卵針を使用する経膣法により採取したのち、採取開始直後の羊水を破棄することによって行う。なお、採取開始直後の羊水に加えて、採取終了直前の羊水を破棄することにより、羊水に含まれる胎子由来細胞の割合をより向上することができる。この場合、例えば、25mlの羊水を採取して、採取開始直後の羊水5mlと採取終了直前の羊水5mlを廃棄し、中間の15mlの羊水だけを使用する。なお、このようにして採取した胎子由来細胞は、クローン牛の作成のほか、胎子の性判別、遺伝病の保因の有無の検査などにも使用できる。
【0016】
クローン牛の作出は、従来からある体細胞をドナー細胞として使用する方法と基本的に同じ方法で行えばよい。具体的には、まず、卵巣から卵丘卵子複合体を取り出し、これを体外成熟させ、卵丘卵子複合体から卵丘細胞を剥離、除去して未受精卵子を得る。つぎに、未受精卵子から核を除去し、この除核卵子にドナー細胞である胎子由来細胞を注入したのち、電気パルスにより融合させ、核移植卵子を得る。最後に、核移植卵子を培養して胚盤胞が発生するまで培養したのち、この中から良好な胚を選抜して、仮親に移植しクローン牛を誕生させる。なお、このようにして作出したクローン牛は、種雄牛候補の検定のほか、優良家畜の増産などにも使用できる。
【0017】
種雄牛候補の検定は、従来から研究されているクローン検定と基本的に同じ方法で行えばよい。具体的には、作出・肥育したクローン牛をと殺して、その枝肉からクローン牛の産肉性を調査したのち、クローン牛の産肉能力が種雄牛候補の産肉能力を反映していると推定して、種雄牛候補の中から産肉能力の高い種雄牛候補を種雄牛として選抜する。
【0018】
以下、この発明について実施例に基づいてより詳細に説明するが、以下の実施例によって、この発明の特許請求の範囲は如何なる意味においても制限されるものではない。
【実施例1】
【0019】
1.羊水の採取方法が母体細胞の混入に与える影響
妊娠牛から、2つの方法で羊水を採取して、採取した細胞の性別を調べることで、採取方法の違いが母体細胞の採取された羊水への混入に与える影響を調べた。
【0020】
(1)胎子由来細胞の採取
妊娠58日から132日の黒毛和種雌牛27頭(以下、供試牛と省略する。)から、超音波診断装置(アロカ株式会社、SSD-1200)及び動物用採卵針(ミサワ医科工業株式会社)を装着した7.5MHzの経膣プローブを使用して、経膣法により羊水を採取した。
【0021】
なお、羊水は、採取開始から採取終了までに得られた全ての羊水(約25ml)を使用する方法(以下、I法と省略する。)と、採取開始直後(約5ml)及び採取終了直前の羊水(約5ml)をそれぞれ破棄し、中間に採取した羊水(約15ml)を使用する方法(以下、II法と省略する。)の2つの方法により採取した。
【0022】
(2)胎子由来細胞の培養と性別判定
採取した羊水を1,000rpm、5分間の遠心洗浄を2回したのち、遠心沈渣をAMNIOMAX II完全培地(GIBCO社)により、35mmコラーゲンコートシャーレ(FALCON社)上で3〜4代継代培養した(5% CO2、95%空気、37℃、飽和湿度)。培養細胞のうちシャーレ一枚分の細胞(数10万個)を遠心して培養液を除去し、培養細胞を集めた。集めた培養細胞の性別を、Loopamp牛胚性判別試薬キット(栄研化学株式会社)、Loopampエンドポイント濁度測定装置(テラメックス社)を使用して、キットに添付の説明書に従って判定した。
【0023】
(3)胎子由来細胞の割合決定
LAMP法はウシY染色体特異的DNAを増幅するプライマーを使用しており、感度が非常に高いため、雄胎子由来細胞の割合が非常に低くても、陽性反応が出て雄と判定してしまう。そこで、LAMP法により雄と判定された細胞株を使用して、培養細胞中に含まれる胎子由来の雄性細胞の数と割合をFISH(Fluorescence in situ hybridization)法によって決定した。その結果を表1に示す。
【0024】
なお、FISH法は、ウシY染色体特異的配列(BC1.2)に相補的なジゴキシゲニン(以下、DIGと省略する。)標識プローブと、DIG標識プローブの検出感度を向上させるFluorescent Antibody Enhancer Set for DIG Detection(Roche社)とを使用して、小林らの方法(J.Mamm.OvaRes.Vol.16,77-81,1999)に従って行った。また、実験のポジティブコントロール及びネガティブコントロールとして、牛雄及び牛雌の繊維芽細胞を使用した。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に示すように、羊水をI法で採取した牛(羊水採取牛1〜4)の培養細胞に含まれるFITC陽性細胞の割合(以下、FITC(+)率(%)と省略する。)は、ネガティブコントロールである雌繊維芽細胞のFITC(+)率(%)とほぼ同じであった。すなわち、I法によって採取した羊水には、胎子由来細胞である雄細胞が殆ど含まれていなかった。
【0027】
これに対して、羊水をII法で採取した牛(羊水採取牛A〜F)のFITC(+)率(%)は、ポジティブコントロールである雄繊維芽細胞のFITC(+)率(%)とほぼ同じであった。すなわち、II法によって採取した羊水は、その殆どが胎子由来細胞である雄細胞であった。
【0028】
以上の結果から、羊水の採取方法によって、羊水中に含まれる胎子由来細胞の割合が大きく異なることが分かった。具体的には、II法によって羊水を採取することにより、胎子由来細胞の割合をほぼ100%まで向上できることが分かった。
【実施例2】
【0029】
2.胎子由来細胞を利用した核移植
II法により得られた胎子由来細胞をドナー細胞として核移植し、得られたクローン胚の発生能を調べた。
【0030】
(1)除核未受精卵子の調製
食肉処理場で採取した牛卵巣を25℃の生理食塩水で保温のうえ実験室に持ち帰った。持ち帰った牛卵巣から、21G注射針(テルモ社)を装着した10mlシリンジ(テルモ社)を使用して、緊密な卵丘細胞層が3層以上付着した卵丘卵子複合体を吸引採取した。採取した卵丘卵子複合体を、5%牛胎子血清(Bio West社。以下、FBSと省略する。)を含む199培地(Earle塩、GIBCO社)中で21時間体外成熟培養した(5% CO2、95%空気、39℃、飽和湿度)。
【0031】
成熟培養した卵丘卵子複合体を、0.25%ヒアルロニダーゼ(SIGMA社)及び5% FBSを含む199培地(Hanks塩、GIBCO社)で5分間処理したのち、内径を卵子直径サイズに加工したパスツールピペットによりピペッティングし、卵丘細胞を卵子透明帯から剥離除去した。
【0032】
卵丘細胞を除去した卵子(裸化卵子)を5% FBSを含む199培地(Hanks塩)に移したのち、裸化卵子を倒立顕微鏡で見ながら、ガラスニードルを装着したマイクロマニピュレータ(ナリシゲ社)を使用して、裸化卵子に含まれる第1極体放出卵子のみの極体付近の透明帯を切開した。極体付近の透明帯を切開した第1極体放出卵子を5μg/mlサイトカラシンB(SIGMA社)及び5% FBSを含む199培地(Hanks塩)に移したのち、核を含む細胞質をガラス棒で透明帯外に押し出して、パスツールピペットによりピペッティングし、除核未成熟卵子と細胞質とを分離することによって、除核未成熟卵子を調製した。
【0033】
なお、除核は、押し出された細胞質を20μg/mlヘキスト33342(SIGMA社)及び5% FBSを含む199培地(Hanks塩)に移して30分間の染色したのち、蛍光顕微鏡下で細胞質内にヘキスト染色された核を示す青色蛍光を観測することによって、確認した。
【0034】
(2)核移植
まず、実施例1で培養した培養細胞を、さらに7〜9代目まで継代して、80%コンフルエント状態になるまで培養した。つぎに、マイクロインジェクション用ガラスピペットを使用して、除核未成熟卵子の囲卵腔に、ドナー細胞としてトリプシン処理により単一細胞にした前記培養細胞を注入した。ドナー細胞を注入した前記卵子をZimmerman細胞融合培地に移し、ニードルタイプの電極を使用して25kV/cm、11μ秒間電気刺激を2回加え、ドナー細胞と卵子を融合することで核移植胚を作製した。
【0035】
融合を確認した核移植胚を5μMのカルシウムイオノマイシン(SIGMA社)を含むダルベッコ修正リン酸緩衝生理食塩水で5分間処理したのち、10μg/mlシクロヘキシミドを含む修正合成卵管液(以下、mSOFと省略する。)中で6時間培養した(5% CO2、5% O2、90%N2、39℃、飽和湿度)。培養した核移植胚のうち、細胞膜が崩壊していないものを選択し、mSOFで7日間培養した(5% CO2、5% O2、90%N2、39℃、飽和湿度)。なお、羊水由来細胞の代わりに、0.4% FBSを含むαMEM(GIBCO社)で7日から9日間血清飢餓培養した牛耳介由来繊維芽細胞を使用して、同様の核移植を行った(実験対照)。
【0036】
(3)核移植の成否判定
細胞株のうち、II法により羊水を採取した羊水採集牛A、B、Cの胎子由来細胞と繊維芽細胞に由来するクローン胚について、融合処理を施した卵子の数(融合処理数)、処理した卵子のうち融合した卵子の数(融合数)とその割合、培養した核移植胚の数、培養した胚の中で融合後48時間までに卵割した胚の数(卵割数)とその割合、同じく7日目までに胚盤胞期まで成長した胚の数(発生数)とその割合を調べた。その結果を表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
表2に示すように、融合した割合、卵割した割合、発生した割合は、胎子由来細胞と繊維芽細胞(実験対照)との間で有意な差がなかった。このことから、II法により採取した羊水に含まれる胎子由来細胞は、繊維芽細胞と同様、クローン胚の作製に使用できることが分かった。
【実施例3】
【0039】
3.発生胚の性判定
実施例2で培養した発生胚について、その性別を実施例1に示すLAMP法及びFISH法により調べた。その結果を表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3に示すように、I法で羊水を採取した場合には、発生胚の中に雄と判定されたものはなかった。すなわち、I法で採取した羊水に含まれる細胞の殆どは母体由来細胞であり、それをドナー細胞として使用しても、胎子由来のクローン胚、さらにはクローン牛が得られる確率は殆どないことが分かった。
【0042】
これに対して、II法で羊水を採取した場合には、一例を除く全ての発生胚が雄と判定された。すなわち、II法で羊水を採取して細胞を回収し、これをドナー細胞として核移植することによって、高い確率で胎子由来のクローン胚が得られること、このクローン胚の移植によって胎子由来のクローン牛が作出できる可能性があることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
妊娠牛の羊水中に浮遊する胎子由来細胞を経膣法によって採取する胎子由来細胞の採取方法において、採取した羊水のうち、採取開始直後の羊水を破棄することを特徴とする胎子由来細胞の採取方法。
【請求項2】
採取開始直後の羊水とともに、採取終了直前の羊水も破棄することを特徴とする請求項1に記載の胎子由来細胞の採取方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の胎子由来細胞の採取方法により採取した胎子由来細胞を、核移植用ドナー細胞として使用することを特徴とするクローン牛の作出方法。
【請求項4】
請求項3に記載のクローン牛の作出方法により作出したクローン牛の産肉性を調査することによって、種雄牛候補の産肉能力を検定することを特徴とする種雄牛候補の検定方法。

【公開番号】特開2009−148193(P2009−148193A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−328617(P2007−328617)
【出願日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)近畿大学、近畿大学先端技術総合研究所公開シンポジウム(オープンラボ)Science Tour 講演資料&抄録集、平成19年6月24日(2)日本胚移植研究会、第14回 日本胚移植研究会大会 講演要旨集、平成19年9月6日
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】