説明

能動型騒音制御装置及び能動型騒音制御方法

【課題】
能動型騒音制御に際して、異音又は爆音の発生を効果的に抑制する。
【解決手段】
参照信号生成部130が、適応ノッチフィルタ部140の出力から誤差信号入力までのモデル化された伝達関数に基づき、基準信号x0,x1の位相を補正して参照信号r0,r1を生成する。そして、適応ノッチフィルタ部140が、参照信号、基準信号、及び、収音部160から送られた誤差信号eに基づいて、制御音信号yを生成する。また、判定用信号生成部170が、誤差信号e、参照信号r0,r1及び適応ノッチフィルタ部140の伝達関数に基づき、適応ノッチフィルタ部140の出力から誤差信号入力までの伝達関数の位相特性と、当該モデル化された伝達関数の位相特性との位相差を反映している判定用信号CV,SVを生成する。そして、出力特性制御部180が、判定用信号CV,SVに基づき、制御音の出力特性を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、能動型騒音制御装置、能動型騒音制御方法及び能動型騒音制御プログラム、並びに、当該能動型騒音制御プログラムが記録された記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、騒音(制御対象音)の逆位相の音(制御音)を発生させて、騒音の消音制御を行う能動型騒音制御(ANC:Active Noise Control)装置が注目されている。こうした能動型騒音制御装置は、例えば、車両の車室内で聞こえる騒音としてのエンジン音を、スピーカから出力する制御音で制御し、搭乗者の耳位置でエンジン音を低減させるために用いられる。
【0003】
かかる能動型騒音制御装置について、採用する制御系の発散を防止するため、制御音信号のパワー(ひいては、制御音のパワー)を検出し、検出結果が所定閾値を超えた場合に、制御系の発散が発生したと判断する技術が提案されている(特許文献1参照:以下、「従来例1」という)。この従来例1の技術では、制御系の発散が発生したと判断された場合には、制御音出力を停止させるようになっている。
【0004】
なお、従来例1の技術では、制御音出力を行うスピーカを駆動する駆動アンプの出力電圧を検出する。そして、設計上で意図した制御音信号のパワーに対して、検出された電圧値が大きければ、当該所定閾値を大きくする。一方、設計上で意図した制御音信号のパワーに対して、検出された電圧値が小さければ、当該所定閾値を小さくする。このように、所定閾値を制御することにより、構成要素の特性のばらつきに起因する装置固有の動作特性のばらつきによる発散の有無に関する誤判断を防止するようになっている。
【0005】
また、制御系の発散に対応するための技術ではないが、能動型騒音制御装置における制御系の制御アルゴリズムとして、適応フィルタ出力から誤差信号入力までのモデル化された伝達関数の位相特性を畳み込んで制御音信号を生成するFiltered-X LMS(Least Mean Square)アルゴリズムを採用する技術が提案されている(特許文献2参照:以下、「従来例2」という)。この従来例2の技術では、Filtered-X LMSアルゴリズムを採用し、制御結果を計測するための誤差センサの計測結果の一定時間における平均値に基づき、ステップサイズパラメータの値を、過渡状態で「大」、定常状態で「小」とするように漸近的に可変とすることで、収束が速く、定常状態で安定な制御を可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−303387号公報
【特許文献2】特開2001−255877号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した従来例1の技術では、設計上で想定される正常制御動作の制御音の通常のパワー値より大きな値が、所定閾値として採用されることになる。このため、制御系の発散に伴う異常な制御音の音量が相当程度大きくなってしまった後に、制御系が発散したと判断し、制御音出力を停止させる。この結果、制御音出力を停止させるまでの間に、異音又は爆音が発生してしまう事態を招くことがあった。
【0008】
また、Filtered-X LMSアルゴリズムを採用する制御系では、温度変化等に伴う音の伝搬環境の変化などの要因により、演算に用いられるモデル化された伝達関数の位相特性と実際の位相特性との位相差の絶対値がπ/2を超えると、動作が不安定になり発散する。
【0009】
さらに、誤差センサであるマイクロフォンに風があたることにより発生するいわゆる吹かれ音や、当該マイクロフォンが叩かれることにより発生する打撃音は、制御系の動作を乱す外乱となる。すなわち、こうした外乱が発生すると、制御系は、当該外乱を含んだ音の消音を行うべく制御動作を実行するため、制御音が大きくなり、異音となってしまうことがある。
【0010】
このため、能動型騒音制御に際して異音又は爆音の発生を効果的に抑制することができる技術が待望されている。かかる要請に応えることが、本発明が解決すべき課題の一つとして挙げられる。
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、異音又は爆音の発生を効果的に抑制することができる新たな能動型騒音制御装置及び能動型騒音制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の発明は、制御音信号に従って音出力部から出力された制御音により、所定位置における制御対象音の消音制御を行う能動型騒音制御装置であって、前記制御音信号を生成する適応ノッチフィルタ部と;前記所定位置における音を収音し、誤差信号を生成する収音部と;前記適応ノッチフィルタ部の出力から前記適応ノッチフィルタ部の前記誤差信号の入力までのモデル化された伝達関数に基づいて、前記制御対象音と相関のある基準信号の位相を補正して参照信号を生成する参照信号生成部と;前記誤差信号、前記参照信号、及び、前記適応ノッチフィルタ部の伝達関数に基づいて、前記適応ノッチフィルタ部の出力から前記適応ノッチフィルタ部の前記誤差信号の入力までの伝達関数の位相特性と、前記モデル化された伝達関数の位相特性との位相差を反映している判定用信号を生成する判定用信号生成部と;前記判定用信号に基づいて、前記制御音の出力特性を制御する出力特性制御部と;を備え、前記適応ノッチフィルタ部は、前記基準信号、前記参照信号及び前記誤差信号に基づいて、前記制御音信号を生成する、ことを特徴とする能動型騒音制御装置である。
【0013】
請求項9に記載の発明は、制御音信号を生成する適応ノッチフィルタ部と;所定位置における音を収音し、誤差信号を生成する収音部と;前記適応ノッチフィルタ部の出力から前記適応ノッチフィルタ部の前記誤差信号の入力までのモデル化された伝達関数に基づいて、制御対象音と相関のある基準信号の位相を補正して参照信号を生成する参照信号生成部と;を備え、前記適応ノッチフィルタ部が前記基準信号、前記参照信号及び前記誤差信号に基づいて生成した前記制御音信号に従って音出力部から出力された制御音により、前記所定位置における前記制御対象音の消音制御を行う能動型騒音制御装置で使用される能動型騒音制御方法であって、前記誤差信号、前記参照信号、及び、前記適応ノッチフィルタ部の伝達関数に基づいて、前記適応ノッチフィルタ部の出力から前記適応ノッチフィルタ部の前記誤差信号の入力までの伝達関数の位相特性と、前記モデル化された伝達関数の位相特性との位相差を反映している判定用信号を生成する判定用信号生成工程と;前記判定用信号に基づいて、前記制御音の出力特性を制御する出力特性制御工程と;を備えることを特徴とする能動型騒音制御方法である。
【0014】
請求項10に記載の発明は、請求項9に記載の能動型騒音制御方法を演算手段に実行させる、ことを特徴とする能動型騒音制御プログラムである。
【0015】
請求項11に記載の発明は、請求項10に記載の能動型騒音制御プログラムが、演算手段により読み取り可能に記録されている、ことを特徴とする記録媒体である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態に係る能動型騒音制御装置の構成を概略的に示すブロック図である。
【図2】図1の適応ノッチフィルタ部の構成を示すブロック図である。
【図3】図1の判定用信号生成部の構成を示すブロック図である。
【図4】図1の出力特性制御部によるミュート制御処理を説明するためのフローチャートである。
【図5】図4の外乱監視処理を説明するためのフローチャートである。
【図6】図1の出力特性制御部による位相補正制御処理を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態を、図1〜図6を参照して説明する。以下、車室内に漏れてくるエンジン音を、Filtered-X LMSアルゴリズムを採用した騒音制御による消音を行う能動型騒音制御装置を例示して、説明する。なお、以下の説明及び図面においては、同一又は同等の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0018】
[構成]
図1には、一実施形態に係る能動型騒音制御(ANC)装置100の概略的な構成がブロック図にて示されている。この図1に示されるように、能動型騒音制御装置100は、周波数検出部110と、正弦波発生部115と、ミュート処理部120と、π/2遅延部125とを備えている。また、能動型騒音制御装置100は、参照信号生成部130と、適応ノッチフィルタ部140と、音出力部150とを備えている。さらに、能動型騒音制御装置100は、収音部160と、判定用信号生成部170と、出力特性制御部180とを備えている。
【0019】
上記の周波数検出部110は、騒音源としてのエンジンの回転を検出する不図示の回転検出センサから送られ、入力ポートIPTに入力したエンジン回転信号を受ける。そして、周波数検出部110は、エンジン回転信号の周波数を検出し、検出結果をエンジン回転周波数に変換した後に、検出角周波数DQとして、正弦波発生部115へ送る。
【0020】
本実施形態では、当該エンジン回転信号はアナログ信号となっている。周波数検出部110は、当該アナログ信号を、内蔵するAD(Analogue to Digital)変換器によりデジタル信号に変換した後、デジタル信号処理により、エンジン回転信号の周波数を検出するようになっている。なお、本実施形態では、周波数検出部110以降、後述する制御音信号yの生成までの間における信号処理は、デジタル信号処理により行われるようになっている。
【0021】
上記の正弦波発生部115は、周波数検出部110から送られた検出角周波数DQを受ける。そして、正弦波発生部115は、当該検出角周波数DQに基づいて、次の(1)式で表される正弦波信号Xを生成し、生成された正弦波信号Xを、ミュート処理部120へ送る。
X(t)=sin(ω・t) …(1)
【0022】
なお、角周波数ωとしては、検出角周波数DQでエンジンが回転する場合に、エンジン音において大きなレベルを有する成分の角周波数である検出角周波数DQの自然数倍の角周波数のいずれかとされる。すなわち、予め選択された自然数に検出角周波数DQを乗じて得られる角周波数が、角周波数ωとされる。
【0023】
上記のミュート処理部120は、正弦波発生部115から送られた正弦波信号Xを受ける。そして、ミュート処理部120は、出力特性制御部180から送られたミュート制御指定MCに従って、正弦波信号Xに対してソフトミュート処理を施し、次の(2)式で表わされる信号x0を生成し、生成された信号x0をπ/2遅延部125、参照信号生成部130及び適応ノッチフィルタ部140へ送る。
x0(t)=GM・sin(ωt) …(2)
ここで、値GMは、ミュート係数である。
【0024】
このミュート処理部120は、ミュート制御指定MCによりミュート設定が指定された場合には、アタック時間が短いソフトミュート処理、すなわち、急激にミュート係数GMが減少するソフトミュート処理を実行する。また、ミュート処理部120は、ミュート制御指定MCによりミュート解除が指定された場合には、リカバリ時間が比較的長いソフトミュート処理、すなわち、緩やかにミュート係数GMが増加するソフトミュート処理を実行する。
【0025】
なお、ミュート処理部120におけるミュート処理が行われていない期間においては、値GMが「1」であり、信号x0は、正弦波信号Xそのものとなるようになっている。
【0026】
上記のπ/2遅延部125は、ミュート処理部120から送られた信号x0を受ける。そして、π/2遅延部125は、信号x0の位相をπ/2だけ遅延させて、次の(3)式で表わされる信号x1を生成し、生成された信号x1を参照信号生成部130及び適応ノッチフィルタ部140へ送る。
x1(t)=−GM・cos(ωt) …(3)
【0027】
なお、上述の信号x0及び信号x1が、適応ノッチフィルタ部140にとっての基準信号となる。
【0028】
上記の参照信号生成部130は、ミュート処理部120から送られた信号x0、及び、π/2遅延部125から送られた信号x1を受ける。そして、参照信号生成部130では、出力特性制御部180による制御のもとで、位相補正部131,132が信号x0,x1の位相補正を行って、次の(4)式及び(5)式で表わせる参照信号r0,r1を生成し、生成された参照信号r0,r1を適応ノッチフィルタ部140及び判定用信号生成部170へ送る。
r0(t)=GM・sin(ωt+Δθ) …(4)
r1(t)=−GM・cos(ωt+Δθ) …(5)
【0029】
ここで、位相Δθは、適応ノッチフィルタ部140の出力から適応ノッチフィルタ部140の誤差信号入力までの間の伝達関数C(利得特性:G,位相特性:dθ(以下、単に「位相dθ」とも呼ぶ))をモデル化した伝達関数C^の位相特性となっている。
【0030】
上記の適応ノッチフィルタ部140は、ミュート処理部120から送られた信号x0、π/2遅延部125から送られた信号x1、参照信号生成部130から送られた参照信号r0,r1、及び、収音部160から送られた誤差信号eを受ける。そして、適応ノッチフィルタ部140は、信号x0,x1、参照信号r0,r1及び誤差信号eに基づいて、LMSアルゴリズムを用いて、次の(6)式で表わされる制御音信号yを生成し、生成された制御音信号yを音出力部150及び判定用信号生成部170へ送る。
y(t)=A・sin(ωt+θ) …(6)
すなわち、適応ノッチフィルタ部140の伝達関数は、利得AF(=A/GM)及び位相特性θ(単に「位相θ」とも呼ぶ)を有する。
【0031】
ここで、利得AFは、予め定められた最大利得値AMAXが上限値となるようになっている。なお、最大利得値AMAXは、ミュート係数GMの最小値との積(=AMAX・GM)が1よりも十分に小さくなるように、予め定められる。
【0032】
なお、適応ノッチフィルタ部140の構成については、後述する。
【0033】
上記の音出力部150は、DA(Digital to Analogue)変換部、パワー増幅器及びスピーカを備えて構成されている。この音出力部150は、適応ノッチフィルタ部140から送られた制御音信号yを受ける。制御音信号yを受けた音出力部150では、DA変換部が制御音信号yをアナログ信号に変換し、パワー増幅部を介して、変換されたアナログ信号をスピーカに供給する。この結果、スピーカから制御音が出力される。
【0034】
上記の収音部160は、車室内の所定位置に設置されたマイクロフォン及びAD変換部を備えて構成されている。収音部160におけるマイクロフォンによる収音結果は当該AD変換部によりデジタル信号に変換される。こうして変換されたデジタル信号が、誤差信号eとして、適応ノッチフィルタ部140及び判定用信号生成部170へ送られる。
【0035】
ここで、適応ノッチフィルタ部140の出力から適応ノッチフィルタ部140の誤差信号入力までの間の伝達関数Cの特性は、上述したように、利得G及び位相dθなので、誤差信号eは、次の(7)式により表わされる。
e(t)=A・sin(ωt+θ+dθ)) …(7)
なお、マイクロフォンが設置された所定位置に制御対象音が存在する場合には、適応動作の結果が、適応ノッチフィルタ部140の利得AF(=A/GM)及び位相θの変化として反映される。
【0036】
上記の判定用信号生成部170は、参照信号生成部130から送られた参照信号r0,r1、適応ノッチフィルタ部140から送られたフィルタ係数W0,W1及び制御音信号y、並びに、収音部160から送られた誤差信号eを受ける。そして、判定用信号生成部170は、参照信号r0,r1、フィルタ係数W0,W1、制御音信号y及び誤差信号eに基づいて、適応ノッチフィルタ部140における適応制御の発散及び外乱混入の判定のための第1判定用信号CVと、上述した位相Δθと位相dθとの位相差δθ(=Δθ−dθ)を判定するための第2判定用信号SVとを生成する。こうして生成された第1判定用信号CV及び第2判定用信号SVは、出力特性制御部180へ送られる。
【0037】
なお、判定用信号生成部170の構成については、後述する。
【0038】
上記の出力特性制御部180は、判定用信号生成部170から送られた第1判定用信号CV及び第2判定用信号SVを受ける。そして、出力特性制御部180は、第1判定用信号CVに基づいてミュート制御指定MCを生成し、生成されたミュート制御指定MCをミュート処理部120へ送る。また、出力特性制御部180は、第2判定用信号SVに基づいて位相補正指定PCを生成し、生成された位相補正指定PCを参照信号生成部130へ送る。
【0039】
なお、出力特性制御部180による出力特性制御処理であるミュート制御処理及び位相補正制御処理については、後述する。
【0040】
次に、上記の適応ノッチフィルタ部140の構成について説明する。適応ノッチフィルタ部140は、図2に示されるように、フィルタ係数更新部141,142と、適応フィルタ部143,144と、加算部145とを備えている。
【0041】
上記のフィルタ係数更新部141は、参照信号生成部130から送られた参照信号r0、及び、収音部160から送られた誤差信号eを受ける。そして、フィルタ係数更新部141は、参照信号r0及び誤差信号eに基づき、二乗平均誤差の瞬時値を用いるLMSアルゴリズムを使用してフィルタ係数W0を生成し、生成されたフィルタ係数W0を適応フィルタ部143及び判定用信号生成部170へ送る。
【0042】
上記のフィルタ係数更新部142は、参照信号生成部130から送られた参照信号r1、及び、収音部160から送られた誤差信号eを受ける。そして、フィルタ係数更新部142は、参照信号r1及び誤差信号eに基づき、二乗平均誤差の瞬時値を用いるLMSアルゴリズムを使用してフィルタ係数W1を生成し、生成されたフィルタ係数W1を適応フィルタ部144及び判定用信号生成部170へ送る。
【0043】
なお、上記のフィルタ係数更新部141により生成されるW0は、下記の(8)式によって表わされるとともに、上記のフィルタ係数更新部142により生成されたW1は、下記の(9)式によって表わされる。
W0(t)=AF・cosθ …(8)
W1(t)=−AF・sinθ …(9)
【0044】
上記の適応フィルタ部143は、ミュート処理部120から送られた信号x0、及び、フィルタ係数更新部141から送られたフィルタ係数W0を受ける。そして、適応フィルタ部143は、信号x0とフィルタ係数W0とを乗算し、乗算結果を加算部145へ送る。
【0045】
上記の適応フィルタ部144は、π/2遅延部125から送られた信号x1、及び、フィルタ係数更新部142から送られたフィルタ係数W1を受ける。そして、適応フィルタ部144は、信号x1とフィルタ係数W1とを乗算し、乗算結果を加算部145へ送る。
【0046】
上記の加算部145は、適応フィルタ部143から送られた乗算結果、及び、適応フィルタ部144から送られた乗算結果を受ける。そして、加算部145は、双方の乗算結果を加算して、制御音信号yを生成する。すなわち、加算部145は、次の(10)式の計算を行うことにより、制御音信号y(上述の(6)式参照)を生成する。
x0(t)・W0(t)+x1(t)・W1(t)
=GM・AF・(sin(ωt)・cosθ+cos(ωt)・sinθ)
=A・sin(ωt+θ)=y(t) …(10)
こうして生成された制御音信号yは、音出力部150及び判定用信号生成部170へ送られる。
【0047】
次いで、上記の判定用信号生成部170の構成について説明する。判定用信号生成部170は、図3に示されるように、レベル検出部210と、第1生成部220と、第2生成部230とを備えている。
【0048】
上記のレベル検出部210は、適応ノッチフィルタ部140から送られた制御音信号yを受ける。そして、レベル検出部210は、制御音信号yの振幅値A(上述の(6)式又は(10)式参照)を検出する。検出結果である振幅値Aは、第1生成部220及び第2生成部230へ送られる。
【0049】
上記の第1生成部220は、参照信号生成部130から送られた参照信号r0,r1、適応ノッチフィルタ部140から送られたフィルタ係数W0,W1、収音部160から送られた誤差信号e、及び、レベル検出部210から送られた振幅値Aを受ける。そして、第1生成部220は、参照信号r0,r1、フィルタ係数W0,W1、誤差信号e及び振幅値Aに基づいて、第1判定用信号CVを生成する。
【0050】
かかる機能を有する第1生成部220は、乗算部221,222と、加算部223とを備えている。また、第1生成部220は、除算部224と、平滑化部225とを備えている。
【0051】
上記の乗算部221は、参照信号生成部130から送られた参照信号r0、適応ノッチフィルタ部140から送られたフィルタ係数W0、及び、収音部160から送られた誤差信号eを受ける。そして、乗算部221は、参照信号r0と、フィルタ係数W0と、誤差信号eとを乗算し、乗算結果を加算部223へ送る。
【0052】
上記の乗算部222は、参照信号生成部130から送られた参照信号r1、適応ノッチフィルタ部140から送られたフィルタ係数W1、及び、収音部160から送られた誤差信号eを受ける。そして、乗算部222は、参照信号r1と、フィルタ係数W1と、誤差信号eとを乗算し、乗算結果を加算部223へ送る。
【0053】
上記の加算部223は、乗算部221から送られた乗算結果、及び、乗算部222から送られた乗算結果を受ける。そして、加算部223は、これらの乗算結果を加算して、信号u1を生成する。こうして生成された信号u1は、次の(11)式で表わされる。
u1(t)=(r0(t)・W0(t)+r1(t)・W1(t))・e(t)
=A・(sin(ωt+Δθ+θ))・e(t) …(11)
こうして生成された信号u1は、除算部224へ送られる。
【0054】
上記の除算部224は、加算部223から送られた信号u1を入力端子I1で受けるとともに、レベル検出部210から送られた振幅値Aを入力端子I2で受ける。そして、除算部224は、次の(12)式で表わされる信号u2を生成し、生成された信号u2を平滑化部225へ送る。
u2(t)=u1(t)/A
=(sin(ωt+Δθ+θ))・e(t) …(12)
【0055】
上記の平滑化部225は、除算部224から送られた信号u2を受ける。そして、平滑化部225は、信号u2について時間(π/ω)にわたっての時間平均処理を行うことにより、信号u2の平滑化を行って、第1判定用信号CVを生成する。生成された第1判定用信号CVは、出力特性制御部180へ送られる。
【0056】
上記のように平滑化部225が信号u2の平滑化を行うと、信号u2における直流成分以外は、略0となるので、第1判定用信号CVは、信号u2における直流成分とほぼ等しくなる。すなわち、第1判定用信号CVは、次の(13),(14)式により表わすことができる。
CV(t)≒K・cos(Δθ−dθ)=K・cosδ …(13)
K=A・G/2>0 …(14)
【0057】
ところで、本実施形態では、外乱が誤差信号eに混入していない場合には、制御対象音の変化は制御性能に比べて緩やかであるので、局時的には制御対象音は一定であるといえる。このため、本実施形態における消音制御は、音場的なディップ等で利得Gが小さくなると振幅値Aを大きくなるような適応的な制御を行って、マイクロフォン位置における制御音を一定とする、すなわち、値(A・G)を一定とする制御である。このため、第1判定用信号CVは、外乱が誤差信号eに混入していない場合には、制御音信号yの振幅値Aに対する依存性が除去されたものとなっているといえる。
【0058】
上記の第2生成部230は、参照信号生成部130から送られた参照信号r0,r1、適応ノッチフィルタ部140から送られたフィルタ係数W0,W1、収音部160から送られた誤差信号e、及び、レベル検出部210から送られた振幅値Aを受ける。そして、第2生成部230は、参照信号r0,r1、フィルタ係数W0,W1、誤差信号e及び振幅値Aに基づいて、第2判定用信号SVを生成する。
【0059】
かかる機能を有する第2生成部230は、乗算部231,232と、減算部233とを備えている。また、第2生成部230は、除算部234と、平滑化部235とを備えている。
【0060】
上記の乗算部231は、参照信号生成部130から送られた参照信号r0、適応ノッチフィルタ部140から送られたフィルタ係数W1、及び、収音部160から送られた誤差信号eを受ける。そして、乗算部231は、参照信号r0と、フィルタ係数W1と、誤差信号eとを乗算し、乗算結果を減算部233へ送る。
【0061】
上記の乗算部232は、参照信号生成部130から送られた参照信号r1、適応ノッチフィルタ部140から送られたフィルタ係数W0、及び、収音部160から送られた誤差信号eを受ける。そして、乗算部232は、参照信号r1と、フィルタ係数W0と、誤差信号eとを乗算し、乗算結果を減算部233へ送る。
【0062】
上記の減算部233は、乗算部231から送られた乗算結果を+入力端子で受けるとともに、乗算部232から送られた乗算結果を−入力端子で受ける。そして、減算部233は、乗算部231から送られた乗算結果から乗算部232から送られた乗算結果を減算して、信号v1を生成する。こうして生成された信号v1は、次の(15)式で表わされる。
v1(t)=(r0(t)・W1(t)−r1(t)・W0(t))・e(t)
=−A・(cos(ωt+Δθ+θ))・e(t) …(15)
こうして生成された信号v1は、除算部234へ送られる。
【0063】
上記の除算部234は、減算部233から送られた信号v1を入力端子I1で受けるとともに、レベル検出部210から送られた振幅値Aを入力端子I2で受ける。そして、除算部234は、次の(16)式で表わされる信号v2を生成し、生成された信号v2を平滑化部235へ送る。
v2(t)=v1(t)/A
=−(cos(ωt+Δθ+θ))・e(t) …(16)
【0064】
上記の平滑化部235は、除算部234から送られた信号v2を受ける。そして、平滑化部235は、信号v2について時間(π/ω)にわたっての時間平均処理を行うことにより、信号v2の平滑化を行って、第2判定用信号SVを生成する。生成された第2判定用信号SVは、出力特性制御部180へ送られる。
【0065】
ここで、信号v2の平滑化を行うと、信号v2における直流成分以外は、略0となるので、第2判定用信号CVは、信号v2における直流成分とほぼ等しくなる。すなわち、第2判定用信号SVは、次の(17),(18)式により表わすことができる。
SV(t)≒−K・sin(Δθ−dθ)=−K・sinδ …(17)
K=A・G/2>0 …(18)
【0066】
ところで、本実施形態における消音制御は、上述したように、外乱が誤差信号eに混入していない場合には、値(A・G)を一定とする制御である。このため、第2判定用信号SVは、外乱が誤差信号eに混入していない場合には、制御音信号yの振幅値Aに対する依存性が除去されたものとなっているといえる。
【0067】
[動作]
次に、以上のように構成された能動型騒音制御装置100の動作について、出力特性制御部180による制御音の出力制御処理に主に着目して説明する。
【0068】
入力ポートIPTに入力したエンジン回転信号を受けると、周波数検出部110は、エンジン回転信号の周波数を検出する。そして、周波数検出部110は、検出結果をエンジン回転周波数に変換した後に、検出角周波数DQとして、正弦波発生部115へ送る(図1参照)。
【0069】
検出角周波数DQを受けた正弦波発生部115は、当該検出角周波数DQに基づいて、上述の(1)で表わされる正弦波信号Xを生成する。そして、正弦波発生部115は、生成された正弦波信号Xを、ミュート処理部120へ送る(図1参照)。
【0070】
正弦波信号Xを受けたミュート処理部120は、出力特性制御部180から送られたミュート制御指定MCに従って、正弦波信号Xに対してソフトミュート処理を施し、上述の(2)式で表わされる信号x0を生成する。そして、ミュート処理部120は、生成された信号x0をπ/2遅延部125、参照信号生成部130及び適応ノッチフィルタ部140へ送る(図1参照)。
【0071】
信号x0を受けたπ/2遅延部125は、信号x0の位相をπ/2だけ遅延させて、上述の(3)式で表わされる信号x1を生成する。そして、π/2遅延部125は、生成された信号x1を参照信号生成部130及び適応ノッチフィルタ部140へ送る(図1参照)。
【0072】
信号x0,x1を受けた参照信号生成部130は、出力特性制御部180による制御のもとで、信号x0,x1の位相補正を行って、上述の(4)式及び(5)式で表わされる参照信号r0,r1を生成する。そして、参照信号生成部130は、生成された参照信号r0,r1を適応ノッチフィルタ部140及び判定用信号生成部170へ送る(図1参照)。
【0073】
信号x0,x1、及び、参照信号r0,r1を受けた適応ノッチフィルタ部140は、その時点で収音部160から受けた誤差信号eを参照し、LMSアルゴリズムを使用して、上述の(6)式で表わされる制御音信号yを生成する。そして、適応ノッチフィルタ部140は、生成された制御音信号yを音出力部150及び判定用信号生成部170へ送る(図1,2参照)。
【0074】
制御音信号yを受けた音出力部150は、制御音信号yに従って、スピーカから制御音が出力する。なお、こうしてスピーカから制御音が出力されている状態においてマイクロフォンで収音された結果を、収音部160は、誤差信号eとして、適応ノッチフィルタ部140及び判定用信号生成部170へ送る。
【0075】
以上のようにFiltered-X LMSアルゴリズムを採用して行われる騒音制御による消音動作と並行して、判定用信号生成部170が、上述のようにして、(13)式で表わされる第1判定用信号CVを生成するとともに、(17)式で表わされる第2判定用信号SVを生成する。そして、判定用信号生成部170は、生成された第1判定用信号CV及び第2判定用信号SVを、出力特性制御部180へ送る。
【0076】
第1判定用信号CV及び第2判定用信号SVを受けた出力特性制御部180は、第1判定用信号CV及び第2判定用信号SVに基づいて、制御音の出力特性制御を行う。かかる制御音の出力特性制御には、第1判定用信号CVに基づくミュート制御及び第2判定用信号SVに基づく位相補正制御が含まれている。
【0077】
<ミュート制御処理>
まず、出力特性制御部180によるミュート制御処理について説明する。なお、当初においては、ミュート処理部120はミュート処理を行っておらず、ミュート処理部120は、信号x0として信号Xを出力するものとする。
【0078】
ミュート制御に際しては、図4に示されるように、まず、ステップS11において、出力特性制御部180が、判定用信号生成部170から送られている第1判定用信号CVの値(以下、「値CV」と記す)を読み取る。引き続き、ステップS12において、出力特性制御部180が、値CVが第1閾値VT1よりも小さいか否かを判定することにより、上述した(13)式における位相差δの絶対値がπ/2を超え、能動型騒音制御装置100で採用しているFiltered-X LMSアルゴリズムによる制御が不安定となる可能性があるか否かを判定する。
【0079】
ここで、値CVの符号は、上述した(13),(14)式で示されるように、位相差δの絶対値がπ/2を超えると負となる位相差δの余弦値(=cosδ)の符号にほぼ一致するようになっている。しかしながら、(13)式が近似式であることから、値CVの符号は、位相差δの余弦値(=cosδ)の符号に完全に一致する訳ではない。
【0080】
そこで、Filtered-X LMSアルゴリズムによる制御が不安定となる位相差δの絶対値がπ/2を超えている可能性があるか否か判定に際して、本実施形態では、第1閾値VT1を負の所定値としている。かかる第1閾値VT1は、位相差δの絶対値がπ/2を超えている可能性があるかを判断可能とするとの観点から、実験、シミュレーション、経験等に基づいて、予め定められる。
【0081】
ステップS12における判定の結果が否定的であった場合(ステップS12:N)には、処理は、後述するステップS19へ進む。一方、ステップS12における判定の結果が肯定的であった場合(ステップS12:Y)には、処理はステップS13へ進む。
【0082】
ステップS13では、出力特性制御部180が、「CV<VT1」の状態の継続時間の監視を開始する。引き続き、ステップS14において、出力特性制御部180が、値CVを読み取る。
【0083】
次に、ステップS15において、出力特性制御部180が、値CVが第1閾値VT1よりも小さいか否かを判定する。この判定の結果が肯定的であった場合(ステップS15:Y)には、処理はステップS16へ進む。
【0084】
ステップS16では、出力特性制御部180が、「CV<VT1」の状態の継続時間が所定時間TTH以上となったか否かを判定する。ここで、所定時間TTHは、位相差δの絶対値がπ/2を超えている可能性がほぼ確実であるといえるとの観点から、実験、シミュレーション、経験等に基づいて、予め定められる。
【0085】
ステップS16における判定の結果が否定的であった場合(ステップS16:N)には、処理はステップS14へ戻る。この後、「CV<VT1」の状態が継続していると、ステップS14〜S16の処理が繰り返される。そして、「CV<VT1」の状態の継続時間が所定時間TTH以上となると、処理はステップS17へ進む。
【0086】
ステップS17では、出力特性制御部180が、ミュート設定を指定したミュート制御指定MCを、ミュート処理部120へ送る。この結果、ミュート処理部120により、アタック時間が短いソフトミュート処理、すなわち、急激にミュート係数GMが減少するソフトミュート処理が実行される。
【0087】
ここで、ソフトミュート処理によりミュート係数GMが減少すると、上述した(4),(5)式で示されるように、参照信号r0,r1も減衰されたものとなる。このため、フィルタ係数W0,W1の更新はゆっくりしたものとなるので、制御音信号yは急激に減衰する。この結果、制御音の音量は急激に減少する。また、上述したように、適応ノッチフィルタ部140の最大利得値AMAXは、ミュート係数GMの最小値との積(=AMAX・GM)が1よりも十分に小さいので、ミュート係数GMが最小値となった後に、適応ノッチフィルタ部140の利得AFが、最大利得値AMAXとなったとしても、制御音の音量は十分に小さなものとなる。
【0088】
以上のようにしてステップS17が実行されると、出力特性制御部180は、ミュート制御の処理を終了する。この結果、制御音の音量が十分に小さな状態に維持される。
【0089】
上述したステップS15における判定結果が否定的であった場合(ステップS15:N)には、処理はステップS18へ進む。このステップS18では、出力特性制御部180が、「CV<VT1」の状態の継続時間の監視を終了する。引き続き、ステップS19において、出力特性制御部180が、外乱監視処理を実行する。そして、処理はステップS11へ戻る。なお、ステップS19における外乱監視処理の内容については、後述する。
【0090】
上記のようにしてステップS11〜S19の処理を実行することにより、出力特性制御部180は、ミュート制御の処理を実行する。
【0091】
次に、ステップS19における外乱監視処理について説明する。かかる外乱監視処理に際しては、図5に示されるように、まず、ステップS21において、出力特性制御部180が、値CVが所定閾値VT2(>0)よりも大きいか否かを判定することにより、大きな外乱音に起因する外乱が誤差信号eに混入しているか否かを判定する。かかる判定により外乱混入の判定を行うのは、値CVが、外乱音に同期しつつ、外乱音の大きさに対応した振れ幅で、正負に振れることになるためである。
【0092】
なお、所定閾値VT2は、外乱音の消音のために出力される制御音の音量が大きくなりすぎる可能性を判断するとの観点から、実験、シミュレーション、経験等に基づいて、予め定められる。
【0093】
ステップS21における判定の結果が肯定的であった場合(ステップS21:Y)には、処理はステップS22へ進む。このステップS22では、出力特性制御部180が、ミュート処理部120に対してミュート設定を行っているか否かを判定する。ステップS22における判定の結果が肯定的であった場合(ステップS22:Y)には、出力特性制御部180は、制御音の音量が異常に大きくなることを防止するための対策が既に採られていると判断し、ステップS19の処理を終了する。
【0094】
ステップS22における判定の結果が否定的であった場合(ステップS22:N)には、処理はステップS23へ進む。このステップS23では、制御音の音量が異常に大きくなることを防止するため、出力特性制御部180が、ミュート処理部120へ、ミュート設定を指定したミュート制御指定MCを、ミュート処理部120へ送る。そして、出力特性制御部180は、ステップS19の処理を終了する。
【0095】
上述したステップS21における判定の結果が否定的であった場合(ステップS21:N)には、処理はステップS24へ進む。このステップS24では、出力特性制御部180が、ミュート処理部120に対してミュート設定を行っているか否かを判定する。ステップS24における判定の結果が否定的であった場合(ステップS24:N)には、出力特性制御部180は、ステップS19の処理を終了する。
【0096】
ステップS24における判定の結果が肯定的であった場合(ステップS24:Y)には、処理はステップS25へ進む。このステップS25では、出力特性制御部180が、制御音の音量が異常に大きくなることを防止するためのミュート処理が必要でないと判断し、ミュート処理部120へ、ミュート解除を指定したミュート制御信号MCを、ミュート処理部120へ送る。そして、出力特性制御部180は、ステップS19の処理を終了する。
【0097】
ミュート解除が指定されると、ミュート処理部120は、緩やかにミュート係数GMが増加するソフトミュート処理を実行する。ソフトミュート処理によりミュート係数GMが緩やかに増加すると、参照信号r0,r1のレベルの緩やかに回復し、フィルタ係数W0,W1の更新速度も緩やかに回復する。また、信号x0,x1のレベルも緩やかに回復する。この結果、車両の搭乗者にとって違和感を抱かせない態様で、ミュート処理が行われない通常の制御音生成処理に復帰する。
【0098】
上記のステップS21〜S25の処理を行うことにより、出力特性制御部180は、外乱監視、並び、外乱監視結果に基づくミュート設定及びミュート解除の処理を実行する。そして、ステップS19の処理が終了すると、処理は、上述した図4におけるステップS11へ戻る。
【0099】
<位相補正制御処理>
次に、出力特性制御部180による位相補正制御の処理について説明する。
【0100】
位相補正制御に際しては、図6に示されるように、まず、ステップS31において、出力特性制御部180は、判定用信号生成部170から送られている第2判定用信号SVの値(以下、「値SV」と記す)を読み取る。引き続き、ステップS32において、出力特性制御部180が、値SVに基づいて、参照信号生成部130における位相補正量、すなわち、位相Δθの変更量(以下、「位相補正変更量」と記す)を決定する。
【0101】
ここで、外乱が無い又は小さい場合には、値SVは、上述した(17),(18)式で表されるように、位相差δの正弦値(=sinδ)に定数(−K(<0))を乗じた値となる。このため、上述したミュート制御処理によりミュート設定が行われることなく、通常の制御音出力のための制御が行われている場合には、値SVは、位相差δの値に応じて一義的に決まるようになっている。
【0102】
すなわち、通常の制御音出力のための制御が行われている場合には、値SVの符号は、外乱が無い又は小さいければ、位相差δの符号と逆になるといえる。また、値SVの絶対値は、位相差δの絶対値が大きなほど大きくなるといえる。
【0103】
そこで、本実施形態では、出力特性制御部180は、通常の制御音出力のための制御が行われているものとして、位相差δを0とすることを最終目標としつつ、制御音出力の制御動作の安定性の維持のため、位相差δが緩やかに0に近付くように、位相Δθの変更量を決定するようになっている。すなわち、値SVが正値であった場合には、負値の位相補正変更量が決定され、値SVが負値であった場合には、正値の位相補正変更量が決定される。
【0104】
次に、ステップS33において、出力特性制御部180が、決定された位相補正変更量を、参照信号生成部130に対して指定する。かかる位相補正変更量の指定を受けた参照信号生成部130は、位相Δθを、指定された位相変更量だけ変更した参照信号r0,r1を生成する。
【0105】
ステップS33が終了すると、処理はステップS31へ戻る。以後、ステップS31〜S33の処理が繰り返されることにより、通常の制御音出力のための制御が行われている場合において、制御音出力のための制御が不安定となって発散を引き起こすことになる位相差δの絶対値がπ/2を超えることを防止するための参照信号r0,r1を生成することができる。このため、温度等の環境条件の変化に伴う制御系の発散が防止される。
【0106】
以上説明したように、本実施形態では、参照信号生成部130が、適応ノッチフィルタ部140の出力から適応ノッチフィルタ部140の誤差信号入力までのモデル化された伝達関数に基づいて、基準信号x0,x1の位相を補正して参照信号r0,r1を生成する。そして、適応ノッチフィルタ部140が、基準信号x0,x1、及び、収音部160による収音結果である誤差信号eに基づいて、参照信号r0,r1、制御音信号yを生成する。こうした適応ノッチフィルタ部140による制御音信号yの生成と並行して、判定用信号生成部170が、誤差信号e、参照信号r0,r1、及び、適応ノッチフィルタ部140の伝達関数(すなわち、適応ノッチフィルタ部140の利得特性及び位相特性θ)に基づいて、適応ノッチフィルタ部140の出力から適応ノッチフィルタ部140の誤差信号入力までの伝達関数の位相特性dθと、当該モデル化された伝達関数の位相特性Δθとの位相差δθを反映している第1判定用信号CV及び第2判定用信号SVを生成する。そして、出力特性制御部180が、第1判定用信号CV及び第2判定用信号SVに基づいて、異音又は爆音の発生を抑制すべく、制御音の出力特性を制御する。
【0107】
したがって、能動型騒音制御に際して、異音又は爆音の発生を効果的に抑制することができる。
【0108】
また、本実施形態では、第1判定用信号CVを、当該位相差δθの余弦値を反映した信号値を有する信号とし、第1判定用信号CVの値と第1閾値VT1との大小関係に基づいて、当該位相差δθの余弦値が負となっており、当該位相差δθの絶対値がπ/2を超えていると判断された場合に、ミュート処理部120に制御音に対するミュート処理を行わせる。このため、Filtered-X LMSアルゴリズムによる制御音出力のための制御が不安定となって発散状態となることを早期に検出し、制御音に対するミュート処理を行うことができるので、制御音出力による異音や爆音の発生を抑制することができる。
【0109】
また、本実施形態では、当該位相差δθの絶対値がπ/2を超えていると判断するに際して、第1判定用信号CVの値と第1閾値VT1との大小関係から当該位相差δθの余弦値が負であることが推定される状態が、所定時間TTH以上にわたって継続した場合に、当該位相差δθの余弦値が負となっていると判断するようにしている。このため、当該位相差δθの余弦値が負となっていることを、確実性を高めて判断することができる。
【0110】
また、本実施形態では、第1判定用信号CVの値と、第2閾値VT2との大小関係に基づいて、外乱ノイズ音が収音部160により収音されていると判断した場合に、ミュート処理部120に制御音に対するミュート処理を行わせる。このため、大きな外乱ノイズ音の混入を簡易に検出することができ、当該大きな外乱ノイズ音の消音のために制御音の音量が異常に大きくなることを防止することができる。
【0111】
また、本実施形態では、第2判定用信号SVを、位相差δθの正弦値を反映した信号値を有する信号とし、第2判定用信号SVの値に基づいて、当該位相差δθの絶対値を減少させるように、参照信号生成部130による位相補正量Δθを制御する。このため、Filtered-X LMSアルゴリズムによる制御音出力のための制御が不安定となって発散を引き起こす原因となる位相差δの絶対値がπ/2を超えることが防止することができる。
【0112】
[実施形態の変形]
本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。
【0113】
例えば、上記の実施形態では、第1及び第2判定用信号CV,SVの生成に際して行われる信号u2,v2の平滑化に際しては、時間(π/ω)にわたっての時間平均処理を行うようにした。これに対して、平滑化に要する時間が制御音出力のための制御にとっての許容時間以内であれば、時間(π/ω)の任意の自然数倍の時間平均処理を行うようにしてもよい。
【0114】
また、上記の実施形態では、制御音信号yの信号レベルを、制御音信号yを受けるレベル検出部210により検出するようにした。これに対し、制御音信号yの信号レベルを、フィルタ係数W0,W1に基づいて生成するようにしてもよい。
【0115】
また、上位の実施形態では、第1判定用信号CVに基づくミュート制御処理、及び、第2判定用信号SVに基づく位相補正制御処理を並行して行うようにした。これに対し、第1判定用信号CVに基づくミュート制御処理、及び、第2判定用信号SVに基づく位相補正制御処理のいずれか一方のみを行うようにしてもよい。
【0116】
また、上位の実施形態では、第1判定用信号CVに基づくミュート制御処理として、値CVと第1閾値VT1とを比較することにより、制御系の発散に伴う異音又は爆音の発生を抑制するための処理、及び、値CVと第2閾値VT2とを比較することにより、外乱ノイズ音の混入に伴う異常に大きな制御音の発生を防止するための処理という2つの処理を並行して行うようにした。これに対し、当該2つの処理の一方のみを行うようにしてもよい。
【0117】
また、上記の実施形態では、本発明を、車室内に漏れてくるエンジン音の消音を行う能動型騒音制御装置に適用したが、他の種類の音の消音を行う能動型騒音制御装置に適用することができるのは勿論である。
【0118】
なお、上記の実施形態における能動型騒音制御装置100を、中央処理装置(CPU:Central Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)等を備えた演算手段を備えるコンピュータシステムとして構成し、予め用意されたプログラムを当該コンピュータシステムで実行することにより、上記の実施形態における処理の一部又は全部を実行するようにしてもよい。このプログラムはハードディスク、CD−ROM、DVD等のコンピュータで読み取り可能な記録媒体に記録され、当該コンピュータによって記録媒体から読み出されて実行される。また、このプログラムは、CD−ROM、DVD等の可搬型記録媒体に記録された形態で取得されるようにしてもよいし、インターネットなどのネットワークを介した配信の形態で取得されるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0119】
100 … 能動型騒音制御装置
120 … ミュート処理部
130 … 参照信号生成部
140 … 適応ノッチフィルタ部
150 … 音出力部
160 … 収音部
170 … 判定用信号生成部
180 … 出力特性制御部
210 … レベル検出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御音信号に従って音出力部から出力された制御音により、所定位置における制御対象音の消音制御を行う能動型騒音制御装置であって、
前記制御音信号を生成する適応ノッチフィルタ部と;
前記所定位置における音を収音し、誤差信号を生成する収音部と;
前記適応ノッチフィルタ部の出力から前記適応ノッチフィルタ部の前記誤差信号の入力までのモデル化された伝達関数に基づいて、前記制御対象音と相関のある基準信号の位相を補正して参照信号を生成する参照信号生成部と;
前記誤差信号、前記参照信号、及び、前記適応ノッチフィルタ部の伝達関数に基づいて、前記適応ノッチフィルタ部の出力から前記適応ノッチフィルタ部の前記誤差信号の入力までの伝達関数の位相特性と、前記モデル化された伝達関数の位相特性との位相差を反映している判定用信号を生成する判定用信号生成部と;
前記判定用信号に基づいて、前記制御音の出力特性を制御する出力特性制御部と;を備え、
前記適応ノッチフィルタ部は、前記基準信号、前記参照信号及び前記誤差信号に基づいて、前記制御音信号を生成する、
ことを特徴とする能動型騒音制御装置。
【請求項2】
前記制御音に対するミュート処理を行うミュート処理部を更に備え、
前記判定用信号には、前記位相差の余弦値に対応する信号値を有する第1判定用信号が含まれ、
前記出力特性制御部は、前記第1判定用信号の値に基づいて、前記ミュート処理部による前記制御音に対するミュート処理を制御する、
ことを特徴とする請求項1に記載の能動型騒音制御装置。
【請求項3】
前記出力特性制御部は、前記第1判定用信号の値と、予め定められた第1閾値との大小関係に基づいて、前記位相差の余弦値が負となっていると判断した場合に、前記ミュート処理部に前記制御音に対するミュート処理を行わせる、ことを特徴とする請求項2に記載の能動型騒音制御装置。
【請求項4】
前記出力特性制御部は、前記第1判定用信号の値と前記第1閾値との大小関係から、前記位相差の余弦値が負であることが推定される状態が、所定時間以上にわたって継続した場合に、前記位相差の余弦値が負となっていると判断する、ことを特徴とする請求項3に記載の能動型騒音制御装置。
【請求項5】
前記出力特性制御部は、前記第1判定用信号の値と、予め定められた第2閾値との大小関係に基づいて、外乱ノイズ音が前記収音部により収音されていると判断した場合に、前記ミュート処理部に前記制御音に対するミュート処理を行わせる、ことを特徴とする請求項2〜4のいずれか一項に記載の能動型騒音制御装置。
【請求項6】
前記判定用信号生成部は、前記制御音信号の信号レベルを検出するレベル検出部を備え、
前記判定用信号生成部は、前記レベル検出部による検出結果を利用し、前記制御音信号の信号レベルに依存しない値を有する信号として、前記第1判定用信号を生成する、
ことを特徴とする請求項2〜5のいずれか一項に記載の能動型騒音制御装置。
【請求項7】
前記判定用信号には、前記位相差の正弦値に対応する信号値を有する第2判定用信号が含まれ、
前記出力特性制御部は、前記第2判定用信号の値に基づいて、前記参照信号生成部による位相補正量を制御する、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の能動型騒音制御装置。
【請求項8】
前記判定用信号生成部は、前記制御音信号の信号レベルを検出するレベル検出部を備え、
前記判定用信号生成部は、前記レベル検出部による検出結果を利用し、前記制御音信号の信号レベルに依存しない値を有する信号として、前記第2判定用信号を生成する、
ことを特徴とする請求項7に記載の能動型騒音制御装置。
【請求項9】
制御音信号を生成する適応ノッチフィルタ部と;所定位置における音を収音し、誤差信号を生成する収音部と;前記適応ノッチフィルタ部の出力から前記適応ノッチフィルタ部の前記誤差信号の入力までのモデル化された伝達関数に基づいて、制御対象音と相関のある基準信号の位相を補正して参照信号を生成する参照信号生成部と;を備え、前記適応ノッチフィルタ部が前記基準信号、前記参照信号及び前記誤差信号に基づいて生成した前記制御音信号に従って音出力部から出力された制御音により、前記所定位置における前記制御対象音の消音制御を行う能動型騒音制御装置で使用される能動型騒音制御方法であって、
前記誤差信号、前記参照信号、及び、前記適応ノッチフィルタ部の伝達関数に基づいて、前記適応ノッチフィルタ部の出力から前記適応ノッチフィルタ部の前記誤差信号の入力までの伝達関数の位相特性と、前記モデル化された伝達関数の位相特性との位相差を反映している判定用信号を生成する判定用信号生成工程と;
前記判定用信号に基づいて、前記制御音の出力特性を制御する出力特性制御工程と;
を備えることを特徴とする能動型騒音制御方法。
【請求項10】
請求項9に記載の能動型騒音制御方法を演算手段に実行させる、ことを特徴とする能動型騒音制御プログラム。
【請求項11】
請求項10に記載の能動型騒音制御プログラムが、演算手段により読み取り可能に記録されている、ことを特徴とする記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−71535(P2013−71535A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210937(P2011−210937)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000005016)パイオニア株式会社 (3,620)
【Fターム(参考)】