能動騒音制御システムとこのシステムにおけるフィルタ長の動的探索方法、並びに、コンピュータプログラム
【課題】 雑音抑制効果と計算コストの低減の両立を図ることができる能動騒音制御システムを提供する。
【解決手段】 本発明の能動騒音抑制(ANC)システムは、到来する雑音を観測する雑音参照センサ1と、制御エリアにおける誤差を観測する誤差観測センサ2と、雑音参照センサ1の観測信号にフィルタ係数を掛けて出力する適応フィルタ3と、適応フィルタ3の出力値に基づいて、雑音を打ち消す二次音源を制御エリアに出力するスピーカ4と、両センサ1,2の観測信号に基づいて、誤差が最小となるようにフィルタ係数を更新するフィルタ係数更新部5とを備える。また、フィルタ長探索部6が、適応フィルタ3のフィルタ長の変化が適応フィルタ3の利得Pに及ぼす影響を考慮して、適応フィルタ3に必要なフィルタ長を動的に探索する。
【解決手段】 本発明の能動騒音抑制(ANC)システムは、到来する雑音を観測する雑音参照センサ1と、制御エリアにおける誤差を観測する誤差観測センサ2と、雑音参照センサ1の観測信号にフィルタ係数を掛けて出力する適応フィルタ3と、適応フィルタ3の出力値に基づいて、雑音を打ち消す二次音源を制御エリアに出力するスピーカ4と、両センサ1,2の観測信号に基づいて、誤差が最小となるようにフィルタ係数を更新するフィルタ係数更新部5とを備える。また、フィルタ長探索部6が、適応フィルタ3のフィルタ長の変化が適応フィルタ3の利得Pに及ぼす影響を考慮して、適応フィルタ3に必要なフィルタ長を動的に探索する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、雑音に逆振幅の音波を干渉させて雑音を抑制する能動騒音制御システムに関する。より具体的には、本発明は、その能動騒音制御システムに使用する適応フィルタの最適なフィルタ長を動的に探索する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
雑音抑制の制御技術は、受動騒音制御(PNC:Passive Noise Control)と能動騒音制御(ANC:Active Noise Control)との2種類に分類される。
このうち、PNCは、遮音壁等を利用して物理的に雑音を遮断ないし吸収させたり、音波の回折および干渉等の波動特性を利用して雑音を減衰させたりすることによって、雑音を抑制するものである。例えば、映画館やコンサートホールに備えられた分厚い壁は、低周波を含む雑音を物理的に遮音するPNC技術の一種である。
【0003】
また、高速道路に設置されている遮音壁には、壁からの反射音と環境雑音を干渉させる雑音抑圧を行うPNC技術が採用される場合もある。しかし、低周波は物体を通過する際の透過損失が小さいため、PNCでは遮音のために非常に分厚い壁が必要である。
上記ANCは、このようにPNCでは対応が困難な低周波域の雑音を抑制するのに有効であり、雑音の音波に対して絶対値が同じで逆振幅の音波を干渉させることにより、雑音を減衰させて抑制するものである。
【0004】
ANCによる騒音制御システム(以下、「ANCシステム」ということがある。)の構成要素としては、到来する雑音を観測する雑音参照センサ(以下、「リファレンスマイク」ということがある。)と、制御エリアにおける誤差を観測する誤差観測センサ(以下、「エラーマイク」ということがある。)と、雑音を打ち消す二次音源を制御エリアに出力するスピーカとが不可欠である。
この場合、1次経路であるリファレンスマイクとエラーマイクの間の伝達系を正確に推定することが必要であり、この推定のために一般に適応フィルタが利用されている。
【0005】
上記適応フィルタを制御する適応アルゴリズムとしては、例えば、最小二乗平均(LMS:Least Mean Square )法や学習同定法がある。この場合、適応フィルタの制御部は、リファレンスマイクとエラーマイクの観測信号に基づいて上記LMS法等の適応アルゴリズムを実行し、誤差が最小となるように適応フィルタのフィルタ係数を更新する。
そして、適応フィルタは、雑音参照センサの観測信号に更新されたフィルタ係数を掛けて出力し、この出力値がスピーカに入力されて、雑音を適切に打ち消す二次音源が発音される(例えば、特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−56960号公報
【特許文献1】特開2002−333887号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、ANCシステムでは、リファレンスマイクとエラーマイクの観測信号を適応フィルタの制御部に入力して1次経路間の伝達特性を推定し、エラーマイクの設置地点おいて誤差信号が最小となる二次音源を生成するが、通常、上記適応フィルタのフィルタ長は静的に設定された固定値になっている。
この場合、適応フィルタのフィルタ長を長めに設定すれば、高次の反射成分を打ち消すことが可能となって雑音抑制効果が向上するが、その反面、フィルタ係数の更新のための計算コスト(演算負荷)が増大するというトレードオフの関係が生じる。
【0008】
その一方で、高次の反射成分は直接音と比較してパワーが小さいので、高次のフィルタ長は冗長であることが多く、適応フィルタの利得にさほど影響しない可能性がある。
従って、例えば、雑音抑制効果を主眼としてフィルタ長を予め長めに設定しても、実際には雑音抑制に余り役だっておらず、無駄な計算コストをかけている可能性がある。また逆に、計算コストの低減を主眼としてフィルタ長を短めに設定すると、今度は所望の雑音抑制効果が得られない事態になり得る。
【0009】
本発明は、このような実情に鑑み、雑音抑制効果と計算コストの低減の両立を図ることができる能動騒音制御システムと、このシステムに使用する適用フィルタのフィルタ長の動的探索方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1) 本発明の能動騒音制御システムは、到来する雑音を観測する雑音参照センサと、制御エリアにおける誤差を観測する誤差観測センサと、前記雑音参照センサの観測信号にフィルタ係数を掛けて出力する適応フィルタと、前記適応フィルタの出力値に基づいて、前記雑音を打ち消す二次音源を前記制御エリアに出力するスピーカと、前記両センサの観測信号に基づいて、前記誤差が最小となるように前記フィルタ係数を更新するフィルタ係数更新部と、前記適応フィルタのフィルタ長の変化が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するフィルタ長探索部と、を備えていることを特徴とする。
【0011】
本発明の能動騒音制御システムによれば、上記フィルタ長探索部が、適応フィルタのフィルタ長の変化が適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するので、雑音抑制効果が阻害されない必要最小限のフィルタ長を見つけ出すことができる。
このため、当該能動騒音制御システムにおいて、雑音抑制効果と計算コストの低減を両立したフィルタ長を適応フィルタに自律的に設定することができる。
【0012】
(2) ところで、ANCの種類として、雑音参照センサと誤差観測センサがいずれも1つであるSISO(Single-Input Single-Output)−ANCと、雑音参照センサが複数あって誤差観測センサが1つであるMISO(Multi-Input Single-Output )−ANCとがある。
このうち、MISO−ANCは、到来雑音を面領域で参照するので、到来雑音を1点のみで捉えるSISO−ANCの場合に比べて、騒音源が多い場合でも雑音抑制効果が高いという利点がある。
【0013】
しかし、MISO−ANCでは、雑音参照センサに対応して適応フィルタも複数設けられるため、適応フィルタのフィルタ長の増大に伴う計算コストの問題が、SISO−ANCの場合よりも顕著となる。
従って、MISO−ANCにおいて、それぞれの適応フィルタについて、雑音抑制効果と計算コストの低減を両立したフィルタ長を探索できれば、効率的かつ必要最小限の計算コストで、SISO−ANCよりも雑音抑制効果が高い能動騒音制御システムを実現することができる。
【0014】
そこで、本発明の能動騒音制御システムにおいて、前記雑音参照センサとこれに対応する前記適応フィルタが複数設けられており、前記誤差観測センサとこれに対応する前記スピーカが1つ設けられている、上記MISO−ANCの場合には、前記フィルタ係数更新部は、すべての前記雑音参照センサと前記誤差観測センサの観測信号に基づいて、前記誤差が最小となるようにすべての前記適応フィルタのフィルタ係数を更新し、前記フィルタ長探索部は、すべての前記適応フィルタについて、そのフィルタ長の変化が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要な前記フィルタ長を動的に探索することが好ましい。
【0015】
この場合、上記フィルタ長探索部が、すべての適応フィルタについて、そのフィルタ長の変化が適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するので、雑音抑制効果が阻害されない必要最小限のフィルタ長を、すべての適応フィルタについて見つけ出すことができる。
このため、当該能動騒音制御システムにおいて、雑音抑制効果と計算コストの低減を両立したフィルタ長を、すべての適応フィルタに自律的に設定することができる。
【0016】
(3) 本発明の能動騒音制御システムにおいて、前記フィルタ長探索部は、初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を変化させることができる。
この場合、適応フィルタのフィルタ長が、所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって延長されるので、初期フィルタ長を十分に短く設定した上で、適応フィルタの利得に及ぼす影響が十分に小さくなるまでインクリメントを繰り返すことにより、所望の雑音抑制効果が得るのに必要最小限のフィルタ長を探索することができる。
【0017】
(4) また、本発明の能動騒音制御システムにおいて、前記フィルタ長探索部は、初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を変化させるようにしてもよい。
この場合、適応フィルタのフィルタ長が、所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって短縮されるので、初期フィルタ長を十分に長く設定した上で、適応フィルタの利得に及ぼす影響が出始めるまでデクリメントを繰り返すことにより、所望の雑音抑制効果が得るのに必要最小限のフィルタ長を探索することができる。
【0018】
(5) 上記フィルタ延長量又はフィルタ短縮量は、予め定めた固定値に設定してもよいが、前記フィルタ長探索部は、前記フィルタ長の変化に伴う前記適応フィルタの利得の変化に基づいて、前記フィルタ延長量又は前記フィルタ短縮量を動的に設定することにしてもよい。
この場合、上記各量を固定値に設定する場合に比べて、適応フィルタの利得に影響が生じる付近でのフィルタ長の変動をきめ細かく設定することができ、最適なフィルタ長の探索をより正確かつ効率的に行える。
【0019】
(6) 本発明のフィルタ長の動的探索方法は、上記能動騒音制御システムのフィルタ長探索部が実行する探索方法であり、次のステップ(a1)〜(c1)を含むことを特徴とする。
(a1) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を延長させるステップ
(b1) 延長後の前記フィルタ長において前記適応フィルタのフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c1) 前記フィルタ長の延長が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響が十分に小さくなるまで上記ステップ(a1)及び(b1)を繰り返し、最終時点での前記フィルタ長を当該適応フィルタのフィルタ長として採用するステップ
【0020】
(7) 或いは、本発明のフィルタ長の動的探索方法は、次のステップ(a2)〜(c2)であってもよい。
(a2) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を短縮させるステップ
(b2) 短縮後の前記フィルタ長において前記適応フィルタのフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c2) 前記フィルタ長の短縮が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響が出始めるまで上記ステップ(a2)及び(b2)を繰り返し、その影響が出始める前の時点での前記フィルタ長を当該適応フィルタのフィルタ長として採用するステップ
【0021】
(8) 前記ステップ(b1)又は(b2)において、フィルタ延長量又はフィルタ短縮量は予め定めた固定値に設定してもよいが、前記フィルタ長の変化に伴う前記適応フィルタの利得の変化に基づいて、前記フィルタ延長量又は前記フィルタ短縮量を動的に設定することが好ましい。
この場合、上記各量を固定値に設定する場合に比べて、適応フィルタの利得に影響が生じる付近でのフィルタ長の変動をきめ細かく設定することができ、最適なフィルタ長の探索をより正確かつ効率的に行える。
【0022】
(9) 本発明のコンピュータプログラムは、コンピュータに、上記各ステップ(a1)〜(c1)又は各ステップ(a2)〜(c2)を実行させるためのコンピュータプログラムに関するものである。
【発明の効果】
【0023】
以上の通り、本発明によれば、適応フィルタのフィルタ長の変化が適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するようにしたので、雑音抑制効果と計算コストの低減を両立したフィルタ長を適応フィルタに自律的に設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】能動騒音制御システムの制御構成を示す概念図である。
【図2】同システムの制御構成を示す概念図である。
【図3】同システムのハードウェア構成を示すブロック図である。
【図4】フィルタ長探索部が実行する処理内容を示すフローチャートである。
【図5】フィルタ長探索部が実行する処理内容の説明図である。
【図6】評価実験のために構築した収録環境の平面図である。
【図7】リファレンスマイクの設置位置を示すドア開放部の図である。
【図8】評価実験での収録条件を纏めた表である。
【図9】フィルタ長静的決定時とフィルタ長動的探索時との、各フィルタ長に対する雑音抑圧量を示すグラフである。
【図10】チャンネルch1,ch3,ch4,ch6にそれぞれ与えられたフィルタ長と利得との関係を示すグラフである。
【図11】能動騒音制御システムの変形例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施形態について説明する。
〔システムの制御構成〕
図1及び図2は、本実施形態の能動騒音制御(ANC)システムの制御構成を示す概念図である。図1に示すように、本実施形態のANCシステムは、到来する雑音を観測する複数のリファレンスマイク(雑音参照センサ)1と、制御エリアにおける誤差を観測する1つのエラーマイク(誤差観測センサ)2とを有する、MISO−ANCシステムとして構成されている。
【0026】
図2に示すように、本実施形態のANCシステムは、上記リファレンスマイク1及びエラーマイク2の他に、適応フィルタ3、スピーカ4、フィルタ係数更新部5及びフィルタ長探索部6を備えている。
適応フィルタ3は、リファレンスマイク1に対応して複数設けられており、そのマイク1の観測信号に、自身に設定されたフィルタ係数を掛けて出力する。各適応フィルタ3の出力値は、それぞれ重畳されてスピーカ4に入力される。スピーカ4は、重畳された適応フィルタ3の出力値に基づいて、雑音を打ち消す二次音源を制御エリアに出力する。
【0027】
本実施形態のフィルタ係数更新部5は、前記LMS法や学習同定法等の適応アルゴリズムを実行して、各リファレンスマイク1とエラーマイク2の観測信号に基づいて、誤差が最小となるようにすべての適応フィルタ3のフィルタ係数を更新するものである。
例えば、LMS法によるフィルタ係数更新部5の場合、リファレンスマイク1の参照信号とエラーマイク2の誤差信号の大きさに応じて、当該誤差信号が極力小さくなるように適応フィルタ3の伝達関数wkが適応制御される。
【0028】
具体的には、フィルタ係数更新部5は、適応フィルタ3の伝達関数wkと二次経路の伝達関数cとを合成した伝達関数(c×wk)が、リファレンスマイク1からエラーマイク2までの間の一次経路の伝達関数Uと相補になるように、すなわち、U=−(c×wk)となるように、各適応フィルタ3のフィルタ係数wkを逐次更新する。
そして、各適応フィルタ3は、上記のように更新されたフィルタ係数wkを、リファレンスマイク1の観測信号に掛けて出力し、この出力値がスピーカ4に入力されて雑音を適切に打ち消す二次音源が発音される。
【0029】
ところで、環境問題への関心の高まりを受けて、真夏の室内に新鮮な外気の風を取り込むため、網戸を利用した換気が注目されているが、都市近郊や高架道路付近において窓を開放して網戸を利用すると、外部の環境雑音が窓から室内に侵入することが問題となる。
そこで、本出願人は、窓を開放したままの状態で侵入する環境雑音を抑圧するシステムの開発を行ってきた(特開2009−13710号公報参照)。本実施形態のMISO−ANCシステムは、そのような遠方に多数の音源存在する環境雑音を抑圧するシステムとして有効であり、集合住宅等の建物に構築することができる。
【0030】
しかし、図2に示すように、MISO−ANCでは、複数のリファレンスマイク1の数だけの適応フィルタ3が必要になるので、リファレンスマイク1が1つだけであるSISO−ANCに比べて、フィルタ係数を更新する際の演算コストが飛躍的に増大する。
そこで、本実施形態では、各リファレンスマイク1に対応する適切なフィルタ長を動的に探索するアルゴリズムを実行する上記フィルタ長探索部6を設け、計算コストの削減を図っている。
【0031】
すなわち、本実施形態のフィルタ長探索部6は、各適応フィルタ3のフィルタ長の変化がその適応フィルタ3の利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタ3に必要なフィルタ長を動的に探索するものである。なお、このフィルタ長探索部6による具体的な探索方法については、後述する。
【0032】
〔システムのハードウェア構成〕
図3は、本実施形態のANCシステムのハードウェア構成を示すブロック図である。
図3に示すように、ANCシステムは、参照信号入力部11、増幅回路12、A/D変換回路13、演算部14、D/A変換回路15、増幅回路16、信号出力部17及び誤差信号入力部18とから構成されている。
【0033】
このうち、参照信号入力部11は、複数の前記リファレンスマイク1よりなり、この各マイク1での観測信号(アナログ信号)は、増幅回路12で増幅されたあと、A/D変換回路13を経て演算部14に入力される。
演算部14は、プログラマブルなパソコン又はマイコンよりなり、その記憶装置に格納されたコンピュータプログラムが実行する機能部分として、複数の前記適応フィルタ3、フィルタ計数更新部5及びフィルタ長探索部6を備えている。
【0034】
演算部14の適応フィルタ3の出力信号は、D/A変換回路15にてアナログ信号に変換されたあと、増幅回路16にて増幅されて信号出力部17に入力される。この信号出力部17は前記スピーカ4である。
誤差信号入力部18は前記エラーマイク2であり、このマイク2での観測信号は、演算部14に入力され、フィルタ係数更新部5が実行する適応アルゴリズムに使用される。
【0035】
〔フィルタ長探索部の処理内容〕
図4は、前記フィルタ長探索部6が実行する処理内容を示すフローチャートであり、図5は、その処理内容の説明図である。以下、この図4及び図5を参照しつつ、フィルタ長探索部6によるフィルタ長の動的探索方法を説明する。
【0036】
演算部14のフィルタ長探索部6は、まず、各適応フィルタ3について、初期フィルタ長として十分に短い任意のフィルタ長を設定する(図4のステップST1)。この初期フィルタ長の設定は、フィルタ長が0であるフィルタを延長する過程と等しい。
次に、フィルタ長探索部6は、各適応フィルタ3について、フィルタ係数更新部5に、一定回数(γ回)だけフィルタ更新を実行させる。
【0037】
その後、フィルタ長探索部6は、各適応フィルタ3について、所定のフィルタ増加量αを1つだけインクリメントしてフィルタ長を延長する(図4のステップST2)。
そして、フィルタ長探索部6は、各適応フィルタ3について、再度、フィルタ係数更新部5に、一定回数(γ回)だけフィルタ更新を実行させ、延長後のフィルタを収束させる(図4のステップST3)。
【0038】
次に、フィルタ長探索部6は、複数の適応フィルタ3全体の利得Pと、延長した適応フィルタの利得Qnを次の式(1)及び(2)によって算出し、これらの利得P,Qnに基づいてフィルタ延長の適否を判定する。
【数1】
【0039】
具体的には、フィルタ長探索部6は、次の式(3)に示すように、チャンネルごとにQn/P>βが成立するか否かによって、各適応フィルタ3に対するフィルタ延長の可否を決定する(図4のステップST4)。
【数2】
【0040】
なお、上記式(1)及び(2)において、nはリファレンスマイク1のチャネル番号を表す。また、Nはリファレンスマイク1の総数、wn(k)は適応フィルタ3のフィルタ係数、kは時刻を表す。
更に、式(3)中のl(エル)はフィルタ長を表し、αはフィルタ延長量である。また、βは1よりも小さい正の定数であり、フィルタ延長の可否を決定するために予め設定された制御係数である。
【0041】
本実施形態のフィルタ長の動的探索法で決定されるフィルタ長lnは、制御係数βの値に依存する。すなわち、Qn/P>βが真である場合(図4のステップST4でYes)には、フィルタ長を延長した適応フィルタ3による全体の利得に対する影響が大きいと判断して、当該適応フィルタ2のフィルタ延長を実行する。
次の式(4)は、フィルタ延長時のフィルタ係数の更新式である。
【0042】
【数3】
【0043】
この適応フィルタ3のフィルタ延長を行う場合、フィルタの非延長部分の係数は、延長前のフィルタ係数wn(k)を初期値として利用する。収束後のフィルタ係数はフィルタ長によって異なると考えられるが、その変化量は小さい。そのため、延長前のフィルタ係数を初期値として利用することで、誤差信号の発振を防止可能になると考えられる。
また、フィルタの延長部分の係数は、初期値として0を設定する。そして、フィルタ延長後に、γ回のフィルタ更新の後に再びフィルタ延長の可否を判別する。
【0044】
フィルタ長探索部6は、Qn/P>βが偽である場合(図4のステップST4でNo)には、フィルタ長を延長した適応フィルタ3による全体の利得に対する影響が十分に小さいと判断して、当該適応フィルタ3についてのフィルタの延長を停止する。
【0045】
フィルタ長探索部6は、フィルタ延長を停止した後、フィルタ係数更新部5に、フィルタが完全に収束するまでフィルタ係数の更新を行わせる(図4のステップST5)。
なお、適応フィルタ3のフィルタ係数は、高次のフィルタ点数ほど利得が小さくなる傾向がある。このため、制御係数βの値に関わらず、フィルタの延長を繰り返すことによって必ずQn/P>βが偽となるので、フィルタ長は有限長に決定されることになる。
【0046】
上記フィルタ長探索部6によるフィルタ長の動的探索方法を要約すると、次の3つのステップ(a1)〜(c1)に纏めることができる。
(a1) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量αをインクリメントすることによって、各適応フィルタ3のフィルタ長lnを延長させるステップ
(b1) 延長後のフィルタ長(ln+α)において適応フィルタ3のフィルタ係数wn(k)の更新を実行するステップ
(c1) フィルタ長の延長が適応フィルタ3の利得Pに及ぼす影響が十分に小さくなるまで上記ステップ(a1)及び(b1)を繰り返し、最終時点でのフィルタ長を当該適応フィルタ3のフィルタ長として採用するステップ
【0047】
このように、本実施形態のANCシステムによれば、フィルタ長探索部6が、各適応フィルタ3のフィルタ長の変化が適応フィルタ3の利得に及ぼす影響(本実施形態では、フィルタ延長ごとのQn/Pの値)を考慮して、すべての適応フィルタ3に必要なフィルタ長を動的に探索するので、雑音抑制効果が阻害されない必要最小限のフィルタ長を、すべての適応フィルタ3について自律的に見つけ出すことができる。
【0048】
なお、フィルタ長探索部6によるフィルタ長の動的探索は、少なくともANCシステムの起動時に実行されるが、その後一定周期(例えば、数日)おきに実行するようにしてもよい。
また、システム側で自動的に動的探索を行うだけでなく、人為的なスイッチ操作を契機として、フィルタ長探索部6が動的探索を実行するようにしてもよい。
【実施例】
【0049】
〔評価実験〕
次に、本発明の有効性を実証するための評価実験の内容と、その結果について説明する。本出願人は、最初に音響実験室内外を利用して、評価を行うために必要な音データ収録を行った。そして、収録した音データを利用した計算機シミュレーションによって評価実験を行った。
【0050】
〔実験環境構築のための音データ収録〕
まず始めに、評価を行うために必要な到来雑音、二次音源(スピーカ4)とエラーマイク間(二次経路)でのインパルス応答の収録を、音響実験室内外に構築した実際の環境にて行った。
図6は、評価実験のために構築した収録環境の平面図であり、図7は、リファレンスマイクの設置位置を示すドア開放部の図である。
【0051】
図7に示すように、評価実験のためのANCシステムのリファレンスマイクは、防音室のドア開放部の7箇所に設置した。
図6に示すように、エラーマイクは、ドアから防音室内側に1.00m、高さ1.15mの位置に設置した。二次音源を出力するためのスピーカは、防音室内に放射方向をエラーマイクに向けて設置した。
【0052】
また、雑音を出力するためのスピーカは、多騒音源の環境雑音を模擬するために防音室の外側にドアに対して上方やや後ろ向きに4箇所設置した。雑音源は低域に支配的なパワーをもつ環境雑音を模擬するために、ピンクノイズを利用した。その他の収録条件は、図8の表に示す通りである。
以上の収録条件において、リファレンスマイクとエラーマイクへの到来雑音及び二次経路間のインパルス応答を収録した。二次経路間のインパルス応答は、TSP法(Time Stretched Pulse)法を用いて計測した。
【0053】
性能評価は、6kHzにリサンプリングした収録音データを用いて計算機シミュレーションを行い、得られた誤差信号のパワースペクトルを用いた。適応フィルタを制御する適応アルゴリズムは Filtered-X LMSを利用し、7チャネルの適応フィルタ出力信号の加算値を、二次音源として利用した。
また、フィルタ延長量αは16、フィルタ延長後のフィルタ更新回数γは2000とした。更に、フィルタ延長の可否を決定する制御係数βは、1チャネル当たりの平均フィルタ長が400以下となる値(10-6〜10-2) とした。
【0054】
〔計算機シミュレーションによる実験結果〕
図9(a)及び(b)は、フィルタ長静的決定時とフィルタ長動的探索時(本発明)との、各フィルタ長に対する雑音抑圧量を示すグラフである。図9の各グラフにおける横軸は、各フィルタ長の平均値であり、縦軸は0〜1kHzの平均雑音抑圧量である。
なお、図9(a)は、図9(b)のフィルタ長100〜400点を拡大表示した図になっている。更に、図10の下部に示す表は、各チャネルch1〜ch7に与えられたフィルタ長を示している。
【0055】
図9(a)のグラフより、本実施形態の動的探索方法は、フィルタ長を静的に決定する場合と比較して、同じ雑音抑圧量を達成するために必要なフィルタが短いことが分かる。
例えば、5.2dBの抑圧量を達成するために必要なフィルタ長は、フィルタ長を静的に決定した場合には、190点であるのに対して、本実施形態の動的探索方法によってフィルタ長を動的に探索した場合には、169点であった。また、本実施形態の動的探索方法では、例えば、フィルタ長が150〜250点の場合、フィルタ静的決定時と比較して抑圧量が高くなっている。
【0056】
一方、図9(b)の実験結果に示すように、本実施形態の動的探索方法では、フィルタ長が100点以下の場合には、フィルタ長静的決定時と比較して抑圧量が劣化する。これは、直接音以降のフィルタ次数の低い区間では利得の変動が小さいため、最適なフィルタ長を探索することが困難であるためであると考えられる。
なお、フィルタ次数が非常に大きい場合も、同様の理由により、雑音抑圧量に有意な差が生じないと考えられる。
【0057】
このため、本実施形態の動的探索方法では、適応フィルタが持つ利得の変動が大きい部分を捉えるために、フィルタ延長の可否を決定する制御係数βを適切に決定する必要があると考えられる。
また、図10の表から、従来手法では、全チャネルch1〜ch7に一律のフィルタ長が与えられるの対して、本実施形態の動的探索方法では、各チャネルch1〜ch7の適応フィルタに対して、独立した適切なフィルタ長が決定されることが分かる。
【0058】
図10に示す各グラフは、それぞれ、本実施形態の動的探索方法によってチャンネルch1,ch3,ch4,ch6にそれぞれ与えられたフィルタ長と、利得との関係を示すグラフである。
図10の4つのグラフから明らかな通り、本実施形態の動的探索方法によれば、反射音がエラーマイクに入射し難いチャンネルch3には短いフィルタ長が与えられ、床や壁からの反射音がエラーマイクに入射し易いチャンネルch6には長いフィルタ長が与えられている。
【0059】
このように、本実施形態の動的探索方法では、各チャネルch1〜ch7の適応フィルタに対して、その雑音到来の状況に応じて、それぞれ独立して最適なフィルタ長が決定されることが分かる。
上記の評価実験から明らかな通り、本実施形態の動的探索方法によれば、フィルタ長を静的に決定する従来方法と比べて、同じ雑音抑圧量を得るために必要なフィルタ長を短縮することが可能であり、フィルタ係数の更新のため計算コストを削減することができる。
【0060】
〔その他の変形例〕
今回開示した上記実施形態は本発明の例示であって制限的なものではない。本発明の範囲は、上記実施形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲とその構成と均等な意味及び範囲内での全ての変更が含まれる。
【0061】
例えば、上記実施形態では、MISO−ANCシステムに本発明の動的探索方法を適用した場合を例示したが、図11に示すように、参照信号入力部11を構成するリファレンスマイク1が1つしかない(従って、演算部14中の適応フィルタ3も1つ)SISO−ANCシステムに、本発明の動的探索方法を適用することにしてもよい。
【0062】
また、上記実施形態では、フィルタ長探索部6は、十分に短めに設定された初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量αをインクリメントすることによって、各適応フィルタ3のフィルタ長lnを延長させるようにしているが、これとは逆に、十分に長めに設定された初期フィルタ長に対して所定のフィルタ減少量α’をデクリメントすることによって、各適応フィルタ3のフィルタ長lnを短縮させるようにしてもよい。
すなわち、フィルタ長探索部6によるフィルタ長の動的探索方法は、次の3つのステップ(a2)〜(c2)を実行するものであってもよい。
【0063】
(a2) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量α’をデクリメントすることによって、適応フィルタ3のフィルタ長lnを短縮させるステップ
(b2) 短縮後のフィルタ長(ln−α’)において適応フィルタ3のフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c2) フィルタ長の短縮が適応フィルタ3の利得Pに及ぼす影響が出始めるまで上記ステップ(a2)及び(b2)を繰り返し、その影響が出始める前の時点でのフィルタ長を当該適応フィルタ3のフィルタ長として採用するステップ
【0064】
更に、上記実施形態では、フィルタ延長量αを予め定めた固定値に設定しているが、この延長量α(フィルタ短縮量α’でもよい。)を動的に変更するようにしてもよい。
例えば、フィルタ長の変化に伴う適応フィルタ3の利得Pの変化に基づいて、フィルタ延長量αを動的に設定するようにすれば、その延長量αが固定値である場合に比べて、適応フィルタ3の利得Pに影響が生じる付近でのフィルタ長の変動をきめ細かく設定することができ、最適なフィルタ長の探索をより正確かつ効率的に行える。
【符号の説明】
【0065】
1 リファレンスマイク(雑音参照センサ)
2 エラーマイク(雑音観測センサ)
3 適応フィルタ
4 スピーカ
5 フィルタ係数更新部
6 フィルタ長探索部
11 参照信号入力部
12 増幅回路
13 A/D変換回路
14 演算部
15 D/A変換回路
16 増幅回路
17 信号出力部
18 誤差信号入力部
【技術分野】
【0001】
本発明は、雑音に逆振幅の音波を干渉させて雑音を抑制する能動騒音制御システムに関する。より具体的には、本発明は、その能動騒音制御システムに使用する適応フィルタの最適なフィルタ長を動的に探索する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
雑音抑制の制御技術は、受動騒音制御(PNC:Passive Noise Control)と能動騒音制御(ANC:Active Noise Control)との2種類に分類される。
このうち、PNCは、遮音壁等を利用して物理的に雑音を遮断ないし吸収させたり、音波の回折および干渉等の波動特性を利用して雑音を減衰させたりすることによって、雑音を抑制するものである。例えば、映画館やコンサートホールに備えられた分厚い壁は、低周波を含む雑音を物理的に遮音するPNC技術の一種である。
【0003】
また、高速道路に設置されている遮音壁には、壁からの反射音と環境雑音を干渉させる雑音抑圧を行うPNC技術が採用される場合もある。しかし、低周波は物体を通過する際の透過損失が小さいため、PNCでは遮音のために非常に分厚い壁が必要である。
上記ANCは、このようにPNCでは対応が困難な低周波域の雑音を抑制するのに有効であり、雑音の音波に対して絶対値が同じで逆振幅の音波を干渉させることにより、雑音を減衰させて抑制するものである。
【0004】
ANCによる騒音制御システム(以下、「ANCシステム」ということがある。)の構成要素としては、到来する雑音を観測する雑音参照センサ(以下、「リファレンスマイク」ということがある。)と、制御エリアにおける誤差を観測する誤差観測センサ(以下、「エラーマイク」ということがある。)と、雑音を打ち消す二次音源を制御エリアに出力するスピーカとが不可欠である。
この場合、1次経路であるリファレンスマイクとエラーマイクの間の伝達系を正確に推定することが必要であり、この推定のために一般に適応フィルタが利用されている。
【0005】
上記適応フィルタを制御する適応アルゴリズムとしては、例えば、最小二乗平均(LMS:Least Mean Square )法や学習同定法がある。この場合、適応フィルタの制御部は、リファレンスマイクとエラーマイクの観測信号に基づいて上記LMS法等の適応アルゴリズムを実行し、誤差が最小となるように適応フィルタのフィルタ係数を更新する。
そして、適応フィルタは、雑音参照センサの観測信号に更新されたフィルタ係数を掛けて出力し、この出力値がスピーカに入力されて、雑音を適切に打ち消す二次音源が発音される(例えば、特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−56960号公報
【特許文献1】特開2002−333887号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、ANCシステムでは、リファレンスマイクとエラーマイクの観測信号を適応フィルタの制御部に入力して1次経路間の伝達特性を推定し、エラーマイクの設置地点おいて誤差信号が最小となる二次音源を生成するが、通常、上記適応フィルタのフィルタ長は静的に設定された固定値になっている。
この場合、適応フィルタのフィルタ長を長めに設定すれば、高次の反射成分を打ち消すことが可能となって雑音抑制効果が向上するが、その反面、フィルタ係数の更新のための計算コスト(演算負荷)が増大するというトレードオフの関係が生じる。
【0008】
その一方で、高次の反射成分は直接音と比較してパワーが小さいので、高次のフィルタ長は冗長であることが多く、適応フィルタの利得にさほど影響しない可能性がある。
従って、例えば、雑音抑制効果を主眼としてフィルタ長を予め長めに設定しても、実際には雑音抑制に余り役だっておらず、無駄な計算コストをかけている可能性がある。また逆に、計算コストの低減を主眼としてフィルタ長を短めに設定すると、今度は所望の雑音抑制効果が得られない事態になり得る。
【0009】
本発明は、このような実情に鑑み、雑音抑制効果と計算コストの低減の両立を図ることができる能動騒音制御システムと、このシステムに使用する適用フィルタのフィルタ長の動的探索方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1) 本発明の能動騒音制御システムは、到来する雑音を観測する雑音参照センサと、制御エリアにおける誤差を観測する誤差観測センサと、前記雑音参照センサの観測信号にフィルタ係数を掛けて出力する適応フィルタと、前記適応フィルタの出力値に基づいて、前記雑音を打ち消す二次音源を前記制御エリアに出力するスピーカと、前記両センサの観測信号に基づいて、前記誤差が最小となるように前記フィルタ係数を更新するフィルタ係数更新部と、前記適応フィルタのフィルタ長の変化が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するフィルタ長探索部と、を備えていることを特徴とする。
【0011】
本発明の能動騒音制御システムによれば、上記フィルタ長探索部が、適応フィルタのフィルタ長の変化が適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するので、雑音抑制効果が阻害されない必要最小限のフィルタ長を見つけ出すことができる。
このため、当該能動騒音制御システムにおいて、雑音抑制効果と計算コストの低減を両立したフィルタ長を適応フィルタに自律的に設定することができる。
【0012】
(2) ところで、ANCの種類として、雑音参照センサと誤差観測センサがいずれも1つであるSISO(Single-Input Single-Output)−ANCと、雑音参照センサが複数あって誤差観測センサが1つであるMISO(Multi-Input Single-Output )−ANCとがある。
このうち、MISO−ANCは、到来雑音を面領域で参照するので、到来雑音を1点のみで捉えるSISO−ANCの場合に比べて、騒音源が多い場合でも雑音抑制効果が高いという利点がある。
【0013】
しかし、MISO−ANCでは、雑音参照センサに対応して適応フィルタも複数設けられるため、適応フィルタのフィルタ長の増大に伴う計算コストの問題が、SISO−ANCの場合よりも顕著となる。
従って、MISO−ANCにおいて、それぞれの適応フィルタについて、雑音抑制効果と計算コストの低減を両立したフィルタ長を探索できれば、効率的かつ必要最小限の計算コストで、SISO−ANCよりも雑音抑制効果が高い能動騒音制御システムを実現することができる。
【0014】
そこで、本発明の能動騒音制御システムにおいて、前記雑音参照センサとこれに対応する前記適応フィルタが複数設けられており、前記誤差観測センサとこれに対応する前記スピーカが1つ設けられている、上記MISO−ANCの場合には、前記フィルタ係数更新部は、すべての前記雑音参照センサと前記誤差観測センサの観測信号に基づいて、前記誤差が最小となるようにすべての前記適応フィルタのフィルタ係数を更新し、前記フィルタ長探索部は、すべての前記適応フィルタについて、そのフィルタ長の変化が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要な前記フィルタ長を動的に探索することが好ましい。
【0015】
この場合、上記フィルタ長探索部が、すべての適応フィルタについて、そのフィルタ長の変化が適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するので、雑音抑制効果が阻害されない必要最小限のフィルタ長を、すべての適応フィルタについて見つけ出すことができる。
このため、当該能動騒音制御システムにおいて、雑音抑制効果と計算コストの低減を両立したフィルタ長を、すべての適応フィルタに自律的に設定することができる。
【0016】
(3) 本発明の能動騒音制御システムにおいて、前記フィルタ長探索部は、初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を変化させることができる。
この場合、適応フィルタのフィルタ長が、所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって延長されるので、初期フィルタ長を十分に短く設定した上で、適応フィルタの利得に及ぼす影響が十分に小さくなるまでインクリメントを繰り返すことにより、所望の雑音抑制効果が得るのに必要最小限のフィルタ長を探索することができる。
【0017】
(4) また、本発明の能動騒音制御システムにおいて、前記フィルタ長探索部は、初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を変化させるようにしてもよい。
この場合、適応フィルタのフィルタ長が、所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって短縮されるので、初期フィルタ長を十分に長く設定した上で、適応フィルタの利得に及ぼす影響が出始めるまでデクリメントを繰り返すことにより、所望の雑音抑制効果が得るのに必要最小限のフィルタ長を探索することができる。
【0018】
(5) 上記フィルタ延長量又はフィルタ短縮量は、予め定めた固定値に設定してもよいが、前記フィルタ長探索部は、前記フィルタ長の変化に伴う前記適応フィルタの利得の変化に基づいて、前記フィルタ延長量又は前記フィルタ短縮量を動的に設定することにしてもよい。
この場合、上記各量を固定値に設定する場合に比べて、適応フィルタの利得に影響が生じる付近でのフィルタ長の変動をきめ細かく設定することができ、最適なフィルタ長の探索をより正確かつ効率的に行える。
【0019】
(6) 本発明のフィルタ長の動的探索方法は、上記能動騒音制御システムのフィルタ長探索部が実行する探索方法であり、次のステップ(a1)〜(c1)を含むことを特徴とする。
(a1) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を延長させるステップ
(b1) 延長後の前記フィルタ長において前記適応フィルタのフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c1) 前記フィルタ長の延長が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響が十分に小さくなるまで上記ステップ(a1)及び(b1)を繰り返し、最終時点での前記フィルタ長を当該適応フィルタのフィルタ長として採用するステップ
【0020】
(7) 或いは、本発明のフィルタ長の動的探索方法は、次のステップ(a2)〜(c2)であってもよい。
(a2) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を短縮させるステップ
(b2) 短縮後の前記フィルタ長において前記適応フィルタのフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c2) 前記フィルタ長の短縮が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響が出始めるまで上記ステップ(a2)及び(b2)を繰り返し、その影響が出始める前の時点での前記フィルタ長を当該適応フィルタのフィルタ長として採用するステップ
【0021】
(8) 前記ステップ(b1)又は(b2)において、フィルタ延長量又はフィルタ短縮量は予め定めた固定値に設定してもよいが、前記フィルタ長の変化に伴う前記適応フィルタの利得の変化に基づいて、前記フィルタ延長量又は前記フィルタ短縮量を動的に設定することが好ましい。
この場合、上記各量を固定値に設定する場合に比べて、適応フィルタの利得に影響が生じる付近でのフィルタ長の変動をきめ細かく設定することができ、最適なフィルタ長の探索をより正確かつ効率的に行える。
【0022】
(9) 本発明のコンピュータプログラムは、コンピュータに、上記各ステップ(a1)〜(c1)又は各ステップ(a2)〜(c2)を実行させるためのコンピュータプログラムに関するものである。
【発明の効果】
【0023】
以上の通り、本発明によれば、適応フィルタのフィルタ長の変化が適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するようにしたので、雑音抑制効果と計算コストの低減を両立したフィルタ長を適応フィルタに自律的に設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】能動騒音制御システムの制御構成を示す概念図である。
【図2】同システムの制御構成を示す概念図である。
【図3】同システムのハードウェア構成を示すブロック図である。
【図4】フィルタ長探索部が実行する処理内容を示すフローチャートである。
【図5】フィルタ長探索部が実行する処理内容の説明図である。
【図6】評価実験のために構築した収録環境の平面図である。
【図7】リファレンスマイクの設置位置を示すドア開放部の図である。
【図8】評価実験での収録条件を纏めた表である。
【図9】フィルタ長静的決定時とフィルタ長動的探索時との、各フィルタ長に対する雑音抑圧量を示すグラフである。
【図10】チャンネルch1,ch3,ch4,ch6にそれぞれ与えられたフィルタ長と利得との関係を示すグラフである。
【図11】能動騒音制御システムの変形例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施形態について説明する。
〔システムの制御構成〕
図1及び図2は、本実施形態の能動騒音制御(ANC)システムの制御構成を示す概念図である。図1に示すように、本実施形態のANCシステムは、到来する雑音を観測する複数のリファレンスマイク(雑音参照センサ)1と、制御エリアにおける誤差を観測する1つのエラーマイク(誤差観測センサ)2とを有する、MISO−ANCシステムとして構成されている。
【0026】
図2に示すように、本実施形態のANCシステムは、上記リファレンスマイク1及びエラーマイク2の他に、適応フィルタ3、スピーカ4、フィルタ係数更新部5及びフィルタ長探索部6を備えている。
適応フィルタ3は、リファレンスマイク1に対応して複数設けられており、そのマイク1の観測信号に、自身に設定されたフィルタ係数を掛けて出力する。各適応フィルタ3の出力値は、それぞれ重畳されてスピーカ4に入力される。スピーカ4は、重畳された適応フィルタ3の出力値に基づいて、雑音を打ち消す二次音源を制御エリアに出力する。
【0027】
本実施形態のフィルタ係数更新部5は、前記LMS法や学習同定法等の適応アルゴリズムを実行して、各リファレンスマイク1とエラーマイク2の観測信号に基づいて、誤差が最小となるようにすべての適応フィルタ3のフィルタ係数を更新するものである。
例えば、LMS法によるフィルタ係数更新部5の場合、リファレンスマイク1の参照信号とエラーマイク2の誤差信号の大きさに応じて、当該誤差信号が極力小さくなるように適応フィルタ3の伝達関数wkが適応制御される。
【0028】
具体的には、フィルタ係数更新部5は、適応フィルタ3の伝達関数wkと二次経路の伝達関数cとを合成した伝達関数(c×wk)が、リファレンスマイク1からエラーマイク2までの間の一次経路の伝達関数Uと相補になるように、すなわち、U=−(c×wk)となるように、各適応フィルタ3のフィルタ係数wkを逐次更新する。
そして、各適応フィルタ3は、上記のように更新されたフィルタ係数wkを、リファレンスマイク1の観測信号に掛けて出力し、この出力値がスピーカ4に入力されて雑音を適切に打ち消す二次音源が発音される。
【0029】
ところで、環境問題への関心の高まりを受けて、真夏の室内に新鮮な外気の風を取り込むため、網戸を利用した換気が注目されているが、都市近郊や高架道路付近において窓を開放して網戸を利用すると、外部の環境雑音が窓から室内に侵入することが問題となる。
そこで、本出願人は、窓を開放したままの状態で侵入する環境雑音を抑圧するシステムの開発を行ってきた(特開2009−13710号公報参照)。本実施形態のMISO−ANCシステムは、そのような遠方に多数の音源存在する環境雑音を抑圧するシステムとして有効であり、集合住宅等の建物に構築することができる。
【0030】
しかし、図2に示すように、MISO−ANCでは、複数のリファレンスマイク1の数だけの適応フィルタ3が必要になるので、リファレンスマイク1が1つだけであるSISO−ANCに比べて、フィルタ係数を更新する際の演算コストが飛躍的に増大する。
そこで、本実施形態では、各リファレンスマイク1に対応する適切なフィルタ長を動的に探索するアルゴリズムを実行する上記フィルタ長探索部6を設け、計算コストの削減を図っている。
【0031】
すなわち、本実施形態のフィルタ長探索部6は、各適応フィルタ3のフィルタ長の変化がその適応フィルタ3の利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタ3に必要なフィルタ長を動的に探索するものである。なお、このフィルタ長探索部6による具体的な探索方法については、後述する。
【0032】
〔システムのハードウェア構成〕
図3は、本実施形態のANCシステムのハードウェア構成を示すブロック図である。
図3に示すように、ANCシステムは、参照信号入力部11、増幅回路12、A/D変換回路13、演算部14、D/A変換回路15、増幅回路16、信号出力部17及び誤差信号入力部18とから構成されている。
【0033】
このうち、参照信号入力部11は、複数の前記リファレンスマイク1よりなり、この各マイク1での観測信号(アナログ信号)は、増幅回路12で増幅されたあと、A/D変換回路13を経て演算部14に入力される。
演算部14は、プログラマブルなパソコン又はマイコンよりなり、その記憶装置に格納されたコンピュータプログラムが実行する機能部分として、複数の前記適応フィルタ3、フィルタ計数更新部5及びフィルタ長探索部6を備えている。
【0034】
演算部14の適応フィルタ3の出力信号は、D/A変換回路15にてアナログ信号に変換されたあと、増幅回路16にて増幅されて信号出力部17に入力される。この信号出力部17は前記スピーカ4である。
誤差信号入力部18は前記エラーマイク2であり、このマイク2での観測信号は、演算部14に入力され、フィルタ係数更新部5が実行する適応アルゴリズムに使用される。
【0035】
〔フィルタ長探索部の処理内容〕
図4は、前記フィルタ長探索部6が実行する処理内容を示すフローチャートであり、図5は、その処理内容の説明図である。以下、この図4及び図5を参照しつつ、フィルタ長探索部6によるフィルタ長の動的探索方法を説明する。
【0036】
演算部14のフィルタ長探索部6は、まず、各適応フィルタ3について、初期フィルタ長として十分に短い任意のフィルタ長を設定する(図4のステップST1)。この初期フィルタ長の設定は、フィルタ長が0であるフィルタを延長する過程と等しい。
次に、フィルタ長探索部6は、各適応フィルタ3について、フィルタ係数更新部5に、一定回数(γ回)だけフィルタ更新を実行させる。
【0037】
その後、フィルタ長探索部6は、各適応フィルタ3について、所定のフィルタ増加量αを1つだけインクリメントしてフィルタ長を延長する(図4のステップST2)。
そして、フィルタ長探索部6は、各適応フィルタ3について、再度、フィルタ係数更新部5に、一定回数(γ回)だけフィルタ更新を実行させ、延長後のフィルタを収束させる(図4のステップST3)。
【0038】
次に、フィルタ長探索部6は、複数の適応フィルタ3全体の利得Pと、延長した適応フィルタの利得Qnを次の式(1)及び(2)によって算出し、これらの利得P,Qnに基づいてフィルタ延長の適否を判定する。
【数1】
【0039】
具体的には、フィルタ長探索部6は、次の式(3)に示すように、チャンネルごとにQn/P>βが成立するか否かによって、各適応フィルタ3に対するフィルタ延長の可否を決定する(図4のステップST4)。
【数2】
【0040】
なお、上記式(1)及び(2)において、nはリファレンスマイク1のチャネル番号を表す。また、Nはリファレンスマイク1の総数、wn(k)は適応フィルタ3のフィルタ係数、kは時刻を表す。
更に、式(3)中のl(エル)はフィルタ長を表し、αはフィルタ延長量である。また、βは1よりも小さい正の定数であり、フィルタ延長の可否を決定するために予め設定された制御係数である。
【0041】
本実施形態のフィルタ長の動的探索法で決定されるフィルタ長lnは、制御係数βの値に依存する。すなわち、Qn/P>βが真である場合(図4のステップST4でYes)には、フィルタ長を延長した適応フィルタ3による全体の利得に対する影響が大きいと判断して、当該適応フィルタ2のフィルタ延長を実行する。
次の式(4)は、フィルタ延長時のフィルタ係数の更新式である。
【0042】
【数3】
【0043】
この適応フィルタ3のフィルタ延長を行う場合、フィルタの非延長部分の係数は、延長前のフィルタ係数wn(k)を初期値として利用する。収束後のフィルタ係数はフィルタ長によって異なると考えられるが、その変化量は小さい。そのため、延長前のフィルタ係数を初期値として利用することで、誤差信号の発振を防止可能になると考えられる。
また、フィルタの延長部分の係数は、初期値として0を設定する。そして、フィルタ延長後に、γ回のフィルタ更新の後に再びフィルタ延長の可否を判別する。
【0044】
フィルタ長探索部6は、Qn/P>βが偽である場合(図4のステップST4でNo)には、フィルタ長を延長した適応フィルタ3による全体の利得に対する影響が十分に小さいと判断して、当該適応フィルタ3についてのフィルタの延長を停止する。
【0045】
フィルタ長探索部6は、フィルタ延長を停止した後、フィルタ係数更新部5に、フィルタが完全に収束するまでフィルタ係数の更新を行わせる(図4のステップST5)。
なお、適応フィルタ3のフィルタ係数は、高次のフィルタ点数ほど利得が小さくなる傾向がある。このため、制御係数βの値に関わらず、フィルタの延長を繰り返すことによって必ずQn/P>βが偽となるので、フィルタ長は有限長に決定されることになる。
【0046】
上記フィルタ長探索部6によるフィルタ長の動的探索方法を要約すると、次の3つのステップ(a1)〜(c1)に纏めることができる。
(a1) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量αをインクリメントすることによって、各適応フィルタ3のフィルタ長lnを延長させるステップ
(b1) 延長後のフィルタ長(ln+α)において適応フィルタ3のフィルタ係数wn(k)の更新を実行するステップ
(c1) フィルタ長の延長が適応フィルタ3の利得Pに及ぼす影響が十分に小さくなるまで上記ステップ(a1)及び(b1)を繰り返し、最終時点でのフィルタ長を当該適応フィルタ3のフィルタ長として採用するステップ
【0047】
このように、本実施形態のANCシステムによれば、フィルタ長探索部6が、各適応フィルタ3のフィルタ長の変化が適応フィルタ3の利得に及ぼす影響(本実施形態では、フィルタ延長ごとのQn/Pの値)を考慮して、すべての適応フィルタ3に必要なフィルタ長を動的に探索するので、雑音抑制効果が阻害されない必要最小限のフィルタ長を、すべての適応フィルタ3について自律的に見つけ出すことができる。
【0048】
なお、フィルタ長探索部6によるフィルタ長の動的探索は、少なくともANCシステムの起動時に実行されるが、その後一定周期(例えば、数日)おきに実行するようにしてもよい。
また、システム側で自動的に動的探索を行うだけでなく、人為的なスイッチ操作を契機として、フィルタ長探索部6が動的探索を実行するようにしてもよい。
【実施例】
【0049】
〔評価実験〕
次に、本発明の有効性を実証するための評価実験の内容と、その結果について説明する。本出願人は、最初に音響実験室内外を利用して、評価を行うために必要な音データ収録を行った。そして、収録した音データを利用した計算機シミュレーションによって評価実験を行った。
【0050】
〔実験環境構築のための音データ収録〕
まず始めに、評価を行うために必要な到来雑音、二次音源(スピーカ4)とエラーマイク間(二次経路)でのインパルス応答の収録を、音響実験室内外に構築した実際の環境にて行った。
図6は、評価実験のために構築した収録環境の平面図であり、図7は、リファレンスマイクの設置位置を示すドア開放部の図である。
【0051】
図7に示すように、評価実験のためのANCシステムのリファレンスマイクは、防音室のドア開放部の7箇所に設置した。
図6に示すように、エラーマイクは、ドアから防音室内側に1.00m、高さ1.15mの位置に設置した。二次音源を出力するためのスピーカは、防音室内に放射方向をエラーマイクに向けて設置した。
【0052】
また、雑音を出力するためのスピーカは、多騒音源の環境雑音を模擬するために防音室の外側にドアに対して上方やや後ろ向きに4箇所設置した。雑音源は低域に支配的なパワーをもつ環境雑音を模擬するために、ピンクノイズを利用した。その他の収録条件は、図8の表に示す通りである。
以上の収録条件において、リファレンスマイクとエラーマイクへの到来雑音及び二次経路間のインパルス応答を収録した。二次経路間のインパルス応答は、TSP法(Time Stretched Pulse)法を用いて計測した。
【0053】
性能評価は、6kHzにリサンプリングした収録音データを用いて計算機シミュレーションを行い、得られた誤差信号のパワースペクトルを用いた。適応フィルタを制御する適応アルゴリズムは Filtered-X LMSを利用し、7チャネルの適応フィルタ出力信号の加算値を、二次音源として利用した。
また、フィルタ延長量αは16、フィルタ延長後のフィルタ更新回数γは2000とした。更に、フィルタ延長の可否を決定する制御係数βは、1チャネル当たりの平均フィルタ長が400以下となる値(10-6〜10-2) とした。
【0054】
〔計算機シミュレーションによる実験結果〕
図9(a)及び(b)は、フィルタ長静的決定時とフィルタ長動的探索時(本発明)との、各フィルタ長に対する雑音抑圧量を示すグラフである。図9の各グラフにおける横軸は、各フィルタ長の平均値であり、縦軸は0〜1kHzの平均雑音抑圧量である。
なお、図9(a)は、図9(b)のフィルタ長100〜400点を拡大表示した図になっている。更に、図10の下部に示す表は、各チャネルch1〜ch7に与えられたフィルタ長を示している。
【0055】
図9(a)のグラフより、本実施形態の動的探索方法は、フィルタ長を静的に決定する場合と比較して、同じ雑音抑圧量を達成するために必要なフィルタが短いことが分かる。
例えば、5.2dBの抑圧量を達成するために必要なフィルタ長は、フィルタ長を静的に決定した場合には、190点であるのに対して、本実施形態の動的探索方法によってフィルタ長を動的に探索した場合には、169点であった。また、本実施形態の動的探索方法では、例えば、フィルタ長が150〜250点の場合、フィルタ静的決定時と比較して抑圧量が高くなっている。
【0056】
一方、図9(b)の実験結果に示すように、本実施形態の動的探索方法では、フィルタ長が100点以下の場合には、フィルタ長静的決定時と比較して抑圧量が劣化する。これは、直接音以降のフィルタ次数の低い区間では利得の変動が小さいため、最適なフィルタ長を探索することが困難であるためであると考えられる。
なお、フィルタ次数が非常に大きい場合も、同様の理由により、雑音抑圧量に有意な差が生じないと考えられる。
【0057】
このため、本実施形態の動的探索方法では、適応フィルタが持つ利得の変動が大きい部分を捉えるために、フィルタ延長の可否を決定する制御係数βを適切に決定する必要があると考えられる。
また、図10の表から、従来手法では、全チャネルch1〜ch7に一律のフィルタ長が与えられるの対して、本実施形態の動的探索方法では、各チャネルch1〜ch7の適応フィルタに対して、独立した適切なフィルタ長が決定されることが分かる。
【0058】
図10に示す各グラフは、それぞれ、本実施形態の動的探索方法によってチャンネルch1,ch3,ch4,ch6にそれぞれ与えられたフィルタ長と、利得との関係を示すグラフである。
図10の4つのグラフから明らかな通り、本実施形態の動的探索方法によれば、反射音がエラーマイクに入射し難いチャンネルch3には短いフィルタ長が与えられ、床や壁からの反射音がエラーマイクに入射し易いチャンネルch6には長いフィルタ長が与えられている。
【0059】
このように、本実施形態の動的探索方法では、各チャネルch1〜ch7の適応フィルタに対して、その雑音到来の状況に応じて、それぞれ独立して最適なフィルタ長が決定されることが分かる。
上記の評価実験から明らかな通り、本実施形態の動的探索方法によれば、フィルタ長を静的に決定する従来方法と比べて、同じ雑音抑圧量を得るために必要なフィルタ長を短縮することが可能であり、フィルタ係数の更新のため計算コストを削減することができる。
【0060】
〔その他の変形例〕
今回開示した上記実施形態は本発明の例示であって制限的なものではない。本発明の範囲は、上記実施形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲とその構成と均等な意味及び範囲内での全ての変更が含まれる。
【0061】
例えば、上記実施形態では、MISO−ANCシステムに本発明の動的探索方法を適用した場合を例示したが、図11に示すように、参照信号入力部11を構成するリファレンスマイク1が1つしかない(従って、演算部14中の適応フィルタ3も1つ)SISO−ANCシステムに、本発明の動的探索方法を適用することにしてもよい。
【0062】
また、上記実施形態では、フィルタ長探索部6は、十分に短めに設定された初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量αをインクリメントすることによって、各適応フィルタ3のフィルタ長lnを延長させるようにしているが、これとは逆に、十分に長めに設定された初期フィルタ長に対して所定のフィルタ減少量α’をデクリメントすることによって、各適応フィルタ3のフィルタ長lnを短縮させるようにしてもよい。
すなわち、フィルタ長探索部6によるフィルタ長の動的探索方法は、次の3つのステップ(a2)〜(c2)を実行するものであってもよい。
【0063】
(a2) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量α’をデクリメントすることによって、適応フィルタ3のフィルタ長lnを短縮させるステップ
(b2) 短縮後のフィルタ長(ln−α’)において適応フィルタ3のフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c2) フィルタ長の短縮が適応フィルタ3の利得Pに及ぼす影響が出始めるまで上記ステップ(a2)及び(b2)を繰り返し、その影響が出始める前の時点でのフィルタ長を当該適応フィルタ3のフィルタ長として採用するステップ
【0064】
更に、上記実施形態では、フィルタ延長量αを予め定めた固定値に設定しているが、この延長量α(フィルタ短縮量α’でもよい。)を動的に変更するようにしてもよい。
例えば、フィルタ長の変化に伴う適応フィルタ3の利得Pの変化に基づいて、フィルタ延長量αを動的に設定するようにすれば、その延長量αが固定値である場合に比べて、適応フィルタ3の利得Pに影響が生じる付近でのフィルタ長の変動をきめ細かく設定することができ、最適なフィルタ長の探索をより正確かつ効率的に行える。
【符号の説明】
【0065】
1 リファレンスマイク(雑音参照センサ)
2 エラーマイク(雑音観測センサ)
3 適応フィルタ
4 スピーカ
5 フィルタ係数更新部
6 フィルタ長探索部
11 参照信号入力部
12 増幅回路
13 A/D変換回路
14 演算部
15 D/A変換回路
16 増幅回路
17 信号出力部
18 誤差信号入力部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
到来する雑音を観測する雑音参照センサと、
制御エリアにおける誤差を観測する誤差観測センサと、
前記雑音参照センサの観測信号にフィルタ係数を掛けて出力する適応フィルタと、
前記適応フィルタの出力値に基づいて、前記雑音を打ち消す二次音源を前記制御エリアに出力するスピーカと、
前記両センサの観測信号に基づいて、前記誤差が最小となるように前記フィルタ係数を更新するフィルタ係数更新部と、
前記適応フィルタのフィルタ長の変化が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するフィルタ長探索部と、
を備えていることを特徴とする能動騒音制御システム。
【請求項2】
前記雑音参照センサとこれに対応する前記適応フィルタが複数設けられており、
前記誤差観測センサとこれに対応する前記スピーカが1つ設けられており、
前記フィルタ係数更新部は、すべての前記雑音参照センサと前記誤差観測センサの観測信号に基づいて、前記誤差が最小となるようにすべての前記適応フィルタのフィルタ係数を更新し、
前記フィルタ長探索部は、すべての前記適応フィルタについて、そのフィルタ長の変化が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要な前記フィルタ長を動的に探索する請求項1に記載の能動騒音制御システム。
【請求項3】
前記フィルタ長探索部は、初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を変化させる請求項1又は2に記載の能動騒音制御システム。
【請求項4】
前記フィルタ長探索部は、初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を変化させる請求項1又は2に記載の能動騒音制御システム。
【請求項5】
前記フィルタ長探索部は、前記フィルタ長の変化に伴う前記適応フィルタの利得の変化に基づいて、前記フィルタ延長量又は前記フィルタ短縮量を動的に設定する請求項3又は4に記載の能動騒音制御システム。
【請求項6】
次のステップ(a1)〜(c1)を含むことを特徴とする、適応フィルタを用いた能動騒音制御システムにおけるフィルタ長の動的探索方法。
(a1) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を延長させるステップ
(b1) 延長後の前記フィルタ長において前記適応フィルタのフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c1) 前記フィルタ長の延長が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響が十分に小さくなるまで上記ステップ(a1)及び(b1)を繰り返し、最終時点での前記フィルタ長を当該適応フィルタのフィルタ長として採用するステップ
【請求項7】
次のステップ(a2)〜(c2)を含むことを特徴とする、適応フィルタを用いた能動騒音制御システムにおけるフィルタ長の動的探索方法。
(a2) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を短縮させるステップ
(b2) 短縮後の前記フィルタ長において前記適応フィルタのフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c2) 前記フィルタ長の短縮が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響が出始めるまで上記ステップ(a2)及び(b2)を繰り返し、その影響が出始める前の時点での前記フィルタ長を当該適応フィルタのフィルタ長として採用するステップ
【請求項8】
前記ステップ(b1)又は(b2)において、前記フィルタ長の変化に伴う前記適応フィルタの利得の変化に基づいて、前記フィルタ延長量又は前記フィルタ短縮量を動的に設定する請求項6又は7に記載のフィルタ長の動的探索方法。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項に記載の動的決定方法の各ステップ(a1)〜(c1)又は各ステップ(a2)〜(c2)を、コンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【請求項1】
到来する雑音を観測する雑音参照センサと、
制御エリアにおける誤差を観測する誤差観測センサと、
前記雑音参照センサの観測信号にフィルタ係数を掛けて出力する適応フィルタと、
前記適応フィルタの出力値に基づいて、前記雑音を打ち消す二次音源を前記制御エリアに出力するスピーカと、
前記両センサの観測信号に基づいて、前記誤差が最小となるように前記フィルタ係数を更新するフィルタ係数更新部と、
前記適応フィルタのフィルタ長の変化が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要なフィルタ長を動的に探索するフィルタ長探索部と、
を備えていることを特徴とする能動騒音制御システム。
【請求項2】
前記雑音参照センサとこれに対応する前記適応フィルタが複数設けられており、
前記誤差観測センサとこれに対応する前記スピーカが1つ設けられており、
前記フィルタ係数更新部は、すべての前記雑音参照センサと前記誤差観測センサの観測信号に基づいて、前記誤差が最小となるようにすべての前記適応フィルタのフィルタ係数を更新し、
前記フィルタ長探索部は、すべての前記適応フィルタについて、そのフィルタ長の変化が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響を考慮して、当該適応フィルタに必要な前記フィルタ長を動的に探索する請求項1に記載の能動騒音制御システム。
【請求項3】
前記フィルタ長探索部は、初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を変化させる請求項1又は2に記載の能動騒音制御システム。
【請求項4】
前記フィルタ長探索部は、初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を変化させる請求項1又は2に記載の能動騒音制御システム。
【請求項5】
前記フィルタ長探索部は、前記フィルタ長の変化に伴う前記適応フィルタの利得の変化に基づいて、前記フィルタ延長量又は前記フィルタ短縮量を動的に設定する請求項3又は4に記載の能動騒音制御システム。
【請求項6】
次のステップ(a1)〜(c1)を含むことを特徴とする、適応フィルタを用いた能動騒音制御システムにおけるフィルタ長の動的探索方法。
(a1) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ延長量をインクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を延長させるステップ
(b1) 延長後の前記フィルタ長において前記適応フィルタのフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c1) 前記フィルタ長の延長が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響が十分に小さくなるまで上記ステップ(a1)及び(b1)を繰り返し、最終時点での前記フィルタ長を当該適応フィルタのフィルタ長として採用するステップ
【請求項7】
次のステップ(a2)〜(c2)を含むことを特徴とする、適応フィルタを用いた能動騒音制御システムにおけるフィルタ長の動的探索方法。
(a2) 初期フィルタ長に対して所定のフィルタ短縮量をデクリメントすることによって、前記適応フィルタのフィルタ長を短縮させるステップ
(b2) 短縮後の前記フィルタ長において前記適応フィルタのフィルタ係数の更新を実行するステップ
(c2) 前記フィルタ長の短縮が前記適応フィルタの利得に及ぼす影響が出始めるまで上記ステップ(a2)及び(b2)を繰り返し、その影響が出始める前の時点での前記フィルタ長を当該適応フィルタのフィルタ長として採用するステップ
【請求項8】
前記ステップ(b1)又は(b2)において、前記フィルタ長の変化に伴う前記適応フィルタの利得の変化に基づいて、前記フィルタ延長量又は前記フィルタ短縮量を動的に設定する請求項6又は7に記載のフィルタ長の動的探索方法。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項に記載の動的決定方法の各ステップ(a1)〜(c1)又は各ステップ(a2)〜(c2)を、コンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−210895(P2010−210895A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−56403(P2009−56403)
【出願日】平成21年3月10日(2009.3.10)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【出願人】(593099104)タカラ産業株式会社 (40)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月10日(2009.3.10)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【出願人】(593099104)タカラ産業株式会社 (40)
【Fターム(参考)】
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